「ご飯ですよー」
「……すぐ行くよ」
ラビは部屋の物を捨てるために整理を進めていた。
これまでずっと宝物として大切にしてきた物達を一つ二つと手に取ってはため息を吐く。
「……読める」
そう、何度見ても字が読めるのだ。
妄想だとわかった今、それでも尚読める。
片付ければ片付けるほど、どんどん古いガラクタが出てきた。
今見てみると、このジュースのラベルにも神聖魔導国と書いてある。
旅人も神聖魔導国から来たと母が言っていた。ということは、やはり自分は文字が読める――と、そこまで思考するとラビはそっとガラクタを置いた。
「……違う。きっと、僕の記憶がおかしいんだ」
旅人は本当に神聖魔導国から来たのだろう。神聖魔導国という言葉を聞いて、そこからラビは自身の記憶を都合よく捏造、改竄しているとしか思えなかった。
「……じゃなかったら……魔法がない世界で見たこともない字が読めるなんて……そんな事あるはずがない……」
ここのガラクタは、宝物どころかラビを地獄に突き落とすゴミだ。
ラビはしくしくと涙を落とし、何故、いつから自分は狂ってしまったんだろうと肩を震わせた。
自分の持つ最も古い記憶。
それは、まだおそらく赤ん坊の頃。
部屋の中で座っていると、両親がプレゼントをくれるのだ。
箱の中には卵形のおもちゃ。それは触るとガラン、ガラン、と音を鳴らして、決して倒れることはなく揺れる。
面白かった。だが、もっと面白かったのは――それが入っていた木箱だった。
ラビが夢中で木箱で遊んでいると、両親は心底おかしそうに笑っていた。
赤ん坊のラビにはその木箱に何が書かれているのかが分かった。
字を読む、という感覚ではない。字に注目すると、その内容が頭に滑り込んでくるのだ。
それがとても面白かった。
――起き上がり小法師。赤ちゃんを夢中に!モーティーおもちゃ工房。
当時のラビの知能ではもっと拙い言葉で見えていたはずだが、とにかくその情報が頭に入ってくるのが面白くて、結局ラビは六歳になるまでその木箱を宝箱にした。
――だが、これも偽りの記憶かもしれない。
木箱はもうないが、木箱を大切にするラビに、両親はよく「あなたは入ってた起き上がり小法師よりも箱に夢中だったのよ。モーティーさんに話したらおかしそうに笑ってたんだから」そう話してくれていたから。
だからこそそれほど幼い頃の記憶が残っているのだ。
ラビの中で、「これこそ間違いない記憶」というものは存在しなかった。
狂ってからどれほど経つのか。それとも、生まれた時から狂っていたのか。
あの魔法学の書だって、もはや手元にない。いや、あれが幻覚じゃなかったと誰が言い切れるだろう。もとからあんな物は存在しなかったのかもしれない。
ラビは自分を抱きしめながら涙を流し――いつしか硬い床の上で眠った。
いつまで経っても食事に来ないラビの様子を見るため、部屋に来た母親は床で眠る息子を前に本当にこれで良かったのだろうかと俯いた。いつかは現実を知る日が来たのだろうが、夢が最も近付いたタイミングで現実を叩きつけられるのはいくらなんでも可哀想だった。
部屋の隅にはいくつも麻袋が置いてある。宝物だと豪語し続けてきた物を処分するために詰めているのだ。
大きな物は部屋の隅に追いやっていて、整理はどんどん進んでいた。
「――ラビは?」
母親の後ろから父親が尋ねる。
「寝ちゃってる。それも床で」
「やれやれ、子供じゃないんだから……。ラビ、せめて食事くらい――」
「寝かせておいてあげて。宝物はもう全部捨てるんだって言ってたから」
父親は一瞬痛みを感じたような顔をすると、部屋に入って行きラビを静かに抱き上げ、ベッドに下ろした。
「……んん……」
ラビはベッドの上で唸ったが、起きることはなかった。精神的によほど疲れたのだろう。
本当だったら、今頃ラビは外の国から来た旅人がどんな魔法使いなのかを話してくれていたはずだ。
それがあり得ない内容だったとしても、その時間はきっと幸せだったに違いない。
子供部屋を後にした両親は言葉数少なく食事を済ませると、旅人の船を見に出かけた。
夜でも蒸し蒸しと暑苦しい。あちらこちらの茂みからは虫の声が響いた。
こんな時間だというのに、人とちらほらすれ違う。皆噂を聞きつけて旅人の船を見に行ったのだろう。
夜には皆鯨油のランタンを持って歩くので、すれ違う人の顔ははっきりと見える。
「こんばんは」
「こんばんは」
人と挨拶を交わし、すれ違っていくとヒソヒソと聞こえるいつも通りの声。
――ねぇ聞いた?昼、旅人にあそこのぼっちゃんがね。
――なに?
ほとんどがそんな感じだ。
きっと、船を見に行く人たちが交互に昼間の噂をしあっているんだろう。
島中にラビの話が出回るのも時間の問題だ。
だが、両親はもはや慣れていた。
不出来で、変人だと揶揄される息子。それでも、両親は息子を心から愛していた。
二人は海沿いに歩き続ける。
沖のほうではランタンを使ったイカ漁が行われていて、陸よりよほど明るい。
並ぶ
作りはとても質素だが、確かにこの船は見事だった。
他にも見に来ていた人々と挨拶を交わす。
皆恐る恐る船に触れては「何でできているんだろう」と噂した。
ラビのいう通り、島の外には見たこともないものがたくさんあるだろう。
今度は純粋に島の外に憧れてくれればいいのに。
また夢と希望に満ちるラビの顔を見たかった。
野次馬が一人、また一人と去っていく。
深夜。遠くに灯る漁火が水平線をなぞる。
柔らかな波に押されて船は揺れる。
水面に浮かぶ月と、踊る魚。
船は魔法の時間制限を超えて光の粒となって消えた。
その様子を見ていたのはラビが海の底に落とした魔法学の書だけだった。
「今日って、どのくらい自由に動けるんでしたっけ?」
宿の一階で、アサリの汁とイカ焼き、麦飯を食べながらフラミーが言う。
会話の邪魔にならないよう、人の良さそうな宿の主人がそっとお茶を置いて去っていく。主人は上客を前にいつもシワだらけの顔に一層幸せのシワを刻んでいた。
昨日宿に渡したものが相当良かったらしい。ちなみに内容はハムやソーセージ、ベーコンだ。日持ちもするし、この島で牛や豚を見かけなかったため選んだようだ。
やはり芸術品などよりは食料らしい。
それに、この島の食事は昨日の夜食べたものも含めてどことなく味気ない。神聖魔導国の塩蔵肉達はさぞ衝撃を与えたことだろう。
昨夜は食事をとった後にナザリックに帰って、新しい島を発見した話をした。
出遅れたこともあり未だ船旅を続けるアインズは大層羨ましがった。
ちなみにアインズ達が見つけたのは大型の海洋魔獣だけらしい。この世界の海は塩水ではなく真水なので、よっぽど第三階層の地底湖に連れて帰ってこようかと悩んだそうだが、日が当たらないところで飼うのは流石に可哀想な気がしてやめたらしい。
海月草は子供達もアインズも気に入り、ひとまず今は寝室に生けられている。適当に頃合いを見てどこかに植えてみようと思っている。
本当は昨晩いくつかは第五階層に植えてみたかったのだが、何やら学校でクリスが竜化し大変な騒ぎを起こしたと言ってセバスからの謝罪と報告を聞かされた。
セバスが親として保護者達へ謝罪参りに行くそうなので、あとはもうセバス家の問題だ。
ただ、至高の支配者とそれに連なる存在に不敬を働いた者を処分しようとするのはナザリックの者として当然のことなので、ナザリック内では大した問題にはならなかった。むしろ、謝罪に行くと言っているセバスに批難が集中しているくらいだ。
そんなゴタゴタした中でも、フラミーは今日のフリータイムを楽しみにして、彼女なりの準備をしてきていた。
なので、短い時間でもゆっくりすごす時間が欲しい。
パンドラズ・忍者は口に運びかけていた匙をそっと下ろした。顔を覆う雑面ともフェイスベールとも言える部分を丁寧に直し、姿勢を正す。
「は!まず、午前中は鳥猟の視察へお出向きいただきます!昼食には歓迎の式を催すそうなのでそちらで。午後は自由にお過ごしいただく予定にはなっておりますが、おそらく昼食会は盛大に行われるかと思うので、夕方ごろまでかかると思っていただいた方がよろしいかと」
「あー、あんまり長くかからないといいなぁ」
フラミーが面倒くさそうに言う。
黙って座っていたツアーはフラミーの口の横につく麦飯を取ると、むぎゅっとフラミーの口に入れ直した。
「む、へへ、恥ずかしい。ありがとうございます」
「いや。フラミー、一応伝えておくけど、何人か人間が急いで近付いて来てるみたいだよ」
「もうお迎えの時間でしたっけ?」
パンドラズ・アクターはそっと首を振った。
「いえ、まだです。鐘が二つ撞かれた頃と言っていたので。ちなみに補足しますと、敵意はありません」
この島には時計はない。代わりに日時計を置いている鐘屋が毎日決まった時間に時の鐘を撞いているらしい。
三人で扉の方を眺めていると、ドタドタと言う足音とともに扉は開いた。
「――ぷ、プラムちゃん!!大変だ!!」
汗だくのウルボリとユラド、何人かの屈強な男達が肩で息をしていた。
「どうかしました?」
近隣に脅威がないことがはっきりしているフラミーに焦りはない。
騒々しい様子に、宿の夫婦も様子を見に来た。そして、男達に水を出してくれた。
ゴクゴクと部屋中に音が響き渡るような状態で飲み干し、一息つくと、ウルボリはもう一度叫んだ。
「ふ、船がなくなってんだ!!プラムちゃんの船が!!」
フラミーは魔法が解けたんだなとしか思わなかったが、常識的に考えれば異常事態だ。
あれだけの大型船を魔法で作れるというのはまだ知られたくない。
どうしたものかな、と思っていると、パンドラズ・アクターがそっと手を上げた。
「船は昨晩のうちに断崖に移動させました。何人かが船に触っていたようなので。積荷にまで触れられては困りますし」
ウルボリとユラドは目を見合わせ、ほっと息を吐いた。
「そ、そうだったか。近くを一通り見て回ったんだが、どこにもなくてな。流されたかと思って焦ったよ」
「人の目につくとまた触られてしまうかもしれないので。お騒がせして申し訳ありません」
パンドラズ・アクターが頭を下げると、ウルボリ達が連れている男達も「なんでい……」「それなら良かったじゃねぇか」と胸を撫で下ろした。
「パンドラの兄ちゃん、謝んないでくれよ。うちの島の奴らが触ったりしなけりゃ船を隠す必要もなかったんだろ」
昨日、宿に渡す物品を取りに行った時の様子から船付近には数えきれない人が訪れていることは分かっていた。だが、積荷などは一つもないので無視していた。
そうしていると、約束の鐘が二つ鳴った。
「じゃあ、食事が済んだら鳥猟見に行くかい?」
「はい!」
猟師達も昆布茶を飲み、ツアーの分の食事はパンドラズ・アクターが残さず平らげてから出かけた。
毎度のことながら島民に囲まれながら島の西側の岸に着くと、一行は小さな船何隻かに分かれて乗船した。
ここからは少し静かに過ごせそうだ。
「プラムさん、今日は自分のいいところ、見ててくださいね」
ユラドがこれまでにない自信に満ちた顔をすると、フラミーは「わ〜」と拍手をした。ここはキャバクラか。
「たくさん獲れるといいですね!」
「はい!いつもは数の制限を厳しくしてるんですけど、今日は昼に宴もありますしたくさん獲りますよ!!」
そう言いながらユラドは「ふ、少し暑いですね」と上着を脱ぎ、見事な筋肉を見せつけた。
パンドラズ・アクターはどことなく白い目で見ていたが、島までの距離が近付いてくると「む……」と真剣な声を漏らした。
「――気が付いたかい」
ツアーの低い声に、即座に頷く。
「えぇ。あなたはずっと前から?」
「いいや。つい先程だね。この距離になってようやく確信したよ」
「まぁ特筆するほどの強者、と言うわけではありませんしね」
パンドラズ・アクターとツアーは頷きあうと、向かう島をじっと見つめた。
「二人とも、どうかしたか?」
無造作に髪を結きながらウルボリが尋ねる。顎からもみあげまで合体している髭は昨日より整えられていた。
「いえ。それより、いつも狩猟はこちらに?」
「あぁそうさ。本島で弓を引いて、間違って誰かに当たりでもすりゃ一大事だからな。それに、鳥が暴れると危険だしな」
「なるほど」
「楽しみにしててくれよ。たくさん獲って満腹食わせてやるぞ!」
パンドラズ・アクターはそっと頭を下げた。
「私達からも船旅に持ってきていた食材をいくらか出させていただきます。宿に渡したものと同じにはなってしまいますが」
「あぁ!ブタだかウシとか言ったか?鳥でも鯨でもない肉がどんなもんか分かんねぇが、楽しみにしとくぜ!皆肉は大好きだからな!――っと、そろそろ着くぜ」
ザブン、と大きな波を一つ越えると、粗末な木のボートは陸に向かって大きく船首をあげ、浅瀬に辿り着いた。
ユラドを筆頭に、男達が軽やかに海に降りる。
「プラムさん、皆さんは陸につくまで乗っていてください!――さ、揺れるから掴まって!」
「っわわ」
波を蹴りわけながら、一気にボートが陸地まで引き上げられる。
パンドラズ・アクターは一番に降り、フラミーに手を差し出した。
「んさぁどうぞ!」
「ありがとうございます!」
手を取り、降り立った島は多くの部分が丘と草原で構成されている。遠目には切り立つ山があり、巨大な滝がもうもうと飛沫を上げていた。
人工物はと言うと、あちこちにあるテントの骨のような三角錐の形に留められて立つ丸太くらいだ。
フラミーの髪をさらりと風が撫でる。草原に群生する黄色い花達と水海月草達も柔らかく揺れた。
「いい島ですねぇ」
「ありがとうございます!っさぁ、見ていてください!この背中を!!」
「ムキムキですね〜!」
パチパチと拍手が響き、ユラドは愉悦に浸った顔をしていた。が、パンドラズ・アクターはやはり白い目をしていた。
男達はそれぞれ担いで来た弓の調整をしたり、
弓を構え、矢筒を背負い直す。
腰に下がるベルトバックにはメモと鉛筆、海月草から作られた治療用テープ、鋏、紐、麻袋、斧、ナイフ。
「危ないので、ここから見ていてください」
華麗なサムズアップを見せると、ユラドは途端に狩人の顔になった。
「全員。まずは一羽目を獲る。俺の班以外はここで待機しつつ、二羽目以降の鳥を選んでてくれ」
ウルボリが告げると、同じ船に乗っていた十名の男達は少し低い姿勢になり進みだした。他の船で来た男達は腕を組んだり、そこら辺に生えていた葉っぱを噛んだりしてその場に残った。
ユラドの真剣な眼差しはキツネやオオカミのようで、村の女が見れば黄色い歓声を上げたことだろう。
草原には白い羽の鳥達がまばらにうろついていて、飛んでいる者もいるが多くは座り込んでいたり、歩いたりしている。
草原に雲の影がいくつも泳いでいく中、陽の光が強く差した一瞬。
ウルボリがサッと手を上げ男達が弓を番える。
「大沖太夫!!お命頂戴!!」
パンっと張った筋肉と弦が躍動した。
ヒュンッと細い音がいくつも上がったのも束の間、鳥の肉に矢がドッと突き立った。
「ッガァアアアア!!」
座っていた時は小さく見えた鳥だったが、立ち上がり翼を広げるとその大きさがよくわかる。
体長はゆうに一メートル半を超え、広げられた翼は三メートル近い。
つまり、フラミーとほぼ同じ大きさだ。
巨鳥と呼ぶに相応しい鳥は数本程度の矢が刺さったところで倒れたりすることはなく、翼を振り乱しながら鳴き声を上げた。
「回り込め回り込め!!」
「そっち、強く引け!!」
何本かの矢には縄が付けられていて、縄を引くと鳥は血を流しながらよろめき草原に倒れた。男達から勝利を確信した雄叫びが上がる。
が、まだ絶命はしてない。
もがき、暴れ、必死に命を守ろうとする。
フラミーは野蛮な方法だなと思った。が、可哀想だとか、心を揺さぶられることはなかった。
「斧に持ち変えろ!!」
縄付きの矢を放たなかった者達は弓を襷掛けにして斧を手にした。
「気をつけろ!!」
「注意深く!!」
鳥は近付いてくる人間へ向けて思い切り鳴き叫び、水掻きのつくやわらかそうな足で渾身の一撃を繰り出す。
草原地帯の島のほのぼのとした雰囲気から一点、命を賭けた狩りだ。
遠目に見ていた鳥達は多くが飛び上がり、空をぐるぐると飛び回った。
まだ羽毛が黒く翼も小さい、飛ぶことも叶わないような雛達のそばにいる親鳥が「ガー!!」「ガー!!」と威嚇する。
「ユラド!!」
「へい!!」
一瞬の隙をついて、ユラドが嘴を押さえ込む。
四人ほどが空高く振り上げた斧を鳥の首目掛けて一斉に下ろした。
ガン!ガン!ガン!
野蛮だが、これこそが命を奪い、命を食らうと言うことなのだろう。
鳥は首を落とされてもなおバタバタと動き回り、しばしの時間を持って絶命した。
男達の咆哮が響き渡る。
「「「「うぉぉおおおおおお!!」」」」
「「「「ッセイ!ッセイ!ッセイ!ッセイ!」」」」
「「「「ッシャラアアアアア!!」」」」
男達は鳥を囲み、握り拳をガツンとぶつけ合った。
と、息つく間もなく巨鳥を担ぎ上げ、三角錐の形に立ててある丸太の下へ向かう。
鳥の足を頂点にきつく結び、頭の落とされた首を真下に向けて吊るした。その下には樽。
血がぼたぼたと落ちて血抜きが始まった。
「よし!!」
一息ついた様子にフラミーが近付こうとすると、男達は静かに膝をついた。
ウルボリは誰よりも一番深く頭を下げ、口を開いた。
「空よりいまし
「「「「来たり給え」」」」
静かに祈りが捧げられる。
皆が立ち上がり、「ふぅ……」と激闘の終わりに安堵の息を漏らした。肩の力を抜き、弓や斧を持っていた手の強張りを揉みほぐす。
ぱち、ぱち、ぱち、と一人分の拍手が響き、男達は照れ臭そうに笑った。
「皆さんすごいです!これだけ大きな鳥、よく仕留められましたね!」
フラミーが微笑むと、皆照れ臭そうに互いを見合い、背を叩き合ったり鼻の下を掻いたりした。魔物相手ではない、魔法も武技も使わない狩りは中々新鮮だった。
「まぁな!こいつはプラムちゃんの今日のランチだぜ」
「わ、ありがとうございます。もしかして、だからわざわざ大きいものを?」
すぐ近くにはもっと獲りやすそうな小さめの個体もいた。
「あぁ、いや。もちろんプラムちゃんには良いやつを食わせたいって思ってるけど、小さい奴らは獲ると鳥そのものの数が減るんだ。この島に子育てしに渡って来なくなるやつも出ちまうしな。だから、もう子供も作らなそうな老いて大きい奴を獲るのがルールなのさ。さて――お前ら!!島中に散って狩りの始まりだ!!」
男達の勇ましい返事が響き、班はいくつにも分かれて行動は開始された。
「プラムさん、どうでした?」
血を拭きながらユラドが近付いてくる。フラミーの顔には大満足と書いてあった。
「皆さん前衛で迫力ありました!それに、鳥の数が減りすぎないようにする配慮も感動しました!」
「ふふ、昔一度鳥が激減したことがありましてね。今では管理しながら獲ってるんですよ」
「素晴らしいですっ。中々思いつけることじゃないですよ」
すっかり気をよくしたユラドは、感心しつくして言葉も出ない様子の護衛二人にも颯爽と手を挙げ、「それじゃ、残りの仕事に行って来ます。見ててください」と去っていった。
フラミーは「行ってらっしゃーい」と手を振り、丘のようになる草原を見上げた。
大沖太夫と呼ばれた巨鳥たちは地面に直接巣を作るようだ。草原は一定の間隔で草が倒され、そこには鳥達が腰を下ろしている。
「本当、いい島です」
「はい。ただ、ここは島ではなく――」
パンドラズ・アクターが何かを言い出そうとしたとき、向こうから賑やかな声が聞こえてきた。
「プラムさーん!見てますかー!」
ユラドはいい汗を流しながら、巣に座る巨鳥の中から手を振った。鳥達は害されなければかなり大人しいらしく――と言うより、少し阿呆なのかむしろ興味津々と言った具合で仲間を殺した外敵であるはずの人間達の様子を伺っていた。
「はーい!見てますよー!!」
お互い手を振り合い、満足したユラドが再び顔を下げる。そして隙をついて卵を盗んで駆け出した。
「はは、おかしい」
フラミーは草の上にちょこりと座った。
沖の方にも鳥が浮いていて、時折思い出したかのように海に潜り、出てきたと思うと口にはイカやエビを咥えていた。
空には泳ぐ雲、光を反射する海、ぽつぽつと漂う鳥達。――時折鼻をつく血の匂い。
最高のピクニックだった。
フラミーはナザリックから大切に持ってきた缶を取り出した。
「ズアちゃんもツアーさんも座ってください!」
「はい!」
「僕は立ったままで構わないよ」
「そう?」
「ああ」
じゃあまぁいっか、とフラミーは缶をパカリと開けた。
中には色とりどりのクッキー。
ジャム、焼きメレンゲ、いちごクリームコーティング、フロランタン、アイスボックス、ピーカンナッツ、チョコチップ。
「食べて食べて〜!せっかくだから
フラミーは耳にかかる白い蕾をツンツン、と指差し照れくさそうに笑った。
耳の上のものは若干憎たらしいが、パンドラズ・アクターはすかさずカメラを取り出し、クッキーの詰められた缶の写真を撮った。
そして、ここにも写真を撮る者が一人。
「御身の寛大なお心に感謝いたします」
「この船旅でも、見事忠義を果たすことを誓います」
アインズは跪くデミウルゴスとアルベドに鷹揚に頷いて見せた。
「期待しているぞ。お前達が揃えば怖いものはない。――さぁ、まずはこれを」
見た者を凍り付かせるおぞましい骸骨の魔王は二枚の小さな手紙をそっと差し出した。
配下の悪魔達は恭しく手紙を受け取り、開く。
――デミウルゴスさんへ。頑張って今日も世界征服しましょうね!フラミー
――アルベドさんへ。私も負けないように頑張りますよー!フラミー
気の抜けた手紙を二人はそれはそれは大事にしまった。
デミウルゴスは弁当写真アルバムにこれもしまうことを決めた。
風が吹く。
アインズはぽんっと人の姿を取り戻した。
「じゃ、食うか」
「「はっ!!」」
狩人達であって、冒険者じゃないから武技も魔法も使わなくて当たり前に見えるんですねえ!
「き、キュウタ……!ほ、本当にいいのかい!?」
「い、いいよ。皆で食べてって、お母さまに持たされたしね」
昼休み、応接室で身を乗り出すエルミナスに、ナインズは若干引きながら頷いた。
蓋を外された美しい缶の中身に、ナインズの友人達は釘付けだった。
「キュータ君、私持って帰ってもいい?」
「あれ?オリビアはもうお腹いっぱい?」
「……ううん、光神陛下が手づからお作りになったものなんて、もう一生食べられないと思って……。ママとパパにも食べさせてあげたいの」
オリビアが祈るような姿でナインズを見上げる。
すると、一緒にいたイオリエル、アナ=マリア、イシューも頷きそれに続く。
「
そんな中、一郎太は一番にフロランタンを選んでポイと口に放り込んだ。
「んまいのに、家族にまで分けたりしたらなくなっちゃうぜ?」
「……そうですわ。そうですわよね。私はいただきますわ!」
レオネはショックを受ける父の目の前で一郎太と同じものを食べた。
「レ、レオネ!せめてちゃんと感謝をささげてから食べなさい!!」
食べさせてもらえないことが確定したレオネの父が絶叫する。
そんな中静かなのは男子達だ。
カインはそっと手を合わせて深く祈りを捧げた。
ロラン、チェーザレ、リュカもそれに続く。
なんと言っても、男子達は二度も第六階層に泊まったことがあるのだ。女子達よりはこう言うものに慣れている。
その後の彼らは、自宅で一枚を小さく割って両親と分け合って食べたり、親戚一同を呼び寄せて見せびらかしたり、スケッチしてからなんて悠長なことをしていたら横取りされてしまったり、カバンの中で少し割れてしまったりするが、それは全く別のお話。