眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#11 クラス対抗戦後編

 第二回戦も終わり、ある程度の魔力が戻り始めた午後二時。

 "A組"はナインズに大量に持ち寄られた差し入れを食べ切った。

 

「――これ、焦げてるのかな?」

 ナインズはアガートに貰ったクッキーを袋から出してつぶやいた。

「ん?ハズレですか?俺のは焦げてなかったですよ」

 一郎太が最後の一枚を口に放り込むと、ナインズは「そうかぁ、これが焦げたクッキーってやつかぁ」と感慨深そうに呟いた。

 噂に聞いたことしかない物体はほろ苦かった。

「……うーん、父様と母様って、こういうの食べたことあるかな……」

「……ないと思いますよ」

「持って帰ったら喜ぶかな……?」

「絶対喜ばない。食べちゃってください」

「そっかぁ……」

 またひとつ新しい事を知る。世界は広い。

 

『"A組"、"B組"。第三回戦を始めます。持ち場につきなさい』

 

 教師の拡声された声が聞こえると、皆持ち場へ向かった。

 相変わらず前線隊は仮面とフードを着けている。

 第一回戦で見た光景なので、"B組"は別に驚きもせずに迎えた。

 離れたところにリッツァーニがいた。

「――あいつ、泣かせてやろうぜ」

 ワルワラが耳打ちしてくると、ナインズは流石に苦笑した。

「そんな意地悪なことは言わないで。ただ、参ったって言わせるだけでいいよ」

「それ、泣くんじゃないか?」

「……そうなの?」

「そうだろ?」

 

 二人で喋っていると、フールーダの午後のありがたいお説教は終わり、『始め!!』と声が響いた。

 

 ナインズはまず自分の腕から封印の腕輪を抜くと、それを放り投げた。

 ものすごいスピードで救護運搬から一郎太が駆け出し、空中でそれをキャッチして自らの腕に入れて戻っていく。

 彼は魔法が使えないのであの腕輪をつけても何も感じるものはない。

 

 相手からは一斉に<浮遊(フローティング)>の魔法が飛んできた。

 皆杖が飛ばされないようにキツく握りしめたが、飛ばされたのは仮面だった。

 ヒュッと音をあげ、全員の仮面が飛ばされる。

 視界が遮られない魔法がかかっているだけのナインズの嫉妬マスクも、当然のように吹き飛んだ。

 フードと髪の毛が芸術的に舞い上がり、キャー!だの、かっこいいだの、こっち向いてだの、ものすごい歓声だった。こっち向いてはスパイだろうか。

「っ!」

 嫉妬マスクは父から譲られたものなので誰かに間違えて持っていかれたりしたら大変だ――そう思って振り返りかけた。やはり一郎太が駆け出すのが見える。

 

 安堵すると、体を何かに掴まれる感覚が襲った。

 何が、と思っていると、ナインズに向かって杖の先を向ける者がいた。

「――<束縛(ホールド)>か」

 だが、可哀想だがレベル差がありすぎるため、ナインズは容易に抵抗した。仮面が外れるまで誰が誰だか分からないのだから、あらかじめ左から何番目とか、そう言う風に受け持つ者を決めていたのだろう。誰にされてもナインズを捉えることはできなかっただろうが、彼の魔法は拙い。

 とは言え、周りでは取りこぼされている者はおらず、仲間は皆動きを止められていた。

 

 ナインズはまずは隣で固まるワルワラに抵抗魔法を送った。

「ありがとよ!」

「いや!」

 そして、ワルワラは切れ気味に自分を拘束した相手へ魔法を放った。魔法を使う瞬間、瞳は赤く光っていた。

「よくもこの俺を!<睡眠(ヒプノティズム)>!!」

 相手にワルワラの魔法が到達するより早くナインズも同じ者へ魔法を送る。

「<抵抗弱体化(レジストウィークニング)>!!」

 同時に二人の魔法がかかると、ワルワラを拘束した生徒は倒れて眠りに落ちた。

 

 周りでも生活魔法や痛みを伴わない第一位階程度の魔法が放たれ合う。

 そんな中、相手は第一回戦で"A組"が作ったものと同じものを拵え始めていた。

 浮遊板(フローティングボード)で作られた巨大な箱に、香辛料入りの水が大量に溜められていく。ただ、重さに耐え切れるのか怪しい。

 少なめの水だが、それは一気に"A組"に向かって飛んできた。

「あいつらパクりやがって!!皆離れろ!!」

 前線組がワルワラの一言で後ろに逃げ始める。司令部、及び伝令からも「引いて!引いて!」と声が上がる。今あれを撃ち落としたところで、水は傍若無人に流れ出てしまうので、落とすよりも魔力を温存して引くほうが正解と判断されたのだろう。

 

 相手チームはここぞとばかりに戦線を追い上げてきた。

 その中にリッツァーニを見つける。

 リッツァーニの視線の先はナインズではない。杖を向けて狙いを定めようとしている。

 

(何を狙っているんだ?)

 

 ナインズは視線の先を追った。

 

「――カイン」

 

 そこでナインズの足は止まった。

 

「――おい!スズキ!!スズキお前も下がれ!!」

「断る!!<恐怖(フィアー)>!!」

 このくらいの歳の者達は皆、杖の先を目標にきちんと向け、イメージを確かに作ってから魔法を放つ。事故防止のためにこれは徹底して守らなければならない約束だ。

 今にも魔法を飛ばそうとしていたリッツァーニの体が跳ねた。ゾッとして杖を落としたようだった。

 

 彼はこの浮遊板(フローティングボード)には関わっていなかったようだが、ナインズの頭上にはもはや避けようのない水が一気に襲ってきた。

 

「っち!――<衝撃波(ショックウェーブ)>!!」

 

 ナインズから大気を歪ませる不可視の衝撃波が放たれる。全身鎧を大きく凹ませることすら容易い威力を持つ力は、香辛料水を敵チームへ向けて雨のように降り注がせた。敵チームも味方チームも「第二位階だ!!」と驚きに声を上げた。

 多少飛ばしきれなかった分がナインズの髪や肩をうっすらと濡らす。頭から顎へ向かって水が滴っていくと、前髪を後ろへ送った。

 そして、思いがけず唇を舐めた。

「……(から)いや」

 また味わったことのない味だ。薄くて旨みがなくてまずい。

 

 雨も収まると、敵チームは顔を拭ってまた迫ってくる。女子はびしょ濡れになってしまったので回復係へ逸れて行った。

「<聖なる光線(ホーリーレイ)>!」

 ナインズの手の中で光が弓の形になる。ギリギリと引き絞り、一番前まで来ていた生徒の足元を光の矢が直撃した。

 泥と砂が飛び散るとんでもない嫌がらせだった。

 

 "A組"の者達が歓声を上げて前線まで戻ってくる。

「お前!第二位階もそんなに使えるのかよ!!」「この化け物!!」「お前は確かに首席だよ!!」「実技満点!!顔満点!!」

「は、はは。ありがとね」

 ナインズは少しやりすぎたかと思った。会場はかなり盛り上がっていた。フールーダが椅子の上に立ち、机に片足を上げて拳を突き上げて何か言っている。

『もっと!もっと全部をお見せください!!』

 あのおじいさん、授業中はセーフのような感じがしたのにここに来てかなりギリギリだった。

 

 そして、「キュー様!!あと三十分!!」と一郎太の声が聞こえる。

 まだ眠りに落ちた一人と、びしょ濡れの女子達しか離脱させていないのに既に二十分。

 クラスの全員がなんとなくその意味を理解する。何故そんなものが必要なのかは分からないが、とにかくキュータ・スズキは力を使う時間を定めている。

 

「作戦A開始!!」

 カイン達指揮司令係が伝令交換係に伝える。

 

 乱戦が始まり、時に人の足元に攻撃魔法がドカンと落ちては砂と香辛料を含んだ泥が飛び散る。

 双方女子が濡れた服を乾かすために運搬手当係と戦場を行ったり来たりする場面が見られたり、ワルワラがローブも上着も脱ぎ捨ててスルターンスタイルで突貫したりした。

 杖を弾き飛ばされても、多少弱体化した魔法を指先から飛ばす者もいた。

 

「――時間がない。そろそろキュータ様にBで行くように伝えて!!」

 カインの声が後ろからうっすら聞こえると同時に、伝令係のジナが叫ぶ。

「――キュータさん!Bですわよ!!空へ!!」

 ナインズが「ジナ、任せろ!」と叫び、<飛行(フライ)>で空に上がると、"B組"はざわめきを持って見上げた。

 

「<飛行(フライ)>!?第三位階!?」

「一年だぞ!?<浮遊(フローティング)>で複数人に上げられてるんじゃないのか!?」

 

 怪我はさせない。ナインズは天に杖を向ける。

 "A組"はその合図が何を意味するのか分かっている。皆が目を閉じ顔を背ける。

「――<太陽光(サンライト)>!!」

 第三位階の信仰系の魔法だ。強い光を投射して相手の目を眩ませる。アンデッドであればダメージを与えるが、ここにいる人々なら――いや、外から様子を見て応援してくれていた死の騎士(デスナイト)が「ひぃ〜!」と言う雰囲気で頭を抱えた。

 心の中で皆に謝りつつ、一斉に戦線が追い上げを見せ始めるのを見ると思わず笑いが漏れた。

 

 地上でリッツァーニが「視界を取り戻させてくれ!!支援は何をやってる!!」と叫ぶ。

 そして――「くそ!!どこだ首席!!この!!――<魔法の矢(マジック・アロー)>!!」

 適当な角度で放たれた魔法が空高く飛んでいく。

 

 本人も誰もナインズ本人に直撃させようと思ってのことではないと理解している。威嚇にすぎないと。だが、このままでは――魔法が落ちていく先には観戦者達。

 その放物線を誰よりも早く察知した一郎太が武技を使って地を蹴る。

 ドカンと物凄い音を鳴らして砂嵐を巻き起こした。

 魔法を受け止めるために動いているのだから当然だが、このままでは一郎太に直撃する。

 

 ナインズはあまり色々な事は考えなかった。

 しかし、一郎太もナインズも通常の人間の知覚速度を大きく上回っている。

 特に、ナインズは純正の魔法詠唱者(マジックキャスター)ではない。

 シャルティアとコキュートスすら師と仰ぐ彼は――。

 高速で頭の中に様々な可能性が弾き出されていく。

「<次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)>!!」

 瞬きひとつする隙すら与えず、逃げ出そうと中腰になる観客の前に転移した。

 フールーダをはじめとした教師陣営も杖を抜いて魔法を食い止めようと杖を振ろうとしている。

 一郎太が「ナ――」と声を上げる。

 

「――ッッ<龍雷(ドラゴンライトニング)>!!」

 

 バチリとナインズの左右の腕に白い雷撃がのたうつ。

 杖を向けた先、落下してくる光の玉へ向かって龍のごとき雷が瞬時に駆け抜けた。魔法が見えていた時間は一秒に満たず、詳細が見えた者はいなかっただろうが、龍は光の玉をバクリと口に含んだ。

 

 派手な爆発が間近で起こり、観客も教師も爆風から頭や顔を守った。

 ナインズは一番そばにいた観客の三人を爆風から庇った。

「無事か!」

「あ、あ、は、はい!」

 返事をしたのは獣人だ。口をきく時間が惜しいので、くしゃりと頭を頭を撫でることで「良かった」の返事とした。

 

「キュー様!」

「――一太、お前も無事か!」

「はは、俺は守って貰ったから無事に決まってんでしょうに。でも、あのくらいレジストリしますよ」

「……そ、そうか。なんか体が動いてたよ」

 

 一郎太の前にふわりと降り立ったナインズは、ようやく<飛行(フライ)>の効果を切った。

「はい、これ。着けて」

 ぽん、と手の中に返されたのは腕輪だ。ナインズは一郎太を見上げた。

「もう四十五分経っちゃった?参ったな」

「さぁ?もう戦いたい奴はいないだろうし、何分だっていいんじゃないすか?」

 "B組"は腰を抜かしていた。いや、仲間のはずの"A組"も腰を抜かしていた。

 

 ナインズがポリ……と頬をかく。

「えーと……僕、今何の魔法使ったか忘れた」

「夢中になりすぎ。<龍雷(ドラゴンライトニング)>使ってたから、多分第五位階でしたよ」

「あぁあぁ……。魔法の矢(マジック・アロー)程度にやりすぎたな……」

「でも、雷撃系はやっぱり飛んでいくスピード速いですよ。あんまり間違った選択には感じなかったですけどね」

「……そう言う問題じゃないの。第三位階に<雷撃(ライトニング)>もあったのにさ」

「<雷撃(ライトニング)>じゃ貫通して行っちゃうし、やっぱり正解でしたよ。少しでも遠くで確実正確に粉砕できる最適解」

「はー、あんまり目立ちすぎないようにと思ってたはずなのに――」

 

 次の瞬間、観客から爆音の歓声が上がり、ナインズはそのあまりの声量に一瞬前へつんのめった。

 一郎太が隣で笑い、『"B組"、戦闘続行意思なし!!勝者、"A組"!!』フールーダの宣言が響いた。

 たった四十分の出来事であった。

 

 "A組"の皆はナインズに駆け寄り、「最後のは一体何位階なんだよこのヤロー!!」と自然と胴上げされた。

「わ!あ、危ないよ皆!」

 わっしょいわっしょいと持ち上げられるナインズの焦りとは裏腹に、皆「落ちたら<飛行(フライ)>で飛べ!」と大笑いした。

 腕輪をしている時は<飛行(フライ)>は格好つけてから落下する程度の力しかない。

 一郎太は「危ない!危ないっての!!」と周りでわたわたした。

 

+

 

 アレクサンダー・デイル・ベルト・リッツァーニは地面にへたり込んでいた。

「わ、私の魔法が……」

 人を傷つけようと思ったわけではなかった。

 首席に尻拭いをされた。

 最後の魔法のスピードなら、観客を背にしなくてもリッツァーニの魔法は打てただろう。だが、万が一にも外れたり、魔法を撃つはずの魔法が追いつかなければ魔法は二撃になって観客を襲う。それに、爆風の向きが観客へ襲う方向になればそれだけで火傷を負う者も出かねなかった。

 あの一瞬の出来事の中で、最高の判断だった。

 

 クラスの者達は悔さと、絶対あんなの敵うわけがないと泣いた。

 ゾフィ教諭に「鼻っぱしらべきべきにしてやんな」と言われたという事もあったが、リッツァーニが散々皆を焚き付けた。

「首席墜としの称号を取ろう」と。

 ゾフィ教諭は「皆よくやったじゃないか。第一回戦で学んだことだってすぐに使ったんだ。百点だよ」と拍手してくれていた。

 だが、リッツァーニは、「またこの悔しさか」と地面をぎりりと握りしめた。

 

 この感情の始まりは、幼児塾の頃。

 

 そもそもリッツァーニ家とシュルツ家の仲は良い。

 隣同士の領地で、お互い大変な時には力を貸しあって来た良き隣人だった。高慢ちきな貴族同士が隣り合うといざこざや領地争いもあったらしいが、ことこの二つの家には無縁の話だった。――無縁にならないような貴族は粛清されたともいう。

 だから、まだ子供だったが、アレクサンダーはカインと同じ幼児塾に行けるんだと親に言われて嬉しかった。

 シュルツ家には世話になっているし、シュルツ家もそう思ってくれている何よりの仲間だと聞いていたから。大人になれば二人で肩を並べて手を取り合うのだとも。

 初めての外の世界。近所の友達たちはいたが、カインはアレクサンダーが自分で作る初めての友達になるはずの人だった。

 アレクサンダーは親と手を繋いで大喜びで市境の幼児塾に通い出した。

 

 クラスはカインと同じだった。

 嬉しかった。

 

 だが、アレクサンダーはカインに言われた。

「君なんかと僕は生まれも育ちも違うんだよ。気安く話しかけないでくれるかい。せめてまともなレベルになってから頼むよ」

 いや、もっと子供らしい言葉だったかもしれない。しかし、要約すればこう言われたのだ。

 まだまだ幼かったアレクサンダーには、自分に何が足りないのか、どうしたら良いのか、何一つ分からないまま、友達になれると信じていた人から受けた傷にもがいて泣きながら家に帰った。

「お前が何か粗相をしたんじゃないのか?」

 父に言われ、母に慰められ、アレクサンダーは自分なりに色々できるように頑張った。

 ひとつ得意なものができるたびにカインに話しかけにいったが「そんなのチェーザレでもできる」とあしらわれた。

 

 国営小学校(プライマリースクール)に上がると、カインはいなかった。

 アレクサンダーはほんの少し安心した。

 もう自分を傷つける人はいないと。

 

 ただ、たまにカインの噂が耳に届くようになった。

 

 神都第一小で神の子に気に入られているなんて、恐ろしい噂だった。

 アレクサンダーの気持ちはめちゃくちゃになった。

 神の子にすら認められるようなカインに一度もまともにやり取りをしてもらえなかったのは、やっぱり自分がダメな奴だから。

 小学校では必死に勉強をしたし、魔法を使えるようにもなった。

 いつかこれで、今度こそカインに会った時には――そう思っていた。

 

 その機会は小学校卒業と共に訪れた。

 

 やはり、市境にある中学校。

 ここでアレクサンダーはカインと再会した。

 カインに話しかけると、カインはアレクサンダーを心よく受け入れてくれた。何よりも嬉しかった。

 努力は実り、ここからやっと自分とカインの友情物語は始まるんだと。

 だが――カインは誰でも受け入れていた。

 意味がわからない。

 そして、周りの誰と話す時とも同じようにアレクサンダーに話しかけてきた。

 

 アレクサンダーは悟った。

 言外に「お前なんかその辺の有象無象と同じなんだよ」と言われているとしか思えなかった。

 なんとかカインを出し抜きたいと思ったが、カインはゼロ位階しか魔法も使えないままのくせに成績は首席で卒業して行ってしまった。

 卒業式の日には、「君もよく頑張ったよ」と見下され、アレクサンダーはまたカインへ怒りを燃やした。

 

 再びまみえた魔導学園。

 アレクサンダーは、やはり敗北者になった。

 

 子供の頃からの傷は生々しく広がり、泣くことがやめられなかった。

 認められる者になれないと言うことがこんなに辛いなんて。

 魔法が得意だと思っていたのに、首席はそんなレベルではなかった。

 そりゃあ、あのレベルでなければダメではアレクサンダーなんか人生を五回やり直したって到達することなんか不可能だ。

 先ほどの雷撃魔法なんか見た事もない。一体何位階のどんな魔法なんだ。少なくとも、それは第三位階に収まる魔法ではないのではないかとすら思えた。

 

 仲間も皆泣いていたが、アレクサンダーの涙は誰よりも多く流れていった。

 皆嫌いだ。優秀なやつなんか一人もいなくなれ。

 そう願っていると、アレクサンダーの背はさすられた。

「君もよく頑張ったよ。今回はちょっと相手が悪かっただけさ」

 誰だろう。優しい声だった。

「うぅ、ごめんなぁ。私の力不足で――」

 そう言って顔を上げると、目の前には首席と、この世で最も憎むべきカインがいた。

 アレクサンダーは硬直した。

 

 首席は笑いながら、アレクサンダーの前、地面に座った。

「や。リッツァーニ――だっけ。よく頑張ったよ、本当に。強かったね。最後は僕も半分頭真っ白だった。何やったのか分からなくなってたもん」

「ははは、キュータ様がいなかったら、勝敗は分からなかったね。今回は"A組"が勝ったけど、僕らは今しっかりズルした気分さ」

 カインもアレクサンダーの隣に座って笑う。

 アレクサンダーは意味がわからず二人を見た。

「……ば、ばかにしてるのか?」

「え?ごめん、対抗戦も終わったから、もういいかと思って。ほら」

 首席が辺りを見渡す。アレクサンダーも釣られて周りを見渡す。

 皆、クラス関係なく慰め合って、讃えあっていた。"A""B""C""D"、全てのクラスが出てきていた。

 

 ――あぁ、こうありたかったんだ。

 

 アレクサンダーの瞳からはまた涙が溢れた。

「……私は……子供の頃からずっとシュルツ君の背中を追いかけていた……。君なんかとは生まれも育ちも違う、もう少しましになってから話しかけろと言われてから、私はずっと……君を憎んで、追いかけていたんだ……」

 首席とカインはギョッとした顔をした。

「……カイン、ちゃんと謝りなよ。君、何てこと言ってるんだ」

「ご、ごめん。そんなことあったかな……。……いや、きっと僕は言ったんだと思う。本当にごめん……」

「……一人だけそんな風に大人になって……ずるいよ……。私の心の傷はそんなことじゃ癒えないし、忘れることだってできないのに……」

 アレクサンダーの悔しさはまた膨らんでしまった。こんなことが言いたいんじゃないのに。ただ、友達になりたかったんだと言いたかったのに。

「そ、それはそうさ。無理して僕を許す必要なんかないよ。だけど、僕は中学の頃、ずっと君の魔法の才能が羨ましかった。君はきっと、優秀な生まれもあるんだろうけど、たくさんの努力でもそうなったんだろう。君は本当にすごい男だよ」

 カインがそう言うと、アレクサンダーはまた少し泣いた。

 

+

 

「はぁ……。キュータ様に会うのが遅すぎた……」

 夕暮れ時、カインは肩を落として学院の前庭に座っていた。

 そばには、観戦に来ていたチェーザレやロラン、リュカ、エルミナスもいた。

 皆の視線の先には、男女、年齢、出張機関を問わずものすごい勢いで人に囲まれるナインズがいる。

「遅すぎたって言っても、皆はまだ六歳だったんだからねぇ。私なんか落ちぶれた二十四歳だったよ」

 三十三歳、エルミナスが大人びた口調で言う。彼も少し背が伸びた気がする。小学校卒業年次程度だろうか。

「僕はどうしたらいいんだろう……」

「親と謝りにいくくらいしか私には思い浮かばないなぁ。皆はどう思う?」

 リュカは自分なりの考えを口にした。

「俺はそれで親と揃って謝りにこられたら逆にバツが悪いかもなー。そんな子供の頃ごちゃごちゃ言って、ってうちの親父なら言うかも」

「リュカの言う事も正直あるよね。僕も逆に親に怒られちゃいそう。でも、傷付けられた方にとっては人生左右するくらいの出来事だったと思うと、また難しいよ」

 ロランも言う。皆の中で、一番残念そうなのはチェーザレだった。

「カイン様はあれから本当に頑張ってました……。僕は一番そばでずっと見てたから、今更リッツァーニがそんなこと言ったって知ったことかって思いますよ」

「それはそれ、これはこれなんだよ。チェーザレ……」

「でも、リッツァーニだって何にもわかってないくせに……」

 

 静かに話を聞いて、庭で困ったように笑うナインズを眺めていた一郎太もやっと口を開いた。

「……バイスンにさ、頼んでみたら?」

「……何を?」

「説明してもらうんだよ。カインはめちゃくちゃ神の子に無礼なことを言って、絶対に許さないみたいなことまで言われて、泣いて泣いて改心したんだって。お前も惨めな思いをしてきたかもしれないけど、カインもチェーザレもあの時、相当惨めだったぜって」

 バイス組男子達はあの日を思い出して苦笑した。

「神の子がたまたま許してくれたからこうして真人間になりました。すみませんでした。――な?」

「……反論の余地もないね」

「――そんなことがあったのか」

 

 カインは後ろから聞こえてきた声に驚きを持って振り返った。

 リッツァーニは泣き腫らした顔でカインを見下ろしていた。

「あ、あ……。ご、ごめん。どうしたらリッツァーニ君の気持ちが楽になるかなって思って……。言いふらしてたんじゃないんだよ」

「……わかってる。シュルツ君も、苦労したんだね……」

 カインは俯き、首を振った。

「……少しの間不登校になったけど、自分の撒いた種だったから……。それに、僕は本当に嫌なやつだったからさ。なのに、許しも学ぶチャンスも、当時たまたま殿下にいただけただけなんだ……。"だから僕は変わったんだぞ"なんて事は言えないけど……でも……本当にごめん。今は心からそう思っているよ……」

 

 リッツァーニは静かにカインの話を聞いたあと、一郎太の隣に座った。

 

「……許すことでしか、許されない……か。シュルツ君、彼はさ……。首席は、一体どんな人なんだい……」

「………………すごい人としか」

「……よくわかったよ。私が無礼を働いてしまっていたとしても、許してくださるんだろうか」

「キュータ様は、そもそも許すも許さないも、もう全部済んだ話だと思ってらっしゃるんじゃないかな。大丈夫だよ――って、僕が勝手に言っちゃいけないのかもしれないけど」

「……すごい人だね。私がこんな気持ちになってしまうのも、そもそも私が君を許せなかったからなのに。変わったはずの君と中学で再会した時、君は私に普通に接してくれてただけなのに、スレた私が勘違いをして……首席にあんな真似までしてしまった。やっぱり、教えは守れなきゃいけないね」

「それは……それは君のせいじゃないだろ。だから――あ」

 

 魔導省や魔術師組合の大人と握手をしていたナインズは、リッツァーニとカインを見ると手を振った。

 口に手を添え、大声で「カイン!リッツァーニ!仲直りできて良かったね!!」と聞こえてきた。

 

 二人は目を見合わせ、なんとも複雑に笑い合った。

 

「……シュルツ君、私はきっとうまく君のことは許せない。だけど、これからはどうか……仲良くしてほしい」

「い、良いの?」

「君が嫌じゃなかったら、こんな生まれの私だけど……」

 

「ありがとう。君がランゲ市の隣にいてくれると思うと、本当に心強いよ。いつか友達になれたら嬉しいな」

 リッツァーニはさっと背を向け、あの日欲しかった言葉に涙を落とした。

 もうリッツァーニは振り返らずに「また明日」と背で言って帰っていった。




あー、カインちゃん昔はそうだったもんね…( ;∀;)
いつかお友達になれるといいね…。
カインちゃん、多分ほとんどの子は中学校で和解できたよ…。

次回!明日!!
Re Lesson#12 その頃の信仰科女子
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