眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Lesson#20 愚者と賢者

「じゃあ、皆今日も待っているね!」

 鞄を背負ったサラトニクはサロンの準備のため、いの一番に教室を後にした。

 その後を小走りで追うクロードと、お付きのエリオ。

 

「サラトニク様!僕たちもサロンの準備、手伝いますよ!」

「――クロード、エリオ。お兄様と来る約束はいいの?」

「お兄様達三年生は今日はもう一時間授業がありますから!お兄様を寮で待つよりもサラトニク様の手伝いをしようと思って」

「ありがとう。でも君たちだってお客さんなんだから後からいつもの時間に来てくれたっていいんだよ?」

「いえいえ!サロンは皆でお勉強をするところなんだから、僕たちはお客さんじゃないですよ!」

「クロード様の言う通りですよ!学校もお勉強をするところだから、お客さんはいませんしね」

「学校はそうだけれど、サロンは私の屋敷だからさ」

「分かってます!でも、準備って皆でやるとすごく楽しいんですよ。僕達、小学校入る前にお兄様やエリオ、チェーザレや皆で食卓を動かして、使用人も合わせて皆で食事をすることがあったんです!」

 楽しかったよね、とクロードがエリオに笑い、エリオは大きく頷いた。

「すっごく楽しいですよ!僕達結構役に立てると思います!」

「だから、どうかなって!」

 

 サラトニクの思いとしては、アルメリアが少し早く来るのでそれを一人で迎えたいと言うのが一番だ。

 だが、それと同じくらい「皆で何かをする」と言う言葉に惹かれてしまいそうだった。

 サラトニクには違う母から生まれた兄姉がいるが、ほとんど関わったことはない。

 父ジルクニフや母ロクシーからはよく愛情を注がれ、数え切れない側用人達や教育係からは多くの知識と教養を注がれた。

 不足しているものは何もないし、兄姉の名前を正確に覚えてすらいない事に寂しさも感じない。

 

 ただ、ナインズとアルメリアの間に深く刻み込まれている絆をすぐそばで見て来たサラトニクがそれに憧れないかと言えば、そうでもない。

 ナインズの事はナインズ兄様と呼びたいし、実の兄達より余程慕っている。慕ってはいるが、身の程を忘れた事はない。何かを手伝わせたり、共に何かに着手した事もない。――「アルメリア人馴れ作戦」は初めてナインズと共に着手している計画ではあるが、肉体を共に動かす訳ではないので、今回の条件とは少しばかり違うだろう。

 そんなサラトニクなので、皆で何かをするという経験はあまりない。

 サロンの準備も、執事や女中達にあちらへ何を運ぶとか、こちらに花を置いて欲しいとか、今日の飲み物は炭酸水が良いとか、そう指示を出すだけだ。

 それが長となるべき男のする事なので不満はないが――新しい方法を共にやってみないかと言われてしまうと非常に悩ましい。

 

 クロードとエリオは期待に胸を膨らませた瞳でサラトニクを見ていた。

 本当に皆で食卓を運んだのが楽しかったのだろう。それに、きっと役に立てると思ってくれている。

 サラトニクは短い思考に決着をつけた。

 

「じゃあ――一緒に来てもらおうかな?」

 

 二人の返事は大きく、得意げだった。

 

「もちろん!!」「はい!!」

 

 三人で共に家路に着き、執事のエンデカや護衛のニンブルが出迎える。

 いつもなら指示を出し、部屋全体の完成度を確認するだけだが、サラトニクは細い腕でサイドテーブルを運んだり忙しく動いた。途中三人でお菓子を摘んだりもしつつ。

 ナインズがいつも一郎太と座る場所に新しい花を置いて、美しくも優しい兄を出迎える準備を整えた事に胸を熱くした。

「――楽しかったですか?」

 共にテーブルを運んでくれたクロードが横から顔を覗き込むと、サラトニクは働いて紅潮していた頬を照れ臭そうにグイと拭いた。

「うん、楽しかったよ。自分達でやるって思ったより良いものだね。クロードとエリオのおかげで新しい発見だったよ」

 二人が楽しげに笑い合う様子をエンデカは優しい瞳で見つめた。

 そうしていると、玄関の方からドアノッカーが扉を叩く音がした。

 いつもより早い時間だが、もうアルメリアが来たようだ。

「二人はここで待ってて!」

 サラトニクはクロードとエリオの返事も聞かずに駆け出し、玄関へ競歩で向かうエンデカの後をいとも簡単に追い越した。

 開かれた玄関扉の向こうは目が眩むほどに明るく、よく見えないが、女中がアルメリアを出迎えているはずだ。

 いつもなら庭仕事をしている者達が、アルメリアがドアを叩く前に来訪を告げるというのに困ったものだ。

 自分で何かをすると言う事は、使用人たちの監督が疎かになる事もあるとサラトニクは学んだ。

 

「ハナさ――ま?」

 

 女中と扉の間をすり抜け玄関へ飛び出すと、サラトニクは瞳をパチクリさせた。

 

「あ、エル=ニクス君。今日もやるんだろう?」

 そう尋ねる少年のローブの柄のカラーは緑。六年生だ。

 少年の後ろにも四人程六年生達がいた。

 以前学校で話しかけて来た子供達だ。

「――やる、とは?」

「ナインズ殿下もいらっしゃる会、やるんだよね?」

「サロンは開きますが……」

「そっかそっか!なぁ、俺達も一緒に学びたいんだ」

「ですが……参加する多くは一年生と三年生なので皆様が学べる程のものでは」

「良いよ良いよ。こないだもそう言ってたけどさ、俺達ちょっと殿下とお話ししてみたいだけだから」

 

 女中が中へすぐに来訪者を通さずに玄関先に止めていたのはこれまで来た子供達よりずっと大きく、顔も見た事がなかった為だ。

 サラトニクの直感がこう言う子は一番通してはいけないと訴える。

 

「……殿下は見えられるか分かりませんし、見えられても御公務ではないのでお付きの一郎太様とお過ごしになる事が殆どです」

「うん、お見えになったらで良いからさ。エル=ニクス君から紹介してくれないかな?俺達少し話すだけで構わないから」

「私も殿下に話しかけられずに一日を終える事が多くあります。もし殿下とお話しされたいのでしたら、学校でされては如何でしょうか?」

「仮面を着けてらっしゃる時はそうもいかないだろう?ここなら殿下は仮面を外す事もあるって聞いたんだけど」

 

 完璧なサロンを作ったと思っていたが、外で余計な話をする者がいるらしい。

 ナインズの仮面は「話しかけないで欲しい」と言う意思表示。もしくは「特別な人(ナインズ)として扱わないで欲しい」と言う意思表示。

 一生徒であると言う目印の仮面を被っているナインズにおいそれと話しかけでもすれば、上級生、下級生関係なく一郎太に注意される。

 教師にも「御公務ではないのだから軽はずみに話しかけたりしないように」と注意されているはずだ。

 

 サラトニクの瞳の奥に、父親から譲り受けた智が揺れる。

 

「確かに仮面を外される事もありますが、それは物を口にされる際だけです。そこに話しかけるほどの余裕はありません」

 これは嘘だ。アルメリアがリラックスできるように、ナインズはここにいるほとんどの時間で仮面を外している。自身の表情がわかるように。

「なんか結構外してるって聞いたよ。ここでなら殿下と話せるって言ってる子もいるんだよね。エル=ニクス君さ、何かな。お兄さん達が殿下に失礼な事をすると思ってるのかな?」

 

 一年生と六年生と言えば、殆ど違う生き物と言っても過言ではないほどだ。十二歳にもなれば背も高く、言葉もたくさん知っていて、駆け引きすら学んでいる。

 普通の一年生ならば全面降伏だろう。

 六年生の少年はサラトニクの顔を覗き込んだ。

 

「俺達、別に殿下に迷惑をかけようって言うんじゃないんだよ?一言ご挨拶してみたいだけなんだけど」

「分かります。ですが……それがご迷惑かご迷惑でないかを決めるのは私ではありません。殿下が万が一にもそう感じられる事がないようにする事が、このサロンを開く私の役目です」

「……一年生達を入れるのに、よっぽどちゃんとしてる俺達を入れないのはおかしいだろう?」

 

 もとよりナインズ目的で来たこの少年たちと、少なくとも最初は勉強目的で集まっていた一年生たちなら、一年生たちの方がちゃんとしているとサラトニクは思わずにはいられなかった。

 

「――お断りします」

「皆のためのサロンじゃないの?」

「……私は大切なたったお一人のためにサロンを開いているのです。その御方が蕾として楽しく学ばれ、人々と通じ合い、いつか大輪の花となられるお手伝いをすることが目的です」

「たったお一人……殿下に媚びを売ってるわけか。皆のためみたいな顔をしておいて、殿下を一人占めしようって?」

「そう思われても構いません」

 

 サラトニクが頑として屋敷に入れてくれない様子をみると、上級生達は食ってかかるような目をした。

 だが、メイドや執事も様子を見ている中でおかしな真似ができる訳もない。特に、ただただ殿下と話をしてみたかっただけの男の子達だったから。

 少年たちは何かもっと言いたげな様子だったが、サラトニクよりも余程大きな体を揺らすように踵を返し、屋敷を後にして行った。

 背中が小さくなっていく様子に思わず安堵から息が漏れる。

 

「――愚か者達の相手は大変ですね」

 

 氷に雫を垂らしたような透き通った響き。

 サラトニクはハッとして玄関の庇を支える柱へ振り返った。

 柱の側で指先に紋白蝶を止まらせるアルメリアは、存在感を消す伊達眼鏡をしていてもはっきりと分かる程に、心底つまらなそうな顔をしていた。

 アルメリアがいたことに全く気付かなかった。いや、それどころか「まずい」と顔に書いてある二郎丸とクリスにも気が付かなかった。

 余程集中して帰ることを促していたらしい。

「ハ、ハナさま。いつからそこに」

「いつでも良いのです。――さぁ、お前はもうお行き」

 紋白蝶は数度はばたくと少し危なっかしい様子でアルメリアの指から飛び立って去って行った。

 それと同時に、エスコートする意思を見せるようにサラトニクは肘を曲げた。

 いつもならすぐに手を絡ませてくれるが、飛んで花壇へ向かう蝶を眺めるアルメリアはそうはしなかった。

 

「――リアもいつか空を飛べるようになるでしょうか」

 唐突な質問に、サラトニクは一瞬言葉が喉をつかえた。

「そ、それはもちろんです」

「サラはそう思うか」

「はい。必ずやハナ様は空を制するかと。……でも、何故そのようなことを?」

 

 アルメリアは静かにサラトニクを見つめると、サラトニクの腕にようやく手を絡ませた。

 そして、サラトニクの疑問には答えてくれなかった。

「サラ、お前は大切な一人の為にサロンを開いていると言いました。それはお兄ちゃまです?」

「……いえ、ナインズ兄様のことも大切に思っておりますが……」

「ではリアのためにやっているわけです?」

 サラトニクは何と答えようと必死に頭を回した。

 彼女が嫌いな人間共の輪の中にわざわざ引き摺り込もうというサラトニクのお節介を、彼女がどう思うかと想像を巡らせると怖かった。

 あれこれと丁寧に言葉を探しているうちに時間切れを起こしたようだ。

「サラ、ならば明日からはもうサロンを開く必要はないです。今日でおしまいです」

 アルメリアの後ろで二郎丸とクリスがガックリと肩を落としているのが見えた。なんなら様子を見ていたエンデカとニンブルすら肩を落としていた。

「ア、アルメリア様。しかし……」

「この私が必要ないと言っている」

 きっぱりとした言葉にサラトニクは静かに頭を下げる事しかできなかった。

 

 ――せっかく皆が蕾だと思ってもらえたのに。

 丁寧に育てれば、皆花を咲かせると分かってもらい初めていたのに。

 

 アルメリアと二郎丸、クリスと共にサロンに入ると、準備を手伝ってくれていたクロードとエリオは二人で教科書を読んでいた。

 アルメリアの為のサロンだが、突然二度と開かないわけにもいかない。

 溜息を吐いてしまいそうな気分だが、アルメリアが隣にいる以上あまり露骨な表現もしたくなかった。

 先客の存在を見ると、アルメリアはそっと腕を解いていつもナインズが座っている場所へ一人向かった。

 クロード達はアルメリアの存在に気が付いていないが、クリスと二郎丸には気が付き挨拶を交わした。

 

 その後、サロンには続々と子供達が現れ、そして皆帰って行った。

 アルメリアもいつもよりよほど早い時間に帰ってしまった。

 

+

 

『――悪かったね、サラ』

 頭の中に響くナインズの声に、サラトニクは首を振った。

 

「いえ……。ナインズ兄様、私がうまくやらなかったせいです……」

『そんな事はないよ。サラがここまでやってくれたお陰で、リアちゃんはちょっとでも外を知る事ができたんだから。僕の方こそ大変なことを頼んで悪かったね』

「とんでもないです。ナインズ兄様とアルメリア様のお手伝いをする事に、私は何よりの喜びを感じていました」

『ありがとう。……リアちゃんの事、また何か良いアイデアが出来たら手伝ってくれるかな?』

「それはもちろんです!いつでも仰って下さい」

『心強いよ。サラとなら、きっとリアちゃんに外の良さを伝えられるって思ってるからね。じゃあ、また明日』

「はい、おやすみなさいませ」

 サラトニクは深々と頭を下げ、ナインズからの<伝言(メッセージ)>が切れる時を待った。

 ぷつりと繋がりを失い、ベッドの上で静かに手を下ろす。

 

 窓から差し込む月光が部屋を青く染める。

 別の世界に暮らすナインズとアルメリアはこれとは全く違う空を見ていることだろう。

 このままアルメリアと道を別にするようなことがあれば、同じ空を共に仰ぐこともない。

 

 サラトニクは小さな世界に暮らす子供が持つ特有の不安感と閉塞感に胸を抑えた。

 

+

 

 その日の朝、マァルはいつも通りユリヤと登校し、自分の席に着くとぼうっと一つの席を眺めた。

 

(殿下は……今日もお休みかー)

 

 毎日毎日、来る日も来る日も変わらない感想を抱いていると、ふと廊下が騒がしくなった。

 先生がもう来たのだろうか。

 ――いや、登校して来たジェニが教室の扉から廊下へ振り返り、目玉が落ちてしまいそうなほどに見開いている。

 その様子から、現れた存在が先生だという予想はマァルの中から消える。

 何人かが廊下の様子を見ようと席を立つが、マァルは立ち上がらなかった。

 ああやってジェニはいつでもふざけているので、外の喧騒は気になるが、ジェニに乗せられたくなかったのだ。

 ジェニが、背負ったスクールバッグを扉に押し付けるようにして誰かが通るための道を開ける。

 もしかしたら誰かが大きな虫を捕まえて来たのかもしれないとマァルは思う。

 いや、あのジェニが避けるほどなのだから、もっとびっくりするような生き物だろうか。例えば、尻尾の生えたヒキガエルとか。

 ジェニの様子を伺っていると、ユリヤと目が合い、お互い首を傾げあった。

 

 厭な想像を続けていると、扉から姿を現したのは――なんてことはない。

 いつも通りのクリス・チャンだった。

 皆ジェニに乗せられていたのだ。

 そう思い、クラスメイトに朝の挨拶をするべく手を軽く上げかけところでマァルは硬直した。

 その後に現れた者は、この上もなくたおやかな尊い宝のようだった。大きな瞳は濃い金色。華奢で小柄な体は、朝日が昇る直前の薄紫に染めた空すらくすんで見えるほどに透き通った色。

 同じ制服を着ているはずなのに、どんな貴族が身に纏うドレスよりも清廉で高価な物を着ているようにすら見えた。

 それが誰か等と問う者はこの学校にいるはずがない。

 しん――と静まり返った教室で、クリスがジェニの前を「おはよぉ」とはにかみながら通る。

 続いて冷たい声が響いた。

 

「道を開けよ」

 

 マァルの目には道は開いているように見える。

 しかし、お互いに避け合わなくては彼女(・・)のその漆黒の翼はジェニにぶつかってしまうかもしれない。

 ジェニは何度も頷くと、廊下に出る事で扉の前の道を完全に開いた。

 いつも突っかかってくるジェニの情けない姿に笑ってしまいそうになるが、それ以上にマァルにはどうも気になる事があった。

 絶対にあり得ない事だが、彼女(・・)と言葉を交わした事があるような気がしてならないのだ。

 あの喋り方、声、どこかで聞いた事があるような。

 だが、相手は一度会えば決して忘れられるような存在ではないはず。

 

「さぁ!アリー様のお席はこちらですよ!」

 クリスは満面の笑みで、いつもマァルが眺めてきた空白の席の椅子を引いた。

 疑っていたわけではないが、確信する。

(殿下は……今日はお休みじゃない)

 彼女――いや、アルメリア殿下はそっと腰掛け、翼と背もたれの具合が良くなるように数度翼を揺らした。

 その様子はどことなく落ち着かないような、不安なような雰囲気だった。

「ありがとう。クリスと丸、二人の席はどこです?」

「じろちゃんは背が高いので後ろです!」

「僕は――ここですからね!」

 二郎丸は通路と一人を挟んでアルメリアの斜め後ろの席に荷物を降ろした。

「……隣に護衛の丸がいなくて大丈夫でしょうか」

「大丈夫ですよ!なんて言ったってアリー様のお隣はこのクリスですから!」

 同じく通路を挟んだ所にクリスが座る。同じ机を使う隣の席ではないが、隣と言っても支障はないだろう。

「そうですか。そう言うことはもっと早く知りたかったです」

 アルメリアが安心したように少し笑みを溢すと、男の子も女の子も「わぁ」と感嘆の声を漏らした。

 それを皮切りに教室に少し音が戻ってくる。皆息を止めてアルメリアを眺めていたのだ。

 誰が一番に挨拶に行くかこそこそと話し合いが始まり、マァルも離れた席に座るユリヤと再び目配せをしあった。

 そして、一番に良家出身の女の子たちが動き出し、アルメリアの座る机を囲んだ。

「アルメリア・ウール・ゴウン殿下!私達――」

 恐ろしいほどに長い自己紹介が始まる。――そう思った。

 だが、それを堰き止め、女の子達をかき分けてアルメリアの席にたどり着いた者がいた。

「アルメリア様!!」

 肩で息をし、春先だというのに額に汗を滲ませた姿でサラトニクが現れた。まだ背に鞄を背負ったままだ。

 つい今登校して教室に入ったのだろう。

「思ったよりも遅かったですね。もしかして今日は来ないのかと思いました」

「い、いえ!私は必ず来ます!!ですが、いらっしゃると知っていればお迎えに上がりましたのに!!」

「気にすることはないです。さぁ、挨拶を。その後お前の席はどこだか教えてほしいのです」

「私はあちらですが――そんな事より、何故突然……。昨日あんな事があったのに……」

 

 サラトニクの瞳が揺れる。何か信じられないようなものを見る目をしていた。

 

「……お喋りも良いですが、私は今この姿で来ているのです。無礼ですよ」

 マァルの頭の中に再び誰かの顔が掠めるが、うまく思い出せない。

 サラトニクはアルメリアの座る椅子の足下まで移動し、膝をついた。

「も、申し訳ありません。アルメリア様」

 薄紫色の手を取り、挨拶のためその甲に唇を落とす仕草をする。実際に唇が触れたかは分からなかったが、周りの女の子達から「キャア!」と興奮するような羨むような声が溢れる。もちろん、マァルの口からも。

「良い。許すのです。それで、私が来た理由ですね」

「はい……。どうして……」

 膝をついたままのサラトニクが困惑するようにアルメリアを見上げる。

 アルメリアは優しげな手つきでサラトニクの前髪を撫でた。

「……サラは言いました。リアが人間と通じ合い、いつか大輪の花となる手伝いをしてくれると。……お前はリアのミツバチです」

「アルメリア様……」

 サラトニクは心底感激したように吐息混じりに尊き名を口にした。

「……でも、そもそもリアはもう蕾ではなく花です。それを分からせてやる為にも仕方なく来てやったんですから……今日はあまりリアの側を離れないでいるんですよ」

「はい!もちろん!」

 ぷぃ、と顔を背けたアルメリアの横顔を眺めていたマァルの脳裏をいくつかのワードが繰り返し響く。

 "サラ"、"お前はミツバチ"、"蕾"――。

 

(……ハナちゃん……?)

 

 マァルの中で、サロンで出会ったハナという顔を思い出しにくい黒髪の少女の名前がハッキリと浮かんだ。




そーはっぴーめーりくりすまーーす!!!(超えてる
皆様お久しぶりです!
男爵ベイビーは男の子でした!
そして生後100日を無事に迎えたことをお知らせしまぁす!
夜寝るようになってくれたので、ようやく眠る前に夢を見る余裕が出てきましたぜ!

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