眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#9 対抗戦の狼煙

 その日、魔導学院の特進科のクラスに「えぇー!?」と声が響いた。

「えー、じゃない。科内クラス対抗模擬戦!毎年やってるんだから。昔帝国魔法学園と呼ばれる機関だった頃はクラス内でチーム対抗の昇級試験だってあったんだぞー!」

 クレント教諭が言う。

 

 そんなもの、一人の超天才と組むことができればどんなバカでも昇級できてしまうボロボロの制度じゃないか。

 クラスの半数以上がそう思った。

 そういう感想は自然と口に出てしまうもので、クラスは一気にざわめきに溢れた。

 

「それで昇級するの昇級しないのなんて、理知的じゃない」「所詮神が降臨する前の世界なんてそんなものかね」「今じゃ考えられないよ……」「チーム組めないコミュニケーション弱者はどうしてたんだろう?」「そういう人は昇級できなかったんじゃないの?」「えぇ!?横のつながり作れないやつは魔法省には不要って!?」「魔導省でよかった〜……」

 

 ぼそぼそと話し声が広がると、クレント教諭はその部分についてはあまり反論ができないのか苦笑した。

「まぁ、昔の話は置いておいてだね。模擬戦は一般開放されてるからあちこちの機関から内偵がくる。アピールチャンスだぞ。特進科は全部で四クラスあるけど、私は正直このクラス――"A組"が優勝すると思っているよ」

「首席だっているしな」と笑い声が上がる。

 キュータが「い、いやぁ。あんまり期待しないで」とか言っているが、期待しない者はいなかった。

 キュータは何故か普段本気で魔法を使おうとしないが、時折気が向いたように使う魔法は信じられないほどに強力だった。彼は星の廻りがなんとかと言って誤魔化しているが、よく分からない。

 

「俺もいるぞ」とワルワラが言うと、「よ!肉体派魔法詠唱者(マジックキャスター)!」なんて声が上がり、彼は袖を捲って上腕二頭筋を見せつけて笑った。

 

「盛り上がってるところ悪いけどなー。皆、油断は禁物だぞー。はっきり言っておくけど、隣の"B組"の高弟、ゾフィ教諭はたまに汚い!ゾフィ教諭に教えられる"B組"がどんな手を使ってくるか分からないんだからな。全員、スズキ君やワルワラがいるからって気を抜くなよ」

 はーい、と返事が返ると、クレント教諭は黒板にカツカツとチョークで模擬戦を行う庭の絵を書いた。

 

「じゃー、基本説明をするよー。まず、司令部として全体を見渡して指示を出す指揮司令係、実際にここで戦う前線係、司令から前線に<伝言(メッセージ)>を飛ばしたりする情報交換係、相手の使った魔法をメモする偵察係。内偵係は地味だけど後日の反省会で発表もあるから気を引き締めて挑むように。それから、前線に支援魔法を飛ばす係、続行不能者を運ぶ手当係!役割のない者はなし。全員にどこかしらに入ってもらうよ。はい、質問は?」

 と言ったところで、真っ先にキュータが手を上げた。

 

「はい、先生」

 クレント教諭は手のひらを向ける事で先を促した。

「……手当係がいるってことは、怪我人が出るんですか?」

「あぁ。それは当然の疑問だね。攻撃魔法は基本的には禁止されているから心配しないで良いよ。今回気にするべきは、例えば<睡眠(スリープ)>をかけられたり、砂を生み出す魔法を飛ばされて目に入ったり、かな。そう言う場合に手当係に頑張ってもらう。まぁ、そんな感じだからこの係はそんなに大勢は必要ないと思う」

 

 クラスから安堵の声が漏れる。

「泥とか投げられたら最悪だな」と一郎太が言うと男子が「それで行こうぜ」と笑った。

 

「ふふ、私は作戦は皆に任せようと思っているから、たくさん議論してくれたまえ。何より、魔法の新たな使い方や皆の頭の柔らかさを見たいって言う面もあるからね。ちなみに、攻撃魔法は禁止と言ったけれど、例えば穴を掘る為に使うとか、軽い威嚇だとか、人に向かって放たなければ多少はオッケーってことになってるから、たくさん知恵を絞ってほしい!じゃあ、係振り分けを始めるよ!」

 

 クレント教諭はマップの隣に「指揮司令係」「魔法偵察係」「運搬手当係」と書き、まずは神との接続ができていない珍しい数名を選り分けた。

 ちなみに、特進科外には神との接続ができていない特進科生徒を小馬鹿にする者もいるが、魔法が使えなくても魔法の理論を構築して新魔法の組み立てができる者は多くいるので、特進科では魔法が使えないからどうのと言うことはない。だが、そういう本質的なことが見えない者がいることは仕方がない。なんと言っても、ここは魔法至上主義国だから――。

 

「さ、後は好き勝手会議しながら決めていいぞ!」

 クレント教諭が座り、皆の様子をニコニコ眺める。

 自然とパルマとジナが黒板の前に出て名前を書いて行く。

 着々と係が決まっていく中、ワルワラは当然のように前線希望、一郎太は運搬手当係、カインは指揮司令係になった。

 皆席を立って黒板の前に集まって話し合う。

 中には魔法偵察係を希望して「お前は司令部行った方がいい!全体見えてるよ!」と背中を押される者もいた。

 クラスの雰囲気の良さに、ナインズは楽しげに皆の様子を伺っていた。

 そして――

「じゃあ、僕が魔法偵察係になろうかな」

「「「「「はぁ!?」」」」」「「「「「えぇ!?」」」」」

 ナインズの発言を聞いたクラスの者達が一斉に声を上げた。教諭のジーダすら驚いて中腰になっていた。

 

「スズキ!?お前が前線出ないなんて誰も得しないぞ!!」

 ワルワラが言うと、皆大いに頷いていた。

「少なくとも司令部は!?」

「ダメダメ!スズキ君には前線に出てもらわなきゃ!!」

「星のめぐりだっけ!?それが悪くてもさ、首席がいるだけで相手絶対びびるから!!」

「頼むよぉ!その綺麗な顔汚したくないのはわかるけどさぁ!!」

 一斉に畳み掛けられ、ナインズは「い、いや顔は別になんだって良いんだけど……」と言っていると、横からワルワラに仮面を引ったくられた。

 女子から一瞬「わ」と声が上がる。

「こんなもん着けてるからそう弱気になるんだよ!一回男見せろ!!」

「そ、そう言われても。僕、人に怪我させたくなくて……」

「女みたいな顔で女みたいなこと言ってるとほんとに女になるぞ!?」

「それでもあんまり構わないけど……」

「構うに決まってるだろうが!!一郎太!!お前なんとか言え!!」

「ワルワラ、キュー様の物勝手に取ったりすんなよな」

「お前もズレてるな!?」

 もう教室はしっちゃかめっちゃかだった。

 

 この混乱どうすんのよ、とジーダが呆れていると、そっと女子が一人手を上げた。

「あ、あの……私……」

 それはペーネロペーだった。凶悪な猛禽の足からは想像できないほどに可憐な様子だ。

 皆「今大事な話してんのに何!?」と振り返る。

 ペーネロペーは躊躇いがちに続きを口にした。

「私……前線行ってもいいかな?」

 女子は前線を嫌がりがちだと言うのに、皆瞬いた。

「ペーネロペー、俺は別に戦う人数が足りないって怒ってるんじゃないぜ?ただ、こいつの頭のネジがゆるくってだな」

 ワルワラが気を使うと、ペーネロペーは照れくさそうに笑った。

「うん。わかってるよ。でも、私は魅了の歌を使えるから」

 強力な一手だった。

「それは確かに前線がいいか?」

「いや、そんなことしたら集中砲火に合うんじゃ……」

「ペネちゃん、危ないよ?」

「支援魔法係にしておいたら?」

 皆心配そうだが、ペーネロペーは首を振った。

「全然危なくても平気。私たちセイレーンは女の方が強いから多分感覚も普通の亜人や人間、獣人の皆とは違うと思う。旧セイレーン聖国の指導者も、男はモーナー様っていう海の人(シレーナ)一人しかいないの。昔は女の人が男の人を食べちゃうこともあったくらい」

「た、食べちゃう」「へ、へへ」

 顔を赤くした男子もいたが、それが男子にとって素敵な比喩表現ではなく、本気の食物連鎖だと思い至ると顔を青くした。おバカな男子でも特進科なだけはある知識量だった。

 

「ペーネロペー、君本当に前線行く?」

 仲間たちに迫られていたナインズは真剣な眼差しで確認した。

 仮面のない状態で教室にいるのは初めてだ。皆、たった一言発しただけのナインズに思わず注目してしまった。

 

「うん、だめかな……?」

「ダメなわけないよ。僕は君が強い子だって知ってるしね」

「ありがとう、キュータ君」

「ううん。だけど……君からしたら男の方が頼りなく見えるかもしれないけど、それなら僕も前線に出るよ」

「いいの?」

「あぁ、ペーネロペーが一斉に狙われたりしないように」

「嬉しい。キュータ君と一郎太君だけはちっとも弱くないって分かってるよ」

「ははは。じゃあ、食べられないで済みそうだね」

「ふふ、ほんとは食べちゃいたいけどね」

 ペーネロペーがペロリと唇を舐めると、ナインズは苦笑した。女子はギョッとした。

「く!すずきぃ!」「首席だからってぇ!」「羨ましいぞ色男ぉ!!」

「え……。ゆ、譲るよ……」

 周りの男子が何故こう羨ましそうなのか分からない。ナインズは全く食べられたくなかった。

 

 黒板の前でチョークを持つパルマとジナはどことなく不満感のある雰囲気で二人の名前を前線の欄に書いた。

 

「じゃ、スズキの前線送りも確定したし残り決めちゃおうぜ!!」

 ワルワラが仮面を突き上げると、「おー!」と教室から返事が返った。仮面はそっと一郎太に回収された。

 

+

 

 昼休み、ナインズが食事を取っていると、「スズキ君、頑張ってねー!!」と他所の科の女子達から黄色い歓声が聞こえてきた。

「ありがとー!」

 手を振りかえす相手の中には敵になるはずのクラスすら存在していて、応援するなと怒られる女子もいた。

 

 指揮司令係になったカインはフォークを咥えたまま自分のノートにもくもくと作戦を書き出していた。

「えーと、目眩しと……ペーネロペーの魅了の歌……<浮遊板(フローティングボード)>とそれから……氷結魔法も……」

 あの子はこっち、あいつはここで、キュータ様をここにして……とやる姿は真剣だ。

「――な、カイン。キュー様あんまり戦いたくなさそうなんだけど。腕輪もあるし、なんとかなんない?」

 一郎太が言うと、カインは咥えていたフォークをムニエルにドスンと突き刺した。

「前線に出るなら僕の言う事を聞いていただきます。なんなら利用させていただきます。腕輪もなし。着けたままでいるつもりなら僕がまた盗む」

「……カイン、そう言うキャラだっけ」

「キャラも何も、当たり前でしょ!!神都第一小バイス組が奇跡的に"A組"に全員揃ってんのに、負けるなんて考えられない!!バイス先生だって絶対観にくる!!情けないところは見せられない!!」

「バイスンだって負けたら笑って許して――」

「いいかい!一郎太君は魔法使えないし負けても関係ないや〜とか思ってるかも知れないけどね!!全部理解している(・・・・・・・・)僕たちは誰かさんの名誉まで背負って戦わなきゃいけないんだよ!!ペーネロペーだってそうさ!!これで負けでもして、キュータ様に俺は勝ったことがあるとか言う奴が一人でも出たら!!どうすんの!!公衆の面前で負けたりしたら!!どうすんの!!」

 カインがムニエルの刺さったフォークを目の前に突き出して叫ぶと、一郎太の鼻の頭にぴちょりとソースが飛んだ。

 一郎太は鼻の頭を親指でぬぐって舐めると――

「絶対にぶちのめしてやる」

「分かったなら良し」

 二人は握手をするとノートに顔を寄せた。

 

「……スズキも苦労してるな」

「ははは。楽しければ良いのにね」

「あの二人の熱量には負けるけど、そのピクニック気分はやめておけよ。怪我の元だし、多分首席のくせに負けてやんのって一生言われるぜ?お前下手に目立ちすぎてるから」

 ワルワラはちょっぴり同情してそうだった。

 そうして過ごしていると、ふとナインズの肩を叩く男がいた。

 

「――君、キュータ・スズキ君だよね」

 

 ナインズとワルワラは二人揃って振り返った。

 透き通った金髪と、真っ青な瞳。前髪は長く片側に寄せてあり、片目を覆ってしまいそうになるとそれを後ろに送った。

 

「あ、うん。そうだよ。僕はキュータ・スズキ。よろしくね」

 ナインズは席から立ち上がってから手を伸ばしたが、相手はそれを握る素ぶりも見せずに答えた。

「私はアレクサンダー・デイル・ベルト・リッツァーニ。この名前、聞いたことは?」

「……ごめん、ないかも」

「そうだと思っていたよ。私はバハルス州から来たんだ。――カイン・デイル・フックス・シュルツ君とは知り合いなんだけどね」

 これまで一郎太と顔を擦り付けながらノートに齧り付いていたカインはふと視線を上げた。

「ん――リッツァーニ君が何か用かい?」

「いいや。シュルツ君は私の事なんか相変わらず眼中にないらしい。君は中学の頃も随分ご活躍の様子だったから」

「何の話さ?」

「いいや、大して魔法も使えないのに首席卒業おめでとう。入学後は首席入学者と仲良しとは恐れ入るよ。ここは首席の会――いや、エリートの会かな」

 

 ナインズとワルワラは目を見合わせた。

 感じのいい男ではない。ワルワラも立ち上がるとリッツァーニを魔眼で覗き込んだ。見返す空色の瞳は揺れなかった。

 

「俺様も確かに首席にふさわしいだけの男だ。それを見抜いたことは褒めてやるよ。で、お前何が言いたいんだ?」

「いや、別に。私はただ、"A組"にだけは"B組"は負けないと言っておこうかと思ってね。スズキ君、その美しい顔に傷が付かないようにも前線からは外れた方がいい。私達は打倒首席を掲げているんだから」

 ワルワラの圧を無視してリッツァーニは言った。

 ナインズとて、平和主義者なだけでバカな訳ではない。一郎太が「何を」と立ちあがろうとすると、それを制した。

 

「じゃあ、"B組"とやる時は真面目にやってあげるよ」

「それはそれは嬉しい限りだ。本気でやらなかった何て、絶対に言わせないからな」

「本気でやらなかったけど勝っちゃった、って言ったらごめんね」

「吠え面かかせてやる」

「ははは、面白いことを言う。気に入ったよ。さぁ、もう下がってくれ」

「早く作戦を練らなきゃいけないもんな。まぁ、そう焦るなよ。まだ後一週間は首席様でいられるんだから」

 

 リッツァーニが立ち去っていくと、取り巻きなのか後ろをついていく男子も二人「ふん」と鼻を鳴らして行った。

 

 周りも凍りつくような雰囲気で、学食はいつもの喧騒をいつの間にか失っていた。

 ナインズはできるだけ明るい顔をした。

「……対抗戦楽しみだね!僕も頑張りまーす!」

 ははは、と周りが笑って少しづつ空気がほぐれていくと席に座り直し、ナインズは信じられないほどつまらなそうな顔をした。

「あいつ何だ?カインに恨みでもあるの?」

「ほんとに!!カイン、なんだよあいつ!!俺が本気でデコピンしたら余裕で脳みそ吹き飛ぶくせに!!」

 

 一郎太はめちゃくちゃキレていた。

 カインは頭を抱えながらため息を吐いた。

 

「うーん……。僕のシュルツ家が持つランゲ市と、リッツァーニ家が持つシュティルナー市は隣同士なんだよね。市境にある名門の幼児塾で……確か一緒だったんですけど……なんか大人しそうな奴だった気がするんだけどな。僕は国営小学校(プライマリースクール)はこっちに来たし、小学校の頃に何があったのか知らないけど、同じ私立中学で久しぶりに会ったらもうあんな感じだった。彼魔法が結構得意みたいですよ。まぁ、それだって僕らは負けないけど」

 

 カインの宣言に、「あったりまえだろ」と一郎太は鼻息を荒くした。

 

+

 

「あのー。キュータ、いるー?」

 昼の学食の様子を見ていたアガートはキュータの教室に顔を出していた。

 あんな風に人の挑発に乗るなんて珍しいと思ったし、好戦的な顔をするキュータも――かっこよかったから。

 

 クラスの中は放課後だと言うのに、全員がいるんじゃないかと言うほどの熱気だった。

 クラス対抗戦といえば一大イベントだが、それにしたって昼のあれはかなり効いたらしい。

 

「クラス外生徒立ち入り禁止!!スパイ行為禁止!!首席呼び出し禁止!!」

 知らない女子に怒鳴られる。

 顔を上げたキュータは仮面をつけていて、どんな表情かは分からないが、軽く手を挙げて挨拶をしてくれた。

 アガートは手を振り返して教室を後にする。

「……クラス対抗が終わらないと無理か」

 乗合馬車(バス)に乗って出かけようと言う約束は宙ぶらりんのままだ。

 あのタイミングでハンカチを返してしまったのは失敗だったかもしれない。

 もし誘えた時のために、「一緒に行こう」と言われないように離れたところで様子を伺っていたレイが駆け寄った。

 

「首席、ダメだったんすか?」

「もう全然無理って感じ。スパイ行為とか言われちゃった」

「ははは!ま、ハニートラップに首席が引っ掛かったら大変だからね」

 二人で笑いながら帰る。

 隣の"B組"も中々の熱気で、"A組"からの熱がさらに伝播している感じがした。

 

「当日はもちろん、見にいくんすよね?」

 特進科クラス対抗戦の日、他の科は休みだ。特進科の力を見ておきたいという者も出てくるし、教師たちも授業が手につかなかったりする。結局観戦状態になるなら、お好きにどうぞと自由登校日になっている。

 

「行く。情けないへなへな魔法使わないように監督しなきゃ」

「別にあんたが見てなくたって決めるところは決める気がするっすけどね」

「とにかく!応援しに行く!!」

「へいへい。差し入れでも作る?」

「それいいね!何がいいかな!」

「うーん、提案はしたけど、私ゃそんなことしたことないしな……」

「本屋行こ!」

 

 二人は小走りで学校を後にした。

 

 隣に装丁屋が建っている本屋に入ると、二人は料理本コーナーで肩を寄せ合った。

「ケーキは?」

「こんなもん対抗戦前にもらっても困るっすよ!?フォークも付けんのか!?」

 アガートの提案はレイに一瞬で粉砕された。

「そうなるとクッキーじゃん。なんかもっと、お料理上手そうなのがいい」

「バカ言わないでほしいっすね。何作るかも思い浮かばないレベルの私らが料理上手なわけがないんだから!見栄張らない!!」

「く……!カップケーキは?」

「……それなら、まだましっすかね?」

 

 バラバラとカップケーキのページを探していると、「待って」と本に手が重ねられた。

「え?」

「ん?」

 二人は本から顔を上げると、そこには茶色い髪をしてメガネをかけた知らない女の子。

「……カップケーキは手で食べられるけど、対抗戦前には重いと思う」

 魔導学院の子かと出立ちを見るが、その子は知らない制服を着ていた。白いブラウスに、グレーのジャンパースカート。胸元には大きなリボンが付いていて、真ん中には素敵なブローチ。おそらく女学院だろう。

「英気を養えると思ったんだけど……」

 アガートが答えると、女の子はゆっくり首を振った。

「……キュータ君には枷がある。少しでも身軽でいさせてあげたい」

「え?キュータのこと知ってるの?それより、枷って……?」

「……私はアナ=マリア・エメ・アンペール。ね、オリビアちゃん」

「オリ――あ」

 アナ=マリアの視線の向こう、書店の入り口にはオリビアが立っていた。やはり、グレーのジャンパースカートの制服を着ていた。

「キュータ君は貰ったら食べるって言ってくれちゃうよ。ただでさえ魔法が不安定なんだからそんな事しちゃダメ」

 

 レイはオリビア、アナ=マリア、アガートの三人を目が回るほどに見比べた。

 

「……どゆ状況?」

 

 一人取り残されている者の呟きは虚しく、四人は改めて自己紹介をし合った。

 夕暮れだったはずの外は、いつの間にか紫色に染まって夜になり始めていた。

 

「じゃあ、オリビアちゃんとアナ=マリアちゃんも見に行くんだ」

「うん。他にも昔馴染み二人誘ってね」

「……一人は信仰科」

「もう一人は?」

「……建築屋」

 

 アガートとレイは「け、建築屋……」と声を揃えた。

 

 四人は仲良く料理本をめくった。

「はぁ。やっぱりクッキーなのかなぁ……」

 アガートが言うと、オリビアとアナ=マリアは「それが無難だよ」と賛成した。

「……型で抜いたら?ハートとか」

「は、ハートはちょっと」

「……じゃあ、お花?」

 アナ=マリアの二度目の提案に唸っていると、アガートは「あ」と声を上げた。

「ちなみに、二人は何を渡すの?」

「私たちは四人で――」オリビアが答えようとすると、アナ=マリアが口を塞いだ。

「……秘密。これ以上は敵に塩。私たちは真似しないけど、二人が真似しない保証はないもの」

 散々こちらの情報を得て口出ししてきたと言うのにここにきて秘密か。

 アガートはこの子は大人しそうだが思ったより手強いかもしれないと思った。

 

「じゃ、私達もここからは秘密。この本買ってくる!」

 レジスターの前に座っていた優しそうなおじさんが本のお会計をしてくれる。

 そういえば、この二人は書店に何を買いに来たんだろう。二人はちっとも、自分たちの本を選ぶ様子はなかった。

 アガートが買ったばかりの本を手提げのついていない紙袋から出してレジスター前を離れようとすると、ドンっと人にぶつかった。

「ぶっ!!」

「わ、ごめん。またぶつかったね」

「こ、こちらこそごめんなさ――え?」

 聞き覚えのある声に、アガートが視線を上げると、泣いているような怒っているようなおかしなマスクを被り、フードを目深にかぶる男が自分を覗き込んでいた。

「キュ――」

「キュータ君、いらっしゃい」

「や、オリビア、アナ=マリア」

 キュータは優しそうに二人に手を挙げた。

 

「キュータ!なんでここに?」

「なんでって、ミリガン嬢こそ。勉強?えらいね」

「私はちょっと用事が……。キュータは対抗戦に使えそうな資料探し?」

「ん?はは、そんなことは校内図書館でするよ。専門書は学校の方が多いからね」

 確かにそれはそうだ。

 キュータはアガートの横をすたすたと歩いていくと、カバンから一冊の本を取り出した。

「アナ=マリア、これありがとう。面白かったよ」

「うん、キュータ君はきっと気にいると思った。次はどんなのがいい?」

「僕がここを離れてから出たようなのがいいな。自伝でも小説でも冒険譚でも。なんだって読んでみたい」

「ふふ、実はそう言うと思った。……だから、今回は私とオリビアちゃんの間で話題のこれ、どうかな」

 アナ=マリアが本を取り出すと、キュータは表紙を読み上げた。

「……日々、是海月草……?」

「小説。昔活躍した架空の冒険者が、全てを引退した後に海月草を買って育てるの。冒険者は根っこから動けない海月草を自分と重ねて可哀想になっちゃって水槽に放しちゃう。そしたら……」

「そしたら……?」

「……あとは読んでくれなきゃ」

「ははは。気になった。読んでみるよ」

 

 キュータは嬉しそうに表紙と背表紙を確認すると、カバンの中に本をそっとしまった。

 二人の会話を聞いていたアガートは、ふと一つ疑問を抱いた。

「キュータは、家庭教師受けてた間はわざわざ神都を離れてたの?前に言ってた人の少ない田舎?」

 なんとなく答えに窮するような雰囲気が仮面の向こうから伝わった。助けを求めるように一郎太の方へ顔を向ける。一郎太は当然のように一緒にいた。

「――そ。別にあるキュー様のもう一つのお育ちの場所。カインも出身はバハルス州で、国営小学校(プライマリースクール)を出た後は向こうに帰って中学入った。んで、また戻ってきたってわけ」

「実家はどこなの?今は寮なの?」

 アガートが言うと、一郎太は「寮じゃなくて家に帰ってるよ」となんでもなく答えた。

 神都にも家があると言うことか。やっぱりものすごいボンボンだった。

 レイも同じように感じてるのか「金がものを言う世界やねぇ」としみじみ呟いていた。

 

「――さて、そろそろ帰ろうか」

 キュータの一声で、皆カバンを持ち直したり、それぞれ必要な身支度をした。

 皆で外に出ると、キュータはオリビアの前に立った。

「こんな風に使っていつも悪いね」

「ううん、ちょうどいい所にあって良かったって思ってるよ」

「今度何か埋め合わせさせて欲しいな。おじさんとおばさんにも、お礼に何か持ってくるから」

「ふふ。いいの。本当に気にしないで」

「だけど……なんだか悪いな……」

「――じゃあ、キュータ君さ。一個お願い聞いてくれる?」

「もちろん」

 

 永続光(コンティニュアルライト)の灯った道で、オリビアは顔を赤くすると愛らしく笑った。

 

「私に一番似合うって思うもの、何か贈って欲しい!」

「はは、そんなこと。オリビアに一番似合うと思う物ね。何が良いかなぁ」

「なんでもいいよ。髪飾りでも指輪でもっ」

 ちゃっかり指輪をせがむ。この女子、小悪魔だった。

「――あ、クラス対抗戦見に行くからね!その時にでも持ってきて!」

 アガートとレイは「そ、それは!!」と思った。実質彼女宣言。周りを圧倒的に引き離す悪魔の所業。

 身に付けるものを贈らせるなんて、周りから見ればどう見ても告白だ。外堀が埋められてしまう。

 キュータの反応は、と皆の視線が集まる。

「分かった。用意しておくね」

「ありがとう!約束ね!」

 小指を差し出され、二人は指切りげんまんをして離れた。

「応援してるから、きっと勝ってね」

「あぁ、絶対に勝つよ。実は最初はあんまり目立たないようにしようと思ってたけど、本気でやることにしたから期待してて」

「え?珍しいね」

「僕もそう思う。ただ、これが一時間しか離しておけないから……それだけが少し気がかりかな」

 

 キュータは腕輪を見ると軽いため息を吐いた。

「そうだよね……。あんまり強い魔法使わないんでしょ?」

「怪我はさせたくないからね。使っても第三位階までって決めてる。でも、そんな縛りを使って二時間予定の模擬戦を一時間以内――いや、余裕を持って四十五分以内に攻撃魔法も範囲攻撃もなしに四十人相手を倒せるのか……カインがあれこれ考えてくれてるけど、少しだけ不安は残るかな」

 

 とんでもない発言だった。

 思わずアガートとレイが口を挟む。

「キ、キュータって第三位階より上の魔法が使えるの?」

「しかもスズキさん、四十五分以内に相手クラス倒すつもりなんすか?一人一分ちょいしかない……」

 キュータは肩をすくめた。

「どうかな」

「ど、どうかなって、何も答えになってない!」

「はははは。そうかな」

「そうかなも答えになってない!!」

「そうかぁ。――あ、アナ=マリア、家まで送ろうか?」

「……平気。すぐそこだから。でも、キュータ君。本のお礼に私に似合う物も、クラス対抗戦の日に用意してね」

「ははは、そうだね。アナ=マリアにも何か持っていくよ。――ミリガン嬢とレイは同じ寮だよね。皆気を付けて!明るくて死の騎士(デスナイト)のいる道を帰るんだよ!一太、帰ろう!!」

「キュー様、もう髪の時間がやばい!」

「――最悪自分で掛け直す!!」

 

 二人はいきなり走り出すとあっという間に見えなくなってしまった。

 

「な、なんなのよぉ……」

「首席……謎多き男っす」

 

 取り残されたアガートとレイは呆然と立ち尽くした。




やっとイケ好かないやつが出てきたぜ!!やっちまえ!!!

オリビアちゃんとアナ=マリアに一番似合うものとか渡したら一生着け続けちゃうでしょうが!
耳飾り?髪飾り?指輪?指輪だったらもうやばいよ。
こっちの女子対抗戦が気になるよ

次回!明日!!Re Lesson#10 クラス対抗戦前編
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