――ザイトルクワエ州エ・ランテル市
王国エ・ランテルを半径で飲み込んだ前代未聞の超巨大都市。
そこにある光の神殿は、王国エ・ランテル先住の者達によって以前であれば長蛇の列ができていたが、地上げが殆ど終わりを迎え始めた昨今では随分とその列も短くなり、待ち時間は一時間程度まで短縮された。
その神殿に、今日は珍しく帝国からの移住者が訪れていた。
「それで、そのこんどみにあむって奴は一日いくらなんだ?」
聞く男はヘッケラン・ターマイト。
帝国から渡ってきたワーカーだ。
「いえ、コンドミニアムは月額制の二年契約ですので一日、というより月の額の方がわかりやすいかと思います。それとも冒険者になられるなら宿屋と比べるために日割り計算のものをお出ししましょうか?」
よく教育されているのがわかる窓口の男性はスラスラとお決まりの文句を返した。
窓口の男性は神都から来たものではなく、エ・ランテルで以前四大神の神殿に勤めていたそうだ。
一通り説明を受け、ヘッケランは一緒に聞いていた仲間達に振り返った。
「どのコンドミニアムが良い?」
既に建っているのは五棟で、内一棟は一区と呼ばれるザイトルクワエのすぐ周りを囲む環状一号川の内側に建つ、一昨日から入居が始まったばかりの超人気物件だ。
残りの四棟は二号川の内側、二区に位置する。
さらに八棟が三区、三号川の内側に順次建っていく予定だが、まだ竣工まで数週間かかる予定らしい。
「うーん、一区は無理ね。ちょっと高すぎるわよこれ」
ハーフエルフのイミーナの声に全員が賛同した。
「安さではこちらの、二区北東の物件が一番安いですね……。三区の北東の物件より安いのは何か問題でもあるんですか?」
ロバーデイクの質問は誰もが聞きたいと思ったことだった。
「こちらは南にあるザイトルクワエからの距離が半端に近いため少し日当たりに問題がある物件です。三区まで離れれば、殆どザイトルクワエの影響は受けないんですけどね」
そう言うことかとロバーデイクは唸った。
イミーナも減点方式の値段設定に納得すると、続ける。
「じゃあこの二区の……ザイトルクワエより南側の二棟はどうして西側の物件が安くて東の物件が高いのかしら……?」
「東はスレイン州と帝国の商人の方々が大体この辺りで宿を取って露店を出したりするんで買い物好きな人にはかなり便利な地域なんです」
今度は加点方式だ。
物件選びがこんなに難しいとは思いもしなかったため、ロバーデイクの隣でイミーナも一緒に唸りだした。
「じゃあ……こっち。この北のカルネ市のちかくのやつ。これはどうして三区なのにこんなに高いの?」
アルシェの質問に神官はニヤリと笑った。
「それはもちろん、神王陛下が一番に旧法国の罪を裁こうと降臨された約束の地がありますから。良いですよねぇ。今神殿が新たに建てられていってるんですけど、私も建ったら絶対行くつもりなんですよぉ。あ、失礼。んん。すぐ近くのカルネ区は人とともにゴブリンとオーガが暮らすのでそこの区に入るためには講習を受けて下さいね」
神聖魔導王の事を語る時の神聖魔導国民は――エ・ランテルの人々だけかもしれないが、少し暑苦しい。
「そんな市の近くが高いなんて信じらんねぇな……。俺たちにはあんま向いてなさそうだ」
ヘッケランの言葉は総意だった。
「とすると、この王都街道に近い西二区のこれが私達には一番良さそうね」
「よし、俺はイミーナの意見に賛成だ。中庭ありって書いてあるしな!子供も嬉しいだろ!」
ヘッケランは双子の妹達と、いつか自分とイミーナの子をそこで遊ばせれたら良いなとつい夢想してしまった。
アルシェは微笑み、待合椅子で眠りこける双子の妹をチラリと見やった。
「ありがとう。ウレイとクーデも喜ぶ」
「では神官殿。ここに二部屋お願いします」
ロバーデイクの声に神官が頷き、手続きが始まった。
「ちなみに貴方のその身なり、神官ですね。神殿では神官の募集もやっておりますのでご興味があればこちらも。ただ、二点ほどご注意頂きたいのが――神聖魔導国では治療による報酬額が定められているので、それを上回る額を受け取るのは禁じられているという事と、普通の国家と違い神官や冒険者達による自由な治療を許しているという事です。他所で治療をしている神官がいても咎めないでくださいね。そこだけご納得の上お願いします。もちろん、我々への報酬は国の税金から賄われる分もありますので生活に困窮することはありませんよ」
幽霊船の
ヘッケランはわしわしと頭をかくと口を開いた。
「なぁ、ロバー。別に俺達と冒険者にならずに神殿に勤めたって良いんだぜ?」
「えっ、あ。いえ……違うんです。私が目指した神殿のあり方が…まさかこんなに簡単に実現するなんて……。ははは。本当、神様ってすごいですね……。っ……失礼……」
望んだ世界のあり方に、喋りながら感極まったようで黙ってしまった。
ロバーデイクはこの神聖魔導国を作った王を神と認めたようだった。
「そうねー。この街も一月前にはなかったって思うと恐ろしいわね、神様って奴が。ふふ、また一月経ったら消えちゃうんじゃない?」
「イミーナ、不吉なこと言わないで……」
そんな話をしていると、幽霊船長が喋りだす。
「次は西二区。西二区です。中央西川線をご利用のお客様はお乗り換えです。お忘れ物のないようご注意ください。」
鼻にかかった変な声で喋るそれの案内にアルシェはウレイリカとクーデリカを揺すった。
「二人とも、もう着くって。降りるからちゃんとして。」
「わぁ、起きたのにお姉様がいるぅ。ん〜よく寝たぁ!」
「お姉様、新しいおうちに着くの?」
「そうだよ。新しいおうち。」
「新しいおうち!」「きゃー!お姉さまとのおうち!」
途端に騒がしく話し始める二人に、アルシェは他の乗客へ頭を下げた。
「静かに。迷惑になるから」
すると光の神殿から一緒に乗っていた向かいに座る老夫婦は楽しげに笑った。
「良いのよお嬢さん。お嬢ちゃん達、新しいおうち楽しみねぇ」
老婦人の優しい声音にアルシェは照れくさくなって不器用な笑顔を返した。
「この辺りは良い所さ。まぁ、どこに住むもんもそう言うけどね。ウチはパン屋をやってんだ。あの漆黒のモモンと、ザイトルクワエが来る前はフラミー様の御用達さ。良かったら遊びに来ると良い。運がいいと英雄を見られるぞ」
老夫はシワシワの大きな手でキャイキャイ喜ぶウレイの頬を優しくつまんで軽く振ると、西二区停留所からの道を書いてメモを渡してくれた。
アルシェは礼を言いながら受け取り、その地図に目を落とした。
「あ、コンドミニアムの近く……」
おや?と顔を合わせた老夫婦は、この一行の新生活の場所に思い至ったようでニッコリと笑った。
「じゃあ、毎日元気なお嬢ちゃん達を見られるね」
そうこう言っていると船が止まる。
「ドァ開きイェッス」
やはり癖のある喋り方をする幽霊船長に双子のテンションはうなぎ登りだ。
「変なのー!」「変だねー!」
そして荷物も持たずにタタタ……と降りていってしまった。
「あ!待って!」
慌ててアルシェも二人を追って降りた。
ヘッケラン、イミーナ、ロバーは近所のはずが降りる様子のない老夫婦にさっと頭を下げて下船していった。
パン屋の老夫婦は三区に取り込まれた――崩れた昔の家と窯に最後の別れを告げに行った。
美しい鉄製の大きな門は開け放たれていて、すぐに広がる中庭には晩秋だと言うのにたくさんの花々が咲き誇り、噴水には小鳥が止まっている。
木の陰では人間サイズのゴーレムが鳥達に何か餌をやっていた。
うわぁーと全員がその小さな可愛らしい庭に見惚れ、思わず荷物を下ろして美しい光景を前に時間を忘れて眺めた。
「は、ははは。これ、大当たりなんじゃねーか?」
ヘッケランの呟きに全員がうんと頷いた。
「あれ?新しい入居者さんですか?」
中性的な声に振り返れば、買い物帰りなのか手に紙袋を抱いたザンギリ頭の、こざっぱりとした身なりの者が立っていた。
「はい。今日から住まう者です。私はロバーデイク、そしてこちらは私のルームメイトのアルシェさん、その妹のウレイリカ、クーデリカです。よろしくお願いします」
ロバーデイクが丁寧に頭を下げると、それに合わせるように慌てて三姉妹も頭を下げた。
「これはご丁寧にありがとうございます。ふふ、アルシェさん達は姉妹なんですね。そちらのお二人もお知り合いですか?」
ヘッケラン達は送られた視線に応えた。
「あぁ。俺たちはワー……いや旧知の仲って言うか。一緒に引っ越してきたんだ。俺はヘッケラン」
「私はイミーナ。ハーフエルフよ。よろしく。あなたは?」
「僕は――…いえ、私はニニャ。王国エ・ランテルで冒険者をしていました。今はこの栄光ある神聖魔導国エ・ランエルの冒険者です。ウチは姉さんと一緒に、一階のすぐそこの部屋で暮らし始めました。よろしくお願いします!」
本当街とか物件とか建物とか大好きすぎて困っちゃいましたね( ̄▽ ̄)
2019.06.08 83様 誤字のご報告ありがとうございました!これまでスルーだった事が驚きの誤字でした!笑
イメーナ→イミーナ