Re Lesson#1 憧れた華の都
軽快な足取りで神都を行く乙女が一人。
彼女の名はアガート。
リ・エスティーゼ州の田舎の村から神都に来た彼女には、見るもの全てが輝いて見えた。
「神都だぁ〜!」
この春から神都の魔導学院の薬学科に通うことになる彼女は、薬草屋を営むやり手の父と共に上京──いや、上都して来た。
父はいつもであれば、わざわざ薬草を神都まで持って来ることはなく、旧王都まで運んでそこから先は
今回はアガートの杖を買ったり、仕立てたばかりの新品の制服の受け取りをしたり、寮の確認など、新生活を始める娘のために共に神都まで着いてきた。
父はせっかくの機会なので、あまり顔を合わせることのない顧客達に挨拶をして回った。
その間に、アガートはこれから暮らすこの大都会を少しでも知っておこうと街へ繰り出した。
寮から近い、食品や雑貨を買えるお店、文房具屋さん、それから、お花屋さん。
寮生活とはいえ、憧れの一人暮らしには違いがないのだから、行きつけのお花屋さんを決めて、お花が枯れてしまうたびに新しい花を部屋に飾りたい。
もし良い物があれば、花瓶も買いたい。他にもマグカップや可愛いお皿も買いたい。
寮の食堂もあるが、一食五百ウールなので少しは自炊してもいいかもしれないし、友達を部屋に招いた時にケーキやお茶を出すくらいのことはしたい。
アガートは神都に来る前にエ・ランテルも通り、一泊して神都にたどり着いたのだが──どちらも田舎の村と違い、多くの
ふと
それは後方についた螺旋階段から屋根にあたる二階の展望席へと上がれる馬車だった。
運賃を受け取る係員が螺旋階段の脇に立っていて、皆後方から乗車していく。
エ・ランテルでは
車体には見事な彫刻が施され、螺旋階段の脇に掛けられている
二階屋上席に乗る乙女たちは見たこともないような素敵な日傘をさしていて、週末に劇場に行くだとか、素敵なキャフェができただとか、新しい日傘が欲しいだとか、そんな話ばかりをしていた。自分達の人生が幸福であると信じて疑わない、聞く人を心地よくさせる品のある柔らかな笑い声。
花咲くような日傘は白やピンク、レモンイエローと様々だ。くるくると回される様子すら可憐だった。
アガートが乗らずに見送った
アガートは自分の中で一番素敵だと思って選んできた格好がなんとなく恥ずかしくなると同時に、単なる馬が引く幌だけが屋根の乗ってきた荷馬車が嫌になった。
何と言っても、展望席に座っていた彼女達は遠目にも色白で、手首までの素敵なショートグローブがよく似合っていたのに──薬草畑に毎日出ていたアガートは色黒で、軍手以外の手袋なんて一つも持っていない。
実家も決して貧乏という訳ではないが、宝石箱に紛れ込んだネズミのような気分だ。
お気に入りのネイビーのスカートに、荷下ろしや片付けのために付けた腰から下に巻かれた白いエプロン。
アガートは小さなため息を吐く。
この街に似合うような新しい素敵なスカートが欲しい。それから、絶対素敵な手袋も欲しい。──なんなら、日傘も欲しい。
そんなことを思いながら、エプロンを外してカバンにしまい、角を曲がった。
──瞬間、顔から思い切り何かにぶつかった。
「ぶっ!!」「っわ」
思いがけず尻餅をつき、痛む鼻を押さえた。アガートはしっかり倒れたというのに、相手はまるで巨木のようにびくともしなかった。
「──君、悪かったね。大丈夫?」
「いったぁ……!ちょっと!鼻がひんまがっちゃったじゃない!!」
アガートはぶつかった相手に当たるように吐き捨てた。どうせ田舎臭い自分は神都の人間の目には入りもしないのだろう。
「は、鼻?本当に?見せてごらん?」
本当なわけないでしょ、と内心悪態をついて視線をあげると、泣いているような怒っているようなおかしなマスクを被り、フードを目深にかぶる男が自分を覗き込んでいた。
「へ、変質者──!!」
そう叫ぶと同時に男は辺りを指差し「え!?<
「な、何もしやしないから。怪我だけ見せてごらん?」
「結構です!!」
怪しすぎる男からアガートは逃げようと決め、慌てて立ち上がった。
すると、自分でスカートの裾を踏んでいたことにも気付かず、スカートはビリィと酷い音を上げて破けた。
呆然としていると不審者はサッと顔を背け、アガートの興奮して熱くなっていた脳みそは一気に冷えた。
「──とりあえず、これ使って」
変質者はどこからともなく黒い布を取り出し、アガートへ差し出した。
「……だ、大丈夫。エプロン……持ってるから」
アガートはカバンの中からエプロンを取り出し、腰にサッと巻くと、差し伸ばされた手を取り立ち上がった。
黒い布はいつの間にか消えていた。
「ありがとう……」
「いや、驚かせて悪かったね」
変質者にしてはあまりにも紳士的な様子だった。
アガートの口から苦笑が漏れる。
「……気にしないで。私、今日はすごく特別な日のはずだったんだけど……無性に自分が嫌になっちゃって。お気に入りだったはずのスカートも……こんな……」
さっきまではもういらないとすら思ってしまったスカートだったが、落ち着いた今は心から残念に思った。
アガートはエプロンの下で縦に裂けてしまったスカートを摘んだ。
「はぁ……。最低な日になっちゃった」
「……大事な日だったんだね。スカートは僕が弁償するから、少しでも元気を出して。って言っても、僕の小遣いで足りる額のものになっちゃうけど」
「本当に?半分でも出してもらえたら助かるわ」
そう言い、相手をよく見る。見れば見るほどおかしな格好だ。
黒いロングローブのフードを目深に被り、ヘンテコな仮面をかけ、見えているのは手だけのようなもの。
変質者ではなさそうだが、不審な格好だった。
「……あなた、どうしてそんなおかしな格好をしているの?」
「え?おかしいかな?」
「おかしいわ。あなたのその仮面なんて、特に」
「そんなにおかしい?僕は結構これを使うんだけど……」
妙に小さくなったように見える姿にアガートははっと口に手を当てた。
「そうなの?ごめんなさい、でも、やっぱりおかしいわ」
「うーん、そんなにおかしいって言われたのは初めてだよ」
困ったなぁと呟くと、青年はふと思い出したように再びアガートの顔を覗き込んだ。
「ところで、鼻は?もう痛くない?」
「あ、すっかり忘れてた」
「ははは。良かった。じゃあ行こう」
歩き出した青年の後をついて行き、再び大通りに出る。
青年は何の躊躇いもなく先程見かけた
乗り込む乗務員は妙にうやうやしく頭を下げ──神都で働く者の洗練された様子をアガートに見せつけ──青年から運賃を受け取った。アガートはこれほど素敵な物にこんな格好で乗るのかと足を止めた。
破れたスカートの上から、田舎臭いエプロンを着けている姿は──一言で言えば最低だ。
「どうしたの?」
「どうもしない……」
そう言い、アガートは急いで乗務員に近付いた。
「いくらですか?」
「二百ウールですが、お代はすでに頂戴しております」
「え?」
乗務員の返事にアガートが素っ頓狂な声を上げると、仮面の青年がその疑問に答えた。
「僕が出したから」
「あ、ありがとう」
「気にしないで。僕が付き合わせてるようなものだからね」
アガートはようやく
二階から神都を見て回れたら良いなと思うが、この最低な格好で洒落た日傘のお嬢さん達の隣に座るのは嫌だった。
(せっかく乗るけど……またいくらでもチャンスはあるもんね……)
と思っていると、青年が振り返った。
「君、悪いけど下の席でもいいかな?」
「もちろんいいわ」
「それは良かった。女の子は皆上が好きだから」
青年は笑ったような雰囲気をまとうとスタスタと車内へ入っていった。
そして空いている席の前に着くとアガートを待ってくれていた。
自然と窓際を勧められる。
ふと他の乗客達の視線がアガートに集まっているように思え、みすぼらしい格好を内心で馬鹿にしているのではないかと急いで奥に座り、青年もその隣に座った。
車内から見る神都はまた一段と煌めいているようだった。
美しい装飾の施された窓枠の向こうの街は、まるで動く絵画のようだ。
アガートはうっとりと夢のような景色を眺めた。
──そして、ふと青年がつまらなそうに頬杖をついて俯いていることに気が付いた。まるで、通路の床でも眺めるように。
「どうしたの?」
「ん?何が?」
「こんなに素敵な街なのに見ないの?」
青年は困ったように笑った。
「見たいけど、見ていれば見られてしまうから……。僕は見られるのがあんまり好きじゃないからさ」
「……じゃあそんなおかしな仮面とってしまえばいいじゃない。それが目立つのよ」
アガートはそう言うと青年の仮面に手を伸ばし──手首を掴まれた。
「忠告は感謝するよ。だけど、僕は今これを外すつもりはないから」
絶対にやめてくれと言いたげな声音にすぐさま手を引いた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、良いよ。さ、次で降りようね」
たった二駅乗ると二人は
何となく話しかけづらいような雰囲気を感じ、アガートはこの青年は余程顔にコンプレックスがあるのだろうと不憫に思った。
自分も先ほどまでこの田舎臭い身なりに辟易していたのだから気持ちは良くわかる。
しかし、この格好では別の意味でまた目立ってしまうのではないだろうか。
(本当にこんな格好よせば良いのに……)
アガートの内心をよそに、ふらりと青年は店に入り、アガートもそれに続く。
いらっしゃいませーと声が響く中、アガートはぴたりと足を止めた。
店員は美しいセイレーン達。店内はわずかに歪みのあるガラスの中に収められた
店員はやはりうやうやしく頭を下げた。
「いらっしゃいませ。お手伝いいたしましょうか?」
「いえ、好きに見させてもらいます」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
下がっていく足取りはどこか緊張していて、今声をかけてきたセイレーンはまだ新人なのかもしれない。
「どう言うのが良い?やっぱりそのスカートに似たものがいいかな?」
金色の細いハンガーにかかる高級そうな服を見る青年の様子に、アガートは冷や汗が出そうだった。
「ち、ちょっと……。ねぇ、ここ高そうだよ?だめだよ、こんなの買えないよ」
もっと安い店はあるだろう。いや、神都にはこんなお店しかないのだろうか。
店員達がじっと仮面の青年の様子を見ている。どう考えても場違いだ。
「こう言うのは?」
聞いているのかいないのか分からない青年は美しい赤紫のシフォンのスカートをアガートに差し出した。
仮面とスカートを交互に見ると、アガートはそれにつけられている値札を見つけ、確認した。
「さ、三十九万ウール!?バカ!!行くよ!!」
「っうわ!!」
慌ててスカートをラックに戻すと、アガートは青年の腕を引っ掴み店を飛び出した。
三十九万。家族が一ヶ月生活できるような値段だ。
「あなたね!神都生まれのボンボンみたいだけど、あんな高いお店ダメよ!値段わかってんの!?」
「ご、ごめん。あんまり……よく分かってないかも」
「はぁ……お店は私が探す。帰り道だけ案内して頂戴」
「ははは。まかせて。ごめんね」
アガートはズンズン進み、こんな大通りに面している店は高いに決まっていると小道に入った。
何軒か横目で確認して行くと、白いウッドデッキがある店を見つけた。
デッキに置かれたトルソーにディスプレイされている服の値段をごそごそと確認する。デッキにはパイプや葉巻を吸うためのベンチと灰皿が置いてあり、「都会は
「──これもニ万ウール……」
それでも高かった。
「中も見てみる?」
「……ねぇ、あなた本当に半分出してくれる?」
「出すよ。女の子をそんな格好で返したら母に怒られる」
「黙ってればバレないのに?」
「バレないわけがないよ。あの人はこの世の全てを──いや、なんでもない」
余程厳しい親なのか一日にあったことを問い詰められがちなのかもしれない。
アガートはボンボンも大変だなと店内に進んだ。
「いらっしゃいませー」
気楽な声を出した店員は青年の顔──いや、仮面を見るとギョッとした。
(やっぱり不審者だと思われてる…… )
青年は店員が駆け寄ろうとするのを手を挙げることで押し留めた。
もう少しましな仮面にすればいいのに──アガートはそう思った。
そういえば、さっきの店にもあったが、この店にも仮面が何枚か売られている。神都では仮面を持っていることも普通なのだろうか?
ここにある仮面の方がまだ素敵なデザインなのに。
「少し見させてもらいますね」
青年がハンガーにかかっている服を見るのを他所に、ワゴンに置かれてたたまれているミモザ色のスカートを確認した。セール商品だ。
(これは八千ウールね)
ひとまずゼロが減ったことに安堵し、今日あれこれ買おうと持って来たほとんどの小遣いが無くなることを覚悟した。
フラフラと服を見ている青年を呼ぼうとする。
(ん?そう言えばあの子、なんて言う名前なんだろ?)
仕方ないので、ねぇ!と声をかけた。
「決まった?」
「うん、これどう?」
そう言い値札をちらりと見せる。
「綺麗な色だね。試着してみれば?」
少しも値札を気にする様子がない。アガートはこの人は本当に金に糸目をつけないのかと店員の下に行った。
「すみません、これ試着しても良いですか?」
「もちろんでございます!ご案内いたします!」
店員はやはり少し緊張したような手付きでたたまれているスカートをアガートから受け取り、たたみ皺を撫で試着室に案内した。
薄桃色のカーテンの向こうには歪みのない鏡と可愛らしい緑の丸いラグ、それから小さなキノコ型の椅子が置かれていた。
「お靴は脱いでお上がりください。ごゆっくりどうぞ」
スカートを渡され、カーテンが引かれる。
アガートは途端に気分が盛り上がっていくのを感じた。
靴を脱いでラグに上がり、着けていたエプロンを取り、キノコ椅子に置いた。
デザインの古いスカートを脱いで新しいスカートを履くと──それだけでアガートはまるで神都のお嬢さんのようだった。
これまで値段ばかり気にしていたが、生まれたてのヒヨコのような黄色いスカートはとても可愛かった。
思わず、カーテンをシャッと開いた。
「ねぇ!見て!どうかな!!」
仮面を見ていた青年はアガートへ怪しい仮面をかけた顔を向けると頷いた。
「うん、とっても可愛いよ。鼻が無事で良かった」
アガートはそんな事を言われたのは初めてで、見せておいて思わずドキリと胸が鳴った。
「あ、ありがとぅ……」
声は小さくなっていき、カーテンをゆっくりと締め直そうとすると、青年はその手を取った。
「待って」
「あ、え?」
「すみません、これこのまま着て行くんでお会計お願いします」
「かしこまりました!」
店員がハサミを持って来ると、腰からひょろりと出ていた値札はチョキンッと小気味良い音を立てて切られた。
「じゃあ、ゆっくり靴を履いておいで」
青年はアガートの脱いだ靴の向きを履きやすい方向へと直してから背を向けた。
もっと綺麗に脱ぎ揃えて置けば良かった。
あまりのスマートさにアガートはしばらくその立ち姿をじっと見てしまった。
「八千ウールでございます」
会計を済ませようとしている声に我に帰り、慌てて靴を履いた。
破れてしまったスカートとエプロンを引っ掴み、青年の横に並ぶ。
すぐさまスカートのポケットから財布を取り出した。
すると、青年はアガートのスカートを手の中からするりと取ってしまった。
「これ、袋に入れてもらっても良いですか?」
「はい!」
汚いスカートは店員の綺麗な手によってたたまれ、お店の外観が描かれた綺麗な紙袋に吸い込まれた。
「えっ!べ、別にそのままでいいのに!すみません!!」
アガートのあまりの必死な雰囲気に店員と青年は顔を見合わせ「はは」と少し笑った。
「本来でしたら、そちらのスカートを入れた袋ですのでお気になさらずに。さぁ、こちらを」
「ありがとうございます」
青年は当たり前にそれを受け取り、少し熱苦しさすら感じる雰囲気で「ありがとうございました!」と言う店員に会釈をして店を出てしまった。
「あ、えっと、ありがとうございます!」
アガートも慌てて頭を下げるとその背を追った。
「じゃあ、帰り道を案内するよ」
青年はまるでエスコートでもするように道を示した。
「そ、それ!自分で持つから!」
アガートは破れたスカートが入った紙袋を指差した。
「そう?じゃあ」
そっと紙袋を受け取ると同時に、アガートは四枚の紙幣を差し出した。
「あの、ありがと。とっても素敵なの買えて……えっと、本当、嬉しかった!」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
青年は笑ったようだった。
そして差し出した金を受け取りもせず再び大通りに向かって歩き出した。
「ね、お金もらってくれないと困るよ」
「うーん。じゃあ、一枚だけもらっておくね。僕が稼いだお金ではないから」
(ボンボンなのに……そういう感覚はあるんだ……)
アガートの手の中からピッと一枚だけ抜くと、見たこともないほどに高級そうな財布を取り出してしまった。黒い財布には金色で神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の紋章が刺繍されていた。
「ありがとう。それで、会った場所に戻るんでいいのかな?」
「あ……えっと、できれば……あの……素敵な雑貨屋さんまで……。魔導学院近くの……とか……」
アガートは仮面の青年ともっと一緒にいたかった。顔を見た事はないが、アガートが憧れていた男の子の振る舞いそのものだった。
こんな夢のような時間が終わるなんて。
「んー。──魔導学院近くのかぁ」
遠いため嫌なのか、あまり乗り気ではない返事だった。
「ご、ごめん!やっぱり会った場所で!」
「あ、いや。良いよ、喜んで連れて行くよ。魔導学院のそばに、僕が小学生の頃に友達がよく飴を買ってた雑貨屋があるからそこに行こうか。えーっと──こっちのバス停から乗ろう」
アガートはパァっと顔を明るくした。
「っうん!ありがと!」
肩を並べて歩くと、青年の背が大きいのがよく分かった。
二人は再び大通りに出て、
「ねぇ、私はアガート・ミリガン。リ・エスティーゼ州から来たの」
「そっか。神都に慣れてないみたいだったけど、別の州から来てたんだね」
青年はそれだけ言って名乗りはしなかった。普通は名を聞かされたら名乗るものだ。
「あなたの名前は?」
「僕の名前?そんなものは聞かないほうがいいよ」
「どうして?ねぇ、私また……あなたと神都を歩きたいのに……」
「はは。僕は変質者だっていうのに?」
そう言っていると
「そんなことないわ。その仮面も、見慣れたら思ったよりおかしくないみたい」
「そう?それは良かった」
運賃を払うと、青年はやはり車内へ進みアガートに奥の席を勧めた。
「ねぇ、今度お礼をさせて欲しいの」
「気にしなくていいよ。それに、君はリ・エスティーゼに帰るんでしょ?」
「帰らないわ。だって、来週から魔導学院に通うんだもん。入学式がじきでしょ?」
「あらら、そうなんだ」
あらら、とはどういう感情なのだろうか。青年は悩んだようだったが、ようやく名前を口にした。
「僕は九太だよ」
「キュータ、すごくエキゾチックな名前ね!キュータって苗字?とれとも名前?」
「名前だよ。苗字は鈴木」
「キュータ・スズキね!ふふ。キュータ、本当にありがとう」
アガートは紙袋を大切に抱いた。
「いいや、元はと言えば僕が悪かったから。さぁ、次で降りるよ」
キュータが立ち上がるとアガートも立ち、道を勧められて出口に向かった。
そして
「ねぇ、キュータ!私、マグカップと花瓶を買おうと思うんだけど、雑貨屋さんであなたも欲しいものがあったらお礼に──」
と、振り返ると、キュータは降りていなかった。螺旋階段の前にある手摺りに寄りかかってひらりと手を振った。
「お店はそこだからね、ミリガン嬢!」
それを掴み、仮面が外れる。同時に風が吹き、深く被っていたキュータのフードはするりと落ちた。
夜空のように漆黒に輝く長い髪と、黒曜の瞳。この世のものとは思えない、中世的な美しき顔。
アガートは思わずキュータに見惚れ、時が止まったかのように感じた。
「良いマグカップがあるといいね」
「あ、う、うん──」
遠ざかりながら微笑まれた──瞬間、その手の中にあった仮面は赤いモジャモジャの手に奪われた。
「おい、キュータ様の物を奪うような真似は不敬だぞ。──キュー様!戻ってきたと思ったのに!どこに行くんですか!!」
赤毛のミノタウロスはそう言うと走って
「ははは!一太、僕に巻かれちゃうようじゃ、やっぱり来週から一緒に魔導学院に通うしかないんじゃない!そばにいないとだめだったね!!」
「だぁー!嫌だー!!俺は魔法はからっきしなんですよー!!」
「いち兄!キュー様!お待ちくださーい!!」
「二の丸!急げ!!」
横をビュンッとつむじ風を巻き起こしてさらにもう一人赤毛のミノタウロスが行く。二人とも角が天高く上へ上へと伸びていた。
蹄が鳴るのをアガートは呆然と見送った。
「な、なによぉ……」
もう誰もいない道の先を眺め、立ち尽くす。
しかし、分かったことがひとつ。
「……キュータも魔導学院、通うんだ」
来週の再会を楽しみに、アガートは雑貨屋へ入って行った。
学園もの〜〜〜〜!!!!
国内のごちゃごちゃも書いていけたらいいな〜!