眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#8 愛ってそういうこと

「つ、連れてくるったって、い、いいけど、お前、自分の若さ分かってる?」

「分かってます」

 アインズは執務机から慌ててナインズの隣に戻った。

 人間の体同士で背中をさすってやる。ナインズの瞳を覗き込むと、あまりの真剣さに「ええ〜〜!?」と言いたい気持ちでいっぱいになった。

 

 意識が混濁しているアルベドがメイドと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達の手によって静かに部屋から連れ出されていく。おそらくペストーニャの下だろう。

「う、う〜〜ん……。な、ナインズさま……」

 メイド達が卒倒していない事は奇跡だが、泡を吹きそうな顔をしていた。

 というかアインズも泡を吹きそうだ。

 愛一つわからない小学生だと思っていたら、今度はこれか。

 子供の成長とは恐ろしい。恐ろしすぎてついて行けない。

「……と、とにかく、それ、相手は良いって言ってくれそうなの?」

「……多分。でも、あんまり自信ない」

「そ、そりゃそうだな。お互い人生かかってるしな。えーと、どうしよう」

 父、威厳ゼロ。ナインズは真剣な顔をして腰を上げた。

「僕、話に行く」

「え、今?もう夜になるから、せめて明日にしない?な?な?お願い。それに、相手だっていきなり呼び出されてそんなこと言われたら普通びっくりしちゃうだろ?」

「……それはそうです」

「うんうん、とにかく、えー……。明日の放課後にでも少し話してさ……それから約束取り付けてくればいいから……」

「分かりました。じゃあ、明日話してきます!」

「う、うん」

 ナインズが部屋を出て行こうとすると、アインズは「あ、待て」と制止した。

 

「はい」

「えーっと……一応、ある程度ちゃんとした格好がいいと思うよ?あと、順番間違えないように……。相手を傷つけない様に……。それから、お前自身も嫌だって言われた時の心構えをしておくんだぞ?」

「……そうだよね」

 ナインズはぎゅっと手を握りしめて、「失礼します」と声をかけてから部屋を出て行った。ナインズ当番もその後を追いかけた。

 

「……大変なことになった」

 アインズは一っ飛びで扉へ向かい、扉の外からナインズの足音が聞こえなくなったことを確認する。

 そして、廊下へ飛び出した。

「……フラミーさん。フラミーさんフラミーさん」

 何度も名前を呼びながら廊下を走る。

 この廊下を走ることなど通常では許されない。

 ナインズに与えた部屋の方を気にしながら、フラミーの部屋の扉を開けた。

「こんこん、フラミーさん」

 デミウルゴスが片付けを進め、フラミーはうんと背筋を伸ばしていた。

「あ、アインズさん。終わりましたよぉ」

「う、うん。ありがとうございます。今、大切で真面目な話良いですか?」

「構いませんよ。何です?」

 執務机からふわりと舞い上がり、応接ソファに降りる。

 アインズが向かいに座ると、フラミーがハンカチを差し出してきた。一瞬意図が分からなかった。

「――あ、すみません」

「いえ?大丈夫です?」

「う、うーん……あんまり……」

 人の身にかいている汗に気が付きもしなかった。アインズはこの謎の汗をせっせと拭いては「えーっと……あのー……」と煮え切らない言葉をしばらく続けた。

 一体何事かとデミウルゴスとメイドが目を見合わせる。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達も天井でわさわさ言っていた。アインズの護衛の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)も合流して天井は賑やかだ。

 フラミーがメイドを手招き、「何か出してあげてください」と頼んでくれる。

 一度骨の身に戻って落ち着こうかと思ったタイミングだったが、とりあえずその何かを口にしてからにしようと思った。

 今感じるこの体の温度をこれからフラミーも感じるのだから、自分ばかり骨になって焦りや動悸から逃げるのは裏切り行為にも感じる。親として。

 

 何も言わないアインズを待つ時間が過ぎる。

 メイドが温かいお茶とクッキーを出してくれると、アインズは無言で茶を口にし、大きなため息を吐いた。

「……えーとですね、驚かないでくださいよ」

「は、はい」

 もう驚く準備万端というような、ちょっと青くすらなった顔でフラミーが答える。

 アインズはもう一度汗を拭い、覚悟を決めた。

「あの、さっき九太が俺の部屋に来ました。……それで、今日女の子に泣かれたって言ってまして……」

「……そう言うことも、まぁあるんでしょうね?」

 ナインズが思春期になり切れてなくても、相手の女の子達は絶賛思春期真っ只中なのだから。

「女の子にあんまり触ったり手振ったりしてると、泣かれるよって注意してくれた子がいたらしいんですけど、その子自身が泣いちゃったらしくて……」

「あらー……。ナイ君のこと好きなんだ」

「多分……。まぁ、そこまでは青春の笑い話なんですけどね」

 

 話を聞いているNPC達は、笑い話というより鬱陶しい生き物だなぁと思いながら耳を傾けていた。

 

「で、本題です」

 フラミーが頷くのを確認すると、アインズは手元の茶に視線を落とした。

「……愛がわからないって感じだったから、ナザリックで死ぬことなく生き続ける約束が愛だって言ったんですよ。俺」

 良いじゃん!とフラミーもデミウルゴスも表情が明るくなる。

「――そしたら、そう思う人がいるから連れてきたいって」

 無になった。

 部屋から空気すらなくなった。

 

 デミウルゴスのメガネがずり落ちる。ここのメイドは卒倒した。

 

「……い、いつ?」

「今日話に行くっていうから、明日の放課後にでも話をして約束取り付けて来いって言っておいた……」

「な、ナイス。ナイスなのねん、社長さん……」

「サンキュー副社長……」

 フラミーはそっと鏡を取り出し、自分の前に浮かべた。

 何を見ようというのか部屋の全員が察し、おもむろに民族大移動が始まる。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)も、デミウルゴスも、倒れたところから何とか起き上がったメイドも、アインズも。

 フラミーの隣や、ソファの後ろに立ち、鏡を覗き込んだ。

 

 鏡の向こうには、衣裳部屋だ。

 ナインズと真っ青な顔をしたナインズ当番が大量の服の前にいた。

 

『……ちゃんとした格好って、どんな?父様みたいなかなぁ』

『さ、さように思います……』

『うーん、制服があるからなぁ。持って行って着替える?それとも帰ってきて着替えてからにする?』

『い、いえ。そこまでされなくても……』

『じゃあ、この格好に合うように見繕うしかないかぁ』

 ナインズはこれか、これか、これか、とピアスを選び、次いで指輪を眺めて、はめてみては鏡を覗き込んだ。

『……なんか目立ちそうで嫌だなぁ』

『ナインズ様……?御身のされたい格好が一番でございます。それについて来られない者など、ふさわしくはないのです』

『そういう考え方もあるけどさ。一生死ぬことなく僕と生き続けてほしいって頼むのに、僕自身に覚悟がないのはダメな気もする』

 

 フラミーはひっくり返った。

 

「お、おとなになってる……」

 

 デミウルゴスに介助され、何とか座り直した。

 

『……ね、話す時、仮面はないほうがいいよね?』

『おそらく……』

『そうだよね。仮面がないほうがいいってよく言ってるし』

 ナインズは鏡の前で、銀色になっていた髪に再び黒い幻術をかけ、跪いた。

『私のために死なないでほしい』

 

 アインズはひっくり返った。

 

「そ、そんなプロポーズがあんのか……」

 

 こちらもデミウルゴスに介助され、何とか座り直した。

 

『……死なないでほしいって、なんか変?』

『わ、わたくしが言われとうごじゃいましゅ……』

 メイドは鼻血を垂らしていた。ナインズは苦笑すると、ドレスルームに置いてある綺麗なハンカチをとってメイドの後頭部を支えて鼻を抑えてやった。

『大丈夫?』

『は、はひぃ〜〜』

 顔を真っ赤にして目を回すメイドの背をさすりながら、ナインズはまたしばらく思案した。

 鼻血が落ち着くと、もう一度鏡の前に立つ。

『うーん、僕、あんまりこういうの得意じゃないんだなぁ。命令になっちゃいけないし……。……こう言うのは?私と死ぬことなく生き続けてほしい。幼い頃から、私はずっと大切に思っていたよ』

 聞いたこともないような甘い言葉が一つ並ぶごとに、天井から八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)が一匹づつ落っこちた。

『私と一緒に、父王陛下と母王陛下にあってくれないか』

 最後の一匹が落下し終わると、ナインズはため息を吐いた。

『……あんまり準備しすぎても嘘くさいかも。また明日考えよ』

『そ、それもよろしいかと……』

『ピアスはこれにしとく。せっかく良いのつけて行くなら、髪の毛もなんかしたほうがいいかな?』

 メイドはナインズの後ろに回り、髪を一つに括ってみたり、編み込んでみたり、ハーフアップにしてみたり、お団子にしてみたり、とにかくあれこれ試した。

 

 フラミーはそっと鏡をしまった。

 

「……本気だ」

 

 その言葉に「いやいや!」と言える者はいなかった。

 

「……私、ドレスルーム行きます」

「お、俺も……」

 二人は明日、息子の大切な人を迎える為の正装が何がいいのか鏡の前で話し合った。

 

+

 

 翌朝、ナインズは黒い髪を編み込みのハーフアップにした。尖った耳の先がギリギリ見えないくらいに作ってもらい、銀色の大きなフサのついた耳飾りを付けていた。

 

 皆で朝食をとりながら、そわそわそわそわしている。

「……ナイ君、大丈夫?」

「あ、はい。うん。大丈夫。僕……変じゃない?」

 不安そうな顔をしていると、アルメリアが即答する。

「変じゃないです。今日のお兄ちゃまは一段と素敵です」

「ほんとに。良かったぁ」

 前髪を何度も触り、そういう感覚があったのかとフラミーとアインズは思った。子供の頃から身支度にはうるさい方だったが、こうも己の見た目が気になるとは。

 ナインズはいつもより早い時間に出かけた。

 

 溶岩地帯で一郎太と落ち合い、二人で鏡をくぐる。

「そいでさー、二の丸のやつ。俺がまだ魔法使えないのかとか言ってくんですよ。だから、俺は魔法はいらない……って、ナイ様聞いてる?」

「あ――う、うん。聞いてるよ。二の丸が……なんだっけ?」

「はー。ミリガンに泣かれたからって、そんなに動揺しないでくださいよ。大丈夫大丈夫。おめかしもしたんでしょ。多分今日ハンカチ持ってくるから」

「い、いや――」

「いーからいーから」

 などと言っていると、「ナインズ様!」と懐かしい声がした。

 

「あ、イオリ」

「イオリエルじゃん」

 

 ちびっこいイオリエルは二人に駆け寄ると、子供のように見上げた。離れたところで紫黒聖典達が頭を下げている。

「ナインズ様、今日はまた一段と麗しいのう!」

「イオリエルこそ今日も可愛いね。あ、そろそろ仮面しないと」

 ナインズが仮面を着けると、イオリエルはあからさまにガッカリしていた。そして、呼び方を変えた。

「――キュータ様、お気をつけて。通学路、遠くから見守っておるから、な」

「うん、ありがとね。イオリや皆のおかげで安心して行けるよ」

「んじゃなー」

「気をつけていくんじゃよー!」

 二人は学校へ向かった。

 一郎太と歩きながら、ナインズは昨日の予習を思い出しながらぶつぶつ言っていた。

 

「うーん……僕と……いや……私に……いやいや……私は……」

 

 一郎太は苦笑した。

「キュー様、落ち着いてって」

「一太に僕の気持ちが分かるかよぉ」

「ははは。わかんねー」

「だと思うよ……」

「でも、俺キュー様と違って理解はできるぜ?」

「僕と違ってって、僕を何だと思ってんのさ」

「小学生……」

「不敬なやつ……」

 校門に近付けば近付くほど、生徒達に「首席おはよー」「スズキ君おはよー」と声をかけられた。一郎太ももちろん挨拶されている。

 一郎太はあの女の涙のパワーというものに感心していた。

 

 授業をひとつ、ふたつ、と受けながら、ナインズの上の空の様子にカインとワルワラは目を見合わせた。

「……スズキ。スズキ〜?……おい、これ大丈夫か?」

「こんなこと初めてだよ。キュータ様、平気ですか?」

 ノートにぐるぐると訳のわからないことを書いては「……違うよ違うよ」と言い、横線を引いていた。

「一郎太、これ何?」

「まぁ、恋煩いってやつかもな」

 カインが目を丸くする。

「そ、そこまで行っちゃったんだ。すごい」

「青春だな。だけど、スズキがこれじゃ俺のライバルが居なくなる」

「僕や一郎太君は知識じゃワルワラに勝ってると思うよ」

「魔法が付いてきてないじゃねぇか」

「そう言っていられるのも今のうちさ」

「ふん、まぁ、それも面白いな。中間考査が楽しみになる」

 ワルワラはすっかり馴染んでいた。

 

 学食に行くと、そこでやっとナインズは正気になった。

「……はぁ。参った」

「キュー様考えすぎ。はい、リラックスリラックス。吸って〜吐いて〜吸って〜吐いて〜」

 仮面を外し、肩をコキコキ言わせると、だらしなく椅子に座り、頬杖までついて食事をとった。

「なぁ、一太」

「へいへい、なんですか」

「今日の僕ってどう思う?」

「らしくないなぁって思いますよ。キュー様が望めば何だって手に入るってぇのに、何をそんなにビビってんですか」

「……そう言うんじゃ嫌だから悩んでるの。それに、僕が聞いたのは今日の僕の格好の話」

 

 隣に座っていた一郎太は席をひいて一歩下がり、気怠げなナインズをてっぺんからつま先まで繁々と眺めた。

「いんじゃないすか?決まってますよ。なぁ、カイン、ワルワラ」

「うんうん、決まってる。耳飾りも髪型もいいんじゃないですか?」

「俺ならネックレス着けるかな。シャツも胸もっと開いて」

「……ほんとにぃ?」

「本当に。俺の服の下の彫り物見るか?――やっぱり男はこうでなくちゃ」

 ワルワラはせっせとシャツのボタンをはずし、胸を全開にさせると「な!」と自慢げに胸を叩いた。

 

 魔人(ジニー)たちの肩にはえる角と胸元には揃いの金色の模様が刻まれているはず。その文化を思わせる黒い刺青がネックレス状に入っていて、これの上に金色の豪奢なネックレスをしたらさぞ芸術的だろう。

「俺は肩にこれもある」と、はだけて見せてくれた肩は黒く硬質に光っていた。そこには胸と揃いの模様が金色で刻まれていた。

魔人(ジニー)達はここから角が天に向かって生えてるんだぜ。めちゃくちゃカッケェんだよ。俺もこれが伸びたらいいけど――まぁ、混血は伸びないんだよな」

 周りで女子が歓声じみた声を上げた。「すっごい筋肉!」「肉体美やばくない!?」とか盛り上がっている。

 

「――な。聞いたか?俺なんか普段キャーキャー言われないのにあれよ。やっぱり肉体と魔法だよ。強さの証だからな」

 ナインズは「うーん」というと、自分の胸元も開けて覗き込んだ。

「わ、わ」

 カインが指の隙間から恥ずかしそうに見る。

「――スズキ、お前体も良いじゃん。着痩せするのか。刺青してもっと肌出せば?」

 キャー!と声が聞こえると、ナインズは胸をしまった。

「いや、目立ちたくない」

「その顔でよくいうぜ」

「だからいつもは仮面つけてんでしょ。ワルワラもしまって。前に見せてって言ったけど、学食以外で頼むよ」

 全くおかしな昼食だった。

 

 教室に戻り、また授業を受ける。ナインズの様子は午前中より随分まともになっていた。

 授業も終わり、帰り支度をしていると「あのー!スズキさんいますかー!」と聞き覚えのある声がした。

 教室の後ろの扉からアガートとレイが手を振っていた。

 一郎太が「ほら!キュー様行って行って!!」とナインズを押す。

 ワルワラは「え、スズキの病気の原因ってあれ?」と言うと、カインは笑った。

「分かんないもんだよね。自分が目立つ人だと、相手は素朴なのがいいのかね」

「別にブスってわけじゃないけど……見た目だけの話をすればめっちゃ不釣り合いじゃん」

「そのくらいにしといたほうがいいと思うよ。僕も思うことは色々あるさ。だけど、個人の自由だしね」

「うーん。スルターン小国のいい女を紹介してやりたいくらいだな」

 

 二人は薬学科の授業終わりに駆けつけたらしく、制服のローブではなく白衣を着ていた。

「――ミリガン嬢、レイ」

「キュータ、昨日はごめんね。これ」

 白いハンカチが返され、ナインズはポケットの中にすぐに閉まった。

「気にしないで良いよ。それより、わざわざ来てもらって悪かったね」

「ううん!私が来たかったから」

「はは、よその教室って物珍しいよね。僕もこないだ羊持って行った時面白かったな。――さて、ごめん。僕今日このあと約束があるんだ」

「あ、一昨日来てたクラリスって子……?」

「うん。だから悪いね。また声かけて。次は泣かせないように気をつけるよ。ミリガン嬢のおかげで大切なことを知ったから」

「へ、へへ。うん!あのね、次は乗合馬車(バス)にまた乗ってどこか行こ!」

「いいよ。んじゃね」

 さっさと話を切り上げてナインズが戻ってくると、「あれ?」と三人は首を傾げた。

「キュー様もう良いの?」

「え?うん。ハンカチ返してもらったよ。それより、クラリスは多分もう校門で待ってるから行かなきゃ」

「あ、はい」

「じゃあね、皆!」

 

 一郎太はカイン、ワルワラに「訳がわからない」とジェスチャーだけで会話をして教室を出た。

「……なんか違いそうだぞ?」

「あれぇー?」

「それとも、照れてうまく話せない?」

「そういうこと……?」

 教室に残った二人は、チェーザレが来ると三人で買い食いの旅へ出かけた。ワルワラはなんだかんだ国外の人間のため神都の何を見ても喜んだらしい。

 

 一方一郎太はナインズと早足で廊下を行きながら、まさか相手はクラリスだったかと思い至った。

 今日のナインズは明らかに様子がおかしいし、緊張している。それに格好も凝っているし、自分の見え方なんかを気にしていてらしくない。

「ナ――キュー様、俺今びっくりしてる」

「何で?」

「い、いや。だって……いや。うーん、そうか」

 外に出ると、大きな帽子を被ったクラリスが手を振っていた。彼女はナインズと歩く時に日傘なんぞは持ち歩かない。万が一さしていて頭に当たりでもすれば不敬だし、手元にぶらぶら持っていても気を遣わせる。

 そういう事に思い至れる彼女は、やはり特別なのかもしれないと一郎太は思った。

 

 ナインズは手を振り、クラリスに駆け寄った。

「クラリス!待った?」

「いえ、今来たばかりですわ。それより、御身を走らせてしまうなんて。申し訳ありません」

「そんなこと気にしないで良いよ。それで、どこに行く?」

「昔、子供の頃に何度か一緒にお勉強をしたあのカフェ。また行きませんか?」

「あんなとこでいいの?」

「はい!あちらで!懐かしいんですもの」

「はは、それはそうだね。どうする?歩く?それとも乗る?」

「乗りとうございます」

「いいよ」

 

 二人は肩を並べてバス停に向かった。

 一郎太は可能な限り離れて歩いた。

 バスが来ると、ナインズは先に乗り運賃を三人分渡した。そして、展望席へ上がる螺旋階段を勧める。

 クラリスは花のように笑って上がって行った。

 ナインズが後に続き、クラリスは一番前、かつ外側に座った。

「今日はいつもと髪型も違うんですのね」

「ん、ちょっとね」

「よくお似合いです」

「はは、ありがと。クラリスも新しい帽子だね。似合うよ」

「ふふ、嬉しゅうございます」

 目的の停留所まで二人は静かに過ごした。

 あっという間に着くと、ナインズが降り、クラリスは手を引かれて乗合馬車(バス)を降りた。

 

 めかし込んだ親達と守護者達が固唾を飲んで鏡越しに見守っているなんて、思いもせずに。

 

 テラス席に座ると、三人は懐かしいメニュー表に顔を寄せた。

「僕、子供の頃には食べなかったようなものにしようかなぁ」

「では私もチャレンジを」

「俺はジュースでいっかな」

 一郎太はそういうと、道路を眺めた。時折ちらりと二人の様子を見る。

 ナインズとクラリスは幸せそうに笑い、「いくら食べたことないからって、ハンバーグなんか頼んだら晩御飯入らないでしょ」とか「じゃあ、ジャイアントパフェですわ!」とか「うーん、一緒に食べれば食べ切れるかなぁ……」とか「ぜひご一緒に」とか。

 一郎太はなぜだか無性に感激した。

 そうだったなら、もっと早くそう言ってくれていれば良かったのに。

 怖い女くらいにしか思っていなかったから、二人には何も気を遣ったことはなかった。

 

 三人のテーブルに大きなパフェとホットマキャティアが二つ、ジュースが一つ届く。

 ナインズが仮面を外し、一郎太が受け取る。

 神都の人々はナインズの顔も、普段の出たちもよく分かっている。

 三年ぶりの姿を見て「立派になられて……」と感激する者は少なくなかった。

 大きなパフェを前に笑い転げるナインズは年相応だ。

 

 二人は巨大な甘味を一緒につついて食べ、一郎太は興味もないくせに教科書を開いて読んだ。

 

 夕暮れが訪れると、三人は席を立った。

「――また、こうしてご一緒させて下さい」

「もちろん。楽しかったよ。わざわざ来てくれてありがとう」

「私も……魔導学院に行かれないのが残念です」

 順当にいけば彼女は州知事になる。その為の教育は、やはり通常の学校よりも家庭教師や現地への視察、実際に州政府の仕事に関わることが一番なのだろう。そうやって過ごしているのはサラトニクも同様だ。

「僕もそう思うよ。小学校の時、わざわざエ・ランテルから転入してきてくれてありがとう。君のおかげで僕はあの日すごく安心したんだ」

「……そんな。私こそ……」

「今日もクラリスは神都に泊まるんだよね。送るよ」

 

 三人はまた乗合馬車(バス)に乗った。

 

 夕暮れに沈んでいく神都の街を眺める。

 祝福の木蓮亭に着く。

 

 クラリスは名残惜しそうにナインズを見上げた。

「あっという間でした」

「ほんとだね。なるべく僕も急いで教室を出たんだけど」

「わかっておりますわ。――どうか、ご無理なさらず、お身体大切に」

「ありがとう。クラリスもね」

 

 クラリスが帽子を脱いで深々と頭を下げる様子を、ナインズは繁々と眺めていた。

「……どうかされまして?」

「いや……クラリス、泣かない?」

「ふふ、おかしなことを。泣くはずがありません。私が泣いているようなところ、一度でもご覧になられたことがありまして?」

「ははは、ないな。――クラリス、またナザリックに来てね」

「はい。どうぞ、いつでもお召しください」

 ナインズを愛しげに眺めたクラリスは「……神々に連なる方達だけがいればいいのに」と漏らし、今度は軽く膝を曲げる程度の礼に留めた。

「それでは、御前失礼いたします。一郎太様も、また」

「ん、そだな」

 

 クラリスは上品に笑って見せると、振り返ることもなく強い背中を見せて去って行った。

 

「良かったね、キュー様」

「うん。クラリスといると落ち着くよね。泣かないだろうしさ」

「はは、なるほど。それでクラリスを見直したってわけですか。あいつ、たまに化け物みたいだけど賢いしね」

「また化け物みたいとか言って」

「へへ」

 

 二人は歩いて大神殿に戻って行った。万が一にも、乗合馬車(バス)の中で幻術が解けないように。

 夜の神都の空気は少し湿っていて、永続光(コンティニュアルライト)の光を朧にした。

 

 大神殿のライトアップを見に来る人々がいる前庭兼通路である二人の通学路に入ると、ナインズは仮面を外した。

「ね、一太」

「ん?」

 当たり前のように仮面を受け取ると、何を食べるんだ?と一郎太は首を傾げた。

「あのさ、僕昨日父様に愛について聞かされたんだよね」

「あー、なるほど。ちょっとは理解できました?」

「それがねぇ。びっくりするほどよく分かったよ」

 セイレーンが反対側で水浴びをしている噴水にナインズが腰掛け、一郎太も隣に座った。

「それが分かったら、もう大丈夫ですよ。加減がわかるでしょ」

「はは、そうだね」

「ちなみに、陛下はなんて?」

「ナザリックで死ぬことなく生き続けてほしいって言う約束が愛だと思うって」

「おぉ……なるほどなぁ」

「なるほどって感じだよね。父様も母様もさ、僕が死ぬ生き物なのか死なない生き物なのか分からないんだって。だから、必死になって死なないで済むように研究してくれてる。あれって、やっぱり愛なんだなって思うよ」

「すげぇ。本当ですね」

「はは。僕もすげぇって思ったよ。守護者達も父様や母様がナザリックに君臨し続ける事を何よりも望んでいて、お二人はその望みに応えて愛を示してるしさ」

「……すげぇなぁ。でもなんちゅーかハードルの高い感情ですね」

「一瞬僕もそう思ったけど、すぐにそんな事ないって気付いたよ」

「え、じゃあ――」

 

 ナインズは噴水から立ち上がると、尻を数度叩いて汚れを落とした。

 仮面を持つ一郎太もつられて立ち上がる。

 次の瞬間、ナインズは跪いた。

「ナイ様?」

「一郎太……。僕は……私は君に死なないでほしい。この先、際限のない未来が横たわる中で、君を失いたくない。だけど、これは命令じゃない。どうか、お前、弱い私のために死なないでいてくれないか。私は本当にお前を兄弟のように――アルメリアと同じように思うんだ」

 一郎太は呆然と立ちすくんだ。

「ナイ様――い、いえ。ナインズ様、そんな」

「……時間はまだまだある。それに、まだお前そのままでと言う手も見つかっていない。仙人とか言うものにならなきゃ手に入らない話だ……。だけど、私も父王陛下の研究に携わろう。お前が良いと思ったら、いつか、どうか頼む……」

 

 ナインズが深く頭を下げると、一郎太はそれの前に膝をついて、より深く頭を下げた。

 

「そんなの、今すぐにだってなりますよ」

「一郎太……」

「俺は……私は御身のために産まれてきたんだと自負しております。御身にお仕えするために。御身がそう望んでくれることが何よりも嬉しい。ありがとう、我が君」

 

 男とミノタウロスが跪き合う姿は、周りからどう見えていただろう。二人で何かを床に落ちているものを拾っていると思っただろうか。

 

「……父様のところ、一緒に行ってくれる?」

「もちろん!」

 

+

 

 クラリスと別れたところまで眺めていたアインズとフラミーは、ナインズが一郎太を連れて戻ってくると瞬いた。

 

「父様、ちゃんと頼んでみた」

「あ、うん。そうだね。えーと……うん。――一郎太はいいのか?」

「はい、俺は子供の頃からそのつもりだったから、最初何言われてんのかわけが分かんなかったです」

「ははは。そうかそうか。まぁ、今すぐ不老不死になることもあるまい。お前達はまだ若い。もっと体も力も成熟して、私の拙い研究が実を結ぶのを待っていなさい。いいか?」

「俺はもちろん。ナイ様は?不安じゃない?不安だっていうなら、多少弱くても俺その仙人とかいうのなろうか?」

「ううん、大丈夫。僕も父様に任せっぱなしじゃなくて一緒に考えるから。待ってて」

「うん、分かりました」

 

 美しい友情と家族愛だ。一郎太はたまたま手に入れた駒だったが、ナインズがまさかここまで気にいるとは、親達は思いもしなかった。

 これまで誕生日に与えたどんなプレゼントよりも、達成感があった。

「ま、女子だのなんだのは、その感情を向けてほしい、向けたいと思える人が現れるのを気長に待ちなさい。お前は別に愛を知らない男じゃないって分かったんだから」

「はい!でも、皆に好かれたら嬉しいんだけどなぁ!」

「やれやれ。やっぱりまだ子供だな。さぁ、もう下がって良いぞ。一郎太も悪かったな」

「いえ!失礼します!」

「失礼します」

 

 ナインズと一郎太が笑って部屋を出ていく。

 

「はー良かった。ナイ君の思春期はやっぱりまだ先みたいだね」

 

 フラミーの苦笑に、一生それでいいとアルベドは思ったらしい。

 

 同時に、あのペットへの妬ましさで死ぬかと思ったとか。




うん!!分かってた!!!
ですよね!!美しい友情やなぁ!!
でも、二郎丸はいいのかな?

次回!明後日!
Re Lesson#9 対抗戦の狼煙
やっぱりね、そろそろ俺最強つえーでギャフンと言わせなきゃダメなんすよ。
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