眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

373 / 426
#158 悪魔の襲来

 狼人(ライカンスロープ)のクルト=ドレヴァンはバチェ=サイオーバと共に村のまだ寝ている連中を起こしに行った。

 嗅いだことのない奇妙な、それも厭な臭いがすると。

 皆飛び上がるように起きた。

 

「そ、それでドレヴァン老。何が起こるってんですか?」

 若い者が尋ねる。

「何が起こるかは流石の俺にも分からない」

「ドレヴァン老に分からないことなんてあるんで?」

「ははははは。あれから八十年。今でも分からないことだらけさ」

 

 ドレヴァンの親兄弟たちは寿命でとうに死んだ。

 

 この男、不老不死である。

 

+

 

 ドレヴァンは小人間(ハーフマン)を生かそうと言った言い出しっぺとして、その日も一日の終わりに小人間(ハーフマン)のナツに食事を持っていった。

 

 あれから実に十年の時が流れていた。

 ナツはこれで十五か十七か、とにかく大きくなった。

 

 最初の頃は獲れやすかった小人間(ハーフマン)を食わせていたが、小人間(ハーフマン)を取ることも難しくなって、近頃は鹿や雉、兎を食わせている。

 

 その日は濃霧だった。

 

 集落の真ん中に大きな檻が置かれている。

 ある程度の広さがなければストレスが溜まるだろうという気遣いだ。狭苦しく感じないように、視界も開けている場所だ。

 ナツは檻の中は自由に移動できるが、ほとんど檻の中の布団の中に潜って暮らしているようだ。

 狼人(ライカンスロープ)小人間(ハーフマン)の生活時間は丸っとずれているので、夜明けがくる眠い時間にドレヴァンはナツに一日分の食事を持って行っている。

 山盛りの食事だ。

 ナツが起きている時間、狼人(ライカンスロープ)は誰も起きていないので、プライバシーを心配する必要もない。

 

「おい、ナツ。食事を持って来たぞ」

 ナツは大きすぎるクマを目の下に蓄え、起き上がった。

 黙って頭を下げて受け取る。

「足りなかったら言うといい。それじゃ、日中の霧を見張るの、頼んだぞ」

「…………………………はい」

 掠れた声だ。こんな声だったろうか?

 狼人(ライカンスロープ)達は皆寝ているナツしか知らないが、長い付き合いなので皆可愛いペットだと思っている。

 もはやナツを食べようと思っている者はいない。ペットで鳥を飼っても鳥肉を食べるように、他の小人間(ハーフマン)達のことは食べるが。

 やはり、飼っている生き物を食べる種族は野蛮だ。情がうつらないなんて、情がない。

 

「じゃあ、これは片付けておくから。おやすみ」

 ナツの糞尿が入れられているバケツを手に、ドレヴァンは檻を去ろうとナツに背を向けた。

 遠くで朝日を知らせる鳥が鳴く声がした。

 その時、「あ……」とナツが声を上げた。

 ドレヴァンは何事かとナツに振り返り、何かを見ていることに気がつく。

 ナツの視線の先を追うと――

 

「――く、雲だ」

 

 濃霧はもやもやと一箇所に集まりはじめているところだった。

「雲だ!!」

 いつまでも外で過ごしている者達もまだいるので、ドレヴァンの大声によって存在に気付いた何人かがそれを目撃した。

 ドレヴァンと、目撃者達は雲をどうするべきか分からず立ちすくんだ。

 この集落で最も聡く、強く、人望のある狼人(ライカンスロープ)が雲を食べるべきなのは間違いない。

 

 ドレヴァンは戦士階級なので、魔法は使えないし、あちらで雲を見ている者達も魔法は使えない。

 もし魔法詠唱者(マジックキャスター)が起きて待っていたなら、狼人(ライカンスロープ)魔法詠唱者(マジックキャスター)は少ないので魔法詠唱者(マジックキャスター)に食べさせていたというのに。

 もしくは、知識の豊富な老人達か。だが、老人達は早寝早起きを徹底しているので外に出ている者はいない。

 

 考えているうちに、雲はどんどん形を成していった。

 年配の狼人(ライカンスロープ)を呼びに行っているうちに消えてはもったいないが、一人目は自分ではないと眺めている全員が思った。

 ドレヴァンは糞尿の入ったバケツを置き、非常事態にだけ許される声をあげた。

 

「オォーーーーーウゥ!オォーーーーーウゥ!!」

 

 その遠吠えを聞いた瞬間、転がり出るように家々から狼人(ライカンスロープ)達が飛び出してきた。

「なんだなんだ!?何事だ!?」

 実際に転んだ者もいる。皆血相を変えていた。

「す、すまん!!皆!!雲だ!!雲が出た!!」

 ドレヴァンの指差す方向へ一気に視線が集中する。

「俺は雲を食べるのはバチェ=サイオーバがいいと思う!!あいつはいい奴だし、誰よりも聡い!!何より、魔法を使える!!」

 姿を現したサイオーバは「お、俺が!?」と驚いているようだが、ドレヴァンは誰よりもこの男を信頼しているので、驚く要素はひとつもない。

「サイオーバか」「サイオーバならな」「いいもしれん!」と皆が納得し始める。

 だが、肝心のサイオーバが声をあげた。

 

「ま、待ってくれ皆!!俺は確かに魔法を使える!!だが……俺なんかでは勿体無いのでは!?それに、これを最初に見つけたのがドレヴァンなら、ドレヴァンこそ相応しいと俺は思う!俺たちに不老不死という可能性をもたらしてくれたドレヴァンなら不足あるまい!!」

 それもそうだ。と、こちらの説にも皆納得していく。

 さて、どうするかというところで、雲は完成したようで、輪郭をはっきりと持った。

 ドレヴァンの功績こそ永遠に子孫を見守り続ける栄誉を手にいれるだけの資格がある。集落の気持ちが一つにまとまる。

 ドレヴァンは皆が認めてくれた喜びで胸がはち切れそうになった。

 だが、ひとつ訂正しなければならない所がある。

 

「皆、ありがとう。サイオーバもありがとう」

「いいや。ドレヴァン、こちらこそありがとう」

 

 二人は友情の抱擁を交わし、お互いの美しい毛並みを撫でつけた。

「――だけど、雲を最初に見つけたのは俺じゃない」

 ドレヴァンの言葉に、「いや、ドレヴァンだったぞ!」と最初に一緒に雲を見た者達は言った。

 だが、ドレヴァンは首を振った。

「俺じゃないんだ。ナツが見つけた」

 皆が一斉にナツへ振り返る。

 朝日が登り始め、霧が晴れた集落で、ナツは無数の瞳に射抜かれた。

「お、おじいちゃん……。トラ吉おじいちゃん……」

 ナツが「はい」以外の言葉を発したのは久しぶりだった。

 

「せっかくドレヴァンに決まったが……今後も雲を一つ二つと見つけて行くなら……」

 サイオーバが言いにくそうにすると、ドレヴァンは代わりに言葉を紡いだ。

「今後も雲を一つ二つと見つけて行くなら、朝日の下でもよく見えるこのナツの目が必要だ!!それに、俺たちが寝ている間に出てしまう霧を見張っていてくれるだろう!!」

 

 狼人(ライカンスロープ)達は皆眩しそうにしていた。見えないわけではないが、明るすぎるのは合わない。

 

「ナツ!お前が食べるといいよ!」

 皆拍手をし、「そうだ!それが一番だ!」「また出たら次こそドレヴァン、そして次はサイオーバだ!!」と笑い合った。

 可愛がっているペットがもう死なないということも嬉しい。満場一致の可決だ。

 

 ドレヴァンは牙を剥き出しにして笑うと、ナツを持ち上げた。

「ひ、ひぃいい!」

 ナツの小さな悲鳴は、ドレヴァンにまるで狩猟に成功したかのような充足感を与えてくれた。

 なんと可愛らしいペットだろう。

 

 いつも布団に入っているから明け方は寒いのかガクガクと震えるナツを抱えて雲へ駆けた。

 皆雲までの道は開けてくれている。

「ナツー!頑張れー!」「ドレヴァン、いいぞー!」

 清々しい気持ちで雲まで辿り着く。

 雲はほやほやと浮いていて、そっと手を伸ばせば触れられた。

 突き抜けることもなく、手に持てた。雲のサイズはドレヴァンの枕程度だ。

「おい、ナツ。聞いていただろう。口を開けろ」

 ナツはボロボロと泣き出した。

 まさか自分を不老不死に選んでもらえるとは思いもしなかったのだろう。

 そんなに喜ばれては照れ臭い。

 皆「いいことしたね〜」と楽しげだ。

 ドレヴァンはナツを自分の膝の上に乗せ、口を開けさせた。

「はい、あーん」

 顎を掴み、下に引く。間違えて引きちぎったり、顎を外してしまわないように気をつける。

 ナツが泣きながら息を吸い込むと、それだけで雲はひゅるりとナツの中へ入って行った。ナツは咳き込み口に手を入れた。

 文化の違いからかよく分からない行為だった。

 いつしか、ナツは雲を飲み込んだようで意識を失った。

 

 不老不死かどうか、真偽は不明だ。

 

 ドレヴァンは悩んだが、とりあえずそのまま檻にナツを戻した。

 寒くないように布団もかけてやる。

 ナツのために、昔大収穫した小人間(ハーフマン)の服は残してある。ナツはいつも違う服を着ていた。

 臭ってくると、魔法詠唱者(マジックキャスター)が<清潔(クリーン)>をかけてやっているのでいつも綺麗だ。

 

 ドレヴァン達は陽の光に包まれながら、重たい瞼を擦って家に帰った。

 本当に不老不死になったのか、結果がわかる数十年後が楽しみだと言いながら。

 

 それからさらに二十年。

 ドレヴァンは中年になった。

 夕暮れ前、ナツが「雲が出た!!」と集落中に響く声で叫んだ。

 その日以来、ドレヴァンの瞳は左右で違う色になった。

 

 そこから十年。サイオーバは老狼になっていた。

 彼も雲を食べた。

 そして、瞳が左右で違う色になった。

 

+

 

「もしかしたら、トラ吉が昔の報復に出ようとしているのかもしれない。トラ吉は確か俺よりさらに百年以上長く生きている。おそらく相当厄介だ」

 

 ドレヴァンが告げると、若者達はごくりと生唾を飲んだ。

 狼人(ライカンスロープ)は女子供老人関係なく、老若男女全てが高い戦闘力を誇る。

 なので、ここにいる若者の中には当然女もいる。

 そして、女達の中から声が上がる。

 

「ねえ、ナツが心配だよ」

「そうだよ。小人間(ハーフマン)がここまで来るんじゃ、もしかしたらナツを連れ帰っちゃうかも」

「でも、ナツが断るんじゃない?」

小人間(ハーフマン)なんか皆食べちゃえばいいよ」

 

 狼人(ライカンスロープ)達は可愛いペットの心配をした。

 

 ここから少し歩いた先には、今でもナツの檻があり――ナツは生き続けている。

 

 ペットが死なないと言うのは嬉しいことだ。

 狼人(ライカンスロープ)達はつま先立ちのようになっている二本足をとっとこ言わせて広場へ向かった。

 

 ナツはこの時間なので寝ていた。

 起こさないほうがいいに決まっているし、彼女はもう夜の間狼人(ライカンスロープ)達が喋って騒いでうろうろしているのが当たり前なのでよほどの音でなければ起きない。

 

 狼人(ライカンスロープ)達はナツを守る者と、戦闘を行う者で分かれた。

 

「……近付いてきてるな」

 

 ドレヴァンが言う。

 その頃には多くの者達の鼻に、邪悪な未知の臭いが届いていた。

 人を飲み込もうとするような闇を見通す。

 狼人(ライカンスロープ)達の目は月の光を蓄えて金色に光っていた。

 ふと、耳をぴくぴくと皆が動かす。

 

「これは……羽音?」

「それに、笑い声も」

 

 これは小人間(ハーフマン)達ではない。そんな雰囲気が集落には漂い始めていた。

 

 森の向こうから聞こえてくる笑い声は、信じられないほどに醜悪だった。

 

 ――ゲタゲタゲタ。

 ――ゲゲゲゲゲ。

 ――ギョギョギョギョギョ。

 ――ギャギャギャギャギャ。

 

 笑い声はどんどん大きくなり、共に戦うつもりで出てきていたメス達は怯えたように数歩下がった。

 ドレヴァンは皆を鼓舞するように叫んだ。

 

小人間(ハーフマン)じゃないなら、俺たちに特別な恨みがあるはずもない!!通り過ぎるだけなら行かせろ!!」

 怯みかけていた者達は頷き、心を強く持った。

 そして、それらは姿を現した。

 

 ――ゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!

 

 黒い蝙蝠のような翼、口の端から見える白い牙と、べろりと口の周りを舐め上げた長い舌、下品に歪められた目。

 一つとして印象の良い部分はなかった。

 迎え撃とうとしていた狼人(ライカンスロープ)達からどよめきが上がった。

「あ、悪魔だと!?」

 話でしか聞いたことがないが、確かに存在するというこの世の闇の(おり)

 ドレヴァンは悪魔という生き物を、前の森に住んでいた時に亜人から聞いたことがある。食うために亜人を捕らえた帰り道、亜人がドレヴァンを悪魔だと叫んだのだ。

 それはなんだと尋ねれば、この世に存在する最も邪悪で、善意を持たない醜悪な化け物であると言っていた。そして、お前は羽を持たないだけで現世に召喚された悪魔そのものだと。

 むろん、ドレヴァンは食べるために捕まえているのでそんな生き物に揶揄される謂れはないい。当たり前の営みだ。

 

「ドレヴァン老!あれは悪魔という小人間(ハーフマン)なのですか!?」

「いや、悪魔は悪魔という種族のはずだ。もしや小人間(ハーフマン)は悪魔を召喚したか!?」

 狼人(ライカンスロープ)達は戦闘体勢になった。低く腰を下ろし、鋭い爪を輝かせる。ぞくぞくと毛皮が震え、目が合うだけで心胆を寒からしめる。

 悪魔達は六匹もいて、けたたましい笑い声を響かせたまま、辺りを見渡した。

 そして、一斉に悪魔は飛んで集落中へ散った。

「な、なんだぁ!?」

 戦うために構えた爪は下ろされ、「逃げた?」と気楽に構え始める者も出た。

 だが、ドレヴァンはなんとなく嫌な予感が消えなかった。

 悪魔の視線を追って集落へ振り返れば、檻の中のナツがベッドの上で座っていた。

 檻の中にはナツが過ごしやすいようにたくさんのおもちゃや花、ぬいぐるみ、剥製が置かれている。さらにはペットであるナツのペットの小鳥も。

 日中話し相手がいないのが可哀想で、狼人(ライカンスロープ)達なりの気遣いが詰まっていた。

 近頃では夜更かしならぬ、朝更かしをして昼間までナツと話したりする者もいる。

 

「――ナツ!」

 ナツは肉付きの良い顔で微笑んだ。

 昔のナツはげっそりとしていたが、近頃は食の質がいいのかふっくらしていて、夜明け頃に会うと嬉しそうだ。ドレヴァンにもすっかり懐いている。

「ドレヴァン、こんな夜更けに何事なの?」

「悪魔だ!悪魔が出た!!」

「悪魔?大丈夫?」

「だ、大丈夫だとは思うが!集落中に――」

 

 と、説明している側から、家の中でガチャーン!と何かが落とされる音がした。

 狼人(ライカンスロープ)の焼く、骨が含まれる真っ白で薄い皿は美しいが割れやすい。

 その音を皮切りに、集落のあちらこちらから物が落とされる音、壊される音が響いた。

 

「な、な、なんてことだ……!奴らを止めるぞ!!サイオーバ!!」

「あぁ!!」

 サイオーバはその老いた体からは想像がつかない程に素早い動きで、ドレヴァンと共に駆け出した。

 家の入り口からぽいぽいと私物が投げ出され、家の持ち主が悲鳴を上げる。

「や、やめてー!!」

 ドレヴァン達よりも早く家の持ち主は家に入ろうとした瞬間、知能の低そうな悪魔の頭突きが炸裂する。

 あの小さな体からは想像が付かないような圧倒的な勢いに弾き飛ばされ、家の持ち主は地べたに転がった。

 しかも悪魔はそれで止まらない。

 持ち主が起き上がったところに、空から体重を乗せて腹へ踵落としをした。

「ッぶふぅ!!」

 痛みに腹を抱えてうずくまると、悪魔は心底おかしそうにゲテゲテと笑い声を上げた。

 

 そして、もう一撃。

 蹲る背中へ牙を剥く。

 背を割かれ、悲鳴が上がる。まさか狼人(ライカンスロープ)を食おうと言うのか。女子供が悍ましさに息を呑む。

「<雷槍(サンダースピア)>!!」

 サイオーバが鋭い爪のつく指を向け、雷撃が飛ぶ。

 だが、それをひゅるりと交わして悪魔は再び空へ舞い上がった。

 そして、また次の家へ。

 皆怪我をした者へ向かった。

 怪我はしているが、どの怪我も致命傷ではない。痛みはつらそうだが、食われずに済んだのだから良しとするしかない。

「大丈夫か!?皆!!気をつけろ!!食われる!!奴らは狼人(ライカンスロープ)を食うぞ!!」

 ドレヴァンの叫びに皆ごくりと喉を鳴らす。これまで狼人(ライカンスロープ)を食う種族に会ったことはないが、食う食われるは自然の理。食う獲物を誘き寄せるためにわざと家の中を荒らして見せているのだとしたら、近付くことは愚行。

 

「下手に追うな!!物が壊れてしまうのは諦めろ!!残った物を皆で分け合えばいい!!これは罠だ!!俺達が家の中に飛び込まないとわかれば、きっとまた次の家を荒らして挑発してくる!!だが、それもいつか終わる!!広いところで皆で一斉に掛かれば、悪魔の一体や二体にやられる俺達じゃない!!そうでなければ、悪魔達が最初に俺達と対峙した時に食いかかってこなかった理由がわからない!!」

 

 ドレヴァンの言葉に皆落ち着きを取り戻し、ナツの檻を囲むように一箇所に集まった。

 邂逅を果たした時、悪魔達はこちらの様子やあたりの様子を注意深く伺っていたのだ。そして、散り散りになって一匹を誘き寄せ、食らいついた。

 奴らは一対一や一対少数でなければ勝てないとわかっているのだ。

 

「一人も勝手に動くなよ!!」

 

 あちらこちらの家から荒らされる音が鳴る。

 そして、悪魔達は家からちらりと狼人(ライカンスロープ)達を見ると、挑発的に笑った。

 じっと我慢する姿を見ると、首を捻り、また別の家へ。

 やはり、挑発に乗らないことが正解らしい。

 

「ド、ドレヴァン老……。このままでは集落中の家が……」

 ドレヴァンもそれは心が痛む。当然ドレヴァンの家も例外ではない。

「……やはり、皆で一匹を――」

「待て、ドレヴァン。――皆、今は堪えろ!!家の中に皆で突撃したところで、家の中は狭い!!戦えるのは結局一人や二人になる!!奴らは強い!!もし中で手や足をもがれて食われれば取り返しがつかない!!」

 サイオーバが皆を諌めることで集団は冷静さを取り戻した。

 不老不死の長老二人の言うことを守るのが一番。群れが、集落が、ここまで大きく強くなったのは彼らの功績なのだから。

 

 見えていた家からポイ、とナツを模したぬいぐるみが放り投げられる。そして、悪魔はちらりと家から外を覗き見た。

「あぁ!!僕のコナツが!!」

 持ち主の子供が泣きそうな声で叫ぶ中、悪魔はコナツを拾い、じっくりじっくりと舐めまわし、最後にはくびをちぎり落とした。

「やああーー!!」

 パニックになりかけると、檻の中からそっとナツが子供を抱きしめた。ナツと子供は同じくらいの大きさだった。

「また作ってあげるから……。それより、皆ドレヴァンとサイオーバの言うことをちゃんと聞いて、今は堪えて……」

 悪魔達は散々家々を荒らし回り、六匹は再び集まって狼人(ライカンスロープ)をじっと見た。

 一匹はこの集落にたったひとつだけある貴重なマジックアイテムを持っていた。前に住んでいた森の近くにあった異形の国家で、皿二百枚と交換してもらった貴重なマジックアイテムが。

「く……!」

「悔しいがくれてやれ!」

 ドレヴァンが牙を剥き出しにして吼えると、群れは一斉に吠え出した。

 悪魔は目を見合わせ、身震いするような怪しげな笑いを上げた。

 グルルルル、と威嚇を続けると、こちらが決して挑発に乗らないと理解したのか、悪魔達は背を向けて飛び去っていった。まるで敗者のような背中だ。

「……諦めたか」

「そのようだな……」

 ドレヴァンとサイオーバはほっと安堵に息を吐いた。

 

「――皆!俺たちの結束が勝ったんだ!!よく我慢した!!」

 

 わぁっと歓声が上がる。

 生きている。誰も食われなかった。

 見渡せば、集落は玄関から放り投げられた物が散乱し、見るも無惨な姿だ。

 それでも初めて出会った狼人(ライカンスロープ)の捕食者を相手にこの被害のみと言うのは誉められて然るべきではないだろうか。

 良かった、良かった、と誰の命も取られなかったという一番の功績に肩を抱き合う。

 

 ナツも檻の中から手を叩いた。

 

 ドレヴァンとサイオーバは、念のためにナツに確認しなければならないことがある。

 大切な群れの皆に礼を言われながら、二人は檻へ向かった。

「ドレヴァン!サイオーバ!誰も殺されなかったね!」

 ナツは嬉しそうに笑い、拍手をしてくれる。

「ナツ、ひとつ聞いてもいいか?」

「なぁに?戦勝祝いに欲しいものとか?」

「いいや。悪魔召喚についてだ」

 ナツは何を言われているのかさっぱり分からないと言うような雰囲気だった。

 五つだか七つだかで狼人(ライカンスロープ)の集落に入ったのだから知らなくても無理はない。

「……知らないか」

「聞いたこともないなぁ。野生の悪魔じゃないの?」

 ナツはあっけらかんと言った。優しい手つきで檻から伸ばした手で近くの子供の頭を撫でながら。

「じゃあ、あれは小人間(ハーフマン)が――いや、トラ吉じいさんがやったことではないのか……」

「トラ……吉……」

 それまで子供の頭を撫でていた手はだらりと下ろされ、瞳は空洞になったかのように真っ暗になった。

 元々夜なので明るかったわけではないが、まるで常闇に囚われたかのようにその瞳は光を失った。

「……じいちゃん……」

 魂が抜けたように繰り返す様子は何かがおかしかった。

「……ナツ?」

「トラ吉じいちゃん……トラ吉じいちゃん……!!トラ吉じいちゃーーん!!トラ吉じいちゃーーん!!」

 ナツは何度もトラ吉を呼んだ。

 すると、ドカッと上の方で何か音がした。

 狼人(ライカンスロープ)達は檻の屋根の上の十二個の赤い瞳を見るとギョッとした。

「あ、悪魔!?」

 悪魔達はスルリとナツの檻の中へ入り込んだ。

「トラ吉じいちゃん……?」

 ナツの質問など全く聴こえていないようだった。悪魔達は置いてあるタンスをひっくり返し、中にある小人間(ハーフマン)達の服を取り出す。取り出しては破る。

「や、やめて!!それは、それは里の皆の!!」

 悪魔は大笑いしながら次々と服を破り捨てた。

 

 これは、どう見ても狼人(ライカンスロープ)達への報復だ。

 一人も食えなかった腹いせ。

 この悪魔はトラ吉とは無関係に違いなかった。

 

 花瓶を割り、置いてある食器を割り、ナツのために皆が用意したおもちゃをメチャクチャにした。

 ペットの小鳥の檻はギュッと二匹の手によって潰された。中で鳥がジタバタともがいて鳴いている。

 雉の剥製は首を落とされ、何もかもが、そう。何もかもが破壊された。

 

「ギェ」

 

 一人の悪魔が呟くと、悪魔達は一斉に檻を抜けて飛び去っていった。気の狂ったような笑い声を残して。

 

 あっという間の出来事に、皆呆然として動けなかった。

「……そんな……」

 ナツは放心し、そのまま倒れた。




同胞食った奴らのところで不老不死とかやめたげてよぉ……。

平日が始まってしまったせいで流石に次の話が書けてないです!!
でも、そう時間はかからない予定です!もう半分かけてるもんね!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。