眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#10 クラス対抗戦前編

 本日は晴天なり。

 教師陣が拡声魔法と警報(アラーム)の亜種の魔法を組み合わせ、パン、パン、と空に向かって空砲を鳴らす。

 魔導学院一年次クラス対抗戦。

 魔導学院にはものすごい量の人が押し寄せていた。

 一年の今のうちに優秀そうな生徒には唾をつけておきたい機関の者達も押し寄せる。

 

 国営小学校(プライマリースクール)で教師をするジョルジオ・バイス・レッドウッドは嬉しい便りを手に、同じく教師のパースパリーと共に魔導学院にやってきた。

「……懐かしいなぁ」

「ふふ、バイス先生から見たらこちらは母校ですもんね。母校で教え子が活躍するなんて……楽しみですねえ」

「えぇ、まさかキュータと一郎太がここに通うなんて思いもしていませんでした。キュータと一郎太、まさかカインの成長した姿も見られるなんて。――あ、もちろんペーネロペーも」

「私もうちのクラスにいたラファエロ・ダル・セルビーニ君の活躍を見るのが楽しみです!確か、"C組"なんですけど……」

「ラファエロ、昔は三人も従者を連れて通学してたけど――あ!いますよ、あそこあそこ!そうそう、あっちに生徒の待機タープが張られて押し込められるんだよなあ。ははは。暑そう」

 

 彼は昔、エルミナスと二人揃って殿下ではないかと目された少年だった。入学当時魔法を使えるたった二人の男子だったから。

 誰の成長も喜ばしく、あれからの時の流れや、子供達と過ごした日々がバイスの胸を熱くさせた。

 今の生徒達も特別だが、やはりあの六年間はどんな時代にも変え難い日々だった。皆が卒業してしまった後、しばらく燃え尽き症候群にかかってしまった程に。

 

「なるほど、生徒はあそこで待たされるわけですね。――ん?バイス先生あれ」

 

 パースパリーが眩しそうに見下ろす先には、見知った男。バイスは今日の日のために買った魔法道具の単眼鏡をきりきりと伸ばした。

 

「……ティアレフ先輩?」

 

 この魔導学院が作られてすぐに入学したバイスは、魔法学院の時代からフールーダの下で学んでいたジーダ・クレント・ニス・ティアレフの後輩に当たる男だった。

 魔導学院に通っていた頃、一年間だけ通学が被っているはずだ。自身も学生でありながら、フールーダの助手として授業の手伝いに後輩の教室に現れたりする彼はバイスの憧れの先輩だった。

 卒業後のバイスは魔術師組合に、ジーダは魔導省に。

 かつてキュータに腕輪を外すように説得した際、「神々に認められて選ばれたエリートだよ」と言ったが、もっとすごい人々を間近で見てきたことを思い出した当時の彼の頭に一番に掠めたのは、ジーダだった。

 もちろん、ジーダはバイスの事なんか一度も認識した事はなかっただろう。

 

 ジーダは自分の受け持ちらしいタープに女子が来てはそれを注意しているようだった。そして、ため息を吐いては女子達の手の中の物に何か魔法をかけている。

「……ううん?」

 ふと、見知った四人がそのタープに向かっているのが見えた。

 

「……アナ=マリアとオリビアと……レオネ……それからイシューか?大人っぽくなったな」

 と言うことは、あそこの下には――

 タープからは懐かしい仮面を被った黒髪の男子が出てきた。それから、赤毛のミノタウロス。

「きゅーたぁ……一郎太ぁ……」

 カインとチェーザレは卒業後もたまに学校に顔を見せに来て、自分達の活躍を一生懸命話してくれたり、勉強の相談をしてくれたりしていた。毎日の学校生活を書いた手紙をたまに個人宛に送ってくれたりもしているし、今日だって招待状のようなこの手紙を送ってくれたのは彼だ。

 カインとチェーザレの事は当然可愛く思っているが、卒業後は見かけることすら叶わなかった二人の大きくなった姿は、バイスの目を熱くさせた。

「っうぅ……立派になられて……」

 僕は許さないと、一郎太を傷つけられた時に宣言した日の声が今も忘れられない。

 四人娘は大きなバスケットをキュータに差し出し、ジーダが横から何か魔法をかけて「よし」と言う仕草をしている。

 キュータはそれを開けると、中から切られたフルーツを出していくつか仮面の下に忍ばせていた。

 

 あぁ、なるほど。

 

 ジーダはこうしてキュータに持ち込まれてくる物が魔法的な効果が付与されたものではないかを逐一確認してやっていたのだ。一体何回鑑定魔法を使っているのか、どことなく疲労感が伝わってきた。

「……はは、先輩苦労してるな」

 バイスは悩んだが、パースパリーに単眼鏡を渡すと立ち上がった。

「すみません、少し手伝ってきます」

「ん?はい!第三回生、頑張ってくださいね」

「はは、第一回生があんまり不憫で」

 荷物を観覧席――と言っても、板が段々に並んでいる簡易的に作られたようなものだが――に置いて、場所を確保してから「すみません。ちょっと失礼」と声をかけて下へ下へと降りていった。

 憧れの先輩だったはずのジーダを不憫に思ってしまうのは、彼の苦労を六年間先に味わってしまったからだろう。

 

 校庭に出て行こうとすると、昔懐かしい教師に声をかけられた。

「――レッドウッド君か?」

「あぁ、先生!お久しぶりです」

「やぁ、君の噂はよく聞いていたよ。何せこの距離だからね」

 教師は見え隠れする神都第一小の尖塔の屋根を指差した。

「幼い殿下によく仕えたそうだね。誇らしいよ」

「そう言っていただけると鼻が高いです。ただ、仕えさせていただいただけですっかり虎の威を借る狐になってしまった恥ずかしさは否めません」

「はっはっは、君がその物腰のままで安心したよ」

 バイスは教師界隈ではちょっとした有名人になっている。神からわざわざ、殿下を六年間受け持ち続けてほしいと頼まれた男だとか。

「――行くのかね?」

「……良いでしょうか?」

「もちろん、君なら」

 バイスは頭を下げ、疲れ切っているジーダの下へ走った。

 駆け寄ってくる部外者を見たジーダは一瞬怪訝そうな顔をしたが、ハッと何かに思い至ったようだった。

「――レッドウッド君!」

「っえ」

 生徒達が何だ?と顔を出す。ジーダは笑顔でバイスを迎えてくれた。

「じ、自分の名前をご存知で?」

「はは、当時の授業なんかもう覚えてないか。君が三回生だった頃、私は教室で君と何度か話したんだよ」

 バイスがまた一つジーダの人間性に感動していると、「バイス先生!」「バイスンじゃん!」と声が上がった。

「お、お前達!久しぶりだなぁ。だけど、今はちょっとティアレフ先輩と話すから、少し待って」

 本当はキュータ達に飛びつきたい気持ちでいっぱいだが、大人としてそれは許されない。

 

「はははは。なんだ、私のことは覚えてくれていたか。レッドウッド君、昔の教え子が気になってきてしまったのかい?」

「あ、いえ。キュータ達より、鑑定魔法にお疲れの様子のティアレフ先輩が気になりまして。自分もお手伝いを」

「バイスンがんばれー」と一郎太が言う方に手を振ると、ジーダはこの苦労を察してくれるかと笑った。

「助かるよ。流石に疲れた。まだまだ列は長いから……」

 そう言う視線の先には、自分の番を待つ女子がどっさりと山のようにいた。

 バイスは想像よりも大量の様子に顔を引き攣らせた。

 

+

 

 挨拶もそこそこに、バイスは女子達の中に飛び込んでいき鑑定魔法をかけまくった。

「ははは、バイス先生変わんない」

 ナインズが彼の公平性に笑うと、話を中断させられていた女子達が頷いた。

 

「ね、キュータ君!覚えてる?」

「……約束」

 

 バスケットを抱えたオリビアとアナ=マリアが言うと、ナインズは懐かしい教師の背からようやく目を離した。

「覚えてるよ。これ、大したものじゃないんだけどね。オリビアとアナ=マリアに」

 ナインズが胸に手を入れて出したのは、一筆箋用の細長い封筒が二つだった。

 それぞれ一つづつオリビアとアナ=マリアに渡す。オリビアはどんな手紙が入っているんだろうと封筒を開けた。

 

「――こ、これ」

 中には素敵なフサと飾りのついたブックマーク(しおり)が入っていた。

 一緒に収められている一筆箋には『いつもありがとう。キュータ』の文字。

 しおりは、本に挟む部分がプラチナで出来ていて、本から滑り落ちないように湾曲した先に魔石とフサが揺れた。

 オリビアには青を、アナ=マリアには黄色を。

 小さな魔石が付いただけのものだが、学生には――いや、普通の家庭では手に入れられないような、そんなあり得ない調度品である事は間違いない。

 それを裏付けるように、ナインズは告げる。

「夜にこっそり本を読む時はその石にこう言ってごらん。――<光れ>って」

 魔石は小ぶりだというのに、合言葉の呪文を告げるとパッと柔らかい光を漏らした。空から星をそのまま取ってきたようだった。

 

「な、なんですの?」

 レオネが横から覗き込む。オリビアとアナ=マリアは震えながらそれを見下ろした。

「<消えろ>、これで消えるからね。――似合うものって言ってたし、耳飾りとかブローチとかあれこれ悩んだんだけどさ。ブックマークの方が僕ららしいかと思って」

 アナ=マリアとオリビアはしおりを抱きしめると、もう立っていられなくなってその場にしゃがんだ。

「あ、ありがとぉお」

「嬉しい……。ど、どうしよう……」

「え?どしたの?アナ=マリア?オリビア?大丈夫?」

「アナ=マリア!?オリビア!?ち、ちょっと!?」

「お二人とも!?大丈夫ですの!?」

 イシューとレオネが横にしゃがんで骨抜きになった二人の背をさする。そうはしたが、一体何が起こっているのかイシューとレオネには分からなかった。

 

 すると、バイスが声を上げた。

「――ほら!そろそろ行った行った!!お前達、元教え子だからって先生が贔屓すると思ったら大間違いだぞ!!」 

「ば、バイス先生、ですが――」レオネが反論しようすると、バイスは首を振った。

「でもじゃない!もう行く!これから対抗戦のあるキュータに二人を運ばせるような真似させない!!――レオネとイシューなら分かるね」

 その言葉に、レオネは即座に頷いた。

 

「――皆様、わたくし達キュータさんと同じ小学校でしたの。残ったものは、皆様で召し上がってくださいませね。気を使う必要はありませんので」

 

 レオネは手近なところにいたワルワラにギュッとバスケットを押し付けた。

「お、ありがとうよ」

「どうぞお怪我なく。応援しておりますわ」

 レオネとイシューはオリビアとアナ=マリアを引きずって去っていった。

 

「はい、渡すもの渡してどんどん皆戻って!"A組"の作戦会議の邪魔して負けたら皆居た堪れないでしょ!!渡すものに名前なり手紙なり書いて!!できた子からどんどん渡す!!」

 バイスの指示に、名前と手紙を最初から付けていた子は「頑張ってね」とナインズに差し入れを渡し、握手をしてどんどん去っていった。

 そして、一番最後にアガートはクッキーの入った袋を持って現れた。

「て、手紙なんて入れてないよ」

「はは、そんなのいいよ。ミリガン嬢がくれたってことくらい覚えてられるから」

 アガートは嬉しそうに笑い、一番綺麗に焼けた五枚だけを入れた袋をナインズに、それから、一郎太にはちょっと汚くなった五枚を入れた物を渡した。たかがクッキー、されどクッキー。厚かったものは上手く焼け、伸ばし方が下手で薄くなった部分は焦げてしまった。

 

「はい、行った行った!」

 

 バイスが最後の一人を捌くと、ジーダは笑った。女子達から「あの先生誰ぇ」と若干怒りを向けられているのがなんとも言えない。

「レッドウッド君、朝飯前って感じだね」

「はは、このタイプの憎まれ役はもう慣れっこですよ。――じゃあこれで」

「いやいや、少し話して行きなよ」

「……先輩、すみません。そんなつもりで手伝いに来たんじゃ……」

「当然の権利だと私は思っているよ」

 バイスは頭を下げると、今度こそ振り返り、ナインズと一郎太、カイン、ペーネロペーを手招いた。

 

「皆……。皆が本当に立派になってて嬉しいよ。負けてもいい、目立たなくていい、かっこいいところなんて見せなくて良い――なんて絶対に思うなよ。うんと目立って、かっこいいところを見せまくってくれ。それでもって、勝つ。いいね」

 四人は頷いた。

「――キュータ、頑張って。一郎太は必ず腕輪(それ)を守ってくれる。応援してるよ」

 キュータはバイスと抱きしめ合って背を叩き合うと「感謝します、先生。本当に……」と告げて離れた。

 そして「ぶちのめしてやりますよ!!」とカインが言うと、バイスはおかしそうに笑って去っていった。

 

 ちょうどそのタイミングで『対戦組分けを始めます。代表者一名、前へ』と杖で拡声された声が響いた。

 

「行け!首席野郎!!」

 

 ワルワラに背を叩かれ、ナインズは走っていった。

 

+

 

 組は全部で「A」「B」「C」「D」あった。

 "A組"からくじを引く。

 ナインズの手の中には三番の数字。

 

「私が四番を引いたら、一回戦敗退だねぇ」

 隣でアレクサンダー・デイル・ベルト・リッツァーニが不適な顔をした。

「そうならないと良いね。そうなったら"B組"に()()や。君たちがあそこにいられる時間は四十五分しかないと思うから」

「なんだと!!」

 リッツァーニは怒りすら垣間見える視線をナインズに送ると、箱の中に手を突っ込んだ。

 たった三枚しかない紙だ。これで四番以外を引いて、魔力が減ってしまってから挑む二回戦目には"A組"は回せない。

 これだと思う紙を取り、開け――

 

 ――

 

 ――

 

 ――

 

「どうです?」

「こいつ中々引きが良いな。ははは、四番だよ」

 アインズとフラミーはリッツァーニの手の中から紙を引き抜いて確認した。

 停止した世界の中で、アインズは箱の中からもう一枚紙を取り出した。

「一番にしといてやろう。ナンバーワン。二番よりは嬉しいでしょうしね」

「ふふ、微妙すぎる優しさです。そのままが一番嬉しいだろうに」

 フラミーがおかしそうに言う。アインズは「だって」と続けた。

「一発目からここに当たって、二回戦目で魔力切れ多数なんてつまんないですからね」

「魔力温存も戦略のうち、ですね。二回戦目でひいひい言いながらも必死になって戦ってくれた方が見応えあります!」

「そう言うことです。――九太も、君も頑張れよ。見てるからな」

 リッツァーニの手の中に、一番の紙を戻す。

 運命の四番は再び教師の持つ箱の中に吸い込まれた。

 

 ――

 

 ――

 

 ――

 

 リッツァーニは手の中の紙の番号を見ると「ちっ」と声を上げた。

「延命されたようだね。――先生、一番です」

 結果、"A組"は"C組"、"B組"は"D組"と当たった。

 どちらが第一回戦かは、またくじ引きが行われ、生徒達はそれぞれ自分の陣営に戻って行った。

 

「魔力は使いすぎずに!"C組"も強いだろうけど、あんまり派手なことはしないで行こう!!」

 

 そんな作戦を打ち立て、"A組"は一回戦目を迎えた。

 

+

 

 現役教師達やフールーダの挨拶も終わり、戦うクラスが持ち場につく。

 バイスは単眼鏡を覗いてごくりと喉を鳴らした。

 早速キュータ達のクラスが出てくるのだ。相手はしかも、パースパリーのところのラファエロがいるクラス。

 パースパリーとバイスの間に言葉はなかった。敵サポーター同士、若干空気が悪い。

 

 "A組"の前線はなぜか、全員そろってフードを深く被り俯いたまま位置についた。

 

「あの方はどこかね?」と誰かが言う。

 神都に暮らす人々は皆キュータのことを――いや、ナインズのことがわかっている。その中でもここに通っていることに気が付いた者達が駆けつけて見に来ているのだ。

 

『時間は二時間!ただし、二時間経つ前に続行不能になればその場で終了じゃ!始め!!』

 

 フールーダの声に"C組"は一斉に地面に線を引き始めた。

 隣の者同士と線を繋ぐ事で巨大な四角が完成していく。

 

 一方、せーので顔を上げた"A組"の前線部隊は――全員仮面を付けていた。

 会場内をどよめきが溢れる。

 "C組"はその異様な光景に一瞬とはいえ立ちすくんだ。どこに首席がいるのか、誰が首席なのか分からない。何を一番に狙えば良いのか分からなくなったのだ。

 

 その隙に集まれ集まれと生徒達の声が響き、"A組"の前線係、キュータ陣営が中心に集まる。

『<浮遊板(フローティングボード)>!!』

 第一位階の魔法が何人かによって唱えられていく。

 

 呆気に取られていた"C組"の中を、支援魔法が飛ぶ。

 こちらも第一位階の魔法で勇気付けるという、高度な戦いだ。

 徐々に我に帰った者が檄を飛ばし、"C組"もようやく魔法を使った。

『―<第零位階・製紙(ペーパーメイキング・0th)>!』

 一斉に魔法が唱えられ、"C組"の書いた四角内に結合部の荒い巨大な紙が現れた。

 

「へぇ、人と一緒に作るとあんなふうに……」

 バイスが感心の声を上げる。

 "C組"の支援系の者達も前線の者達も今出来た横断幕のように大きな紙の中に何かを生み出していた。

 あれはなんだと目を凝らしていると、どうも塩のようだった。

 いや、塩だけじゃない。香辛料まで巨大な紙の中にどっさり作られて行った。

 まさかそれは――と思っていると、大量の塩と香辛料が乗った巨大紙が『<浮遊(フローティング)>』の魔法によって"A組"の頭上へ飛んでいった。

 

『――カインが前線隊の邪魔をさせるなって!撃ち落とせる子撃ち落として!!』

 

 情報交換係が支援系に叫ぶ。

 キュータ陣営の前には五枚の<浮遊板(フローティングボード)>が貼り付けられた箱ができていて、中には大量の水が入れられていた。間違いなく敵陣C組の頭上に降り注がせるつもりだろう。

 水責めか香辛料責め。どちらもごめん被りたい。

(こ、これはお互いいやらしい戦い方――)

 と、思っていると、"A組"キュータ陣営の後方からヒュッと音を立てて一本魔法の矢(マジック・アロー)が飛んでいった。

 

 ボスっと穴が空いたところから塩と香辛料が浮遊板(フローティングボード)の中の水へ落ちていく。

 水は軽く赤く染まり、ゾッとする見た目に変化した。

 ただ、綺麗に香辛料全部が水の中に入ったかと言うとそうでもなく、風に乗って随分香辛料が舞った。

 

 A組の仮面を付けていない指揮司令係や補助係は辛いのか泣いている者やくしゃみをする者達で溢れていて、ものすごい嫌がらせだと教師陣を唸らせた。

 しかし、キュータ含め、前線にいる者達は仮面を付けていたので予想外にも無傷だ。

 赤い水が張られた浮遊板(フローティングボード)がゆっくりと動き出す。

 すごい量の水だ。あの重さに耐えるとは、側面ももちろんすごいが、底面は誰が作っているんだと話題になった。

 バイスは「僕の教え子です!!」と言いたかったが、黙って応援した。

 

 "C組"は何をされるのか察すると香辛料入り水から逃れるために蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「ぐぬぬ……」

 隣のパースパリーが悔しそうだ。

 ふと、バイスの耳に聞き馴染みのある美しい声が届いた。

「ペーネロペー……」

 彼女の歌声はこんなだったかと、うっとりと耳を傾ける。

 逃げ出そうとしていた"C組"前線隊も思わず歌声に聞き入った。

 だが、女子にペーネロペーの魅了の歌は効果が薄い。

 抵抗の魔法が飛ばされると、女子達は次々我に帰り、男達を引っ叩いて目を醒まさせた。

 力技だが、抵抗の魔法とて魔力を使うし、何より第一位階は一年次にそう連発できる代物ではない。あまり魔力を使いすぎれば第二回戦で絶対に負ける。

 

 全員が我に帰ったところですべては遅かったようで、浮遊板(フローティングボード)が消える事で彼らの頭上には赤い雨が降り注いだ。

 香辛料攻撃に鼻水と涙がすごい"A組"は、相手にこれを返せたことに大喜びで次の作戦に取り掛かった。

 

+

 

『勝者、"A組"!!』

 ナインズ達は雄叫びを上げて互いの手を打ち合った。ナインズの腕には封印の腕輪が戦闘中から既に戻っている。

 最後は対個に近い魔法戦が繰り広げられ、拮抗する力に会場は大いに湧いた。

 

 "C組"からラファエロ・ダル・セルビーニが駆けてくる。

 ナインズは校内ですれ違うことはあっても、ずっと話をしてこなかった懐かしい顔に手を振った。

「ラファエロ!」

「キュータさん!久しぶり!」

「久しぶり!お疲れ様!」

「そちらこそ!すごく面白かったよ。とんでもない目にあったけどね」

 

 二人は笑い合った。ラファエロの制服はうっすら赤くなってガビガビだ。髪の毛も大変なことになっている。

 

「ははは、君たちがあんなことしなかったらただの水だったのに」

「まさか浮遊板(フローティングボード)を五枚も合わせて風呂桶にするなんて誰も思わなかったから。接合面、どうなってたの?」

「最初に少し入れた水を凍らせてくっつけてたんだ。長い時間は難しいけど、あのくらいの時間ならくっついてられるもんだね。カインとパルマって子が考えたんだよ」

「へー、シュルツ君が。感心するなぁ」

「本当にねぇ。僕も感心した」

 

 二人の視線の先には指揮司令係達が胴上げされていた。

 一郎太に肩車されるカインは振り落とされないようにツノに掴まって笑っている。

「皆いい仲間に恵まれてるよ。見てて安心する」

「ふふ、御身も」

 ラファエロが言うと、ナインズは「そうだね」と穏やかに答えた。

「キュータさん、次、"B組"だよね」

「うん、十四時からだね」

「気を付けて。放課後の特訓、実は少し見ちゃったんだけど、あんまり穏やかな感じじゃなかったよ」

「……みたいだねぇ。やれやれ」

「……まぁ、御身なら大丈夫だろうけど」

「ん?はは。そうだといいな。頑張るよ」

「応援しています。それでは!」

 ラファエロが立ち去ろうとすると、ナインズは「あ、待って」と声をかけた。

「――ん?」

「ラファエロ、ありがとう」

「何が……?」

「僕の事、誰も噂していないよ」

「ははは。言いふらして天罰が降るのが怖いだけですよ。私は御身に声をかけていただけているって、本当は世界中に喧伝したいんですから」

 

 ラファエロは照れくさそうに笑い、小走りで自分のクラスに戻って行った。




ラファエロなんちゃら君、小学生時代に名前が一度だけ出てきているんですが、本当は小学生時代に生贄にする予定の子でした。
生贄にならなかったけど!!
いやー本当、大きくなっちゃってねぇ。

次回!明後日!
Re Lesson#11 クラス対抗戦後編
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