眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#159 閑話 その頃の子供達

 神都、大神殿。

 円筒形の白亜の石柱が立ち並ぶ中心に儀式のプールはあった。

 全ての床は大理石でできていて、春の太陽が優しく水面に反射していた。

 美しく神秘的な場所だが、今日は少し雰囲気が違った。

 

「はぁー。こんなん神官でやればいーじゃん」

 デッキブラシを肩に担いだクレマンティーヌは心底めんどくさそうに言った。

 その姿は短パンに、袖を捲り上げてタンクトップのようになった訓練着で、まるで夏休みの少年。

 隣にいるレイナースも同じく訓練着。シャツは濡れないように結ばれているため、へそが見えていた。

「平和なんだからたまには掃除くらい手伝わないとダメよ。それに、フラミー様のご指示で神官も結構出払ってるんだから」

 相変わらず優等生の発言だ。

 フラミーはつい先日、魔法を使える者が一人もいない未発見の島に行ってきたらしい。

 いつもは冒険者に任せているフラミーだが、神との接続をする者が一人もいないので流石に見かねて自ら出向いたのだろう。

 流石は神、と言った所だ。

 レイナースはうっとりと神殿に戻ってきたフラミーの姿を思い起こした。近頃は一緒に旅にも行けていないし、間近で神の威光に触れたのは久々だった。

 番外席次も犬のように尻尾を振って――尻尾はないが――喜んでいた。

 

 そんな番外席次は今、柱の作る影で早速休み始めていた。

「面倒くさい。イオリエル、あんたが私の分も働きなさい」

 イオリエルはピッと額に手を当てて敬礼した。

「っはい!お姉様!此方(こなた)が見事に綺麗にして来ますじゃ!」

「よろしく」

「よろしく、じゃねーだろ。おめーもやんだよ!何一人で優雅な時間過ごしてんだよ!」

 クレマンティーヌが首根っこを掴み上げると、番外席次はこれ以上ないほどの極寒の瞳を向けた。

「クインティア、気安く触らないでくれる」

「ネイアが魔法ゼロ島に行ってていねーんだからちゃんと働けや!!」

「ふん、陛下方が使いもしない儀式のプールを掃除して何になるっていうの。 私はお断りよ。無意味な事はしない主義なの」

「陛下方が使うっつーならやるんだな!」

「当たり前じゃない。一々うるさいわね。でも、陛下方はこんな場所で儀式なんかしなくてもこの世の全ての魔法をお使いになるわ。ここははっきり言って――」

 番外席次は儀式のプールにじっとりとした視線を送った。

「――鴨の巣よ」

 クレマンティーヌも番外席次の視線を追う。

 

 そう、今儀式のプールはほとんど使われる事がないため、少し油断をするとすぐに渡鳥達が水浴びに立ち寄ってしまうのだ。

 今年に至っては大神殿で鴨が産卵してしまい、小鴨が列を成している。

 鴨達は涼しい顔をして儀式のプールを上がると、中庭に食事をしに出かけていった。

 クァックァックァッと鳴き声が響く。

 プールには(つが)いで、まだ産卵をしていない鴨達が幸せそうに寄り添っている。

 

「……鴨の巣じゃなくすために今から掃除すんだろーが」

「そう。精々綺麗な鴨の巣を作ってやりなさい」

 

 番外席次がフンと顔を背けると、クレマンティーヌは首根っこを掴んでいた番外席次をぽいっと投げ捨て、素足でプールへ駆けた。

 

「おめーらぶっ殺されたくなかったらとっととプールを出やがれやぁ!!<疾風走破>!!」

 

 こんな所で武技を使い、ウオオオオ!と雄叫びをあげ、高くジャンプしてプールの中へ着水する。一気に水があたりに飛び散り、ものすごい勢いで鴨達が逃げ出していく。

「――キャ!ちょっと!クレマンティーヌ、掛かったじゃない!」

「わぷぷぷ。はは!気持ちいいのう!」

 レイナースは心底不愉快そうだが、イオリエルは嬉しそうだった。

 

「レーナ、少しはイオリの純粋さを見習った方がいーんじゃないのー?激風に振られるといよいよ嫁の貰い手なくなるよー」

「あんたこそ今のままじゃ婿もできないわよ!」

「男?いーらね。まぁ、子供は欲しいからどっかで男引っ掛けて来よっかなー」

「引っ掛ける?子供は母上と父上が愛し合うとできるんじゃなかったかの?」

「違うちがーう。愛はなくてもセ――ッヴ」

 クレマンティーヌが軽やかに何かを言おうとした瞬間、顔面にモップが突き刺さった。

「クインティア、あんたにはモップで顔を洗わせてやるわ。感謝しなさい」

 仁王立ちする番外席次にクレマンティーヌはプールに浮かびながらピースサインを送った。

「さ、さんきゅー……」

 

 そんなこんなを乗り越えて紫黒聖典が渋々プールを掃除していると、廊下の向こうから賑やかな声がして来た。

「今日もきっといるよ!」

「初めて見るのです。食べたことしかないのです」

「ナザリックにも鴨みたいな魔物はいるけど、本当の鴨はいないもんね」

 そんな話をしながら姿を見せたのは、ナインズとアルメリアだった。それから、一郎太と二郎丸、クリス。

「キュータ様!」

 イオリエルはすぐにバシャバシャとプールから上がった。

 クレマンティーヌとレイナース、番外席次も挨拶の為にナインズの下へ向かう。アルメリアはナインズの後ろに隠れた。

「あれ?イオリ、こんな時間にプール入ってたの?」

「そ、そうなんじゃ!よかったらキュータ様もご一緒にどうですじゃ!掃除してたんじゃが!」

 後について来ていた一郎太は少し眉を寄せた。

「イオリエル、掃除って、そりゃキュー様を誘うことじゃないだろー」

「あ、そ、そうじゃな。一郎太様の言う通りじゃ」

「はは。僕は別に構わないけど。それより――皆さん戻ってください」

 紫黒聖典はきちんと膝をついて迎えていた。イオリエルに対して言いたいことはあったが、学友と言う立場なのだから仕方がないのかもしれない。クレマンティーヌ達は頭を下げると立ち上がり、邪魔にならないようにプールに戻って行った。

 

「キュー様、この子誰ですか?」

 二郎丸が尋ねると、ナインズはイオリエルを示した。

「僕の学校の友達だよ。二の丸は初めてだよね。イオリエルって言って、ルナちゃんの妹みたいなものだよ」

「へぇ〜?サロンにはいませんでしたよね?」

 二郎丸はイオリエルに近付き、じろじろとその様子を確認した。

「は、初めましてじゃな。此方はイオリエル・ファ・フィヨルディアじゃ。紫黒聖典の訓練があるから、放課後のサロンは行けんのじゃ」

「そうなんだぁ。よろしく。ボクは二郎丸。いち兄の従弟だよぉ」

「兄弟ではないんじゃな。よろしく」

「殆ど兄弟だよ!」

 二郎丸とイオリエルが握手していると、一郎太はプールに向かい、ナインズとアルメリアもその後について走った。

 

「ナイ様、鴨いないですねぇ?」

「本当だね?お掃除でいなくなっちゃったのかな」

「つまんないのです。せっかく見に来てやったのに」

「あ――ほら、見てあっち」

 

 ナインズが指差す方にクレマンティーヌは振り返り、食事を終えて戻ってきた鴨の親子にウガァ!と両手を上げた。

 鴨達はそそくさと中庭のある方へ戻って行った。

 

「っわ、クレマンティーヌさん。どうしたの?」

「今私らはプール綺麗にしてるんすよ。あいつらうんこ垂れるから。それで?殿下方はどーしたんですか」

「鴨見に来たんだよ?」

「……まじで?」

「まじで」

 クレマンティーヌはそっとデッキブラシを下ろした。

「じゃー掃除はここまで!」

 そう言った顔は非常に爽やかだったが、レイナースが耳を引っ張ると途端に歪んだ。

「ちょっと、クレマンティーヌ!鴨はどっかに放さないといけないでしょうが!」

「い、いってぇー!殿下方が見たいっつってんのに鴨を他所に逃すとか正気か!?」

「正気よ!」

 

 さらに空から飛んで鴨が戻って来る。アルメリアはプールの中に靴ごと足を浸して座ると、鴨に両手を伸ばした。

 

「殿下方、申し訳ありませんが、儀式のプールから鴨はお引っ越ししなければいけません」

「うーん、仕方ないね。リアちゃん、鴨さん今日までなんだって」

 アルメリアは寄ってきた鴨を抱っこすると優しく頭と背を撫でた。

「可愛いのです。人間に追い出されるなんて可哀想です」

 鴨が羽をジタバタさせながらアルメリアの膝に乗ると、アルメリアはそれを真似るように羽をバサバサと揺らした。

 

 アルメリアは生き物によく好かれる。知能のある生き物なら理性で耐えられるほどの、彼女が垂れ流す<魅了(チャーム)>の魔法のような何かが惹きつけるようだ。もちろん、来るようにと意識しなければ来ないが。

 

「そうだね。――鴨、どこに逃すんですか?」

「とにかくここから逃がせば皆どこかしらで暮らすと思いますわ」

「大人の鴨は平気そうだけど、さっきいた子供の鴨はそれで大丈夫かなぁ」

 相手は水辺にならどこにでもよくいる鴨達なので、レイナースはあまり深く考えていなかった。だが、言われてみれば小鴨はどこでも見かけるようなことはない。

 クレマンティーヌに助けを求めるように視線を送ってみる。

 だが、頼りになる時は頼りになるはずのクレマンティーヌは仕事終了の合図に口笛を吹いていた。全く頼りにならなかった。

 

「……少し考えさせていただきます」

「それならさ、僕子供の鴨逃す良い場所知ってるよ!」

「どちらですか?」

 レイナースが首を傾げると、イオリエルが「あ!」と声を上げた。

「学校の池じゃな!」

「そう!学校の池、あそこなら安心して暮らせると思うんだあ」

「――なるほど。そうしても良いか確認を取って参りますので、少々お待ちください」

「はーい」

「クレマンティーヌ、行くわよ」

「……隊長私なんだけどー」

 レイナースとクレマンティーヌが共に立ち去っていく。

 

 アルメリアは鴨に埋もれるように笑っていた。

「ふふ、愛らしい奴らです。お前達は賢い良い子ですね」

「リアちゃん、鴨さん好きになった?」

「好きです!」

 クレマンティーヌがいなくなった所で鴨の親子も戻ってきた。真っ直ぐにアルメリアの方へ向かって歩いて来ると、そのそばに寄り添って座った。

「この子達もいつか空を飛ぶようになります!」

「そうだね。大きくなるのが楽しみだね」

「はい!」

 ナインズがアルメリアの頭を撫でていると、その後ろで二郎丸が構えた。

 

「――クリス、待ってる間に訓練やろうよ!こないだは負けちゃったけどさ!」

 真剣な眼差しで告げると、クリスは申し訳なさそうに地面を見つめた。

「でも……」

「次は僕が必ず止められるように、ね!」

「……じろちゃん……。……そう、ですね!ふふ、じろちゃんに止めてもらうためにも、やりましょう!」

 クリスは晴れやかに笑うと、スッと腰を落として脇を締めた。

 二人の間に走る緊張感に、イオリエルはごくりと唾を飲んだ。番外席次は横目で二人の様子を伺った。

 

 そして、二郎丸が告げる。

「クリスから来て良いよ。女の子だもんね」

 二郎丸はクリスの暴走時を想定しているのだから、女の子だからと言うよりもクリスを止めるということに重きを置きたいようだった。

 思いやりが温かかった。

「……ありがとうございます。じゃあ、行きます!!」

 クリスが駆け出し、拳を振りかぶると、二郎丸はそれを両手で受け止めた。じぃん……と両手に痛みが広がる。

「じろちゃん、腰が引けてますよ!」

「――これなら!!」

 二郎丸が下から拳を振り切ると、クリスはそれを避け、軽いステップを踏んでから足を一気に回した。

「避けて下さいね!!」

「っこのくらい!」

 セバスによく鍛えられているクリスの蹴りの切れ味はさすがとしか言いようが無かった。

 避けずに足を掴んだ手にはっきりと痛みを感じる。しかし、離さない。二郎丸は一気にクリスを放り投げた。

 クリスは空中で身軽に体勢を変え、柱にトンと足をつくと、思い切り柱を蹴って二郎丸へ向かう。

 クリスの手にゾワリと竜の鱗が浮かび、二郎丸を貫こうとする拳が迫る。

 顔を守ろうとした手に、トン……と優しくクリスの拳がぶつかった。

「じろちゃん、また私の勝ちです!」

「えー!もっかーい!」

 二郎丸がジタバタすると、ナインズがローブを脱いで立ち上がった。

 

「――二の丸、僕とやろう」

「え?ナイ様とですか?」

「うん!早くレベル上げたいのは二の丸だけじゃないんだよ」

 ナインズが笑うと、二郎丸は遠慮がちに構えた。

「じゃあ……」

「思いっきり来て良いよ」

「二の丸頑張れよー」

 一郎太から応援が飛ぶ。

「来い!二の丸!」

 二郎丸はナインズからの声かけに地を蹴った。本気の拳をぶつけると、ナインズは嬉しそうに笑った。

「なんか懐かしいなぁ!」

「っこの!!」

 一郎太とナインズが笑い声を上げる。二郎丸は指導されるように何度も拳を繰り出した。

 いつしかナインズの額には汗が浮かんでいった。

 

「――流石にスタミナは二の丸の方がありそうだな」

 一郎太の呟きにクリスが頷く。

「長期戦に持ち込めば、流石に魔法戦士には負けないかもしれません」

「それもナイ様が魔法を使わなければの話だけどな」

 二人の拳は何度もぶつかり合う。ただ、ナインズからの攻撃は全てが寸止めに近い。

 ぶつかった手を握って押し合うと、ナインズがふと力を緩めた。

「二の丸、たんま」

「――あ、はい!」

 押し合っていた手を離すと、ナインズは暑いので魔法のかかってないシャツを脱いでプールのそばに放り捨てた。

 おかっぱの髪を一つに括り、先程と同じ体勢に戻る。

「……本気ってことですか?」

「そうだね。でも、なるべく痛くしないよ」

「ボクはそういうの出来ないです。ナイ様、痛かったらごめんなさい」

「良いよ。すごく痛かったらイオリに治して貰おうかな」

 上半身裸のナインズを前に顔を赤くしていたイオリエルは何度も頷いた。

「お、お任せくださいなのじゃ!!」

「外の訓練も悪くないね。行くよ!二の丸!!」

「はい!!」

 同時に駆け出し、同時に繰り出した拳がぶつかり合うとナインズは痛みに一瞬顔を歪め、二郎丸も唇を噛んだ。

 ナインズがとっている戦士職のレベルはまだ低いので、一郎太と組手をするよりも二郎丸と組手をする方がある程度力は近い。だが、一郎太と組手をする方が楽だ。

 と言うのも、手加減は一郎太の方がずっとうまいので痛みは少なく、余計な力が入ることもない。それに、お互いのことをとても良く理解しているので、言わずとも多くのことを察しあえる。

 ナインズと二郎丸は程々の痛みの中で訓練を続けた。

 

「――そこまで!」

 一郎太の声に、ナインズは腕を下ろし、ふぅ……と息を吐いた。

「一太、何点……?」

「へへ、百点」

「百点ってことはないでしょ」

「本当に百点ですよ。二の丸も百点だぜぇ!」

「本当に!」

「本当。二戦目なのにお前スタミナあんなぁ」

「へへへぇ」

 二郎丸が嬉しそうに鼻の下をかく。

 

 すっかりバテたのでナインズは床に転がった。

「あぁ〜疲れたぁ」

「はは。クリス、お前一応水持ってきてるよな?」

「はい!ナインズ様、こちらを」

 クリスに差し出された水を一気に飲み、ナインズはハァ!と息を吐き捨てた。

「ありがと〜」

「いえ!タオルもあります!」

「クリスは汗かかなくてすごいなぁ」

 背中や額をわしわしと拭いていく。クリスは首を振った。

「とんでもないです。私、短期決戦タイプですから。長くやるとびしょびしょです」

「そっかぁ」

 タオルと水筒を返すと、アルメリアが放り捨てられている服をナインズに差し出した。

「どうぞなのです」

「リアちゃん、ありがとう」

 魔法の装備と違って制服は汚れがついてしまう。ナインズはパッパと軽く埃を払ってから服に袖を通し直した。

 結んでいた髪も下ろして完成だ。

 二郎丸とクリスが反省会を開き始めるとクレマンティーヌとレイナースが戻った。

 

「――殿下、学校の池に鴨を放す許可が降りました」

「本当に!じゃあ行こうか。リアちゃん、皆のこと呼べる?」

 好き勝手にプールを泳ぎ始めている鴨をアルメリアは手招いた。

「皆、お引越しですよ」

 鴨達はすいすいとアルメリアの下へ寄ってきた。

 アルメリアは手に持っていたローブを着こみ、ナインズは仮面を顔に着けた。

 ギュッとローブのフードを引っ張ってアルメリアもポケットから眼鏡を取り出して掛ける。

「――じゃあ、皆さんはお掃除頑張って下さい。鴨は僕達が放してきますから」

「あ、我々も護衛として行きますわ」

「大丈夫です。学校まではいつも行ってるし」

 レイナースが心配そうにするが、ナインズはアルメリアの存在に気付いた街の人がアルメリアをジロジロ見たりすると嫌なので、目立つ護衛を連れて行きたくなかった。

 

「行こう」

「はいです」

 歩き出したアルメリアの後ろを鴨達が続く。ナインズにはできない芸当だ。

 ぞろぞろと神殿の中を子供と鴨が歩いていく。

 すれ違う神官達は実に微笑ましそうにその様子を見送った。アルメリアは今眼鏡の効果によって存在感が薄いので気付かれたり、気付かれなかったりだ。隣にナインズや一郎太と言う存在感の大きな子供がいればいるほど気付かれにくい。

 

 一行は神官通用口から出るため、後をついて来ている鴨を抱き上げた。

「ふふ、お利口なのです」

「可愛いですね!アリー様!」

 親鴨をアルメリアとクリスが抱き上げると、一郎太と二郎丸は逃げようとする小鴨を拾ってはポケットに詰め込んだ。

「一太、二の丸持ちきれる?」

「平気ですよ!ナイ様はあの大人の鴨持ってください」

「分かった!」

 全ての鴨を抱きかかえ、前庭を抜けた。

「――じろじろ見てきて不愉快です。鴨の方がずっとお利口です」

 アルメリアがムッと頬を膨らませる。たくさんの大人の好奇の目が気に入らないらしい。

「まぁまぁ。鴨を抱いてる子供が珍しいんだよ」

「あの人間なんて、お兄ちゃまに祈ってます」

「ははは、本当だねぇ」

「何祈ってるんです?」

「うーん、それがねぇ。何も聞こえないんだぁ」

 ナインズは苦笑した。

 大人達にじろじろ見られたり、途中で知らない子供の集団が鴨を撫でたりしながら何とか一行は学校に辿り着いた。

 放課後の校庭はサッカーをしている子供がいた。

 

 鴨を抱く一行が校門を潜ると、校舎からバイスが駆け出して来た。

「キューター!一郎太ー!」

「バイス先生、ただいまぁ」

「バイスン、おーっす」

 バイスは二人の前でキキっと急ブレーキをかけると、一郎太に向かって「バイス先生だろ!」と怒ってから続けた。

 

「それが連絡にあった、池に放したい大神殿の鴨なのか?」

「あ、そうです!子供もいるんですよ!」

 親鴨を抱くナインズが一郎太のポケットを指さす。

 クァクァ騒がしい子鴨達は無垢な瞳でバイスを見上げた。

「……こんなのよく捕まえてここまで連れて来られたなぁ。陛下方のお力か?」

「いえ、僕の妹ってすごく好かれるんです」

 バイスは子供の顔を一人づつ確認した。

 キュータ、一郎太、一年生のミノタウロス、一年生の怒ると怖い女の子、――銀色の髪をお団子にした眼鏡をかける女の子。

 その見た目は光の神を小さくしたような具合で、バイスは慌てて膝をついた。

「――アルメリア殿下、失礼いたしました。先日少しお会いしましたが、私はお兄上の担任、ジョルジオ・バイス・レッドウッドです」

 

 アルメリアはバイスを眺め、目を細めた。

「お前、お兄ちゃまに物を教えられるんですか?」

「畏れ多くもお教えしております」

「お兄ちゃまは何でも知ってますよ。それでも、お前の方が賢いんです?」

「……た、多分」

 見た目は光の神のようだと言うのに、中身は闇の神のようだった。

 バイスがくしゅくしゅと小さくなって行くと、ナインズは鴨を抱いたまま笑った。

「バイス先生はすごい先生なんだよ。僕がナザリックで使えるようにならなかった魔法をたった三ヶ月くらいで使えるようにしてくれたんだから」

「き、きゅーたぁ!」

 バイスは感激している様子だった。

「そうですか。思ったよりは賢そうです。お前にはこの子達の新しいお家まで案内する栄誉を与えます」

「あ、ありがとうございます」

「行け」

 アルメリアが告げると、バイスは最初誰がナインズだか分からなかった頃を思い出した。

 殿下と言うくらいなのだから、きっとこう言う子供だろうなと想像していた雰囲気そのものだ。

 ナインズは想像に反して、誰にでも真に平等で、穏やかで、決して高みから物を言わなかったが、このアルメリアの様子こそ誰もが想像する神の子の振る舞いのように思えた。

 どちらの方が良いとは言えない。

 アルメリアの物言いは神の子として当然だと感じるし、ナインズの優しい様子も神の子だからこそと感じる。

 

 池に着くと、バイスは鴨を放してやる子供達の背を眺めた。

 

 鴨は放されるとアルメリアを囲むようにして一向に池に向かわなかった。羽の裏を嘴で掻いたり、その場に座り込んだりしている。

 アルメリアも池の淵に座ると一人一人の頭を撫でてやった。

「――お前達は本当に賢いですね。良い子です」

 鼻歌を歌い始めると、どこからともなく小鳥や蛙も出てきてアルメリアを見上げた。

 まるで絵本の一ページのように生き物達がより集まって来る様子は、それだけで奇跡に見えた。

「……キュータ、これは……」

「皆リアちゃんの事大好きなんです」

 大好きなんて言う言葉だけで説明しきれるとは思えない現象だ。

 クリスがアルメリアの隣に座り、一緒に歌う。天使が二人地上に舞い降りたようだった。

 ぴったりと肩を寄せ合う二人は、蛇が近寄って来ても何の恐れも抱かなかった。

 だが、通りかかった子供が「あ!鳥さんたくさん!!」と大きな声を出すと、アルメリアは肩を揺らし、動物達も蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「……いなくなりました」

「アリー様、また呼んだら出てきますよ!」

 クリスが言うが、アルメリアはブッと頬を膨らませ、生き物がいなくなったことを残念がる愚かな子供達を睨んだ。

 子供達はアルメリアの存在に気が付いている様子はなく、ナインズを見ると頭を下げて立ち去っていった。

「……帰る」

 アルメリアも立ち上がり歩き出そうとすると、ナインズはその手を取った。

「――リアちゃん、待って」

「お兄ちゃま、もう帰りたいのです」

「でも、皆着いて来ようとしてるよ」

 振り返れば、一度池に逃げ入ったはずの鴨達が岸に上がり、アルメリアの後ろに着いて来ようとしていた。

「……愛らしいのです」

「そうだね。皆にまた来るからって言ってあげて」

 

 アルメリアはふっと息を吐いてから告げた。

「――お前達をナザリックに連れては帰れません。お前達はここの世界の大切な一部です。ここでの役割を果たしなさい」

 しかし、鴨達はお構いなしにグァグァ鳴きながらアルメリアの後ろに並んだ。

「……行け。また見に来てやりますから」

 言っていることが分かるのか分からないのか。鴨達はもう一度アルメリアを見上げてから池に帰っていった。

 

「明日も来ようね」

「そうですね。授業が終わったら、またここに来ます」

 

 一行は来た道を戻り、大神殿を潜ってナザリックへ帰還した。

 

 ナインズは与えられている自室に帰ると、そばにいるメイドを手招いた。

「フォス、お母さまがいないから一緒に荷物詰めてぇ」

「はい!ナインズ様!」

 フォスは勇み足でナインズのそばに行き、お泊まり用バッグを開いた。

 今日、アインズとフラミーは出先で残業なる仕事があるらしい。

 こういう時は第六階層に泊まるのだ。

 お泊まり会はナインズの大好物。

 

 必要なのはパジャマ、明日着る制服や授業に使う物、歯ブラシ、お風呂で使うタオル、ヘアバンド、ボディークリーム、くし、いつも付けている耳飾り、ハンカチ、皆でやるトランプ、その他もろもろ。

 

 全てが詰め終わると、荷物の半分をフォスに持たせ、アルメリアがいつもいるフラミーの部屋へ向かった。

 ノックをしてから入ると、アルメリアはメイドとクリスに荷物の準備をさせている所だった。

 

「リアちゃん、行く?」

「行きます。やれやれです。お母ちゃまの羽じゃなきゃよく寝られないのに」

「明日には帰ってくるからね」

「分かってます」

 

 アルメリアは頬を膨らまし、第九階層を後にした。

 

 第六階層につくと、一郎太と二郎丸が三人を待っていた。

 クリスもアルメリアのために、共にここにお泊まりだ。

 

 泊まり先は水上ヴィラ。

 

 日中には知恵者たちがよく寄り集まっている所だが、子供たちはここが好きだ。

 

 戦闘メイド(プレアデス)達が布団の用意をし、明日の朝また来ると声をかけて去っていく。

 

 子供達の時間は幕を開けた。




あ〜悪魔夕方に放ったから、流石に御方々も今夜は泊まりなんですねぇ。
紫黒聖典書きたかっただけじゃないですよ!
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