眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試される十三英雄
#153 雲を掴むような話


 アインズは陸地に到着していた。

 アンデッドは極端に恐れられているため人の身だ。一方アルベドは羽を晒しているし、デミウルゴスも尾をぶら下げている。

 

 幽霊船は波の砕ける断崖に置き去りにして、三人は切り立つ崖を飛んで上陸した。

 

 降り立った場所は深い深い森だった。

 軽く霧も出ていて、先は容易には見通せそうにない。むせ返るような緑の濃さに、アインズは目眩を起こしそうだった。

 

「霧か……」

 独り言のように口にする。守護者二名からは特別な反応はない。こんな時、フラミーがいたら霧に共に感動してくれていただろうか。

「<転移門(ゲート)>」

 

 アインズが唱えると、中からはフラミーとパンドラズ・アクターが出て来た。

 

「えへへ、合流〜!」

 

 向こうの島で自分は神だと偉そうにして来たが、神様扱いは疲れるのでフラミーは早々に引き上げていた。

 

「フラミーさん、早速一つ島を手に入れるなんてすごいじゃないですか!」

「ふふふ。中々いい旅でしたよぉ」

「くそー、俺はまだやっと陸に着いたところだっていうのに」

 アインズが悔しそうに言うと、パンドラズ・アクターがその背に「ぐぬぬ」と書かれた看板をさっと出した。姿は忍者のままだった。

「……パンドラズ・アクターよ、やめなさい」

「は。必要かと思いまして」

「必要ない……。で、フラミーさん。競争はやめですか?」

「なんだかすっかり満足しちゃって。それより、二人でまた冒険しましょうよ!やっぱり何見ても一緒に見たかったなって思っちゃうんです」

 

 フラミーのキラキラした瞳にウッ、とアインズは胸を押さえた。

 

「っ……一緒に行きましょう。歩きながら向こうがどんなだったのか聞かせてください。こっちはずっと海でしたよ。流石に力の隠蔽をしてない守護者二人と俺が乗ってるんじゃ、魔物たちも力量差が分かるのか寄ってこないし」

「もしかしてちょっと暇でした?」

「でしたね〜。まぁ、いい環境で執務したりして気分転換にはもってこいでしたけどね」

「はは。ツアーさんもずっと暇そうでしたよぉ」

「あ、そう言えばツアーはどうしたんですか?」

「一度帰って、ダイさんの国の方の被害状況とかを確認するとかなんとか言ってました」

「あ〜。なんか怒ってたもんなぁ」

「ね〜」

 

 一行はフラミーの大きな亀の話を聞きながら、ますます深い森へと入って行った。

「それでね。最初についた島も大昔はどうやら亀だったみたいなんですよぉ」

「そんなでかい亀がいるんですねぇ」

「ツアーさんが知ってる生き物で良かったです!」

 フラミーの話が一通り終わると、前方で蔦を薙ぎ払っていたアルベドが振り返った。

「アインズ様、フラミー様の見事な島民懐柔の話もお聞きできたことですし、あとは飛んで森を越えられてはいかがでしょうか?」

「む、お前も草を払って大変だったな。しかし……」

 

 アインズはせっかくフラミーと冒険というシチュエーションなのに、一っ飛びで行ってしまうのもなぁと思った。とは言え、周りは鬱蒼としていて、大変歩きにくい。

 こんな時、山歩きに長けるアウラがいたらもう少しましな感じに歩けただろうが、旅の途中で守護者の変更はできない。

 チェンジされた者の精神的ショックが大きすぎる為だ。

 

「どうします?最終的な道はツアーさんを呼べばいくらでも分かりますけど……」

「ですねぇ。うーん、いわばゴールは見えてるからな……」

 それこそ、少数民族が森の中にいるかもしれないし、地道に歩くのもやはり悪くはない気がした。

「――アインズさん、歩いていきましょうよ!霧も出てて、いい感じですし!」

 フラミーの鶴の一声にアインズは即座に頷いた。

「アルベド、やはりこのまま歩いて行こうと思う。足でしか手に入らない情報というものもある。あぁ、お前が許してくれるのなら、だが」

「ゆ、許すも何も!御方々が望まれるのであれば、そうするのみでございます」

「悪いな」

「とんでもありません!」

 アルベドは深々と頭を下げ、目の前の草をせっせと刈った。

 

「うーん、タブラさんに怒られそうな光景だなぁ」

「ははは。こんな感じかな?――モモンガさん、私は草刈りのためにアルベドにバルディッシュを持たせたんじゃないんですよ?でも……これも意外にありですね。――なんちゃって〜」

「うわ〜。言いそう!あの人ギャップ萌えだからな」

 

 二人が楽しく笑い合っていると、ふとパンドラズ・アクターが手を上げた。

「止まってください」

 アルベドのバルディッシュはその言葉と共に、ほんの一瞬のぶれもなくぴたりと止まった。

「なんだ?どうかしたか?」

 パンドラズ・アクターは今も弍式炎雷の姿を模している。その探索能力は折り紙つきだ。

 

「この先に誰かいるようです。二名程……何かを話しているようです。脅威はありません」

 

 アインズとフラミーは目を見合わせ、二人の前にスッとデミウルゴスが一歩出た。

 

「私が様子を見て参りましょう。御方々が言葉を交わすに足る存在なのか、もしくは我が国の者であるか」

「ふむ、冒険者という可能性もゼロではないからな。くれぐれも友好的に頼む」

「かしこまりました。我が国の者でなければ――フラミー様のように見事懐柔してみせます」

 跪拝し、この森の中では場違いに感じるスーツ姿でデミウルゴスは森を進んで行った。

 

「――だめそうだなぁ」

「――今日のところは諦めるか」

 

 その先には、大きな背負子を背負う男が二人いた。足は泥だらけで清潔な雰囲気ではなかった。種族は人間ではない。

 山小人(ドワーフ)ほどずんぐりむっくりではないが、背は同じくらい低い。一瞬人間の子供かと錯覚するが、物言いが成人している雰囲気だ。

 地べたに座り込み、その手には瓢箪。酒でも入っているのか、こんな場所で花見でもしているような雰囲気だった。

 

「ほーう?こんな森の中で珍しいな」

 男達はデミウルゴスに気が付いていた。赤いスーツはあまりにも目立つ。

 

「どうも。あなた達はこの近くの方ですか?」

「いいや。旅をして来たんだ。ほとんど知らない土地だよ」

「珍しいなぁ。あんた、妖精の類かい?それともその耳……森妖精(エルフ)……でもなさそうだな?尻尾がある」

「えぇ。私は妖精でも森妖精(エルフ)でもありません。あなた方は?人間の子供ではなさそうですね」

「あぁ、俺たちは小人間(ハーフマン)だよ。人間や森妖精(エルフ)の半分くらいの背丈にしかならないから、たまに森妖精(エルフ)とかに会うと人の子に間違われる。でももう四十歳を越えてる」

「そうでしたか。それで、その小人間(ハーフマン)の皆さんは移動の合間の休憩……という感じでしょうか?」

「ふ、これが休憩に見えんのかい」

 どう見ても休憩にしか見えなかった。

「――違うので?」

「これよ。これ」

 

 そう言って男は背負子をおろし、蓋を開けてみせた。中身は空っぽだった。

 

「――行商の帰りでしょうか?」

「ははは。兄ちゃん、そんないい格好してもしかして遭難かい?これを見てピンとこないっちゅーことは、この辺のもんじゃねぇな」

「はははは。俺たちはな、雲を探してんだ」

「……雲、ですか?」

 

 デミウルゴスが怪訝そうな顔をして空を見上げる。雲はいくらでも浮いていた。

「あぁ。雲と、それから霧の話。聞きたいかい?」

 妙に含みのある言い方だった。先ほどからアインズ達も霧について随分気にしていた。何か重要な情報があるように感じたデミウルゴスは、自分のみではなくアインズにも聞いてもらった方がいいような気がした。

 主人は盤上全てを読み、最短最善の手で全てを操る力がある。デミウルゴスでは遠く及ばない。

「……ぜひ。ですが、まずは私の主人を呼んでも?」

「構わないぜ。そっちはたくさんいるみたいだな」

「あんた、そんななりで主人がいるんだなぁ。あんたが主人かと思うくらい上等な服だ」

「我が主が持たせてくれた至高の服ですので。――アインズ様、フラミー様。どうぞ」

 

 デミウルゴスから会話に加わることを勧められ、アインズとフラミーは喜んでその輪に入った。

 

「やぁ、こりゃ驚いた。あんたら、王様かなんかかい?」

 小人間(ハーフマン)が言う。アルベドは当然と言う様子で口を開いた。

「地位に気がつけたと言うのに、頭が高いわ。まずは頭を下げ、口を開く許可を得てから――」

「アルベド、構わん。我々が話を聞かせてもらうのだ。この土地の情報はまだ何もない」

「は。出過ぎた真似を」

 アルベドはツアーが洗いざらい喋れば楽なのに、と思ったが、あの竜のことなので必要最小限の情報しか教えるはずがないと言うことも同時に理解していた。ゆえに、それ以上の口は挟まなかった。

 

「悪かったな。さぁ、その雲の話というのを聞かせてほしい」

 

 小人間(ハーフマン)はどちらが話すかを視線で確認し合ってから口を開いた。

 

「あぁ。――いや、王様なんですよね。この辺の森は昔っからよく霧が立つんだそうで。今日も割と霧が出てるでしょう。まぁ、そんなことはよくある話なんだが……乳を垂らしたように先も見えなくなるほどに濃い霧が立つ日には、決まってその霧が一つにまとまって、雲になるらしい」

「む、それなら私も知っているかもしれんな」

 と言うのも、この世界で霧が大量に発生するというのはアンデッドの影響が大きい。そして、それは雲のように一つにまとまってあたりに影響を及ぼすこともある。その霧の発生を待つと言うことは、この二人は神官なのかもしれない。

 アインズが思考していると、もう一人は唇を舐めてから続けた。

「ふふ、王様は流石に知ってましたか。じゃあ、そっちのお付きの君。なんで王様がここに来たのか俺たちが教えてやろう」

「……はい?」

 デミウルゴスは何故こんな初対面の下賤な生き物がアインズの考えを知っているのかと視線を鋭くした。

「よく聞いておけよ。面白いのはここからだからな。その雲は捕まえることができるそうだ。しかも、その雲を食べた者は――不老不死になる」

 

 アルベドとデミウルゴスが目を見合わせる。

 少なくとも、神聖魔導国国内では聞かない話だ。

 だが、それが至高の存在達の徒歩の目的だとすれば――。

 

 アルベドとデミウルゴスはアインズに深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。アインズ様。そうとは知らず」

「アインズ様もフラミー様も、霧を気にされていたというのに……」

 アインズは空を見上げ、フラミーはそんなアインズを横目で確認した。

 それはどこか物悲しいような横顔で、守護者二名は恥いった。

「それで……お前達は不老不死の雲を捕まえようと言うのか」

 アインズの言に、二人が頷く。

 

「えぇ、そうなんですよ。なんせ、向こうにある小人間(ハーフマン)の里には不老不死が何人もいるんでね」

「だから俺たちも遠方からわざわざここまで出向いて来たって言うわけです」

 それが真実だとしたら、守護者達の視線は置いておいて、アインズとフラミーはなんとしてもそれを手に入れなければならない。

 そして、発生源を突き止める必要がある。

 ここの土地がそうさせるのか、誰かが生み出しているのか、何が要因で発生するのか。

 若返りの魔法は手に入れているが、守護者や子供達にかけたことはなく、どれほど巻き戻ってしまうのかやってみなくては分からないと言うのが非常にネックだ。

 リスクなく行える方法があるのであれば、飛びつかない手はない。

 

「ふふ、その顔。王様、一層不老不死の雲が欲しくなりましたかい」

「あぁ。私たちも同行しても?」

「構わないですが……現れたら、まずは俺たちがいただいても?」

 

 そんなことを言うと、またデミウルゴスとアルベドが怒るのでは――と思ったが、二人は涼しい顔で微笑んでいた。

 

 その表情の理由は「見つけ次第殺してしまえばい良い。わざわざ言い争う必要はない」だ。

「もちろん、お前達の都合のいいようにやってもらって構わない。――さて、自己紹介がまだだったな。私は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が王、アインズ・ウール・ゴウンである。そして、こちらは私の妻で、女神であるフラミーさんだ」

「よろしくお願いしますね」

「それから、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターだ」

 三人はそれぞれ微笑んで見せたり、頭を下げたりした。

「ん。俺はマチ。こっちは弟のナオです。女神ってのはよくわかんない役職けど、ともかく王様やお妃様と話すなんて生まれて初めてだから……不手際があったらすんません」

 マチは居住まいを正し、ナオも軽く頭を下げた。

「私は狭量ではないつもりだ。お前達のその言葉だけで十分全てを許す準備がある。畏まらず普通に過ごしてくれ」

 

「ありがとうございます。それじゃあ早速雲探しに――と行きたい所だが、今日は一度近くの里に戻ろうと思ってたところだったんです。夕暮れが訪れればすぐに夜が来る。夜の森は危ない」

「この辺は狼人(ライカンスロープ)の集落も近い。夜にはもう火すら焚けない。奴等は夜行性だから、すぐに見つけられちまう。里はこっちです」

 

 マチとナオが歩き出そうとすると、デミウルゴスがその背に尋ねた。

 

「その里は、不老不死の者がいるという?」

 二人は同時に頷いた。

「そうだ。お付きも実際に不老不死の連中の話を聞くと面白いかもな」

 

 一行はぞろぞろと森を進んだ。

 細い川を一跨ぎにし、苔生す道を行く。進めば進むほど、未開だった森は歩きやすくなっていった。

 アルベドが「さすがは……こんな……」と一人ぶつぶつ唱えるのを聞き流しながら、アインズは小人間(ハーフマン)の兄弟に尋ねた。

「お前達は兄弟で不老不死を目指しているのか?」

「いえ……。実は、うちの親父が里長なんだが……どうも病にかかったらしいんですよ……。俺たちの里は親父が生きてるうちは守ろうって言う約束があるんです。親父がいなくなれば、それだけで里はバラバラになっちまう……」

「ふーむ。それで雲を取りに来たわけか。しかし、バラバラになるとは?」

「あぁ……。俺たちの里にはどでかい滝があるんだが、新しく田を何枚か作って、その滝から水を引きたい連中と、ご先祖さん達が引いておいてくれた、昔からある田の水が減っちまうことを危惧する連中がいるんだ。どっちの言い分も正しい。結論は出ないまま、現里長が生きてるうちは手をつけないようにしようって……」

「本当なら俺たちだって新しい田は欲しい……。子が増えてきたから、食うもんが足りなくなりそうなんだ。でも、もしやってみて水が足りずにどちらの田も弱れば、皆子供達に食わせる明日のおまんまだってなくなっちまう。そうなりゃ、他の里で物乞いをするしかない……」

「……なるほど。苦労しているな」

「いや、はは。苦労してんのは親父と若い連中だけでさぁ」

「田を持ってなくて、子供がいるような――そう、俺らより若い連中は割を食ってるからな……」

 

 世間話をしながら、一行は里の入り口までたどり着いた。日は傾き始めたばかりで、まだまだ明るい時間だ。

 里は木の杭でぐるりと囲まれていて、イカダのように巨大な門で閉ざされていた。

「おー?同胞やー!人間と何を連れてんだー!」

 門の横にある物見櫓から小人間(ハーフマン)が叫ぶと、マチが叫び返した。

「遭難した人間の王様と、王様を祝福する女神のお妃様と、その護衛の人らだー!何も危ないことはない!入れてくれー!」

 櫓の上にもう一人小人間(ハーフマン)が現れ、二人で何かを話したのち、門は動き出した。

「開くから下がれー!!」

 ゴゴゴ……と重そうな門が口を開いていく。

 中がすっかり見えると、人間の里よりわずかに背の低い建物たちが並んでいた。

 

「ひゃ〜。こりゃ、王様と王妃様ってのも分かる」

 中にいた小人間(ハーフマン)があんぐりと口をあけてアインズとフラミーを見た。

「こんにちは。少しお邪魔しますね」

 一行は中に入ると、軽く小人間(ハーフマン)たちに囲まれた。

 

「お邪魔ってこたないが……そんな上等な服を着てるもんなんかこの里にゃいねぇ。つまり、あんたらに合うような宿もねぇ。それでも大丈夫か……?」

「構わない。世話になるのはこちらだ。どこでも良い、泊まれる場所を紹介してくれるかな」

 小人間(ハーフマン)がゴソゴソと話し合いをする中、マチとナオがアインズ達を見上げた。

「王様、俺たちは向こうに宿を取ってるんです。でも、そっちの奴が言ったように王様達をお誘いできるような宿じゃないから……良ければ明日またここに集合ってことで、もう飯を食いに行っても良いですかい?」

「あぁ、気にせず行ってくれ。私達は不老不死になった者とも話をしようと思っている」

「わかりました。じゃあ、また明日日の出前にここで」

「日の出と共に霧は出やすいんで、なるべく早く出ましょう」

「承知した。今日はよく休め」

 大きな背負子を持った兄弟は去っていった。

 

 すると、様子を見ていた若そうな小人間(ハーフマン)がそっと手を上げた。

「あのー、不老不死者と話したいなら、うちのトラ吉じいちゃんがそうです。あと、うちは宿屋をやってます」

 渡りに船だ。

 アルベドは優しい笑顔を作った。

「では、案内していただけますか?」

「はい。こっちです」

 指をさしながらてってけ早足で歩いていく。人間の幼稚園児程度のサイズしかないため、とても幼く見えた。

「君は何歳くらいなんだ?」

「ん?僕は今年二十歳になります。どうしてですか?」

「いや、人間の感覚で言うと、幼そうに見えたものでな。他意はない」

「ははは、森妖精(エルフ)にもよく言われます。僕たちから見れば、人間や森妖精(エルフ)は巨人ですよ。まぁ、本物の巨人(ジャイアント)は見たことないんですけどね。それにしても、皆さん羽や尾があってすごいですね。強そうで憧れちゃいますよ」

 青年はハハハと軽く笑い、周りの家よりも何倍も大きさがある建物の前で止まった。

 あたりは二階建てが多いが、この建物は四階建てだ。木造でよくこれだけのものを、とアインズは感心した。

「あんまり他種族が来ることはないんで狭いかもしれないですけど」

 

 青年が通してくれた室内は、入ってすぐに食堂と受付があるオーソドックスな宿だった。が、受付は今は無人だ。

 天井が低く、アインズは頭がスレスレだった。

 スレスレなりにきちんと身だしなみを整え、胸を張って歩く。

 アインズがこの長い月日の中で考えた、最も王に相応しい態度だ。香水がわりに黒の後光とオーラを軽く発揮しておく。

 わざわざ侮られないようにしたのは、彼の祖父だという不老不死の人物が、どれほどの年月を重ねてきたか想像がつかなかったからだ。老齢の者はそれだけで勘も鋭く、知識も豊富だ。ハリボテの王様と思われないよう、細心の注意を払う。

 

 青年は真っ直ぐ食堂を抜け、キッチンの中へ声をかけた。

「父さーん、お客だよー」

 そして、姿も見せずに声が返ってきた。

「おー?コスケー、お前から少し経たなきゃ仕込みが終わらないって言っといてくれー。――あ、オトキ!もっと薄く切ってくれ!」

「父さん、泊まり!泊まりのお客だよ!」

「おっと、そりゃお待たせして。予約がなかったから油断した」

 

 キッチンの向こうからガタガタと音が立つ。

 民泊って良いなぁなどと考えるアインズの隣で、フラミーも身だしなみを整えた。

「次は神様じゃなくて、王妃様って感じだから……」

 と、ぶつぶつ言いながら羽を数度振り綺麗にたたみ直し、極力羽が小さく見えるようにしていた。杖の竜の落とし子が前を向くように持ち直し、引きずる長い裾を軽く蹴って整える。

 すぐさまパンドラズ・アクターがすぐそばにしゃがみ、その裾をなでてさらに形を整えた。

「あ、すみません」

「いえ!カライ島ではできませんでしたので!」

 何もかもが勢いだったカライ島では、手の届かないところでフラミーが天使の形態に戻ったり、島民に取り囲まれたり、その前はただの旅人ということで大したこともできず、パンドラズ・アクターは鬱憤が溜まっていた。

 ついでに羽までごちゃごちゃと触って整えていく。アインズは違いがほとんどわからなかった。

 そんなことをしていると、厨房から顔を出した旦那は口をまん丸に開いてから、数度目を擦った。

 

「お待たせいたし、ま?え?お客様ですか?」

 

 と聞きながら、すぐそばまで駆け寄った。

 宮廷の作法としては、王は下々の者と最初から直接口をきいたりはしないものだ。その作法に何度となく助けられてきた。

 今回もデミウルゴスが前へ一歩進み、頷いた。

「一宿頼みます。部屋は一番良いものを。数は四つ。こちらは神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が王、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下と、神聖フラミー魔導王妃陛下です。くれぐれも丁重に」

 アインズは練習を積んだ王に相応しい堂々とした態度で付け足した。

「よしなに頼む」

「お、お、王様なんて!うちはしがない宿屋で、陛下のような上等な方をもてなせるようなものは何も!!もう少し良いところをご案内いたしましょうか!?」

 その反応は当たり前のような気がした。アインズ達は実際に宿泊しないので宿を吟味することもないが、普通王ともなればよほど良い宿を探すに違いない。

「いえ、御方々はこちらが良いそうです。何より、こちらにいるという不老不死の者に会いたいと」

「あ、あぁ〜なるほど。なるほどなるほど。トラ吉じいさんに会いにきなすったんですね。それでしたら、お部屋にご案内した後呼びます。今は竹林へ筍狩りに出てますんで」

 宿屋の旦那はエプロンで手を拭き、受付へそろ〜りと恐々移動してから記帳した。

「え、えーと……。神聖……アインズ・ウール……ゴウン……様と……フラミー様……ご一行……と……」

 アインズは一度サッと言われただけで、よくあの長い名前を覚えたなと感心した。リアルの頃のことは徐々に忘れ始めている事もあるが、それでも客商売の大変さはよくわかる。鈴木などは一度聞いても「もう一度よろしいですか」とよく聞き直したものだ。なので、これだけでもこの宿の主人には好感を抱いた。

 が、その様子に、横からアルベドがそっと口を出した。極めて優しく。

「御方々の名を口にすることはなりません。記帳する事は構いませんが、呼ぶ際には神王陛下と光神陛下とお呼びください」

「あ、あぁ。すみません。なんせしがない宿屋なもんで、そういうことに疎くて。お、お恥ずかしい」

 旦那は世間知らずで申し訳ないと焦って数度頭を下げた。

「――じゃあ、神王陛下と光神陛下。こちらへお乗りください」

 階段横にある扉をガラリと開く。中にはレバーがあり、全員が乗り込むとぐるぐるとレバーを回した。

「せまくてすみません」

「いや。気にしないでくれ。それより、これはエレベーターか?」

「えぇ。森妖精(エルフ)の人らに教えてもらいましてね。まぁ、森妖精(エルフ)は魔法でエレベーターを作ってますが、これはカラクリです」

「……ほう。カラクリとは。さぞ大変だっただろう」

 アインズとフラミーはちらりと視線を交錯させた。

「いやいや。この里には不老不死のじいさまやばあさまが沢山いますから。こういうアイデアは出やすいんです。若い頃は目の上のたんこぶだって思いましたがね。長生きの人がたくさんいるってのはありがたい話です」

 

 レバーをせっせと回し、ガチャン、ガチャン、と数階上がるとようやくそこでエレベーターは止まった。

「ふぅ、お待たせいたしました」

 宿屋の主人の後に続いて廊下を進む。宿屋の主人はアインズ達が泊まる四部屋の扉を開けた。

 部屋はどれも似ていて、ベッドが二台ある一部屋と、後はベッドが一台の三部屋だ。眺めは程々によく、里を囲む杭の先に、心をざわつかせる様な緑の森が広がっているのが見てとれた。

「ご苦労。良い部屋じゃないか」

「いえ……陛下方には申し訳なく思います」と言いつつ、主人は実に言いにくそうにアインズを見上げた。「――あの、お支払いはどのように……。いえ、何かしらでお支払いいただけるとは分かっているのですが、いかんせん初めて聞く国名でして……」

 当然の疑問だろう。アインズはちらりとパンドラズ・アクターを見た。

「――ご安心ください。我が国の通貨はもちろんのこと、そちらの望む報酬をお出しいたします。食品、道具、魔道具、金、宝石、細工物。何がよろしいでしょう」

「た、助かります。そうしましたら……どうしようかな……」

 宿屋の主人はアインズ達の身なりをみて、ごくりと喉を鳴らした。上目遣いにパンドラズ・アクターの様子を伺いながら口を開く。

「さ、細工物でもよろしいでしょうか……?もちろん一宿と二食分と、明日の昼の弁当分ですので、こちらの感覚では銀板二枚なので、それに見合う程度で構いません。ですが、異国情緒と言いますか……ともかく、皆様素晴らしいものをお持ちなので」

 食事もしていくことが決定しているのかと思うが、里の外から来ている以上その対応も当然かもしれない。

 主人はごそごそとポケットをまさぐり、アイスの棒のような銀色の板を取り出した。

 

 パンドラズ・アクターはそれを受け取ると、フラミーへ振り返った。

「フラミー様、一度変身を解いてもよろしいでしょうか」

「えぇ。構わないですよ。お願いします」

 変身を命じたフラミーへの確認を欠かさず行ってから、パンドラズ・アクターは黄色い卵姿へ戻った。

「うわぁ……」

 それは廊下から聞こえた。そこにいたのは、ここまで連れてきてくれた青年だった。

 主人は「コスケ!お客様の部屋を覗く奴があるか」と言い、しっしと手を払った。

 

 気を取り直し、パンドラズ・アクターは銀板を受け取って鑑定を行った。

「――これ二枚分ですね。ん父上、少しばかり心付けをしても?」

「当然だ。飛び込みなうえ、話も聞かせてもらうのだ」

「は。では、良いものをとって参ります」

「行け。<転移門(ゲート)>」

 黒円が現れると、今度は主人と覗き見をしていた青年――コスケと二人で「うわぁ!?」と声を上げた。

 パンドラズ・アクターはすたすたとナザリックへ帰り、すぐさま戻った。

「最近ザイトルクワエ州で売られ始めた香炉です。父上、こちらの品でいかがでしょうか」

 アインズは受け取りもせずに軽くそれを確認して頷いた。

 香炉を見た感想はこうだ。

 

 良し悪しがよくわからない。

 

「――本来でしたら過ぎた品ですが、こちらの香炉を」

 宿屋の主人はごくりと生唾を飲み込んでそれを受け取った。壺には雲や鳥が彫られ、蓋の取っ手は眠る獅子が象られている。

 主人が蓋の獅子に触れようとすると、グルルルル、と喉を鳴らして蓋の上に座り直した。ふんっ、と鼻息を出し、獅子は再び目を閉じた。

「こ、こりゃ……魔法の調度品……!?過ぎた品にしても、すぎ過ぎてます!!」

 本国においても超一級品だ。神都中を探しても、これほどのものを持っている者はそうそういない。

 ウール換算するならば五百六十万ウールと言ったところか。

 ザイトルクワエ州では近頃、地の小人精霊(ノーム)魔現人(マーギロス)がこういう珍品を作っているらしい。

「ですが、身分を明かしたち――神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が直々に下賜する物ですのであまり半端なものはお渡しできません」

「そ、そういうものですか……?」

「えぇ。御身は王という身分を持たれておりますが、その実創造神でいらっしゃるのでこのくら――」

「ンンッ。パンドラズ・アクターよ、そのくらいにしておけ」

「は」

 パンドラズ・アクターはここからが良いところなのに、とどことなくムクれて――顔は変わらないが――後方に着き直した。

「で、できる以上のおもてなしをさせていただきます。お食事も。あ、それにトラ吉じいさんのこともすぐに呼んで参りますので、陛下方はどうぞお寛ぎください。後ほど部屋に飾る花もご用意いたしますので!」

 主人は香炉を大切そうに胸に抱いて深々と頭を下げた。

「――お前も」と、コスケの頭をギュッと押し付け、二人は静かに外に出た。

 

「よいしょ」

 フラミーがベッドに腰掛けると、同時に、『急げー!!トラ吉じいさん呼んでこい!!』と大声が扉の外から響き、二人分の足音がドタドタと響いた。

 デミウルゴスは眉間を抑え、アルベドは呆れたようにため息をついた。




なんか素敵な香炉ですね〜〜。いいな〜〜。
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