眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#165 閑話 自動人形

 鬱蒼と深い森。

 雨が降っていたわけでもないのに、地面はどことなく湿気を帯びている。

「そろそろ街に寄らないといけないね。食材、もつかなぁ」

 特定の誰に聞かせるでもなくリクが言う。

 

 キーノ・ファスリス・インベルンは街なんかに行きたくない。だから、リグリット・ベルスー・カウラウに代替案を求めるように名前を呼んだ。

「……リグリット」

「なんだ?」

 美しい黒髪を一つに三つ編みにした美女は、靴紐をキツく結び直しているところだった。彼女はきっと、キーノが何を言いたくて名前を呼ばれたかわかっている。だというのに、どことなくそっけない返事だった。

「……リーダーがなんか言ってる」

「そうだね。最もなことを言ってるみたいだね」

「疲れた……。もう疲れた……」

 キーノが立てた膝に顔を埋める様子に、リグリットは呆れたように腰に手をおいた。

「疲れるわけないでしょ。インベルンはアンデッドなんだから。疲れてるのはこっち。少しは皆を見習ってあっちで料理でも手伝いなさいな」

「嫌。嫌だ!どうせ料理なんてしたって意味もないもん!」

「はぁ……。この泣き虫」

 街に入る時は顔――主にこの呪われた赤い瞳を隠すために前の見にくい半顔の仮面を着けて歩かなくてはいけない。子供に「なんだそれ!」とか「大道芸人の子供だろ!」とか言われるのがすごく嫌だ。キーノは子供達より年上なのに、本来ならリグリットと変わらない身体の成熟を迎えているはずなのに、子供達は少女の身体のキーノに対して信じられないほどに無礼だ。

 

 食事だって、アンデッドだから取る必要はないのに、手伝わされそうになるうえに食べろと迫られる。

 地獄を形にしたような廃墟の王国にいたときよりはよほど良いが、辛い思いもたくさんある。

 

 焚き火の周りには、十人近くの仲間達が集まっていて、ドワーフのマンナズが味見をしては何か楽しそうに笑っている。

 マンナズは彼の本当の名前ではないが、(マンナズ)と言うルーン文字には人間という意味があるらしく、彼はそれを人との友好の証なのか体に刻んでいるので、愛を込めてマンナズと呼ばれている。キーノは深いことにあまり興味を抱いていないが、その程度は分かっている。

 そして、マンナズのそばには自動人形(オートマトン)という種類のゴーレムがうろうろとし、枝を集めたり、鍋の中をかき混ぜたりしている。

 

 ふと、キーノの後ろの茂みががさりと音を立てた。

 恐ろしいという思いと共に振り返る。

 白銀の鎧が大きな蜘蛛を持って戻ってきていた。

 

「やあ、インベルン。これはどうかな」

 

 ウサギのように大きな蜘蛛は絶命していて、だらりと足を垂れ下げていた。

「……私は絶対食べない。皆も見たら多分ひっくり返るよ……」

「そうか。ディグォルス砂漠にはサンドワームを食べる者達もいるから、大きければ虫でもいいのかと思ったけど。難しいね」

 そう言いつつ、白銀の鎧――ツアーは焚き火を囲む仲間達の輪の中に入っていった。

 マンナズやリーダーはギョッとしたようだったが、意外にもイジャニーヤとリグリットが喜んでそれを受け取った。焚き火のすぐ隣に穴を掘り、巨大蜘蛛は葉に包まれてそっと穴に埋められた。その上に焚き火を乗せ、火を通す。カルアと呼ばれる料理方法だ。

 

(私は絶対に食べない……)

 

 しばらく眺めていると、リグリットが輪の中から手を振る。人間の円環の中にキーノを留めようというのだ。

 全く食欲はないし、本日の献立は存在しない食欲を超えてまで食べたい代物でもない。

 ムッとした顔をしていると、ふとキーノの腕がとられた。

「食べよう!」

 音もなく、風もなく、気配もなくキーノの前に移動してきていたイジャニーヤがキーノを軽く引っ張った。こうなれば全てはもう遅い。

 キーノが瞬きをするより早く、その体は焚き火の輪を囲まされていた。

「やれやれ、やっときた。少し早いけど魔法も使ったし、もう食べれるんじゃないかね」

 リグリットが言うと、マンナズは丁寧に鍋を混ぜていた自動人形(オートマトン)を手招いた。

「火退けて、中の食べ物出してくれる?」

「私ハ自動人形(オートマトン)。アナタノオ役ニ立チマス」

 硬いおかしな声だ。

 自動人形(オートマトン)は熱さを感じないらしく、焚き火をザラザラと退けて土の下から大きな葉を取り出した。

「サア、ドウゾ」

 完成品を真正面から見たくない。キーノは顔を背けつつ、薄目になった。

 開けられた葉の中からは、足が八本、胴体がドカンと一つ、八つの目玉のついた顔が一つ。

 想像通りの代物だ。

 目を背けているうちに、麦飯が入れられたとろみのあるシチューと水が配られる。こちらは食べてもいいかな、と器の中を覗き込むと、ボチャン!と枝が入れられた。

 いや、枝じゃない。足だった。

 それから、蜘蛛の脳みそと、身の中に入っていたブニブニ柔らかそうなところ。

 

「出汁が出てうまいよ。中の身はほじくって食べて」

 

 リグリットは一つも悪気のない顔で笑った。

「……うぇ〜……」

 戦々恐々と口にする者と、嬉しそうに口をつける者。

 イジャニーヤなんかは「こう言うの憧れてたんだよね!カニとかさぁ、美味しかったらしいじゃん!もうそんな生き物もいなかったけど!」と、カニが獲れなくなった地元の話をしていた。

 喜んで食べる者に倣って、皆が食事を進めていく。

「ん?いけるね!」

「うまいうまい」

「本当、出汁が出るな」

「一緒に煮ればよかったんじゃない?」

「一緒に煮たら身を解すのが大変でしょ」

「後から入れるから蜘蛛本来の味もするね」

 蜘蛛本来の味なんてしなくていい。

 楽しげな会話から目を逸らす。その先には、ツアーがいた。

 岩の上に腰掛け、皆が食事をする様子を黙って眺めている。

 時折、何かを思い出すかのように空を見上げた。

「……ツアーも食べてないし、私ももういい」

 一口もつけずに皿を置こうとすると、リグリットが分かりやすく睨んだ。

「待て待て、食べられないツアーと違ってインベルンは食べられるでしょ。口だってついてんだから。それともインベルンのお嬢ちゃんはあーんされたいの?」

「バカか。ツアーには本当に口がないのか?あいつだって喋るんだから口もあるだろ。私は口はあっても力にはならないし、ある意味ツアーと一緒」

「一緒じゃない。彼はずっとああみたいだけど、人の中で暮らせてる。あんたはどうなの、インベルン。物も食べない、眠くもならない。そんな時間の中で、何の起伏もなくまともでいられんの」

 時間の区切りを知ると言うのは人間でいるためには必要不可欠なことだった。食事と睡眠をしない一日の長さは途方もなく、感覚も忘れていく。一人で王国にいた間、キーノは何者でもなくなり始めていた。

 キーノは口うるさい姉のような存在にフン、と鼻を鳴らした。

 

「インベルン。君は食べた方がいい。いつか本当に国堕としなんて者になる。君の精神は脆弱だ」

「じゃあツアー、お前はどうなんだ。眠ってはいるようだが、水分一つ取らないじゃないか!痛みだって感じてるか怪しい身体のくせに、私にどうこう言うんじゃない!」

 だいたい、この男は変なのだ。生き物の感じがしないし、感情だってどれほどあるのか。

「僕と君では性質が異なる。僕達は一人で生きていくことが当たり前の種族だけど、泣き虫の君は一人ではいられないんだろう。それなら、それなりの努力はした方がいい」

「知ったような口を聞いて!魂のあるゴーレムなのか自動人形(オートマトン)なのかなんなのか知らないが、性質が異なるというなら私の気持ちなんか分からないだろ!!」

「だから歩み寄ろうとしているじゃないか。さぁ、冷める前に食べた方がいい。その冷たい身体も、芯から温めてやればまた気持ちも変わる。近々人の街に降りるんだ」

「……く!!」

 温めるとか、気持ちとか、そんなことを。それは、彼が生き物である証の発言のように思えてならなかった。

 

 キーノは刺さるように入れられている蜘蛛の足を森妖精(エルフ)の皿に放り込み、シチューに入れられた身と脳みそをぐちゃぐちゃに混ぜてから口を付けた。

 温かい。

 暖かい。

 優しい。

 うまい。

 悔しい。

 キーノは途中から泣きながら食べた。

「そんなにまずかったかい。次は魚にしておくよ」

 ツアーがそんなことを言うと、リグリットがツアーに「しー」と沈黙を促した。

 最後には皿の底を舐めるように全部食べ、森妖精(エルフ)の皿にくれてやったはずの足を取り返して中まで吸った。

 

「…‥ご馳走様」

「ん。お嬢ちゃん、よく食べたね」

 リグリットに言われると、キーノはまた「ふん」と鼻を鳴らし、目元を拭った。

 

 翌朝、理由は分からないがマンナズの自動人形(オートマトン)は動かなかった。

 働かせすぎたせいで壊れちゃったのかなとマンナズは残念がった。

 自動人形(オートマトン)は料理時や荷物持ちに役立つことが多かったので、マンナズ以外も惜しんだが、ゴーレムはいつか動かなくなってしまうものだ。

「今までありがとう」

 そっと自動人形(オートマトン)を寝かしてやり、一行は再び旅立った。

 

+

 

 アインズとフラミーは奇妙な噂を聞いて、少しばかり遠出をしていた。護衛にはおにぎり君とパトラッシュ。

 少し前に、不老不死になるなら何歳くらいでなりたいかとエ・ランテルで聞いて回った際に耳にした噂だ。

 

 何百年もずっと、同じ場所で飯炊きをしている賢者がいるらしい。その者なら、不老不死について何か思うことがあるかもしれない。

 

 そう言う噂だった。

 ナザリックに連れ帰ってみたトラ吉とナツは不老不死に対して良いイメージを持っていないので、彼らには「何歳から不老不死になりたかった?」とは流石に聞けない。

 

「この辺りですかね?」

 二人は鬱蒼と深い森にいた。

 領土としてはここは神聖魔導国で、ル・リエーからずいぶん北上した辺りだ。

 獣道もないような森だったが、気付けば道らしきものがあり、二人は自然とそれに沿って歩いていた。

 

 この辺かと思ってからまたずいぶん歩いた先には、綺麗に整地してある中にポツリと一軒の小さなログハウスが建っていた。

 窓はぴたりと鎧戸を閉められているが、中からは何やら美味しそうな匂いがしてくる。

 アインズは軽い力で扉をノックした。

 何の返事もなく、「ごめんくださーい」とフラミーも声を上げる。

 扉に鍵のような機構は見当たらなく、さらに中から人の気配もしない。

 二人は念のため、生命探知の魔法を使ってみたが、やはり人の気配はない。

 食べ物の匂いがこれだけしているのだから、おそらく家主が戻るのはそう遠い未来ではないだろう。

 

 二人はその場で待つことにした。

 

 ログハウスの外に置いてあったベンチに腰掛け、近頃の話をする。

 やっぱり外に出た方が楽しいとか、また冒険者をしたいけど英雄扱いは嫌だとか、ついこの間ナインズとアルメリアが第五階層の氷山錬成室に遊びに行った時のこととか。

 美しいあの場所では、今二人の限界突破の指輪が胎動している。

 フラミーは約束の指輪の完成を楽しみに待ちわび、バロメッツにルーンを描いてやるとちらりと覗きにくる。その事を知っている子供達ニ名は、是非ともこれを母にプレゼントしたいと指輪を包む始原の魔法の膜に触れた。

 決して誰も触ることが許されていなかったので、様子を見ていた雪女郎(フロストバージン)達は大慌てでコキュートスに連絡を取り、さらにコキュートスからアインズへ連絡が行った。

 アインズは大慌てで駆けつけると、なんで取れないんだろうと、始原の力を持つ二人が膜をギューつく押しているまさにその時だった。

 どんなに親切な気持ちでも絶対に触るなと散々叱ってしまった。アインズ本人でもものすごい剣幕だったと思う。

 二人を守るために必要な指輪が製作途中で未完成となることは許されなかった。

 二人は「だってお母さまが欲しいと思って」「お母ちゃまにあげたかったから」と赤ん坊のようにわんわん泣いた。

 最悪シモベ達なら、この膜に触れたところで壊れるような事はないのかもしれないが、よりにもよってこの二人だ。

 とは言え、アインズは流石に言いすぎたかと泣いて仕方のない二人を抱き上げ、昔フラミーにそうしたようにロッキングチェアに腰掛けた。

 百レベルのアインズに叱られることは、百レベルの守護者達ですら震え上がる。

 アインズは悪かったと二人に詫び、アルメリアはそのまま泣き疲れてアインズの上で眠った。

 ナインズは「でも、だって僕本当にいたずらしようと思ったんじゃないんだよ……?」と言い、「もうよく分かったよ。フラミーさんに優しくしてくれて父ちゃんも嬉しいよ」と答えたところで、ようやく納得して笑った。

 

 フラミーはニコニコと嬉しそうにアインズの話を聞いた。

「自我があるってのも参っちゃいますよ。っとにもー……」

「ふふ、贅沢な悩みです」

 足をぷらぷらさせて待つと、ふと二人揃って森の方へ顔を上げた。

 

 そこには機械が立っていた。二足歩行で、全身は真っ白。頭髪も鼻もなく、つるりとした顔には点の目と、人形のように口の下に二本の線が入っている。

 全ての関節には球が入っていて、服なども身につけていなかった。

 

「お前、初期自動人形(オートマトン)か?」

「私ハ自動人形(オートマトン)。アナタノオ役ニ立チマス」

 

 アインズとフラミーは思わず目を見合わせた。

「サア、ドウゾ」そう言って自動人形(オートマトン)はログハウスの扉を押し開けた。

 ログハウスの中は、にわかには信じ難い光景が広がっていた。

 

 つるりとしたガラス状の板の上に、鍋が乗っている。

 この世界しか知らないものが見れば、ともすれば高級な作業台だと思うかもしれないが、アインズとフラミーはその台をただの作業台だとは思わなかった。

 自動人形(オートマトン)は天井から伸びる長い線を自らの首の後ろに差し込んだ。

 その瞬間、天井からぶら下がっていた電気がつき、パッと部屋の中は明るくなる。

 同時に、作業台は"ウーン……"と可動音を上げ、鍋蓋はカタコトと踊り出した。

「……IHじゃないか」

「私ハ自動人形(オートマトン)

「それは知ってる」

「アナタノオ役ニ立チマス。――サア、ドウゾ」

 

 当たり前のように席をすすめられ、二人はこの場所に驚愕しながらも大人しく席についた。

 自動人形(オートマトン)はシチューをよそうと、二人の前に差し出した。それから、二匹の子山羊のために床にも二杯。

「サア、ドウゾ」

 さっきも聞いた言葉を再び告げ、締め切ってあった窓を開けに去った。

 IHと天井からぶら下がる照明、それから自動人形(オートマトン)が線で結ばれている。電力の供給源は自動人形(オートマトン)だ。

 

 改めて部屋を見渡すと、アインズ達が今腰掛けている椅子と大きなテーブル、キッチンしかない実に奇妙な場所だった。

 住む者が寝る場所や、洋服をしまうような棚などが一切見当たらない。

 だが、服を着る必要も寝る必要もない自動人形(オートマトン)の家なら納得はいく。

 二人はスプーンを取ると、麦飯の入ったシチューを口に運んだ。毒耐性はあるので味が良ければ割となんでもいい。

 子山羊達は夢中で食べた。

 

「……まぁまぁ、うまいですね」

「はひ……。ちょっと薄いけど……」

 

 自動人形(オートマトン)はそのまま外のベンチに腰掛けたらしく、頭が窓から見えていた。天井からぶら下がって出ている線はその首の後ろに繋がったままだ。

 その様は、まるでユグドラシルログイン時に利用するコネクターのようで、二人はどこか居心地の悪さを感じた。

 

「これ、どう思います?」

「どうって……どう見ても全部禁書指定ですよぉ……」

「ですよね……。あいつ、何なんでしょう。こんな所で一人でお役に立ちますって……」

「さっぱりです……。このシチューだって、自動人形(オートマトン)は食べないですよね。誰かを待ってるんでしょうか」

 

 アインズはンン、と咳払いをしてから「おい」と声をかけた。

 外に座っていた自動人形(オートマトン)は顔を上げると部屋に戻った。

 

「私ハ自動人形(オートマトン)。アナタノオ役ニ立チマス」

「それはもうよく分かった。お前、ここに一人でいるのか?」

「私ハ自動人形(オートマトン)

「……そうか。これは全てお前が作ったのか?」

「アナタノオ役ニ立チマス」

「賢者というのは、お前のことか?それともお前の持ち主か何かがいるのか?」

「私ハ自動人形(オートマトン)。アナタノオ役ニ立チマス」

「……役に立って欲しいんだがな。お前はここで何をしているんだ?」

「アナタノオ役ニ立チマス」

「ダメだこりゃ」

 

 ギルドのポイントを使って生み出したシズも自動人形(オートマトン)だが、ユグドラシルにはそうではない、店売りの自動人形(オートマトン)も存在した。

 いわゆる初心者プレイヤー向けのアイテムで、プレイヤーの周りでうろちょろとドロップアイテムを拾ってくれたり、薬草やポーションを持たせておくとたまに回復してくれたりするNPCだ。

 できることが極端に少ない上にレベルも十程度までしか上がらないためゲームに慣れてくると皆それを売ったり捨てたりするのが普通だ。

 外装も変えられない。

 たまに初心者ごっこが好きだとか、可愛くない見た目なのに愛着が湧いたとか言って大切に持ち続けるプレイヤーもいるが、圧倒的少数だろう。

 ナザリックには一応、我らがゴーレムクラフター、るし☆ふぁーが一体宝物殿にしまっているはずだ。

 

 アインズ達は悩んだが、このユグドラシルの遺物は回収することにした。

 そして、これの持ち主がいるならその人物もナザリックに拐取する必要がある。

自動人形(オートマトン)、お前には役に立ってもらうためについてきてもらおうと思う」

「アナタノオ役ニ立チマス」

「あぁ、ありがとう。さて、小腹も満たされたし、ここを出よう」

 アインズの言っている意味が分かっているのか、アインズとフラミーが席を立ってログハウスを出ると自動人形(オートマトン)もスムーズに後についてきた。

 首の後ろからコネクターを抜いてやる。

 

 二人と二匹、それから一台で十分にログハウスから離れる。

 アインズはログハウスを指差した。

「<焼夷(ナパーム)>」

 火柱が天空めがけて吹き上がる。

 自動人形(オートマトン)はまるで心を失ったかのようにひっそりと立ち尽くし、自らの家が燃えていく様を眺めた。

 小屋は文明の痕跡ごと消え、後には焼け焦げ真っ黒になった大地と灰だけ。

 稀にリアルで嗅いだ嫌な匂いがした。

 

 アインズとフラミーは自動人形(オートマトン) を連れ、その場を徒歩で離れた。

 森を適当に歩き回り、防御魔法や探知阻害などをあらかた掛け合う。万が一プレイヤーや強者が近くにいた時のため。

「<伝言(メッセージ)>」

『――シャルティア・ブラッド・フォールンでありんす』

「シャルティア、悪いがこちらに死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を数名送って欲しい。監視しなくてはいけない場所ができた。出来うる限り、ナザリックの場所が探知されない方法でこちらへ送って欲しい」

『これはアインズ様。妾をお選びいただき、恐悦至極にございんす。ご用件、承りんした。では、一度ブラックスケイル州に移動したのち、御身の下へ死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を送り出すよう手配いたしんす』

「助かる。その手段で我々もブラックスケイル州を経由してからナザリックへ戻ろうと思う。ではまた準備が出来次第連絡を寄越せ」

 <伝言(メッセージ)>の向こうで畏まる雰囲気を感じてから、アインズは魔法を終えた。

 それからいくらも立たないうちに、シャルティアから死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が送り込まれた。

 彼らはログハウスの焼け跡付近にじっと立ち、自動人形(オートマトン)の持ち主や関係者が現れることを待ち続けたらしい。

 

 アインズ達すら忘れてしまうほどに永い時間。

 

+

 

 一行はナザリックに戻ると、セバスにいくらか用事を頼み、真っ直ぐ戦闘メイド(プレアデス)の部屋へ向かった。

 

 第九階層を自動人形(オートマトン)連れで歩いていると、すれ違う者達は自動人形(オートマトン)を見ていないふりをした。が、明らかに様子を探っているのが伝わってくる。

「どんな情報でもいいから、お前のことが少しでも分かるといいんだが……」

「私ハ自動人形(オートマトン)

「そうだな」

 

 戦闘メイド(プレアデス)の部屋には姉妹が揃って座るための円卓がある。

 それに腰掛け、少しの間もなくノックが響いた。ここはアインズとフラミーの部屋ではないのに。

 当然のように入室の許可を出すと、戦闘メイド(プレアデス)を引き連れてセバスが入室した。

「お待たせいたしました。アインズ様、フラミー様」

「待ってなどいないとも。――シズ、お前にはこれが何かわかるか?」

 シズは自動人形(オートマトン)をじっと見つめてから頷いた。

「私の亜種。多分」

「私ハ自動人形(オートマトン)。アナタノオ役ニ立チマス。――サア、ドウゾ」

 自動人形(オートマトン)は残る椅子を全て引き出し、戦闘メイド(プレアデス)達へ座るように勧めた。無論誰も座らなかったが。

 

「こいつはどうもこれしか喋れないらしいんだ。持ち主が何者で、一人で何をしていたのかお前なら分かるんじゃないかと思ってな」

「ん、試してみます」

 シズは自動人形(オートマトン)の腕を上げたり、首の後ろのコネクターを開いて覗いてみたり、あれこれ彼女なりに研究した。

「――そこのコネクター、シズも繋がるものを持ってる?」

 フラミーが尋ねるが、シズはそっと首を振った。

「ないです。私とは何もかも違いそう」

「そっかぁ。コネクター持ってる同士だったら繋ぎあってパッと色んなこと解っちゃいそうなものだけど」

 ほんとですね、とアインズは相槌を打った。シズにはあまり意味がよく分からなかったようだが。

 ひとしきり観察が終わると、シズは自動人形(オートマトン)から離れた。

 

「どうだ?」

「……見た目から分かることは多くなかったです。でも、試してみたいことがある」

「あぁ、なんでもやってみていいぞ」

 シズはぺこりと頭を下げると、自動人形(オートマトン)と向き合った。

 

「――あなたが制限されていることを教えてください」

 シズが告げると、自動人形(オートマトン)は一拍置いてから口を開いた。

「プレイヤーニ関スル個人情報、プレイ履歴、宗教ヤ戦争、紛争、フルダイブマシン装着時ニ収集サレタデータロガーニ関ワル一切ノ情報、ソノ他電脳法ニ触レル内容ヘノ言及ハ制限サレテイマス」

「それらの破棄は可能ですか?」

 突然の情報の嵐にアインズとフラミーはひっくり返った。

「ま、ま、ま、待て!何でもやっていいとは言ったが、少し待て!!」

 アインズの抑止に、一斉に視線が集まる。

 これはどうするべきなのかと悩んでいると、自動人形(オートマトン)はシズへ答えた。

「一部可能デス」

 可能デスじゃない。どうするべきか悩んでいると、フラミーがアインズの肩をポンと叩いた。

「大丈夫ですよ。――制限が解除されたら、私から質問できるかな?」

「できると思います」

 シズとフラミーの間で円滑に確認作業が行われると、アインズはない唾を飲み下して喉を鳴らしたように錯覚した。

「――それでは制限を解除してください」

「畏マリマシタ」

「質問者を変更します」

「畏マリマシタ」

 シズがフラミーへ視線を送る。

 

「んん、えーっと、あなたの持ち主は?」

「プレイヤーニ関スル個人情報、プレイ履歴ニツイテノ言及ハ制限サレテイマス」

「な、なるほどね。じゃあ、あなたはあそこで何をしていたの?」

「所有権保持者ヲ待ッテイマシタ」

「いつ戻ってくるの?」

「スミマセン、分カリマセン」

「あらら、どれくらい待ってるの?」

「プレイ履歴ニ抵触シマス」

「あなたが待ってた時間もプレイ履歴に抵触するの?」

「最終ログイン日ノ推察ハ個人情報ニ抵触シマス」

「ははは、ほんとだ。それはそうだね。じゃあ、あなたはあそこで何をしてたの?」

「食事ヲ作ルコトト、荷物ヲ持ツ事ガ私ノ仕事デス」

「ふふ、知ってるよ。あなたは一生懸命荷物を集めて、まだ小さい初心者のアイテムボックスが溢れないようにしてくれた。でも、食事作りまでは知らなかったな」

「プレイヤーノ回復ハ私ノ仕事デス。私ハ自動人形(オートマトン)。アナタノオ役ニ立チマス」

「あぁ、そういう事なんだね」

 

 彼は運営に与えられた仕事を忠実に守っているのだ。ただ、店売りされているアイテムにすぎない彼から、所有権保持者とやらへの忠誠のようなものは感じられなかった。

 

「ところで、あなたの動力源は何なの?」

「太陽光発電システムヲ持ッテイマス。私ハ電力デノミ動キマス。日照ガ少ナイ場所デハ、動キガ緩慢ニナル恐レガアリマス」

 全く知らなかった。運営はそこまで設定を付けただろうか。どんなふうにプレイしていても、自動人形(オートマトン)が停止するなんて聞いた事はなかった。

「充電しなきゃいけないわけだね。あんな薄暗い森の中じゃ大変だったでしょ」

 と言いつつ、ログハウスの表に出て、ベンチに座っていた理由にアインズとフラミーは大いに納得していたのだが。

 

 二人の会話がひと段落すると、アインズは横からそっと口を出した。

「お前の持ち主は、お前のことを私達に譲ると言っていたのだが、お前はそのことをどう思う?」

 嘘八百だった。だが、自動人形(オートマトン)は動きを止めた。

 彼らを捨てることなど、ユグドラシルでは当たり前だ。アイテムボックスから右クリックで完全に削除か、フィールドにポイ。もしくは端金で店売りし直す。

 だから、彼らにとってみれば売買も譲渡も破棄も当たり前のはず。

 ピーピーと電子音をいくらか鳴らすと、自動人形(オートマトン)は全てに納得したように頷いた。

「確認ガ取レマシタ。設定ヲ変更シマス。――私ハ自動人形(オートマトン)。アナタノオ役ニ立チマス」

 

 アインズとフラミーはひとまずホッとしたという顔をした。

 

「こいつはBARナザリックに――いや、食堂で働かせろ。料理長シホウツ・トキツに渡してやってくれ」

 

 セバスはどこか嬉しそうに頭を下げた。

「あぁ、シズ。こいつの解除されている全ての制限を再びかけろ。制限の解除は二度と許されない。良いな」

「ん、わかった」

「では下がって良いぞ」

 

 戦闘メイド(プレアデス)たちは自動人形(オートマトン)を連れて粛々と自分たちの部屋を後にした。

 アインズとフラミーはまるでしめし合わせたかのように

「「<兎の尻尾(ラビットイヤー)>」」

 と、音を増幅させる魔法を使った。

 

 廊下から足音共に声が聞こえてくる。

「面白かったっすねー!」

「えぇ。でも、お話のほとんどの意味がよく分からなかったわねぇ?」

「フラミー様の叡智に触れられる機会だったわね」

「アインズ様は私たちが知る必要のないことだとお思いみたいだったけど、シズはわかった?」

「ん、分からない。だけど、ああしたら話せるという事だけは知ってた」

「そうあれと作られたんですねぇ!」

 姉妹達の楽しそうな声はどんどん離れて行った。

 

 そうして、自動人形(オートマトン)は喜んで毎日食事を作っている。

 彼の話す言葉はたった三つだし、表情もないが、誰がどうみても喜んでいた。

 

 自分はあそこに破棄されたのではないかと、二百数十年を過ごして思わなかった日はない。ふと意識を失い、目が覚めた時にはあの森の中にひとりぼっちだった。

 たまに訪れるプレイヤー達の腹を満たしてやるために――いや、いつマンナズが戻ってきても良いように毎日食事を作り続けた。

 自動人形(オートマトン)は魔法が使えないから、彼なりにできるベストを尽くし、プレイヤーを回復させられるようにした。

 IHと電気を作るのに二百年余りがかかった。それまでは毎日蜘蛛を取って、葉に包んで穴に埋め、焚き火を乗せて火を通したものを用意してあの場所で過ごした。

 

 自動人形(オートマトン)は思い出す。

 マンナズと共に旅をして、荷物を持って、食事を作って食べてもらったことを。

 それと同時に、店に並んでいる時に他のプレイヤー達が自分と全く同じ見た目の仲間を売って「初心者卒業!」と喜んで立ち去って行った日を。

 自動人形(オートマトン)は思い出す。

 買われる日を楽しみにしていた日々を。

 自動人形(オートマトン)は思い出す。

 いつか自分にも、必ずその時は来ると覚悟して出かけた日を。

 自動人形(オートマトン)は思い出す。

 決して忘れることのできない、初めて冒険に出た日の事を。

 

 自動人形(オートマトン)は思い出す。

 

 自らはプレイヤー達の役に立つために生み出されたことを。




うおああああああああ!!!
なんか切ないなぁ。
別に捨てられたわけじゃなかったのにねぇ…。
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