バハルス州ランゲ市。
自然豊かな美しい都市は、一部舗装が終わっていない道があり、中には水牛を馬車馬の代わりに使っている者が街を行き交っていた。
所々に畑があり、バハルスの人間が郷愁を抱くような優しい時間が流れている。
――そんな静かな街を管理する市長、ユーキス・フックス・デイル・シュルツは学校からの手紙を翻訳家に読ませていた。
公共文字は小学校を卒業した子供達は皆読めるが、大人は大抵自分の暮らす州特有の文字しか読めないか、簡単な言葉しか分からない。一切読めない者すらいる。もちろん都会はもう少し事情も違うが、ランゲ市はそんな感じだ。
なので、こうして字を読み上げてくれたり、翻訳してその都市で使われる特有文字に変えてくれる職業の者がいる。
翻訳家はどの都市にもたくさんいて、近頃では小学校を卒業してすぐの子供が「手紙読みます」や「翻訳承ります」と言ったチラシを町の食堂に貼らせてもらっていたりもする。チラシは書ける文字で同じ文章を並べて書いて、最後に名前と年齢を書くのが一般的だ。色々な言語や珍しい言語が並んでいる方が好ましいが、大抵はバハルス州文字と公共文字の二つだ。
ただ、翻訳は子供すぎると難しい文章は読めないことが多いので仕事では大人を使うことが多い。
とは言え、手紙程度なら自分の子供に読んでもらう親や、お駄賃を渡すことで近所の子供に書いてもらう人もたくさんいるのだ。昔より手紙はたくさん出回るようになったので、郵便局があちらこちらにできた。
さて、子供達は翻訳で金を貯めて、大抵は個人塾や私立中学校に行く。
中学校についてはその学びや妥当性がよく話し合われる。小学校で習う算術の応用や、公共文字ではなく地域の文字を教えてくれることが多いが、
「――というわけで、カイン君とチェーザレ君のした事を重く受け止められますよう。スズキ君のご両親に謝罪の手紙を書かれましたら、直接学校へお送りいただければ幸いです。と、下土月一日付けで届いています」
読み上げが終わるとカインの父、ユーキスはため息を吐き、執務用の椅子に沈んだ。妻は信じられないように口に手を当てている。
「馬鹿者が…。カインとチェーザレは何をしている。魔法の効果が付与されている装飾品を盗って隠すなんて……しかも勝手に人の手紙を開けたなど、信じられん」
「……あなた、私カインがそんな事をするなんて思えませんわ」
「だが事実こうして学校から咎める手紙が届いているんだ」
「手紙は本当にカインが開いたか分かりませんし、魔法の腕輪だってカイン達がやったか何てどうやって分かるんです。誰かがカインのポケットに入れたのかも知れないじゃありませんか」
「ではレッドウッド氏はカイン達に濡れ衣を着せているとでも言うのか?前に届いたカインからの手紙には殿下と話そうとするのを邪魔する嫌な奴がいると書いてあったが、それがこのスズキ君じゃないのか?」
「だとしたら、カインが殿下と話す機会を奪うような子なのですよ!どうしてその子にカイン達が陥れられていないと断言できましょう!担任も殿下に良い顔をする為に、殿下とずっと一緒にいる子の言い分ばかり聞いているのかもしれません!そうでなかったら、こんな…こんな…!謝罪の手紙を書く事を強制したりなんかしません!!そこのあなた、もう一度最後の文を読んで!!」
ユーキスはヒステリックに言う妻の言い分に、翻訳家に視線を送った。
「畏まりました。スズキ君のご両親に謝罪の手紙を書かれましたら、直接学校へお送りいただければ幸いです」
「ほら!こんな言い方がありますか!書く、書かないの選択肢もないような、そんな言い方じゃありませんか!!」
「……物を盗っているのだから、相手の両親への謝罪は当然だろう」
「もう返してるじゃありませんか!カインの味方は私達だけなんですよ!?」
「返しているのは当然の事だ。しかし先生が見つけなければカインはどうしていた?謝って返していたか?そうは思えん。もし壊しでもしていたら大変な話だぞ。魔法の腕輪なんて一体いくらするか」
冒険者であれば何度も何度も冒険に行き、野草をはんで必死に空腹を凌いで買うようなものだ。
「どんな効果かなんて分からないのだから、高価と決まったわけじゃありません!もし高価なら、そんな高価なものを持たせるなんてあちらの親もおかしいです!他の子が欲しくなるのは当たり前じゃない!」
ユーキスは頭が痛くなりそうだった。
妻は遠方の片田舎の豪商から嫁いで来た身で、カインを自らのアクセサリーのように扱いがちだ。
自分にないのは先祖から引き継がれる称号と身分だけだと言うのがもっぱらの言い分で、カインには何としても次期市長の座に就かせたがっている。
ユーキスは自分のなりたいものになれば良いとカインに教えてきてやっているが、それがうまく伝わっている感触は今のところない。妻はいつも「カインに市長ができないとでも!?」と言うせいで、カインもそういう風に受け取っている感じがする。
できることなら、称号や身分に囚われている母親からの呪縛を解いてやりたかった。新しい今の時代は、誰か他の人に任せることもできるのだから、あまり気負うことはないと。
人を束ねる人になるというのは自分の時間を多く人のために割かなければならなくなる事だ。時に感謝され、時に恨まれる険しい茨の道。
長男だからと言ってそういう覚悟をさせなければいけない時代は終わった。
妻にはまだそういう事は分かっていない。
かつてエル=ニクス皇帝が憎んだ古い体制と思想に縛り付けられている。
エル=ニクス州知事より市長を任せられた者の多くはエル=ニクスの決めた変革を受け入れ、新たな道へ大手を振って乗り出して行っていた。エル=ニクスの時代が始まったあの壮大な即位と戴冠式の日から、バハルスは変わり続けている。
革新の時に付き纏う痛みを経験して来たこの地の元貴族達に、神聖魔導国になってからの怯えは少なかった。――アンデッドは恐ろしかったが。
自分達で言うことではないかもしれないが、旧バハルス帝国の民は周りに比べて成熟していると思う。神聖魔導国になると言うときに起きた混乱は旧諸外国のどこよりも少なかっただろう。
だが、エル=ニクスに粛清されていない人民までも必ずしも賢明であるとは限らない。
「あなた!!まずは本当にカインがやったのか学校に聞きに行かなくてはならないでしょう!!お休みを取ってください!!」
この妻が言って聞くとは思えない。それに――カインを信じてやりたい気持ちはユーキスも同じだ。
ユーキスは手紙の返事を書く準備をしてくれていた翻訳家に告げる。
「…直接伺うと書いてくれ。もし都合が付けばあちらのご両親にも来てもらうよう」
「あなた…!」
妻は感激したような声を上げ、翻訳家は公共文字で手早く手紙を書いて行った。
バイスはカインの父からの手紙に二つの感情を抱いた。
一つは対面で謝罪する様子であることへの安堵。
一つは対面で謝罪する様子であることへの憂慮。
きちんと謝ろうというのは良い事だが、いかんせん呼び出す相手が呼び出す相手だ。
十中八九神であるキュータ・スズキの両親に、学校までご足労願うのか。
その畏れ多さにバイスは頭をかいた。
キュータは誰にでも優しく、チェーザレが登校してこないせいで寂しそうにしているカインにすら声を掛けようか悩んでいる様子だ。ただ、近付くと逃げられている。
カインは休み時間になるとトイレやどこかに消えてしまう。それは十分程度の休みでもだ。
バイスも中々カインと話せていない。
だが、今日は寮に行ってでも両親が来る事を伝えなければ。もしかしたら親達から直接手紙をもらっているかもしれないが、念のために伝えてやろうと思っている。
キュータの親への手紙は今度はもっと良い紙で、もっと丁寧に、もっとしっかりと封をして書こう。
「――バイス先生、手が震えてますよ……」
隣の席のセイレーンの教師に言われるとバイスは自分の利き手を押さえ付けた。
「ぱ、パースパリー先生、何かこういう時に効く魔法……ありません……?」
「本当に大変ですねぇ。<
教員全員が持っている
「ありがとうございます…。はぁ…書くぞ……。書くんだ……」
畏れ多くも呼び出しはこれで二度目だ。天罰が下らない事を祈るしかない。
バイスは非常に丁寧な手紙を昼休みを目一杯使って完成させた。
周りの教員達は食事に行ったり、授業の準備に向かったりする中、パースパリーは魔法を掛け直すためにもそばに残ってくれていた。
「よし…これをキュータに渡せば良いな……」
「……キュータ君も大変ですよね。私の生徒達には一応誰が殿下でもジロジロみたりしちゃいけないって教えてますけど…。目の届かない所でもそうしてくれてるかは怪しいです……」
パースパリーの言葉に、バイスは少し肩を落とした。
「やっぱり、キュータは登下校中に苦労してますよ。子供達の好奇心も分かるんですけどね……。せめて祈るような真似はやめてあげてほしいんですけど……」
「そうですよね。まだキュータ君だって、祈りを聞き届ける側じゃなくて祈る側の歳です……」
「ほんとに……」
二人の間をズン、と暗い雰囲気が流れた。
「――バイス先生。それじゃあ、私ももう授業に行きますので」
「あ、はい!ありがとうございました。本当に助かりました!えーと、良かったら今度飲みにでもどうです?お礼におごりますよ」
「それは是非!楽しみにしてますね!」
パースパリーは長いスカートをひらりと翻して教員室を後にした。見え隠れするふくらはぎは一見鱗でもありそうなほどに硬い皮膚に覆われている。生態系の頂点に君臨するような鋭い鉤爪のついた足は靴を履いていない。強そうだ。
バイスはパースパリーが見えなくなると、急いで次の授業の準備をして教室へ戻って行った。
「じゃあ、今日はここまででーす。お祈りと聖歌を陛下方に捧げましょう」
バイスが言い、子供達は手を組んで目を閉じた。
静寂の教室――グゥ〜とお腹が鳴った。
子供達はチラチラと目を開け、音の正体を探した。バイスは自分の腹の音だとはいえなかった。
(昼飯抜きはきついなぁ…)
一刻も早く食事をしたいが、皆で聖歌を歌い、さようならと挨拶をすると、最後の力を振り絞る。帰り支度を進めるキュータの下へ行かねば。
「キュータ君校門まで一緒に帰ろ!」
「あ、オリビア。――僕も誘おうと思ってたところだよ」
「本当に?嬉しい!」
バイスは子供二人のやりとりに妙に感心した。キュータはわざわざ誘う気はなかっただろう。毎日一緒に校門まで帰っているのだから。
それを誘うつもりでいると言ったのは――これから続く嵐を予見したのだろう。
「キュータ様、帰ろうぞ」
ずっと学校に来ていなかったイオリエルが駆け寄った。彼女は身内の死のせいで塞ぎ込んでいて、ずっと学校に来ておらず、夜に寮に行っても人間と話す事はないの一点張りだった。それが突然聖典の寮に引っ越すと神殿から連絡が入り、登校してきたと思ったらべったりキュータと一緒にいる。
恐々だが、他の子供達とも少しづつコミュニケーションを取っている。だが、このグループにだけは強気だ。
「うん、イオリも帰ろうね」
キュータが頷くと、オリビアが腕を引っ張った。
「イオちゃん!毎日毎日キュータ君が困ってるじゃない!」
「そうじゃろうか?此方にはキュータ様が困っているようには見えんがのう?」
イオリエルも反対側にキュータを引っ張ると、キュータの顔は本当に困りはじめた。
「ふ、二人とも…僕は別に困ってないから。何でそんなに毎日怒ってるの……」
「ほら!キュータ君困ってる!」
「オリビアは校門で別れると言うに…。やれやれ。キュータ様も呆れているわい」
「そんなことないもん!誘ってくれたのはキュータ君だもん!!」
二人が睨み合うと、キュータはゆっくりと二人から腕を引き抜いた。
「オリビアのことは僕が誘ったから……ね。二人とも、そんな顔しないで。いつもの二人の方が可愛いよ」
「はぁい!」「そうじゃな!」
神の子ともなれば紳士オブ紳士らしい。おそろしい人たらし。
女の子は得てしておませさんだが、男の子は正直まだあまり女の子に興味などないだろう。
女子達の争いがひと段落したところでバイスは改めてキュータの席へ向かった。
「キュータ、これをまたお父さんお母さんに渡してもらえるかな?」
バイスが手紙を差し出すと、キュータは受け取り首を傾げた。
「これ、なんですか?」
「こないだ腕輪のご説明に来ていただいたお礼と――」バイスはキュータの耳に口を近づけ、声を落とした。「カインのお父さん達がごめんなさいしたいそうだ。まっすぐ帰って渡してくれるかな?」
「分かりました!そう言えばお父さま達、バイス先生は良い先生だって言ってましたよ!」
バイスの頭の上から花びらが舞い降り、世界中から天使達が駆けつけて祝福のラッパを吹き鳴らした。――ような気がした。
「なに!そ、そうか!ありがとう!ふふ、嬉しいよ!お父さん達にくれぐれも宜しく言ってくれよ!」
「はーい。じゃあ、先生さようなら」
「はい、さようなら。皆気を付けて帰れよー!」
キュータは鞄から怪しい仮面を取り出して着けると、たくさんの友達と一緒に帰って行った。
クラスの子供達はこれまで彼と普通に話をしてきているので、ジロジロ見るような子は減ったが、一歩ここを出れば彼はまるで今一番流行りの人気舞台役者だ。
どうせ校門でほとんどの友達が別れるというのに、皆熱心にキュータの側にいる。キュータが誰かかもしれないと分かる前から、彼らはあんな感じだ。
バイスは校門へ駆けていく子供達を窓から見送った。
校門付近では、キュータはジロジロと見られたり、噂話をされたり、祈りを捧げられたり、知らない生徒に話しかけられては何かを否定するように首を振っていた。そして、一郎太がイライラしそうになっているのを宥めている。
(……苦労なさってるな)
だが、態度を変えない友達もたくさんいるから、キュータもナインズとしてではなく、キュータとして笑って学校に来られるのだろう。
このクラスだけでも、彼がただの子供として過ごせる時間を作ってやりたいとバイスは思っている。
(――さ、次はカインだ)
さよならと同時に一番に帰ってしまったので、カインの姿はもうない。
バイスは教室に残る子供達にもう一度挨拶をすると職員室へ戻った。
あれこれと片付けをして、他の教員達に今日はもう帰る事を告げるといそいそと寮へ向かった。
道の途中で、一歩一歩ゆっくり歩くキングを見付けた。
「――キング、帰りかい?」
「…あ、先生〜。さようならぁ〜」
「先生も寮に向かうところだから、連れて行ってやろうか」
「えぇ〜!うれしい〜なぁ〜」
キングは短い手をバイスに伸ばし、バイスはキングを抱っこして歩き出した。
最初の頃はキングはぬるぬるしてそうだと女子達に心ない事を言われていたが、彼の皮膚は決してぬめっていない。そもそも服も濡れていないのだから一眼見れば分かることだ。
彼もそんな喋ることもできない――知能のないオオサンショウウオと同じ体だと思われては遺憾だろうと心配していた。
だが、可愛い目だねとキュータが頭を撫でてやるたびに彼のぬめぬめ説は否定されて行ったように思う。
(本当にえらい方だなぁ…)
バイスは寮の入り口に着くと、とんとん、とキングの背を叩いた。キングからは寝息が上がっている。こうしていると赤ん坊のような子だ。これでも年は十五歳。彼らは百八十才程度まで生きる。
移動教室では最近はよく一郎太に抱っこされて移動している。二足歩行するのに疲れ、廊下の隅で丸まっていた時以来だ。
「キングー?ついたぞー」
「あ、はぁ〜い。先生〜、ありがとぉ〜」
そっと降ろされたキングはぱかりと白い口を開けた。
「ふふ、毎日一生懸命歩いて偉いな」
「まぁ〜ね〜!じゃあ〜さようなら〜!」
キングは小さい体の者たちの寮へゆっくり帰って行った。
バイスもカインの部屋がある男子寮へ入った。
「――あら?先生。いらっしゃい」
寮母さんに迎えられた。
エントランスは談話スペースになっていて、談話スペースと隣り合う部屋に寮母さん夫婦が暮らしてくれている。朝と晩の食事は手伝いの人も出勤してここに暮らすたくさんの子供達の分を厨房で作っている。
寮は一階が談話スペース、食堂と大浴場、ティールームだ。ティールームには生徒達が使える小さなキッチンもある。
「どうも。カイン・フックス・デイル・シュルツ君とチェーザレ・クライン君の部屋はどこでしょう?」
「あぁ…シュルツ君達は二階の階段から三個目のお部屋ですよ。あの子達、近頃どうしちゃったんですか?クライン君なんてご飯食べたら学校も行かずに部屋に戻って行くし…」
「ちょっと学校でお友達といざこざがね。でも、これでスッキリしますよ」
「そうですか…?ずっとすごく落ち込んでるから心配で…。お家からいくつか手紙が届いてるんですけど、カイン君はそれも受け取らないですし…」
「あぁ…ちゃんとさせます。すみません。では、私はこれで」
「はい…。ご苦労様です」
バイスは二階に上がり、扉を一枚、二枚、と数え三枚目で止まった。
扉は左右にあるが、右からは高学年の子が何人かで集まっているのか、呪文を練習する声が聞こえてくる。
(こっちだな)
扉にはきちんとお手製のネームプレートが掛けてあった。カイン・フックス・デイル・シュルツと、チェーザレ・クラインのものが二つ。
軽い力でノックをすると中からは「どうぞ…」と落ち込んだ声がした。
「カイン、チェーザレ。先生来たぞ」
部屋に入ると片付けをしていた様子のカインがバイスを見た。チェーザレは布団の中で丸まっていた。
「…寮母さんだと思ったのに、先生なの」
「はは、悪かったな。先生で」
「いいよ…。なんですか」
「今度カインのお父さん達が学校に来るって手紙をくれたからな。一応カインに言っておこうと思ってきたんだ」
「なんで?なんでお父さま達が来るの!僕を叱りに!?僕に市長はさせられないって!?そ、それとも裁きが下ったの!?」
「落ち着け落ち着け。違うよ。カインとチェーザレが元気でやってるのか心配してるのさ。だから、わざわざ来るんだよ。キュータのお父さん達にきちんと謝ってくれる。これで全部チャラだ」
「そ、そうなの……?」
バイスはチェーザレのベッドに腰掛けた。チェーザレも布団からようやく顔を出してくれた。
「そうだぞ?手紙でごめんなさいって書けば済むのに、遠路遥々来て謝るって言うのは、二人の顔を見たいからだよ。それに、ちゃんと謝れば許してくれる方達だ」
カインは久しぶりに笑顔を見せた。
「そ、そうかな?そうかな?」
「そうに決まってるだろ?だから、元気を出して。チェーザレも明日からは頑張って学校に来てくれよ」
「……分かりました」
バイスはぐしぐしと二人の頭を撫で、腰を上げた。
「じゃ――少し部屋を片付けようか」
「はぁい。チェーザレ、起きろよ」
「はい…」
部屋には服や下着が散乱していた。
きっと片付けは従者であるチェーザレの係だったのだろう。
三人は部屋を片付け、バイスは「お母さん達から手紙が来てるから、寮母さんからちゃんと貰えよ」と声をかけて帰って行った。
カインとチェーザレはバイスを笑顔で見送った。
バイスは帰り道、会談の日を思って胃を痛くした。
カイン達のことは元気付けることが出来たが、キュータに渡した手紙が無礼じゃなかったかがずっと気になっていた。一通目の腕輪を取らせろと言う手紙が大変無礼だったためだ。
今回書いた内容はいたってシンプル。
先日腕輪の説明に参上頂いたことのお礼。
腕輪事件はカインの両親もとても反省していて、謝りたいそうだという事。
もし時間の都合が合えば、学校までお出ましいただき謝罪を聞いてほしいという事。
「――以上が前にお前が届けてくれた手紙に書かれていたから、今日の午後は私達も学校に行くからな」
あれから数日、アインズが伝える。朝ごはんを食べ終わり、ローブをきちんと整えるとナインズは頷いた。
「僕も先生に授業終わったら一階の応接室に来てって言われてるから、学校で会えるね!」
「そうだな。じゃあ、また後でな」
「はーい!行ってきまーす!」
ナインズは嫉妬マスクを顔にかけると出かけていき、フラミーとアルメリアは手を振った。
「さーて、今日は何着てこうかなぁ!セイレーン州で買ったお洋服ならあんまり目立たないかなぁ!」
フラミーは行きがけに少し神都を見るつもりでいるので、割と今日のお出かけを楽しみにしていた。
「俺もどの仮面で行こうかな〜」
相変わらず他所様の顔を拝借する気にはなれず、かと言って悟フェイスは知れ渡っているモモンの弱体版なので、多少怪しくても仮面で誤魔化したいところだ。
入学式は多くの親の中に紛れたので弱体モモンの顔といつもの人の顔をくっ付けて行ったが。
「アインズさん、仮面はなるべく怖くないデザインにしましょうね」
「はは、そうですね。担任も謝りに来る親御さんも安心できるようなのにしますよ」
嫉妬マスクは高級感がなく、周りに溶け込むにはピッタリだ。――とアインズは思っている。
しかし、あの仮面は表情は良くない。
少し気が早いが、二人は早速ドレスルームを見に行った。
「キュータ様!帰ろう!」
今日もナインズの下へイオリエルが誘いに来た。
「あ、イオリ。ごめん、今日は一緒に帰れないんだ」
「ふふ、イオちゃん。迷惑がられてる〜」
オリビアが意地の悪い声を出したが、ナインズは首を振った。
「ううん。そう言うわけじゃないんだけど、僕今日シュルツのお父さま達とお話しするんだ。うちのお父さま達も来るから、今日はダメなんだ」
「あ……そうなんだ。大変だね」
オリビアは察すると心配そうな顔をし、イオリエルは首を傾げた。
「お話?シュルツとは、あの静かな男の子じゃったか?」
「うん。ちょっと色々あってね。じゃあ僕行くね。一太ー!」
一郎太を呼ぶと、ナインズはレオネやエルにまた明日〜と手を振って教室を出て行った。
「シュルツとキュータ様は何かあったんじゃろうか」
「イオちゃん、カイン君が前キュータ君の腕輪盗ったの。だから、きっとお父さまが謝りに来るのよ」
「何?そうじゃったか……」
イオリエルはよくもまぁそんな畏れ多い真似ができたなと思った。
「だから、帰ろ。校門までだけど」
「オリビア……。誘いは嬉しいが、
「イオちゃんが待つなら私も待つもん」
すると、「……皆集合!!」とイシューが声を上げた。
皆と言っても、仲のいいグループを呼んだことは明らかだ。
いつものレオネ、オリビア、イオリエル、アナ=マリア、エルミナス、ロランが集まった。
「お父様方の話し合いが終わったら、皆で迎えてキュータのこと驚かしてやろ!」
その誘いに皆賛成し、教室を後にした。
まだ教室でトマやオーレと黒板に落書きをしていたリュカは振り返った。
「……お父様方って、キュータのお父様も来るのか?」
「そうじゃない?すごいよねぇ」
トマが呑気にそんな事を言うが、リュカとオーレは急いで黒板の落書きを消した。
「行こうよ!僕神王陛下見てみたい!!」
「俺もそう思ってた!行こうぜ!早く片付けて!」
三人はドタバタと片付けを済ませ、白くなった手をズボンのお尻で拭いた。白い手型の着いた尻を、教室に最後に残っていた
「……キュータ君のお父さん達、見てみたいね?」「キュータ君が本当に殿下かこれで分かるよね?」
二人はそんな噂を始め、いそいそと帰り支度をして廊下に出た。
そして、隣のクラスの
神王陛下ご降臨の噂は瞬く間に残っていた子供達の中を駆け抜けた。
一足先に応接室に通されたユーキス・フックス・デイル・シュルツは、出されたお茶を妻と二人で飲んでいた。
すると、部屋にノックが響いた。
「どうぞ」
入ってきたのは――「お、お父様!」「旦那様!」カインとチェーザレだった。
「カイン!チェーザレ!お前達はとんでもない事を!!」
叱ろうとすると、横から妻が身を乗り出し、カインを抱きしめた。
「カインちゃん!!大変だったわね。もう大丈夫お母様に任せてね」
「お母様……うぅ……。お父様ごめんなさい、本当にごめんなさい……一緒に謝ってくれるんだよね?そうだよね?」
「あぁ、もちろんだ。お前達もちゃんと謝れるな」
「うん…うん……。もう、僕こんな生活やだよ」
「僕もやだよぉー!僕達、僕達ぃ…うぅぅ」
「まぁ!可哀想に!二人とももう大丈夫よ!」
妻は非常に立腹していた。
ユーキスは正直、これから行われる話し合いに妻は出席してほしくないと思う。
だが、追い出すわけにもいかない。
最初は父親同士と子供だけで話し合おうとか、そう言う提案をしようか。しかし、それはあちらの母親に失礼な気もする。
ユーキスがそんなことを考えていると、再び扉は叩かれた。
「どうぞ」
次に入ってきたのはまだ若い男性だった。
ユーキスは担任を見るのは初めてだ。入学式にはチェーザレと、チェーザレの父である家令と、妻に任せた。
「失礼します。シュルツさん、初めまして。私はカイン君達の担任をしているジョルジオ・バイス・レッドウッドと申します。子供達には短くバイス先生と呼ばれています」
バイスと呼んで良いと言うことなのだろうが、迷惑をかけた身でそう言う呼び方はなんとなく選べないものだ。
ユーキスはしっかりバイスと手を握り合った。
「――レッドウッド先生、この度は突然訪問してしまい、申し訳ありませんでした。いつもカインとチェーザレがお世話になっております」
「いえいえ。カイン君は自立心旺盛ですし、誰にも負けたくないと言う強い気持ちをいつも持っています。チェーザレ君も誰かのために行動することができる優しい子です。僕も二人に学ぶところはたくさんあります」
カインとチェーザレは笑うと、互いを茶化すように小突きあった。
「ありがとうございます。ですが、レッドウッド先生もお若いながら神都で教師とは見上げたものです。素晴らしい知識と魔法技術あってこそでしょう」
「畏れ入ります。まだまだ未熟ですが、子供達のために精進します。さて、早速なのですが、キュータ君のご両親とキュータ君には別のお部屋でお待ちいただいておりまして、シュルツさんにはご移動頂けますでしょうか」
「あぁ、そうでしたか。私達が先に来たのかと思っていましたが、お待たせしていては申し訳が立ちませんね。――お前、行くぞ」
ユーキスが促すが、妻はジッとバイスを見つめていた。
「……こちらのお部屋に来ていただくことはできませんの?」
「馬鹿!何を言っているんだ。ほら、早く立ちなさい」
不満ありげな妻に、カインはとても不安そうにしていた。
バイスもそれだけで妻を警戒するような顔になっている。
「――レッドウッド先生、妻はバハルスからの長旅で疲れておりまして、もうへとへとなもので」
教師に悪感情を抱かれて良いことなどない。ユーキスの言い分にバイスは警戒を解いたようだった。
「あぁ、そうでしたか。うんうん、そうですよね。二日がかりでいらしたんですか?」
「えぇ。ずっと馬車で腰が固まるようでした。ははは」
「これが終わったら、是非神都でゆっくりお過ごしになってくださいね。さぁ、ではそろそろ」
もう一度促され、妻はようやく腰を上げた。
バイスを先頭に進む。カイン達は教師を信頼しているようで、バイスに「もう大丈夫だぞ」と言われ、安心した顔をしていた。
「――誰が長旅で疲れているんです」
小さく抑えた声で耳打ちされると、ユーキスはため息を吐いた。
「――レッドウッド先生に問題のある親だと思われて困るのはカインだ。慎みなさい」
「………わかりました」
カインを引き合いに出せば素直だ。
バイスは二つ隣の部屋の前に着くと、自分の身なりを確認したようだった。
真面目な性格なのだろう。
ンン、と声がきちんと出ることを確認してから、バイスは扉を叩いた。
「ジョルジオ・バイス・レッドウッドでございます。カイン君とチェーザレ君、それからご家族の方をお連れ致しました」
その余りにも低い物腰に、ユーキスは内心眉を顰めた。妻は顔に出ている。
(……まさか、本当に殿下に良い顔をしたくてカイン達を悪者に……?)
妻が先日提唱した、荒唐無稽だと笑い飛ばしたくなるような説が、じんわりとユーキスの中に滲み出した。
扉の中から「入ってくれ」とどこか尊大とも言える声が聞こえた。
こう言う言葉を使う人間は三つに分類できるだろう。
怒っている人、育ちが悪い人、地位の高い人。
この場合、高価な腕輪を子供に与えるほどなので、地位が高く、また、怒っていると考えるのが妥当だ。
そうなると、バイスのこの腰の低さは納得できる。これ以上相手を刺激しないようにと慎重になっているのだ。地位については市長の自分とどっこいか、自分の方が上だろう。州知事でスズキと言うのは聞いたことがない。
おかしな疑いを持つことはやめようとユーキスは一度気持ちをフラットなものにした。
「失礼いたします」
バイスは二枚組の扉の一枚を押し開け、中に入ると扉を開けたままユーキス達の入室を促した。
ユーキスは部屋に入り――立って迎えてくれた人々を前に一瞬足を止めそうになった。
学校に着いたときに挨拶をした校長が部屋の中にいた。それは良い。
それより、スズキ家の身なりだ。
ユーキス達も、きちんとした格好を心がけて来たが、相手のその服装はまるで大貴族のようだった。
父は上等なローブを着ていて、ぎっしりと嵌められた魔法の効果を宿していそうな指輪、顔を隠す白い仮面。
母はセイレーン達が好むような異国の柄のローブで、息子と揃いの魔法の効果を宿していそうな耳飾りを着けている。
両親ともに黒髪で、息子も黒髪だった。
息子の腕に通されている腕輪に思わず視線がいく。
それは大変高価そうで、カインはあんなものを盗んだのかと目眩がしそうだった。下手をすれば、ユーキスの給料一年分や二年分あるかも知れない。
仮説では殿下と一番仲良くしている少年なのだから、どこかの王族上がりだとか、大貴族上がりだとか、もしくは部族長だとか、十分に考えられる事だ。
何でもない身分の者が殿下と共にいられるはずがない。
ユーキスはもっと良いものを着てくれば良かったと思った。
だが、すぐに値踏みするような思考は破棄し、早足でスズキ家の前へ進んで頭を下げた。
「この度はうちのカインと、雇っているチェーザレが大変な真似をしてしまい、申し訳あり――」「あなた!」「申し訳ありませんでした!」
妻の横槍を意にも介さずユーキスは一層深く頭を下げた。
ちらりと横を見れば、カイン達もきちんと頭を下げていた。
「まぁまぁ。まずは掛けて下さい」
着席を促され、この小学校で一番良い部屋だと思われる部屋のソファに座った。
向かい合うように長いソファが置かれていて、奥にスズキ家、ユーキスから見て左側に火の入っていない暖炉。右側には教師二人が座るであろう一人がけソファが二台。
広い部屋で、ピアノが置かれているし、三枚ある大窓の前には、それぞれ一台づつソファが置かれていた。貴族の邸宅の応接間のようだ。
「失礼いたします…」
シュルツ家が座ると、あちらの父は居住まいを正した。
「改めまして、鈴木九太の父です。どうぞよろしくお願いいたします。宗教上の理由があって面は外せませんが、ご容赦を。こちらは妻と、九太。それからうちで育った一郎太です」
宗教上の理由。黒髪から言って、ディ・グォルス州の出身なのだろうか。あちらには少し変わった宗教が今も息づいているはずだ。仏教と言ったか。
まだ若い夫人とキュータが揃って頭を下げてくれた。
そして、最後に呼ばれた少年は――ミノタウロスだった。妻はわかりやすく眉間に皺をつくった。
「ユーキス・フックス・デイル・シュルツです。どうぞよろしくお願いいたします。妻と、息子のカイン。それから、クライン家から預かっているチェーザレです」
二人を示す。カインとチェーザレは頭を下げた。
ただ、あちらの夫人は頭を下げてくれたと言うのに、妻は頭を下げる様子がないので急いで話を続けることにした。
「仮面については構いませんので、お気になさらず」
「それは良かった」
とても怒っているかと思ったが、そう大した事はなさそうだと内心安堵する。
すると、スズキ夫人が周りに声をかけた。
「――校長先生もバイス先生も、掛けて頂いて構いませんからね。いっくんも、そんな所じゃなくてこっちに来て一緒に座ってね」
「はーい。キュー様、お隣ごめんね」
「いいよ。一太狭くない?」
「平気です!」
ミノタウロスはキュータの隣にキュッと身を寄せて座った。肩と脚をくっ付けて座る二人は実に仲が良さそうだった。
「早速ですが――カイン、チェーザレ。キュータ君の腕輪を盗ったと言うのは本当なんだな?」
カインは相手の親を不安そうに見上げながら、たっぷりの時間言葉を選んで答えた。
「……と、盗っちゃった……」
「なんでそんな事をしたんだ?」
「あ…あ……お父様……ぼく……」
また、たっぷりの言葉を選び、わずかに震え始めると、妻がユーキスを睨み付けた。
「あなたがそうやって頭ごなしに決めつけるように喋るからカインも怖がって本当のことが言えないんじゃないんですか?――ねぇ、カイン。本当はどうだったの?あなた、あの子に意地悪されてたんでしょう?」
座っていた担任が慌てて口を挟んだ。
「お、奥さん!何を言っているんですか!キュータ君は友達皆に優しい子で、誰かに意地悪するような子じゃありません!」
「じゃあうちのカインは他所様に意地悪する子だって仰りたいの?うちのカインはね、シュルツ家の次期当主なのよ。スズキさん、あなた達我が家の名前をご理解しておいで?」
妻は信じられないほどに喧嘩腰で、ユーキスは咄嗟に止める言葉すら見つからなかった。釣り上げた魚のように、無能そうに口を開けてしまった。カインも「お、おかあさま…?」と戸惑いの声をあげている。
だが、あちらの両親は気にも止めないようで、どこ吹く風だった。
「え?理解しているつもりですが……カイン・フックス・デイル・シュルツ君ですよね?」
「そうよ!うちはバハルス州のランゲ市を預かり持つ市長なんですよ?貴族の称号もある名門の家なんですからね!わかっているなら相応の態度を取っていただきたいところです」
「おま――」ユーキスが注意をしようとすると、あちらの父親が手を挙げた。
「理解とはそう言うことですか。カイン君のお母さん、身分を盾に他者を押さえつけたり、種族や生まれで人が差別されないように、神聖魔導国では貴族制を廃止しています。ですが、それを廃止したとしても、何の教育も受けなかった一般の者が字を書いたり、難しい政治のことを受け持つ事は困難。だからどの国も神聖魔導国に変わる時には、それまで統治していた者を採用しているんです。その意味がお分かりになりますか」
相手が何者なのかユーキスは悟る。これは神殿機関の重鎮なのだろう。市長とは全く別のベクトルの身分だ。
「そんなこと言われなくても分かります!エル=ニクス様に任命されるだけの能力もあれば、歴史もある家だと言うことに何か違いがあって!市長になれるのはほんの一握り!あなた達がどれだけの家柄だか知りませんけどね、家柄っていうのは今も確かに存在するんですよ!!」
「バハルス州のランゲ市、シュルツ家」あちらの父親は胸元から美しい手帳を取り出すと、机に乗っているペンでメモをした。「――忘れないようにしておかないとな。はぁ……ここはいつか問題が起こりそうだなぁ」
やだなぁ…と呟きが漏れた気がした。
「問題ですって!?あなた!なんとか言って!!」
「お前はもう部屋を出なさい。カイン達が腕輪を盗ったのは紛れもない事実なんだ。カインも認めてるだろう」
「だから盗るような事になったのはあの子のせいだって言っているんですよ!それを一方的に責めて可哀想じゃない。私のカインは虐められなきゃそんな事しないんだから!」
あちらの母親はそっと自分の息子とミノタウロスの頭を撫でて口を開いた。
「二人とも聞いて。これはあなた達を責めるわけじゃないけど、聞いておいてほしいことなの。意地悪はね、したって思わなくても、意地悪されたって思ってしまった子がいたら必ず謝らなきゃいけない。体も心も思いもしない時に傷付いちゃうから、何が嫌だったのかちゃんと聞いて、また同じことをしないようにしないとね。その方が、二人も気持ちがいいよね?」
二人が素直に頷くと、あちらの母はカインとチェーザレを見つめた。
「――カイン君、チェーザレ君ごめんね。嫌な思いしたことがあったの?」
「あ、あの……」
カインとチェーザレが言うべきなのか、言わぬべきなのか悩み始める。
「カインちゃん、大丈夫よ?あなた一人が悪者扱いされるなんて絶対にお母様は許さないんだから。手紙にも書いてたでしょ」
妻がカインに言ってやれと言わんばかりに肩を抱くと、カインは自分のズボンを握り締めて口を開いた。
「お、怒られたんです……。庭で見てたら、一郎太に怒られて……それで……僕……意地悪してやるって思って……」
「そっか。嫌な思いさせてごめんね。いっくん、ごめんねできる?」
「……はい。――ごめんなぁ、やな思いさせて」
「シュルツ、チェーザレ。一太が怒鳴ったのは僕のせいだ。僕が誰かが僕らを見てるって言ったから。だから、僕ももう一回謝るよ。ごめん」
カインは瞳いっぱいに涙を浮かべると頷いた。
「僕も……僕も本当にごめんなさい……。転んだスズキ君をいい気味とか言ったりして……だから一郎太が怒ったって本当は分かってたのに……僕……。エル君と話してるのが羨ましくて……ずっと羨ましくて……」
「シュルツ、分かってるよ。僕も魔法が使えるエルとたくさん話したいと思ったもん。それはもういいよ」
「ありがとう……。スズキ君、あの…一郎太君の服を汚したの……あれも本当は僕達がやってそれで……ごめんなさい……」
「……知ってたよ。ねぇ、ひとつだけ聞いても良い?一太のロッカーに入れられてた、人を食べる赤毛の牛の酷い絵。あれも君達なんだよね」
「っ、き、キュー様?なんでそれを…」
「一太が捨てたの、ゴミ箱から拾って見た」
ユーキスはごろごろと出てくるカインの余罪に頭を抱えたくなった。
そして、謝られていた筈なのに謝る側にまた戻っている事に妻は苛立ち始めている様子だった。
妻に喧嘩両成敗という言葉はない。商売をしていた妻の実家に於いて、謝罪をすることは賠償や責任を負う事だ。
それに、これは実に浅はかで幼稚な考えだが、カインの事で謝罪をするというのは自分自身を否定されるように感じて受け入れ難いのだろう。
「……カインがやったか分からないのに、まるでカインがやったって決め付けてるみたいな言い方して」
せっかく子供達が仲直りできそうだというのに、本当に余計な口出しだった。なのでユーキスは無視した。
「カイン、やったのか?」
「……ぼ、僕とチェーザレでやった……。一郎太も……本当にごめんなさい……」
「一太、許してあげられる?」
「許しますよ。キュー様は許してるんでしょ」
「…一太、僕とは関係なく、許してあげられる?」
「うん、別に良いよ。オレは賢者食のミノタウロスだもんね。オレはキュー様変に描かれてたのが嫌だったの。こいつら絵下手だもんな。次はもっとキュー様をカッコよく描けよ。ははは」
「は、はは…。ありがとう……。僕、もう二度と人を種族で何とかって……言わないよ」
「良かった。今度からはシュルツもエルとたくさん話せるといいね」
「……それ、僕、もういいんだ。エル君と話すの……。これも、種族や身分で人を選んでたって分かって……僕……」
カインが肩を落とすと、妻はその小さな肩を撫でた。
「カインちゃん何でそんなこと言うの。あなたはエル様とお話ししなきゃだめよ。もっと積極的にお話ししに行かなきゃだめじゃない。その子もやっとカインちゃんの邪魔しないって言ってるのに。お母さま許しませんよ」
「……いいの。お母様は黙ってて」
「な、カイン!あなた何て口きくの!?お母さまはね!あなたの為を思って言ってるのに分かんないの!?大体お母さまがいないと何もできないくせに!!今日もお父さまにお休みを取るように言ったのは私なのよ!!」
カインがきゅう…と小さくなっていくと、ユーキスは妻を睨んだ。
「やめないか。カインの事はカインが自分で決めて行けばいいんだ。子供で自分の人生のやり直しをしようとするのはやめなさい」
「何ですって!?私はカインのために言ってるのに!!」
「良いから静かにしなさい。みっともないだろう」
妻も本気でカインのためだと思ってカインに口出ししているのでいつも平行線になる。
ただ、恥という概念はあるのでみっともないという言葉に妻は黙った。
微妙な静寂が部屋に満ちると、廊下と校庭に面する窓の外がガヤガヤと騒がしいことに今更気付いた。
気付いたのは校長達もそうだったようで、何事かと席を立った。
「――失礼。何か生徒達が少し騒がしいようですね」
校長が校庭に面する窓へ向かう。窓の前に置いてあるソファに膝をつくと、窓の下を覗き込むようにしてしっしと何度も手を振った。誰かがバイスか校長に会いに来ているのだろうか。
そんな様子を眺めていると、自身の正当化方法を考えていた様子の妻は怒りの矛先を変えた。
「ちょっと。レッドウッド先生、手紙にはカインのポケットから腕輪が見つかったと書かれてましたけれど、どうしてうちのカインのポケットに入ってるって分かったんです。疑ってポケットに手を入れないと見つからないでしょうに。そうやって子供を疑うみたいな真似は教師としてどうなんですか」
「奥さん、この日にはある視察の方が来ていまして、魔法の痕跡を探して見つけて下さったんです。キュータ君の腕輪は魔法の効果を持つ腕輪でしたから」
「視察?今回はカインがたまたま自分でやったみたいですけどね。もしこれが誰かに入れられた事だったら視察の方もあなたもどう責任を取るって言うんですか。まったく。その方にも直接話を聞きたいものね」
「そ、それは……。こう言う事でお呼びできる方ではありませんので……」
バイスはちらりと相手の両親の顔色を伺った。ユーキスは何だろうかと思った。
「失礼。その視察の方と言うのはスズキさん家と縁のある方なので?だからどうと言うわけではないのですが、一応聞かせていただけますか」
「――難しい質問ですね」
父親が悩むように天井を仰ぐ。
「…と言うことはお知り合いですか。私はカイン達のやった事はきちんと謝りたいと思っております。ですが……少数をあまり大勢で責めないでやって下さい。勝手な言い分かもしれませんが、悪さをしたとしてもカイン達もまだ子供です。大人に叱責され、友達からも責められては居場所を失ってしまいます…」
「お父さんの仰りたいことはよく分かります。ただ、九太の腕輪の価値を理解した視察員がどんな態度を取るかまでは、私達に操作できることではないと言う事を胸に留めていただきたい」
「それはそうですが……。チェーザレは学校にも行けなくなってしまいました。盗みを正当化するわけではありませんが、それほどの物を学校に着けてくるのは危険だとスズキさんもお分かりだったでしょう。着けさせていることがそもそもの間違いだと考え直すことも時には必要です」
妻がそうよそうよ!と隣で言うのが鬱陶しかった。
「私達だってできればこんなものはさせずに、腕輪も責任も何もかもを脱ぎ捨てて身軽に自由に暮らさせてやりたい。だが、それができる身ではないと私達も本人もわかっているんです」
「何故そう願っていながら外させてやれないのでしょう。高価であればあるほど、子供達は時に嫉妬します。カインには決して二度と同じことをしないようにキツく言い聞かせますが、次はカインではない子が繰り返すかも知れません。ですが学校に腕輪をしないで来られれば、今後また同じようなことが起こらずに済みます。出過ぎた事だとは分かっていますが、これはキュータ君のために言わせて頂いているんです」
「ありがとう。あなたなりのお気遣いは受け取ります。ですが、同じ事はもう繰り返さない。これには――攻撃魔法連動式の時限型防壁を掛けましたから」
「な、何…?」
人に向けて殺傷能力がある魔法を使う事は違法だ。それが例え、盗みから何かを守るためであっても殆どの場合は過剰防衛になる。
「そんな危険な真似許されないわよ!デスナイトを呼ぶわよ!!」
父親はおかしそうに少しだけ笑いを漏らした。この件についてはユーキスも妻の意見に同意なので、眉間に皺を寄せた。
「どうぞ。ただ、盗られてすぐに発動するようなものではないので暴発についてはご心配なく。今回の事で我々は認識の甘さを痛感しましたよ。それを教えていただけた事には感謝すらしています」
息子も知らなかったのか、自分の腕輪をじっと眺め、母親を見上げた。
「お母さま、これ、誰かが触ると爆発するの?」
「ううん、一時間以上あなたが触れないと小さな爆発を起こすの。その爆発に連動して発動する<
「じゃあ、もし外したり、また盗られちゃっても僕が一時間経たないうちに触れば平気?」
「うん。平気。だから学校で魔法の授業中に外す分には問題ないからね。でも、絶対にどこかに置いてきたり、誰かに持たせっぱなしにしちゃダメよ?」
「……わかった。皆のために、僕もう盗られない」
ユーキスに魔法のことはよく分からないが、悪魔召喚は許された一部の危険魔法取扱者の免許を取っていない者が行えばどんな悪魔を喚んでも重罪だ。悪魔召喚で旧竜王国も、旧ローブル聖王国もどれだけ苦しんだかわからない。
ユーキスはこれがブラフなのか本当の事なのか区別が付かなかった。
本当だとしたら、スズキ家とは一体――。ユーキスが推理を始めようとすると妻が立ち上がった。
「そんな事して学校の秩序をなんだと思ってるの!?着けてこなければ良いって言ってるのよ!!それをあなた達――」
指を差し怒鳴っていると――扉がいきなり開いた。
「「「っきゃあ!!」」」「「「っおい!!」」」「「「ちょっと!!」」」「「「いってぇ!!」」」
何事かと振り返ると、大量の子供達が応接室に雪崩れ込んでいた。
「おい、お前達!何をしてるんだ!!」
バイスが慌てて将棋倒しになっている子供の下へ駆ける。下敷きになった子供はよほど痛いのか泣いていた。
「だから押すなって言ったのに!」「リュカが代わってくれれば良かったんじゃん!」「代わりたくても動けないだろ!」「私は最初から盗み聞きはやめろと言ったじゃないか!」「うわぁーん!いたぁーい!!」「大丈夫か?此方の杖…杖は……」「治癒室治癒室!」「早く退けよ!」「退けないよ!」「後ろもたくさんいるんだよ!!」
廊下には学年問わず、たくさんの子供達が首を伸ばして応接室を覗き込んでいた。
子供は散るどころかどんどん増えていく。同時に校庭の方から聞こえていた声が減って行った。
痛い痛いとわんわん泣く子供が何人もいる。場は大混乱だった。
そして――上級生が一人、手を応接室の中へ向けて突き出した。
「あ、握手して下さい!」
「は?握手?」
ユーキスと妻が瞬き、握手を求める声はどんどん上がった。
ごしごしと制服のローブで皆手を拭いてから手を伸ばす。
混乱を極めた室内で、「もう完全にバレてるわけか…」という呟きが聞こえると共にパンパンッと手を叩く音が響いた。
少しだけ部屋が静かになると、皆の視線は手を叩いたスズキ家の父親に吸い込まれた。
「――まずは下がって全員が立てるだけのスペースを作れ。一番下にいる子が圧死してしまうだろう!」
まだ押し潰されている子供達は泣いていた。
「あ――オリビア!イオリ!皆!!」
「ふぁーん!キュータくーん!!」
「キュータ様ぁー!」
キュータが駆け寄る。一番下になっている子供たちは皆地面ではなく、上を向いていた。
つまり、扉の方へ向いていたのではなく、廊下側を向いていたのだろう。それは多くの生徒達からこの部屋を守っていたことの証だ。
「大丈夫!?どうして皆!」
廊下から教師達の「早く退きなさーい!」と言う声がするが、皆なかなか動こうとしなかった。
『――皆ここから離れるように三歩下がりなさい』
スズキ家夫人が通達する。耳障りの良い声だった。
子供達はその場から有無を言わずに三歩下り、バイスや校長すら三歩下がった。
それどころか、座っていたユーキスも下がりたくて堪らなくなり、わざわざ立ち上がって下がってしまった。
自分の体に起きた事に驚いていると、倒れていた子供達はようやく引っ張り出され、救出された。
「オリビア、大丈夫?痛かったね」
「ふわぁー!痛いよぉー!」
ど真ん中にいた女の子の後頭部には大きなタンコブが――いや、一人だけ血が出ていた。
「お、オリビア!!血が出てる!!お母さま!!」
キュータの言葉にオリビアは後頭部に触れ、血が出ている事を確認すると一層泣いた。
「あららら、オリビアちゃん、大丈夫?」
「ふぁーん!死んじゃう!!いたぁい、いたぁーい!!」
「わわわ!オリビア!此方の杖!此方の杖はどこじゃ!」
「可哀想に…。えっと、一、二、三………」
夫人は泣いている人数と下敷きになっていた人数を数え、空間のスリットに手を入れた。
ユーキスの目にはそうとしか見えなかった。
スリットから取り出されたのは――どこか見覚えのある白い杖だった。
「<
近くにいた子供達の体がドッと発光し、床に落ちていた血や、肩についていた血は消えた。魔法で身体が癒える時、切り落としてしまった指などが消えてしまうのと同じ理屈だ。
ただ、数人を一度にこれだけ回復できる魔法があったなんて、ユーキスは初めて知った。
泣いていた女の子は数度パチクリと目を瞬かせた。
「オリビア、もう痛くない?」
「いたく…ない……。あの、えっと、キュータ君のお母さま、ありがとうございます……」
「いいえ」
「良かったね。それにしても、皆どうしてこんなところにいたの…?」
「……キュータ君のお話し合いが終わったら……びっくりさせたくて……ここにいたら……どんどん人が増えちゃって……」
それに捕捉するように――銀髪の少年が付け加えた。
「キュータ、ごめん…。覗いたり中の音を聞こうとしたりするなって言ったんだけど……」
「エル、ありがとう…そうだったんだね……。痛いところはない?」
「ないよ。癒やしていただけたから」
ユーキスは妻が息を呑むのが聞こえた。
「エ、エル様…!」
三歩下がっていた妻は床に座る銀髪の少年の下へ馳せ参じた。
「……シュルツ君のお母上?」
「えぇ!そうです!エル様、カインと仲良くしてあげて下さいね」
「……私は最古の森で奴隷の子だと差別されてきた
「は、
「そうです。――キュータのお父上様、お母上様、お久しぶりです」
エルはぺたりと手を床について深く頭を下げた。
「エル君、元気そうで何よりだ。もう少しすれば夏休みだろう。夏休みには九太や他のお友達も連れて最古の森に行けると良いな」
「はい!ありがとうございます!」
もう一度ぺたりと頭を下げると、「――うまく取り入って」「被差別階級が」「奴隷の子のくせに」と言う子供の声がした。
「――今言った者、前に出てもう一度同じことを言えるか」
スズキ家の父親が子供達を見渡す。
「言えないだろう。それが悪い事だと分かっている証拠だ。私は入学式に最高神官長に何と言葉を預けた」
妻がバッとスズキ家の父親を見た。ユーキスは何のことだろうと思った。
子供達が気まずそうにすると、床に座っている子供達を跨ぎ、かき分けて入ってきた一人の少女がスカートを摘んで頭を下げてから告げた。
「自分の周りの仲間を全員尊い存在だと思って過ごすようにと仰いました。最高神官長様はどなたがナインズ殿下だとしても、礼儀正しく全ての仲間に関われば何の問題もないと、お言葉の真の意味を汲んで説明して下さいました」
「……クラリス。そ、そうだな。その通りだ。私の言葉の意味を全員わかっているだろう。九太が誰でも、エル君が誰でも、被差別階級なんて言葉を使うことは許されん。差別など無意味だ」
子供達はしょんぼりと肩を落とし、「はい…」と返事をした。
「子供達よ、決して忘れるな。差別を憎め。差別と言う行為を許すな。全ての国民は――我が名の下に皆平等だ」
ガタンッと机がひっくり返った。
立って振り返っていたユーキスは机の横に尻餅をついていた。
「へ、へいか……?」
「――シュルツさん。申し訳ないが、ここは神聖魔導国、古い考えは捨てていただきたい。カイン君は九太に"称号の名前も持たない
ユーキスは何も言えなかった。妻は顔を真っ白にして立ち尽くしている。
「よその家のことに口出しはしたくないですが、御宅の奥さんのような人がこの国にいると思うと頭が痛いと言わざるを得ない。子供に差別的な意識を刷り込むような真似は許されません。子供は学校で教育ができるが、大人には学校がありません。人をまとめている自覚があるなら人を選ぶのか、きちんと教育して下さい。それとも、国は大人にも学校を作らなければいけないのか?」
「い、いえ……あ………あの………そのような事は………」
「ないと思うか?それなら――」
「陛下!!ち、違うのです!!私は、私は…!!そんな、おかしいわ!!カイン!!あなた、エル様が殿下だって!!――っこの!!バカ息子!!」
妻が騒ぎ出して手を振りかぶり――カインはギュッと目を閉じた。
「<
スズキ家の母親――いや、それだけの存在ではない人の詠唱と同時に妻はぴたりと止まった。まるで彫像になったように、動いていた髪も重力に逆らって固まっている。
子供達から驚嘆が響く。バイスも「じ、時間の魔法……」と呟いたまま硬直していた。
「子供のことを叩く親がありますか」
向けられていた杖は怒りを表すようにガツンと音を立てて床に降ろされた。
「本当ですね。フラミーさんの魔法が切れる前に――<
ユーキスは口の中で何度もフラミーさん、フラミーさん、フラミーさん、と唱えた。
「カイン君、こっちにおいで。動き出すと手が当たっちゃうから」
カインは黙ったまま何度も頷き、チェーザレと共にユーキスの隣に移動した。
硬直していた妻は動き出すと同時に、カインがいた場所に手を空振りした。
「っあ!ど――」そして妻からは音の一切が消えた。
「一秒くらい魔法を掛けるのが遅かったな。腕と勘が鈍ってる。そろそろまたフラミーさんと鬼ごっこしなくちゃ」
「ふふ、今度は負けませんよぉ」
「いやぁ、昔やったのは考えてみたら俺の負けでしたよ。痛い思いさせましたから、ルール違反で」
「じゃあ私の一勝、アインズさんの一負ですね!次は実力で二勝しちゃいますよぉ!」
「ふふ、お手柔らかに。でも、俺も負けませんよ」
「ふふふ」
「ふふふ」
二人は実に仲睦まじげに楽しげに話をし、笑い合った。
「さて、シュルツさん。奥さんを教育できますか?大人の再教育はとても難しい事だと思います」
音を失った妻は泣いていて、ユーキスの肩を握って縋るように何かを言っていた。
「や、や、やります…。考えを改めるまで離れの塔に暮させ……教育します……。カインやチェーザレにも会わせません……。ど、どうかお許しを……」
「そうか。あなたは誠実だったから信じようと思います。謝罪も受け入れよう。だが――二度目はないと覚えておくがいい」
ユーキスは床にへばりつくように深く頭を下げた。
「――で、握手だったか。仕方がないから並びなさい。こう見えて、私は神らしい握手の方法を練習して長いんだ」
仮面を放り投げ、よく見知った顔に黒髪の神は腕がなるとばかりに笑った。
神は冗談が好きだとバハルス州にはティト市から伝わってきている。
神の握手会は夜になっても続き――キュータの髪は日没とともに銀色になった。
「……は、恥ずかしい……」
ナインズはギュッと制服のローブのフードを被った。
子供達は応接間の窓の前にあるソファに集まっていた。
「何でですか?キュー様はやっぱりその色の方が良いですよ」
一郎太の言葉にナインズは首を振る。
「銀色は目立つのに……僕はエルみたいにカッコよくないんだもん……。魔法も使えないし……」
「はは、何を言ってるんだい。キュータは私なんかよりよっぽど格好いいじゃないか。それに、魔法も本当は使えるだろ」
エルは嬉しそうに笑っていた。
「キュータ様、やっぱり…やっぱり…!」
イオリエルは感激したようにナインズに近付いた。
「な、何…?」
「やっぱりその色の方が良い!あの日見た色は間違いじゃなかったんじゃな!」
「あたしも見た。見て見ぬ振りしたけど見た」
イシューがニッと嬉しそうに笑うと、オリビアが口を開けた。
「な、なんで!何でイシューも見てるの!!」
「大神殿行って夜遅くなっちゃったときに見た。フードの隙間から見えたもんね。あたしを守ってくれるって言った日」
「キュータ君!!」
「お、オリビア。怖いよ。どしたの…」
「私のことは?私のことは守ってくれる?」
「え、うん。送るよ。もう遅いからね」
「本当に?嬉しい!」
オリビアはふんふんと鼻歌を歌い、ソファから下ろしてる足をぷらぷらさせた。
そして、アナ=マリアがリュックから一冊本を取り出した。
「………キュータ君、これ、キュータ君のことが書かれてる本のリスト。いつか渡そうと思ってた」
「あ、ありがと。どれどれ……?」
ズラリと本の名前が並ぶ。ナインズはこんなに読めないなと思った。
「………いくつかはうちにあるから、貸してあげる」
「それでしたら、皆で大神殿の書庫に行きませんこと?お勉強して帰ればきっと皆成績がよくなりましてよ」
レオネが提案する。大神殿の書庫は本の持ち出し禁止だ。
「そうだね。ロラン、大神殿の書庫にはルーンの本があるよ。教科書よりもう少し色々書いてあると思う」
「あ、本当?そしたら僕、ルーンノート持って行くよ!」
レオネはロランは誘ってないのにと思った。
九人で盛り上がっていると、ニュッとリュカが顔を覗かせた。
「キュータ、本もいいけど走ろうぜぇ」
「リュカ!あんたが人に言いふらすからこんな事になったって分かってんのか!」
イシューが言うと、リュカはベッと舌を出した。
「別に俺誰にも言ってねーし。トマとオーレと来ただけだしー。言いふらしたのはイシューだろ」
「あったま来る!」
「喧嘩してはいけませんわ。どなたかのお耳を汚すような真似は慎まなくては」
一郎太と共に立っていたクラリスが涼しい顔で告げる。
「リュカ、イシュー、クラリスの言う通り喧嘩なんてしないで。もう良いよ。僕、もう良いんだ」
ナインズが言うと、皆心配そうな顔をした。
「――僕が誰でも関係なく、僕の精神だけを見つめてくれる本当の友達だけが僕のそばには残るって、ツアーさんが言ってた。心配だったけど…本当だった。僕、皆がいて良かったよ」
「それが分かったって点だけは、カインとチェーザレに感謝ですね!ナイ様!」
「はは、本当だね。一太」
放心状態の母親を叱る父親と一緒にいるカインとチェーザレと目が合う。ナインズが手を振ると、二人は照れ臭そうにしてから手をふり返した。
アインズとフラミーの二人掛かりの握手会は、途中でフラミーの幻術も解けてまた熱を帯びた。
そして、ようやく生徒達がいなくなると、校長やバイスを含む、多くの教員がペコペコと頭を下げて握手をしてもらった。
教師達が浮かれたように離れていくと、アインズはフラミー以外には聞こえないくらいの声量で呟いた。
「……思ったより大変だったな」
「もう私握手しません。決めました」
「俺も」
「握手をねだったら不敬って法律がいります」
「ははは。花ちゃんみたいな言い方。やっぱ、花ちゃんはフラミーさんに似てますね」
「かとー生物が握手を欲しがったら不敬って法律作るです……」
「うわ、ヤバいな…」
アインズは誰にも聞こえていなかった事を確認するように一応部屋を見渡した。冗談でもかとー生物なんて聞いた日には国民は絶望しそうだ。女神に見捨てられた種族とか、あくまで自分たちに非があったなんて考えられると困る。そして疲れることになる。
確かに誰も聞いていなかった事を確信し、アインズはほっと息を吐いてからナインズを手招いた。
「さて、九太。皆を送ってから帰るぞ。多分アルベドが切れてる。これ以上はデミウルゴスの胃に悪い」
そんなことを言っていると、バイスがすすす…と側に来た。
「陛下方、キュータ君のお友達のご家族は外で待っております。帰りが遅いのを心配して、どなたも学校へいらっしゃいました。エルミナス君とイオリエル君は私が責任持って送らせて頂きます」
「あぁ、そうでしたか。それじゃあ、ご両親と先生にお願いしようと思います。ありがとうございます」
「は、はい。そんな、そんなそんな」
バイスは何度も頷きのような礼のような微妙な角度で頭を下げた。
「じゃあ、私達はお先に帰らせてもらおう。今度は保護者と握手なんてなると大変だからな。バイス先生、あなたが担任で良かったです」
「へ、へいか…!」
「<
フラミーが闇を開いて手招くと、クラリスが膝をつき、友達たちはそれを真似てぎこちなく膝をついた。
一郎太と共に闇を潜ろうとしたナインズはふと足を止めた。
「――そうだ。皆、嘘ついてごめん。僕はナインズ。本当はナインズ・ウール・ゴウンって言うんだ」
友達たちはその名乗りに一度深く頭を下げた。
「殿下、また明日」
「ナインズ君、明日は僕と一緒にグンゼの家の工房に行くの忘れないでね!」
「私も行く!ナインズ君、私も行くー!」
「あたしも行こっかな。ナインズと皆の飴買ってくよ!」
「………工房って、暑いかな?」
「そりゃそーだろ。俺も行く」
「別にリュカは誘ってませんことよ!」
「そうじゃそうじゃ。其方、何をちゃっかり仲間に入ったみたいな顔をしておるんじゃ」
皆が賑やかに返してくれると、ナインズは笑った。
「ナイ様、帰ろ」
一郎太の伸ばした手を握る。
「そうだね。――皆、僕はナインズだけど、ただのキュータ・スズキだから。じゃあ、また明日!シュルツとクラインも――ううん、カインとチェーザレもまた明日!!」
皆が手を振ってくれる中、ナインズはナザリックに帰った。
アインズさん、神様らしい動きの握手の仕方はずっと練習してきたんだろうなぁ!
外交で握手求められるもんね
本当の友達がたくさんできて良かったね、ナイ君!
カイン君のママンは裁きでも良いよ?
次回Lesson#12 白化とアルベド
12/1ですじゃ!