眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#157 狼人

 森の中。

 斜めに切り立つ大岩の下、トラ吉は全てを懐かしむように座り込んだ。

「この岩……。ここで間違いない……」

 訪れたことによって、それまで見つけられなかった理由がはっきりと分かった。

 豪雨によって付近で土砂崩れでもあったのか、水の流れが変わっていたようだ。大岩のすぐそばには緑の沼が生まれていた。

 沼一つで森の印象は大きく変わる。森の景色は果てしなくどこまでも似ていて、大まかな印象が変化すれば認識することは困難になる。

「……懐かしいな……」

 トラ吉は辛そうに唇を噛んだ。

 日はまだ暮れていないが、後一時間もすれば夕暮れが訪れるような時間だ。丸一日かかった訳だが、よく辿り着けたものだ。

 全てはツアーが当時見た木々の影の向き――つまり日の光から推測した位置によって可能になったことだ。信じられない記憶力。

 トラ吉は長寿の種は森妖精(エルフ)しか会ったことがないが、確かに彼らも成長がゆっくりな為昔のことをよく覚えている。故の技術と知識の蓄積だ。

 

 一行は姿形もわからないアイテムを捜索した。

 こちらの草をかき分け、あちらの岩の影を見る。

 魔法の痕跡を調べても反応はない。

 朝はほんのりと立ちこめていた霧も、今は晴れていた。

 

「だめですね」

 アインズが肩をすくめる。

 フラミーは苦笑した。

「やっぱりありませんね。プランB、やりましょうか」

「そうしましょう。それじゃ」とアインズは半人間(ハーフマン)三名を手招いた。

 沢の水を飲んで休憩し始めていた兄弟は後一滴を飲み干し、トラ吉は自分が倒れていたであろう所を感慨深げに眺めてから、ようやく三人が集まった。

「はい、王様」

「神王陛下、どうかなさいまして」

「中々霧に会えませんねえ」

 各々がバラバラと返事をする。こう言う気兼ねのない感じは中々に悪くない。

「あぁ。お前達、もうじき夕暮れが来る。その前に、お前達を転移魔法で先に里へ戻してやろうと思う」

 ここから里までは丸一日かかった。

 三人はアインズがアルベドを送り帰したことも見ているし、もうアインズ達が転移魔法を使えると理解しているので帰り道を心配している様子はまったくなかった。

「ありがとうございます。神王陛下」

「……王様達はどうするんで?」

 懐疑的な視線だ。なぜ一緒に帰らないのかと。

「私達はもう少しだけ調べ物をしてから戻るつもりだ。無論、すぐに宿に戻る。トラ吉、向こうのことを頼む」

「分かりました!ディナーは任せておいてくだされ!」

 アインズが転移門(ゲート)を開くと、中年兄弟は若干後ろ髪を引かれる様子で帰っていった。

 

「……マチとナオ、あいつら俺たちが雲を見つけて独り占めしようとしてると思ってるな」

 アインズはやれやれ、とため息を吐いた。

「ははは。最初に雲を見つけたら自分たちがもらうって言ってましたしね」

「ですよねぇ。そんなことしないってのに」多分。

「さて、デミウルゴス、パンドラズ・アクター。お前達もこちらへ来てくれ」

 手招かれると、パンドラズ・アクター、デミウルゴス両名は即座に探索を中断して集合し、膝をついた。

「は。只今」

「お待たせいたしました」

 一秒も待っていない。先ほどの三人の集合の遅さとは比べ物にならない。守護者達は相変わらずストイックすぎた。

「……うむ。えー、プランBは分かっているな?」

「もちろんでございます。フラミー様、並びにウルベルト・アレイン・オードル様に変身したパンドラズ・アクターと共にライトフィンガード・デーモンを召喚。殺生を禁じた後、マジックアイテムの捜索へ放ちます」

「その通りだ。マジックアイテムを見つけた者は即座に里へ戻るようにも伝えろ。それでは各員行動を開始せよ」

「「は!」」

「はーい」

 フラミーも返事をすると、アインズは慌てて頭を下げた。パンドラズ・アクターとデミウルゴスに言ったつもりがフラミーにまで指示をしたみたいになってしまった。

「すみません、フラミーさん。よろしくお願いします」

「いえいえ!腕がなりますね〜」

 

 その隣で、パンドラズ・アクターは実に懐かしい山羊の姿へと変わっていた。

 美しい毛並み、長いまつ毛、闇を切り裂く黄金の瞳。

 

 アインズもフラミーも、その姿に胸をどきりと打たれた。無論、デミウルゴスも。

 

「ウルベルトさん……」

「師匠……」

「ウルベルト様……」

 

 パンドラズ・アクターは頭を下げたのち、こほんと咳を吐いた。

 そして――「お前ら皆なんちゅー顔してんだか……。ほら、しけた面してないで。やるんでしょ。悪魔召喚」

 それを聞いた瞬間デミウルゴスは喉の奥にグッと熱いものが込み上げたのを感じた。

 ウルベルトは腕をグイングインと大きく回した。

「ウルベルトさぁーん!」

 フラミーがばふんっともそもその胸に飛び込むと、パンドラズ・オードルは背をぽんぽん、と叩いた。

「――と、演じてみました。皆様が少しでも、懐かしく幸福なお気持ちになれたのでしたら、このパンドラズ・アクター、何よりも嬉しく思います」

 ウルベルトの顔でパンドラズ・アクターが微笑むと、フラミーは涙ぐんだ顔で何度も頷いた。

「はひ、はひ!すごかったです!!なんだか、また会えたみたいな気分になりました!!」

「……完璧じゃないか」

 アインズも懐かしい友の声と仕草に目元を払った。

 パンドラズ・アクターがくるくると手を回して頭を下げる。

 全く何もわからなかったのはツアーだけだった。

 

「……ちなみに聞いておくけど、悪魔達は消えると思っていいんだね?」

 ツアーは空気が読めなかった。

「あぁ、消える。安心しろ」

 

 そんはぶっきらぼうなやりとりを行うと、フラミーは杖を掲げ、デミウルゴスは両手を広げ、パンドラズ・オードルは眼前を指差し――

 

「「「深遠の下位軍勢の召喚(サモン・アビサル・レッサーアーミー)」」」

 

 三人の声が重なる。

 

 ギャギャギャギャギャギャギャ!

 

 黒い穴から、愉快そうに笑うライトフィンガード・デーモンが大量に出てくる。

 皆悪魔の王(サタン)のフラミーへ軽く頭を下げてから、それぞれが自分達の召喚主の前に並んだ。

 

「皆さん!今日はアイテム探しですよ!不老不死の霧と雲を発生させる物を探しています!でも、姿形がわからないんで、マジックアイテムだと思ったらとりあえず持ってきてください!」

 悪魔達はフラミーの言葉におとなしくギャーイ!と従った。

「あ、そうそう。殺生は禁止なんで、気をつけてくださいね!草木を手折ることもいけません!」

 本来ならこうして命令を口にする必要はそうない。

 精神の奥深くで繋がりがあるので、そこの糸である程度の意思は伝えられるのだ。

 

 宝を盗む性質を持つ悪魔達は意気揚々と出発していった。

 

「これでよしっと」

 

 一行は里に戻った。

 戻った先では、まだトラ吉達が井戸端会議をしていた。

 

+

 

 深い深い森の奥。

 迷わずにここまで辿り着き、無事に帰れる者がどれほどいるだろう。

 特に――この種族の者達に囲まれて。

 

「……異変か?」

 

 月明かりの如き美しい銀色の毛。闇を見通す金色の瞳。肉や骨を噛み砕く鋭い牙。

 狼人(ライカンスロープ)――。

 旧西方三大国にもいたワーウルフの近縁種だ。ワーウルフより、一層原始的な種族とも言う。

 彼らは本来この森で暮らしてきた種族ではなかった。百年ほど前はもっと北にある山の麓で集落を持っていたが、当時見たこともない巨大な毒花が原因の病で多くの同胞が倒れた。あちらこちらで一斉に花は咲き、一気に狼人(ライカンスロープ)たちは倒れた。全てを刈ることもできず、こちらの森へ移り住んできた。

 この森に名前はない。もちろん、かつての森にも名前はない。森は誰のものでもないから。

 

 そんな狼人(ライカンスロープ)の長、クルト=ドレヴァンは辺りの匂いを嗅いだ。

 全く嗅いだことのない匂いが遠くから漂ってくる気がする。

 まだ「気がする」程度の感覚だが、ドレヴァンは嫌な予感に襲われていた。

「……小人間(ハーフマン)達が何かしようとでも言うのか?」

 この森には先住民がいた。

 移住してきた当初は無防備な小人間(ハーフマン)を攫って食べたりもしていたが、今では攫うことすら難しくなっている。

 夜行性の狼人(ライカンスロープ)達の生きる時間にうろつく小人間(ハーフマン)の数が極めて少ないと言うことと、もし夜間にうろつく者がいたとしても、皆装備を整え、戦闘体制でいるためだ。

 毎日の食事には命をかけて肉の少ない小人間(ハーフマン)を狩って食べるよりも、鹿を獲ったりヌークを獲ったりする方がよほど建設的だ。ちなみに、ヌークというのは魔獣だ。雄であれば三・五メートル、体重千二百キロほどにもなる長い毛に覆われた四足の草食獣で、僅かな苔だけで生きている。この森は苔もとても多い為、ヌークも多い。

 だが、老人や大人はたまに「お腹いっぱい小人間(ハーフマン)を食べたいなぁ」なんて昔を懐かしんだりもする。

 若者では食べたこともない者も多い高級食品になっている。

 昔はなんと言っても攫い放題だったのだ。無防備で、馬鹿で、ほいほい付いてくる。夜に里に行けばそっと攫って帰れたくらいだ。

 

 ドレヴァンは赤く陽に照らされる家の外へ出た。

 寝起きの目に夕暮れは眩しすぎる。

 うっ、と声をあげて手で日光を防いだ。ドレヴァンの目は他の狼人(ライカンスロープ)たちとは違い、金色の右目と、空色の左目だ。

 目が慣れると「ほう」と息を吐いて手を下ろした。

 出てきたドレヴァンの家は――いや、狼人(ライカンスロープ)達の家は巨木に直接穴を開け、中身をくり抜いて作られている。戸はなく、鹿の皮をつなぎ合わせた布を入り口にかけている。

 くり抜かれた木は当然立ち枯れていて、ほとんどの木は三メートル程度のところから折れて無くなっている。

 屋根はあるが、もはや苔むしすぎて後からかけたものなのか、木の残った部分なのかどうかは判別できない。

 

 向かいの家から仲間が一人出てくる。見た目はドレヴァンより年をとっている。一部毛が薄くなりかけているところもあるほどだ。

 彼はドレヴァンと同じく左右で色の違う瞳をしていた。

「――ドレヴァン、いい夜だな」

「バチェ=サイオーバ。いい夜だな」

「この匂い、一体なんなんだ?」

 サイオーバが言う。ドレヴァンは首を振った。

「わからん。生まれて初めての匂いだ」

「……小人間(ハーフマン)が何か企んでるんだろうか」

 サイオーバはドレヴァンと同じ事を思ったようだ。

 

 と言うのも、この集落には小人間(ハーフマン)が一人だけいる。

 最初は越してきたばかりの狼人(ライカンスロープ)達が食料にするために捕えた小人間(ハーフマン)だった。

 

 だが、その小人間(ハーフマン)の女は食べられなかった。

 女はこう言ったのだ。

 

『私のおじいちゃんは不老不死なんだから!私を食べたりしたら、絶対におじいちゃんが許さないんだから!!』

 

 これは百年も前の話だ。

 今を生きる若者達の祖父母の頃の話だ。

 

+

 

「私のおじいちゃんは不老不死なんだから!私を食べたりしたら、絶対におじいちゃんが許さないんだから!!」

 小人間(ハーフマン)がそう言うと、狼人(ライカンスロープ)たちは目を見合わせて大声で笑った。

「うっひゃっひゃっひゃっ!!」

「ひー!ひー!言うに事欠いて、不老不死とはなぁ!!」

「そのじいさんに、命乞いの仕方を教わった方が良かったんじゃねぇかぁー!?」

 腹を抱えて笑っていると、小人間(ハーフマン)はキツく結んだ唇を振るわせ、また叫んだ。

 

「ほ、本当だもん!!今すぐはあんた達の存在に気づかなくても、不老不死のおじいちゃんが、いつか小人間(ハーフマン)皆をまとめて、大好きな私を攫ったあんた達を殺しにくるんだから!!」

 

 小人間(ハーフマン)が言い終わると同時に、狼人(ライカンスロープ)の握り拳がその顔を襲った。

 痛みから発せられる絶叫は実に良い。

 拷問などは趣味ではないが、狼人(ライカンスロープ)達に獲物を捕えたという満足感を与えてくれる。

 

 この森は以前住んでいた北の森より肉食の者が多くなく、獲物も豊富だ。

 巨大毒花から逃れるためにこちらへ来たが、もっと早く移住してきていれば良かった。

 特に大した労力もなく小人間(ハーフマン)を獲れるのだ。ヌークのような大きすぎる獲物を大勢で切り分けて持って帰ってくる必要も、走り回って獲物を追い詰める必要も、命懸けで飛び掛かる必要もない。

「さて、そろそろ料理だ」

「何が良いかねぇ」

「何にしても魔法詠唱者(マジックキャスター)の人呼ばなきゃね」

 女が嬉しそうに小人間(ハーフマン)を引きずって大きな切り株の上に乗せた。まな板も用意してある。

 小人間(ハーフマン)の鼻からは大量の鼻血が出ていて、痛みを和らげるため必死に鼻を押さえていた。

 今日は決めていた人数の小人間(ハーフマン)が集まったので、集落の皆で寄り集まって料理と、保存食の配布だ。

 集落は一つで、皆で家族だ。

 狼はそもそも犬属の中で最も狩猟を協力して行う生き物で、社会性も高い。狼人(ライカンスロープ)も例に漏れず、皆で狩りをして、時には獲物を分け合う。

 

「丸焼きにするか、せっかくだからこれは少し炙って調理しながら皆で食べる刺身にするか、煮物にするか……」

 料理担当が手元のカゴに掛けてある革をサッと退ける。

 そこには、小人間(ハーフマン)の足首と手が大量に入れられていた。<乾燥(ドライ)>で干して、軽く割いて骨を抜き取ってある。

 今まな板に乗せた小人間(ハーフマン)は顔を真っ青にした。

「筋はじっくり煮込まなきゃな!」

「ははは。筋煮込みは子供達が待ちきれなそうだ」

 狼人(ライカンスロープ)の子供達は今か今かとご馳走の時を待っていた。

「ふむ。そしたら、この子供の小人間(ハーフマン)は炙って刺身にしよう!」

 狼人(ライカンスロープ)の子供達は「いえーい!」と両手を掲げて喜んだ。

 

「い、嫌だ……。嫌だ、嫌だ嫌だ!!おじいちゃん!!トラ吉おじいちゃん!!」

 小人間(ハーフマン)がまた叫ぶと、狼人(ライカンスロープ)の子供達は無邪気に「いやだいやだ、おじいちゃん!」と真似をして笑った。

 

「脳みそはスープにしようじゃないか!さあ、そろそろ檻の分も出してきてくれるかい!」

 寸胴を手にした女が言うと、男達は食料を入れている木の家の中へ入り、えっちらおっちら檻を抱えて出てきた。

 足首から先と、手首から先がない小人間(ハーフマン)が檻に一つづつに入れられていた。

 止血はされているようで、足首と手首は硬く結ばれ、その先はどす黒くなった布が当てられている。

 魔法で干すのだから、一見先に足首と手首を落としておく必要はないように思われるが、魔法詠唱者(マジックキャスター)達も魔力が無限にあるわけではないので捕まえてきては足首手首を落とし、先に干し肉にするのだ。

 割と骨ばった生き物なので、干さないまま筋を茹でると骨が多くて食べ辛い。だが、一手間かけ先に干してやると、手で肉を軽く割いて中から骨をつるんっと出すことができる。そして骨は脳みそのスープの出汁を取る。

 この森で暮らし始めて、小人間(ハーフマン)を色々な料理にしてきたが、これが一番無駄のない食べ方だ。

 真四角の檻の中は小人間(ハーフマン)達が膝を抱えて、首を膝に乗せる形で綺麗に詰め込まれている。全員が裸なので、さながら胎児だ。

 

 ふと、檻から出された一人が今日捕まえてきたばかりの小人間(ハーフマン)をみた。夜なので、小人間(ハーフマン)はよく目が見えていないのか極限まで目を細めていた。

「……ナツ?おナツじゃないか……?」

 ぐったりしていると思ったが、まだ言葉を発する元気があったとは嬉しい限りだ。

 筋や骨ばった部位以外はやはり新しく元気なうちに食べるのが一番!

 狼人(ライカンスロープ)の料理人達は巨大な包丁をサッシュサッシュと研ぎながら笑い合った。

 これから一人づつ逆さに釣って、動脈を切って血を全て抜いて、血は綺麗に洗った腸に詰めてブラッドソーセージにする。脂肪も入れるので、脂肪のよりわけもあるし、腸の洗浄もあるし、血と脂肪を詰めた腸を茹でる必要があるし、屠殺したばかりの肉の料理もある。最後はハエが湧かないように骨を焼いて、砕いて、粘土と混ぜて、成形して、超高温で焼いて白い美しい器にする。

 ――わざとハエが沸くようにする者も一人は必要だが。集落の真ん中に置いてウジを大量に沸かせ、やりたいものが好きにウジを掬って沢へ行き釣りをする。

 と、血を捨てないための生活の知恵だが、食事を作るのは一大事業となる。

 皆で汗水垂らしながら、刺身をつまみに解体や洗浄、料理をする。

 

 素晴らしい時間だ。

 

 檻から小人間(ハーフマン)を取り出し、一箇所に集めていく。放り投げたりはしない。骨が折れたり砕けたりすると骨を取る時に手数が増える。

 そっと一人づつ置いていく。

 皆啜り泣いていて、なんとも良い雰囲気だった。

 

「……隣のカケおじさん?」

 まな板の上で、包丁が研ぎ終わるのを待っている小人間(ハーフマン)が言う。

 先ほどの思ったより元気だった小人間(ハーフマン)が手のない腕を伸ばした。

「あぁ……!やっぱり、やっぱりおナツじゃないか!!」

 何故か瞳をキラキラさせていて実にイキがいい。

「カケおじさん!カケおじさん!!」

「ト、トラ吉じいさんはおナツちゃんがここに連れてこられてることは分かってるかな!?」

「し、知らない!知らないと思う!!でも、必ず気付いてくれると思う!」

「あ、あぁ!あぁ!そうだ!トラ吉じいさんはなんて言ったって村の頭脳だ!!地獄帰りの不老不死は伊達じゃない!!」

 

 包丁を研いでいた狼人(ライカンスロープ)達は手を止めた。

 小人間(ハーフマン)達の迫真の会話に興味が湧いたのだ。

「……また不老不死って言ってるよ?」

「言ってるねぇ?」

 包丁係は目を見合わせた。

 よくわからないことは本人に聞くのが一番だ。

 まな板の上の小人間(ハーフマン)の髪の毛を掴み、ちっこい顔をこちらへ向けた。

「ひ、ひぃいい!」

「ねぇねぇ、そのトラ吉じいさんって本当の本当に不老不死なの?」

 まな板の小人間(ハーフマン)より先に、手足のない小人間(ハーフマン)が「そうだ!!トラ吉さんが蓄えて来た百何十年の知恵を甘く見るなよ!!」と答える。

「皆に伝えた方がいいかね?」

「じゃあ、私伝えてこようかな」

 包丁を持ったまま次々と檻から小人間(ハーフマン)を取り出す男達の下へ行く。

「あのさ、トラ吉じいさんってどうやら本当に不老不死らしいよ。どうする?」

 男達は一瞬ぽかんとした。

 あれほど賑やかだったお料理会はしん……と静寂に満たされた。

 それを破ったのは、小人間(ハーフマン)達だ。

 

「本当だ!!」「トラ吉じいさんは俺たちのひいひいじいさんの時代から生きてる!!」「その知恵で森妖精(エルフ)とだって渡り合ってるんだ!!」「小人間(ハーフマン)をこんなにして、トラ吉じいさんが黙ってないぞ!!」

 

 狼人(ライカンスロープ)達は皆「わ〜」と嬉しそうな声を上げた。

 手足が落ちている分、体力も相当減っているだろうに小人間(ごはんたち)のイキがとても良い。

 小人間(ハーフマン)達はもう手がないので今日まで生かす食事はドロドロにした虫や小人間(ハーフマン)の内臓、(ヒエ)をすりつぶしたものを細長いオケに入れて、各々顔を突っ込んで飲むようにさせていたので、少し痩せて来てしまっている者もいた。

 だが、これだけ元気なら期待できる。脂肪もあまり多すぎてはソーセージの食味が悪くなるので実に良い頃合いだ。

 

 食欲に囚われかけた者と、不老不死の話に集中した者と、集落は二分した。

 そして、不老不死の話に着目できた冷静な狼人(ライカンスロープ)が一人の小人間(ハーフマン)の腕を掴んで持ち上げた。

 痛そうな声を上げられると、「獲ってやったぜ!」と言う気持ちが盛り上がってしまう。

 が、今は抑える。

 周りの小人間(ハーフマン)は途端に静まり返った。

「答えるのは一人で十分だ。小人間(ハーフマン)からはたまに不老不死が生まれるのか?」

「い、痛……!ち、違う……!トラ吉じいさんは、霧が集まって雲になったのを食った日から老いなくなったと言っていた……!」

「ふーん?変な話だなぁ。どこでも聞いたことがない」冷静な狼人(ライカンスロープ)は自分から最も離れたところにいる仲間に声をかけた。「おい!!聞こえたか!!」

 一番遠くにいる者は「いや!?なんだって!?」と大声を返した。

「そっちの小人間(ハーフマン)にも話を聞いてくれ!!」

「あ?ああ!まかせろ!!」

 そして、適当な小人間(ハーフマン)から話を聞き出すと、「不老不死の雲を食ったらしい!!霧が雲になるってよ!!」とまた大声が返った。

 証言が一致する。

 

「ふーむ、俺たちは夜霧を毎晩見ている。だが、雲になる霧は見たことがない。本当の話なのか?」

「ほ、本当だ……!ついこの間、里のカツ太も霧が雲になるのを見て食った……!」

「そいつも不老不死?」

「……わからない。まだ時間が多くは経過していない……。だが、カツ太は確かに雲を食べている……!その証拠に、カツ太の傷の治りの速さは尋常じゃなくなった……!トラ吉じいさんと同じようにだ!きっといつかカツ太も小人間(ハーフマン)の頭脳となり、盾となる!!」

 小人間(ハーフマン)達は皆大きく頷き、狼人(ライカンスロープ)を睨みつけた。

「なるほど。二人も霧が雲に変わったのを食べて不老不死になったか。夜霧では難しいんだろうか?昼間の霧を確かめたいが……俺たちも毎日のように昼間起きていればガタが来る……。いつでも出るものってわけじゃないんだろ?」

 冷静な狼人(ライカンスロープ)は「うーん……」と唸った。そして、妙案を思いついた。

 

「皆!小人間(ハーフマン)を一人生かしておいてみないか!日中に霧が出たとき、雲になるか監視させるんだ!!」

 

 皆「いいよ〜」「一人減っちゃうけど?」「ははは〜誰かの分がなくなるぞ」「えー?皆で少しづつ量減らそうよぉ」「その分はまた今夜一人攫ってくればいいさ」と実に気楽だ。

 晩御飯の肉が一切れなくなるだけで、不老不死の不思議な雲を見つけられるかもしれない。なら、それでいい。

 狼人(ライカンスロープ)は仲良し集団だ。

 

「じゃあ、誰を食べないことにするか」

 

 その言葉は小人間(ハーフマン)達に混乱を呼んだ。

 

 子供がいると訴える者、明日結婚すると訴える者、身籠っていると訴える者、まだ成人もしていないと訴える者、ばあさんに別れを言えていないという者、自分は手足が無くても目がいいと言う者、霧が出る条件を教えると言う者。

 

 情に訴えようとしてくるが、正直別の種族で、尚且つ食糧の言うことなど全く響かなかった。

 小人間(ハーフマン)狼人(ライカンスロープ)を非情だと言うかもしれないが、狼人(ライカンスロープ)からすれば、小人間(ハーフマン)のように家畜として生き物を飼い、生活を共にし自分に懐いた生き物をその手で殺すことの方がよほど非情に思える。

 つまるところ、種族と生活、文化の違いだ。

 狼人(ライカンスロープ)は別に情のない生き物ではない。

 

 冷静な狼人(ライカンスロープ)は「うーん……」とフランクな雰囲気で悩み、「やっぱり、そうだよな」と一人を指さした。

 

「お前にする。確か、ナツと言ったな」

 

 鼻血まみれのナツは歓喜の表情を浮かべた。

 

 他の小人間(ハーフマン)達は、同族が一人助けられると言うのに、口々に嘆き、自分を選んでくれと言った。

 

 狼人(ライカンスロープ)なら、手足のまだある若い者を選んでもらったら礼を言うくらいなのに。

 冷静な狼人(ライカンスロープ)――クルト=ドレヴァンは眉を顰めた。




トラ吉の玄孫……!!攫われたと思ったらこんなところにいたんか!
狼人(ライカンスロープ)、仲良し集団な上に食欲に支配されがち!


次回#157 悪魔の襲来

嫌な予感しかしない。明日です!
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