眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

382 / 426
Re Lesson#2 受験対策

 時は遡り、真夏の神都。

 

「キュータ君、魔導学院の試験受けるんだって!」

「合格したら、キュータは来年からまた神都に毎日来るんだね!」

「まさかキュータさんが今更学校に行くなんて、きっと誰も思いませんわ」

「……キュータ君なら、きっと合格するね」

 

 流行りのカフェのテラス席には四人の乙女の姿があった。

 

 実家が書店だったオリビア・ジェリド・フィツカラルド。

 祖父が大神殿の建築に携わったイシュー・ドニーニ・ベルナール。

 親が神官で、ロランとよく喧嘩をしていたレオネ・チェロ・ローラン。

 物静かで読書家だったアナ=マリア・エメ・アンペール。

 

 皆美しく成長していた。

 

 それぞれの手には、それぞれのことを想って選んでくれたであろう便箋。そこにはすっかり見慣れたナインズの文字が刻まれている。

 

 国営小学校(プライマリースクール)卒業後も、彼らの人生は断絶されたものにはならなかった。

 四人は皆中学校に通った。当時、今ほど中学校の数は多くなかったが、私立塾だったところの多くは中学校になったり、高校を作ったりした。

 私立に行ったアナ=マリアとレオネ、州立に行ったオリビアとイシュー。

 行き先は離れたが、こうしてナインズから手紙が届くと必ず集まった。

 そして、皆でナインズがくれた手紙に書かれる「何日か何日なら会えるよ」という返事を確認し、一斉に返信を書くのだ。

 これは一種の抜け駆け防止策のようにも見えた。

 二人でナインズと会いたいと言うのは、たった六歳だった頃のようにはうまく行かない。

 もちろん、皆が揃うことができない時には二人とナインズ、三人とナインズということもある――はずだが、事情を親に話してナインズと会えるチャンスを逃す者はいなかった。

 

 それはこれから来るこの煩い奴らも同じだ。

 ちょうど乙女らの返信が書き終わった頃、素敵だったはずのカフェにはむさ苦しさがトッピングされた。

 

「おーす!!キュータの返信持ってきたぜー!!」

「あぁあぁ。女子、ペン広げすぎ」

 

 一郎太によく似た赤い毛が特徴的なリュカ・ド・オスマンと、一つ年上の兄を持つロラン・オベーヌ・アギヨンだ。

 どこかなよなよしていたロランも、思春期を迎えた男子らしく体が大きくなっていた。

 二人は店員を呼ぶと、四人が座るテーブルにさらにテーブルを寄せてもらって着席した。

 女子たちはこいつらも呼ばなくてはいけないという義務感と打算にため息を吐いた。

 

 なんと言っても、男子は男子だけで遊ぶことがあるのだ。

 それも、女子たちと違って皆が揃ってなどという気遣いはなく、「明日俺キュータと一郎太と二郎丸(じろぽん)と釣りに行く」とか言い出すのだ。

 そうなれば私も行くと手を挙げる者は少なくない。というか全員だ。

 男同士の遊びに首を突っ込まれる事を嫌がって、黙って出かけてしまうこともあるが、チャンスがあるなら逃せない。

 

 ロランはナインズから届いた手紙と、もう一通手紙を取り出した。

 

「今回のキュータ君の大発表にはびっくりしたよね。よく陛――じゃなくて、お父上たちが許してくれたというか、それを勧めてくれたと思うよ」

 その言葉に、全員が赤べこのように何度も何度も頷いた。

「魔導学院なんて行って、あいつに何かプラスのことってあるの?フールーダ・パラダインがいるって言ったってさぁ……」

 ロランとリュカのいうことはもっともだ。

 神々や守護神に魔法を教えて貰う以上のことがあるのだろうか。それに、彼は小学生の頃から驚異的だった。

 文武両道、できないことなど何一つもなく、低い物腰に、家柄や育ちに裏打ちされた気品と分け隔てない心遣い。

 今更彼が何を学ばなければいけないのか想像もつかないのだ。わざわざ魔導学院に来る理由が全くわからない。

 

 強いていうなら――

「キュータ君、やっぱり卒業してからのこの三年、寂しかったのかな……」

 アナ=マリアが呟く。

 もはやそれが一番納得のいく答えだった。

 友人とたまに会うとは言え、神の地でずっと家庭教師――守護神ともいう――から世界の理を叩き込まれる日々では、寂しさを感じたのかもしれない。

 彼はそういう感情を当たり前に抱いてくれる、皆の大切な仲間だった。

 

 書き上がった手紙に何度も目を通し、不備がない事を確認していたオリビアはようやく手紙を封筒にしまい、口を開いた。

「キュータ君に聞けば分かるよ。……もう春まで会えないみたいだけど、私、待ってる。それで、魔導学院に入る」

 オリビアの言葉に、五人は目を剥いた。

 私立や州立の高校や魔導高校すらある今の時代、国立の魔導学院はさらにエリート性の高い教育機関へと姿を変えていた。

 入ると言っても入れずに落ちて渋々州立の魔導高校へ通う者で巷は溢れている。

 だが、五人の驚きはすぐに消えた。

「あたしも、普通科受けてみようかな」

「わたくしは元から信仰科に入るつもりでしてよ」

「私も……特進科や薬学科は難しくても……やってみる……」

「俺も記念受験しておこうかな」

 

 イシュー、レオネ、アナ=マリア、リュカが言うと、ロランはナインズから当てられた方ではない手紙を皆が読みやすい向きにしてから口を開いた。

 

「僕は元から薬学科受験するつもりだったから。それより、カインとチェーザレなんか特進科と普通科、教育科を受験するってさ」

 

 かつてナインズと喧嘩したカイン・フックス・デイル・シュルツと、お付きのチェーザレ・クラインも元気にバハルス州に暮らしている。

 皆ワッと盛り上がった。

 ちなみに教育科とは、教員免許が取れる科だ。魔導学院を出なくても教員にはなれるが、魔導学院出身の教師は全ての教育機関が欲しがる人材だ。神聖魔導国が如何に学校教育を重要視しているかが分かる。

 

 その日は皆家に帰ると、親に塾に行かせてくれと泣きついた。経緯を聞いた親は金銭の心配もかなりあったが、神の子のそばに我が子がいられるかもしれないなどと言う栄誉を手放せる者はいなかった。

 

 季節は夏。たった半年しかない受験までの日々を皆無我夢中で過ごした。

 それはカインとチェーザレも同様だ。

 

 ――そして、この背の小さな小さな青年は笑った。

 

 大きな木に囲まれた場所で、エルミナス・シャルパンティエはたくさんの手紙をそっとしまった。

「我が殿下は本当に、いつでも唐突だね」

 神々は絶対賛成しなかった。

 きっと、彼はもっと世の中を見たいと言って半分飛び出してくるのだろう。

 エルは全てを決めると、そっと部屋を後にして父親に謁見を申し出た。

 そして、再び神都へ行きたいことを話した。

 方法は、今勤める魔導省に神都へ異動願いを出すことだ。彼は相談ではなく、報告をした。

 

 人間種より魔法が得意な彼は、小さな体ですでに立派に働いている。

 

+

 

「なんでお兄ちゃまが今更神都の学校に行かなきゃいけないんです?」

 

 フラミーの隣に座るアルメリアの問いは全守護者の代表のようだった。

 

 アインズは魔導学院のパンフレットから顔を上げた。

「なんでって、九太は行きたいだろう?」

「はい!行きたいです!」

 答えたナインズは思いもよらなかった両親からの勧めに浮かれ切っていた。

「なんで行きたいんですか。お兄ちゃまにはつまんない授業しかないです」

「そんな事ないよ!特進化って言ったって魔法の授業だけじゃないんだよ!一般教養とか言う科目もたくさんあるし、図書室もあるし、何より同じくらいの歳の子達がたくさん集まるんだから!」

 友達できるかなぁと言うナインズからは春が楽しみで仕方がない様子が伝わってきた。

 まだ受験しに出かけてすらいないが、ナインズが落ちるわけがないと皆思っている。

 

「お母ちゃまぁ……。お兄ちゃまがぁ」

 アルメリアが大変不服そうにフラミーをゆすった。

「ははは、良いじゃない。ナイ君は本当は中学校も行きたかったんだから。お母さんもナイ君が魔導学院に行くの楽しみだなぁ」

「えぇ〜……。またお兄ちゃまが変なのに絡まれるかもしれないですよ。喧嘩するかも」

「したっていいんじゃなぁい?ナイ君らしくいるために必要なら、喧嘩した方がいいよぉ」

 すっかり母ちゃんになってしまったフラミーはフラミー当番からジャスミン茶を受け取るとうっとりと匂いを嗅いだ。

「わざわざ通うことないのに。――あ、リアちゃんは絶対行きません!絶対行きませんから!!」

 せっかく去年ようやく国営小学校(プライマリースクール)を卒業して、毎日クリス、二郎丸と共にナザリック内の通称ナザリック学園に通っているのだ。ナインズと一郎太も通った道だ。

 ちなみに、マァルとユリヤとだけは、たまに手紙のやり取りをしているらしい。

「じゃあ、リアちゃんは行かなくていいね。でも、サラ君は残念がるかもね。まぁ、サラ君も通うにしたって再来年だろうけど」

 アルメリアはそれを聞くと静かになって何かを考えだした。そのまま口を開かなくなると、アインズは苛立つようにソファの肘掛けをコツコツ鳴らした。

 特に何も言わなかったが。

 

「あ!一太も誘わなくちゃ!!」

「あぁ、もし受験に落ちても授業を受けたいと言えば一緒に受けれるようにさせてやる。一郎太はお前の護衛としてどう言う形でも同行させるからな」

「え?授業受けたいと言えばって、授業受けなきゃ一太はその間何してるの?」

「廊下で入り口でも守ってるんじゃないか?」

 アインズがあっけらかんと言い放つと、ナインズは「えぇ?」とひきつり顔を作った。

「きっと一太も授業受けるって言います!通いたいって!僕聞いてくる!」

 

 ナインズは部屋を飛び出したそうにしたが、メイドが扉を開けるまでわざわざ待ち、部屋を出たところで雑にでもアインズとフラミーに「失礼します!!」と言って頭を下げてから走って行った。

 

「やれやれ、律儀な男だな。――親相手にあれって必要ですか?」

「いらないと思いますし、いらないって言ってますよ」

「……だよなぁ」

 アインズとフラミーが扉を見ながら言う。しっかり敬意を表して頭を下げるのがナインズの当たり前だ。

 このナザリックに於いて、それをしないのはフラミーとアインズ同士しかいない。

 アルメリアも、基本は扉を出る時には膝を軽く曲げて礼を示してから立ち去る。

 アインズとフラミー以外に何も言わずそのまま立ち去る者がいないせいで、彼らはアインズとフラミーにはそうすることが当たり前だと――生まれた時から見ていたせいで――思っているようだった。

「それ、別にしなくていいよ……」と素で言っても意味がわからないようなのが辛い。

 そんなに尊敬される存在ではないと言うのがまた一段と辛さに拍車をかける。

 

 だが、それも魔導学院に通えば少しは落ち着くかもしれない。

 皆反抗期真っ只中だろう。

 親にそんな事をするのはダサいよと言われるくらいがちょうどいい。

 アインズとフラミーは、中学校も外に通わせてやりたかった。だが、国立のものを作っていないために教育典範が存在しないあやふやな学校であること、そこにナインズを通わせる国民への罰の悪さ、守護者たちの超絶猛反対を受けて断念した。

 ナインズも小学校を出たらナザリックで勉強になると思っていたようだったので、そうした。

 

 しかし、あの喜びよう。

 

 魔導学院があって良かった。

 究極の鬼ごっこをした時にフラミーもさんざ通いたいと言っていたので気持ちはよく分かっている。

 

 親二人は充実の笑顔を向け合った。

 

+

 

「えぇ……俺はいいですよ」

 コキュートスから拳に丁寧にサラシを巻きつけられる一郎太が言う。

 そして、地面に座り込む二郎丸が笑った。

「はは、一兄座って授業聞いてられないもんね」

「うるさいぞ、二の丸」

「でも一太、授業受けてないとつまんないよ?何時間も僕のこと待って突っ立ってんの?」

 ナインズが二郎丸の隣に座る。一郎太はそんな事はなんでもないと肩を上げた。

「通わないでもナイ様といられんでしょ?俺は別に待ってますから。陛下もどんな風に過ごしてもいいってお思いなんでしょ?」

「ねー一太。そんなこと言わないでよぉ」

「大体受かんないですよ。ガリ勉カインだって絶対受かるか分かんないんでしょ。授業なんて絶対ついてけないもんな」

 カインは会うと、大なり小なり必ず勉強の話をする。ここが分からないのは教師の教え方が悪いとか言っていじけて見せたり、神都に遊びに来れば帰る前に元担任のバイスの所に寄ったり、ナインズに教えてもらえそうなところは教えてもらったりだ。

 彼は彼なりに、相変わらず自分のできることを全てやろうと必死だ。

 

「カインはガリ勉とかそう言うんじゃないよ。熱心なだけで」

「それガリ勉って言うんですよ。俺なんてこの三年間ほとんどこれしかやってきてないのに」

 サラシを巻き終わった拳をキツく握りしめ、素早く何度も正面へ突き出す。

 二郎丸もよっこらせ、と立ち上がるとお尻についた草を払った。

「やる?」

「やろうぜ」

 従兄弟二人が見合おうとすると、コキュートスは白いモヤを出しながら一つ咳払いをした。

「待テ。オボッチャマガ共ニ授業ヲ受ケルコトヲオ望ミナラ、一郎太ハ訓練ハ一度辞メテパンドラズ・アクターノヤッテイルナザリック学園ヘ行ケ」

「え!?コ、コキュートス様!俺無理だよ!受験も無理だし授業も無理!ナイ様みたいに賢くないもん!!」

 ナインズは嬉しそうにコキュートスを見た。コキュートスはその視線に小躍りしたかったが我慢した。

「オボッチャマニ敵ワナイコトハ解ッテイル。ダガ、試シモシナイデオ望ミヲ叶エル事ヲ最初カラ諦メルノハ、守護者トシテノ姿勢デハナイ」

「そんなぁ」

 一郎太が嘆きを上げると、ナインズはくすくす笑った。

 

「僕の守護者のくせに受験しないなんていーけないんだー」

「ちぇー、お調子乗っちゃって。ナイ様でも俺怒っちゃいますよ」

「守護者なのに僕に怒るんだ!いいよ、怒れ怒れ!たまには怒れー!」

 ナインズが年頃らしく一郎太にヤジを飛ばして駆け出す。

「こら!待て!!<疾風走破>!!」

「一郎太……ナインズ様ニ何テ(クチ)ノキキカタヲ……」

 二人は年齢相応に笑い合って追いかけあった。

 一郎太の足は信じられないほど早く、ナインズはすぐに追いつかれ、その背中に飛び乗られた。

「ははは!はははは!一太おっも!あっつ!」

 そして、地面に足でざりざりと何かを書いて行く。

 水色の美しい線になり、発光を始めた図形はルーンの魔法陣だった。

「げ、ナイ様魔法使う気か!?」

「へへ、どーだろうね」と言いつつ、完成した魔法陣に向かって背中を向けて倒れ込む。

 一郎太を背にしたまま魔法陣の上に倒れ込んだナインズの重量はとんでもないことになっていた。

「おもてぇー!!」

「一太も午後から受験勉強しようよぉ。うんって言わなきゃ下りてやんないよん」

「本当に重たいの!降りて降りて!」

「へへ、じゃ、午後からよろしく」

 笑って一郎太から降りたナインズは笑った。

「……はー……まじかぁ」

「まじだよ。僕の一郎太ならできるよ」

「ご褒美は?」

「なんと、この僕と授業が受けられる!」

「……だからいらないっす」

 二人は笑って笑って笑いまくった。

 

 受験まであと数ヶ月。

 これまでもナザリック学園には通っていたが、時間がずいぶん伸びた。

 

 賢王の子孫は、決して馬鹿ではなかった。

 

+

 

「おぉ……!おぉ……!!」

 

 受験の実技試験の際、封印の腕輪を外したナインズの魔法を見たフールーダが大変ハッスルしたのはまた別のお話。




ははーん、受験して入るんですなぁ!
友達も皆頑張って受験するつもりになってるけど……果たして何人がエリート魔導学院に入学できるんでしょうね?

なんと明日も更新できそうです!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。