蹄がコツコツと石畳を叩く。重たい重たい足取り。
美しい革靴がコツコツと石畳を叩く。軽い軽い足取り。
二人は付かず離れず、仲良く並んで歩いていた。
「俺なんか通ったって何にもなんないのに……」
「いやぁ?一太も通えば使えるようになるかもしれないよ。魔法」
「いらないです」
腰まであるかと言う程に長い黒髪をフードとローブで隠したナインズがおどけたように笑うと、一郎太は立派なツノの生えた頭を抱えた。
「あぁ……警護としておそばにいられればなんでもいいのに。ついに授業始まっちゃうよぉ……」
「ぼーっと教室の後ろで立ってるより、一緒に授業受ける方がよっぽどいいでしょ?」
「ぼーっと立ってる方がいいです!聞いたって意味わかんない話ばっかだろうし」
「まぁまぁ、分かるようになるために授業があるんだからさ。それに、二の丸は魔導学院行くの羨ましがってたよ?魔法使えるようになるんだーって」
「少なくとも俺は魔法使えるようになりたくないです。そんなもん使えて弱くなったら取り返しつかないですよ?元々魔法が使える人が生活魔法覚えるのとはわけが違うんですから」
「って言っても、雨に降られたら僕が一太まで乾かさなきゃいけないじゃんか」
「……それはそうですけどぉ。でも俺は別に濡れたままだって構いやしませんよ」
「一太の蹄や脛の毛が濡れたままどっか入るの嫌だし。第一、僕の守護者だって言うなら僕の服くらい乾かしてくれよ。な?」
ナインズがいつもより尊大に一郎太の肩に手を置く。一郎太はムーーっと顔を渋くした。
「ずるいよナイ様ぁ」
「えへへ」
「えへへじゃないよぉ」
大きくなったナインズは逞しく、何より麗しかった。
そして、良くも悪くも父親の「オンオフの切り替え」を学んでしまっていた。
道を進むごとに同じローブを着た者達が増えていく。
そして、途中で道を別つ先には、懐かしい小さなローブを着る子供達。
ナインズは思わず足を止め、学校の指定鞄を背負って小学校へ駆けていく子供達の背を見ていた。
「――久しぶりに見ましたね」
「うん、懐かしいね。やっぱり、神都にまた通学できて良かった」
先週小学校の頃の友人達とは結局皆で受験お疲れ様会をした。
カインは同じ特進科で、チェーザレは普通科。ロランは薬学科に行ったし、レオネは信仰科にいる。残念ながら落ちてしまったのはイシュー、リュカ、オリビア、アナ=マリア。
やはり何年もかけて受験対策をしてきた者たちのようにはいかなかった。世の中は甘くないと四人は笑った。イシューは祖父の設計事務所で働き始めているが、女子二名は同じ女学校に上がったようだ。リュカも何やらフラフラしているらしく、今では香辛料屋にいるとかなんとか。
それから、エルミナスは最古の森の魔導省からこちらへ無事異動してきた。イオリエルは聖典見習いとして勉強と訓練の毎日。
この二人が一番忙しいかも知れない。
全員で顔を合わせるのは随分と久しぶりだった。
エルミナスのように家が神都にない者達や、イオリエルのように聖典業が忙しい者など、全員が揃って会えることはほとんどなくなった。
それに、受験に忙しかった間は誰とも会えていなかったし。いくらナインズとはいえノー勉ぶっつけ本番で「はい!満点!」とは行かないだろうと必死だった。恥ずかしい点数は取れないと完璧主義者は大変な思いをしたようだ。
もちろん、皆とそれぞれ文通はしていたので疎遠というわけではなかったが。
これまでも会う時には大抵神都なのか、皆が遠出をしてエ・ランテルまで出向いてくれるのか。――神都のこの辺りではもはやナインズの仮面も、その出立ちも、よく知れ渡ってしまっているから。
そうなると、ナインズは友人達の家の出さなくてはならない交通費の額が心配になったりする性分だったり、中々ややこしかった。
そんな悩みも、これでまた一度終止符だ。
魔導学院の居心地は良い。
神都第一小を出ている者達はナインズを「あ」と言う顔をして見たし、ナインズも「あ」と見覚えのある顔を懐かしく見た。
国立の魔導学院はそもそもそれぞれの州に一つしかないことに加え、ここ神都の魔導学院にはフールーダ・パラダインがいる。
州外からもかなり生徒が集まっているので、ナインズのこの見た目も仮面も丸切り知らない生徒が大多数だ。
なんなら、神都を一歩出れば、スレイン州内でも隣の街ではナインズのこの見た目を風の噂程度にしか知らないだろう。
ナインズはちょうど良い程度に羽を伸ばせていた。
今朝の校門には、レオネとロランがいた。
「おはようございますですわ!キュータさん!一郎太さん!」
「キュータ君、一郎太君、おはよー」
「おはよ〜。違う科なのにわざわざ待ってくれてたの?」
「おはー。今日から本式に授業始まっちゃうな」
四人は受験お疲れ様会の余韻に浸るようにたっぷり話をしてからそれぞれの教室に行った。
特進化の同じクラスには、小学校の頃から同じクラスだったセイレーンのペーネロペーもいる。懐かしくてお互い手を振り合う。
「スズキ君、おはよ」
「おはよう、ペーネロペー。今日から授業、楽しみだね」
「私着いていけるかな」
「ペーネロペーなら大丈夫。君は賢い子だから」
「ふふ、ありがと」
席は自由なので、どこにしようかなと思っていると、カインとチェーザレが手招いていた。
「――おはようございます!キュータ様、今日はペネと座るのかと思いました」
「はは、カインが呼んでくれなかったらもしかしたらそうしてたかも。――チェーザレは自分のクラスは?」
「僕もすぐ普通科に戻ります!キュータ様と一郎太様の顔だけ見に来ました!」
「チェーザレも特進科だったら良かったのになー」
「えー、僕はついていけないですよ。じゃ、また!」
「俺も着いていけない……」
一郎太は立ち去って行くチェーザレの背を実に羨ましそうに眺めた。
「キュータ様、窓際がいいですか?」
「あ、いや。僕は窓から遠いほうがいいな」
「はは、見られるかもしれない?」
「そう思っちゃう。自意識過剰かな?」
カインはおかしそうに笑うと首を振った。
「ちっとも。じゃ、僕が――」
「――俺が座ろうかな」
四人がけの長机にドサリと荷物を置いたのは、ワルワラ・バジノフだった。
「またお前かぁ」
一郎太が嫌そうに言う。ワルワラは平気でそこに座った。
「スズキ、聞いたぜ。お前神都育ちなんだってな」
「あぁ、うん。そんなとこ。砂漠同士じゃなくてガッカリした?」
「まぁ多少は。一郎太はミノタウロス王国から……じゃないよな。お前も神都育ちだろ」
「第一小だったよ。なんだよ」
ワルワラはふぅむ、と腕を組んで唸った。
「ワルワラはディグォルス州のどこから来たの?」
「――俺は国外。ドォロール砂漠のスルターン小国から来たんだ。スルターン小国に魔導学院はないし」
「へぇ?神聖魔導国の外の人間って俺ミノタウロス王国のおっちゃんしか知らないや。スルターン小国も
「げぇ、本気か?スルターン小国は昔少ない人数だけど遊牧民が合流して、
「
「ま、そら外国の歴史だしな」
スルターン小国は現在、
だが、
「だから、正直俺が一番覚悟持ってここに来てると思ってたし、成績も良いと思ってたよ。なんて言ったって俺には
ワルワラは自らの赤黒い魔眼を指さし、力のありかを教えるようだった。
「ワルワラは色んな魔法使えるんだもんね。すごいよ」
「……はぁ。だってのに<
「ははは。本当だよね。正直僕も悪くない線は行くと思ってたけど、まぐれっぽさは否めないよ。でも、ワルワラはまぐれじゃない力を持ってるんだろうなって思う」
「……肝心のライバルがこの調子なんだからなぁ。なんか毒気抜かれるぜ」
ワルワラは特大のため息を吐くと、ちらりとカインと一郎太を見た。
「スズキって、本当に根っからこうなの?」
「そうさ。僕と喧嘩してる最中でも、わざわざよくできたねとか言いに来たような方さ」
「キュー様はもっとガツガツしてもいいよな。こいつムカつくって言ったっていいんですよ。魔法も座学も敵うわけないんだから。うるさいぞって」
ナインズはおかしそうに笑ったが、ワルワラは敵わないと言われたことに不服そうにしていた。
一限は早速フールーダだった。それから、若い助手が一人。
ナインズはフールーダとは受験の時に会って話しただけで、それまで一度も話したことはなかった。
分かりやすくエコ贔屓してくる雰囲気があるおじいさんなので要注意人物だった。
「特進科は、毎年レベルが上がってきておる」
ヒゲを扱きながら、突然そんなことを言った。
「昔は特進科でも魔法が使えない、魔法について深く学んだことがない者も多かった。それが、今や
無論、魔法が使えない者も何人かはいるがな、と付け加えた。
「さて、まずは魔導省でもわしの助手をしている高弟を紹介しよう。――挨拶を」
「はい。私はジーダ・クレント・ニス・ティアレフ。皆、よろしく。ティアレフと言う姓の教師が他にもいるので、クレントと呼んでもらえると助かるよ」
感じの良い人だ。教室内からちらほら拍手が上がった。
「ジーダ君も昔、この学校に通っていた。学生のうちにすでに第三位階と言う高みに上り詰め、今では三十代にして第四位階すら操る。それもこれも、彼こそ私の助手に相応しい者になると、力を見出して下さった神王陛下と光神陛下のおかげに他ならないだろう」
ナインズは一郎太と目を見合わせた。カインはなぜかしたり顔で頷いている。
「――陛下方は本当に必要だと思えば、ここ魔導学院に当たり前のようにご降臨なさる。ジーダ君のみならず、良い者がいないか確かめるためにこっそり授業に参加されたりする。わしは魔導省でよくお会いしておるが、お前達には何よりも励みになるじゃろう」
生徒たちからオォ……!と声が上がり、ワルワラも期待するようにゴクリと喉を鳴らした。
そして、隣に座るカインを乗り越えるようにしてナインズに顔を寄せた。
「次の陛下方のご降臨の目的はこの俺になる。スズキ、覚悟しておけよ」
「ふふ、楽しみだね。どうもあの人たち、たまに見てるみたいだし――と」
ナインズが言葉を間違えたな、と思うと同時に、前に座っていた女子が二名振り返った。
「スズキ君、そんな言い方ってないわ」
「いくら首席だって敬意は払うべきじゃなくて?」
「は、はは。ごめんね。えーと、パルマ・アト・ファビエさんと、ジナ・エルドン・アスタロサさん。二人の言う通り。ほんとに」
パルマとジナは目を丸くした。
「覚えてくれたの?」と、パルマ。まっすぐで綺麗に切り揃えられた、スレイン州に多い金髪。
「一回話しただけなのに」と、ジナ。ふわりとしたショートヘアだ。男っぽさはまるでない、まるで往年の大女優のような気品がある。
「それを言ったら君達も一回話しただけの僕のこと覚えてたじゃない」
「そ、それは……スズキ君は首席の特待生だし、ねぇ?」
「わたくし達は別に特別な生徒じゃないわ。それに、あなたはたくさんの人と関わってるでしょ」
「うーん?変なこと言うな。二人とも特別だよ?」
二人は何かもじもじすると、嬉しそうに笑い礼を言った。
カインがパチン、と自分の額を叩き、ワルワラはため息を吐いた。
女子二人が前を向いてフールーダの話を聞きに戻ると、ワルワラはますますカインの隣から身を乗り出した。
「スズキ、お前は一大ハーレムでも作る気か?」
「ははは。変なの。ハーレムなんていらないよ。奥さん一人だっていらないのに」
「……え?お前ってこっち?」
「こっちって?」
「男好きなの?」
「うーん?男友達も女友達も皆好きだけど」
ワルワラが迷宮落ちして行く。
カインはワルワラの褐色の顔を押し戻した。
「……この方にその手の話は通じない。いつも勝手に周りが盛り上がってるだけ」
「変なやつ……。って、神都じゃ普通?」
「普通じゃないよ。なんて言うか……この方は超常現象の一種なのさ……」
「この方この方って、スズキって何なの?」
「お偉方の御曹司さ」
「だろうな。そんな気はしてた」
ナインズも一郎太もカインに適当に説明させておいて大丈夫だとタカをくくっている。
一郎太は「キュー様さぁ……」と苦言を呈した。
「なに?」
「男子と違って、女子って特別とか言われるとその気になるぜ」
「その気って?」
「好きになっちゃうんだよ。特にキュー様みたいな目立つ人に言われると」
「変なの。僕は目立たない子がいいけどなぁ。そう言えば、ミリガン嬢なんかは不思議と目立ちにくいタイプだよね」
「――え?」
「えぇ!?」
「へー」
「ん?」
一郎太とカインがナインズを覗き込む。ナインズは何かおかしなことを言ったかな?と首を傾げた。
「それって、キュー様の好みのタイプってこと?」
「それって、キュータ様も女子に興味があるってこと?」
ナインズが二人の意図を探ろうとパチクリと目を瞬いていると、「そこ!!首席はいいが他の三人!!」とフールーダに怒られた。
「……っちぇ。首席はいいのかよ。って言うか何で俺まで」
ワルワラの不満は当然だろう。
ナインズはやっぱり目立たないのが一番だと思った。
ないくん!!!!!素朴な女が好きか!!!!???
次回、明後日!
Re Lesson#5 閑話 その頃のエ・ランテル
ちょっと懐かしい人たちがどうしてるのか書いておきたくて!!