眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#39 新州知事の就任

 ラナーは自分が思った方法の数倍、いや何百倍も凄まじい間引きに言葉を失っていた。

 統治を邪魔するような貴族は死ぬだけでなく、灰にされ二度と復活を望めぬよう徹底的に断罪された。

 

「これが……あの神々の真の力……」

 アインズとフラミーを侮った事などなかった。

 それでも、本当に神かどうかは怪しいと思っていた。

 闇の神の智謀は確かに自分を遥かに超えていたが、本当に神と言う超常の存在だとすればわざわざ人間に構う意味は何だろうと、クライム以外に慈悲を抱いたことのない王女は思っていたのだ。

 それに、光の神と言っておきながら平気で大量の人間を虐殺した者の動向にも違和感を覚えていた。

 

 しかし、王女は気付いた。

 世界でも一人居るか居ないかと言う歪んだカルマを持つその女だけは気付けた。

 

 神々は人間で遊んでいるだけなのだと。

 

 まるで遊ぶかのように殺したと思ったら、生き返らせ――それを人間が勝手に有難がって、まるで目の前を進む羊飼いに何の疑いも抱かぬ羊のように付き従う。

 実に超常の存在らしい遊びだと思った。

 もしラナーが物語の勇者のような人物であれば、「そんな者の下で与えられる平穏や幸せは、本当の幸せじゃない」と声を上げただろう。

 

 しかし、彼女はこれこそが自分の求めた幸せだと確信する。

 

 クライムと生きるためだけに存在する世界は、そうあった方が良い。

 が、自分がこの化物達に信頼されているはずなど――ない。

 あくまでも利用価値が高いから自分はこれから恩を得られるのだ。だからこそ、ラナーはしっかり働き、恩を受けた以上の価値を今後証明しなければならない。

 

(少しでも無能なところを見せれば安泰はないわ……)

 

 ラナーは二人の神を思うと、我知らず戦慄が走った。

 それでも、ラナーは小さく笑ってしまう。

 大切な夢が王国一つを売り渡す程度で叶ってしまう。

 

 踊りたい。

 歌いたい。

 あまりにも、あまりにも幸せで、この胸の内が溢れて止まらない歓喜を抑えきれない。

 

 これからじっくり時間をかけて犬の新しい教育を施していくのだ。

「うふふ。――あぁ、なんて私は幸せなのかしら!」

 

+

 

 人々の復活からニ週間。

 南広場には、戦争前よりも多くの人で溢れていた。

 最早入りきれない人々は二区の民家屋上からもその様子を見つめている。

 

「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフよ」

 闇の神と光の神の前に、ラナーと仮州知事は並んで膝をつき手を前に組んでいた。

 

「お前はこれから、リ・エスティーゼと我が神聖魔導国の架け橋となるのだ。お前は父ランポッサⅢ世の元を離れ苦悩を得るかもしれない。覚悟は出来たな」

 これから、神々とクライムの為だけに生きる覚悟を問われ、ラナーは応える。

「はい。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。とうに覚悟は出来ております」

 真っ直ぐな、心の底からの返事に闇の神は満足そうに頷いた。

 

 光の神が仮州知事に近付く。

「貴方はこれをもって現在の仮州知事の任を解かれます。復興への長きに亘る勤め、ご苦労でした。エ・ランテルの一番辛い時を支えた貴方は時代に名を残す良き知事でありました。そして、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。あなたを、このザイトルクワエ州の新州知事に任命します」

 

 そう言うと、フラミーは仮州知事がこれまで羽織っていた神聖魔導国の紋章が入ったマントを外し、ラナーに掛けてアインズの隣に戻った。

 ラナーはゆっくりと立ち上がり、組んでいた手を下ろしてマントの端を両手で摘み上げながら細心の注意を払って頭を下げる。

 

「神王陛下、光神陛下。このラナー、全てを捧げ御二柱の望む州知事となることを誓います」

 

 ランポッサⅢ世はラナーの後ろでパナソレイ都市長と神聖魔導国の神官長達と共に跪いていた。

 誰よりも優しい心根を持って育った娘を誇りに思って流した涙は温かかった。

 そしてカルネ村に別働隊として派遣し、帰らなかったバルブロに心からの謝罪を送ったのだった。

 この戦争に愛する我が子を連れて来たくないと思ったがばかりに。己の身内可愛さを選んだがばかりに。神に慈悲をかけてもらえなかった。

 

 国家を越えて人の命の為に奔走した王女はこの日、リ・エスティーゼ王国、ヴァイセルフ王家よりその名を消した。

 その後永らくこの王女の素晴らしき行いは神聖魔導国で語り継がれるのだった。

 

 王位継承権を返上したかつて王女だった州知事は、わずか三年後――神都大聖堂完成と時を同じくして崩御する父ランポッサの下属国だったリ・エスティーゼ王国をリ・エスティーゼ州になるよう政策を推し進める。新たに神聖魔導国に加わったリ・エスティーゼ州の州知事には自らの兄ザナックを推薦した。

 ザナックの元にはレエブンと言う子煩悩が都市長を務め、繁栄の時を迎える。

 

 ランポッサは、可愛らしい子犬のような孫の顔を見られた事を神聖魔導王と光の神に心から感謝して息を引き取ったという。

 

+

 

 数日前。

 

「あー……エンリよ、お前は角笛でこの者たちを呼んだのだな?」

 アインズは目の前の五千を越える大量のゴブリンの集団に言葉を失っていた。

 

「はい!ゴウン様から頂いたこの角笛で私達は生き延びる事が出来ました!ゴウン様はこの日の為に二つ角笛をお渡し下さったのですね!」

 特区カルネは今、区壁の中にみっちりとゴブリンを内包する謎の区となってしまった。

 後にゴブリン区とあだ名がつく程に。

 

「んん。その通りだ。これでこの地は本当に何にも脅かされない場所となっただろう。しかし国籍登録は全員きちんと行うのだぞ……」

 アインズがエンリや村人達と共に跪く大量のゴブリンを眺めていると、区壁の警護を行っていたゴブリンが駆けて来た。

 

「すみません、神王陛下、フラミー様。今姐さんの恋人が船で着いたみたいでして……。ちょいと御前に通してもいいでしょうか?」

 全ゴブリンは今ここでボスの未来の配偶者をお披露目したいとその目で訴えていた。

「エンリちゃん、彼氏できたんですか!アインズさん、是非見せてもらいましょうよ!カルネ区長の未来の旦那とやらを!」

 軽快に笑うフラミーにエンリは顔を赤くした。

「ははは、よし、その男を連れて来い」

 アインズの号令に従い、ゴブリンは支配者の気が変わらない内にと急いで区壁に戻っていった。

 

 そして、現れたのはンフィーレアだった。

 ンフィーレアはフラミーの存在に気付くや否や小走りから猛ダッシュへと姿勢を変えてすっ飛んでくる。

「ふ、フラミー様!!神王陛下!!要人が来てるってカイジャリさん!そんなレベルじゃないじゃないか!!」

 

 足元にたどり着くとズザザと音を立てるように跪き、いや、スライディング土下座をしながら、フラミーへ改めて礼を言うのだった。

 

「ふ、ふ、フラミー様!!僕は貴女様にズーラーノーン事件の時に救われた――」

「ンフィーレア・バレアレ君ですね、よく知っています……。なにもかも」

 フラミーの言葉に区民もゴブリンもオォ……と声を漏らす。

 フラミーは素っ裸だった男子を軽く見た後、ふぃと視線を逸らした。

 

「あー……そうか、君がカルネ村によく来ていたという薬師だったのか」

 アインズは夏の終わりに言っていた当時の情報源(エンリ)の言葉を思い出す。

「し、神王陛下におかれましても、カルネ村を、いえカルネ区を救ってくださってありがとうございました!エンリは……僕の好きな人は、神王陛下のおかげで今を生きています!本当にありがとうございました!!」

 

 深く頭を下げたンフィーレアにアインズは何も言わなかった。

「好き」という言葉に、青春しているなぁ……とおっさんじみた気持ちを抱き、ノスタルジーに身を浸したのも事実ではあるが、それ以上にもっと別の思いに包まれて。

 アインズは一度この青年を殺したことを思い出し、やはりふぃと視線を逸らした。

 

 軽く目を逸らされたことに気が付いたンフィーレアは慌てだした。

「あ!あ!ごめんなさい!!公式な区長との会談中に失礼しました!!」

 エンリの後ろに入ると、ンフィーレアはネムに軽く小突かれて静かにした。

 

「いや、用は済んだ所だ。それではエンリ、カルネ区を頼むぞ。区壁は今後撤去が始まるが、それも問題ないな?」

 アインズの言葉に少し区民達が複雑そうな雰囲気を出すが、今はもう栄光あるこの王の庇護下に入っていると自分達を奮い立たせる。

「……はい!三号川の完成と共にという事ですよね。よろしくお願いします!」

 エンリはぺこりと頭を下げると、それに習ってゴブリンと区民も頭を下げた。

 

「いや、厳密には川を渡る四箇所の橋の前に入国管理塔が設置されたら、だな。これまで区壁前で行なっていた講習にいくつか追加してそのまま川の門で行う。安心しなさい」

 今までと同じ講習といわれ少し安心する区民と区長の顔をアインズは見渡した。

 

「先ほども話したが、全ての橋の門にはお前達ゴブリンも人間の管理官と共に働くのだぞ。ここに危険が迫らないように全ての門で見事危険分子の侵入を食い止めるのだ。今回は戦争で恐ろしい思いをさせたな。中心都市に気を取られてこちらに来られずすまなかった」

 慈悲深き王はいつでもカルネ村を――いや、カルネ区を慮ってくれている。

 この期待に応えたい、カルネのゴブリンに川門を任せて良かったと言われたい。

 やる気に燃えた人々は頷きあった。

 

「アインズさん、そろそろ」

 フラミーのその声にアインズは皆に別れを告げ、区壁の出口へ向かう。

 三号川を大森林方向に渡す北の橋へ向かう為。

 

 すると、アーグと呼ばれる子ゴブリンがその背中に向かって叫ぶ。

「へいかー!ふらみーさまー!!父ちゃんの仇を、皆の仇を!!どうか頼みます!!へいかーー!!ふらみーーさまーーー!!」

 その声は、二柱が見えなくなるまでいつまでもいつまでも響いた。

 この子ゴブリンは数日前に仲間を、家族を、巨人達に攫われ、殺され、息も絶え絶えになりながら逃げているところをエンリに拾われた幸運な者だ。

 

 支配者の背中が見えなくなり、電池が切れたように静まったアーグは足から根が生えたようにその場を動けずにいた。

「安心しろ、アーグ」

 カイジャリがアーグの頭に手をのせた。

「あれは……まじもんの化け物……いや……。神様だからよ……」

 その表情は、畏れと期待の合わさった、とても複雑なものだった。




蒼の薔薇はこの先ナザリックやアインズ様とがっつり絡む予定です!
我らがBest girlガガーランの活躍をお楽しみに☆

現在の状況を地図にしていただきました!

【挿絵表示】

ユズリハ様、ありがとうございます!

2019.05.19 XYZ+様 誤字報告ありがとうございます!(*'▽'*)

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