「カインさーん!一郎太さーん!!」
「おーい!その他大勢ー!」
レオネはイシューと共に、階段でキュータの用事が終わるのを待つ男子達と合流した。後ろにはアナ=マリアとオリビアもついてきている。
「お、レオネー!」
「だぁれがその他大勢だよ!この
ロランが手を振り、リュカが噛み付く。エルミナスとチェーザレは変わらぬリュカの様子と、ロランの始まった春に顔を寄せて笑った。男子だけの楽しい笑いだ。
「カインさん、すごかったですわ。感心しました。とても一年の対抗戦とは思えないほど」
レオネが正直な感想を告げる。
カインは照れくさそうに鼻をかいた。
「いや、クラスじゃキュータ様――首席使ったズルい勝利だったって皆言ってるよ」
「あの魔法を見せられてはね。私だって尻込みするよ」
エルミナスも同意した。普通にエルミナスでも敵わない。
レオネはイシューと共に皆の輪の中に座ると「それは否めませんわ」「間違いないね」と笑った。
ひとしきり笑うと、イシューは夕暮れの空を見上げた。
「ははは、はー。なんだかさぁ。もちろんキュータが
「本当ですわね。一緒に過ごしてると天上人だって忘れちゃいそうになりますもの。時にはわたくし達で元気付けてあげなきゃいけない事すらある普通の方だって」
二人の感想に皆が「そうだなぁ」「本当にねぇ」「はは、不敬かな」と頷く。
「……それでいんじゃねぇの」
そう言った一郎太は夕暮れの中で、一度もキュータから目を離すことはなかった。それが彼の役目でもあるが、この瞬間を見ておきたいと言う思いもありそうだった。
「キュー様は――ナイ様は皆のこと、本当に特別に思ってるよ。自分の本当のことをわかっても、畏れずに、卑屈にならずにいてくれる皆を、本当に大事に思ってる」
皆、照れくさそうに目を見合わせた。
「――俺、ナイ様に皆がいて良かった。ナイ様は今も結局首席とか言われて注目の的だけど、そう言うことと、殿下だってことは全然別物だろ。それでもあんな風に囲まれちゃうんだぜ。ナイ様の本当のご身分を学院の皆が知ったら、どうなっちゃうんだろうって思う。ナイ様の幸せなこの時間はどうなっちゃうんだろうって」
一息ついた一郎太は、今まで見たことがないほど小さくなってしまったようだった。
「……ナイ様はこれから、きっともっと信じられないほど強大なお力を手に入れていかれる。そうすれば、人々はナイ様とはどんどん世界を別にする……」
レオネは一郎太の横顔を見ながら思う。
(ああ……だからあなたは誰でもないナインズ殿下のこの瞬間を一緒に覚えていてさしあげようというのね……)
一郎太の覚悟はいつも並のものではないと思う。
神の子の守護者としてそう育てられたと言うこともあるのだろうが、二人の友情は二人が大切に育ててきた二人だけのものなのだろう。
レオネは一郎太の背をさすってやった。
「な、なんだよ」
「いいえ。なんでもありませんわ。他の第一小出身の皆様も、キュータさんの事は話したりしていませんもの。大丈夫。わたくしが――わたくし達がきっとキュータさんの心をお守りするから」
「…………さんきゅ」
一郎太は膝を抱えて、一瞬そこに顔を埋めた。
もう一度顔を上げた彼は別にいつもと変わりなかった。
「……で、アナ=マリアとオリビアは何でそんなに静かなわけ?」
「いや、リュカ。アナ=マリアはもとから静かでしょ」
「って言ったってあいつらまじで何も言わないぜ?」
ロランとリュカが言う。
レオネは苦笑した。イシューは隣でどこかわざとらしさすらあるため息を吐いていた。
とりあえず、どちらが説明する?と目で確認し合い、レオネはイシューよりは多少落ち着いて話せるかと、その役目を引き受けることにした。
「二人は、ちょっと良いものをキュータさんからいただいたんですのよ」
胸の中にちくりと痛みが走る。同じ学院にいるのに、レオネは登校時の朝の一分程度しか話せていない。どうやって二人がそんな素敵な約束を取り付けることができたのか、レオネには想像もつかない。
「へー?何もらったの?見たい見たい」
デリカシーのデの字もないリュカが言う。
人形のようになっていたオリビアとアナ=マリアはゆっくり動き出し、それぞれ一通の封筒を取り出した。
「あの……皆、その……最近私、キュータ君とよく一緒にいるみたいな女の子と知り合って……それで……なんか焦っちゃって……」
オリビアの言い方はどこか言い訳じみていて、リュカは首を傾げた。
「だから?」
「うんと……キュータ君、うちの書店でアナ=マリアと本の交換するから……悪いな、何かお礼をしたいなって言ってくれて。だから、私……キュータ君に私に似合う物が欲しいってせがんだの……。ごめんなさい……。アナ=マリアはそんなつもりはきっとなかったのに……私が焚き付けた……」
「……違う。オリビアちゃん、私ずっとキュータ君から何かお返しが欲しかった。だから、オリビアちゃんが正直に言ってるの見て……オリビアちゃんが貰うなら私もってムキになった……」
オリビアは封筒を握りしめて泣き出してしまった。
「え、お、俺のせい?お、おいおい、オリビア、え?なんで?アナ=マリア?おーい!えぇ!?」
「いや、リュカ、君は落ち着いていてよ」と、エルが杖を取り出す。この混乱を魔法で収めてしまおうと言うのは中々良い判断かもしれない。
そして、「あのー」とレオネの聞き知った声がした。
「――レ、ルイディナ、ヨァナ、ファー。どうしましたの?」
レオネは慌てて皆の輪から抜け出して信仰科の友人三人に駆け寄った。さっさと用件を済ませようというのか、ファーが代表して一歩前に出た。
「レオネ、お取り込み中悪いわね」
「い、いえ。気になさらないで」
ちょっと気にして欲しかったが、神官になろうと言う神官の娘がそんなことを言うのは許されない気がする。
「明日皆で"見つめる瞳"観に行こうって言ってるんだけど……レオネもどうかしらって」
それは確か最近公演が始まったばかりの劇だ。ミノタウロスと人間の女が恋に落ちるんだったか。
世の中にはミノタウロス王国から金が出てるとか、人間を国に引き込んで奴隷にしようとしてるとか、まぁそんなつまらない見方をする大人もいる。
レオネはこの状態のオリビアのそばにいてやりたいと思ったが、オリビアは今日は学校を休んで来ている。明日は普通に学校に行くはずだ。
「もちろん行きますわ。誘いに来てくれてありがとう」
「分かったわ。皆オシャレしていくって」
「ふふ、ではわたくしも」
「
ファーは言うと、美しい黒髪を靡かせて二人を連れて帰っていった。
レオネは三人の背中に手を振り――ふと、ルイディナの視線に何か違和感を感じた。
(……ルイ?)
泣くオリビアをジッと見つめるイシューの隣に座り、反対側にいるアナ=マリアの背をさする。
今のは何だったんだろうとつい考えてしまう。いつも奔放な彼女がなぜ?
(……まさか、一郎太さんの話を聞かれた?)
ルイディナの耳は良い。よく庭にキュータを見つけると「なんて言ってるのか聞いてくださいまし!」と迫る。すると、レオネでは聞こえないような声を聞き取って、キュータが何を言っているのか教えてくれる。
迂闊だったとレオネは唇を噛んだ。
明日、うまく取り繕わなければ、キュータの居場所を脅かす。
守らなければ。自分にできる方法で、ナインズの居場所を守らなければ。
決意を新たにしていると、エルが混乱の極致にいたリュカに魔法をかけ、続いてオリビアへ、最後にアナ=マリアにも魔法をかけてくれた。杖は子供の頃よりも立派なものになっていた。
「やれやれ。皆一回落ち着いて。オリビア、アナ=マリア、君たちは一体何をもらったんだい?」
「まさか……似合うものって……指輪?」
ロランがゴクリと喉を鳴らす。
そうでなくて良かった、何をもらったか知っているレオネはある程度は冷静だ。
落ち着きを取り戻したオリビアは首を振った。
「あの、栞を……ブックマークをもらったの」
「って、そんなもんかい!びっくりしたなぁ、もう。マリッジブルーかと思ったじゃないか」
緊張のあまり息すら止まるようだったカインが突っ込んだ。
だが、そのツッコミの「そんなもん」と言う部位はすぐに訂正されるべきだろう。
オリビアとアナ=マリアは信じられないほどに美しいブックマークを取り出した。
魔法の光がぼんやりと灯る魔石、まるで水の流れをそのまま止めて切り取ってきたかのような本体。
「あぁー……」
「あぁあ……」
「こりゃだめだ……」
男子は眉間を押さえ、頭痛を止めるようだった。
その精巧なブックマークは男子達の手を渡り、一通り眺められ、オリビアとアナ=マリアの下へ戻った。
エルは「これ、魔法の道具じゃないかい……。効果は?」と恐る恐る聞いた。
二人が少しかわいそうで、レオネが代わりに答えた。
「呪文で光るんですのよ」
アナ=マリアは「<光れ>……」と栞につぶやいた。
黄色い魔石から暖かい色の光が漏れる。暗い中で読書をしても絶対に目が痛くならないような代物だ。
アナ=マリアの求めに、オリビアの青い魔石も共に光った。こちらも、魔石本体は青いというのに、暖かな光が漏れ出ていた。
何故どちらも石とは違う色の光が漏れるのか分からない。
「……<消えろ>」
二つは同時に光を失った。
「あー、君たち、思ったよりとんでもない物貰ったね。キュータ様はたまに感覚ぶっ飛んでいるからね」
カインは少し人ごとかもしれない。毎日そばにいすぎてキュータへの理解度が深海五百メートルまで達している気がした。
どんどん日が低くなっていく中で、イシューはついに口を開いた。
「……お礼したいって言った時に物が欲しいって言われたら、キュータは断らないに決まってるじゃん。あいつはオリビアとアナ=マリアのこと一生懸命考えて、最善のものを持ってきてくるに決まってる。どんな値の張るようなもんが出てくるかも分からないし、ご公務に出ることがあるって言ったって、お父上達からお金をもらって買いに行くかもしれないのに……。だから、絶対に何かが欲しいとかキュータには頼んじゃいけないんだよ。こんなに長く一緒に居て、二人ともそんなことも分かんないの?」
正論、正論、正論だった。
キュータが普段使いで使っているペンケースやペン、インク壺、どれを取ったって普通の家庭の子供では手に入れられないような物ばかりだったのだ。
オリビアもアナ=マリアも目にいっぱいの涙が溜まっていた。
貰った時は、こんなに特別なものがもらえることが嬉しくて、天にも昇るような思いだったろうに。
きっと、想像を超えるものが出てきてしまったのだ。
正直、レオネは羨ましく思う。きっとイシューもそうだろう。
だけど、何をあげるもあげないもキュータの自由だとレオネは思う。
「――イシュー、二人は分かっていましたわ。だから、この九年間何も欲しがらなかった」
「だから、ずっと欲しがっちゃいけなかったんだよ。あたしだって欲しがらなかったし、男子だって欲しがらなかった。エル様除いてこいつら殆どバカばっかだけど、釣竿ひとつだってくれよとか言わなかったよ」
「ば、バカばっかって……」
「それはそうですけど……。ね、イシュー。少しわたくしとあちらで話しましょう?」
優しいナインズにつけ込んで、神の財産――いわば民の税金で高価なものを贈らせてしまったのではないかと二人もわかっている。
だから、今浮かれ切って跳ねていないのだ。
イシューが「話すことはこのおバカ二人組にある」と断ってくると、一郎太がよいしょ、と体ごと振り返った。
「んー、なんか何が辛いのかさっぱり分からんから聞いてたけど……それもさっきの話じゃないけどさぁ。――オリビアもアナ=マリアも、そんな事気にしないでいいぜ。キュー様、先週パンドラズ・アクター様と天空城にある宝物殿に行ってたから。天空城の宝物殿には"ご自由にどうぞ"ってコーナーがあんの。それは昔八欲王が神々の地から拾って持ってきちゃったもんらしい。でも、陛下方からしたらたまたま作った道端の石を天使達が拾って行った感覚っぽくて、"ご自由にどうぞ"なの。だから、金はかかってない。まぁ、神々の地の物とかそれはそれでビビると思うけど。俺も"ご自由にどうぞ"に良いもんあったって言って、ほら――これ。キュー様にもらったぜ」
と、蹄の裏を見せてくれた。
皆で覗き込むと、魔法の馬蹄が付いていた。足の裏につける物だというのに、魔法の力を持つであろう石が底面にずらりと輝いている。
「いいっしょ。足早くなるし、力も上がるぜ。他にも何個か効果はあるけど、キュー様のマジはこれよ」
ピースする様子に、皆ぽかんと口を開けて、次の瞬間吹き出した。
チェーザレが笑い転げながら言う。
「ははは!一郎太様!それは二人のもらったものなんかキュータ様からしたら道端の石ころだっていうんですか!ははは!」
「はは、そこまでは言ってないって。ま、キュー様なりに誰にも迷惑のかからない、最大限だったと思うよ。どっかの街に行って何百万も出して買って来たんじゃないって言うかさ。あんまり皆からしたら想像つかないと思うけど、お抱えの鍛冶長に設計図と選んできた素材渡してちゃちゃってやってもらったんでしょ。だから本当にただ喜んで受け取った方が良いよ。キュー様感覚はぶっ飛んでることあるけど、馬鹿じゃないし」
常々スケールが違う二人だとは思っているが、レオネも、悩める乙女だった二人ももう笑うしかなかった。
「おーい!皆ー!」
「キュー様ー!」
一郎太はこちらに戻って来ようとするキュータに大きく手を振った。
キュータの足は早く、あっという間に皆の輪の中に着いた。
「皆悪かったね!すっかり待たせちゃった」
「ほんっとにキュー様遅すぎて変な話いっぱいしましたよ」
「変な話?」
「キュー様のセンスが微妙だってオリビアとアナ=マリアが不満そうだったんですよ」
「えっ!ご、ごめんね!!」
キュータが焦って振り返ると、オリビアとアナ=マリアは笑って「そんなことないよ」「とっても嬉しい」と答えた。
「ほ、ほんとに?大丈夫?」
「大丈夫どころか、花丸!キュータ君、私たちのこと本当によく分かってる!」
「一郎太君はちょっと意地悪言ってみただけ。私たち、嬉しすぎて踊ってたところ」
「そ、そっか。良かった」
「はははは」
「一太ぁ」
レオネは良いなぁ、と思ったけれど、二度と同じ過ちが繰り返されないように、彼に将来仕える神官として口出しすることにした。
「――キュータさん!あれはわたくし達から見れば、とっっっても高価ですのよ!!もう何百万って世界!!そういう物はほいほい出してはいけませんわ!!もらう方だって心臓が飛び出ましてよ!!」
「わ、びっくりした。そ、そっか。そう言うことにならないように物の価値がわかる兄上とも相談して素材は選んだんだけど、次はもう少し気をつけるよ」
「わかれば宜しくてよ」
皆笑った。
彼の思いやりで、誰も傷付きませんように。
レオネはアナ=マリアとオリビアにとって、あれが素敵な思い出としていつまでも残って欲しいと思う。
そうでなければキュータだって可哀想だ。さっきはお抱えの鍛冶長という言葉に引きずられて誰も何も言わなかったが、キュータが自分で設計図まで書いたようではないか。
彼は心を尽くして二人のための物を作った。
だから、二人は一郎太の言う通り、まっすぐ大喜びではしゃぎまわって受け取るべきなのだ。
皆で校門に向かって歩き出すと、調子を取り戻したオリビアが「髪飾りにしようかなぁ!」とか浮かれたことを言う。
アナ=マリアも「制服の胸ポケットに入れる」とか彼女の中の最大限の浮かれを見せている。キュータは「ブックマークだよ〜」と笑っていた。
「あなた方、そんなを事して無くしでもしたら大泣きしましてよ」
「あーん、だってー」
「……たまには見せびらかしたい」
「仕方ありませんわね」
この二人はもう大丈夫だろう。
他方、イシューはまだ少し複雑そうだ。レオネは歩くスピードを落としてイシューの横に着いた。
「来週、放課後にでもわたくしあなたの設計事務所に行きますわ。二人で"何も貰えない女子会"でも開きましょう」
「……ぷ。そうだね。あたし達、いっつもそんな感じだしね。可愛い女子になりきれない」
「ふふ。それじゃ、頃合いを見て二人で可愛く何かをねだりましょう。もっといい物!」
「大賛成!!」
イシューと二人で悪巧みをすると、レオネはまた明日からのことがすごく楽しみになった。
隣を「調子いいやつ」と言ってリュカが通り過ぎると、「うっさ!!」とイシューはリュカを追いかけた。
レオネは「足元にお気をつけなさい!」と小うるさく声をかけた。
二人はまるきり男友達のように追いかけあっていた。
はぁ、良かった。
レオネは安堵に思わず息を吐いた。
「――疲れた?」
校門を出ると、そんな風にキュータから声をかけられる。
レオネは優しい声に頬が赤くなりそうだった。エルが殿下かもしれないと思っていた時も、この人のことが好きだった。だけど、それは神官としては零点だ。
だから、こんな顔で見上げてはいけない。
「いいえ。楽しかっただけですわ」
「良かった。いつも悪いね」
「……何がですの。わたくし、ただただうるさいだけの女でしてよ」
「ははは、レオネは少しうるさいね。でも、それが君の良いところだよ。君の感覚は僕に必要なことだって思う。それに、レオネの声は元気が出る」
「もう。子供の頃から、その元気が出るってなんですの」
「そのまま。元気が出るってことだよ」
辺りがすっかり暗くなると、キュータは仮面を外した。
息をついた横顔は
「もうこれも必要ないかもしれないなぁ。学校の皆にも完全に顔を見られたし、誰も僕だって気付かなかったよね?」
レオネの感覚を信じてくれている。レオネは今一番思う正直なことを告げた。
「ふふ、着けてる方が首席だ!って分かりやすいかもしれませんわね」
「それじゃ逆効果だ」
二人は笑い声を上げた。
ルイディナは寮に帰ると、明日着ていく物を選んだ。
正直に言うと、森では服は必須ではない。毛が生えている生き物なのでズボンと首飾りだけのこともある。
神都で皆と一緒に買った服を着て、森のネックレスを付けて鏡の前でまわる。
「……」
あんなに素敵だと思ったはずの服が、このもじゃもじゃの野蛮な体のせいで魅力半減だった。
ルイディナはそっと服を脱ぎ、鏡の前から立ち去った。
神都、第四劇場前。
レオネは目元を拭った。
「ほんっとにいいお話でしたわ!」
「泣いた……泣きすぎたわ……」
「私、本命ミノさんにするよぉ〜〜」
ファーとヨァナが幸せそうに言う。
「あーいいなー!人間いいなー!!もー!!このままじゃ愛されないー!!」
ルイディナも頭をわっしわっしかいては悶絶していた。
「愛されないなんて、そんなことなくてよ。それに、今日はびっくりしましたわ」
レオネが背中をさする。今日の彼女は顔の毛を剃ってきていた。それはとても愛らしくて、ちょっと鼻のところが全体的に高くなっているが、まるで猫耳の生えた人間のようだった。
「……びっくりは……おかしくて?変かな?」
「とんでもない!!可愛くて!!」
後ろでファーとヨァナも「びっくりした!」「可愛いよぉ!」と言っている。
彼女は集合した時、「夏に向けて毛が生え変わって鬱陶しいから剃ってみちゃった」と言っていたが、人になりたいと言う思いも少なからずあったのではないだろうか。彼女は時折、そんなことを漏らすから。
思春期とは本当に厄介で、毛だとか爪だとか、そんなくだらない事ばかりが気になるものだ。
ルイディナはとても嬉しそうに笑った。
「お昼でも食べに参りましょう!」
「「「賛成ー!!」」」
せっかくあまり来ない方まで出向いているのだからと、四人は少し奮発して良さそうなお店に入った。
思ったより価格は高くなく、新しい良いところを知ったと皆で笑いを漏らした。
「――でも、レオネは良いなぁ。お小遣いもらえるんだもんね」
ヨァナが言うと、実家がここにあるレオネは苦笑した。
「とは言え、よく大神殿の掃除に付き合わされてますのよ。それも丸一日。わたくしは依頼バイト代だって思ってます」
「いいなぁ。私もそう言う依頼バイトしたい。せっかく信仰科なのに神殿の手伝いなんて一回もしたことないもん。綺麗にする所が違うよぉ〜」
ヨァナの選ぶ依頼バイトはいつも寮の清掃だ。大したお金は貰えないが、あまりうるさく言われないのはありがたい。彼女は放課後に聖騎士見習いのための校内特別講習に行く日もあるので特に。
ファーは依頼バイトを選り好みしがちだが、神官の講演の設営などによく行くようだ。
ルイディナは基本的に花屋で肥料作りをしている。いくつも積んである土に魔法をかけるらしい。多分、彼女が一番稼げていると思う。
他の三人は使えてゼロ位階なので、そんな高尚な真似はできない。大した魔法もまだ使えていない。
レオネが食後に頼んでおいたアイスマキャティアフロートの上に乗るアイスをそうっと頬張る。
「ふふっ」
あまりのおいしさに思わず笑みがこぼれた。厨房にいる
すると、「わぁ……」とルイディナが声を上げた。
「ん、一口いります?」
「ううん、ねぇ。レオネのその爪どうしてるの?」
レオネは昨日、キュータに差し入れを渡すためだけに磨きに磨いたピカピカの爪を自慢げに見せた。
「ふふ、いかが?雑貨屋にある磨き用のクロスを買いましたの」
「そんなのがあるんだぁ!すっごい綺麗だね!」
「ありがとう。誰にも気付いてもらえないと思ってましたわ」
「素敵素敵!今日磨いたの?」
皆がレオネの手を取って綺麗だと言ってくれる。
これが昨日のキュータだったら良かったのになぁと思った。
「いいえ。昨日でしてよ」
「あ!首席のためかぁ!どうだって?」
「ちっとも気付きませんでしたわ。でも、良いんです」
「はー。完璧だと思った首席も所詮男ね。やれやれだわ」
「ふふ、あの方は完璧ですわ。フルーツボックスをキュータさんに渡したのは、友人達ですもの。その後に会った時はもう夕暮れでしたし。でも、もしこうして明るい時間に一緒に過ごしていたら、キュータさんはきっとお気付きになったわ」
「レオネ〜。"わたくしが渡す!"って言ってひったくれば良かったのに」
「その後、残りをキュータさんのご友人に渡したのはわたくしでしてよ」
「そんなの意味ないじゃん」
「まぁ、そうですわね。でも、わたくしは他の皆と違って同じ学院に通えてますもの。それだけでちょっとは良い思いもしていると思っていてよ」
「ふん、あんたは賢いわ。魔導学院落ちた女子達よりよっぽどね。だけど、男が皆賢い女が好きとは限らないのよ」
レオネは「それは……そうですのよね」と言うことしかできなかった。守ってあげたいアナ=マリアやオリビア、手を取り合って駆け出せるイシュー、口うるさいレオネ。普通の男の子なら、レオネなんて選ばれない。
(――だけど、あの方は特別な方だから、賢い女でいなきゃ。そうでなければ、一郎太さんにだって、姫殿下にだって認められはしないわ)
レオネは赤色と金色の間のような色素の薄い長い髪を払い、アイスマキャティアを飲んだ。
「ね、午後爪磨くクロス買いにいこうよ!あたし、絶対欲しい!!」
ルイディナの言葉に乗らないものはいなかった。
四人は食事を済ませると、
やわらかな風に吹かれて、いくつも停留所を越えて、明日の対抗戦休暇もどこかに行こうと盛り上がった。
魔導学院の近くまで帰ってくると、学院の校門には人が多くいた。今は二年の三回戦が始まる前の休憩時間だろうから、こうして人が雑多に溢れるようだ。
「――レオネ」
校門を通り過ぎようと言う時、ぽんと肩を叩かれた。
「――はい?っちょ」
振り返ると、白昼堂々と仮面もしていないキュータがいた。レオネは思わず慌ててその顔を隠そうと手を顔に押し当ててしまった。初めて触れたまつ毛は信じられないほどに長かった。
「っな、なに?」
「っおい、レオネ!それは不敬だろ!」
すぐ隣にいた一郎太に怒られる。
キュータはレオネの両手首を掴んで顔の前から退けると、流石に怪訝そうな顔をしていた。仮面をつけてばかりだった彼の色々な表情は面白い。
それより、手首を持たれて覗き込まれる今のレオネの顔はきっと真っ赤だ。
「――あ、つ、つい。失礼しましたわ。そっか、仮面はやめたんでしたわね」
「なんだよ。そう言うことかよ」
「あぁ、うん。やめちゃった。全然平気だったね。レオネの言う通り」
周りから「きゃー!一年首席くーん!」と言われている。上級生からだって彼は人気だ。学食で仮面を外して食事をしていると、「あの一年の子誰?」「一年の首席だって」とよく噂されていた。顔を晒すことはある意味では平気だが、またある意味では厄介なことになりそうだ。
「はは、変なあだ名になっちゃったな」
レオネの手を離して手を振りかえすキュータの指にちらりと視線がいく。傷ひとつない綺麗な大きな手だった。
キュータが握ってくれた所が熱すぎて、レオネは目をギュッと閉じた。もう顔が見られず、この熱が引くまで俯いたまま話すことにする。
「――ん?レオネ、大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まってますわ。それより、観戦にいらしてるの?」
「うん、一太やカイン達とね。ワルワラって言う友達とリッツァーニって友達もいるんだ。戦いっていうのはいくつ見たって同じものはないんだなって思うよ」
「そうですのね。勉強熱心で感心しますわ」
胸に手を当て、何度か深呼吸すると、レオネは顔を上げた。
「――あ、やっとこっち見てくれた。やっぱりレオネは元気が一番だよ。でも、無理はしないで。君の元気がなくなったら僕も困る」
「ふふ、ご心配なく!わたくし、いつでもうるさいので!」
「ははは」
二人で笑っていると、キュータはレオネの後ろへ視線を送った。
「君たち、レオネの友達だよね。待たせて悪かったね。レオネは少し疲れてるみたいだから、よろしく」
「え、えぇ!まかせて!!」
「っひゃー!!」
「ひゃあ?」
さっきまでミノさんを本命にするとかなんとか言ってたくせに、ヨァナの目はハートになっていた。
そして、昨日ルイディナがキュータの秘密に勘付いたかと思ったが、それも杞憂のようだ。
「――キュー様、行こうぜ。次始まっちゃったらワルワラが怒るし」
「ん、そうだね。じゃあね、レオネ」
「えぇ、また朝の校門で」
キュータがレオネとは違う方向へ歩き出す。
彼と同じ方へ行きたかったが、皆で爪のクロスを買わなくちゃ。
「いいの?」
「レオネ、首席と行ったって良いわよ?」
「雑貨屋なんか三人で行くし」
三人が言ってくれるが、レオネは首を振った。
「じゃあねって、仰ったから。行ったら気を使わせますわ」
キュータと一郎太が校門に吸い込まれてく。レオネが背を見送っていると、キュータだけが振り返った。
片手を上げ、指先をちょんちょんと指差す。
そして、「綺麗だね!」と笑ってまた前を向いていってしまった。
一郎太が「なにが?」とキュータを見た。
二人の姿はすぐに人の波に消えた。
レオネはすごい勢いで三人に振り返った。結ばれていない髪の毛がふっさりとルイディナの鼻をくすぐった。
「見ましたでしょ!」
「っへくし!――み、見た!っていうか聞いた!!」
「はぁー!!だからどんな教育受けたらあんな男が生まれるのよぉー!!なんなのよー!!」
ファーはジタバタしていた。
「ふふふふ、だから言いましたでしょ。キュータさんはきっと気がつくって!」
「って言うかレオネ!レオネをよろしくとか言ってたし、どう考えてもレオネが本命じゃないの!!」
「え……。そ、それは流石に……」
「いいから!本命だって思いなさい!!」
「そーだそーだ!思っていい!!」
「こんな事で本命になれるなら、毎日爪を磨くしかありませんわね!」
四人は大盛り上がりで雑貨屋に行った。
皆予備のために二枚買い、寮への帰路に着いた。レオネは自宅へ帰った。
ルイディナは部屋で一人になると、尖った鋭い爪を丸く切り、人間のようにすると丁寧に磨いた。指の毛も気を付けて剃った。指抜きグローブを着ける人間のようだ。
「うわぁ〜!!」
今まで見たこともないような綺麗な手になった。
だが、この爪は黒い。あの透明な桜色の爪が欲しい。
「……はぁ」
やってもやっても、レオネや皆の素敵さに追いつかない。
ルイディナは床に寝そべると、天井を揺れる
「……皆いいなぁ」
恋も勉強も魔法もそうだ。四人の中でルイディナは今は一番魔法を上手く使えているが、あの首席のようにはなれるわけがない。それに、フードも仮面もやめた首席のあの綺麗な髪の毛。夜空を編めばあんな毛になるのだろうか。顔の皮膚だって、毛を剃ったルイディナとは比べ物にならないような、まさしく陶器のようなものだった。
人間達は特別なのだ。
「……ちぇ」
ルイディナは頭を冷やそうと部屋を後にした。
一階の談話室で飽くなきお喋りを続ける女の子達。皆キラキラしていて、やわらかそうで、可愛かった。
お風呂上がりのヨァナが手を振ってくれたが、気が付かなかった事にして外に出た。
夏が近づき始めた外の空気は少しじめっとしている。
気温は低く、顔と手の毛がなくなっているからか無性に寒かった。
神都は森と違って明るい。
夜でもある程度見渡すことができるこの瞳も、ここではなにの役にも立たない。
むしろ、明るいところと暗いところの差が強く、見にくさすら感じた。
どこにいく宛もなくほっつき歩いていると、前から大男が歩いてくるのが見えた。帽子を深く被り、寒いのかコートの襟を立てている。
なんとなく、普通の人の気はしなかった。だが、
犯罪がゼロというわけではないが、自分とは関係のない話だ。
そう思うが、大男とすれ違う時、流石にルイディナはドキドキした。
今ルイディナは杖も持っていない。
一歩一歩を慎重に出し、ルイディナは大男とすれ違う事ができた。男はゴトン、ゴトン、と変わった足音を鳴らしていた。
思わずほっと息を吐いた。
次の瞬間、ドキンと胸が跳ねた。
「――もし」
大男は
「な、なにか?」
「あなた、もしかして悩んではいませんか」
大男がゆらりと
「な、悩んでません。いきなりなんなんですか!」
「ふーむ、そうでしたか。では、私の勘違いです」
変質者だ。ルイディナは早足で大男の横を通り抜けて寮に戻ろうと決め、足を動かした。
さっさとすれ違ってしまおう。
男をさっと追い抜かし直す。
「――私はね、皆さんを望む姿にしたいと思っているので」
すぐに行こうと思っていたはずのルイディナの足は止まった。
「望む姿に……ですか……?」
「えぇ、皆さんの力になりたいんです。皆さん色々なコンプレックスがおありでしょう。だからね、私は時にシレーナのヒレを歩きやすい足にしたり、ミノタウロスの顔を変えたりしてるんです。――人間のものに」
恐ろしさすら感じる笑みで、ミノタウロスは顔を寄せてきた。
ルイディナは思わず後ずさった。
「そ、そんなこと出来るはずがない」
「ふふふふ、何故、そんなことを思うんですか?」
「私達に生き物の再創造なんて、できない。だから、私だって人になりたいけど……諦めて……」
「あぁ〜〜!なるほど!それはそうです。そんな事ができるのは、この国の女王陛下くらいでしょう。でも、保守的なこの国の上層部があまり良しとは思わない――外科手術なら……話は別です」
「げ、げかしゅじゅつ……?」
この男は恐ろしい。だが、どうしてもこの話をもっと聞きたかった。
「えぇ、えぇ。何、あなたがやった事と大差はありません。あなた、
男はそうっとルイディナの顔を指さした。
「毛を剃る、体の一部を取る。それだけの話です」
「か、体の一部を取るって……毛を剃るのなんてそんな大それた話じゃ……」
「ふふふ、人間に近付きたいなら、例えばあなたのその耳。この三角の先をちょいと切って髪の中に隠して仕舞えばいい。人の耳がなくたって、髪がこれだけ長ければ顔の横に耳があるかどうかなんて、だぁれが分かるんでしょう?」
ルイディナはサッと自分の耳に触れた。
「――それに、この
「あ、あなただって!!あなたの顔だって牛じゃないですか!!猫だなんて、あんまりだわ!!」
人を猿呼ばわりするのと同じように大変失礼な話だった。
「おぉ、これはこれは、失礼しました。気に障ったのなら、謝ります。私は事実牛顔なのでつい。ですが、これだって横の骨をほんの少し削ってやれば……ねぇ?人と同じ鼻になる。憧れますよねえ、ふふふ。人のあの、鼻」
「……本当に?でも……削るとか切るとか……恐ろしくて……」
「それは誰しも変化の時は恐ろしいものです。あぁ、それにしても、その爪。綺麗に整えていますねぇ。でも、これじゃあ色が悪い。ササッと塗ってしまえば良いんですよ」
「塗ったって、すぐに落ちちゃう……」
「いえいえ、私達ミノタウロスの国ではマニキュアくらい普通ですよ。と言いますか、冒険者達も当たり前に使っています。その方が、目立ちますでしょ」
男が顔の前に手を挙げる。その爪は全て赤く塗られていて、キラキラと綺麗だった。
「いかがです〜?」
「す、素敵かも……」
「ふふふ。きっと皆に羨ましがられますよ。そうだ、試しに使われて見たらいかがですか。その整えられた指によく似合うでしょう。ちょうど明日から三日間露店で売ろうと思っていた何本かがあります。試して見ますか?」
「で、でも私お金持ってきてなくて……」
「あぁ、お金。お金ね。いいですよ、お試しですから。何より――私は皆さんを望む姿にして差し上げる事が幸せです。お友達にもじゃんじゃん宣伝してください」
男は大きな革製のカバンをガバリと開き、中から何本かマニキュアを出してみせた。
「――煌めきの透明、赤、青、ピンク、紫、ベージュ。ふふふ、どれがよろしいですか?」
思わず覗き込んでしまう。
隣を魔導学院の寮に帰るらしい女子達が楽しげに笑って去っていった。
「……ぴ、ぴんくで」
「良いですよ。では、手を」
どすりとカバンが下され、男はマニキュアのキャップを開けた。
ドキドキしながら手を差し出すと、男は実に丁寧にピンクのマニキュアを塗ってくれた。
「――あぁ、よく似合う。若さとは良いですねえ。そうそう、乾くまで触ってはいけません。そうしないと、その美の魔法は歪んでしまいますからね」
くつくつと笑い、男はマニキュアをしまうと再びカバンを持ち上げた。
蹄がゴトン、ゴトンと音を鳴らす。
自分の手に見惚れている間に男は立ち去ろうとしていた。
ハッと我に帰り、ルイディナは慌てて振り返った。
「ま、待って!待ってください!!」
「――何か?」
「ろ、露店。明日、露店出すんですよね」
「えぇ、それはそれは素敵なお品をた〜くさん」
「……どこでやるんですか」
「あぁ、言ってませんでしたかぁ。ふふふ、隣町との境、ムソーの東広場ですよ。ご存知で?たくさん亜人や冒険者が来て、大変盛り上がるんです」
男は嬉しそうに言うと「そうだ」と一言付け足した。
「――美の魔法を欲しても、大金を欲しても、決して怪しい者には近寄らないように」
男は再びゴトン、ゴトン、と足音を鳴らして去っていった。
怪しい者?あなたのことでは――ルイディナはそう思ったが、自らの爪の美しさにまた目を奪われ、そのまま自分の爪に釘付けになりながら寮に戻った。
レオネそんなにいい奴やったんか。知らんかったわ……。
イオリエルと紫黒聖典引き合わせて、あーナインズ様やなぁって分かった時も、「このままの態度でいいの?」って気にしてたっけ。
なんて感慨深くなった男爵でした。
最後不穏なやつおるし(?
次回!明後日!!
Re Lesson#14 心の支えは人それぞれ