リ・エスティーゼ王国、王城。
すでに一週間滞在するラナーからの報告の手紙には、エ・ランテルは今や神聖魔導国そのものとなっていると書かれていた。
それは王のみならず、全ての貴族達が目を通した。
王派閥は貴族派閥に見せたくないと思ったが、ラナーを行かせたことは周知の事実であり、隠し通すことは不可能に近かった。
それゆえ、部屋の中にはざわめきと怒号が飛び交っていた。
「エ・ランテルの民も民だ!!王家への恩も忘れて、よもやアンデッドに恭順するなんて!!」
「そうだ!それにパナソレイは神聖魔導国の都市長だと!?あいつは豚のようで頭の悪い奴だと思っていたが、まさかここまでとは!」
「王よ、このままでは三国家の交易拠点が本当に奪われてしまいます!」
「考えてみればズーラーノーン事件から税の支払いも滞ったままなのでは!?」
「せめて川がエ・ランテルを囲みきる前にカルネ村だけでも取り戻すよう動くべきです!」
王はなんと言うべきか頭を悩ませる。
「――そう余り熱くなってくれるな。パナソレイも飢え死にするかしないかという瀬戸際だったのだ」
その言葉は部屋に満ちる王族への苛立ちをより明確なものへと昇華させた。
「そもそも王が王の直轄領を守りきれないとはどういうことです!」
「王がそれでは、いつかこの国そのものが神聖魔導国へと奪われてしまう!!」
「そんなことになれば、全ての国民が敗戦国の民として虐げられて生きることになるのですぞ!?」
「私は守らせていただく!!自らの民や、自らの家族を!!」
「そうだ!!そのためにはまず奪われた土地を奪還しなくては!!」
「戦争だ!!」
「戦で取り戻せ!!」
――王はとうとう止められなかった。
ラナーのいる街への出兵と、カルネ村への出兵を。
「なんですって!?」
新黄金の輝き亭、食堂にラキュースの驚愕の声が響く。
「おい、少し声を下げろ。ここの連中はズーラーノーン事件、ザイトルクワエの襲撃でなにもかもを奪われてきたんだ。この上戦争でまた奪われると知ればパニックになる」
イビルアイの冷静な声に、ラキュースはあっと口元を押さえて首を短くした。
そのままの姿勢でキョロキョロと目だけで辺りを探るが、周りは特になにかを気にした様子はなかった。
「そんで?どーすんだよお姫様」
ガガーランはコーヒーをカップに置いてラナーに視線を送った。
「どう……しましょうね……。私はこの街が好きになってしまいました。一生ここで暮らしたいとすら思うほどに……」
そう話すと、ラナーはなにかを迷うように瞳を泳がせた。
「ラナー様……」
後ろに立つクライムの声に、膝の上で握っていた手を切なげに前に組み、ぎゅっと目をつむった姫は、まるでこの世の全てを愛しているようだった。
「私、この街を守りたい……。ううん、この街だけじゃなくて、この街を育てた神聖魔導国を……守りたい……。たとえそれがお父様やお兄様との道を分かつ選択でも……」
躊躇いながら紡がれる言葉に、蒼の薔薇は唇を噛む。
冒険者は戦争には行けない。
それに、蒼の薔薇の本拠地は王都だ。ラキュースに至っては王国に実家もあるのだ。
「ラナー……。ごめん……。今回ばっかりは、私達では力になれない……」
仕方のない事だ。当然それを責める王女ではない。
「良いんです。私、この後闇の神殿にお取次をお願いに行きます」
闇の神殿で取次を願う相手、それに誰もが思い至る。
「神聖魔導王陛下とフラミー様に、謁見とご相談を」
ラナーのその瞳からは、もう迷いは消えていた。
次の日、闇の神殿は変わらず神官達の仕事の場として開いていたが、併設された闇の聖堂の扉には一般の者の参拝を断る旨が書かれたプレートが下げられ、表には
普段並べられている長椅子は片付けられ、都市長パナソレイと神都より派遣されてきている仮州知事の任に就いている者が正面、闇の神の像を避けるように立っている。
ラナーを先頭に、蒼の薔薇、クライムとブレインの三列で並び、神の降臨を待った。
すると、神聖魔導王の美しき白い像の前に闇が広がっていく。
中からは黒い翼を生やした美しき守護神と、王都で炎の柱を上げた守護神デミウルゴス、そして――クライムとブレインの憧れである守護神セバスが出てきた。
「セバス様……」
クライムは思わず漏れてしまった自分の声にハッとし、口を強く結び直す。
その様子にセバスが笑ったかと思うと、守護神達は揃って跪いた。
それを合図に都市長達も、そしてラナー一行も膝をついた。
「神聖魔導王陛下と、フラミー様の御成です」
誰もが熱心に頭を下げる。
カツーン、カツーンと杖が床をつく音が二つ分。
それが止まると――「面をあげよ」と厳かな声が響いた。
クライムは失礼にならないように、ゆっくりと細心の注意を払って頭を上げた。
目の前には、想像を絶する存在が二人立っていた。
黒き後光の射す死そのもののような存在と、光そのもののような神聖なる存在がいた。
「良く来たな。ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ」
「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。この度は私の急な願いをお聞き届けいただきありがとうございました」
「何。お前は我が国を案じて私を呼んだのだろう。礼を言うのはこちらの方だ。助かったぞ」
ラナーは痛みいるように頭を下げた。
「では聞かせてもらおうか。お前と、お前の国の事を」
ラナーは王国によってこれから始まってしまう悲劇と戦争について熱心に話した。
神聖魔導王はまたしても生を脅かす者が現れた事に悲嘆したように、語り終わったラナーにたった一言返した。
「そうか……」
慈悲深い神だとは聞いていた。
本当は虫も殺せないような人なのかも知れない。
それでもその強大な力を、生あるもの達の為に奮おうとするこの人は、正義なのだろう。クライムはそう思った。
「その日は、私とフラミーさんで出よう。ラナー王女よ。お前は、我が民を勇気付けてやってくれるか」
「仰せのままに」
ラナーの返事は一点の曇りも淀みもなかった。
「よし。デミウルゴスよ、方針は決まった。お前は王都でこの者と行き来があったな。細かいディテールの組み立てはお前がラナー王女と行うのだ」
「畏まりました。アインズ様」
闇の神は満足げに頷くと、光の神に顔を向けた。
「フラミーさん、何かありますか」
「ありません。その日が来ればあなたと出るのみです」
光の神と闇の神の間に上下関係はないと何処かで聞いたが、恐らく闇の神の方が上位者なのだろうとこのやり取りだけで感じた。
「うむ。では、どの魔法を以って迎えるか決めるとしよう。私達は先に戻る。お前達、任せて良いな」
その言葉に守護神のみならず、都市長と仮州知事も畏まった。
そして神々は立ち去ろうとするが、ふと思い出したように振り返った。
「――セバス。お前の弟子達だろう」
「は」
セバスの硬質な声が響く。
「ふふ、思い出話をしてきていいんですからね。無理に急いで帰らなくっても」
光の神は守護神にも丁寧に話すようだった。
自分の支配する者にも優しい神々は今度こそ、立ち去っていった。
ラナーはその後、セバスと共に皆で先に宿屋へ行くように言い、二人の守護神と共に大聖堂に残った。
「セバス様は、潜入捜査でなくとも執事服なんですね」
ブレインのその声にセバスは軽く笑うと、自分が何者であるのかハッキリと告げる。
「私は生まれた時から、アインズ・ウール・ゴウン様と、フラミー様に仕える執事ですよ、ブレイン君」
「生まれた時からということは、セバス様は代々ご両親も神々に仕えてらっしゃるんですか?」
クライムの投げかけた更なる疑問はイビルアイも知りたい所だと身を乗り出した。
「そうだ。あなた達はいつからそうやって過ごしてきたんだ……?」
「そうですね……。アインズ様とフラミー様がどのようにお生まれになり、何千年、何万年、一体どれほどの時を生きてらしたかは、分かりません。しかし、私は文字通り至高の御方々により創造された大地と空の下、創造されました。なので産みの両親はいません」
セバスはそう言って笑う。
「……本当は親もいるけど、ということもなく?」
「ありませんね。私は創造され、目覚めた日を覚えていますから」
「目覚めた日……」
イビルアイは認めそうになった。
大地と空を生み出し、更に心を持つ生き物を生み出し、自分に仕えさせる事などただのアンデッドや、ただセイレーンのように翼が生えているだけの生き物に出来るわけがない。
(ツアー……。お前は調停者を自負しているが、神殺しをするつもりか)
イビルアイもかつて十三英雄と呼ばれる存在だった。その身は小さく幼く見えるが、決して見た目通りの年齢ではない。
数百年の時を生きるツアーとは言え、何万年という単位で生きると思われるそれらの事を知っていろというのは間違っているのかもしれない。
前身の神、スルシャーナがアインズ・ウール・ゴウンを崇めていたというのはリグリット伝てで聞いている。
止めなければ、ツアーは殺される。いや、それならまだいい。
下手をすれば世界はまた一から創り直されてしまうかもしれない。
イビルアイは、まるで暗闇に放り出された子供のように心細くなった。
人のいなくなった聖堂内にひそひそとした話し声が響いていた。
「ふふふ、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下……。なんと素晴らしいお方なのでしょう。私が足元にも及ばないあの智謀」
どこかうっとりとした少女の表情は亀裂のように走る笑みによって酷く邪悪なものに見えた。
「そうでしょう。我々はアインズ様のご計画の掌の中だと前に話した通りさ。君が何もしなくても、君の望むようになっていくから心配せずに"民を勇気付けて"やってくれたまえ」
「かしこまりました。デミウルゴス様」
自分の家族を、血を、民を裏切ろうというのにその表情に後悔はない。
王女がうやうやしく頭を下げると、アルベドはこれこそデミウルゴスの報告にあったラナーだと興味を刺激された。
「ラナー。全くこんな王女がいたとはね。アインズ様が王国には引き入れなければいけない者がいると言っていた時はそんな者がと思ったけれど、アインズ様はあなたの存在にいち早くお気付きになっていたのね」
「心からの感謝を。恐らく帝国の皇帝に向けて行っていた事を読み解かれ私の存在に気が付かれたのでしょう……。本当に、デミウルゴス様を超えると聞いてそんな者がと私も思いましたが……まさかこれ程のお方だとは……」
これは人間であって人間ではない。精神の異形というべきもの。善や悪を心の中では理解しているのだろうが、あくまでも理解しているだけであり、それらに縛られることなく己の目的のためならいくらでも踏み躙れるタイプだ。
「あの短い間で君がちゃんとその事を分かってくれて良かったよ」
デミウルゴスは満足げに頷き、アルベドはジッとラナーを見つめた。
「アインズ様が高く評価しているのだから、失望させないでね。私の下でもしっかりとその優秀な能力を発揮して頂戴」
親しみすら感じる柔らかい声に、ラナーはより深く頭を下げる。
「勿論です、アルベド様。必ずやご厚意に見合うだけの、いえ。それ以上の働きをお見せいたします」
次回#37 大虐殺
本日12時公開です。
2019.05.18.すたた様 誤字報告ありがとうございます!(//∇//)
2019.06.06.黒帽子様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!