眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#3 首席の特待生

 魔導学院入学式。

 

 アガートはお偉いさん達の話をあくびをして聞いた。

 長い長い挨拶は次から次へと行われていく。

 生ける伝説であるフールーダ・パラダインの挨拶には少し「お!」と思ったが、薬学科のアガートは別に魔法にのめり込んでいるタイプなわけでもないので、なが〜い魔法談義にはすぐに飽きた。

 魔導学院の入学式ともなると、小中学校とは違って親が見にくるようなことはない。

 監視の目もないので眠くなって来ると、「次。入学生代表。特進科首席合格者の挨拶」と進行が告げた。

 どうでも良いと思っていると、周りから囁きが押し寄せた。

「筆記も実技も満点なんだって噂」「他の科の首席達でも全科目満点なんて存在しないから、今年の実質トップ」「そんな化け物いるの?」「あり得ないだろ」「いくらなんでも眉唾だよね」「どこ出身だよ」「やばすぎやろ」

 それは確かにヤバすぎるし、どんなガリ勉だろうと興味が湧いた。皆首を伸ばす。

 

「女?」

「何あれ?」

「え……?あの仮面って……?え……?」

 

 誰かが言う。

 長い黒髪と怪しい仮面。

 アガートは彼を知っていた。

「キュータ……」

 

 ボンボンだと思っていたが、認識を超アルティメットウルトラボンボンに変えなくてはいけないかもしれない。

 厳しい母親を持つようだったが、ここまで結果が出ていれば誰も母親を咎めやしないだろう。

 首席合格者は確か、特待生として学費が免除されるはずだ。

 

『――ご紹介に預かりました、キュータ・スズキです』

 

 口を開くと、「男だ」と囁きが再び流れる。

 キュータはここで皆と学べることが何より嬉しく、今日が待ちに待った日であると述べた。

『家にいては見れなかった世界が見られるでしょう。僕達は謂わば知識の冒険者です。仲間で手を取り合い、船を漕ぎ出しましょう』

 皆大きく拍手した。

 こんな舞台でも仮面は取らないんだなとアガートは苦笑しながら手を叩く。

(……ま、あの美貌じゃね)

 

 その後オリエンテーションの説明を受け、教室に戻った。

 大きなカバンを二つは持ってくるように言われていたが、大量の教科書を手に解散となった。

 重すぎる。

 ひぃひぃ言いながら表に出ると、特進科の生徒達なのか、<浮遊板(フローティング・ボード)>に荷物を載せて優雅に歩いている者がちらほらいた。魔法で作られた半透明の板は術者から最大五メートル離したうえで後ろをついてこさせることができる。

 <浮遊板(フローティング・ボード)>を譲ったり渡したりすることはできない。魔法を使えない者でこの魔法を使いたければ、巻物(スクロール)を買うしかない。

 この魔法は第一位階なので、特進科の生徒ともなればあんな真似もできるらしい。

 私にもその魔法の力を分けてくれと思っていると、背後がにわかに騒がしくなった。

 

「スズキ君って、寮に入ってるの?」

「スズキは黒髪だけど、ディグォルス州じゃないんだろ?」

「神都第一小出た後は家庭教師!?それで首席ってすごいね!?」

「ずっと受験勉強だったんだろー?」

 

 あぁ、はいはい。あなたはそうやって男にも女にも囲まれてるんだね。

 アガートは何故かやさぐれた気持ちで振り返った。妙にムカムカする。

 

「や、試験はたまたま運が良くてヤマが当たったのかも。僕、本当は挨拶するなんていうのも今日聞かされてびっくりしちゃって」

「でも堂々としてたぜー?」

「本当にね!」

 

 困った雰囲気で答える彼の様子に、あの日の乗合馬車(バス)の中で「見られるのがあまり好きじゃない」と言っていたのを思い出した。

 アガートはどうしようかと思ったが、重たすぎる荷物を片手に二つ持つと、横に後ろに生徒達を従えるキュータへ駆け、手を取った。

 

「――え?」

「キュータ、帰ろ」

 

 キュータは特待生だの首席だのと言うわりに、<浮遊板(フローティング・ボード)>ひとつ使わず荷物を持って歩いていた。

「あ!」「スズキくーん!」

 皆の視線の中、アガートはキュータの手を引いて早足に歩いた。

 あの子誰?とか、同じ家庭教師に習ってたとか?とか。一つも答えてやるつもりはない。答えられないし。

 

「びっくりしたぁ。ミリガン嬢、そう言えば君も通うって言ってたね」

「まぁね。まさかキュータが特進科の首席、特待生様だとは思わなかったけど」

「えへ?それはたまたまだよ」

「たまたまで首席なんか無理でしょ。それより、<浮遊板(フローティング・ボード)>は?できれば途中まででも私の分も載せて欲しいんだけど」

「<浮遊板(フローティング・ボード)>ねぇ。僕は使えないんだなー、これが。ははは」

「あなた本当に首席なの?」

「ねぇ?」

「ねぇ?って……」

 

 ずんずん進んで行き、何やら怪しい動きを感知してちらりと後ろを確認すると、キュータは後ろに大きく手を振っていた。荷物もあるというのに。

「また目立つよ。そんな事して」

「いや、これは従者に場所を知らせなきゃいけないからさ。いきなり輪を抜けちゃったから」

「従者ぁ?」

 トットット、と駆け足が聞こえると、あの日アガートから仮面を奪い取ったミノタウロスと、金髪に青紫の瞳の男子がいた。

 青紫の瞳の男子は「キュータ様、そちらは?」と、アガートを上から下から眺めた。

「あぁ、カイン。こっちは先週たまたま知り合ったアガート・ミリガン嬢。――ミリガン嬢、こっちは僕の小学校の頃からの友達。カイン・フックス・デイル・シュルツ。それから、僕の一郎太」

 僕の、とはまたすごい紹介だ。ボンボンともなると、従者は持ち物らしい。

 

 カインに手を伸ばされ、アガートは握手を交わした。自分の手は日によく焼けていて、カインの方がよほど白い。今日も素敵なレースの手袋をした女子が何人かいたなと教室のことを思い出した。

 

「ミリガンさん、よろしく。僕らは特進科さ。まぁ、僕は魔法の実技の点数はあんまり良くないけどね。君は?」

「私は薬学科。だから魔法はからきし。錬金術が少し、かな」

「へぇ。薬学科ならロラン君と一緒だ」

 小学校の頃からの友達と言っていたし、皆神都が地元となると知り合いも多そうだ。

 

 続いて、ミノタウロスが「ん」と手を挙げた。

「俺も特進科。魔法は使えない」

 アガートはぽかんと口を開いた。よほど知識はあるのだろうか。神との接続すらできていない生徒が特進科にいるとは思いもしなかった。

 

 一行は再び歩き出した。後ろの集団に追いつかれる前に自然と足が動いていた。

 立派すぎる校門が近付いてくる。

 校門の脇に、可愛らしい女の子がいた。そわそわして、誰かを待っているようだった。

 ――アガートはふと、「もしかして……」とキュータを見た。

 

 その想像はぴたりとハマった。

 女の子は水色の素敵なワンピースを着て、ふわふわの金色の髪の毛をリボンで結んでいた。レースの素敵な手袋をはめて、可憐な白い日傘をカチリと畳んだ。

 

「キュータ君!」

 駆け寄り、抱きつくのかと驚いていると、女の子はキュータの前できちんと立ち止まった。

 スカートの裾を持ち、そっと頭を下げる。

「お久しぶりです」

「久しぶりだね、オリビア。畏まらないで。また綺麗になったんじゃない」

 オリビアと呼ばれた子は顔を真っ赤にして微笑んだ。

「そ、そんな事ないよ。キュータ君こそ、綺麗だよ。昔っから。――ね、それより、一緒に通えなくてごめんね。一生懸命勉強したんだけど……」

「ん?別に気にしてないよ。またこうやって会ったり遊んだりできたら楽しいね」

「うん!」

 後ろでカインと一郎太がどこか苦笑している。

 オリビアからキュータへの大好きパワーはすごいが、キュータからは別にそこまでのものは感じなかった。

 アガートは心の中で「ふふん」と言った。

 

 そして、オリビアの視線は当然のようにアガートへ向いた。

「そちらは?新しいお友達?」

「あぁ、こっちは――」

「先週キュータと二人で買い物したんだ。私はアガート。アガート・ミリガン。よろしくね」

 二人で買い物、という言葉を咀嚼しているようだった。

 しかし、オリビアは可愛らしい笑顔で握手を求めた。

「よろしくね。アガートちゃん、スレイン州の名前じゃないね。私はオリビア・ジェリド・フィツカラルド。明日から州立の高校に行くんだ。また会えたら良いね」

「う、うん」

 嫉妬を必死に隠しているという風にも、ライバルを出汁にキュータに会おうという風にもあまり見えず、アガートは内心困惑した。

 

(って、ライバルって!もー!)

 

 アガートは勝手に自分の思考に照れた。

 

「キュータ君、この後は?」

「とりあえず、男子で受験お疲れ会しようって話してたんだ。ロランとチェーザレのこと待ってからね。落ちちゃったリュカやこっちに異動したエルもくるからさ」

「……その話聞いてない」

「男でやるんだってリュカが言ってたからじゃない?」

「男の子だけでやるっていうなら行かないけど!だけど!そんな楽しそうな事するなら、女子ともするべきでしょ!」

「う、うん。ごめん」

「私達、夏前から会えなかったんだからね!ほとんど一年だよ!!」

「そ、そうだね。うんうん」

 

 キュータの周りを帰って行く男子生徒達が「ひゅーう!」とか囃し立てていた。

 女子も「彼女?」「受験の間待ってたのかねぇ」「首席になるような男と付き合うって辛いもんよ」とか。

 その中でも「やめてさしあげろ」「しっ、寛大な方なんだから」と言ってる者もいる。神都生まれ神都育ちと、そうでない者達で何か大きな温度差があるような気がした。

 確かに一郎太は怖そうだし、目をつけられたくはないかもしれない。

 

「キュータ君、女子だって皆待ってたんだよ。アナ=マリアも、イシューも、レオネも!イオちゃんだって!」

「イオリエルは先週会ったけど……」

「もー!!キュータ君!!」

「は、はい」

 

 あぁ、この子はアガートなんて眼中にないのだ。小学校の頃からの馴染みの仲間が一番の敵だと思っているのかもしれない。もしくは――たくさん女子が周りにいることに対して諦めを抱いているのか。

 キュータが頭をぽりぽりかいていると、バシッとキュータの背が叩かれた。

 褐色の肌で、赤黒い目をした男子がいた。<浮遊板(フローティング・ボード)>を従えていて、少し怖そうだった。

 

「――おい、ワルワラ。ワルワラ・バジノフ。キュー様にいきなり何すんだよ」

 一郎太は怒っているようだった。

「おー、こわい。――スズキ、全科トップはモテて良いな。そんな男が女の尻になんて敷かれるなよ。なぁ、ドォロール砂漠のよしみだ。途中まで俺の<浮遊板(フローティング・ボード)>に荷物載せてやろうか」

「ははは。ワルワラ、オリビアはそんな事しないし、僕はディグォルスの人間じゃないよ。ありがとね」

「ふん?そうか」

 ワルワラと呼ばれた男子はあっという間に去っていった。

「キュー様、俺あいつ嫌い」

「またそんなこと言って」

 キュータが呆れ、カインが笑っている。

 

 アガートは今日、何人か女子と話したが一緒に帰るほど仲良くなった子はいない。神都の子達は神都の子達で固まっていたし、亜人種も亜人種で固まっていたし。

 もちろん、神都外で固まっている子達もいたが、なんとなくアガートは気後れして仲間に入れなかった。

 キュータは首席だからってこんなにたくさんの声をかけられて、羨ましかった。

 神都生まれ神都育ちとの格の差を見せつけられたようだ。

 ひとしきり羨望と嫉妬の間を行き来していると、キュータがふとアガートの視線に気が付いたのか手を伸ばした。

「ミリガン嬢、大丈夫?重い?持ってあげようか」

「キュータ……」

「キュータ君優しい……」

 

 オリビアまでうっとりしている。

 キュータが心配そうにしてくれると、それだけで口元が緩みそうだった。さっきまで複雑に思っていたのに、もう「こんなに素敵な人なんだから仕方ない」と脳が勝手に割り切り始めた。

 キュータは自分のトランクケースを二個片手に寄せて持つと、アガートの荷物を二つ持ってくれた。特進科が一番荷物が多いのに。彼は重さなど感じていないようだった。

 

「寮だって言ってたよね。運ぶよ」

「ありがとう……」

「そんなに元気なくして。疲れた?――皆、僕はミリガン嬢送ってすぐに戻るから、ロランとかの事ここで待っててくれる?」

「――カイン、いい?俺キュー様と行かなきゃ」

「いいよ。キュータ様と行ってきて」

「え?一太も別にカインとここにいて良いよ?」

「……わざわざ授業受けてまでキュー様から離れないようにしてんのに、これで一人にさせたら馬鹿みたいでしょ。荷物も俺が持つから」

 

 一郎太がキュータから荷物を四つひったくる。一郎太は自分の分と合わせて六つものトランクケースを軽々持っていた。

「一太いいよぉ。僕がするって決めたことなのに」

「俺も俺がするって決めたから良いの。ん、じゃミリガンも早く寮まで案内して」

「あ、うん!」

 アガートは自分がどんな神都のお嬢さんよりも特別な存在に感じ、元気いっぱい踏み出した。

 

 女子寮の前に着くと、周りからは羨ましがるような視線がたっぷり集まっていた。

 獣人系の者たちは一郎太の毛を見て「どうやったらあんなに素敵な毛になるの?」「綺麗すぎるよねぇ!」と湧き立っているし、人間系は「スズキ君の彼女?」「えー、流石に違くない?」とアガートを値踏みしているし。

 

 関係ない。アガートはキュータが首席だと知る前から知り合っているし、レッテルだけで彼を見る女子とは全く違うのだ。

 オリビアや地元の友人たちはおいておいて、アガートは何段も上にいる。正直気持ちよかった。

 

 寮の敷地に入る前に、アガートの荷物は下ろされた。

「じゃ、流石に僕たちはここまでだから」

「ほいよ」

「キュータも一郎太もありがとう!ねぇ、キュータ。今度近いうちに雑貨屋さん行こ?こないだ教えてくれたとこ。ちゃんと案内してほしいの」

「ん?良いよ。じゃ、今度また放課後に会えたらね」

 大勝利だ。アガートはキャー!と心の中で声をあげ、来た道を戻って行く二人の背中に目一杯手を振った。

 

+

 

 鏡を覗き込んでいたアインズとフラミーは体勢を戻すと目を見合わせた。

 

「……九太って」

「もしかして……」

「「小学生の頃から変わってない……?」」

 

 たまに友達同士で遊びに出かけることもあったが、気心の知れた友達たちだからあんな感じなのかと思っていたが、ナインズは体ばかり大きくなって、なんというか本人から思春期特有のドキドキみたいなものがあまり感じられなかった。

 同じ年頃の人の中で過ごせる喜びは大いに感じるが、彼はもしやまだ思春期ではないのでは?と二人は首を傾げた。

 

「女の子にもあのまんまだとは」

「うーん、もしかしてナイ君て寿命のすごく長い生き物なのかな?思春期はまだ先?反抗期もないですもんね?もはやあそこから不老不死?」

「……そう言うことが全然分かんないんですよね。あいつきいたこともない謎の種族だからなぁ」

 

 親は揃って頭を抱えた。

 

 部屋にノックが響く。鏡をしまい、二人は居住まいを正した。

「――アルメリア様でございます」

「勝手に入れと言っておけ」

「かしこまりました」

 扉が開き、いつも通りのやり取りをしても結局ノックをしてから入ってくる娘が顔を覗かせた。

「ナザリック学園終わりました」

「おかえり。面白かったか?」

「はい!お兄ちゃまはどうでした?」

「楽しそうだったぞ。ただ……」

「ただ?」

 アルメリアは小走りで応接セットに座ると、フラミーへ続きを求めるように視線を送った。

 

「――思ったより王子様すぎてびっくりしてるの」

「思ったより?例えばなんです?」

「女の子の荷物を持ってわざわざ寮まで行ってあげたり、ナインズだって身分を知られてないのにものすごい人数に囲まれてたり……とにかく分け隔てない感じだね」

「何も変わってないです。どんな生き物相手でもお兄ちゃまは至って平等です。相手が鴨でも同じです」

 アルメリアは予想通り、と言った感じだった。さすが兄妹、よく見ている。

 

「……鴨でも同じか。ある意味あいつはかなりの上位者精神だな……」

「事実上位者です。虫ケラも虫も皆同じだと思ってます」

 これが皆友達!のタイプで良かった。皆馬鹿!のタイプのアルメリアとは正反対――いや、本当は全く同じと言っても良いかもしれない。

 違うのは抱いている感情だけだ。

 ナインズは楽しそうなのでいいが、いつ彼は思春期や反抗期を迎えるのだろう。

 それとも、神の子ともなればそんなものはないのか。

 

 親達はこの学園生活は思ったより――期待できると思った。

 

 小学生の頃から変わらない彼の何かを、変えてくれる誰かがいるかもしれない。




ナインズ様、王子様なのに感覚が小学生…??
でもお勉強めちゃくちゃできるんですねぇ。
学費も免除なんて、めっちゃ孝行ぼうやじゃん!!
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