眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#5 閑話 その頃のエ・ランテル

 マティアス・ブレントの朝は早い。

 彼は今二十五歳で、一年前に生まれながらの異能(タレント)が発現した。いや、気が付いたと言った方が正しいか。

 タレントはそもそも誰でも持てる物ではなく、その中でも人様の役に立つようなタレントは極小数だ。

 マティアスのタレントは世のため、特に冒険者のためになるものだった。

 

 六歳の時にザイトルクワエの襲来やズーラーノーンによるアンデッド騒動の影響で建て直された実家を出て凡そ一年。

 マティアスは下宿の小さな部屋を出た。

 トトトト、と階段を下り切ると、狼のような瞳をした男と顔を合わせた。

 その男、ザイトルクワエ州で大きく名を馳せる武人――ブレイン・アングラウス。

「アングラウスさん、おはようございます!」

「おはようさん」

 ブレインは顔を洗ってきたばかりなのか、髪をギリギリ一つにまとめて結いていた。

 二人は一緒にキッチンに立ち、朝食の準備をする。

 

 マティアスの就職先はアングラウス道場だ。

 ザイトルクワエ州発足当時に六歳だったこともあり、子供の頃から英雄モモンに憧れ、国営小学校(プライマリースクール)を出てからは州立中学校へ進み、卒業後は冒険者組合でアインザックと言う堅物親父の下で雑用をしていた。

 やることは主に公用語での依頼書の清書だ。小学校も中学校も出た初めての世代だったので、マティアス達の世代は人材としてかなり持て囃された。

 何年か冒険者組合で冒険者達のマップ作成を憧れの瞳で眺め続けたマティアスは、ふと日々の会話の中で違和感を覚えることがあった。

 

 例えば、受付嬢との間にも――

「あの人、初めて見た。弩使いにしてはちょっと足とか体作りすぎよね?戦士とかやればいいのに」

「やだなぁ、あの人のメインは弩使いなんじゃなくて飛竜騎兵(ワイバーンライダー)じゃないですか」

「そうなの?」

「そうでしょ。だから、飛竜(ワイバーン)に振り落とされないようにしっかり体作ってるんです」

 その人は受付へまっすぐ来ると、「宿を紹介してほしい。飛竜(ワイバーン)を置ける竜舎がある所がいいんだが」と言い、受付嬢は「ほう」と感心の声を上げた。

 他にも、「こっちの飲んだくれじいさん、アーウィンタールから移ってきたらしいけど、ああ見えて実は情報屋だったりして」などと笑う受付嬢に、「あの人は罠師(トラップマスター)ですよ?」とか。

 皆は観察眼が鋭いと言ってくれていたが、見ればどんな職業の者なのか分かるのが当たり前だと思っていた。

 受付嬢達もしょっちゅう冒険者達の職業を外す訳ではなかったと言うこともあり、これがまさか、全てのクラスを見破るタレントだなんて思いもしなかったのだ。

 

 このタレントが判明すると、アインザックからブレインへ紹介状を持たされた。

 こんな所で受付や雑務をしていていい人材ではない。君にはもっと冒険者達の未来のために働いてもらいたい。――と。

 

 そうして転がり込んだのがここ、アングラウス道場だ。

 彼の下で日々研鑽を積む冒険者見習いや、剣士、入門希望者の持つクラスを言い当て、おすすめの修練や今後の修行プラン、目指すクラスへの助言を行なっている。

 

 アングラウス道場は超名門だ。

 入門希望者が後をつかえている。

 だが、肝心の師範であるブレインは「俺が気に入ったやつしか教える気はない」と殿様商売だった。

 

 マティアスはソーセージを挟んだだけのホットドッグを食べ切り、指についたケチャップを舐めた。

「さーて、今日もシメてやるか」

 同時に食べ終わったブレインが師匠としては出来損ないとしか思えない発言をしてダイニングを出て行く。

 二枚の皿を重ねて水につけ、マティアスもダイニングを後にした。

 

+

 

 道場には今日もたくさんの生徒と見学者が集まっていた。

 マティアスは剣を振ったりしないので稽古が始まると大体別の仕事へ行く。

 それは「職業(クラス)修練教え屋」だ。

 アングラウス道場の一角でやらせて貰っているが、アングラウス道場に入門を希望していない現役冒険者が主な依頼主になる。

 

「――あなたは、森を渡る力を高めたい。だから、森司祭(ドルイド)としても力を付けたいんですよね……?」

 目の前の男は頷くと、「あぁ!どう思うかな?」と期待たっぷりに尋ねてきた。

 こういう時が一番困るのだ。マティアスは慎重に言葉を選んだ。

「えーと、あなたは弓師(アーチャー)――いや、野伏(レンジャー)として活躍していたのでは……?」

「お、おぉ。そうだ。流石だな」

「あなたの持つ力は多分野伏(レンジャー)としてほとんど育ちきっているように思います。森司祭(ドルイド)の技術も積めばパーティに大きく寄与できるというのはよく分かりますが、あなたは狩人(ハンター)の力もかなりあります。ここに加えてさらに信仰系魔法系の力を取ろうとすると……もしかしたら、期待ほど力を発揮できないかもしれません」

 

 男は金魚のように数度パクパクと口を開け閉めすると肩を落とした。

 

「……そうか。野伏(レンジャー)をしていると、森司祭(ドルイド)とできることが同じだと思うこともあって、ついな。森なら俺より活躍できる事も多い、そんなふうに言われた事を少し根に待っていたかもしれん。――俺ももう年も年だしな……。新しい事に挑戦するには、少し遅かったか……」

「年齢はそんなことは」少しはある。

「君のいうとおり、あれもこれもと欲張るのは良くないかもしれないな。もう一度自分のこれまでの力を見直して、今後の生き方を決めてみるよ」

「は、はい。もちろん、絶対森司祭(ドルイド)が無理ってわけじゃないですしね!」

「あぁ、ありがとう。それじゃあ」

 男は約束の相談料を払うと、首をコキコキ鳴らしながら帰っていった。

 

 もっと前向きなことが言いたいのになと思うが、大体年齢に対して力がこれくらい付くと、後は伸びないというのもこれまで散々見てきた。

 それに近付いている人にはあまり新しい事を勧めたくはなかった。もちろん、具体的な情報が数字や文字で見えるわけではないが、色というか、感覚というか、とにかくなんとなく分かる。

 

「次の方どうぞー」

 

 続いて入ってきたのは蜥蜴人(リザードマン)と何か植物系のモンスターだった。

 

「こんちは」

「失礼しまーす」

 モンスターの方が物腰は柔らかそうだと思っていると、モンスターはいそいそと草を脱ぎ――真っ赤な瞳と真っ白な肌の蜥蜴人(リザードマン)の姿を表した。

「俺はシャンダール・シャシャ、格闘士(モンク)

「僕はザーナン・シャシャ。……僕は特に何も。これから何になっていけば良いのか困ってる所です」

「なるほど、まずはおかけ下さい」

 確かにシャンダールは格闘士(モンク)だ。それに、打撃者(ストライカー)や族長と言う力も持っていそうだ。恐らく、かなり強い。

 マティアスは思わずシャンダールの首元を確認した。そこに冒険者の証がないことを見ると、残念な気持ちになる。これほどの力を持ちながら、正直もったいない。

「えー、ザーナンさん。あなたは色々と才能をお持ちですね。格闘士(モンク)としての力、森司祭(ドルイド)としての力、森林保護士(フォレスト・レンジャー)としての力、絵師(ペインター)としての力……。今一番際立っているのは格闘士(モンク)ですが、格闘士(モンク)を伸ばされるのは……あまり?」

 

 ザーナンは軽いため息を吐いた。

 

「僕は子供の頃、兄者――こっちのシャンダールと、ある友人達と一緒に訓練を受けていました。シャンダールは力も強くて、訓練にも付いていってたんですけど……僕は落ちこぼれで。ある高貴な友人がお絵描きしてると、いつもそれに参加したりしていました。少し大きくなってからは、力がつき過ぎると周りの者を傷付けかねないと訓練はなくなりましたが、その間に僕は森司祭(ドルイド)の母にたくさん教えを乞うてしまって……」

「気付いたら格闘士(モンク)森司祭(ドルイド)、どっち付かずになってしまったと……?」

「はい……」

 

 今日は森司祭関連の相談が多い。

 それより、子供の頃の訓練とは果たしてどのようなものだったのだろう。

 シャンダールほどではないが、ザーナンとて格闘士(モンク)としての力は銀級冒険者ほどはあるだろう。

 最初はシャンダールのあまりの完成された強さにばかり目が行っていたが、さらに魔法も多少使えるとなれば、それはそれで何か良い道が開けるような気がした。

 マティアスは「少し時間をください」と、悩んだ。

 

 そして、マティアスなりに出したベストの道を告げる。

 

「自分は、ザーナンさんは気功師として少し勉強をされると良いと思います」

「気功師、ですか?」

「はい。あなたほど格闘士(モンク)の力を付けていながら、癒しの力を持つ人はそう多くはいません。きっと、草木や川すら癒すような気功師になれるんじゃないでしょうか!全てのあなたの力が繋がる未来が、僕には見える気がします!」

 

 もちろんマティアスにはその人の限界は分からない。一般的な蜥蜴人(リザードマン)や、一般的な冒険者達なら、ここまで力を手に入れていれば恐らくはもう頭打ちだが、隣の兄――シャンダールの漲るような洗練されきった強さを目の当たりにしては、この弟とてまだやれると思えてならなかった。

 

 シャンダールとザーナンは嬉しそうに目を見合わせ、マティアスと握手をした。

「ありがとう。ザーナンのこれまでが全て無駄じゃなかったと分かったよ」

「本当に嬉しいです。僕たちの師匠はずっと気に病んでいたので、良い知らせを持って行けます。子供の頃一緒に訓練を受けていた友人達にも聞かせてやれます」

「いえ!何よりです。本当にたくさん努力されてきたお二人だと、自分には良く分かります。どうかお元気で。また道に迷ったらこちらでお待ちしております」

 支払いを済ませ、ザーナンがまた草を着込み終わると、二人は立ち去って行った。

 

 きっと、あの二人は一番の相棒同士でいられるだろう。

 そう言う未来が想像できるのが何より嬉しかった。

 

 この能力に気が付いてから、強い人がどういう職業(クラス)構成なのか散々観察してきた。学んだことが今日また一つ生かされたのだ。

 マティアスはスキップしたい気持ちになった。

 

 翌日、アングラウス道場が休みなのでマティアスは帝国街の方へ買い物に出かけた。

 帰りに新しいオシャシンが出ていたりしないかなと光の神殿にふらりと立ち寄った。

 神殿の中には昨日会った蜥蜴人(リザードマン)の兄弟がいて、声をかけようと思った。

「シャンダールさん、ザーナンさ――」

 その時、跪く二人の目の前に闇が開いた。

 これは、まさか噂に聞く降臨。

 

 中からは守護神のセバス・チャンと、コバルトブルーの守護神。

 ええと、名前はなんだっけ。

 あまりエ・ランテルと馴染み深い守護神ではないためマティアスには分からなかった。

 参拝者達が皆ドキドキと緊張しているのが伝わってくる。

 皆歓喜の声を上げたい気持ちを抑え、静かに手を組み闇を凝視していた。

「――コキュートス様」

「シャンダール、ザーナン。マタ久シクナッテシマッタ」

「いえ。俺達こそわざわざエ・ランテルまでお迎えに来ていただきありがとうございました」

「構ワナイトモ。シカシ、村ニ迎エニ行ッテモ良カッタノダガ」

「はは、足に泥がついた状態じゃ、ナインズ様に会えないですから」

「――フム。良イ心掛ケダ」

 

 マティアスはあの兄弟の師匠と、共に訓練をした高貴な友人という存在が何者なのか理解し始めると、ごくりと唾を飲んだ。

 自分は守護神に鍛えられた選ばれし男達に助言をしたのか。

 そう思うと、喜びで思わず口がにんまりと歪んでしまう。だめだだめだ、今は真面目な顔をしていなくては。

 

 そうしていると、闇の中からひょいともう一人出てきた。

 

「じい、二人は――あ!!」

「あ!!」

「あー!!」

 

 美しい乙女のようだったが、その実声を発すれば男性なのだとわかる。

 銀色の長い髪と、仮面により隠された顔。

 彼をみたことがある者はそう多くないだろう。

 彼は蜥蜴人(リザードマン)兄弟にぶつかるように抱きついた。

 

「シャンダール!!ザーナン!!また久しぶりになっちゃったね!!」

「はは、ナインズ様!また大きくなったんじゃないですか!」

「よしてよ、シャンダール!僕はもう大人さ!」

「ナインズ様、変わらないですね!」

「ザーナンも!元気そうで良かったよ!久しぶりに泊まって行ってね。一太と二の丸も楽しみにしてたんだよ。クリスなんか昨日から久しぶりにこのコテージ使うんだとか言ってさぁ。張り切ってザリュースさん達のコテージ掃除してたよ」

「うわ、悪いことしました。クリスも構わないでいいのに」

「そう言うわけには行かないさ。僕が呼んだのに、汚いところになんか寝かせられないだろ」

 

 ナインズ殿下。

 多くはベールに包まれた神の子だが、想像の百倍は気安いただの青年という感じだった。

 マティアスは「まぁ、殿下って言っても花の十六歳か」と、何となく上に立ったような気持ちになった。彼らのやりとりを見ていた参拝者の多くがそう思ったのでは無いだろうか。

 

 ふと、コツンともう一つさらに足音が聞こえた。

 

 女神の降臨は息が詰まるような瞬間だった。

 守護神や神の子の降臨に湧き立った神殿内が、それまでとは全く違う熱気に包まれる。どんな氷よりも冷たい熱気だ。この狂気を爆発させることは許されない。皆自分を必死に律した。

 この街のすべての人間の信仰の的。かの人にはエ・ランテルの唯一神と言ってしまっては乱暴だが、そう思えてしまうほどに強い信仰が向けられている。

 

 泣き出す者もいた。

 神の子すら頭を下げ、女神は降り立った。

「皆揃ったね。どうぞ」

 闇へ促されると、「失礼いたします。陛下」「お世話になります。ありがとうございます」と兄弟が立ち上がる。

 光の神が再び闇の中へ姿を消すと、ザーナンが神の子へ道を譲った。

「殿下、どうぞ」

「殿下か。お前からは聞かない呼び名だな。固くならないでくれ。僕はただのナインズで十分なんだから」

「は。恐れ入ります」

 突然臣下と上位者という姿を見せ、ぞろぞろと一行は闇の中へ消えて行った。

 

 ものすごいものを見てしまった。

 マティアスの胸は痛いほどに鳴っていた。

 神の子という存在の威風、女神の脅威的な存在感、守護者達の洗練された全て。

 

 だが、マティアスは冷や汗をかいていた。

 

 女神を見て気が付いたいくつかの違和感。

 

「あ、あの女……偽物だ……」

 

 マティアスがそう思ったのは、女神のふりを平気ででき、息子や守護神すら欺くだけの力を手にする女の力。

 

 黙示録(アポカリプス)神話の転覆者(ミス・サブヴァーシブ)

 

 こんな聞いたこともない悍ましい力を、女神が持つわけがない。

 ざわめきが戻り始めた神殿で、マティアスは「あ、あ、ああぁ……!!」と情けない声を上げ、神官の下へ走った。

「め、め、女神!!女神が!!」

「良かったですね。三秒とはいえ滅多にないですよ」

「ち、違う!!違う!!あの女、あの女は――」

 そこまで言うと、周りの視線が針のようにマティアスに集まっていることに気がついた。

 マティアスは、まさか自分はこの世でただ一人女神の入れ替わりに気づいた者ではないかと思うと神殿を飛び出した。ここでは不敬者扱いされてしまう。

 自分の言葉の信憑性を分かってくれている者に相談しなくては。

 ブレインに話したい。ブレインなら聞いてくれるはず。そう思ったが、今日ブレインはリ・エスティーゼに行ってガゼフ・ストロノーフと飲むので帰らないと言っていた。

 冷や汗でびしょびしょになったマティアスは 誰に話すべきか分からないまま街を走った。

 

 そして、気が付いた時には冒険者組合の入り口にいた。

 外を掃いていた受付嬢が目をぱちくりさせ、マティアスの肩を叩いた。

「あなた、ブレント?マティアス・ブレントじゃない?――あぁ、やっぱり!久しぶりね!活躍は聞いてるわよ!あなたの世話になったって冒険者が――」

 懐かしい受付嬢が色々話すが、マティアスは目を血走らせて言った。

「あ、アインザックさんはいますか!?」

「い、いるけど……?」

 マティアスは裏口から冒険者組合の建物に入った。階段を駆け上がり、組合長の部屋に飛び込む。

 中ではおじさんからおじいさんになり始めているアインザックがポカリと口を開けていた。

「な、なんだ?ブレント君じゃないか。ブレイン君のところでよく働いてるとペテル君からよく話を――」

「あ、アインザックさん!!アインザックさん大変なんです!!」

「お、おぉ?」

 挨拶もなしにマティアスはアインザックの机に身を乗り出し、唾を飛ばしながら話し始めた。

「い、今!!今神殿で光の神を見たんです!!」

「はは、そういうことか。感動しただろう。私なんか光神陛下に仕事を――」

「や、やつは偽物です!!光神陛下は今とんでもない偽物に成り代わられてます!!」

「……はぁ?」

「あいつは、あいつは大災厄をもたらす――そう、きっと悪魔なんだ!!なのに、光神陛下のふりをして!!陛下ご本人は一体、一体どちらに!!皆騙されてて、守護神様達も騙されてて、神の子だって!!」

「ま、待て待て。落ち着きなさい。光神陛下に成り代わるほどの力を持つ悪魔なんかこの世にいるはずがないだろう。それに、守護神様も気付かないなんて……」

「本当なんです!!僕は見たんだ!!あの偽物が持つ職業(クラス)を!!奴は確かに黙示録(アポカリプス)神話の転覆者(ミス・サブヴァーシブ)を持ってた!!神話の転覆者(ミス・サブヴァーシブ)ですよ!?光神陛下はもう(しい)されてしまったんだ!!」

 

 アインザックはぽりぽりと頬をかいた後、紙を取り出してかつて王国文字と呼ばれたリ・エスティーゼ文字でメモをした。

 年配の者には公用文字は書けない。

「――で?他には何があったんだね」

「ほ、他?他に、他には……ええと……」

 あまりに焦りすぎて、他に何があったかよく覚えていない。

「ええと……ええと……」

 アインザックがコツ、コツ、とペンを鳴らした。

「た、確か……確か女教皇(ハイプリエステス)と……天の何かって……よく思い出せないです」

「……ご本人なんじゃないのかぁ?女教皇(ハイプリエステス)とか、如何にもあの癒しの力を持つ陛下のように感じるが」

「で、でも女神なのにおかしくないですか!?黙示録(アポカリプス)神話の転覆者(ミス・サブヴァーシブ)ですよね!?」

「私には難しいことは分からないが……。光が消えてしまうと闇だけになるんだろう。黙示録の権化じゃないのか?」

「そ、それは……。じゃあ、神話の転覆者(ミス・サブヴァーシブ)は……?」

「あー……神殿に聞いてみなさい。神王陛下を殺められるただ一人だとかそういうことじゃないのかね……。私は宗教家じゃないから確固としたことは分からない。少なくとも、私は光神陛下と何度もやりとりしてたし、若い子よりはお力をよくわかっているつもりだよ。ザイトルクワエなんか動いていたんだぞ?それを倒したのだって陛下なのを見ているんだ。そんな陛下が取って代わられるってのは……。あぁ、ブレント君も襲撃前生まれか」

「で、でも……ですけど……」

 確かに、何か邪悪なものを感じたのだ。数値や言葉ではない情報だからこそ伝わってくる、何かが。

「ふーむ、納得いかないわけだね。はい、神殿行った行った」

 

 追い出されるようにマティアスは冒険者組合を後にした。

 ブレインだったら、ぶった斬ってみようとか言ってくれたかもしれないのに。なんと言ってもブレインはセバス・チャンに師事したことがある。

 直接守護神に助けを求めてくれるかもしれないのに。

 

 マティアスはどこよりも気に入っていた街が途端に薄気味悪いものに感じ、ふらふらと下宿先のブレインの家に帰った。

 恐ろしくてたまらず、翌日ブレインが帰ってくるまで一睡もできなかった。

 

 そして、帰宅したブレインは話を聞くと、やはりポカンと口を開けた。

 

「……まぁ、セバス様のところ行ってみるか?」

「……はい」

 

 たった一晩でげっそりと痩けたマティアスを連れ、ブレインはセバスの屋敷に着いた。

 たまたまナザリックに戻ろうとしていた所だったセバスはぱちくりと目を瞬いた。

 

「……それで、フラミー様がもうこの世にいないのではないかと……?」

「はい……」

「……少しお待ちください」

 

 セバスは巻物(スクロール)を燃やし、どこかと連絡を取った。

 

+

 

「そうは言っても、強さとかを隠蔽しちゃうと威厳も一緒にゼロになっちゃいますしね〜」

 

 まんまとキャラクター育成情報を見られたフラミーはため息を吐いた。

「もうややこしいし、そいつ仕舞っちゃいます?」

 BARナザリックでパフェを食べていたアインズが視線を上げる。

 氷結牢獄にぶち込んでおけば誰だって脱走なんかできない。これまでも、たまにこう言ったことが起きたことはある。反政府主義のような男を捕まえてきて、肉塊に成り下がるまであれこれ実験したりだとか。

 ただ、フラミーは首を振った。

「それやったら、悪魔って認めたみたいじゃないですかぁ。セバスさんの弟子……なんとかグラウスさんやアインザックさんも聞いてるんですよぉ。しかも、ある程度社会的地位があるというか、エ・ランテルじゃ有名な人らしいですし」

「うーん。どうしたもんかなぁ」

 二人はしばし唸った。

 

 結局、こういう時に一番頼りになるのは大神殿――いや、ニグン・グリッド・ルーインとネイア・バラハだ。

 セバスは大神殿と連絡を取り合い、ニグンとネイアの派遣を受けた。

 

 マティアスはニグンとネイアに会えるまで二週間の時を待った。彼はずっと布団に包まって震えていたらしい。

 悪魔がじっと自分を見張っていると言って一時は幻覚まで見たほどだ。

 日に日に衰弱して行く姿に、ブレインはこのままでは死んでしまうのではないかと焦った。

 一度実家に帰るかと勧めたところ、女神を封印して成り代わるだけの悪魔相手では、どこに逃げても無駄だと泣いた。

 

 来る当日、マティアスはネイアとニグンを見た瞬間「伝道師(エヴァンジェリスト)!?俺を丸め込もうって言うのか!!あいつは本当に偽物なのに!!」とさらにパニックに陥った。

「ち、違います!ルーイン隊長と私は正しい知識を授けにきただけです!」

 ネイアはマティアスを落ち着かせようと必死になった。

 ブレインの広い庭には、ネイアとニグンが同乗してきた飛竜(ワイバーン)がいた。

 あまりの力の奔流を前に狂ってしまった者のために、普通はこうやってわざわざ大神殿からこの特別な二人が出張ってくるような事もない。

 それがまた、マティアスを丸め込もうと言う偽物の策略ではないかと恐ろしかった。

 だが、一日、二日、三日とネイア達の話を聞くうちに、マティアスはだんだんと「偽物じゃなかったのかも……」と思い始めた。

 圧倒的で、人智の及ぶところにいないのが神だということも少しづつ受け入れることができ始めた。

 

 ネイアの言葉はマティアスの心にどんどん染み込んだ。

 

 ネイア本人は自分が特殊技術を使って他者の思考を誘導――及び洗脳――しているとは認識していない。

 昔は彼女の言葉は心に傷がある者達にしか効果を発揮しなかったが、今ではほぼ万人を導き救えるようになってしまっている。彼女は無意識に我が子に話を聞かせる時、それを使って泣き止ませているらしい。周りは皆、おとなしい赤ん坊だと言ったが。

 そんな紫黒聖典は相変わらずデミウルゴス、及び知恵者二名のお気に入りだ。

 

 そうしてマティアスは四日後にはピカピカのお肌で大手を振って外に出てきたらしい。

 

 あんなに恐ろしいと思ったが全てが、自分を照らす光だったと。

 

 フラミーとアインズは解決に安堵した一方で、どんな言葉で自分たちが飾り立てられているかと思うと重たいため息を吐いたらしい。

 

 マティアスは元気に狂信者としてランクアップして今日もアングラウス道場で働いている。

 時折、聖典見習いもここで自分の成長が正しく行われているのか確認しに来るらしい。

 

 マティアスが自分のクラスを見られないのが、幸か不幸かは誰にもわからない。




そういえば蜥蜴人(リザードマン)兄弟、いましたね。

いやぁ、マティアス君多分二度と出てこないキャラだけど、ヤバめな力を持ってる人だったなぁ。
爪切りさんのところに厄介になってなかったらもう死んでいた…いや、氷結牢獄行きだったのでは…。

次回!明後日!!Re Lesson#6 首席のお手伝い
頑張れ!頑張れ!!!!
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