Re Lesson#12 その頃の信仰科女子
その日、神都魔導学院信仰科一年に通うルイディナ・エップレは、特進科一年のクラス対抗戦を見に来ていた。
ルイディナの生まれと育ちはエイヴァーシャー大森林だ。
彼女の顔にはふわふわのベージュの毛が生えている。自慢の長い髪の毛の上には三角形の耳がちょこりとふたつ。
彼女は猫科の獣人、
いわゆる髪の毛に当たる毛も生えているし、足も爪先立ちではないぺたりと地面に触れ合うものだし、ここにくるまでは「人間種との違いは顔にも毛が生えてるくらい」だと思っていた。同じ五本指だとも聞いていたし。
ところが彼らの手のひらには肉球がついていなかったり、鼻先がちょぴっと出るマズルもない。
まるきり、羽の生えていない光神陛下、なんならオシャシンで見る神王陛下の生き写しのようだった。
大森林でも、ルイディナのいたあたりは
彼らは二足歩行もするが、基本は四足歩行だし、流れる時間も恐らく違う。
そんな生き物ばかりだったので、ルイディナの人間という生き物の想像はあまり具体的ではなかった。
エイヴァーシャー大森林の地元の村にある
人間種の間ではあまり知られていないが、魔導学院は地域生枠がある。一度も地元を出たことがない森林を支える者や、河川を統治する者、海や池沼の防人達、一帯を総べることを任される族長――別の言葉で亜人王と呼ばれるようになる者達は筆記試験が弱いことがままある。地域生枠はそう言うもの達のためにあった。
地元にある
ルイディナなどは、筆記が弱い筆頭だ。
合格通知書が届いたのは、もうルイディナが祭司として働き始めてからだった。
ルイディナは自分が今の今までうんこと向き合っていたことも忘れて大喜びで入学の日に向けて支度をした。毎日村内の小さな礼拝堂に行き、手のひらサイズの小さな光神陛下と神王陛下の像に礼を言った。
ついに出立の日には、隣の村からも、そのまた隣の村からも、森の大賢人のキングと呼ばれる若手の筆頭すらも見送りに来てくれて、ルイディナはエイヴァーシャー大森林に住む
神都の生活は全てが彼女の理想を超えた。
楽しい学校生活だった。
別種なのに分け隔てない仲間達と席を並べて日々を生きている。
共に聖歌を歌い、未来への希望を語り合える友人もいる。
休日は一人では特にすることもないので、森の礼拝堂なんかとは全くレベルが違う大神殿で祈りを捧げてみたり、寮生の友人と一緒に神都が地元の友人の家に遊びに行かせてもらったりした。
だから、特進科の対抗戦があると言って突然の休日を言い渡されたりするとポカリと時間ができてしまう。
明日は二年の対抗戦があるし、明後日は三年の対抗戦がある。
どうしようかなぁ……と悩んでいたら、「わたくしは地元の友人と見に行く約束をしてしまいましたけど、皆さんも対抗戦を見にいらしたら?――ねぇ、ルイ」と、友人のレオネ・チェロ・ローランが提案してくれた。
彼女は名前も
せっかくの休みなのだから、皆は買い物とかに行きたいかなとルイディナは遠慮しようかと思ったが、いつものメンバー達は対抗戦を見たいと喜んでくれた。
対抗戦は想像を超えたものだった。
エイヴァーシャーを出ることがない森の司祭達は一生かかっても第二位階程度が関の山だというのに、彼らはルイディナと変わらない年――に相当する肉体、精神成長期――にも関わらず、この戦いは凄すぎる。
セイレーンの歌も、
特進科に獣人族は少ない。強いて言うなら、"D組"のナーガが近しいか。ナーガは亜人だが。彼、アロイジウス・ケイト・リュイ・イスコップもやはり地域の亜人王になる事を期待される人で、時がくればエイヴァーシャーに帰るだろう。"B組"と行われた第二回戦では第二位階の
一応お互い大森林出身だが、親近感はあまり湧かない。
第一回戦も、第二回戦も言葉にし尽くせない感動があった。
昼休憩になり、皆近くの飲食店に行ったり、弁当を食べたり、飲食店の表で売られているお持ち帰りの物を食べたりし始める。
「あたしも、あんな風にたくさん魔法が使えるようになるのかなぁ!」
朝友人達とパン屋で買って来た、森には存在しないふかふかのパンを頬張り、ルイディナは言った。
「あのレベルになるには相当苦労が必要そうだわ。特進科行くような子達は最初っから選ばれた子達だって思うもの」
「ザ・エリートだよねぇ」
一緒にパンを食べる友人達――ファー・エバタとヨァナ・ラングスマンが口々に言う。
皆は同じ人間種なんだから、可能性はあるのに。
ルイディナなんかは、パワーは育ちやすいかもしれないが、魔法が今後も伸びていくと言う確証はない。種族の中では大変貴重な存在だが、レベルが違う。
「……ヨァナとファーはいいなぁ」
嫉妬が思わず口をついて出ると、二人は目をパチクリさせた。
魔法が使えるようになること以外にも、ファーの南方育ちの真っ直ぐな黒髪、ヨァナの一つに括られた金髪と訓練をしても滑らかな肌。羨ましいものはたくさんある。
「――いいって、何がよ?」
「人間種でさぁ」
「あなた変な事いうわねぇ。私達からしたら、森のお姫様の方がよっぽど羨ましいわよ。ねぇ、ヨァナ」
「その通り。姫なんて呼ばれてみたいよ私ゃ」
「そんな大したもんじゃないんだってぇ……。森に戻ったらまた
ルイディナが言うと、二人は声をあげて笑った。
「それは確かに嫌だわね!」
「夏休みになったら
「そうよ、森の環境をより良くするためだもの!どう!」
「ん……それはそうか」
こう言う、森の健康と文化を損なわずに生活を良くするアイデアを持って帰って来る事を村の皆も期待しているはずだ。
ルイディナの羨ましい病は一度なりを潜めた。
「――それにしても、首席って本当にかっこいいよねぇ」
ヨァナはうっとりと第一回戦を思い出しているようだった。
「本当よねぇ、見た?あの仮面が飛んでいった瞬間」
「え?何それぇ、私見れなかったよぉ。だってどれが首席かわからなかったんだもん。ファー、ちゃんと教えてよ」
「んふふ。一瞬だったものね。レオネが聞いたら絶対羨ましがるわ」
皆が首席の話で盛り上がり始める。種族の遠いルイディナに首席の顔のかっこよさはうまく響いていないが、彫刻で見るような綺麗な顔立ちだと言うことはよくわかる。
「レオネも、きっとその辺で見てキャーキャー言ってたと思うよ」
ルイディナはくすくす笑った。
なんと言ってもレオネの首席熱はすごい。授業中だと言うのに、庭で特進科が何かをやってると聞けば窓から下を覗き込もうとしたりする。それで、"A組"じゃないとすぐに真面目な彼女に戻る。
かと思いきや「立派でしてよー!」なんて歓声を送ったりしている。そしてクラスを持ってくれている神官のミズ・ケラーに怒られる。
信仰科の女子達にも首席は人気があるが、皆高嶺の花すぎると言うような雰囲気だ。遠くから目の保養として見て、キャーキャー言ってられれば満足と言う面もある。
信仰科なのに近付いて話そうとかそういうレベルに達せているのはもしかしたらレオネくらいかもしれない。
彼女はなんと言っても、幼馴染なのだから。
「あんなに夢中になれる男子がいるなんて羨ましいなあ」
ルイディナはそう言いながら、パン屋の隣の肉屋で買ったチキンを出し、ガブリと噛み付いた。なんと柔らかな肉だろう。森で取れる骨ばった鳥とは大違いだ。
「今も花より団子状態なのに?本気でぇ?」
「へへ、本気本気。でも、これ本当美味しい」
「はははは」
「ねぇ、ルイは地元に好きな人とかいないの?」
ルイディナはペロリと口の周りを舐めて森での生活を思い出す。
答えは早い。
「――いない」
「レオネのレベルじゃなくてもいいわよ?どう?」
「無。虚無すら感じる」
皆笑った。
「はー。でも、そうよね。私も正直いないわ。ヨァナは?」
「いたら首席にきゃーきゃー言ってませーん」
「間違いないわね。魔導学院で素敵な人見つけられたらいいのに。よく言うじゃない?働き始めたら出会いなんかないって。ここ出て神殿に勤め始めたら、そりゃあ周りは"神官様だー"って私達のこと呼ぶわけだものね。今のうちに見つけなきゃいけないって焦るわよ」
ため息混じりのファーがルイディナの手の中のチキンをむしって行く。ルイディナは「あぁ……」と残念そうな声をあげた。
「そうは言ってもさぁ、あれがいたら自分の中の素敵な男子ハードル上がるばっかり。他の男子、皆芋じゃぁん」
ヨァナがくんっ、と顎で示した先を「ん?」とファーとルイディナが覗いた。
そこでは「お弁当、どうかなって!」「皆持ってくるだろうから、私のすごく軽めにしたの!」「サンドイッチ作りすぎちゃって!」「おにぎり好きって聞いたよぉ。私実家がエリュエンティウだから、米所なの!」と差し入れを持った女子が集まっていた。
輪の中には当然のように首席。
「ルイ。首席、なんて答えてるか分かる?」
ファーが言うと、ルイディナの三角の耳はぴこぴこと動いた。
「――皆嬉しいよ。こんなに悪いね。でも、食べきれないかも、困ったな……だって」
「そりゃそうよね。あの量、そもそも腐るもんなんか持っていったら迷惑ってわかんないのかしら。私ならせめて花一輪よ」
「え、それも邪魔じゃない?――お、謝ってる女子いるよ。私だけは迷惑かけてませんって感じ?持って帰れって言ってやれ、首席」
「――せっかくだから、クラスの皆で食べても良いかな。僕ら、昼抜きで作戦立ててたから。皆の心遣いがすごく嬉しいよ……だって」
「で、で、で、で、出たーー!!」
「ぎゃー!!なによそれーー!!」
三人は頭を抱えた。
「一体どんな教育を受けたらそんな事が言えるようになるの!?邪魔だって突き返されるより絶対にいいわ!"すごく嬉しいよ"!?本当に!?しかもあなたの為に作ったお弁当だからあなたに食べて欲しいって言えない言葉チョイス!!完璧か!!何かもう盗み聞きしてるのが馬鹿らしいわよ!!私なんか一生そんな事言われる女になれないんだから!!」
「ファーもお目目キラキラさせて"私の実家エリュエンティウで米所だからおにぎり持ってきたのよん"くらい言える女子になれ!!あざとくなれ!!素敵女子気取ってる場合じゃない!!花一輪とか言ってる場合じゃない!!」
「いやー!!ヨァナも筋肉質な脳みそが透けて見えてるくせに!聖騎士の卵!!」
二人が悶絶に悶絶を繰り返す。
正直、ルイディナもうっとりしてしまった。
「あ!ミノさんも荷物持ちでいる!」
二人は抱えていた頭をのっそりと上げた。
「……ミノさんも首席なんて大変な友達作ったものよね。ミノさんは何て言ってるの?」
ミノさん、とは首席の友達のミノタウロスだ。一郎太と言うらしいが、姓がないので何となく名前で呼ぶのは気後れする。
「えーっとね……。――キュー様もう行こうぜぇ、これ以上は朝の分もあるのに無理だよ、だって」
「ふふ、それはそーよ!ミノさん、本当に正論係だわ!面白すぎる!!」
「正直ミノさんもミノさんで素敵だよねぇ。かっこいいよぉ」
ヨァナが言う。ルイディナは何度も頷いた。
「あの毛並みとかワイルドさとか良いよね!?なんで誰もミノさんにキャーキャー言わないんだろう!?」
「そりゃ人間種には毛並みとか分からないから。でも、ミノタウロスって最近たまに神都でも見るようになってきたよね。でも、だーれもあんなに綺麗な色してないんだよ。ほら、先週から始まった劇にミノタウロスと恋に落ちる神都の乙女の話とかあるじゃない?良いなぁ。見に行きたぁい」
「子供は絶対ミノタウロスになるみたいだけど、良いわよねぇ。恋に落ちてミノタウロスと暮らすのもロマンチック。ミノさん、絶対人間にも隠れファンいるわよね。本当、あのグループって超一軍」
「はー……そうなんだぁ……。いいなぁ……」
そう言う意味ではルイディナは憧れる事すら難しい。ミノタウロスも獣人系だが、そう言う実りは絶対に有り得ない。人との間の方がまだ望みはあるかもしれない。しかし、ルイディナ的には首席よりミノさんな所はある。
思春期特有かもしれないが、獣人じゃなければ良かったのにとまた思ってしまった。
「ねぇ、明日は二年の対抗戦観にこないで、観劇行こ!観劇!」
「ふふ、いいわね。劇場空いてるでしょうしね。レオネもきっと行くわよね」
「後で誘おう!あたし、劇場なんて一回も行った事ない!!何着ていったらいい!?」
ルイディナのドキドキにヨァナはにやりと笑った。
「お上品な神都の人達はきっとワンピースなんだろうけど、私はパンツスタイルで行く!!見ながら足が疲れたら椅子の上であぐらかく!!」
「はぁ、出たわね。聖ローブルのお里が知れるわ。私はスカートで行くわよ。遮光服なしで歩ける神都なんだからおしゃれしなきゃ勿体無い」
「おぉ……!あ、あたしも!あたしも森出身なりにおしゃれする!!」
ランチの間、三人はその後も大変盛り上がった。
そして、第三回戦。
「首席!!<
ヨァナが空を指差した。
次の瞬間、チカッと強烈な光が迸る。
距離がある為こちらまでは目は眩まなかったが、ある程度の距離で見上げていた"B組"は「目がぁー!!」と叫んでいた。
「今の何位階なの!?」
「なんで学校も実況とか置かないのよ!姫わかる!?」
「分かるわけがないよ!!第三位階!?第二位階!?ほんっとにわかんない!!」
三人でギャースカ盛り上がっているうちに、ふとルイディナの野生の部分が何かを訴えた。
「――ぇ」
逃げろという野生につられて空を見る。
ルイディナの眼前には、空に上がったと思った
一郎太が魔法と同じようなスピードで走ってきている。
皆「逃げろ!」と事態を把握し、荷物もそのままに中腰になった。
急げと思えど、魔法は早い。
せめて頭だけは守らなければ――。
そう思っているうちに、ルイディナの目の前にブンッと音を鳴らして誰かが現れ、
「――ッッ<
ドッと見たこともない光が魔法へ迸った。
次の瞬間、派手な爆発が間近で起こり、ルイディナは左右にいるヨァナとファーを守らなくてはと二人を抱きしめようとした。
すると、まとめて三人ギュッと誰かが抱きしめてくれた。
バタバタと服が猛烈にはためく音がした。
硬い胸板が顔にあたって、ムズムズするほどいい香りがする。
風が止むと、「無事か!」と言われた。
自体を飲み込むより早く、ルイディナの口から言葉が出る。
「あ、あ、は、はい!」
すぐにくしゃりと頭を撫でつけられ、ほぼ同時に「一太!お前も無事か!!」とその人は怒鳴った。
<
「……首席?」
「……首席君だ」
「……首席だった」
ルイディナはくんくんと制服のローブを嗅いだ。
「……首席君、良い匂いすぎた」
「えっ、の、残り香ある?」
「ある。嗅ぐ?」
二人は顔を突っ込んだが、ルイディナのお日様の匂いしかしなかった。
「わからん!!あんたも良い匂い!!」
「あ、ありがとう。……首席君もそう思ったかな?」
「恋か!今の一瞬であっちはそんな暇ないわよ!!」
「今ので恋しなかったらおかしいでしょ」
ルイディナの目はマジだった。
今、ルイディナの頭の中は人間になる方法でいっぱいだ。
せめて、この顔の毛だけでも剃ればもっと人間らしくなれるだろうか。
ああ、この耳も疎ましい。
「気持ちはわかりすぎるけど……私らには……私らには高嶺の花よ……」
「レオネが聞いたらなんて言うかしらね……」
三人は胴上げされて困ったように笑う美男を思わず眺めた。
全ての催しが終わり、閉会の宣言が済む。
明日明後日の二、三年の模擬戦もお楽しみに、と言ったところで終わったが、今日のあれを超える戦いはまず起こらないだろう。そんな風に思ってしまうのは、流石に三年への侮辱だろうか。
「――レオネ、どこいたんだろうね」
「明日の事誘いたかったけど……」
三人はキョロキョロと辺りを見渡した。
「あ、いた」
庭の真ん中ではあらゆる者達に囲まれる首席。
レオネは離れたところでそれを見守る男子達のところに手を振って合流しようとしている所だった。ミノさんと、首席の取り巻き男子しか学院の者はいないようだ。となると、彼らは地元の友人か。
地元の友人の中に割って入っていくのは少し気まずそうだ。
だが、明日のことを思うと――「誘うだけ誘ってく?」
ルイディナの言葉に、二人は頷いた。
「ミノさんとお近づきになれるかもしれないし!」
「ヨァナはあんな風に守ってくれる首席よりミノさん派なのね」
「うーん!付き合えるならどっちでもいい!!」
三人は笑った。
笑いながらも、ルイディナの中では人間になる方法でいっぱいだった。
人間になったら、もっと魔法も使えるのに。
人間になったら、もっと自由に恋もできるのに。
人間になったら、人間になったら――。
(なんであたしは人間じゃないんだろう)
光神陛下は最初に自らに似せて鳥やセイレーン、翼ある者を作り、次に神王陛下に似せて人間を作り、最後にそのほかの生き物を作ったというのは、子供達しか言わないバカな妄想だ。
だが、人間種達の輝きは、獣人のルイディナにその話が真実であると思わせてならなかった。
獣の身が疎ましく感じてならなかった。
(――人になる方法、ないのかな)
確かに地域特別生枠はあった方がいいですね。
キングも元気そうで嬉しいですよ!彼も森の大賢人になっていくんですねえ。
けもみみ娘は人間になれるのかぁ〜?
昨日のA面の時点でケモミミ娘の異変に気付いた人がいることに、男爵はもう最高にニヤニヤしてますよ(?
そう言えばペーさんことラーズペール君なんかも昔「神々は自分たちに似せてセイレーンと人間を作ったから、僕たちの相性は抜群」みたいなこと悪気もなく言ってましたね!
次回!!明後日!!
Re Lesson#13 神官の娘と司祭の娘