眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Lesson#13 最古の森と家族

「ナイ様ー!」

「一太ぁー!」

 二人は大きな鞄を手に第七階層の鏡の前で落ち合った。

 ナインズの髪は銀色のまま深くフードを被っていて、顔には仮面がかけられている。泊まりがけなのでフラミーやアインズに幻術をかけ直してもらうこともできない。

「おはようございます!アリー様は誘わなかったんですか?」

「誘ったんだけど、今日はサラが遊びに来るんだって。二の丸は?」

「二の丸はコキュートス様と特訓するって。オレがいない三日間で強くなるって言ってました」

「はは、一太より強く?一太、今何レベル?」

 一郎太はにしし、と笑った。

「二十三です!二の丸にはまだまだ追いつけませんよ!」

「強いなぁ。僕昨日リアちゃんに十七レベルだよって自慢したのに〜」

「ナイ様は強いですよ!模擬戦で勝ったことないですもん!」

「一太が遠慮するからだよ。僕が地面にルーン描いてる間に本当ならやられちゃってるって」

「そんなことないですよ!ナイ様体軽いし!さ、行きましょう!皆多分大神殿前で待ってますよ!」

 一郎太が鞄を持とうと手を伸ばしたが、ナインズは鞄を渡さず鏡をくぐった。

 いつも通り耐性の指輪を屍の守護者(コープス・ガーディアン)に渡し、部屋を出る。

 学校に行く朝と違って、見送りの神官達はいない。

「オレ、最古の森って初めてです!」

「あ、そっか。良いところだよ。タリアト君も良いお兄さんだし!」

 二人が重そうな荷物を持って階段を降りていくと、行き合った神官達は丁寧に頭を下げた。荷物を代わりに運ぶか尋ねられ、二人は断った。

 適当に手を振り、一度神官通用口から外へ出た。

 遊歩道を行き、大神殿の前庭に着くと、エル、カイン、チェーザレ、ロラン、リュカが鞄の上に座ってお喋りしていた。

 エルは一番にナインズと一郎太に気付いた。

「キュータ、おはよう。一緒に来てくれて嬉しいよ」

「エル、おはよ。僕こそ誘ってもらえて嬉しいよ!ありがとう」

 ちなみに相変わらず皆キュータと呼んでくれている。ナインズと呼ぶと周りの目が大変だ。

「キュータ君、一郎太君おはよー!」

 ロランが手を振り、リュカも手を挙げた。

「ヤッホー、一郎太!キュータ!」

「キュータ様、僕達まで行くのを許してくれてありがとう」

 小さなリュックを背負ったカインと、大きな荷物を背負ったチェーザレは照れ臭そうにしていた。

「ううん。エルの家に行くんだし、誘ったのもエルでしょ」

「はい。エル君もありがとう」

「良いよ。行きたいなって言ってくれて嬉しかったから。でも、私も合わせて、えっと――」

 エルは一人一人の顔を確認して数を数えた。

 ナインズ、一郎太、カイン、チェーザレ、ロラン、リュカ。

「私も合わせて七人になっちゃうなんて思わなかったから、手紙でキュータ達以外にも友達が来てくれるって母に伝えたら驚いたって返事がきたよ。鏡を潜るのは高いしね」

 鏡を潜る金は高いが、カインの父はもちろんの事、ロランとリュカの親も我が子が殿下と旅行に行けるなんて機会をみすみす見逃すはずもなく、エルが誘った男子は総出席だ。――当たり前だが、女子は誘わなかった。たまには女子抜きの気楽な男子旅だ。

「そうだ。私の部屋で寝ることになるから、何人かは床に布団を敷くことになるけどごめんね」

「エル、気にすんなよ!」

 リュカがエルの背をバンバン叩き、チェーザレが頷く。

「エル様!僕なら外でだって寝られます!」

「チェーザレ、何言ってるんだ…」

「でもカイン様、夏なんだから外でも寝られますよ!」

 カインとチェーザレのやりとりにナインズは瞳を輝かせた。

「外で!いいね!外で寝ようよ!」

「き、キュータ?君を外でなんて寝させられないよ」

「キュー様が外で寝たいならオレも外で寝よっと」

 ナインズと一郎太も大変乗り気だった。

「ちゃんと全員分の寝床くらいは用意するから!ほら、行こう」

 エルが歩き出し、皆でぞろぞろとその後に続いた。カインはチェーザレの大きな荷物を後ろから支えるようにしてやって歩いた。

 大神殿の前庭から、いつもナインズ達が歩くのとは反対側の遊歩道を行く。あちら側と違って馬車の行き来もあり、割と賑わっている。

 いつも使う道は神官通用口や神官の寝泊まりする棟を初めとする一般の者が立ち入れない区画があるので、基本的には日中でも神殿への物資搬入くらいでしか馬車は通らない。

「キュータは最古の森は結構行ってるんだっけ」

「うん。でも、鏡を潜るのは初めてなんだ。いつもはタリアト君の所に直接魔法で行っちゃうから」

「わぁ、すごいね。私はアラ様の城なんて行ったことないなぁ」

 エルは感心したようにナインズを見つめた。

「タリアト君にお城に入れるか聞いてみようか。少しくらい入れてくれるかもしれないよ」

「え、いや。お、畏れ多いな…。アラ様だけじゃなくてキュータにも畏れ多いよ」

「ははは、変なの。キュータに畏れ多いって初めて聞いた」

「我が殿下、お戯れを」

 エルが笑うと、ナインズも仮面の下で笑った。

 遊歩道をある程度進むと、三対しかない翼を広げるフラミーのステンドグラスが見える中庭があり、さらにそれを通り過ぎて行く。

 この大神殿が設計された時には転移の鏡を設置するなんて事は考えられていなかったため、鏡は大神殿の大鐘塔の一階広間に設置されている。

 大鐘塔はてっぺんにある鐘までは上がれないが、途中の展望室までは上がることができて、大神殿の隠れ観光スポットだ。ただし、大神殿を見下ろす様な事は不敬にあたるため、街の方にしか展望室はない。

 鐘塔は鏡利用口と展望室行きの入り口に分けられているので、ナインズ達は鏡利用口の人の列に並んだ。

 鏡は床に直接置かれるようなことはなく、これ以上ないほど上等な絨毯の上に置かれていた。人が歩く所には汚れたマットがさらに上から敷かれている。

 部屋には入都管理官がいて、向こうから出て来る上位森妖精(ハイエルフ)森妖精(エルフ)、人間達が手続きを行っている。

 ナインズは純血の上位森妖精(ハイエルフ)を神都では初めて見た。

 手続きを済ませた上位森妖精(ハイエルフ)は<飛行(フライ)>で鐘塔の上を目指して飛んで行ったり、額に模様を付けている森妖精(エルフ)は観光なのか神都の地図を買いに行こうと話したりしている。

 人間は商人らしく、大荷物だ。

 鏡は残念ながら幅的にも設置場所的にも馬車は通れないので、隣の大陸と行き来する商人達は大抵背負えるだけいっぱいの荷物を担いでやってくる。上位森妖精(ハイエルフ)の商人なら呪文で呼び出した<浮遊板(フローティング・ボード)>を従えて優雅に来ていた。

 今では大型船が日にニ隻は西海岸に面する州の港町にやってくるので、大量の荷物の運搬はもっぱら船便か高額な長距離骨の竜(スケリトル・ドラゴン)便が用いられる。ただ、船便は新大陸からは片道十二日なので時間がかかる。――これでもずいぶん短くなったものだ。

 初めての航海が行われた当時は潮の流れや魔物の分布が分からず何十日もかかっていたが、多くの航海士や冒険者達の弛まぬ努力により、今では最短で最も安全なルートを通って大陸を目指して航海ができている。

 

 ナインズ達の番が近づいて来ると、ナインズは初めて見るアンデッドを見上げた。転移の鏡の左右には七十レベルにもなるアンデッドの地下聖堂の王(クリプト・ロード)と、見習い神官達が立っていた。

 前を進んでいた人達は皆地下聖堂の王(クリプト・ロード)に頭を下げてから、見習い神官にチケットを渡して鏡を潜って行った。

 ちなみにチケットは大神殿の販売所か、最古の森の神殿の販売所で手に入れられる。

 ナインズは前を行ったエルを真似て地下聖堂の王(クリプト・ロード)に頭を下げた。

 すると、地面から十センチ程度浮いていた二人の地下聖堂の王(クリプト・ロード)達は地面に降り、膝をついて頭を下げた。

「――行ってらっしゃいませ。ナインズ様」

「あ、あ」

「ナイ様!行きますよ!」

 一郎太が二人分のチケットを見習い神官に渡してナインズを急かした。

 ナインズが振り返ると、後ろにいたロランとリュカも早く早くとジェスチャーしている。

 その後ろにいる大人達はナインズを見ようと首を長くしたり、騒ついたりしていた。

「あ、ご、ご苦労さま!じゃあね!」

「は。アインズ様によろしくお伝え下さいませ」

 ナインズが慌てて鏡を潜ると――その先は薄茶色をした神殿の一室だった。

 天井を支える柱達はまるで巨大な木のようなデザインで、天井にはたくさんの枝が張り巡らされているように見えた。

 ナインズは初めて来た神殿を顎を高く上げて見渡した。

 その頭からぽろりとフードが落ちると、一郎太がさっと被せた。

 鏡は出入り口が同じなので、片側から一組づつ通す事になっている。早く鏡の前から退かないと神官に注意を受けてしまう。

「キュー様行きましょ」

 一郎太はナインズの手を取り、先に潜っていたエルの下へ早足で進んだ。その間、何度も鏡を振り返った。

「一郎太、どうかしたのかい?」

「キュー様が向こうで番人に頭下げられちゃって、ちょっと騒ぎになりそうだったんだよ。カイン達来たらすぐ出ようぜ」

「はは、なるほどね。そう言えば普通は皆死の騎士(デスナイト)に道を譲って歩くのに、二人は死の騎士(デスナイト)に道を譲らせて歩いていたのを思い出しちゃうな」

「え、えぇ…?そうだっけ…?」

「そうだよ。私の王子様は無自覚らしい」

 エルはおかしそうにくすくす笑っているが、ナインズには身に覚えがなく、一郎太も思い出そうと腕を組んで唸った。確かに言われてみれば死の騎士(デスナイト)に道を譲ったことはない。譲られた覚えもないが。

「それにしても、夏休みが明けて女子が聞いたら羨ましがるだろーなー!なんでカイン達誘って私達を誘わないのよーって言われそうだ!」

「ふふ、仕方ないさ。流石に同じ部屋では寝られないしね。それに、カイン達は夏休みの間帰る家がないなんて――可哀想だしね」

 カイン達はこの夏は実家に戻らないように言われたらしい。それは罰ではなく、母親がとても会える状態ではないと言うことのようだ。

「仕方ねぇよ。あいつんちの母ちゃんてちょっと変だったもんな」

 一郎太の言葉にエルはたしかにと頷き、ナインズは注意するように「一太」と言って小突いた。

 そうしていると、ロラン、リュカ、カインとチェーザレも鏡を潜ってきた。

「お待たせしました。入都管理はもう済ませましたか?」

 カインが尋ね、ナインズ達は首を振った。

「まだだよ」

「流石にカインは州を跨ぐのに慣れているんだね。さ、私についてきて」

 子供達は管理官の下へ行くと、指示に従って入都許可証を書きハンコを押してもらった。無くしてはいけないと言う許可証を皆大切に鞄にしまってから鏡の間を出た。エルは入学式の日に向こうで貰った許可証を返した。

「わぁ…すげぇー…。木って一生大きくなんのかな?」

 リュカが木の上へ視線を上げながら問うと、エルは笑った。

「そんな事はないよ。最古の森の木々はどれも長生きだけど、多分これ以上は育たないんじゃないかな」

「リュカ、育ち続けたら道がなくなるだろ?」

 カインはやれやれと首を振った。

「あーそうか。あ、でもあれなんてすごい太いぜ!」と、指をさした先は周りにある木の何倍も何倍も太さがある巨木だ。

 木には荘厳な城が木を支えに寄り添うように建てられている。

「あぁ。アラ様の城だね。あの木は一本じゃなくて、何本もの木がくっついてるんだよ。普通は先に大きくなった木が生き残って、周りの小さな木はお日様にあたれなくって弱ってしまうんだけどね。でも、あの母なる木は同時に何本もの木を竜王様が何百年も掛けて大切に育てて大きな一つの木にしたんだ――って、昔聞いたよ」

 それを聞くと、一郎太はじっくりと木を見上げた。

「ここにも竜王がいるんだなー。ツアーさんみたいな奴かな?」

「今はもういないから、嘘か本当かは知らないんだけどね」

 ナインズもアルバイヘームの城の木をしっかり眺めた。中は入ったことがあったが、外から見るのはこれが初めてだった。

「……本当にすごいね。これより美しい木は他にはないよ」

「キュータにそう言って貰えると私も嬉しいよ。さ、行こう」

 七人は魂喰らい(ソウルイーター)達が座っている場所へ向かった。ここは乗合馬車(バス)の始発地点だ。

 乗合馬車(バス)魂喰らい(ソウルイーター)が一体で引いていて、後ろに乗降用デッキがある。

 デッキには運賃を受け取る係が立っているので、そこで金を払って乗り込む。これは国営の乗り物なので運賃受け取り係は当然死者の大魔法使い(エルダーリッチ)

 

「二百ウールだからね」

 

 エル達が運賃を払って乗り込んで行く中、ナインズが一郎太と自分の分を払おうとすると死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は抱えている箱に手で蓋をした。

「――お代は結構です。お席へお進み下さい」

「だ、だめだよ。ちゃんと貰ってくれなくっちゃ。そうじゃないとお父さまにお金を持たせてもらった意味もなくなっちゃう」

「……なるほど。御方のご意志とあれば、頂戴致します」

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)がお金を入れる穴を見せてくれると、ナインズは箱に二人分のお金を入れた。

「キュー様ありがとうございます!」

「ううん。お父さまに一太と二人で過ごすためのお金って言われて渡されてるから!」

 二人はようやく乗降デッキから車内へ進んだ。

 デッキと車内の間にドアはなく、通路を挟むように左右に全部で五列、二人づつ座れるシートが配置されている。

「キュータ様、大変ですね」

「はは、まぁまぁ」

 車内ではエルとカインが前後に座っていた。通路を挟んだシートにはリュカとロラン。

 チェーザレは先頭で窓に張り付くようにして外を見ている。

「一郎太様!ここから見えますよ!早く動かないかなー!」

「オレも見る!」

 チェーザレに手招かれ、一郎太も車両の先頭へ行って窓から外を覗いた。

「一郎太、チェーザレ。荷物は私の隣に置いて良いよ」

「さんきゅー!」「エル様ありがとうございます!」

 エルの隣に荷物が鎮座すると、カインが自分の隣をポン、と叩いた。

「キュータ様、良かったらここに座って下さい」

「ありがとう、カイン。カインは乗合馬車(バス)結構乗る?」

「いえ、あんまり乗らないです。いっつも家の馬車でしたから」

「ふふ、僕も。ワクワクしちゃうね」

「はい!」

 二人は窓の外を眺めた。

 大人の上位森妖精(ハイエルフ)が他に何人か乗り込むと、乗合馬車(バス)は動き出した。

「最古の森は床を舗装してないから結構揺れますね」

「本当だねぇ〜。我々は〜ウチュウ人だ〜」

 ナインズが揺れに任せて震える声で言うと、カインは首を傾げた。

「ウチュウ人ってどこに住んでる人種ですか?」

「んー…実は僕もよくわかんない。空にいるらしいんだけど、お母さまは揺れるとそう言うから真似してんだぁ」

「へぇ!人鳥(ガルーダ)みたいな種族なんですかね。僕も今度から言わせてもらおうかなぁ!」

 二人は馬車に揺られながら暫く「我々はウチュウ人だ」と言った。

 中々盛り上がったが、この馬車を引いている魂喰らい(ソウルイーター)は、なぜこの地の道はもっとなだらかじゃないんだと思った。乗り心地良くナインズを運べるはずなのに、この地面のせいで車体が揺れていると思うと非常に悔しい。

 魂喰らい(ソウルイーター)は決められた道を進み、川を渡る時には一郎太達が大変盛り上がった。

 石造りの橋は馬車や魂喰らい(ソウルイーター)専用で、歩いている人は近くに生えている巨大緑茸(キングマッシュルーム)と言う二メートル近くあるキノコの上を飛び石のように渡っている。みっしりと群生しているためある程度安定感はあるが、手すりは無い。

「――あ!また上位森妖精(ハイエルフ)じゃない人だ!」

 チェーザレが指をさす方には茸生物(マイコニド)がいた。巨大緑茸(キングマッシュルーム)の手入れをしているようだ。

「この辺りは上位森妖精(ハイエルフ)が一番多いけど、最古の森はすごく広いからね。私でも覚えきれないくらい色々な種族がたくさん住んでいるんだよ」

「へー!そうなんですねぇー!」

 観光客丸出しで進む。最古の森の夏は神都より涼しいが、流石に暑く感じてナインズはフードを取った。

 周りに座っている上位森妖精(ハイエルフ)達は白銀の髪をしているし、ナインズの銀色の髪が目立つ事はなかった。

「……綺麗」

 カインは仮面をつけたままのナインズにつぶやいた。

「――え?」

「あ、い、いえ。すみません。髪が綺麗だなって思って」

「はは。カインの金髪も青紫色の瞳も綺麗だよ」

「ありがとうございます」カインは伸びてきている髪をいじり、嬉しそうに紫色混じりの瞳を細めた。「バハルスは紫まじりの瞳の子が結構いるんです。旧バハルス帝国の代々の皇帝や、エル=ニクス様もアメジスト色の瞳だそうで、元貴族達は紫まじりの瞳の子供が産まれると特別な子になるって言うんです」

「じゃあ、カインは特別な子になるんだね」

 カインは俯くと半ズボンを握りしめた。

「……いえ。僕は平凡ですし…特別な誰かになりたいなんて……思い上がりだったんだ……」

「カイン、特別な人になれるよ。僕は前になんて言った?」

「……志の高さを見せろ……。何をする時もよく考えろ……」

「そうだよ。僕の話した事を忘れなかったら、きっとカインは特別な人になれる。大変な事だけど、一緒に頑張ろうね」

「はい」

 カインを成長させてくれる運命の人。この人がそうなんだと、カインは広がる憧れや希望に胸を熱くした。

「――そろそろ降りるよ。長旅ご苦労様」

 エルの声かけに、一郎太とチェーザレはもうお終いかと口を尖らせた。渋々荷物を手にする。

 魂喰らい(ソウルイーター)が慎重に停止し、七人は乗合馬車(バス)を降りた。

「こっちだよ。ここからはすぐだから」

 エルの後に続いて行く。

 大きな木の根の上を飛んだり、落ちている枝を拾ったりした。

 青々とした大きな木には、中腹あたりにぐるりと木の腹を囲むようにツリーハウスがついている。いや、魔法で石を削り出して作ったような見た目なので、ツリーハウスと言うよりも神殿じみているかもしれない。

 どのツリーハウスも昼間だと言うのに永続光(コンティニュアルライト)の青白い光を漏らしていて幻想的だった。

 木と木の間にはツリーハウス同士の行き来が楽なように美しい屋根付きの渡り廊下がたくさん渡されていて、涼しい顔をした子供達が歩いていた。ナインズ達と同じぐらいの歳に見えるが、恐らく四十歳オーバーなのだろう。

「すげぇー!あの木と建物!でっけぇー!」

 リュカは目の前にある木を指差した。

「ありがとう。歩いて入る玄関はこっちだから、この螺旋階段を行くよ。こっちの木の屋敷から向こうの木の屋敷に橋が渡されてるでしょ」

 エルの答えにリュカは何度か瞬き、その意味を理解した。

「え?あれエルん家?」

「私の家というより、私の父の家と言った方が正しいかもね」

「ひぇ〜…」

 聳える巨木には這うように螺旋階段が伸びていて、中々の段数だ。階段の入り口には白木の柱が何本も建っている。

 そして、一郎太がふと疑問を口にした。

「エル、これ登ってたのに何で体力ないんだ?」

「……ま、まぁ。上位森妖精(ハイエルフ)の魔法学校さぼったりもしてたから。はは」

「不良だったのかー!」

 何故か一郎太が憧れる様な目をし、ナインズが笑った。

「はは。僕も子供の頃は全然家から出なかったから同じだね」

「同じじゃないような気がするけど……キュータにそう言って貰えるなんて光栄だよ」

「そういえばキュー様は最初走ったりするよりお絵描きとかの方が好きでしたもんね!」

「そうなのかい?なのに随分速く走るんだね」

「じいの教え方が良かったんだね。でも、僕はずっと一太や二の丸に追い付けなくてよく拗ねてたよ」

「はは、キュータが?想像つかないな」

 などと言っていると、「エルミナス!」と声がした。

 振り返ると、階段の下に肌も目も髪も白い子供達がいた。同じくらいの歳に見える子が一人と、アルメリアと同じくらいの歳に見える子が二人いる。

「あ、友達?」

「違うよ。――ラウドミア兄様、イヴォニン兄様、アリマト姉様ご無沙汰しております」

 エルは一度荷物を置いてから深く頭を下げた。エルより小さい子供達にも頭を下げている。

 ナインズは一度状況を頭の中で整理した。

 エルミナスは二十四歳で、純血の上位森妖精(ハイエルフ)より倍近く速く育つ。つまり、兄姉と呼ばれる存在はエルよりずっと年上の三十歳だったとしても――人で言うところの四歳やそこらだ。

「エルミナス、よく帰ったね」

 エルと同い年くらいに見える少年はエルとよく似た顔で笑った。

「ラウドミア兄様、恐れ入ります」

「元気そうで何よりだよ。私にも手紙をくれてありがとう。神都には美しい便箋が売られているんだね。――でも、君の母に宛てたものと私達兄姉や父上に宛てた物が同じ便箋だと言うのは傷付いたよ」

 ナインズは何故、と内心首を傾げた。

「申し訳ありません。以後気を付けさせていただきます」

「君の母と私達を同列に考えていないなら良いんだよ。許してあげるから、気にしないで」

「ありがとうございます。父上と兄上方のご温情にはいつも心から感謝しております」

「そうだね。その気持ちは大切だよ。それにしても、神都の学校ではたくさん友達ができたようで良かったね。魔法学校の時のように、私と最古の森の国営小学校(プライマリースクール)に通っていたら友達はできなかったかもしれない。ミノタウロスと神都の人間。――それから、君もハーフ上位森妖精(ハイエルフ)かな?エルミナスの仲間だね」

 エルミナスの兄はナインズを爪先から頭の天辺までじっくりと観察した。そして、髪から耳が出てきていないことを確認した。

「僕はキュータ・スズキ。ハーフ上位森妖精(ハイエルフ)じゃないです。三日間お世話になります」

「なんだ。てっきり君もそうなのかと思ったよ。ごめんね、ハーフ上位森妖精(ハイエルフ)なんて言って。面白いお面だね?」

「…いえ」

「とすると、もしかしてそっちの人間も人間じゃなかったりするのかな?」

「僕らはバハルス州生まれの人間です。名前はカイン・フックス・デイル・シュルツ。こっちは従者のチェーザレ・クライン」

「えっと、よろしくお願いします」

「俺はリュカ・ド・オスマン。こんちゃー」

「僕はロランです。ロラン・オベーヌ・アギヨン」

「うん、皆よろしく。私はエルミナスの兄、ラウドミア・シャルパンティエだよ。そちらも、よろしくね」

 ラウドミアの手はまっすぐ一郎太に伸ばされた。

「――オレは一郎太。兄者ならエルにもっと優しくしてやれよ。オレは従弟でも本当の弟者だと思って大切にしてるぞ」

「おや?私はエルミナスに優しくなかったかな」

「優しくない。何でエルの母者と同じ便箋が嫌なんだよ」

「使用人と主人を同列に扱って良い道理はないよ。ミノタウロスは身内に優しい種族なのかな。それにしても、ミノタウロスは皆君のようにそんな綺麗な色をしているのかい?赤なんて最古の森では割と珍しい色だから、見惚れちゃうな」

 一郎太は少し何かを言いたそうにしたが、「ありがと」とだけ答えた。

「それじゃあ、私はイヴォニンとアリマトを魔法学校に連れて行くから」

「はい。イヴォニン兄様、アリマト姉様もお気をつけて」

「エルミナス、早く家に入ってちょうだい。恥ずかしいんだから」

 小さな女の子が言うと、エルは黙って頭を下げた。

「アリマト、あまりエルミナスを虐めないで。ちょっと間違った血が流れてるだけで、エルミナスは私達の大切な弟なんだから。ねぇ、イヴォニンもそう思うだろう?」

「ラウドミア兄様、私はエルミナスを弟だと思ったことはありません。父上には心底呆れさせられます。行きましょう」

 小さな男の子はエルミナスを一瞥し、ラウドミアは一郎太に手を振った。人間や人間と何かのハーフよりも、生粋の亜人の方が好きな様だ。

「じゃあね。エルミナスも友人方もゆっくりして行くといいよ。――<浮遊板(フローティング・ボード)>」

 ラウドミアは魔法で生み出した半透明の板の上にアリマトとイヴォニンを乗せた。

「<飛行(フライ)>」

 浮かび上がった三人は木を避けて飛んで行った。

「第三位階…使えるんだ……」

 カインは口を開けてそれを見送ったが、一郎太はぷんぷん鼻を鳴らした。

「感じ悪ぃ!エル、あんな兄者と弟者なんて一回ガツンと言ってやれ!」

「はは、弟じゃなくて兄達と姉だよ。皆を嫌な気分にさせて悪かったね」

 カインとチェーザレが一番に首を振った。

「ううん。なんだか……勉強になった」

「ぼ、僕もです…。一郎太様、本当にすみませんでした…」

「チェーザレ、済んだ事だから気にしなくて良いぞ。オレ、もう気にしてないし」

「…ありがとうございます」

 ナインズはエルの兄姉が飛んで行った方向を見つめるのをやめた。

「エル、エルはいつもあんな風にしてるの?一太の言う通りお兄さま達は優しくないよ」

「そうかな?私は十分優しくしてもらってると思ってるんだけどな。耳が短くて魔法もあまり使えない私といれば兄達だって何を言われるか分からないのに、出て行けと言わないでくれる。特に、幼い兄達は私のせいで苦労しているかもしれない。皆、それを私に直接言ってきた事はないんだよ」

「エルは嫌じゃないの…?」

「嫌じゃないよ。ここが神聖魔導国になるおおよそ五年前まで、私はすごく孤独だった。最古の森には昔からアラ様がお建てになった魔法学校がいくつもあって、上位森妖精(ハイエルフ)は魔法学校に通うことが義務付けられていた。いつか雨を降らせることが出来るアラ様のような者が現れるかもしれないとね」

「タリアト君が…」

「うん。魔法学校には普通の上位森妖精(ハイエルフ)なら国営小学校(プライマリースクール)に通うまでの三十歳からの十五年間と、国営小学校(プライマリースクール)を五十一歳で卒業してからの九年間通うように変わったんだけど……。魔法学校にいた頃は本当に出かけたくなかったな。あの頃私は奴隷用の部屋で母や他の奴隷だった人達と暮らしていて、ラウドミア兄様も私に話しかけてくれる事はなかった。でも、魔導歴五年にここが神聖魔導国になってから私の人生は本当に変わった」

 アインズ達が転移してきて神聖魔導国が発足した夏から冬が魔導歴元年、聖王国から帰ってきた冬から魔導歴二年だ。元年は半年程度しかなく、今年は魔導歴で言えば十一年にあたり、アインズ達が転移してきた夏から丸十年目にあたる。暦の区切りはアインズ達が分かりやすいようにと、これまでスレイン法国で使われていた六大神が伝えた年の区切りを採用し、冬となっている。

 ナインズはエルミナスの話を聞いて複雑な気持ちになった。そして、早く世界中がナザリックの下に入ればいいのにと思った。

「キュータ、そんな顔をしないで。私は今の状況に感謝しているし、最古の森を伐採した煌市出身じゃない人間に差別意識を持つほど上位森妖精(ハイエルフ)も落ちぶれてないから楽しく過ごせるよ」

「――わかった。エル、ごめんね」

「ううん。さ、頑張って登ろう!」

「うおおお!オレが一番に上るぞぉー!」

 一郎太がナインズの鞄を持って階段を駆け出し、その後をリュカも駆け出した。

「俺も行く!一郎太待てよー!!」

 ロランとカイン、チェーザレはひぃひぃ言いながら階段を上がって行った。

 手ぶらになってしまったナインズはチェーザレの大きなリュックを後ろから支えた。

「チェーザレ、がんばれ〜!」

「あ、ありがとうございます!」

 五人が登り切ると、そこには一郎太と座り込んでいるリュカ、エルミナスの母が待っていた。

「エル、おかえりなさい」

「母上!帰りました!」

 エルは荷物を置くと老いた母に駆け寄り抱き合った。

「お友達もこんなにたくさん。皆いらっしゃい。キュータく――ん、かしら…?」

「あ、はい!こんな頭だけどキュータです。お久しぶりです!エルのお母さま、お元気でしたか?」

 そう言えばエルの母親とは黒髪で会ったし、今日は仮面を着けているんだった。

「やっぱりキュータ君だったのね。えぇ、えぇ。元気にしてましたよ。そっちのお二人は、手紙に書いてあったカイン君とチェーザレ君ね。それから、ロラン君とリュカ君」

「はい、お世話になります」

「こんにちはぁ」

「鏡を潜るのは高いのによく来てくれたわねぇ。シュルツさんのお父様からはお手紙も頂いたのよ。わざわざご挨拶頂いちゃって申し訳ないわ。さ、中へどうぞ」

 エルの母は重そうな大扉についているドアノッカーを数度鳴らし、ドアは自動で開き始めた。

 人間の子供達は自動開閉扉を初めて見た。

「…エル君のお父様は貴族なの?すごいお屋敷だ」

 カインは思わずつぶやいた。

「ううん。最古の森にはタリアト・アラ・アルバイヘーム様が王として五百年君臨されてたけど、貴族って言う地位はなかったよ。雨を降らせる守神である王だけが特別な存在だったんだ」

「そ、そうなんだ…」

「カイン様の家よりすごいです…」

「チェーザレ、余計なこと言うな」

 エルの母親を先頭に皆中へ入って行った。上等なお仕着せの上位森妖精(ハイエルフ)と、そんなに綺麗ではないお仕着せの人間が何人か働いている。

「――エルミナス様、おかえりなさいませ」

「ただいま帰りました」

 使用人達は軽くエルに頭を下げてテキパキと何か仕事に戻った。

「エルのお部屋はこっちですからね」

 母親に連れられ、また階段を上がる。二階に上がる階段から一番遠い部屋がエルの部屋だった。

 大きな丸い扉を押し開け、「鞄はこっちに置いてね」

 エルが手招いたところに皆鞄を置いた。

「へぇー!いい部屋だなぁ!」

「七人余裕で寝られるね!」

 円形の部屋の真ん中には丸いガラスの中に収められた永続光(コンティニュアルライト)が下がっていて、壁には青白く光るキノコがいくつも光を漏らしている。木に縋る様に建っている建物は壁が弧を描いているので、殆ど全ての物が円形だ。

 例えば、床には白いレース状の絨毯が何枚も敷き詰められていて、部屋の一番奥には大きな円形のベッド。三人くらいなら寝られそうだ。ベッドはフレームや足の付いていないもので、マットレスが床に直接置いてあるスタイルだ。天井から下がる白い垂れ幕に囲まれているので、まるで祭壇のようだった。

 中でも特に目を引くのは鏡の前にある水場だ。部屋の中にいきなり水場があるのだ。二重の円形で、外側の円は床が一段下がっていて足首くらいの深さの水が張られている。それを跨いだ内側の円には大人の太ももくらいの深さの水が張られていた。

 ナインズには用途が分からなかった。

「私も五年半前にこの部屋を与えられた時には驚いたよ」

「五年半前って、最古の森が神聖魔導国になった時?」

 ナインズの問いにエルは嬉しそうに微笑んだ。

「そうだよ。最古の森が神聖魔導国になった日。そして、アラ様が人間奴隷解放宣言を行ってくれた日」

「タリアト君が!やっぱりタリアト君はちゃんとやってくれてるんだね!」

「――キュータ君、アラ様の事はアルバイヘーム様と呼ぶ事も恐れ多い事なんですよ。それをタリアト君なんて呼んではいけないの」

 エルの母に注意をされ、ナインズは「あ」と口に手を当てた。

「あ、母上…。これは……」

「エル、良いんだよ。すみませんでした。アラ様、アラ様」

「初めての最古の森だものね。良いのよ。アラは森の王と言う意味でね。今はもう王陛下達が他にいらっしゃるけれど、最古の森にいる者達は今でも皆アラ様の称号名ではないお名前を口にすることも憚るほどに、アラ様を尊敬しているの。最古の森を守り続けたアラ様を、神王陛下と光神陛下もとても評価して下さってる。だから、タリアト・アラ・アルバイヘーム様のお名前であるタリアト様とアルバイヘーム様は言ってはいけないわ。――外で上位森妖精(ハイエルフ)の方達に怒られたら、大変だからね」

「よく分かりました!人が大切にしているものは僕も大切にします」

「キュータ君は本当に偉いわね。私もアラ様のことが大好きで大切なの。エルを奴隷じゃなくしてくれた大切な方なのだから。じゃあ、そろそろシャルパンティエ様のところにご挨拶に行きましょう」

「はーい」

 カインとチェーザレは荷物の上に帽子を乗せ、水場の前に置いてある鏡の前で一度自分の身なりを確認した。

「エル君、この水差しの水で少し髪を撫でつけても良いかな?帽子かぶってたから前髪が変な形になっちゃった」

 カインが尋ねると、エルは水場の縁に置いてある水差しを手にした。

「いいよ。出た水はお風呂の横に流してくれればいいから」

「え?これお風呂なの?お風呂場じゃなくて部屋にお風呂が?」

「うん。上位森妖精(ハイエルフ)の使用人が部屋に来て魔法で水を入れてくれるんだ。だから、一人の魔力でも溜められるように神都みたいな大きなお風呂はないんだ」

「わぁ。"湧水の蛇口(フォーセット・オブ・スプリングウォーター)"は使わないの?」

「炊事場にはあるよ。でも、エルサリオンには誰かと同じお風呂に入るって言う文化はあんまりないし、"湧水の蛇口(フォーセット・オブ・スプリングウォーター)"は出てきた冷たい水を沸かし直す必要があるから、お風呂には普及してないかなぁ。ここは木が近いから、あんまり大きな火は使えないんだ。これも夕方になると使用人がお湯に入れ替えてくれるよ。今水が入っていたのは掃除の前に汚れを浮かしているんだと思うよ。暫く使ってなかったからね」

「そうなんだ…。じゃあ、寮はびっくりしたんじゃない?僕も最初は皆が出て行くまで入るの嫌だったくらいなんだ」

「ふふ、カイン。さっき言っただろう?私はずっと母と奴隷用の部屋で何人もの人と暮らしていたと。だから、実は大してなんとも思わなかったよ。でも、上位森妖精(ハイエルフ)のハーフだって言えるようになるまでは、寮ではずっと真夜中に一人で入っていたかな」

「だからいつも遅くまで明かりが付いてたんだ…」

「ん?カインの部屋は私の部屋が見えるの?」

「あ、えっと。ははは。じゃあ、そろそろ行こうか」

 カインが足早に扉へ向かうと、チェーザレがエルに耳打ちした。

「カイン様はエル様を殿下だと思っていたんで、しょっちゅう覗いてたんです」

 リュカが「うわーえっちな奴」と茶々を入れる。

 エルは一瞬呆然とした顔をしたが、すぐに「ぷ!」と笑いを漏らした。

「くくく、ははは!私の部屋なんか覗いたって何もないよ!はははは!カイン、君は本当に殿下が好きなんだね!」

 上位森妖精(ハイエルフ)のハーフだから皆に見られていたわけではないと言う事や、ナインズがナインズだと分かってからは誰にも見られなくなった事。何もかもがエルの中でおかしかった。

 エルはおかしそうにたっぷり笑い、目の端の笑い涙を拭いた。

「チェーザレー!余計なこと言うな!クビに――はしないけど怒るぞ!エル君も笑うなー!」

 カインがウガァー!と手を挙げると、皆が笑った。

 一行は腹を抱えてエルの部屋を後にし、母の後に続いた。

 母はエルミナスのこれほど楽しそうな姿を見たのは初めてで、一緒に笑いながら泣きそうになるのを堪えて歩いた。

 隣の木への渡り廊下を行き、今までいた屋敷よりももっと大きく広い建物に入った。

 また階段を二つ三つと上がり、美しい彫り物がされた扉の前で止まった。

「――さて、ここが父のいる部屋なんだけど……キュータにはここで待っててほしい」

「なんで?ちゃんとお土産も持ってきたから、ご挨拶しないと」

 ナインズは自分の鞄の中から出した酒をちゃんと二本持って来ていた。カインの親は先にエルの家に手紙を出して挨拶していたようだが、神都から来ている子供達は皆親に手土産を持たされている。

「多分、父は仮面を取れって言うからさ。それは一郎太に頼めば良いよ」

「……エル、お父さまにもお母さまにも、僕が誰なのか言わないでいてくれたんだね」

「当然だよ。私は君のことが………――本当に大切だから」

「ありがとう。僕もエルを大事に思ってるよ。それに、エルの家族も大事に思ってる。だから大丈夫。心配しないで」

「……もし取れってあんまりしつこく言われるようなら部屋を出て良いからね」

 ナインズは頷き、エルの母は何で仮面を取れないのだろうと思いながら扉を叩いた。

「シャルパンティエ様。エルミナス様がご学友の皆様とお帰りになりました」

 母からのエルミナスの紹介は他人のようだった。

 中からは「入りなさい」とすぐに声が返った。

「失礼いたします」

 母に続いて七人が部屋に入ると、中には青年の上位森妖精(ハイエルフ)と、アインズよりよほど年上に見える上位森妖精(ハイエルフ)。それから、お茶を淹れている使用人の上位森妖精(ハイエルフ)がいた。

 部屋には温室のように植物がたくさん置かれていて、まるで外のようだった。窓もとても大きく、外との境界線を一瞬見失いそうになる。

「お前は出ろ」

 一瞥もせずに告げられたエルの母はすぐに部屋を出た。

「――エルミナス。よく帰ったじゃないか」

「父上様。キルエル兄様。エルミナス、神都よりただいま帰りました」

 大きな窓の前で本を読んでいた青年は丸い華奢なメガネを外すと本を閉じた。

「おかえり。エルミナス。神都は良いところだったんだろう?」

「はい、キルエル兄様。こうして友人もできました。共に来てくれた学友を紹介致します。こちらから、キュータ・スズキ君、一郎太君、カイン・フックス・デイル・シュルツ君、チェーザレ・クライン君、ロラン・オベーヌ・アギヨン君、リュカ・ド・オスマン君です」

 六人が頭を下げるとエルの父は嬉しそうに目を細めた。

「色々な友達ができたようで良かったじゃないか」

「恐れ入ります。――父上、こちらのキュータ君とロラン君、リュカ君はわざわざ挨拶の品も持ってきてくださいました」

「それは嬉しい事だ」

 まずリュカが神都から持ってきた果物が沢山入れられた袋を差し出した。

「お世話になりまーす!」

「ありがとう。嬉しいね。果物は場所によって丸切り味が違うからね」

 そして、次にロランがお菓子の入った箱を差し出した。

「お、お世話になります!僕、ロランです。エル君の後ろの席なんです」

「そうかそうか。これは丁寧にありがとう。私の息子と仲良くしてくれて嬉しいよ」

 最後に、ナインズが酒瓶を持って前へ進む。エルはハラハラして胃が痛くなりそうだった。

「エルミナス君のお父さま、僕の父と一郎太の父からです。三日間お世話になります」

「ほう。神都の酒は何度か買った事があるが、素晴らしいものだ。三日間ゆっくり過ごしていきなさい。――だが、キュータ・スズキ君。まずはその仮面を外すべきじゃないかな」

「僕は訳あってこれを外せません。お許しいただけないでしょうか」

「……君も上位森妖精(ハイエルフ)と人のハーフかな?恥じる事はない。私にはエルミナスがいるのだから君の生まれをどうこう言ったりはしない」

「ありがとうございます。ですが、僕には上位森妖精(ハイエルフ)の血は流れていません」

「ではその仮面を外せない訳と言うものを聞かせて貰おうか。種族的、文化的に外すことができない、もしくは仮面をしているのが礼儀だと言うのなら私も無理に外せとは言わないとも」

「……すみません。そのどれでもありません」

「ならば私の城に滞在すると言うのに、城の主人に正当な理由なく顔を見せないなどおかしいだろう。分かっているのか?」

「はい、分かります」

 ナインズが頷く。エルミナスはもうナインズは出たほうがいいと思った。

「キュータ、君の手で父に品を渡してくれてありがとう。もう行こう」

「……エル、僕は本当に君を大事に思ってるんだ。僕のことをずっと誰にも言わずにいてくれたこと。……すごく感謝してる。それに、きっと僕が気付かないうちに君は何度も僕を助けてくれたんでしょ?」

「い…いや……そんな大それたことは……」

「エルは言ったよね。僕が死の騎士(デスナイト)に道を譲らせてるって。僕は気付かなかった。でも、誰も僕に注意しなかった。気付いた君が何とかしてくれていたんでしょ?」

 エルミナスは何かを言おうと言葉を選び、悩んでいるようだった。

「その顔だけでよく分かったよ。ありがとう。それに、ロランから聞いたよ。エルは僕のこと、初めてルーンを使った日から気付いてたって。初めて位階魔法を使えた日、放課後に皆から腕輪を外すことを勧められてた僕を教室から連れ出したりもしてくれた」

「……そんなこと……」

「僕嬉しかったんだ。ずっと知らん顔して助けてくれてたことも、ただの友達でいてくれたことも。君のおかげで僕はたくさん友達を持てた。だから、僕に任せて。僕は君のためならこんなこと、どうってことないんだよ。エルミナス」

 ナインズは笑ったような雰囲気を出すと、仮面に触れた。

「あ、キュータ…あの」

「――エルミナス君のお父さま。ここまでの無礼をお詫び申し上げます」

「外す気になったかな」

「はい。なので、どうか僕と二つ約束をしてください。約束をして頂ければすぐにでも仮面を外します」

「約束……?そもそも君が礼を失していると言うことを本当に分かっているのか?それを何の交渉をしようと言うのか知らないが、自分が言っている事が間違っているとは思わないのか」

「……こんなの間違ってるって思います。でも、約束を守ると言っていただけなければ外せないんです。僕はあなたを押さえつけるような事はしたくない」

「ふ、面白いことを言う子だね。神都ではどんな教育を受けて来たのか興味すら湧くようだ。まぁ良い。聞かせてみよ。その二つの約束とやらを」

 エルミナスの父の眼光はたった十七レベル程度のナインズでは体が震えるようなものだ。一郎太でも怖いと感じる。しかし、ナザリックにいる者達に比べればどうと言うこともない。

「ありがとうございます。一つ、エルのお兄さま達のエルへの接し方を改善させる事。二つ、アラ様が言うように、人間への偏見を根絶するよう努力する事。約束してください」

「エルミナスの兄達はエルミナスと良い関係を築いている。それに、私達は人間を新たな同胞として迎えようと必死に成長していると言えよう」

「では、エルのお母さまにどうして冷たく当たられるんですか?それはやめようと思えばできることでしょう」

「人間だからではない。使用人だからだ。それを履き違えてもらっては困る」

「もし本当にそうなら謝ります。だけど、あなたのやり方は行いが先にあって、使用人だからと言う理由を後から付けているように見えます。あなたは上位森妖精(ハイエルフ)の使用人にも同じようにするのですか」

「そうすることもできる。だが、上位森妖精(ハイエルフ)の使用人は人間の使用人と違って多くの事ができる。序列が生まれる事は当然だ。分かるかな?」

「序列があることは分かります。うちで働く者達にも皆序列があります。だけど、僕の父はどのシモベにも優しくしています。どんな種族のどんな階級に属する者にもです。だから、僕にはあなたのやっている事がどうしてもわからないんです。序列がある事と、冷たくすることが結び付かない」

 そこで、窓の前にいた兄が二人の間に入った。

「父上、この子の言うことも一理はありますね。だけど、君。最古の森は今まさに成長の只中なんだよ。君には酷いように見えるかも知れないけど、ここは確かに変わっていっているし、エルミナスにも優しい場所になっている。私達にもう少し時間をくれないかな」

「やれやれ。神都とは余程恵まれた場所らしい。私は奴隷を使用人にし、奴隷の子を我が子にして来た者だ。君の言う二つの約束は君に言われずとも守ろう。だから、君も約束を守るんだ。仮面を取りなさい」

「ありがとうございます。きっと、ここをもっと良い場所にしてください」

 ナインズはぺこりと頭を下げると触れていた仮面を外した。

 銀色の前髪が揺れ、光を集めたような金色の瞳が瞬く。何かを嘆くような目の下の亀裂は神にあるものと同じ。

「――そ、その顔は……」

 ナインズ・ウール・ゴウンはオシャシンが出回っているわけではない。多くの人が見たことのない存在だ。

「僕はいつか、母に代わってここに雨を降らせに来ます。その時までにこの森がもっと良い場所に変わっている事を祈ります。僕が生きやすいようにしてくれた大事な友達が、もっと生きやすいように」

「エ、エルミナス……。お前は……一体この方は……」

「父上様…。私は誰よりも幸運です……。身分違いにも関わらず、こうして私のために立ってくださる方がいます。畏れながら、ご尊名を口にさせていただきます。どうか、父上様とキルエル兄様も膝をお付きください」

 一番に膝をついたのは一郎太だった。そして、ロラン、リュカ、カイン、チェーザレも同じようにする。

「こちらは――ナインズ・ウール・ゴウン殿下にあらせられます」

 父と兄は目を丸くしていた。使用人も信じられないような顔をしている。

「そ、そんな事が……。殿下がこのような場所に……護衛も連れず……」

「護衛は一郎太です。三日間お世話になります」

 父は夢ではなさそうな事を確認するとゆっくりと膝をついた。兄もそれに続く。

「い、いらっしゃいませ。殿下、し、知らずとは言えご無礼を。すぐにお部屋をご用意いたします」

「大丈夫です。僕、エルの部屋に泊まりたいんです。さぁ、もう皆立って楽にしてください」

 やはり一番に一郎太が立ち上がった。

「なんと言う………。拝顔の栄を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。エルミナスと最古の森のことは…私ができうる限りのことをすると改めて誓います。他にも何かあればいつでも仰って下さい」

「……僕はこの名前で人に言うことを聞かせたりしたく無いんです。だから、先の約束で十分です。エルのお父さま、立って楽にしてください……」

 二度目の言葉にエルミナスの父はようやく立ち上がった。

「……まさか殿下がエルミナスの友達になって下さるなんて……。夢のようだ……」

「僕も良いお友達ができて良かったです。ありがとうございます。じゃあ、そろそろ。お邪魔しました」

「あ、いや。良ければもう少しこちらに。何かご用意いたしましょう」

「キュータ、どうする?」

「うーん。僕はご挨拶に来ただけだし、外を見に行きたいなぁ。皆は?」

「オレも外行きたいかなぁ。あ、ロランは中が良いかな?」

「ううん、僕もまずは外を見たいかな。リュカもそうでしょ?」

「俺も外が良いー。カイン達は?」

「僕はどこでも目新しいから皆にお任せさ」

「僕も!」

「じゃあ、行こうか。では、父上様。友人達に最古の森を案内するので、一度失礼いたします」

「そ、そうか。そうお望みならそうしなさい。くれぐれも気を付けて行くんだよ」

「はい。あ――殿下はご公務でいらしている訳ではないので……ご内密に」

「もちろん……。キルエルも他言無用になさい」

「は、はい……」

「皆、行こう」

 父と兄はまだ何か言いたげだったが、皆部屋を出て行った。

「――長かったわね?大丈夫だった?」

「はい!母上!」

 エルは顔いっぱいの笑顔を見せた。

「あ、エルのお母さま。お母さまに渡す分のお土産も持たされたんです。本当は帰りに渡そうと思ってたんですけど」

 そう言ってナインズが取り出したのは――エルと母親が人混みの中校門をくぐっていく写真だった。

「え?こ、これって」

「キュータ、これ……」

「これね、お父さまが僕と一太を撮ってくれたお写真にたまたま写ってたんだ。お母さまが見つけてくれて、兄上が引き伸ばして刷ってくれたんだよ。すごい偶然でしょ」

「オ、オシャシン……?」

「うん!じゃあ、遊びに行こう!」

 

 子供達は駆け出した。




うーん、圧倒的ヒロインエル君!!
続きかけてないけど、とりあえず投下するファインプレイ
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