眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Lesson#24 暴走と抑止

 アインズが歓迎を受け、フラミーが出航した頃。

 クリスの体にはゾワリ、ゾワリと鱗が出現しては消えていた。

 

(――クリス、そのように軽薄なことをしていると、あなたは二度とツアレに会うことはできません。アルメリア様やナインズ様にももうお会いできませんよ)

 

 怒りと憤りがクリスの体を変容させようと疼く。

 しかし、セバスに言われた自らの宝達との断交を示す言葉を前に己を律する。

 

(お、お父様……!でも、じゃあ、私は、クリスはどうやってこの理不尽からアリー様をお守りすればいいんですか……!)

 

 竜化してはいけない。

 その気持ちと向き合えば向き合うほどにクリスの中の激情は膨らんだ。

 そして、朝にイオリエルから言われた言葉がよぎる。

 

 ――皆が怖がっても味方でいてくれる誰かがいたら、それはすごく嬉しいことじゃな。

 

「……そう、そうだ。私は味方。味方でいなくちゃ」

 

 俯いたクリスがぽつりと呟く。

 次の瞬間、見え隠れしていた鱗はクリスを覆い、ドズン!と土嚢を落としたような音が響く。

 スカートの下からは竜そのものを切り取ってきたかのような尾がぶら下がり、そこには幼い頃とは違い鋭利なタテガミ状――もしくは背鰭状――に尖った棘鱗(クレスト)が並んでいた。

 棘鱗(クレスト)はクリスの頚椎から始まり尾先まで規則的な山を繰り返す。

 シュー――と長く息を吐いたクリスが顔を上げると、赤く染まった瞳を黒くなった白目が縁取っていた。

 

「――誰ガ言イ始メタノ」

 

 クリスの異様な声色と容貌にクラスにいる全ての者が振り返っていた。

 アルメリアは禁止されたクリスの竜化した姿に目を丸くした。

 その姿を見たのは実に二年ぶり。アルメリアが関わっていないところでセバスやコキュートスと共に訓練をしていたことは知っていたが、よもやここまで異形として成長していたとは。

 しかし、激情に塗れている様子では無いため「フゥ」と安堵の息を吐いた。訓練であってもアルメリアやナインズの前での竜化を禁止されていたのは、いつ我を忘れるかわからないからだ。

 

「クリス、やめるです。また言いつけを破って。怒られますよ」

「――アリー様、良インデス。クリスハ、アリー様トナインズ様ガ一番大事ダカラ……ダカラ、怒ラレテモ、アリー様ニモウオ会イデキナクテモ……!」

 

 ぼんやりとクリスの瞳に涙が浮かぶ。アルメリアはやれやれと溜息混じりにその涙を指で掬って払った。

「何を言ってるんですか。良いから元に戻るんですよ」

「デモ!!」

 落ち着いているアルメリアとは対照的な大声に、アルメリアは一瞬肩を震わせた。

「ク、クリス?」

「――デモ!クリスハ御身ノ味方ダッテ!示シマス!!ソウ!!示シマス!!」

 怒鳴るように言い切ると、クリスは女子の塊に向かって怒りの軌跡を残すような視線を向けた。

 

「誰ガ言イ始メタ!!我ガ君ヲ侮辱シタノハ誰ダ!!」

 

「っひぃ!?」

 女子達が短い悲鳴を上げる。

 同時にクリスの前には二郎丸が立ち塞がった。

「やめてよ、クリス。落ち着いて」

「ジロチャン!!邪魔スルナラ、クリスハ怒ルヨ!!」

「もう怒ってるでしょ。やめて」

「ジロチャンハ良イノ!?アリー様ノ味方ニナラナイノ!?」

「僕はアリー様の味方だよ。アリー様も僕達が味方だってわかってる。ね、アリー様」

 言いながら、二郎丸はクリスと交わした視線を一瞬も外さなかった。アルメリアに話しかけるのに目も合わせないというのは場合によっては不敬だ。

 だが、この猛獣は視線を逸らした瞬間に女子達に飛び掛かるとしか思えなかった。

「わ、わかってます。そんなこと。クリス、だから早く元に戻るんです」

「アリー様!デモ!デモ!!クリスハ御身ヲ!御身ヲ守ラナキャ!!」

 爆裂するような声量に子ども達は一斉に耳を塞ぎ、体が硬直する。その様はさながら蛇に睨まれた蛙。

 二郎丸は自らの手のひらに汗をかいている事に気がつくと、気圧されているという事実に若干の焦りを感じた。

「クリス、本当にやめて。皆驚いてる。――それから、サラ。今すぐいち兄とナイ――いや、キュー様呼んできて。走って」

 教室に入りかけ、硬直していたサラトニクの存在に気付いていた者がどれだけいただろうか。サラトニクは目を丸くしたまま、何の動きも見せなかった。

「――サラ!!」

「っあ、わ、わかった!!」

 サラトニクは慌てて頷いて見せると猛スピードで駆け出していった。

 

「――サラ?サラ君?」

 

 クリスはぐりんと振り返り、サラトニクを探したがすでにその姿はなかった。

「ジロチャン……アリー様ノ味方ヲ減ラサナイデヨ……」

「減ってないよ。大丈夫だから」

「減ッタ……減ッタ……減ッチャッタ……減ッチャッタ……減ッタ……」

 壊れたラジオのように同じことを繰り返す様に、アルメリアは少し近付き、「ク、クリス?大丈夫です?」と声をかけた。

 すると「――さっきの声は何ですか!?どうしたの!?チャンさん!?あなた一体何を!?」と、担任のパースパリーの非難めいた声が響いた。

 二郎丸は存在しない音(・・・・・・)をクリスから聞き取った。正しくは気配を感じ取った。あえてその音を言うのであれば、「プチン」だ。

「アリー様!離れて!!」

「減ラシタァ!!」

 二郎丸がアルメリアを突き飛ばすのが早かったか、クリスが雄叫びを上げるのが早かったか。

 

 ――オォオオオオオ!!!!

 

 声とともに竜の堅固な鱗に覆われたクリスの手は高く掲げられ、二郎丸は横顔を思い切り張り倒された。

「――ッブ!!」

 机や椅子を薙ぎ倒し、二郎丸が床に転がる。

 クリスは今度こそ()へ咆哮した。

 

「我ガ君ヲ侮辱シタノハ誰ダァアア!!」

 

 絶叫で何人もが泣き始める中、二郎丸は自らの上に重なってしまった椅子を放り投げるように起き上がり、熱を帯びた頬に触れる。手には受けた爪痕から流れる血がべたりと着いていた。

「――ッ。っクリス!!もう本当にやめろ!!」

「誰ダ!!誰ダ誰ダ誰ダ誰ダ!誰ダ!!誰ガ侮辱シタァ!!」

 クリスが再び手をもたげると、目の前にいた女子二人は自らの命を守るためにたった一人を指差して叫んだ。

「ま、マァルちゃん!!マァルちゃんだよぉー!!」

「私達マァルちゃんが姫殿下を怖いって言ったの聞いた!!」

 マァルの肩が跳ねる。

「ぇ……ち、ちが――」

「貴様カァア!!」

「クリス!!やめるんですよ!!それは違う!!クリス!!」

 

 マァルに向かってクリスの爪が振るわれた瞬間、アルメリアも二郎丸も、パースパリーもユリヤも目を固くつぶった。

 マァルの体を爪が走り抜け、血が飛び散り、少女の体はその背後にあった机ごと崩れ落ちる――ことはない。

 か弱い人間一人程度、クリスの爪撃にかかれば切り裂くことなど容易なはずだった。

 

「――やめろよ、クリス」

 

 静かな声が教室に染み渡る。

 そこでようやく皆目を開けた。

 煌めく赤毛、空へ向かって美しく伸びる小さな角。

 

「――いち兄!!」

 二郎丸は歓声を上げた。

 

「二の丸、お前がびびって目を閉じてちゃ守れるもんも守れないぜ?なぁ、サラ」

 二本の腕でクリスの手を止めた一郎太はニヤリと口角を上げた。その様は父、一郎によく似ていた。

 一郎太と共にクラスに戻ったサラトニクは、尻餅をついたままでいたアルメリアをそっと立たせ、苦笑した。

「一郎太兄様、私も目をつぶりました」

「なんだ、サラもか。俺が来たって言うのに」

「――一郎太君……。邪魔シナイデヨ……」

「クリス、俺が何の邪魔をしたっていうんだよ」

「クリスガアリー様ヲ守ル邪魔ヲシナイデヨ!!」

「はは、俺はアリー様のためにお前を止めに来たんだぜ!!」

「アリー様ハ私ガ守ルンダァア!!」

 空気を引き裂くようなスピードでクリスの拳が迫り、一郎太はそれを両手で受けた。そして尾が振るわれ、よどみなく膝で受ける。ズリ……と蹄が教室の床を滑った。

「ひぇ〜!いってぇ!」

「ジャア退ケェ!!」

 繰り返されるパターンの中、一郎太は痛い痛いと言いながらも一つ一つ確実にその身で攻撃を受け止めていった。

 この時間稼ぎの裏では、教室の床に魔法陣が生み出されていた。

 少年は床に手と膝をついてカシュ、カシュっとチョークを滑らせていく。

 

「――クリス、ちゃんと話を聞いてからでも遅くは無かったはずだよ――(アンスール)。慎重だったはずの君に戻って――(ソーン)(オシラ)

 

 手がチョークで真っ白になることを厭わずに描き上げられた魔法陣は完成を知らせるように青白く発光し、自らを書き込んだ者の仮面を照らし出した。

 

「一太!放れ!!」

「はい!!キュー様!!」

 仮面の少年――ナインズの号令とともに、一郎太はクリスの胸ぐらを引っ掴む。

 

「ッ巴投げぇ!!」

 

 自らが背後に転がるようにしてクリスを持ち上げ、勢いのままクリスを床に叩きつけた。

 ナインズの書いた魔法陣の真ん中に倒れ込んだクリスは若干の痛みを吐き出し、魔法陣は強く輝いた。

「――コレハ!?」

 ドッと光の柱が教室の天井にまで伸びる。

 サラトニクは眩しさからアルメリアを守るように自らのローブでアルメリアの視線を遮った。

 そして、光が消えるとそっとローブを下ろし――アルメリアはクリスを確認した。

「――ク、クリス!」

 一度サラトニクを見上げ、サラトニクが頷くと同時にその下へ駆け付けた。

 ペタリと座り込む姿は、いつもの人間の姿をしたクリスだった。

「あ、アリー様……ナ――キュータ様……」

 罰が悪そうに視線を落とし、縮こまる。ナインズは安堵の溜め息を吐いた。

「クリス、元に戻ったね。悪いけど、このことは僕からこの後すぐにセバスさんに連絡させてもらうからね」

「……申し訳ありません……」

「僕達よりもまずはお友達たちと、二の丸と一太に謝りな。二の丸なんか血まで出ちゃって可哀想だよ」

 ナインズは一郎太に肩をかされる二郎丸や、泣きすぎて顔が真っ赤になったクラスメイト達を示した。

 

「私……私はただ……。ただ……アリー様が学校を好きになってくれるように……。お守りしたくて……悪口を言った子達をなんとかしなくちゃって……。嫌な原因をなくしたくて――」

 クリスにはまだ何か言い分がありそうだったが、アルメリアはそれを最後までは言わせなかった。

「馬鹿!お前は馬鹿です!」

「は……。申し訳ありません……」

「お前は学校が好きなんでしょう!なら、謹慎を受けるようなことをするんじゃ無いです!!私はここに来なくても平気なんですから、お前はお前を大事にしなきゃダメです!!」

 クリスはハッとアルメリアを見上げた。アルメリアの目には大粒の涙が光っていた。

「あ、アリー様……」

「こんな、お前が傷つくようなことになるなら――私は……リアちゃんは二度とナザリックを出ないです!!」

 ナインズ達は露骨に肩を落としてしまった。

「そんな……そんな……わ、私のせいで……。私は……アリー様のために……」

 クリスは目を覆い、しくしくと泣き始めた。

 脳裏にはコキュートスの言葉が響く。

(制御デキナイ力ナド、力デハナイ)

 力でねじ伏せるはずが、全てを台無しにしたのだ。

 

 ――その陰で、誰からも見えない護衛(ハンゾウ)達は拍手喝采をしていた。彼らは別に人間がクリスに殺されても構わないので静観していた。そして、アルメリアに二度とナザリックを出ないと言わせた功績を讃美している。

 が、それを支配者達に怒られるまで後数時間。

 ちなみに二郎丸にアルメリアが突き飛ばされた時は気付かれないようにそっとアルメリアを受け止め、二郎丸のことは睨み付けていた。

 

「――だけど……お前が私のためにしてくれようとしたことは認めます。それに、ここは思ったより悪く無いかもしれないとも思います。だから落ち着きなさい。クリス、お前はもっと賢い子のはずですよ……」

「…‥あ、アリー様……」

「私を失望させないでください」

「アリー様ぁ」

 アルメリアに縋ってクリスが泣く横で、ナインズはメチャクチャになっている教室を見回し――仲裁するはずが腰を抜かしている教師達の元へ向かった。

 

「すみません、先生」

「――は、い、いえ……。で、スズキ君。助かりました……」

「今日はもうクリスには帰らせます。教室の片付けは僕と一郎太でするので……今日のところはクリスを怒らないでやってください」

「わ、わかりました。あ、いえ。片付けはこの教室の生徒達でさせます。アルメリア殿下を悪く言った子達がいたようですし……」

 ナインズは仮面の下で苦笑し、教室を見渡した。他のクラスの教師達も集まっていて、廊下には大量の野次馬が揃っている。

「治癒室の神官様を呼んでください!」と号令をかけるジョルジオ・バイス・レッドウッドの姿もある。伊達に神の子の担任を受け持って三年過ごしていない。サラトニクがナインズと一郎太を呼びに来たと言う話をエルミナスやカイン、ロラン達から聞き付けて来たのだ。

 

「――お友達の皆、悪かったね。本当は皆に<獅子のごとき心>を掛けてあげたいんだけど……僕は使えないから、勇気の出る字を置いていくね」

 ナインズは教室の床に大きくT(ティール)を書き込むと、今にも殺されそうになったマァルの手を取り立たせた。

 だが、震え上がる足は言うことを聞かないようでぺたりと床に座り込んだ。

「ちょっとごめんね」

 ナインズはそっとマァルを抱き上げると、震えて声も出なくなったマァルをT(ティール)の上に連れて行き――

「で、殿下……」

 マァルの震えていた体は戻り、血色を失った頬は再び色付いた。

「うーん、僕は一応キュータ・スズキなんだけどね。ともかく、もう大丈夫だよ。うちの子が本当に悪かったね」

「い、いえ」

「これ、皆にも踏んでおいてほしいんだけど……そうできるように手伝ってくれるかな?」

「も、もちろんです」

 ナインズはマァルをそっと下ろし、マァルに背を向けようとすると、マァルはパッとナインズの手を取った。無意識だ。

「――ん?まだ怖い?」

「あ、え、えっと……はい!」

 ナインズは「どうしよっかな」と声を上げてから、マァルの手を取り、その手のひらに再びT(ティール)を書き込んだ。

「体に刻んだ方が力が強く伝わるかもしれないから、これをしばらく消さないでおいてね。これは勇気が出る字だよ。一太や二の丸には何度も書いてあげたし、僕も光神陛下に何度も書いて貰ったんだよ」

「わぁ……!」

「元気になったね。マァルちゃん」

 マァルは顔を真っ赤にしてナインズを見上げた。

「わ、わたしのなまえ……」

「知ってるよ。サラのサロンに来てたから。それに、君の持ってた花にもルーンを書いた。覚えてる?」

「お、覚えてます!それに――その時、殿下が言ってくれた……あの子にも(・・・・・)そっと優しくっていう言葉も……」

 マァルがクリスの背をさするアルメリアを視線で示すと、ナインズは数度瞬き、仮面の下で微笑んだ。

「良かった。じゃあ、君はきっと僕の大事なお姫様を悪くは言ってなかったんだね」

「……はい」

「信じるよ。ありがとう。リアちゃんとも仲良くしてね」

「――はい!」

 

 マァルは自分のことがあまりにも誇らしかった。

 

 ――一方。

 

「ナ――キュー様、キュー様」

「ん?」

 頬の止血が済んだ二郎丸はナインズの耳にそっと口を寄せた。

「――うん。――うん。――……そっか」

 マァルを犯人だと言った女の子二人はナインズの視線を感じた。それも、冷たい視線を。

「どうします?」

「それは僕が決めることじゃ無いよ。でも、リアちゃんは興味ないと思うからほっときな」

「わかりました」

 二郎丸はひそひそと悪口を言っていた女子達をほんの一瞥もしなかった。

 その様子はクラス中に波及し、針の筵だった。

 

「――そら!そろそろ戻るぞ、キュータ!一郎太!!」

 突然声を上げたのは二人の担任のバイス。神官の手配をすませたらしい。

「あ、バイス先生。でも皆にこのルーンを踏んでもらわないと」

「わかったわかった。後のことはパースパリー先生に任せて。それからそっちの――マァル君だっけ?マァル君にも頼んだんだろ?」

 ナインズは良いのかなぁ、とめちゃくちゃになった教室を見渡した。

「キュー様、バイスンもああ言ってるしいんじゃない?」

「一郎太!バイスンじゃなくてバイス先生!お前ももう行くぞ!」

「ちぇ。ほら、行こ。キュー様」

「んー、じゃあ、いっか」

 バイスの導きに従い二人は教室の扉を潜りかけ――

「バ――バンザイ!」

「バンザイ!!殿下、バンザーイ!!」

「殿下、バンザーイ!!」

「一郎太様、バンザーイ!!」

 廊下にいた生徒達や、恐慌状態に陥らなかった生徒達が叫ぶ。

 ナインズは仮面の頬をポリ……とかいた。

「……僕、キュータ・スズキなんだけど……」

「ぷ、ほら。キュー様。行こ行こ」

 一郎太がナインズの背を押す。すると、ナインズは万歳唱和の中「あ!」と振り返った。

「サラ、ありがとうね。僕たちを呼んでくれて」

 賞賛に包まれるナインズに、サラトニクは尊敬に満ちた瞳で微笑み、首を振った。

「キュータ兄様、丸君がそうしろって言ってくれたんです!」

「そう言われてすぐに動ける子はそう多くいないよ。ありがとう。――もちろん、二の丸もありがとうね」

「いえ!僕は当然のことをしたまでです!」

 

 ナインズは笑ったような雰囲気を出すと、パースパリーに頭を下げて今度こそ教室を後にした。

 

 廊下に出ても、廊下にいた野次馬達の万歳という声は続く。

 無駄に誇らしげなバイスの背中に追従し、野次馬達から見えない階段へ差し掛かると、次第に万歳唱和は小さくなり、ナインズはホッと息を吐いた。

「キュータ、お疲れな」

「あ、バイス先生もありがとうございました」

「いいや。一郎太もよく頑張ったな」

「へへ、まーねー。伊達に訓練してないよん。――でも、いってぇ〜」

 ぶんぶんと手を振る一郎太の頭をバイスが撫でる横で、ナインズは自身のこめかみに触れた。

「――<伝言(メッセージ)>。あ、セバスさん?今クリスが学校で竜化してね……」

 ナインズが説明をする横で、一郎太はナインズに擦り寄った。

「ね〜、キューさまぁ。痛いよ〜」

「そういうわけで、クリスは一回帰して……セバスさんちょっと待ってね。――一太、だいじょぶ?」

「あいつ俺のこと殺す気だったぁ」

「えぇ?いくらなんでもそんなことないよぉ。無力化して、その後ろの子達殺したかったんだよ」

 

 殺すと言う言葉が当たり前に飛び交う様子にバイスは久々に嫌な汗をかいているが、二人は気が付いていない。

 

「見てよー。手がじんじんする」

「あらら……。戻って神官さんに回復かけてもらう?」

「えぇー、あんなにカッコ良く出てきたのに、今更カッコ悪くて戻れないですよぉ。キュー様なんとかしてぇ」

「かっこいいとか悪いとかなんて気にしなくて良いのになぁ。第一僕は回復魔法使えないよ?教室戻って治してもらうか、後で治してもらうかしかないよ」

「えぇ〜〜」

「とにかくちょっと僕セバスさんと話してるから」

「ナイ様ぁ」

「僕キュータだし。――あ、セバスさん?――うん。そう。一太がクリスに何発も食らって痛いって泣いてる」

「な、泣いてねぇし!俺泣いてないですよ!?」

「一太、ちょっと静かにして」

 ナインズにあしらわれると、バイスは一郎太の手を取った。

「ほら、後で構ってもらいなさい。それか、先生が痛いの痛いの飛んでけしてやろうか?」

「えー。バイスンのそれ効かなそうだからなー」

「……お前、先生のこと尊敬してないだろ」

 

「――セバスさん、そしたらペストーニャさんの事、まず僕のクラスに送ってくれる?一太治してから一年生のケアに行ってほしいの。――三年生のところにくる時はこっそりね」

「え!キュー様!」

 一郎太はナインズを輝く瞳で見つめた。

「――うん。うん。じゃあ、よろしくね」

 ナインズがそっと手を下ろすと――「っうわ!?」

 ナインズの背に一郎太が飛び付き、一郎太はもさもさの頬をナインズに擦り付けた。

「キュー様ありがとー!!」

「はは。一太重いよぉ」

「流石キュー様!!いやーキュー様カッコよかったなー!決まってた!」

「え?はは、一太こそカッコよかったよ。竜化したクリス止めちゃうんだもん。すごいよ!」

「へへへへへ」

「へへへへ」

 二人は兄弟のように和やかに笑った。

 

 ――他方、未だ和やかではないのアルメリアのクラスでは、アルメリアの前に女子達が並んでいた。

 パースパリーがそっと謝罪を促す。

「ご、ごめんなさい……」

「でも本当にそんなつもりじゃなくて……」

 が、アルメリアは氷のような瞳で人間のメスを見渡した。

 

「自分が属する群れの言うことを否定してまで私の肩を持ったこれ(・・)とは正反対ですね」

 

 パースパリーと女子達は凍りついた。

 だが、そんなことには興味のないアルメリアはすぐに彼女たちへ背を向け、神官に頬の傷を多少癒やされた二郎丸の顔を覗き込んだ。治癒魔法のレベルが低いせいで完治しなかったらしい。

「丸、大丈夫です?」

「あ、うん。大丈夫ですよ。クリスが帰ってもちゃんとアリー様のこと守れますから、心配しないでくださいね!」

 クリスは友達たちと共に机や椅子を元に戻していた。「そんなことは分かっています。そうじゃなくて、お前も自分を大事にするんですよ」

「アリー様……」

「帰ったらお母ちゃまにお前の頬を完全に治してほしいと頼んでやります。だからクリスを許してやってくださいね」

「へへ、僕はクリスを嫌いになったりしないよ。大丈夫です」

「それならよかったです」

 

 優しい微笑みを見せると、クラスメイト達はやはり、うっとりとした溜め息を履いた。

 皆、気位は高いがアルメリアは守られるべき姫であり、暴走する従者を止めようと必死になってくれる良き指導者であるとも認識を改めた。

 そして転移門(ゲート)が開き、中からは犬の頭をしたメイドが優雅に踏み出してきた。

 

「クリス、迎えですよ」

「――あ……。ペストーニャ様……」

「クリス、話はナインズ様より聞きましたよ。あ、わん。ただ、私は迎えではありませんわ。あなたは一人でこれを潜り、セバス様の元へいくのです。あ、わん。私は皆さんの心の傷と体の傷、両方を癒してからあなたの後を追います。と言うわけで、先生、少しお時間いただきますわ。あ、わん」

「は、はい。よ、よろしくお願いいたします」

「――さ、それではまずは二郎丸君」

 ペストーニャは惜しげもなく二郎丸の前にしゃがみ、視線を合わせると労わるように傷痕に触れた。

「あ、ペストーニャさん。いち兄のことも――」

「それはもう済んでおりますわ。あ、わん」

 神官の治癒魔法では完治しなかった傷が癒やされていく様を、クリスはしかと見届けてから転移門(ゲート)をくぐった。




え?一郎太かっこええですやん!!
こんばんは、男爵です!
次話割とすぐに上げられる気持ちです!(気持ち

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