眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Lesson#12 白化とアルベド

 ナインズが学校に通うようになって、はじめての夏。

 ツアーは共和国を訪れていた。

「――ダイ、聞いたよ。今度は共和国の商隊が襲われたんだって?」

 近頃共和国内は治安が悪くなって来ていた。

 赤い竜王、ダイオリアー=ヴァインギブロスは怒りを内に秘めようとしている様子だった。

「神聖魔導国の物品を周辺国へ輸出していた我が国の商隊が商いに出掛けた際、どこかの国に襲われて品物を奪取されました。商人も多くが死んだようです……。神聖魔導国からこちら側への接触を絞ったことと、あちらの商品に高い関税をかけたことが良い面だけでなく、悪い面を見せ初めています…」

 商人が高い関税のかかる神聖魔導国からの輸入品を買い卸し、また周辺国へ売りに行くとなれば物品はどんどん値段が高くなる。商人の旅費や護衛を雇う金、それから利益を上乗せしなければいけないため、東陸では神聖魔導国の生活魔法雑貨や食品は非常に高い。性能の良さはピカイチだし、食品も一級品ばかりだ。

 例えば、"冷蔵庫"一つとっても、同じ魔法をかけるにしても箱そのものの保温性や出来が良いため、入れる食品が非常に痛みにくい。神聖魔導国の"冷蔵庫"なら氷も溶けない。

 "懐中時計"なら魔法が切れるまでの時間が非常に長く、しょっちゅう魔術師組合に魔法の掛け直しに行かなくて済む。針を回す歯車がよくできているので、時間の狂いも殆どない。

 どれだけ高い神聖魔導国の品とはいえ、はっきりと目に見える違いが出ているので、買いたがらずにはいられない。周辺国は共和国の新たな生活水準を求め憧れているのだ。

 今周辺国にとって神聖魔導国からの商品は希少価値が非常に高く、別の国に持っていかれる前に奪取したいと思うほどになっている。それは国を出た商人の馬車のみならず、周辺国で幅をきかせている犯罪者集団――"鯨"が計画的に共和国内の店舗を襲撃して金品を奪取し、周辺国へ持ち帰って売るというような行為まで呼んでいる。

 共和国内から周辺国、周辺国から共和国への悪感情は膨れ上がるばかり。

 ただ、どこの国も賢人達は現状を冷静に見ている。共和国は自国の生産者のみならず、周辺国からの輸入品の購入がなくならないようにと神聖魔導国の物品に非常に高い関税をかけている事を理解しているのだ。関税を無くして多くの物品が周辺国まで流れ込めば、小さな周辺国の労働者は一気に職を失うだろう。それを食い止めるための関税と絞った輸入だ。物が出回らないことは不幸だし、襲撃したくなる気持ちもわからなくもない。だが、それ以上に大きな不幸から共和国が泥を被って守っているのだ。

 そんな見方も、どれだけの人ができるだろう。

 これまでにないほど共和国が栄え始めている一方、周辺国はこれまでと変わらない。進歩も退化も共和国に握られている状況だ。

 これでは植民地だと共和国反対運動を行なっている国すら出ている。

「どこの国にやられたのか早く調べた方がいい。アインズは共和国内の支持率を上げるのに必死でまだ周辺国へ手を回せていない。しかし放っておけば周辺国へちょっかいを出し始めるぞ。直接取引をすると言えば、周辺国はあっという間に実効支配されるだろう」

「……それが、近頃共和国はあまり周辺国と関係が良くなく、どこがやったのか断定すれば下手をすると戦争状態になってしまいます。国民達は魔法道具に囲まれ、物質的に豊かになったので戦えば勝てる、商隊を襲った恩知らずに鉄槌を――そう言っているのです」

 ダイオリアーは深いため息を吐き、ツアーはしばしの時間を考えた。

「……そう言うことかい。ダイ、これは仕組まれているかもしれないね。僕は神聖魔導国からの直接的な支配の手立てを潰した。君は神聖魔導国からある程度の甘い蜜を吸わせてもらおうと画策した。僕達は自分で道を選択した気になっていたが――全てはアインズの手の中だったようだ。アインズはわざと周りを放っておいたな」

「しかし、周辺国の上層部と神聖魔導国は連絡を取っていません。秘密裏に連絡を取っているようでもないのです。以前神王が訪問してきた時に尋ねたところ、周辺国との連絡は取っていないと嘘偽りなく言っていました。それに、周辺国が神聖魔導国に連絡を取りたいと言うのも諫めて来ています。今ならまだ持ち直せる」

「それはどうだろうね。どれだけ君が神聖魔導国の支配から守るためと周辺国に言っても、国の上層部が納得できても国民には納得できなかったんじゃないかな。君は周辺国の神聖魔導国への評価はどうなっているか調べたかな?」

「……調べました。悔しいですが…周辺国の世論は神聖魔導国へ着実に傾いています。象魚(ポワブド)の渡守も、神聖魔導国へ渡る周辺国の者が日ごとに多くなっている事を記録しています」

「そうかい。どうやら僕達は周辺国の国民を――高く評価しすぎていたようだね。愚か者達だったらしい」

「そんな傲慢な!竜王(ドラゴンロード)と言う高みから生き物を見下さないあなたが!!」

「ダイ。受け入れるしかない。更なる高みから見下ろす者達は、人々の成長や可能性という名の未来を一切信じていなかったんだよ。そして、見事に彼らの思惑通りにことが進んでいる。アインズ達は最初から愚か者達の操作だと思っていたんだろうね。賢い者達が国を維持して行く未来の可能性を、僕らのように僅かでも信じていればこの策は取れない――!」

 ツアーの目はギラリと怒りの色に輝いた。

「ダイ、僕達は信じすぎたんだ。もっと早く人々が愚かである事を認めて愚者の考え方をするべきだった。おそらく商隊の襲撃はアインズの予定調和だ。確かにアインズは周辺国とは関わりを持っていないんだろう。だが、君たちが犯人を調べようが調べまいが、じきに始まる」

「は、始まるとは――?」

「自分たちがやったと言う国が現れるんだ。それは戦争開始の合図になるだろう」

「馬鹿な!周辺国が戦争を引き起こすような真似などするはずがありません!竜王一人いない周辺国が共和国と戦って勝てる見込みなど、万に一つもありません。それが例え、連合軍になったとしても!」

「それは賢い者が国を率いていると信じる心が見せる幻想だよ。周辺国は今、むしろ戦争をしたいと思っていると僕は感じた」

「いくら愚か者が国を率いていたとしても、みすみす死ぬための戦争を望むなど飛躍し過ぎています!」

「そう思えるからこそ危険なんだよ。このままでは神聖魔導国ではなく、共和国自身が周辺国を脅かす征服者と言う存在となって小国を潰しに掛かることになってしまう。そんな事になれば、神聖魔導国から待ったが掛かるだろう。神聖魔導国の民は善良な本心から、一方的に嬲られる国家を哀れに思って陳情するだろうからね。周辺国はその時を望んでいる」

「……まさか、そんな愚かな……」

「僕も本当に愚かだと思うよ。神聖魔導国と関わり合いを持たせたくないと言う共和国を飛び越えて連絡を取ることが周辺国のトップにはできない。しがらみがあるし、国内の職業を潰す事になるからね。後からごめんなさいと謝っても許される話じゃない。だけど、神聖魔導国の方から共和国を飛び越えて来て貰えれば、周辺国のトップは被害者面をして神聖魔導国との国交を持てるようになる。この先職業事情が変わってしまったとしても、トップにどうこうできた話ではないと国民にも言い訳ができる。彼らは神聖魔導国と国民、そして共和国全てにいい顔ができる落とし所を見つけたんだよ」

「周辺国は自らの守って来た土地を支配されたいと……!?」

「もちろん彼らだって最初から国名を書き換えるつもりはないだろうけどね。でも、この先に待つのは友好国から始めましょうと言う名の、実質的な属国化に他ならない。善良な神聖魔導国は、これからは周辺国とも関係を始めると明言し、周りの国を取り込むと同時に共和国と結んだ友好条約を破棄するだろう」

「……条約をそれほど簡単に破棄できますか」

「僕がアインズならそうする。共和国へ悪感情を持った状態の周辺国家を取り込めれば、国民感情が変わったと言う大義名分を得ることができるからね。共和国に虐められていた可哀想な新しい国民、乃至は可哀想な友好国の民のことを思うと、もうお友達でいることはできません――と言ったところだね」

「そんなことになれば途端に共和国は孤立してしまいます…」

「そうだね。神聖魔導国に囲まれて、輸入も突然なくなって――共和国は白旗かな」

 ツアーの言葉は枯れ葉よりも軽々しかった。ダイにはそう聞こえた。

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)!ここの国会にはあなたの別名の籍もあるのですよ!!」

「籍はあるけど、僕に何ができるかが問題だね」

「諦めるのは早いです!まずは荷馬車襲撃の犯人の名乗り上げを阻止することです」

「どうやってやるのかな?」

「――別に犯人を仕立て上げましょう。真犯人は共和国内にいたことにすれば、周辺国への悪感情が破裂するのを止め、尚且つ名乗り上げを阻止できます」

「それはだめだよ」

「真犯人の汚名を着せた者は逃がします!」

「ダイ、そういう問題じゃない。もし周辺国から正真正銘の真犯人を証拠付きで提示されれば、周辺国の犯罪者によって共和国の善良な民が陥れられると一層感情を歪める事になるだろう」

「……では、輸入時の関税を引き下げ、物品の多くを周辺国へ渡せるようにしましょう。共和国と同じように物質的に栄えるように、輸出を行う者達に国から輸出支援金を渡します。そうすれば国内での売買より儲かる輸出を増やすはずです。物が入り過ぎれば他国の商業事情は悪くなるでしょうが、神聖魔導国がやっても共和国がやっても結果は同じです」

「結果が同じだとしても、共和国がやれば戦争になる。職業潰しだとあちらが蜂起するのと同時に、共和国内から粛清が叫ばれるだろう」

「神聖魔導国がやっても蜂起しないと言うのに、なぜ共和国では蜂起するのですか」

「今まで大国として守って来てしまったからだよ。共和国は、急流が静かな湖になるように水辺を守って来た水門だとしよう。湖に住んでいる物達は何も知らずに穏やかな湖を泳ぎ、広い海に続く川への憧れを口にする。ところがいざ水門を開けて湖を川にしたらどうだ。家族が流された、友達が海を目指していなくなった、川にならなければ幸せだったのに。生き物はそういう物だよ」

「……分かりましたよ。神聖魔導国の場合は水門じゃない。彼らは不可抗力的な、土砂崩れによる流れの変化だと言うことですね」

「そういう事だね。同じことをしても、やる者によって受け止め方はまるで違うものになる。それに、もし本当に輸出強化をすれば"鯨"が高い金で神聖魔導国の商品を売れなくなることを嫌って一層商人を襲うようになるだろう」

「……忌々しい"鯨"が」

 神聖魔導国の商人達は、国から友好国との関係強化のために馬車を引く魂喰らい(ソウルイーター)を貸し出されているので襲えない。

 犯罪者集団"鯨"は鯨が海を回遊するように周辺国を泳ぎ回り、一つ所に留まらないので非常に尻尾を掴みにくい。しかも、全てを飲み込むように、狙った商人や獲物の姿をまるっと消してしまう。荷台も商人も残さないので、犯罪を把握するまでにはかなりの日数がかかることが大半だ。

 だからこそ、今回生き延びて逃げ出した商人がいる商隊を襲った犯人はプロの集団ではないと見られている。

「……白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、私は川と湖の考え方を好きになれません」

「そうだね。僕もそうだよ。これは周辺国の民を見下している。愚か者だと語っている事に他ならない」

「……何か、何か手は……」ダイは自らの城で天を仰ぐようにした。「――神聖魔導国に、周辺国を紹介すると言うのはどうでしょう。周辺国は神聖魔導国を紹介してくれたと共和国への怒りを治めてくれるかもしれない。そうなれば、周辺国が神聖魔導国に併呑されたとしても友好関係を続けられるかもしれません」

「………難しいところだね。一理あるけど、今更紹介して悪感情をどこまで抑えられるか……。それに、渡守での行き来では結局今より大規模な輸入は難しそうだ。となれば周辺国は深い海に面したナタリア小国の港町か、ロホ王国の港町から船の行き来を始めるか……」

 あまり浅いと船が座礁したり底をついて動けなくなったりする危険があるので、一口に海と言っても渡守の行き来する海や、他の諸国の浅い海では大型船の出入りは難しい。

「……そうなると陸地の行き来より船の行き来の方が格段に楽でしょうから、神聖魔導国は渡守を使った共和国への輸出を減らすと言い出しそうですね」

「僕もそんな気がするよ。今度は共和国内から不満が上がりそうだね。一度吸った甘い蜜は忘れられないだろう。国民が神聖魔導国へ不満を向けるようなことは危険すぎる……」

「……まさかたった三年でここまで頭を悩ませることになるとは……」

「はぁ……。アインズ、また僕の負けか」

 ツアーがため息を吐くと、ダイは目を細めた。

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、これは盤上だけで行われている遊びじゃない。国の未来と、世界の自由、命がかかっているんですよ」

「分かっているよ。だからこそ僕もこうして身を乗り出して着手して来たんだろう。僕は評議国の時殆ど何も出来なかったからね。罪滅ぼしと言っても良いかもしれない。それだけ真剣にやってきたよ」

「……失礼しました。私も国の良い変化ばかりに気を取られずに、もっと密に周辺国家とのやり取りを行えばよかった……」

「君はよくやったよ。周辺国全ての併呑と条約破棄まで、僕の計算では三年くらいかな。うまくのらりくらりと時間を食って、一日でも長く国の体を保ちたいところだね。評議国も何とか四、五年は属国で済んだんだ。ただ、常に緊張感は付き纏ったけどね」

「ふ、鱗がなくなってしまいますね」

「まったくだね」ツアーはやれやれと息を吐いてから続けた。「ダイ。条約破棄を言い渡されたら、その時は属国化をすぐに願い出るんだよ。間違っても戦って勝てる相手じゃない」

「……わかっております。常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)を連れ帰り、奴隷のように扱っている存在に……勝てるなんて思いもしません」

 二人は決して明るくない笑い声を上げた。

 

+

 

「よくやったわね。今回の荷馬車の襲撃、見事だったわ」

 どこから来ているのか分からない白化(はっか)を名乗る女が告げる。およそ名前とは思えないその語は、どう考えても偽名だ。

 白化は常に白い仮面と大きな帽子をかぶっていて、素顔を見た事がある者はいない。全身を包むローブはどこにでもある平凡なデザインだ。

 国際犯罪組織"鯨"の若頭と幹部達はニヤリと口角を上げた。

「我々が決して獲物を取り逃さない事をどの国も知っています。ナタリア小国、ロホ王国、ノラゾディ公国、ヤールル都市国家、イネ・ア・ユニオン、中央イネステ中立国。まんまと周辺六カ国全てがどこの者がやった事だと調査に乗り出しております」

 西陸と呼ばれるようになったあちらと繋がる浅瀬の海はラクゴダール共和国の物だ。

 ラクゴダール共和国から南下するとノラゾディ公国があり、北に小さなヤールル都市国家がある。

 そして、海を持たず、ラクゴダール共和国に触れ合う中央イネステ中立国。それの東にイネ・ア・ユニオン。ユニオンの南北にはナタリア小国とロホ王国が存在する。

 

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「大きさから行けば中央イネステ中立国辺りを動かしたいけれど、あそこはまだ及び腰ね」

「は。イネ・ア・ユニオンとかつて凄惨な戦争をしていた歴史上、基本的にあそこは日和見主義です。戦争を繰り返さないと言う中立の立場を決め込み――周りが蜂起するのを待っています」

「そう。面倒だけれど仕方ないわね。不自然なことはできない。東で孤立してるユニオンとナタリア小国、ロホ王国の三カ国の仕業と言うのはどう?それなら、わざわざ商隊を襲いたくもなるでしょう?」

「では、三国に身を潜める者達に名乗り上げさせましょうか」

「魔法や竜王の忌々しい知覚能力から身元が割られるような者は困るわ。あれを掻い潜れるのはこの世に――と……。なんでもないわ。いつも言っているけれど、何も急ぐ必要はないのよ」

「失礼いたしました」

「ナタリア小国とロホ王国は広く深い外洋に面していてちょうど良いわ。ユニオンが間にあるのが邪魔だけれど、三国から行動力と正義感に溢れる者を拾って来なさい。今回の行いを模倣させるのよ。自国の利益の為に自分の立場すら顧みずに行動する英雄――と、信じる馬鹿をね。何度も襲撃させて、本当の犯人になったところを共和国の治安部隊に捕らえさせれば良いわ」

「では、またしばしお時間をいただきます」

「そうね。夏中に馬鹿の選出をして、秋には馬鹿同士の引き合わせをしてちょうだい。場所と金が必要ならいつでも影の悪魔(シャドウデーモン)に言いつけなさい。冬が来る前にはもう一度商隊を襲撃させるのよ」

「は!くれぐれも足のつかないよう、気をつけます」

「そうしてちょうだい。これは――あなた達"鯨"が共和国にいる竜王達に解体(バラ)されないように心配して言っていると忘れないでくれるわね」

「ありがとうございます。もちろん、誰にも悟らせはしません。正義感に溢れる馬鹿は"鯨"と対比する場所におりますので」

「期待しているわ。それで、お宅の首領さんと顧問さんはお元気?」

 若頭のダヴィは白化の仮面の向こうで笑みが作られた事を悟った。

「――げ、元気にしております。東陸の革新をもたらす白化様の言いつけをくれぐれもよく守るようにと口酸っぱく言っております」

「まぁ、良い子ね。また何か差し入れましょうか」

「お、お心遣い、痛み入ります」

 ダヴィは頭を下げ、父である首領と兄である顧問の変わり果てた姿を思い出す。

 溌剌としていて、力と欲望に漲っていた二人はある日忽然と姿を消した。共和国や中立国に捕らえられたかとファミリーを総動員して捜したが、見つからなかった。

 そしてある日、二人はまるで皮と骨だけのゾンビのようになって帰って来た。

 ――この女を連れて。

 二人はほとんど水分しか取らずに生活している。たまに渡される白化からの差し入れの極上の果物には必死になって食らいつくが――とても健康的な姿とは言えない。

 果物に何か麻薬的な力があるのかとダヴィも食べてみたが、特にそう言うことはなく、ただ単に美味な果物だった。

 二人が差し入れだけはきちんと食べるのは、この女を怒らせたくないためだと言う事がしばらく経ってから分かった。

 西陸に比べて遅れた東陸を発展させるために自ら手を組んだといつも言っているが、白化が訪れる日の前日は極度の緊張と恐怖から二人はずっと吐いている。

 ダヴィもこの女を怒らせるつもりは毛頭ない。父親に白化を怒らせれば次期首領の座はないものと思えと言われているし、それに、竜王を抱える共和国の一方的なやり方は昔から好かない。

 だから、ダヴィはうまくこの女を使ってやろうと思っている。どこの国から来ている女かは知らないが、使われている顔をして下に付いて、文明開花の助けにするのだ。この女は金と人脈はあるらしいことは確かだが、わざわざ"鯨"に乗り込んでくると言うことは実行部隊を持たないと言うことに他ならず、"鯨"と白化の立場は実は拮抗していると思えた。

 白化は頭もよく回るので、将来的にダヴィが首領になったとき、こう言う女が顧問として付いてくれると嬉しい。おそらくこの女もそう言う地位を望んでいるのではないだろうか。

 ダヴィの予測では、この女は共和国の南にある鼻持ちならないノラゾディ公国の貴族達から派遣されて来ている可能性が高いと思う。あそこは赤鬼(レッドオグル)達が治めている国なので、この大きな帽子は赤鬼(レッドオグル)の角を隠しているのだろうと思えた。手にも手袋をしていて、一切の肌を見せていない。

 隠しているつもりになっているが、隠すことがむしろ正解を導き出すとは思っていないらしい。

「――くふふ」

 白化の突然の笑いに、ダヴィは一瞬心の中を読まれたように錯覚した。

「じゃあ、馬鹿の選出が終わったら一報ちょうだい。今年中に三国馬鹿に行動させるのよ。良いわね。来年には共和国以外も神聖魔導国とやりとりができるようになるわ」

「――は。しかし、神聖魔導国は大国である共和国以外に興味を持つでしょうか。あちらは聞けばかなりの巨大国家です」

「持つと思うわよ。賭けになるけれど――ね。くふふ。あなた、神聖魔導国から共和国に来ている宣教師に会ったことはある?」

「いえ…ありません」

「そう、一度見に行ってみると良いわ。あちらの国民は――無垢で正義感に溢れている事がよくわかるもの。扱いやすいわねぇ。くふふふ!」

 ダヴィがこの女を神聖魔導国の者ではないと結論付けた理由はこれだ。白化は――心の底から神聖魔導国の民を見下しているのだ。

「喜んで乗り込んで来てくれるに違いないわ。だから、神聖魔導国賛辞の世論調整も忘れずに行いなさい。これで東陸も栄えるわ」

「かしこまりました。それではまた――あ、いや。ひとつお伺いいたします。どこかの国が自国に犯人がいたと名乗り出るのは止めますか?」

「それは放っておけば良いわ。犯人は何人いても良いのだから。でも、まずやれないでしょうね。嘘は竜王に見破られてしまうもの。あぁ、共和国が自国に犯人がいたと言う場合だけは早急に連絡しなさい」

「御意」

「せいぜい優雅に泳いで見せてちょうだい。"鯨"さん」

 白化は上等そうな巻物(スクロール)を取り出し、それを燃やすと姿を消した。

「……ふ。言われなくても」

 ダヴィは立ち上がると、後ろに控える幹部達に振り返った。

「やるぞ。まずは馬鹿探しだ。ユニオン班、ナタリア小国班、ロホ王国班、人員を回せ」

「「「承知!!若頭!!」」」

 男達は今歴史の歯車を回そうとしていた。

 

+

 

 ナザリック地表部に帰還したアルベドはナーベラルから指輪を受け取った。

「おかえりなさいませ、アルベド様」

「帰ったわ。アインズ様はもう寿命の巻き戻し実験からお戻り?」

「先程お戻りになられ、フラミー様のお部屋に行かれました」

「そう。ナインズ様はどうされているかしら。まだシャルティアと訓練されておいでなら少し寄りたいのだけれど」

「ナインズ様はもう訓練を終えられ、明日から最古の森へ泊まりがけでお出かけになる準備をされています」

「少し向こうで長く話しすぎたようね…。またシャルティアとナインズ様が二人っきりになる時間を許したわ…!」

 アルベドはナーベラルと手を取り合うと、指輪の効果を発動させて第九階層へ移動した。

 鬱陶しい仮面と大きな帽子をナーベラルに次々と持たせていく。

「ナーベラル、良いこと。シャルティアとナインズ様の間に何かがあればすぐに私に報告なさい」

「心得ております」

 真っ直ぐ自室へ向かっていたが、アルベドはパラダイスルームの前で足を止めた。

「――この格好のまま行っては不敬かしら」

 腰に生える翼を隠すローブは適当に東陸で購入したもので、守護者統括として相応しい服装ではなく、優雅さをカケラも感じない。ちなみに東陸での軍資金は商人の馬車を襲い金品を奪うことで手に入れた。たっぷり商売をして帰って来たところをナザリックへご招待だ。

「むしろよくお働きになっていると御方々もお喜びになるかと」

「そ、そうかしら?」

「はい。以前デミウルゴス様が最古の森から悪魔の巣へ出向いた際、悪魔の悪戯で髪型を滅茶苦茶にされてご帰還されたことがあります」

「馬鹿ね。下級悪魔に何をされているのかしら」

「失礼ながら私もそう思いましたが、廊下でばったりお会いになったフラミー様はたくさん働いているからね、とお笑いになってデミウルゴス様のお髪を整えられまし――」

「なんですって!?あの男、最初からそれ目的で悪魔達に触らせたわね!!良いわ、私もこのままパラダイスに入るもの!!」

 そしたら、笑ってお着替えさせてくれるかもしれない。

 お着替えには脱ぎ脱ぎが必要だから、何か素敵な事が待つかもしれない。

 そう思うと、大変滾る。

 アルベドは鼻息荒くパラダイスルーム――という名のフラミーの自室の扉を叩いた。

 メイドが顔を覗かせ、一度扉が閉まり――再び扉が開いた。

「アインズ様、フラミー様!アルベド、ただいま戻りましたわ!」

 アルベドが意気揚々と足を踏み込むと、デミウルゴスがアルメリアを抱っこしていた。

 アルベドは思わずそちらを睨みそうになったが、ソファに座るフラミーに手を振られると恋する乙女の顔をした。

「アルベドさん、おかえりなさぁい」

「戻ったな。あちらの周辺国はどうだった?」

 足早に御前へ進み膝をつく。

「はい!思惑通りに動いております!恐らく、来年にも周辺国は取り込めるかと」

「そうか。うまく動いているようだな。――ところで、その格好」

 来た――!!

 アルベドはくわっと目を見開いた。

「たまにはそう言う質素なのも良いな。美人は何を着ても似合う。だからお前達もたまにはちゃんと着替えろよ。私たちばかり着せ替えてないで」

 ――美人は何を着ても似合う。

 ――――美人は何を着ても似合う。

 ――――――美人は何を着ても似合う。

 アルベドの頭の中を三度アインズの言葉が反響すると、鼻からプッと血が出た。アルベドにとってこのどうでも良いローブは計り知れない価値を手に入れた。

「ありがとうございます!!良ければもっとよくご覧になってはいかがでしょう!!」

「うんうん、その場で回って見せてくれ」

 軽やかに回って見せると、アインズとフラミーは嬉しそうにパチパチと手を鳴らしてくれた。

「可愛いですねぇ。アルベドさんは腰から翼を出さなきゃいけないから、あんまり渡せる物もないと思ってたけど、今度私の着ない装備あげますよ!」

 フラミーの提案に、足下へスライディングする。アルベドは床からフラミーを見上げた。

「フ、フ、フラミー様!それは、ご、ご褒美でしょうか!!」

「そうですね。たくさん働くアルベドさんにご褒美です」

 

「いよっしゃぁああーー!!」

 

 両手を上げたアルベドの雄叫びが響くと、アルメリアもデミウルゴスの腕の中で両手を上げた。

「よっしゃー!」

「アルメリア様、そのような真似をされてはゴリラになってしまいます」

 デミウルゴスの不快げな様子にアルメリアは首を傾げた。

「ごりらってなんです?」

「剛腕の猿です」

「アルベドはごーわんの猿です?」

「その通――」

「デミウルゴス、余計な言葉を教えるんじゃない」

「失礼いたしました」

 アインズに注意され、アルベドは「くふふ」と笑いを漏らした。

「アルメリア様、その男などギョロ目の蛙です。さぁ、こちらへ」

 アルベドはデミウルゴスの顔を押し、アルメリアを奪って抱くと、頭の上に乗っかるお団子に鼻をポフっと当てた。

 大変良い香りがした。

「アルベド、にいにのお部屋へ行くです!」

「かしこまりました!早速参りましょう!!」

 アルベドが勇み足で扉へ向かうと、ナーベラルが扉を開き――一度至高の支配者達へ振り返って深く頭を下げた。

「アインズ様、フラミー様。これにて一度失礼いたします。後ほど、アインズ様の執務室へお伺いいたします」

「分かった。私も適当に執務室へ戻る」

「は」

 部屋を後にしたアルベドはナインズの部屋を目指した。

「アルベド、歩きます!リアちゃんは歩くの好きです!」

「まぁ、これは失礼いたしました。では――さぁ、どうぞ」

 そっと下ろしてやると、アルメリアはきゅっと小さな手でアルベドの指を握った。

 鼻からまた温かいものが垂れそうになるのを堪え、ナインズの部屋をノックした。

 またしてもメイドがチラリと顔を覗かせ、一度扉が閉まり――開かれた。

「リアちゃん、いらっしゃい。どしたの?」

 旅行用のレザートランクにあれこれと服や本を詰めるナインズが顔を上げた。

「にいに!お泊まりなんてダメです!」

「はは、リアちゃんも僕と行きたい?最古の森はとっても綺麗なんだよ」

「行きたくないです!」

「何で?一日だけ遊んで帰ったって良いんだよ。一緒に遊べるよ」

「本当はにいにと遊びたいけど、お外はやです。それに、明日はサラが来ます。リアちゃんはサラとも遊んでやらなきゃいけないです」

 アルメリアはもじりとローブを握った。アルメリアの服はフラミーの物が半分、鍛治長が作ってくれる物が半分だ。今日はフラミーの服を着ていた。アインズはフラミーの服を着てお団子頭にしているアルメリアが好きすぎて辛いとよく言っている。

「そっかぁ。サラが来るんじゃダメだねぇ」

「にいに、三日間もナザリック出て、いじめられないです?」

「いじめられないよ。大丈夫。おいで」

 ナインズに手招かれると、アルメリアは口をとんがらせたまま隣に座った。

「にいにを虐めるかとー生物がいたら、リアちゃんがほうむります」

「リアちゃんは難しい言葉を知ってるね。ありがとう。でも、大丈夫だよ。皆とっても良い子だから」

「護衛は誰が行くです?」

「僕と一太でお出かけだよ。それから帰還の書も持たせてもらったし、最古の森にはタリアト君もいるからね。心配いらないよ」

 アルベドは二人の会話を聞きながら、ハンゾウ達にちらりと視線を送った。ハンゾウ達は頷いて見せ、きちんと付いていく意思表示をした。ナインズが一郎太(弱者)と二人きりで出掛けることなどあってはならない。

「二人なんてダメです!お外は危ないがいっぱいです!」

 アルメリアの意見に、アルベドはいつも大賛成だ。

「僕、十七レベルになったんだよ。ルーン魔術のレベルが一つ上がったって。――位階魔法は腕輪取らなきゃ使えないから、まだ使えないけど」

「……リアちゃんはまだニレベルだっておじじとアウラが言ってました。でもリアちゃんは四歳です。合わせたら……七?」

「ニと四なら六だよ。数えてごらん」

 ナインズは四本指と二本指をアルメリアに見せてやった。

「六でした!」

「うん。僕は六歳と十七レベルだから合わせて二十三。僕って強いでしょ」「すごいです!……リアちゃんは弱いです?」

「弱くないよ。リアちゃんの為に僕が強くなれば、僕の力はリアちゃんのものでしょ。そしたら、リアちゃんが強くなったのと同じだよ」

 アルメリアの瞳はきらりと光り、顔いっぱいの笑顔を作った。

「にいに!じゃあ、リアちゃんも十七レベルです!」

「そうだね。後はリアちゃんにはクリスと二の丸もいるから、リアちゃんを守る力はもっと沢山ある」

「リアちゃん、強い?」

「強いよぉ!僕の力は僕と一郎太の二人分!リアちゃんは僕とクリス、二の丸の三人分!」

「強いです!」

 アルメリアがふんふんと鼻歌を漏らし、ナインズの隣に座る。ナインズは頭を撫でてやり、鞄を引き寄せた。

 

「じゃあ、僕はもう少し明日の用意するね」

「分かったです!リアちゃんもちょっとなら手伝っても良いですよ」

「ほんと?嬉しいなぁ」

 

 二人は鞄にあれこれ詰め込み――アルメリアは自分の顔を描いた大きなドングリをこっそり入れたらしい。

 

 彼女なりのお守りにナインズが気付いたのは翌日、カバンを開けた時だった。




うわああああ!12月だああああ!また今年が終わってしまう!!
共和国もピンチですねぇ〜!

杠様の地図を拝借しました〜!男爵が右側のたまころ配置したせいで下手くそ…( ;∀;)
ちなみにもう少し引いた地図はこちら

【挿絵表示】


と、ここまでで一度一区切りがついたので次のお話が書けてないです!
またゆっくり更新になりますだ!充電充電!
しばしお待ちくださーい!

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