眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Lesson#15 魔法学校と森の王

 七人はエルの部屋で出し合った手を見下ろした。

 グーが三人、パーが四人。

「――じゃあ、キュータとリュカと私が向こうのベッドだね」

「よっしゃー!俺丸いベッドー!」

 リュカが両手を挙げるが、パーだった四人からブーイングが上がった。

 ナインズがどこでも良いと言ったので、三人組になった方がエルの丸いベッド、四人組になった方は四台繋げられているベッドで寝ると言うルールで行われた二手のジャンケンだった。

「えぇー!オレ、キュー様と寝るぞ!」

 一郎太が直球にルールを無視すると、ロランが笑った。

「はは、一郎太君はそんなにキュータ君と寝たいの?」

「オレは護衛だから一緒に寝ないとダメだろー」

 大変ずるい言い分だった。

「じゃあ、私達四人がそっちのベッドで寝て、ロランとカインとチェーザレが私のベッドで寝る?」

「僕はそれでも良いです!あ、でもカイン様もキュータ様と寝たいですよね……?」

 チェーザレが言うと、カインはフッと鼻を鳴らした。

「明日キュータ様と同じ手を引けば良いだけの話さ。チェーザレはお子ちゃまだな」

「わぁ、さすがカイン様です!」

 カインは我ながら大人な考え方だと自分を内心褒め称えた。

 皆自分の寝るベッドに向かい、寝床の確認をした。

 ナインズは誤ってベッドから落ちないようにと真ん中にあるベッドを勧められた。

 ぽふぽふと枕を叩くと、頭を預けた。

「なんか、ドキドキして寝られないね」

「本当ですねぇ」

 一郎太が頭を掻きながら答える。最近一郎太はよく頭をかいていた。生え始めた角が赤い毛の中でわずかに白く盛り上がりを見せているのだ。

「な!キュータってクラスの女子で誰が一番好きなの!」

 一郎太の隣のリュカがニマニマしながら尋ねると、ナインズは首をかしげた。

「女の子?皆好きだから、誰が一番ってないなぁ」

「えぇー。つまんないこと言うなよぉ。多分女子は皆キュータが誰のこと一番好きか気になってるぞ!」

「皆と仲良しだからなぁ。何で皆そんな事が気になるの?」

「なんでって……そりゃ、なぁ?エル、何とか言ってやってよ。エルは大人だろー」

「はは、大人じゃないよ。でも、そうだね。皆キュータのお嫁さんになりたいんだよ。だから、気になるんだろうね」

「お嫁さん?お嫁さんって一生二人で暮らす約束する人でしょ?」

「そうだね。キュータならお嫁さんは一人じゃなくてもいいと思うけど」

「えぇ〜。たくさんいたらたくさん気を遣わなきゃいけないよ。女の子は大事にしなきゃいけないから」

「じゃあ、キュータのお嫁さんは一人かぁ」

「うーん。まぁ、お嫁さん一人もいなくてもいいかな!一太やナザリックの皆とか、友達もいるからお嫁さんいらない!」

 謎の宣言をしていると、円形ベッドで話を聞いていたカインが顔を出した。

「でも、身分のある人は結婚しなきゃいけないって言いますよ?」

「そうなの?」

「そうだと思います」

「じゃあ、僕もいつか結婚するのかなぁ」

「僕の妹はどうですか?」

 少し身を乗り出してカインが言うと、一郎太が大きな声で笑った。

「ははは!カインの妹、怖そうだなー!私はカインの妹よ!!って言いそうだー!」

「な!い、言わないよ!一郎太君、怒るぞ!」

「はははは!嘘だよ!ごめんごめん!――なぁ、リュカはイシューの事好きなんだろ!」

 一郎太の頭を掻いてやっていたリュカは顔を赤くした。

「べ、別に好きじゃねーし。あんなの男女(おとこおんな)だし」

「ふふ、リュカは幼児塾の頃からずっとイシューの事好きなんだよ」と、ロランが言うと、リュカは枕をロランに投げ付けて布団に包まった。

 その後、皆それぞれのベッドの上でこそこそとあれこれ話をした。

 気付けば一人二人と眠り始め、一番最後まで寝られずにいたのは意外にも図太そうな一郎太だった。

 何となくここは自分の縄張りではないような気がして寝付けなかった。

 仮面を着けたまま寝ているナインズに張り付くようにすると、ずいぶん気持ちが落ち着いた。

 

+

 

 翌日、ナインズはもしょもしょの毛にくすぐられて目を覚ました。

「……一太ぁ、暑い……」

 一郎太の腕枕も、体に乗っかっている腕や足も、何もかもが暑かった。

 この真夏に毛布のような一郎太と寝るのは拷問だ。

 ギュウギュウと押し返すと、一郎太はようやく目を覚ました。

「んなぁ〜ないさま〜」

「一太暑いよぉ……」

「んなぁ……」

 足の上に乗る一郎太の足を軽く蹴り、ナインズは起き上がった。

 レベルは一郎太の方が高いが、寝ている一郎太を蹴れない程ナインズは弱くはないらしい。

「あ、キュータ、おはよぉ」

 隣で寝ていたエルも起き上がり目を擦った。

 一郎太の向こうのリュカはまだ爆睡中だ。

「エルもおはよ〜……」

 ナインズとエルがベッドを出て行くと、一郎太も渋々起き上がった。

「……ない様?もー起きんの?」

「一太、暑いんだもん」

「ははは〜。オレはちょうど良かった」

「もー。一太はあんまり汗かかないから良いけど、僕は汗だくだよ」

 温度耐性のある魔法の装備を普段から使う事は許されていない。

 全く朝からけしからん話だった。

 着けっぱなしだった仮面を一度外すと、風呂の傍に置いてある水差しでエルと顔を洗った。

 そうしていると、ロランとチェーザレも起き出した。

「おはよー。エル君、今日魔法学校って何時に行く?」

「んー、ラウドミア兄様と一緒じゃないと行くのすごく大変だから、兄様方がお出になる時に一緒に行くと良いと思う」

 話をする二人をよそに、ナインズはパジャマを脱ぎ、パンツ一丁で涼み始めた。脱いだ服はチェーザレが畳んでいった。

「――殿下、一度湯浴みなさいますか?」

「ん?ううん。そこまでじゃないけど、本当暑かったから」

 目を覚ましたリュカがベッドの上から「一郎太暑すぎる……」と声を漏らす。

 円形ベッドから出かけていたカインはパンツ一丁のナインズを見ると顔を赤くしてベッドに戻った。

 別にナインズのパンツも上半身も体育の着替えの時に無料で絶賛見放題だ。

 それに、ここは風呂が室内にあるので、昨日の風呂の時も普通に全裸だった。

 クールダウンすると、ナインズは本日の服を着て仮面を着け直した。

 不思議と皆が安堵するように息を吐いた。

「エル、何持っていけば良いかな?」

「一応魔法学校の飛び入り見学だからね。学校の杖と……鉛筆くらいかな?紙は私が出すよ」

 皆言われたように少ない装備を整えると、扉にノックが響いた。

 開けて良いかエルが確認の視線をナインズに送り、ナインズは肩を上げる事で構わないと伝えた。

「はーい、どうぞ」

「ご朝食をお持ちしました。机と椅子を先に運び込ませていただきます」

 使用人達がわらわらと部屋に入り、食事の準備を進めてくれる。

 毎朝これは大変だなとナインズは思った。

 

+

 

「じゃあ、帰る頃にまた迎えに来るよ。ラウドミアの<浮遊板(フローティング・ボード)>だけじゃ乗り切れないからね。それでは、失礼いたします」

 ほとんどもう大人に見える一番上のキルエルはラウドミアと揃って頭を下げると森の中へ消えて行った。

 あちらこちらから<浮遊板(フローティング・ボード)>に乗せられた子供達が登校して行く。どの子供も、人間がこれだけ揃って魔法学校にいることが珍しいのかじろじろと見ていた。

 

 ナインズ達はイヴォニンとアリマトと共にまず職員室へ向かった。

「朝のうちに父上が伝言(メッセージ)を送っているので、すぐに済みます。少々お待ちください」

 イヴォニンが職員室へ入って行くと、残っていたアリマトがナインズを見上げた。

「本当に殿下なんですのよね?」

「えっと……うん」

 殿下と呼ばれるだけの存在として合格か採点されているかと思うとナインズは少し小さくなった。一郎太が手を繋いでくれると、暑苦しいがナインズはそれを握り返した。

 イヴォニンはあっという間に廊下に戻った。後ろには大人を何人か連れていて、一番歳を取っているように見える大人がナインズの前に跪いた。長い白い髪と、長い白い髭と、長い白い眉毛が印象的だった。

「ナインズ・ウール・ゴウン殿下、よくぞ我がエルサリオン第三魔法学校へ。私は校長のアグリゴーラです」

 おじいさんの瞳はキラキラと星を飛ばしてくるようだった。

「あ、校長先生。僕……今日はその名前で来てないんです……」

「これは失礼いたしました!では、何とお呼びすれば?」

「キュータ。キュータ・スズキって呼んで下さい」

「スズキ様!かしこまりました。今日はシャルパンティエさんからイヴォニン君達の授業の見学と伺っておりますので、イヴォニン君とアリマト君の教室でお過ごし頂けるようにさせていただきます!さぁ、こちらが担任のモリアンダーです」

 女性教諭だった。握手を求められるような事はなく、担任も廊下に跪いて頭を下げた。

「ス、スズキ様にはつまらない授業かもしれませんが、少しでもお楽しみいただけるように、その!頑張らせていただきます!はい!」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 担任と頭を下げあっていると、校長は嬉しそうにエルの肩を叩いた。

「エルミナス君、立派になって。神都で素晴らしい毎日を送っているそうじゃないか」

「い、いえ。はは」

「いやぁ、殿下とお友達なんて私も鼻が高い!」

 不登校気味だったエルは、大して話したこともない校長にそう言われる不自然さのようなものに苦笑した。

「さて、教室までは私も共に行きましょう!」

 校長の先導に続いて幾つかの階段を登って行く。

 建物は相変わらず木に沿うように建てられているので、四角くできていない。油断すると道に迷いそうだった。

 教室に入ると、イヴォニンとアリマトは得意げに自分の席についた。

 校長に連れられ、教室の後ろに案内される。

「椅子をすぐにお持ちしますので少々お待ちください」

 七人で並んで教室に入ると、子供達が皆何かと振り返った。そして、たまに「落ちこぼれだ」と言う声が聞こえてくる。

 エルは若干気まずそうだが、神都から来た子供達は自分たちの学校との違いに盛り上がっていた。

 担任が教壇に上がり、咳払いをする。

 

「み、皆さん!今日は神都の国営小学校(プライマリースクール)に通う皆様が、っご!っご見学にいらっしゃいました!!」

 担任のモリアンダーは随分緊張しているようだった。

「絶対に失礼の無いように!!」

 生徒達は何だろうと首を傾げ合い、返事をする子供と、返事をしない子供でバラバラだ。

「――ねぇ、あれはイヴォニンの所のハーフだろう?高学年との授業で見た事がある。あの落ちこぼれ」

 イヴォニンのそばの子供が言うと、イヴォニンは鼻を高くして頷いた。

「そうだよ。私の弟と、学友の皆様さ」

「弟ぉ?イヴォニン、一体どうしたんだい。君らしくもない」

「エルミナスはどうやら神都に行ってから随分優秀になったようでね。ふふ」

 その様子に、エルはまた不自然さを感じて苦笑した。

 七人分の椅子が用意され、七人が席に着くと授業が始まった。

 第一位階からの授業で、ナインズ達にはつまらないどころか高度で難しい話ばかりだ。

 板書をするたびに、担任はナインズに振り返った。

「――と、よろしいでしょうか?」

 宜しいも宜しくないも、ナインズには分からない。

「良いんじゃないでしょうか……?」

「ありがとうございます!」

 曖昧な返事に担任は深く頭を下げ、また板書と説明をした。

 子供達は何か異様な空気を察知したようで、ちらちらと後ろを振り返っては何かを噂した。あの人間達はアリオディーラにいた者達と違ってさぞ高位階の魔法を使えるのだろうと。

 一郎太とリュカは飽きていて、エルに渡された紙に落書きをしている。

 ナインズも一応メモを取っているが、よく分からないのでできれば落書きに参加したかった。

 だが、ナインズだと解っている教師の前でそう言うことができるタイプではなかった。

 担任が何度もナインズに振り返り、良いかと尋ねてくるので全く気が抜けない。

 ナインズも担任も息が詰まるような時間を過ごし、チャイムが鳴ると担任は「終わった……」と魂が抜けたような顔をした。魔法学校の授業は一回が九十分はあるようで、ナインズも長かった授業にほっと息を吐いた。

「では……座学はここまでです。ご静聴誠にありがとうございました」

 ナインズに深く頭を下げ、担任は汗を拭った。

 これを見ると神都のバイスは随分良くできた先生のような気がする。

 モリアンダーはおそらく二百歳を超えているだろうが、バイスの方が大人に見えるくらいだ。

 

「えーと……十五分休憩の次は外で実技です。皆、迅速に集合するように!み、皆様もよろしくお願いいたします!」

 教室の移動が始まると、イヴォニンとアリマトが七人に駆け寄った。

「ご案内いたします!」

 ナインズは妙にこの二人に懐かれた気がした。

「僕達はちょっと休憩してからエルと行くから、気にしないで行って――ください」

 年下に見える年上にどう言う口をきくのが正解か分からなかった。

 アリマトはエルに少しだけ鬱陶しげな顔をした。

「エルミナス、あなたあまり学校来ていなかったようだけど、ご案内できるの」

「アリマト姉様。ご安心ください、流石にそのくらいはできます」

「……そう」

 小さな子供達が七人を見ながら教室をぞろぞろと出て行く。

 教室に残った七人は疲労感たっぷりに苦笑しあった。

「……次の授業が終わったら、釣りに行く?」

 エルの誘いに、ノーと言う者がいるはずもなく、満場一致で午後は釣りに決まった。

「なー、次の授業も出なきゃダメかな?」

 リュカが言うと、ナインズが答えた。

「先生、僕達が行くと思ってるし……このタイミングでは帰れないでしょ」

「はぁー……。キュータって大変だなぁ。御公務ってやつはこう言う感じ?」

「いやぁ……。僕、ほとんど何もしたことないから……」

 全員生まれて初めて肩が凝ったと思った。

「次の実技は多少自由にしてられるから、我慢して次だけ見学して帰ろう」

「行くかぁ……」

 重たい足取りで教室を出て、上下に動く籠に乗り、下へ下へと向かう。

 辿り着いたのは、校舎が張り付く三本の巨木の間にある広場だった。神都第一小の校庭より広いくらいだ。

 見渡すと、イヴォニン達くらいの年の子供だけでなく、ほとんどナインズ達と同じくらいの年の子供達もいた。

「あっちの生徒も一緒にやるのか?」

 一郎太が尋ね、エルが頷く。

「そうだね。月に一度は高学年の生徒達が見てあげるんだよ。もちろん先生も付くけど、魔法は理論を人に説明しても理解が深まるから、低学年の子達に魔法を教えることが高学年の子達の第三位階へのステップアップに繋がったりするらしい」

 話していると、さっきイヴォニンと話していた子供が何人かで振り返った。

「イヴォニンの弟。十五年生の時君は第二位階も使えなかったんだから、私達と同じように今年の十五年生に教えを乞うた方がいいんじゃないかい」

「イヴォニンの弟は第一位階しか使えないもんね。もしかして卒業できなくて十五年生からニ年生になったの?前代未聞だよ」

 上品な言葉遣いで微妙に見下すような言葉が繰り出される。

 だが、エルは別に何も感じていないようだった。

「イヴォニン兄様の学友の皆様。私はもう国営小学校(プライマリースクール)に通っていますよ」

「じゃあどうしてわざわざここにいるの?それも、たくさん異種族を連れて。ここはアラ様がお創りになった森の守護者を育てるための上位森妖精(ハイエルフ)の学校だって解っているのかな?」

「ヨーケリアの言う通りだよ。私もずっと思っていたんだけどね。君も上位森妖精(ハイエルフ)じゃないんだから早く出て行った方が良い。揃いも揃って人間臭くてかなわないよ。――あぁ、君はそんなことないけどね」

 少年は一郎太にだけ微笑んだ。

 チェーザレとロランはくんくんと自分の服の匂いを嗅いでみた。分かった?と尋ね合い、分からないねと首を振った。

 

「私のことをどう言っても構わないですが、その言い分はあまりにも無礼です。お二人、謝ってください」

「たった二十四歳で見上げた口の利き方だね。一年生にも入れないような歳だよ」

「私の通う学校は四十五才の森妖精(エルフ)も、十五歳の大山椒人も、四才の鼬鼠人も平等性を保っています。人と関わる時、生きてきた時間ではなく、精神を見つめなくてはいけませんよ」

「偉くなったものだね。私に説教をするか。イヴォニンに言いつけるぞ」

「あなたはまだ狭い世界しかご存知ない。今が広い世界を知る時です。私の友人達に謝って下さい」

「何も知らない赤ん坊のくせに。君は目障りだね。上位森妖精(ハイエルフ)の真似事をして何様のつもりなんだい。奴隷の子が」

 話を聞いていたナインズはその言葉を聞くと、年上の小さな少年の前に膝をついた。

「何でそんな言い方するの。エルの言うことは間違ってない」

 髪の隙間から尖った耳が見える。少年はちらりとそれを確認した。

「おやおや、奴隷の子がここにも一人いたのかい。奴隷の子達が奴隷を連れて仲良く魔法学校に参上とは。アラ様の魔法学校を何だと思ってるんだい?」

「僕は奴隷の子じゃないし、エルも奴隷の子じゃない。君みたいな子がいるから、エルは学校に来るのが辛かったんだ。弱い者いじめがそんなに楽しいの」

「弱い者だと分かっているなら、強者に逆らわない事だね。これは君にも言える事だよ」

「言っておくけど、僕は君よりは強いよ」

「どう見ても君は私より弱い。魔力も感じない、力も感じない。よく強いなんて言えたものだね。もし本当にそうなら、何か見せてご覧よ」

「僕は君みたいな子供に力を奮うのは嫌だ。本当なら大切に守ってやりたいくらいに思ってる」

「ふ、ふふ。はは。面白いね。じゃあ、見せてよ。これからやるのは<魔法の矢(マジック・アロー)>の授業だよ。君の光球が私のものより大きければ、謝罪を考えてあげても構わないよ」

 ナインズは先生が立てて行く丸太を見ると、自分の腕輪に視線を落とした。

 第一位階の<魔法の矢(マジック・アロー)>はアインズやシャルティアに教えてもらったが、使えた事はない。ナザリックに存在する一番弱い魔法だ。

 授業の準備を始めた先生が生徒達を呼ぶ。皆がぞろぞろと歩き始めると、エルがナインズの顔を覗き込んだ。

「……キュータ?」

「僕怒ったぞ。<魔法の矢(マジック・アロー)>使えるようになる」

「キュー様、あんなやつギャフンと言わせてください!」

 一郎太が腕を回していると、先生が七人のことも手招いた。

 

「では!先程の座学で学んだ事を生かして<魔法の矢(マジック・アロー)>を使って見ましょう!」

 バイスのようにまず先生が見せてくれることはなく、代わりに上級生達がそれを使って見せてくれた。皆二個や三個の光球を出していて、中々の威力だった。

 そばに着いてくれている上級生と一緒にあちらこちらで魔法を唱える声が響く。

 アリマトも<魔法の矢(マジック・アロー)>を簡単に使うと嬉しそうにナインズに振り返った。

「ご覧になってましたか!」

「見てたよ。すごいねぇ」

 ナインズは本当に感心した。拍手をすると、アリマトの鼻はぐんと伸びたようだった。

 殆どの子が<魔法の矢(マジック・アロー)>を使えるが、四人に一人くらいは使えずに上級生達に細かい事を習った。

 そのまま授業は進み、先程の少年が丸太に向かって大きな光球を一つ飛ばした。

「っよし!君、見ていたかい。あれより大きなものを出すんだよ。できるかな」

 一郎太は「できるに決まってんだろー!」と大声で返すが、確率は五分五分だ。

 ナインズは小学校の短杖(ワンド)を取り出して丸太の前に立った。

「――おぉ!見させてくださるのですね!本当の魔法を!!」

 担任が感激したような声を上げ、手を叩いた。

「皆!この方の魔法を見させていただきましょう!貴重な体験です!!」

 イヴォニン達も駆け寄ってきて、上級生も腕を組んでナインズを眺めた。

「あの人間達って何なの?」と十五年生たちが尋ね合い、二年生が「神都から見学に来たそうです」と答えた。

 皆手を止めてわざわざ見にくる。ナインズはこれで魔法を使えないとかなり辛いと心底思った。

 担任には神の子点数にマイナスを付けられるかもしれない。

 なんでこんなに人が集まるんだと汗が出そうだった。

(……お父さまはぶぁッと来てダダダダダンって言ってたんだから、ぶぁッと来てダダダダダン。もしくは、グッと来てシュンッ……。これを使うんだってよく意識して……!)

 ナインズは腕輪を取りたかったが、ここで何かがあると取り返しがつかないのでグッと堪えた。ルーンを使えば簡単だろうが、ルーンを使うと"殿下"と呼ばれる存在だとバレるかもしれないので控える。

 

 短杖(ワンド)を振り上げ、グッと息を飲む。

「<魔法の矢(マジック・アロー)>!」

 詠唱した瞬間に腕輪がカッと光を漏らし、針より細い、髪の毛のような物がピュッと飛んだ。

 丸太にチンっと軽やかに刺さって光が消える。

「で、出た……」

 ナインズが感激したように声を漏らす。

 ――次の瞬間、ドッと笑い声が溢れ、担任が瞬く。イヴォニンとアリマトも不審がるような目でナインズを見ていた。

 ナインズは無理かもしれないと思っていたので、細くても出たことに喜びを感じた。

「やーい!奴隷の子!どーれいの子ー!」

 少年や、その周りの子供達も野次ると、エルが「その方は違う!!」と怒りに任せて声を上げた。

「エル、ごめん。僕は別にそう呼ばれることはなんとも思わないから気にしないで」

「……ごめん。キュータ」

 エルが辛そうな顔をすると、さっきの少年がナインズを指さした。

「弱者が強者に楯突かないことだね!奴隷の子、分かったら僕に謝――」

「<魔法の矢(マジック・アロー)>!」

 ナインズの後ろから聞き覚えのある声が響くと同時にナインズを避けて六個の光球が丸太へ飛んで行った。光球のあたった丸太はまるでリコーダーのように縦に連続して穴が空いた。

「――これで、奴隷なんていう言葉を使うことはやめるだろうね。私はこの森で一番の強者なんだから」

「っえ?その声……」

 ナインズが振り返ると、優しげに微笑むアルバイヘームがいた。それから、近衛隊隊長のジークワット。

 子供達は驚愕の瞳でその二人を見ていた。尻餅を付いている子もいる。

「タリアト君……?」

 アルバイヘームは杖一つ使わず、丸太を指差していた手を下ろした。

「我が君、最古の森にいらしているなら城に寄ってくだされば良かったのに。校長から私の魔法学校の視察にいらしたと伝言(メッセージ)を受けて参りましたよ」

 アルバイヘームがいつものように膝をついて腕を広げる。

「タリアト君!」

 ナインズは駆け寄り、森を大切にするお兄さんの胸に飛び込んだ。抱きしめくれたアルバイヘームからはいつものようにヘリオトロープの香りがした。

「子供達が無礼な事を言い、申し訳ありませんでした」

「僕は気にしてないよ。でも、来てくれてありがとう。ねぇ、タリアト君は強いよね?」

「強いつもりでおります。なので、子供達のことは私が――」

「ううん。そうじゃないの。タリアト君、これ、持っててくれる……?」

 ナインズはアルバイヘームから離れると、腕輪を見せた。

「構いませんが……これは?」

「僕の力を抑える封印の腕輪……」

 不審がるように片眉を上げたが、アルバイヘームは頷いた。

「分かりました。お預かりします」

「落としたり盗まれたりしちゃわないように、腕につけておいてね」

 ナインズは腕輪を抜くと、アルバイヘームの腕にそれを通した。

 

「こ、こ……これは……」

 

「これなら……僕でも解決できるかも。僕も僕の友達を守ってあげないと……」

 ナインズはアルバイヘームから離れると、床に座る子供達の間を抜けてもう一度丸太と向かい合った。

 しん、と静まる場所でナインズはもう一度短杖(ワンド)を思い切り振った。

「<魔法の矢(マジック・アロー)>!!」

 ポッとスイカくらいはある光が生まれ、丸太に飛んで行った。アルバイヘームのように丸太に穴は空かなかったが、光の大きさは十分だった。

「キュー様ー!」

 一郎太が駆け寄り、ジャンプしてナインズに張り付く。コアラのようにくっついてもしゃもしゃの顔で仮面に頬擦りした。その重みに一瞬よろけたが、ナインズはちゃんと踏ん張った。

「っわぁ!はは!一太!今のは大きかったよね!」

「でっかかったです!ガキンチョの光球よりずっとずっとでっかかったですよ!」

「はは!良かったぁ!」

 アルバイヘームは喜ぶ二人の下へ行くと、尋常ならざる力を感じる腕輪を自分の腕から抜き取り、差し出した。力を無理矢理抑え込まれる感覚に気持ちが悪くなりそうだった。

「さぁ、こちらを」

 差し出された腕輪を腕に通し直し、ナインズは頭を下げた。

「タリアト君、ありがとうございました」

「いえいえ。さすがでした」

「へへ。えーっと、あの子は何ていう名前だったんだろう」

 キョロキョロとナインズが見渡し、尻餅をついている子供を見つけると、その前にしゃがんだ。

「君、奴隷の子なんて二度と言っちゃダメだよ。僕の魔法の方が多分強かったんだから、約束して。それから、エルにも謝って」

 少年は何度も頷いた。

「ま、まま、も、申し訳ありません……でした……」

 ナインズは自分がナインズの名前を使わなくてもエルミナスに謝って貰えたことに深い満足感を覚えた。

 自分の力で初めて何かを解決できたような気がする。

 一郎太を巡るいざこざは解決してあげられず、腕輪を取られた時もツアーに助けられ、カインと仲直りしたのも結局アインズが手を貸してくれてできた事だ。

 イオリエルの母は生き返らせることができなかったし、最後は番外席次が解決してくれた。

 昨日エルの父と取り交わした約束はすぐに効力を発揮するものでもないので、きちんと直接解決できたのは今回が初めてだ。

 アルバイヘームに腕輪は預かって貰っていたが、やっと自分の力で何かを守れた気がした。

 

(ふふ、バレてないバレてない!)

 

 ルーンも使わなかったのでわかった子はいないはず。

 ナインズは鼻歌を歌いたい気持ちを抑えた。

「エル、許してあげる?」

「君って人は本当に……。私は気にしていないよ。君が侮辱されなければ、何でも良いからね」

「一太みたいな事言わないで。僕の事は関係なしに許してあげられる?もちろん、許せなかったら許せないんでも良いんだよ――って、ツアーさんが言ってた」

「はは、許せるよ。気にしてなかったから大丈夫。キュータ、いつも本当にありがとう」

 仮面の下でナインズは嬉しそうに笑った。

 

 そうしていると、鐘の音が頭上の校舎から響いてくる。

「――我が君、最古の森にはいつまで?」

 アルバイヘームはナインズが身分を伏せて学校に通っていることを知っているし、今日顔を隠していることからもそれを察している。なので、一応殿下と呼ぶことは控えた。

「あ、タリアト君。明日の夕方までいるつもりだよ!」

「では、明日は城にいらっしゃいますか?」

「エル、タリアト君――じゃなくてアラ様のお城行く?お父様が働いてるの見られるかもよ」

「い、いえ……そんな……。閣下はキュータを誘ってらっしゃるんであって、私みたいな者は……」

「エル君――と言うのかな。私はその方の友人まで含めて誘っているつもりだよ。君も当然含まれる」

「あの……あちらの皆は純血の人間やミノタウロスですが……私は純血の上位森妖精(ハイエルフ)でも純血の人間でもなくて……」

 エルが珍しく子供のようにもじもじすると、アルバイヘームは嘆かわしげに目を細めた。

「……私は最古の森が深雨の竜王を失って以来、五百年間君臨してきた。ずっと人間との諍いはあったが……そんな事を言わせてしまう森のままにしていた私を許して欲しい。エル君、どうか私と森にもう少し時間を与えてくれないかな」

「い、いや。そんな。私は十分、閣下には感謝しております!私は閣下のおかげで幸せになれたんですから……」

「ありがとう。だけど、私の女神のカケラはそうは思っていないからね。たくさん努力するよ」

「恐れいります……」

「では、明日は私の城に来てくれるかな。そちらのご友人方も」

 アルバイヘームが言うと、相変わらず身分に弱いカインが慌てて膝を付き、一郎太以外がそれに続く。

「も、もちろんです!」「こ、こ、光栄です!」

「キュー様が行きたいなら良いですよ!」

「良かった」アルバイヘームはにこりと笑い、ナインズに向き直った。「では、明日は神都にお戻りになる前に是非いらして下さい。――あぁ。それから、この後は魔法学校の中をご案内しましょうか?」

「ううん。僕たちこの後は釣りに行くんだぁ。だから、タリアト君。また明日ね」

「そうでしたか。ふふ、私も釣りに参加したいなぁ」

 アルバイヘームが楽しげに笑うと、隣でジークワットが咳払いをした。

「ンン!アラ様。途中にしてきた御公務がまだあります。そちらのお方のご案内がないなら早急にお戻りください」

「昼食の前くらい自由に過ごしてもいいだろう」

「どうせ昼食の後も自由に過ごされるんですから、昼食の前くらいは真面目にお願いします」

「やれやれ。うるさい男だ。――仕方がないので、私はこれにてお先に失礼いたします」

「うん!さよなら!」

「はい。――教諭、この方はお帰りになるそうだ。丁重にお見送りしてくれるね」

 モリアンダーは流れ落ちるほどに汗をかいた顔で何度も頷いた。

「ジークワット、掴まれ」

「は。失礼いたします」

 ジークワットがソッと肩に手を置くと、タリアトは人差し指を額に当てた。

「城、城……執務室から遠い所に出ようかな……。よし。――<多数・転移(マルチプル・テレポーテーション)>」

 詠唱と共に二人の姿はかき消えた。

 

+

 

 皆が帰り、学食で食事を取るイヴォニンとアリマトの周りにはたくさんの生徒が群がっていた。

「す、すごいんだね。イヴォニンの弟」

「まぁね。殿下にご寵愛をいただけるなんてそうないことだよ。それに、あれは明日はアラ様のお城に行くんだからね」

 イヴォニンもアリマトも大変鼻高々だった。

「弟さん、名前なんて言ったっけ?」

「エルミナスよ。うちの誇りね」

「今夜、僕たちはまた殿下と、殿下のお付きのミノタウロスさんと会食なんだ。君達を誘ってあげられなくて残念だよ」

 子供達は「おぉ……」と羨ましいような、感心したような声を上げた。

 

 その晩の食事、エルはいつもと違う兄姉にとても苦笑したらしい。

 まるで虎の威を借る狐の気分だったが――肝心の虎が誰よりも嬉しそうだったので、この奇妙な感じに慣れようと決めたとか。




9「僕バレてなかったぁ♪」
1(……バレてなかったのか?)
一郎太とナイ君仲良しすぎるねぇ

そう言えば昨日、ブックマークボタン押してくださった方々ありがとうございます!えへえへ

次回Lesson#16 裁きと遺された者
おいおーい!明日もありまっせぇ!
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