眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#155 望まぬ望み

  ツアーは銀色の鎧の背に籠の背負子をおぶって歩く。

 里がどこにあるかはまるで分からない。

 

「……仕方がないか」

 

 約束は約束だ。

 祈ってきたのか、ツアーの後をリクが小走りでやってきた。

「諦めがついたかい」

「……うん、まぁ」

 リクは目を逸らした。どうも諦めがついたようではない。

 流石に遺体すら持って帰らないと言うのは、人間種には酷に聞こえただろうか。

 ツアーはいくらか悩んでから言葉を紡いだ。

「あれだけの出血だ。あそこで熊の死骸と共に倒れていれば、何かしらの野獣に食べられてアンデッド化することもないと思うよ。僕たちができることはしてやっているんだ。そう落ち込むことはない」

「……ありがとう」

 リクが頷く。これ以上の言葉をツアーは知らない。

(脆弱な精神だ……。気を付けなければリクもどうなるか分からない……)

 この男くらい鎧のままでも十分に倒せるが、ツアーはそうならないことを祈った。

 

 彼はツアーの友だった。

 

「リク、人里を探すから少しこれを持っていてくれるかな」

 ツアーは頷くリクに籠を渡し、そっと地面に手をついた。

 竜の身の瞳を閉じる。

 

 草のざわめき。

 通り過ぎる鹿の足音。

 蝶の羽ばたき。

 流れる雲と、照りつける太陽。

 身を寄せ合う鳥。

 

 竜の繊細な感覚を、始原の魔法によって鎧に全て乗せる。

 

 景色は広がる。

 ツアーは多くの足音が集合する場所を感じた。

 

「――こっちかな」

 

 リクから籠を受け取り、ツアーは歩き出した。持たせておきたいが、ツアーからは信じられないほどに彼は体力がない。力もない。

「す、すごいなぁ。いつもツアーはどう言う魔法を使ってるの?」

「……さてね。僕は生まれついて感覚が敏感なんだよ」

「そうかぁ……。もしかして生まれ持った異能(タレント)……?インベルンちゃんみたいな……」

「それは違うと言っておくよ」

「ん……」

 二人はもくもくと歩いた。

 リクはチラチラとツアーを見ては振り返った。

 

「後からあの男が来ることを期待しているのかい」

「え、あ。い、いや。そう言うわけじゃ」

 ツアーは嘘の匂いを感じた。リクは完全にあの男が後を追ってくることを期待している。

「……期待してもあの男が来ることはない。あれは致命傷だった」

 リクは押し黙り、何も言わなかった。

 二人はその後ずいぶん歩いた。

 そして、獣道が道に変わり、夕暮れが訪れる頃にようやく里を見つけた。

「ここがあの男の里だと良いけどね」

「……ダメで元々だよ。行ってみよう」

 どんどん近づいて行くと、井戸に水を汲みにきていた女が二人に気がついた。

 

「あれぇ。人間かい?珍しいねぇ」

「……はい。実は、森の中で男の人が倒れているのを見まして……これを届けにきました」

 リクが言うと、ツアーは背負子を見せた。

 

「若い男だったよ。一昨日子供が生まれたと言っていた。心当たりはあるかな」

「一昨日子供が……」女はつぶやくとハッとし、屋根の上から様子を伺っていた男を呼んだ。「――あ、あんた!!あんた!!さねの所の旦那!!昨日の土砂降りから帰ってないって言ってたね!?」

 

 ハシゴを使って屋根から男が降りてくる。男は屋根を直しているところだったのか、口には釘、手には槌が握られていた。

 男は駆け寄りツアーとリクを見た。

「あ、あんたらさねの旦那――トラ吉にあったんか!」

「名は知らない。だけど、一昨日子供が生まれたとだけ聞いたよ」

「トラ吉に違いねぇ!それで、それでトラ吉は!」

「熊に襲われて、瀕死の傷を受けていた。僕たちでは治せなかった」

 ツアーが事実だけを申し述べると、男と女は悲痛な顔をして拳を握りしめた。

「……そうか……。いや、とにかくさねの下へ案内しよう。こっちだ。ついて来てくれ」

 

 ツアーはもう籠を渡して仲間達と合流したかったが、リクは断る気など毛頭ないようで、男の後を追った。

「……やれやれ」

 

 見窄らしい家の前に着く。いや、どの家も見窄らしいので、この家だけが特筆するほどに見窄らしいわけではないが。

 

「さね!おさね!!誰かいるか!!」

 

 男がドンドンドン、と戸を叩くと、すぐに引き戸が開けられた。

「トラ吉が戻ったかい!!」

 出て来たのはある程度老いた女だった。

「あぁ、いとさん!この人らが、その……トラ吉の……その……」

 男は言い淀み、悩んだ末にそっと道を開けた。

 ツアーがものを言うよりも早く、リクが口を開いた。

 

「……ここより南西に数キロ行った先で……一昨日赤ん坊が生まれたと言う男性に会いました」

「そ、そうかい!それで、トラ吉はどうしたんだい!全くさねさんに心配ばっかりかけよって」

 部屋の奥から赤ん坊の泣き声が聞こえる。リクは帽子を脱ぐと、ギュッと目を閉じた。

「……トラ吉さんは……熊に襲われていました……。それで、僕たちはこれを預かって……」

 老婆は目を見開き、傷ついた籠を震える手で受け取った。

 

「そ、そんな……この肩ベルトは……わしが縫ったもんで違いない……。じゃあ……トラ吉は……倅は……」

 リクは帽子を握りしめて俯いたまま何も言わなかった。代わりにツアーが口を開いた。

「腹と背が裂かれる深い傷を負っていた。見つけた時にはもう目も見えていないほどだった。僕たちは回復魔法を持っていないから、治してやることはできなかった。男を襲っていた熊はこの者が葬ったが、男は熊の血をずいぶん浴びてしまっていた。熊は子持ちのようだったから、里に子熊が降りてこないように遺体は持ち帰らなかったよ。子熊が来なくても、あれだけの出血を滴らせて帰って来て、人里まで肉食の獣が付いてくることは避けたかった」

 これ以上の余計なトラブルは御免だ。

 

 ドサりと玄関の向こうで音がする。

 赤ん坊を抱えた女がへたり込んでいた。

「そん……な……トラ吉……」

「あの……トラ吉さんは、すごくお子さんのことを思っていたようでした……」

 赤ん坊を抱えた女は一言も返さなかった。

 そして、赤ん坊が泣き出しても女は動かなかった。

「……それじゃあ、僕たちはこれで」

 赤ん坊の泣き声に耐えかねたのか、リクが頭を下げて立ち去ろうとする。ツアーもすぐに踵を返した。

 そして老婆が我に帰った。

「――あ、た、旅のお方達。待ちなされ」

 二人が足を止めると、老婆は山菜やキノコがいっぱいに入った籠を手に、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「……息子の最後を報せてくれて助かったよ……。礼を言わせてほしい、ありがとう……」

「そんな……僕たちは何も……」

「何もしてないこたぁない……。生きてると思って帰りを待つ辛さは想像を絶する……。可哀想な寂しい最期だったかもしれんが、それでもあの子の最期を知ることができて良かった……。うるさい所だけれど、良かったら食事でもしていかれよ……」

 リクは悩んだようだったが、被りを振った。

「いえ……仲間達が待っているんで、僕たちはもう行きます」

 こんな時、断るような彼だっただろうか。

 ツアーは少しの違和感を覚えたが、深入りすれば傷が増えるだけかとその背を押した。

「行こう」

「うん」

 二人歩き出そうとすると、老婆は慌ててリクの手を取った。

「ま、待っとくれ。せめて、せめて旅の道中で食べられるもんを受け取ってはくれんか!」

「……それなら……」

 リクが頷くと、老婆は一生懸命に食うものを集め、リクに渡してくれた。

 その間も、母親に抱かれた赤ん坊は泣き続けていた。

 

+

 

 ツアーは小人間(ハーフマン)の男を見下ろした。

「……確かに間違いないようだね」

 アインズに呼ばれて来たところは、二百年前に訪れたところで間違いなかった。この先の国も、その頃に身分を手に入れた。アインズは着実にあの国に近付いているようだ。

 

「やはりな。では、リクと言うのは十三英雄のうちの誰かか」

 アインズの問いにツアーは頷いた。

「あぁ。リーダーのことだね。まさかあの時、そんな事をしていたとは思いもしなかったよ」

 ツアーの声にはどこか怒りが滲んでいた。

 世界の守護者を前に、よくもぬけぬけとユグドラシルの異物を渡したものだ。そう思っているのかもしれない。

 もしくは、そうする事を相談して欲しかったと思っているのか。

 

 トラ吉はツアーを見上げて震えながら近付いた。

「そ、その声……間違いない……!あんたが……あんたがあの時わしを助けてくれた……」

「厳密には僕は助けていないけれどね。結果的に君は生きていたけれど、僕は死体も打ち捨てていったはずだったから」

 そばにいるコスケと宿屋の主人はツアーをじっと見つめていた。

「……あの時の連れの人間は、まだ生きているのかい……?」

 ツアーは残念そうに首を振った。

「彼はもうこの世にはいない。若くしてこの世を去ってしまった」

 アインズはその話を、昔海上都市のル・リエーに行く時に聞かされた事を思い出した。当時、復活を拒否した話を聞いて理解不能だった。――もちろん、今でも理解不能だ。

「……そんな……」

 トラ吉が放心すると、宿屋の主人とコスケがその背を撫でた。

 そして、トラ吉は二人の手をそっと放させた。

 

「……ヨイチ、コスケ。二人は少し、席を外しちゃくれんかね」

 二人は目を見合わせたが、積もる話もあるだろうとすぐに頷いた。

「わかった。終わったらまた呼んでくれ。陛下方も、トラ吉じいさんの悲願を叶えてくれてありがとうございます。それでは、失礼いたします」

 宿屋の主人とコスケが出て行くと、トラ吉はツアーの足元に頭を擦り付けた。

 

「ど、どうか……どうか旅の人……。わしを、わしを元の体に戻してください……!」

 ツアーはそれを見下ろし、珍しく鎧の姿でため息を吐いた。実際に息を吐いたのは竜の身だっただろうが、鎧から声として漏れるほどだった。

「はぁ……。僕は不死の呪いを解く術を持たない。君たちのような短い寿命を持つ生き物にとって、二百年余りの時は地獄のようだっただろう」

「……数えきれない子供達を看取って来ました……。生まれてくる子供達を抱きしめることは確かに幸せです……。ですが、いつかその子供達すらわしを置いて行ってしまう……。わしは……わしは……」

 トラ吉はツアーの足元に頭を擦り付けたまま啜り泣いた。

 

 その姿を見たアインズはやはり先ほどの別れの痛みも治まると言うのは子供達を前にした方便だったかと遠い目をした。

 

「さねよぉ……あつよぉ……。みちぃ……かんたぁ……。かえ……ひろ……むつ……よき……そうきち……ささめ……すぐる……りょうき……とえ……いろ……こち……みち……」

 トラ吉はいつまでもいつまでも子供達の名前を呼んだ。

 

 そして、涙も枯れると、その視線はするりと動き――ツアーの腰へ向かって手を伸ばした。

 スルリと音を立てて剣が抜かれる。小さな体で剣を振りかぶり、キンッと音を立て、剣の切っ先はツアーの人差し指に止められた。

「何の真似かな」

「許せねぇ…‥許せねぇ……!俺は確かにあの時助かりたかった……!!だけど、生き物をやめるつもりなんかなかったんだ!!俺たち生き物は、限りある命だから今を懸命に生きられたんだ……!!誰かと共に生き、誰かと共に老い、朽ちる……!それだけが望みなのに……こんなの……こんなのぉ……!!」

「……ただただ哀れに思うよ。僕は君のような歪みを産まないためにも尽力して来た。だけど、あの日確かに僕は不注意だった。彼の様子がいつもと違う事を理解していながら、それが脆弱な精神故だと切り捨ててしまった。悪かったね」

 ツアーの謝罪は対して心がこもったものには聞こえなかった。

 トラ吉は剣を落とし、わんわん泣いた。

 がらんがらんがらん、と剣が音を立てる。ツアーはそれをそっと拾い、トラ吉の首筋に当てた。

 

「今ここで君の命を奪おうか」

 トラ吉はぐしぐしと目元を拭いながら首を振った。

「それはできねぇ……。子供達に子供達を任されたのに、自害なんて……!残った子供達も、自分を責めるに違いねぇ……!俺は老衰か、病死したいだけなんだ……!」

「……不幸なことだ」

「他の雲を食べた連中はまだ若い……。俺の域まで来てしまったやつはまだいない……。中には、足を滑らせて死んじまったやつもいるが……。あぁ……ただ老いたいだけなのに……!!全部があの日の状態に、目にも止まらない速さで戻っていくんだ……!この先も、何人も子供を看取って、新しい伴侶も持てず、そうやって俺はたった一人生き続けるっきゃない……!俺は子供達や友人、仲間に残されていく先のことを思うと、気が狂いそうになる!!」

「置いていかれるというのがどれだけ痛みを伴う事か、僕も理解しているつもりだよ。置いていかれた事で狂った者たちを幾度となく見て来た。――ユグドラシルの力というのは、そういうものだ。望んでだろうと、望まずであろうと、その力に触れればこの世界の均衡からは外れる。君はもう、激しい痛みを伴う死か、永遠の生か、どちらかを選ぶしかない。どうにもならない」

 

 ツアーは事実しか言わなかった。

 トラ吉はますます泣いた。

 

「トラ吉よ。お前の命は私へ預けられたはずだ。お前は首を刎ねられることは望んでいないようだが、それにしても勝手にツアーに命を差し出すような真似は困る」

 アインズが告げると、肩を落としたトラ吉は鼻を啜って頷いた。

「はい……陛下……」

「お前には、明日もう一度雲を食べた場所を探してもらう。いいな」

「……でも、一度も見つからなくて……」

「ツアーもいれば見つかるだろう。お前に断る権利はない。明日夜明け前に出発する。今日はもう休め」

「……はい」

 

 トラ吉は背を向けると、とぼとぼと扉へ向かった。

 そして、扉を開けると、「わ!トラ吉じいさんずいぶん泣いたんだな!?」と亭主の声がした。

 トラ吉の目はそれほどまでに腫れて赤くなっていたから。

「あぁ……感動しちまったよ。二百年ぶりに会えたんだからな……。あの日の礼もようやく言えた。本当に良かったよ」

 トラ吉は爽やかに笑って扉を閉めた。これが年の功なのかもしれない。

 

「やれやれ。参ったね」ツアーは鎧の腕を組んでから続けた。「それで、アインズ。君は明日何をどうしようって言うんだい」

「感謝しろ。私達はリクのやったことの尻拭いをしてやろうと思っているんだ」

「つまり、リクがあの日置いていったと思われるものを探す。そう言うことかい」

 アインズは頷き、自らの手の平を見つめた。

「……私も置いていかれる事への恐怖が常に付き纏っている。アルメリアは種族から考えて、ある程度のところに達したらそれ以上は老いることも死ぬこともないだろう。だが、ナインズは私たちを置いて先にここを離れてしまうかもしれない。その時、私はおそらく耐えられない」

「そうだろうね……」

「ユグドラシルのアイテムでそれが叶うなら何よりだ。不確かな始原の魔法よりも安心して使うことができる。だから、明日私達はリクの置き土産を探しに行こうと思う。手伝ってくれるな」

「……僕の蒔いた種でもある。もちろん一緒に行くよ」

 

 ツアーはこの世界に散らばると思われるユグドラシルのアイテムたちのことを思うと気が遠くなるようだった。




あぁあ。十三英雄やっちゃった。あーぁあ。

次回#156 お気遣いなく
明日でっせぇ!!毎日更新なんて懐かしいなあ!!
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