眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#14 心の支えは人それぞれ

 翌日、三年の対抗戦にあたる日。

 寮の前でレオネ達と集合したルイディナはその場で爪を見せた。

 

「すっごーーい!!綺麗ー!!いいなぁ!」

「私冒険者が塗ってるの一回だけ見たことがあるわ。でも、冒険者ってやっぱり手使う仕事だからか、はげてる所とかあったのよ。ルイのはすごく綺麗!ザ・姫!!」

「羨ましいですわぁ!そんな親切なミノタウロスとたまたま会えるなんて!」

 三者三様の反応を見せてくれる。

 ルイディナはあまりの嬉しさに、尻尾を振りそうになってしまった。

「へへへ、へへへ!ね!ムソーの東広場って所で今日露店出すんだって!!皆で買いに行こうよ!!」

「あ!それ行ってみたい!ムソーの大露店市ってやつじゃない?寮の掲示板に張り出されてたよね!行き方確認しに行こう!!」

 三人で盛り上がっていると、ふとレオネが不安そうにしているのが見えた。

「――レオネ?」

「そ、そんなに素敵な物、高くないんでしょうか?わたくし、依頼バイトもしてないですし……」

「ちっちゃい小瓶だったし、きっとそんなに高くないよ!それに高価だったら、あたしにただで塗ってくれないって!」

「そう、そうですわね。行きましょう!」

 

 四人は一度女子寮に行った。

 寮母(シスター)達が「いいわねぇ。きっと今日はまだ多少空いてるはずよ」とチラシをくれた。

 ムソーの東広場という場所に行くのに一番いい行き方を教えてもらい、皆で乗合馬車(バス)に乗った。二度も乗り換えが必要で、最後の乗り換えをした時にはもう人が乗合馬車(バス)の中をごった返していた。

 乗合馬車(バス)も特別便が出ているようで、二台連結の初めて見る乗合馬車(バス)が出ていた。それでも、引いていく魂喰らい(ソウルイーター)はびくともしていない。

 展望席は立って乗る事が許されていないので、仕方なく一階席に四人で立って乗った。

 乗客達の間は今日から始まるという「ムソーの大露店市」の話で持ちきりだ。

 

「すごそうな催しですわね!」

「きっといい物たっくさんだよ!」

 ルイディナはレオネと周りの乗客に押されながらもくすくす笑った。

 

 どこで降りればいいのかはっきり確認はしていないが、人が降り始めたら合図だ。

 四人ははぐれないようになんとか手を繋いで乗合馬車(バス)を降りた。

 

 大きな広場には「国有地」の看板が立っていて、自然と景観を守るための場所のようだ。急速に発展を遂げる、ここ、神都を狭苦しくしない素晴らしいピクニックスペースだった。

 大勢の人がムソーの東広場に吸い込まれて行く。

 四人は「うわぁ!」と口を開けて見渡しながら進んだ。

 セイレーン達の歌、二足蜘蛛(アラクネ)の太鼓の演奏、青蛙人(トロチャック)がやっている象魚(ポワブド)の赤ちゃんの乗車体験。

 もう上げたら切りのない場所だった。

 

「あっち!あっち!!」

 

 ヨァナが興奮して指さす先は、茸生物(マイコニド)達の露店だ。その前は大行列で、素晴らしい芳醇な香りがここまで漂ってきていた。

「なんだか分からないけど食べよ!!」

「二手に分かれて買いましょう!!ほら、あちらも!」

 レオネが指さしたのは霜の巨人(フロストジャイアント)のジェラート屋だ。

「買ったら、あちらの木陰に集合!!種類がある場合は四つ別の物を!!」

 全員即座に頷き合い、特進科のクラス対抗戦を思わせるような機敏な動きで別れた。

「ルイ!行きますわよ!!」

「ラジャー!!」

 レオネとルイディナは手を繋いで駆け出した。

「私達も!」

「やったろ!」

 ヨァナとファーも駆けていく。

 

 並んでいる間、ルイディナはふと顔に痒みを感じた。

 ポリ、とかいてはまたかゆくなる。

「――どうかしまして?」

「あ、うん。なんか顔が痒くってぇ」

「ふふ、毛を剃ったからだわ。次の毛が生えようとしてるのよ」

 レオネはなんでもないことのように笑った。

「わたくしもほら。腕と足を剃ったら、何日かすると痒くなりますの。毛生え薬も売られてますけど、毛抜き薬も売られていますし、もう少しお金があったら、本当は魔法薬を買いたいのに」

「え!そんな薬があるんだね!」

「薬師のところに行けば最近はよく扱いもあるそうですわよ。でも少量ですっごい高いんですの。両腕両足に使うと、もうそれだけで目玉が飛び出るような値段ですわ。まぁ、効果も半年くらいあるそうですけどね」

 ルイディナは絶対それを買おうと心に決めた。そして、髪の毛以外全身を――いや、高いし見える場所だけ。四肢と顔はツルツルにしたかった。

 そんな自分の姿を想像すると、絶対に人間のように見えるはずだと興奮した。バイトに行く先の花屋をふやすことを決めた。

 

 そうこうしていると、二人の番はすぐにきた。

 小さなカップに入ったジェラードは、それぞれ茶色いマキャティア味、黄色いドド味、薄桃色のネッターリア味、真っ白なホワイトアイ味。

 知ってる味がマキャティアしかないのが怖いが、二人は四つを手に木陰へ向かった。

 レジャーシートなどもないが、二人とも直接芝生に腰を下ろす。

「先にいただいてみてしまう?」

「そうしよそうしよ」

 一口づつ味わって見る。異国の味だが、どれも口によくあった。

「ふふ、なくなっちゃいますわね」

「そしたら謝ろ。溶けないように気を使ったって言ってさ」

「姫ったらいけない人だわ」

 

 くすくす笑い合っていると、「っあなたたち!」とファーの声が降ってきた。

「あら、もういらしたのね。溶けないようにいただいていましたわ」

「上品に言えばなんでも許されると思ったら大間違いよ!――私も食べるわ!」

「お待たせ〜!こっちの二つが練り込みパンで、こっちがなんか肉焼いたの、それからキノコの串焼き」

 戻ってきた二人はしゃべりながら、もうジェラートの味見をしている。

 四人は自然と好きな味のジェラートを食べ始め、ペロリと完食するとパンを割った。

 辺りがいい香りで包まれると夢中で食べた。

 キノコの串焼きは一人一かけしかないのが惜しいくらい。

 

「わたくし、帰りに両親に買って帰ろうかしら」

 レオネがいうと、ヨァナも最後の一口を放り込んでから言った。

「いいなぁー。私も買ってあげたいなぁ。<保存(プリザベーション)>、誰か使える?」

 三人が首を振る。

「首席誘ってくるべきだったわね」

「首席君がいたら絶対使えた!!」

「……そんな魔法のためには呼べませんわ」

「はは、そうだよね。――あ!あそこで上位森妖精(ハイエルフ)巻物(スクロール)屋やってる!」

 ルイディナが指差す先には、巻物(スクロール)を売る露店が旗を掲げていた。

「あ、めっちゃ小さい<浮遊板(フローティングボード)>連れてる子いるよ」

「本当だ!!」

 巻物(スクロール)なんて一体いくらするんだろうと思ったが、後でのぞこうと皆で決めた。

 もし<保存(プリザベーション)>が売られていれば、皆も実家に発送できる。それに、短い時間用や小さいサイズなどでこう言う機会のために安く出してくれているかもしれない。

 

 四人はこの後の動きを決め、「さて」と本題に入った。

「ミノタウロスのおじさん、どこかなぁ」

 ルイディナはあの不気味だったミノタウロスを探した。

 皆で露店を見て回ると、人間種が古本を出していたり、魔幻人(マーギロス)が百万ウールなんて巨額で魔法の調度品を売っていたり、森妖精(エルフ)が耳が尖って見える耳飾りを売っていたり、骨董品を出す店があったり、行けば行くほど面白い。

 

 そして、女性の人だかりを見つけた。

 

 四人はなんとなく、あれではないかなと目を見合わせた。

 顔を覗かせてみると、白い美しい雌の――いや、女性のミノタウロス達が売り子をしていた。

 皆指先が様々な色のマニキュアで彩られている。

 四人は何とか前までくると、値段を確認した。

 一瓶三千ウール。高いが、手が出ないというほどではない。

「ど、どれにします?」

「どうせなら、違う色にしようよ!」

「皆で部屋に集まって使えるものね!」

「賛成賛成!」

 ルイディナは今着けているのが無くならないように昨日塗ってもらったピンクを買うことにした。

「――あら?あなた、もう持ってるんじゃあないの?」

 釣り銭を渡してくる売り子のミノタウロスに言われると、「おじさんが塗ってくれて」と照れくさそうに言った。

「あぁ。――先生!今朝言ってた子!!」

 奥の木陰からゆらりと大きな影が動いた。

 

 昼間の明るい時間に見るミノタウロスのおじさんは、別に不気味でも何でもなかった。

「ふふ、来てくれたんですね。君はきっとお友達も連れてきてくれると思っていました」

「こ、こんにちは!昨日はありがとうございました」

「いえいえ。君がもし、もっとなりたい姿があったらここを訪ねていらっしゃい。――きっと、願いが叶うからね」

 おじさんは小さなカードを渡してくれた。

「……ヘレフォード外科医院」

「えぇ、私はそこの医師です」

「医師って、薬師とは違うんですよね……?」

「ふふふ。仲間ですが、薬師ではありませんね」

 おじさんは周りの買い物ができない人達を思ったのか、ルイディナを手招いて木陰に戻っていった。

「皆、ちょっと行ってくる!」

「分かりましたわ。わたくし達、買い物を済ませてしまいますわね」

 ルイディナは急いでおじさんの後を追った。

「さあどうぞ、問診を始めましょう」

「問診……。あの、医者って神官とも違うんですか?」

「違いますとも。私達医師は賢王の残した知識と、それを元にした手技で人を治します。病気の原因を探り、必要な投薬をし、時には――手術をするんですよ」

「その、手術っていうのがうまく分からなくて……」

「簡単です。痛みを感じさせないようにして――体にメスを入れるんです」

 

 ルイディナはあまりにも野蛮な行為に「ひっ」と声を上げた。

 

「ふふふ、神聖魔導国の皆さんはそういう反応をされる事がとても多い。ですが、低位の魔法によって治らない病気もありますし、医術というものを我々ミノタウロス王国ではさほどおかしなものだとは思っていません。それどころか、高尚なものとすら扱われています。もちろん、魔法が使える者が極端に少ない、そういう事情もありますがね。――けれど、我々は決して神官に劣る存在ではありません。姿形を変えたいと言う願いは魔法では叶わない。幻術なんてものもこの世にはあるらしいですが、そんな凄まじい魔法をかけられるようになる頃には、もしくは好きな時にかけてもらえるだけの財を手に入れる頃には、我々は老人です。と言いつつ、私も半分老人ですがそんな財はない」

 

「……本当に、そんなに良いことづくめなら、どうして神聖魔導国にはお医者さんがいないの……?」

「それは、病気や怪我の治癒の主体に魔法が使われているからですよ。魔法があれば、多くの病気や怪我への知識がなくても全て治ります。医師の知識など不要なほどに神の力とは偉大です」

「やっぱり……魔法ってすごいんだ」

 

「えぇ。えぇ。――ただ、例えば、もしあなたのその鼻を人と同じようにし、耳を目立たないように切って、口元の愛らしいぷっくりとした二つのお山を目立たないように縫い合わせたら、あなたはその姿を失いたくなければ、それが定着する一年程度は治癒魔法は受けられません」

 

 ルイディナは悩む声を上げた。一年も治癒魔法が受けられないなんて、死んでしまわないのだろうか。

 

「――そんなの死んでしまう、と思いましたかな。ところが、我々医師と薬師がいれば、魔法がなくても病気も怪我も怖くはない。まぁ、最も、その昔スレイン州――いえ、旧スレイン法国は森妖精(エルフ)達の耳を奴隷の証として落とし、医師もいない中で傷が定着するまでは治癒魔法を決して施さなかったという仄暗い過去があります。彼らの耳は時にケロイド化した形跡があったり、可哀想に処置を施されていない場合がほとんどです」

「そ、そんな」

「ふふふ、若い方達にはあまり知られていないようですね。ですが、若く見えても森妖精(エルフ)達の寿命は長い。彼らは皆その過去を覚えています。――おっと、話が逸れました。古傷に治癒魔法は届かない、と言う事をお話ししたかったのです。一週間程度のスパンで考えれば、ピアスもその原理で開けられていますよ。ですが、我々医師は古傷に新しい皮膚を付けて治すこともできます」

 

 おじさんはツンツン、とルイディナの手の中の名刺を指差した。

 

「神都の隣でやっています。昨日のところからは乗合馬車(バス)一本。まぁ、今は殆ど森妖精(エルフ)の方々の耳の再生と言っても過言ではないかもしれませんね。他のご用事と言えば、冒険者に入墨をして差し上げるとか、顔に残ってしまった古傷を目立たなくするとか、でしょうか。ミノタウロス王国に本院がありますが、あちらは整形事業でも盛況しています。こちらの皆さんも色々なコンプレックスがお有りだろうに、手術への忌避感が強いんでしょう。代わりに、こうして変われるということをまずは手軽に楽しんでいただいておりますよ」

 

「……一回……一回行ってみても良いですか?」

「ふふふふふふふ」

 

 おじさんが笑う。

 ルイディナの中にぞくりと悪寒が湧いた。

 

「その時には、お代をお忘れなく。麻酔代と手技料をいただきます。肉球を取るなら一つ八万ウール、尻尾を取るなら三十五万ウール、耳を取るなら四十万ウール、口元の矯正には百二十万ウール、そして――鼻の形を変えるなら二百五十万ウールです。全て、別途数日分の痛み止めを出しますし、尻尾など平衡感覚に関わる部位をとる場合はリハビリ指導料もあるので、そちらのお金も必要です」

 

 高すぎる。

 三千ウールのマニキュアとはまるで別世界の値段だ。

「あたし……あたし……」

「ふふ、分かっています。あなたは学生でしょう。もし、私の評判をより良く広めて下さるなら、半額で受け持ちましょう。愛らしい広告塔の為なら、私も全力を尽くしますとも。えぇ。――だから、怪しいところに行ってはいけませんよ」

 

 半額なら不可能な額ではない。

 耳と尻尾を取って、それから、顔のことを考えても良いかもしれない。

「……すごく魅力的です……。でも、まずは毛がとれる薬から欲しい気もする……」

「もちろん置いてあります。うちでやることもできますよ。正直言えばそこからお勧めしたいと思っていました」

 ルイディナは礼を言うと、待ってくれている友人達の下へ戻った。

「いつでもお待ちしておりますよ」

 背中には、悪魔のように優しい声が響いた。

 

 その後、赤ちゃん象魚(ポワブド)の背に皆で乗ってみたり、さらに買い物をしたりしてはしゃぎ回って過ごした。

 ただ、巻物(スクロール)はどれも高く、結局お土産はレオネが茸生物(マイコニド)のパンを買うにとどめ夕暮れが訪れる前に寮に戻った。

 ルイディナの部屋に皆で集まり、マニキュアを並べた。

 レオネが透明を、ヨァナが黄色を、ファーが赤を買っていた。

 

「レオネ、それ、爪を磨くのと同じじゃない?」

 レオネはそれを聞くと、ニヤリと笑った。

「ふふ、無色に見えて?これ、五千ウールもしましたのよ」

「えっ!たっか!!なんで!?」

「ほとんど二本分よ!?」

「ふふ。皆色物ばかりに目を取られすぎですわ」

 レオネはふんふん言いながら爪の先だけにそれを塗って、皆に見せた。

「じゃん!!いかがです!!」

 レオネの爪の白いところはとても細かいラメでキラキラと輝いていた。

「えー!!魔石みたい!!」

「すごい、信じられないね。森じゃこんなの見たことないよぉ」

 ルイディナはレオネの美しい手を取ると「わぁ……」と声を上げた。

 もっと欲しい。私も欲しい。

「ふふ。重ねて塗っても綺麗だって、ミノタウロスのお姉さまは仰ってましたわ。皆さんも使って」

「えっ!五千ウールだよ!?」

 ヨァナの驚きはもっともだ。彼女の掃除の賃金と同じなのだから。

「……まぁ、高いですけど。先っぽだけとか、みなさん大事に使ってくださいね」

「使う!!」

 ルイディナはすでにマニキュアを塗っているので飛びついた。

 これの上からさらにレオネのものを塗ると、もうとんでもなく美しかった。

「……ルイ、大事に使ってと言っているのが聞こえて?高かったんですのよ」

「あーん、ケチケチしないでよー」

 皆せっせと自分で買ったマニキュアを塗り、ヨァナとファーは爪の先にだけほんの少しレオネのマニキュアを塗った。

 

「はー、ミノタウロスの王国ってこんなのが溢れてるのかねえ」

「行ってみたいなあ」

「きっとすごい国なのよねぇ。神聖魔導国よりすごいのかしら?」

「それは無いと思いますけれど、卒業旅行でいってみます?」

「未来すぎて想像つかん!」

 

 皆笑った。

 ルイディナは笑いながら、明日からのバイトの金勘定を頭の中で始めていた。

「――さて、それではわたくしは暗くなる前にそろそろ帰りますわ」

「あ、泊まっていけば?明日もどうせ皆で出かけるでしょ?」

 帰ろうとするレオネをルイディナは当たり前に引き止めた。こんなにキラキラした素敵な時間が終わってしまうのが惜しい。

「ふふ、ありがとう。けれど、父が心配症だから。過保護ですのよね。子供の頃から」

「それに嫌な顔しないで応えてやってるあんたが偉いよ」

「本当はわたくしも鬱陶しいって思ってますの。だけど、わたくしは――模範的でありたい」

「模範的?」

 ルイディナは首を傾げた。子供同士の会話ではあまり聞かない言葉だ。

「えぇ、神官になるんですもの。導かれるべき皆様のために、模範的でありたい。そうあったら、いつか――」

「……いつか?」

「……」

 レオネはどことなく寂しそうに笑った。

「三番手や四番手くらいには、なれそうな気がするの。わたくしなんかでも」

 ルイディナは二人の友人とハッと目を見合わせ、レオネを抱きしめた。

「ば、バカ言っちゃやだよ!!レオネみたいな賢い女がそんなこと言っちゃやだ!!」

「首席があんたのこと見てないわけないじゃん!!昨日だって首席あんなにあんたのこと心配して――」

「レオネだって自分が本命じゃないかって思うでしょ!!」

「……本命」

「そうだよ!!あんたが本命!!」

「思い出しなさい!昨日のことを!!」

 レオネは静かに目を伏せ、頬を赤くした。

 

「……そうですわね。わたくし、物は何もキュータさんから貰ったことはありませんけれど、言葉はきっと、誰よりも尽くしていただいてる」

 

【挿絵表示】

 

「そーだよ!!レオネの元気がなくなったら僕は困るなんて、そんな事言われてる子いる!?」

「いないでしょう!?断じていないわよ!!」

 女子が息巻いていると、レオネは小さなハンドバッグをわしっと掴んだ。

 

「間違いありませんわ!じゃあ、わたくし、本命の女として模範的でいたいのでこれで!」

「よ!模範生!!気をつけて帰れよ!!」

 

 レオネは高笑いして部屋を出ていった。

 部屋にはぽつりと静寂が訪れた。

 

「……レオネ見てると、首席にはやっぱり近付けないって思っちゃうわね」

「私も。素敵すぎるから、いつかちょーっとでもいいから付き合ったりできたら良いなーとか思っちゃうけどさ。あれ見せられちゃね」

「はぁ。わかるわよ、その感覚。首席、私で遊んでくれないかしら」

「うわ、ファー、それレオネに聞かれたら引っ叩かれるよ」

「あんたも似たようなもんだと思うわよ」

「昨日の距離であの顔見たら、そりゃ付き合って見せびらかして歩きたくもなる!芸術連れて歩くようなもん!」

 ルイディナは思う。人の姿なら、自分もちょっとの間でも付き合ったりできたらいいなと願えるかと。

 青春は戦いだ。

「――あたしも頑張る」

 

「んだね。ね、首席の残り香ってもうなくなった?」

「流石にもうなぁい」

 

 ルイディナが残念そうに言うと、二人は笑った。

 

+

 

 楽しい週末もあっという間に終わり、登校の朝。

 レオネはいつものようにロランと校門でキュータを待った。

 

「おはようございます!キュータさん!一郎太さん!」

「キュータ君、一郎太君、おはよー」

「おはよー」

「おーっす」

 

 もはやいつも通りになってしまった挨拶を交わし、皆で校舎に向かう。

 キュータは仮面もフードもしていなくて、美しい髪が靡いてはその笑顔の美しさにうっとりしてしまった。

「キュータさん、顔を出して登校されるのは初めてですわね」

「うん、一応二年と三年のクラス対抗はこれで来てたけど、ちょっと緊張する」

 

 この校門から前庭、校舎へ続くピロティを歩いている間だけでも周りのざわめきはすごい。

 大体はその美しさに、と言うことなのだろうが――神都第一小出身の上級生などの視線の温度が高すぎる。

 顔を見るという機会に恵まれたことに浮かれている様子が手に取るように伝わってきた。

 

 レオネはただ、大丈夫だと伝えたくてキュータの腕をとって撫でた。腕に腕を絡めたが、立ち止まることはしなかった。

「――レオネ?」

「大丈夫。不安になられたら、また仮面をされれば良いだけの話しですわ」

「君は優しいね。ありがとう」

 キュータは子供の頃から変わらない笑顔でレオネを見下ろした。

 同じくらいの背だったのに、もうこんなに大きい。

 組んだ手をそっと離され、キュータがレオネの手を取る。

 まるで結婚式で指輪でも着けてくれるかのような流れる動きだった。

「今日はまた違うんだね」

 微笑むキュータの視線の先はレオネの爪だった。

「……綺麗だと思って?」

「うん、綺麗だよ。似合ってると思う」

 レオネは熱くなった顔で笑った。離された手まで熱くなった気がする。自分からはあんな風に照れずに触れたのに。

「…………だと思いましてよ!よく気付きましたわね。これ、先日露店市で買ってみましたの。皆さんご存知?」

 レオネは買ったばかりの宝物を見せびらかした。瓶に入っているといまいちこの綺麗さが伝わらない気がする。

「ネイルね。うちでもニューロニストって言う子とシャルちゃんって言う子がよく塗ってるよ。いいね」

 横からロランが「シャルちゃんって守護――」と言うと、一郎太がその口をしっかり塞いだ。続く言葉は守護神様?だろう。

「ん、んん〜!」

 

 ロランが苦しそうなので、レオネは一郎太の手をトントン叩いた。

「もう大丈夫。ロランもわかってますわ」

「ん、そうか」

 離されたロランは「え、えへへ。つい」と笑った。

「ロランは昔から抜けてますのよね。成長がありませんわ。ロラン、あなたもっとキュータさんを見習った方がよろしいんじゃなくて」

 ロランは「えぇ〜……キュータ君のこれ見習ってもハードル高すぎるでしょ〜」とぶつぶつ文句を言う。

 一郎太も「キュー様はちょっと異常だからな。カインなんかキュー様のこと超常現象とか言ってたんだぜ」と笑った。

 

 レオネもそれには正直異論はない。

 爪だって、本当の本当は別に気付かれなくてもいいし。素敵な自分でいられていると思うだけで幸せで、そこに気付いてもらえた時に追加のハッピーがあるくらいだ。

 皆でひとしきり笑い、廊下を別れて行く。

 キュータと別れた後、ロランはいつも口笛を吹く。

 今日の曲に耳を傾けようとすると、後ろから「キュータ!!」と大声がした。

 思わずロランと目を見合わせる。この学院で彼を姓や首席でなく名で呼ぶ人は珍しい。

 

 女の子がキュータへ駆け寄り、『だから!あんまりそう言うことしてると泣かせるって言ってるでしょ!』と怒鳴った。

『な、何が?』

『腕!』

『あー、ははは。見てた?』

『全部見てた!ダメでしょ!』

『う、うーん。あれから僕なりの基準はちゃんと出来たんだけどなぁ……』

『……今なんか仮面だってしてないのに、本当に泣かせることになるよ』

 もう、と腰に手を当てる彼女に、キュータは困ったように笑っていた。

 レオネは彼女は一体誰だろうと思った。溌剌とした、はっきり物を言う人だなと思った。

「――ミリガンさんだ」

 ロランが言う。

 レオネは「ミリガンさん?」と言葉を返した。

「うん。一郎太くんによるとキュータ君の気になる人みたいな、そう言うやつらしい。そんなの初めてだよね」

 レオネの頭がガツンと何かで殴られたような衝撃が襲った。

 

 キュータは鞄を勝手に開けられ、中から仮面を出されると、顔につけられてしまった。

 

 彼が誰を好きになっても、彼の自由だ。

 別にバイス組の中の誰かじゃなきゃいけない理由もない。

 そもそも、自分は神官の娘で、神官になっていつか彼に仕える。

 それに、本気で自分が本命だなんて思ったことはない。

 オリビアだって、アナ=マリアだって、イシューだってあんなに素敵な女の子なんだから。

 心の準備はできていたはず。

 

 レオネは数歩よろめくように後ずさると駆け出した。

 

「あ、レオネ!」

 ロランの声に応える余裕もなく走り抜けた。

 信仰科の教室が近付くと皆に挨拶をされるが、全く返事をできる状況じゃなかった。

 ルイディナ達もいたが、立ち止まらなかった。

 校舎と渡り廊下で繋がっている塔に入ると、扉の開いていた準備室に駆けこみ、そのまま置いてあるソファに倒れ込むように泣いた。赤と金の間のハニーピンクの髪がばら撒かれるように広がった。子供の頃は二つに結んでいたが、今はもう着けても精々ピンが一つだ。

 一人で声を上げて泣く。

 

 分かりきっていたし、覚悟もしていたのに。

 

 レオネはいつしか疲れ果てて眠った。

 

 気付いた時には、もう昼休みになるような頃だった。チャイムが響いている。

「……行かなきゃ」

 午後は信仰系魔法の授業だ。目が腫れていようが何だろうが出なくてはいけない。レオネは模範生だから。こんな事では挫けていられないから。誰よりも立派な神官になって、仕えてみせなければならないから。

 

 よろよろと扉へ向かい、扉を引いた。

 ガチリ、と音が鳴り扉は開かなかった。

「……え?う、嘘」

 何度引いても押しても扉は開かない。寝ていたせいで誰にも気が付かれず鍵がかけられてしまったか。

 レオネの脳がサッと冷たくなる。

 扉をたたき、とりあえず人を呼んでみた。

「どなたかいませんの!ねえ!開けて!開けてください!!」

 全く反応がない。

 塔の窓は人が出られるような大きさだが、高いところにありとても届かない。それに、その先は地面が恐ろしく遠いはず。

 窓へ向かっても「誰かー!」と声をかけてみる。

 準備室には薬学科の授業に使われる錬金媒体がたくさん置いてあった。

 しばらく人を呼んで耳をすますが何の音もしなかった。

 また皆がランチから戻ってくるような頃合いに声を上げるしかない。

 レオネはぽつんと準備室で丸くなった。

 

+

 

「……下等生物が一匹見つからない?」

 <伝言(メッセージ)>に出たアルベドが眉を顰めた。

「――そんな事でいちいち御方々のお手を煩わせないでちょうだい。ここにはいないと伝えて」

 

 今日は第六階層のヴィラで守護者も一緒に皆でお食事会だ。

 フラミーにあーんをされるパンドラズ・アクターが幸せにくねっている。そんな姿を不愉快そうに眺めるアインズとデミウルゴス。

 ナインズとアルメリアも楽しそうに双子と笑っていた。コキュートスはナインズの隣で静かに背もたれとなっている。

 シャルティアなんぞは酔っ払い切って――本当は酔わないが――、配膳する自動人形(オートマトン)にメイドの服を着せたりしていた。

 

 アルベドが<伝言(メッセージ)>を切ると、アインズはちょいちょいと指で手招いた。

「何事だ」

「は。大神殿より、ナインズ様の学内下僕が一匹行方をくらましていると」

「えー……ナインズの友人が一人いなくなったと言うことか?」

「そう言う言い方もできるかと」

「時間も時間だが、少し過保護なんじゃないか?そんな事でわざわざ大神殿に駆け込むなんて」

 アインズに過保護なんて言われるとは何とも気の毒な親だ。だが、反抗期の家出に神殿を付き合わせようというのはいかがなものかと言うのはもっともな理論だろう。

「――なんです?」

 フラミーが尋ねると、アインズは一応事態を復唱した。

「九太の友達が一人家出してるらしいです」

「あらら。その連絡なんですか?」

 確認され、やはりアルベドは不快げに頷いた。

 

「はい。何でも、ナインズ様とご一緒ではなかろうかと言っているそうで」

 親二人は視線を一斉に動かした。

 その先では鬱陶しい長い髪の毛をアルメリアにお団子にされるナインズがいた。銀色の髪の毛は何度もさらさらと落ちてしまい、なかなか難しそうだった。

「……全く一緒じゃないなぁ」

「ですねぇ。なんでナイ君と一緒だと思ったんでしょう?」

「全くです。どうもその小娘は――」

「む、むすめ!?」

「女子ですか!?」

 ここまでのんびり構えていた二人は中腰になった。

「おいおい、娘がナインズと二人でこんな夜にって、そりゃおかしいだろ!一緒にいるんじゃって、そんな噂流されたらナインズも困る!!」

「と、とにかく名前はなんですか!?」

 途端に至高のご両親がざわめくと、守護者も子供達も首を傾げた。

 

「なんですか?お兄ちゃまを侮辱した下等生物がいたんですか?」

 アルメリアが尋ねる。

 ナインズは苦笑した。

「今日顔出して学校行ったからなぁ。やっぱりダメだったかなぁ」

 のんきな様子はまるで女子と夜遅くまで遊ぶ男には見えない。

 

 アルベドは「――名は、レオネ。レオネ・チェロ・ローランでございます」と告げた。

「レオネ?」

「レオネちゃんなの!?小学校の頃からのお友達じゃない!地図取ってきます!」

 フラミーはせっせと立ち上がり、転移門(ゲート)を開くとヴィラを後にしてしまった。

「九太の友人達の周りには念のため死の騎士(デスナイト)を多く配備しているし、まさか誘拐ではないとは思うが……」

「誘拐?レオネがどうかしたんですか?」

 ナインズはこてん、と首を傾げた。

「家に帰っていないらしい。男友達の話だと思って報告を聞いていたんだがな」

「え?レオネがこんな時間に?おかしいな……」

「お前もそう思う性格の子なのか?家出や非行は――って、お前の友達にはいないな」

「い、いません。でも、何で?」

「分からん」

 アインズがピシャリと言い切ると「全知全能じゃないの?」とナインズは何故かがっかりしたように言った。

 違います。

 

「ナインズ様?全知全能なのと、全生物の個を把握することは違う事でありんすと言うわけでございんしょう」

「うーん、それはそうなのかなぁ」

「そうでありんす。拾ってきた蟻をケージに入れて管理したとしても、その蟻の掘る巣穴がどんなものかは拾った者には分かりんせんことでありんすわけでありんす」

 シャルティアがもっともらしいことを言う。

 アインズはこほん、と咳払いをした。

「全知全能は置いておいてだな、何かそのレオネちゃんの持ってる物とか知らないか?」

「レオネの持ち物……」

 ナインズは考え込むと「あ」と声を上げた。

「今日はレオネ、ネイル持ってました。ネイルポリッシュ」

「……九太、お前<物体発見(ロケート・オブジェクト)>は使えるか?第六位階なんだが」

「使ったことないです」

 アインズは悩む。ネイルポリッシュが何だかよく分からないので使えるならナインズに使ってほしかった。だが、もし皆がありふれて持っているものだと反応だらけになって個人を発見することは難しい。

 それに、これでナインズに新しい魔法を使わせみて習得できてしまうとそれはそれでもったいない。そんな魔法よりいいものを取らせたい。

 アインズは種族として得た特殊技術(スキル)"黒の叡智"を持つ者が行えるイベントをこなすことによって自らの魔法習得数を増加させてきたのであれこれ取りまくったが、ナインズにそれは難しいだろう。

 ナインズが未修得の第六位階なら<大治癒(ヒール)>だってある。あれはあると便利だし、何より怪我をしないか心配しないで済む。

 ――過保護だった。

 

 フラミーが神都の地図を持って戻ってくる。

 ナインズはフラミーを見上げた。

「母様、レオネはネイルポリッシュを持ってたんだけど……探せますか?」

「皆持ってるものじゃダメだよ。神都中のポリッシュ見つけちゃうでしょ。よっぽど、三十個とか持ってるなら目印になるけど」

 アインズの予想は当たった。

「……そっか。父様、理解が足りなくてすみません」

 ナインズが素直に謝る。多分、彼は自分がズレた返事をしたから、「君、<物体発見(ロケート・オブジェクト)>使える?聞かれてる意味分かってんの?」と言われたと思ったのだろう。

 違うのに。

 

「……気にするな。学べばいい」

 

 こんなこと、息子相手に言わなきゃいいのに。アインズは言ってから心の中で泣いた。ここに守護者達がいなければ「いや、父ちゃんネイルポリッシュが何だか知らないんだよ」と言ったのに。きっとナインズは「ははは、全知全能じゃないんですか?」と笑ってくれたのに。

 ナインズはしおらしく頭を下げていた。

「何か、レオネちゃんしか持ってないもの知らないの?魔法の指輪とか、魔法の髪飾りとか」

「ち、ちょっと一太に聞いてきます」

「焦らなくても、多分怖い目には遭ってないからね」

 

 そうは言われても、レオネは家出をするタイプでも、遅くまで道草を食うタイプでもない。イシューなら少しそういう可能性も浮かぶが。

 ナインズの中で誘拐の字が徐々に大きくなってくると冷や汗が出た。

 

(で、でもなんでレオネが誘拐されんの?僕か?僕が顔を晒したからか?ナインズ・ウール・ゴウンの友達だと思って誘拐された?だとしたら、身代金とか言われんのか?)

 

 湖畔のすぐそこに建つ一郎太の家を叩く。

『うん?誰だ?』

 中からは一郎の声がした。

「ぼ、僕です!ナインズ!」

 途端にドタドタと大きな足音が聞こえ、扉が開いた。

「ナイ様、どしたの?」

「一太!レオネがいなくなった!!レオネしか持ってないものって、なんか知らない!?」

「え、えぇ!?ナイ様も気付かないようなことに俺が気付けるわけないですよ!」

 扉の向こうで一郎太の後ろに立った一郎がごちん、と頭に鉄拳をおろした。

「一郎太!ナインズ様がお気付きにならないようなことに気がつくのがお前の役目だろうに」

「父上、んな無茶なぁ……」

 一郎太が不憫でナインズは若干笑ってしまった。

「は、はは。いや、そんなことは無いんですけど、でも、分かった。僕探しに行ってくる」

「え?どこに?」

「神都!!」

 

 ナインズは第六階層を駆けた。

 

「<伝言(メッセージ)>――あ、母様!せっかく地図出してもらったのにすみません!レオネしか持ってないもの、僕どうしてもわからなくて!え?こないだの栞?それはオリビアとアナ=マリアなんです。だから、ちょっと神都見てきます!はい!失礼します!」

 

 第七階層へ下ると、手のひらサイズの小さな悪魔達がナインズを見上げた。

「こんな時間にごめんね、ちょっと通してね」

 悪魔達はキュウキュウ声を上げ、案内するように鏡へ駆けた。

 そして、その後ろから「――おーい!ナイ様ー!」

「一太!」

「神都いくなら俺も行きますよ!」

「ご飯食べてたのに悪かったね」

「いーよ。帰ってきてまた食べるからさ」

 二人はせっせと走り、大神殿を抜けた。

 

 神官達がひれ伏すように頭を下げる。

 そして、その中の一人が「殿下!」と呼び止めた。

「――あ、はい!」

「ローラン嬢のことは!?」

「アルベドさんから!レオネの父様はいる!?」

「こ、こちらに」

 レオネの父親ならレオネしか持っていないような特別なものを知っているかもしれない。

 これが一郎太なら"王の馬蹄"を探せば見つかるし、オリビアやアナ=マリアならブックマークを探せば見つかったのに。

 神官がいそいそと案内した先で、懐かしいレオネの父親が顔を上げた。小学校卒業までの間、いつも学校に来て応接室でお昼を食べるナインズ達を見守ってくれていた。卒業以来、初めて会った。

 

「おじさん!」

「で、殿下!申し訳ありません!もしや殿下がおそばにいてくださっているのではないかと」

「ご、ごめんなさい。レオネはうちにはいなくて」

「い、いえ。そんな。はぁーあのバカ娘。一体どこに行ったのやら……」

「おじさん、何かレオネしか持っていないようなものって知りませんか?それがあれば、母王陛下が見つけてくれるって」

 神官達の中をざわりと空気が揺れる。「陛下のお力を使うほどか……?」という声が聞こえると、ナインズはそちらへちらりと視線を送った。

「私の望みだ。子から母へ友を探して欲しいと言うことの何がおかしい」

 慌てて神官は頭を下げた。

「し、失礼いたしました」

「いい。お前のいうことは一理ある。私も理解はしている」

 神の大切な奇跡をそんなことにと思ってしまうことへの忌避感や気持ちはよくわかるのだ。

 だが、レオネの父親が悩みに悩んだ結果の答えが「わ、私が持たせた万年筆くらいしか……」という言葉と共にその奇跡は行使されないことが決まった。

「……曖昧すぎるかもしれません。やっぱり、ちょっと街を見てきます」

 ナインズが部屋を後にすると、一郎太は後ろで「すぐ見つかるよ。あいつ不良じゃないから」と父親を慰めてから追いかけた。

 

「あ、ナイ様顔!それじゃまるきり陛下ですよ!服も!!」

「――あ、ごめん!腕輪頼む!」

「はい!」

 ナインズの顔には亀裂があるし、髪の毛もお団子状態で銀色のままだった。そして、ナザリックでは当たり前に着ている父親のお下がりの魔法のシャツを来ていた。肩や胸元に色々飾りは付いているが、魔法の装備だと重さや鬱陶しさを感じないのでナインズの普段着と化している。

 身体にすぐに低位の幻術を掛け、腕輪を着け直すと二人は街へ飛び出した。

「レオネの行くような場所ってどこだ!?」

「カフェと学校……大神殿くらいしか思い浮かばないですね!?」

「はー!僕ら、あの子の何を見てたんだ!?」

「いや、色々見てたけど無理でしょ!?」

 二人の足は早かった。

 

 とりあえず一番に女子寮を訪れた。

「すみません。夜分遅くに失礼します。レオネ・チェロ・ローランって来てませんか?」

 女子達は目を丸くしてナインズを見た。ちらりと前髪に触れ、ちゃんと幻術がかかっていることを念のため確認してしまった。

「あ!首席!!」

「わ、すごい素敵なシャツ」

 それは先日レオネといた友人、またの表現をするなら爆風の目の前になりそうだった子だ。

「あ、君達、レオネっている?」

「いないの……。さっきもレオネがいないか神殿から人がいっぱいきて……でも、いないの!」

「レオネ、今日朝に学校来てたはずなのに授業にも一つも出てないのよ!!」

「朝からいなかったのか!?僕は一緒に登校したのに!」

「ねえ!レオネどこ行っちゃったの!?あの子、サボるような子じゃないんだよ!!」

「そうよ!模範的でいたいって昨日もそう言って、遅くならないうちに家に帰るって言ってたのに!!」

 ナインズは混乱しかけていたが、二人の頭をくしゃりと撫でた。

「大丈夫、必ず見つけるから。優しい君達がレオネのそばにいてくれて良かった」

「……首席」

「わぁ……」

「――行こう、一太」

「はい」

 

 二人は寮も後にした。

「なんであいつ授業も受けてないんですか?あの後帰ったの?」

「帰れてないから今いないんだろ。訳がわからないよ」

 とりあえず誰もいない学校に着く。

 警邏の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)しかいない場所だ。

「なんか不気味ですね」

「はは、ナザリックに暮らしててよくそういう感想が出てくるなぁ」

「えぇーナイ様不気味に思わないの?」

「皆がいてくれると思うと安心するよ」

「歪みの森でおもらししたくせにー」

「それは二の丸!」

 ナインズは校舎へ駆けた。

 

 朝の足跡を辿るように進む。

 ナインズの到着に気が付いた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が扉を開く。

「いらっしゃいませ」

「や。夜に悪いね」

「とんでもございません。私は外の警邏の者なので、すぐに内部担当が参ります」

「ありがとう」

 

 扉はすぐにバタン、と閉められた。

 

「さて、今ここには生きた者はいないはずだ」

「……ナイ様怖いこと言わないでくださいよぉ」

「ははは。一太、そういうキャラだっけ?」

「俺は生きてないの嫌なの!!訓練の時に倒しても第六階層には全然いないの!野良がいたら嫌なの!!」

「はいはい。そうなんだね」

「そーなの!!」

 ナインズは笑ってから腕輪を一郎太の手に乗せ、魔法を唱えた。

 

「<生命感知(ディテクト・ライフ)>」

 

 瞳に生命の反応が映る。

「どう?」と顔を覗かせた一郎太が邪魔で押し返した。

「たくさん小動物の反応が――あれ?いるかも。こっち」

 

 二人は信仰科の教室の方向へ向かって駆けた。

 

「なんでこんな時間に学校いんだ?」

「分かんない。授業サボったから落ち込んでんのかね?」

 

 教室の前すら駆け抜けると、二人はますます首を傾げた。

 

 そして、渡り廊下を抜けて塔に入る。

 ナインズは初めてくる場所だった。

 

「この部屋かな?」

 

 扉を引こうとしたが、ガチャン、と鍵が鳴るばかりだった。

 すると、向こうから『だ、誰か!誰かいますの!!』とレオネの声がした。

「なんだ。もう見つかった」

「ほんとだね。――レオネ!僕だよ!!開けてあげたいんだけど、鍵がないからもう少し待って!!」

『キ、キュータさん?なんで……?』

「なんでって、君がいなくなったって大神殿から連絡があったから心配で探しにきたんだよ」

 ノブを一度離すと、一郎太と頷きあった。

「いちいちごめんね」

「全然」

 一郎太は腕輪を受け取ると、自らの腕にそれを通した。

 

「<飛行(フライ)>」

 ナインズはふわりと浮かび上がると、渡り廊下から空へ出た。

 この塔は湿気を逃すためなのか窓が全て開いているのが外から見えた。ガラスのはまっていない、ただ穴が空いている外気に晒されているタイプの窓だ。人が通れる程度の広さではあるが、ここから出れば普通は落下して死ぬし、この壁を登って侵入するような者もいない。

 

「――レオネ」

 窓から中を見下ろすと、準備室の真ん中にはスカートを花のように開いたレオネが目に涙をいっぱい溜めて座っていた。

「キ、キュータさん……」

「流石に参ってるね。暗くて不安だったでしょ。お腹も空いたんじゃない?」

「……腹ペコですわ……」

「うん、帰ってなんか食べようね」

 レオネの前に降りると、レオネはふと目を逸らした。

「……キュータさんに連れ帰ってもらうなんて、申し訳なくてできませんわ」

「なんだそりゃ。レオネは好きでここにいるの?」

「好きではいません。ただ、居眠りしてたら出られなくなってしまっただけです」

「ははは、君らしくないね」

「……えぇ、そうかもしれませんわ」

 

 ナインズは首を傾げた。

「思ったより元気ないね。らしくはないけど、居眠りくらい誰でもするでしょ?」

「……ですわね」

「怖かったの?」

「……怖かった」

「うん、暗いもんね。さぁ、もう出よう」

「……はい。……ご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんかじゃないよ。とにかくレオネが無事で安心した。誘拐とか、何かあったのかとか、もー焦ったよ。……肝が冷えるってああいう感じかな?こういう思いはもうしたくないって思ったよ」

 喋りながら、自分がいかに焦っていたのかナインズは自分で改めて思い知った。

「申し訳ありません……」

「良いよ。無事だったから。また元気な声も聞けそうだ。――あ、そうだ」

 

 ナインズは座るレオネの前にしゃがむと、ごそごそと自分の持つ無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)に手を入れた。この無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)はアインズが一つ譲ってくれたものだ。

 ショートカットキーに登録したら簡単に物が出せるとかなんとか言っていたが、父王の言葉は時に理解不能だ。

 

「これ、レオネに渡しておくよ」

 ナインズは飴くらいの大きさの赤い魔石を一粒取り出した。窓から落ちる月の光が当たると、床に映った魔石の陰は不思議と花の形をした。

「正直、これはどこにでもあるような、誰もが持ってるような物じゃない。君は高価だって怒るかもしれないけど、またこういうことになった時に僕が焦りたくない。すぐに見つけられるように、持っておいて」

 レオネは目を見開いた。

「な、なんですの。い、いけません、受け取れませんわ」

「お願い。素材そのままで申し訳ないんだけどさ。目印」

「め、めじるし……」

「本当はもっと早く見つけてあげられるはずだったんだ。僕の力不足。悪かったね」

 これはこの間オリビア達に渡した栞を作った際に持ってきて並べて悩んだうちの一つの魔石だ。これで今後万が一ナインズ・ウール・ゴウンの友人だと言って誘拐されるようなことがあればすぐに見つけられる。

 

 レオネの手を取って握り込ませる。跪いてうやうやしく、という感じではない。無造作にしゃがんでいるナインズはちらりとレオネを見上げた。

「怒った?」

「お、怒りますわ……。こんなに高価なもの……。あれだけいけないとお伝えしたのに……」

「はは。君のこと守るためだ。仕方ない。あ、危機的状況以外の時には別に場所探知したりしないから安心してね」

「……バカ……」

 魔石を抱きしめるレオネがいうと、ナインズは「初めて言われた」と笑った。

 

「さ、こんな所もう出よう。二度と変な所で昼寝はしないこと」

「はい」

 ナインズが手を伸ばすと、レオネはそれを取ることを躊躇った。

「どした?」

「……あ、い、いえ。これは、あの、ミリガンさんもお持ちで?」

「ミリガン嬢?あの子が持ってるわけないでしょうに」

 友達ではあるが、自分の正体も知らない町娘に渡すわけがない。ナインズは、「あ、でも」と言葉を続けた。

「イシューや他の皆にもなんか渡しておいた方がいいよなぁ。ペンとかの方が持ち歩きやすい?レオネもペンかブックマークにする?」

「いえ!わたくしはこちらにします!」

「そう?そのままだけど、気に入ったなら良かった」

 

 よっこらせ、とレオネを横抱きにして立ち上がる。

 レオネは子供のように軽かった。というか子供と変わらない。

「き、き、キュータさん!?」

「<飛行(フライ)>で出るからあんまり暴れると危ないよ」

「で、でも!でも!!申し訳なくて!!」

「別に。そうしなきゃ出れないんだから気にしなくていいよ」

「そ、そしたら朝に迎えにきて頂くんで結構ですわ!わたくしあなたに悪くてこんな格好じゃいられないの!!」

「レオネ、うるさい……。大体ここに一人で置いて行けるわけないでしょ。朝になってドアが開くのを待つんだとしたら、僕までこんなところで一晩寝なきゃいけなくなる」

 レオネはしゅんと小さくなった。

 

 静かになると、二人は<飛行(フライ)>で窓からそうっと出た。

 ヒュオッと風が吹く。レオネは「ひ」と声を上げてナインズの首に縋った。

「落とさないよ。レオネもそれ大事に持っておいて」

「は、はい……」

 渡り廊下に戻ると、一郎太は「はー、やれやれ」とため息を吐いた。隣にはいつの間にか死者の大魔法使い(エルダーリッチ)。大量の鍵の束を持っていた。一郎太に言われて往復でもしたのか、まさに今鍵を差し込もうとしていたところだった。

「お待たせ。はい――レオネ、もう足着くよ」

「え、えぇ。助かりましたわ」

 そっと下ろすと、レオネの足には力も入らずそのまま崩れて床に座り込んだ。

「あ……あれ?あれ?わたくし」

「高かったから腰が抜けたかな」

 ナインズはレオネを抱え直した。

「俺が持ちましょうか?」レオネは物か。

「いや、一太もまだご飯食べてる途中でお腹空いてて可哀想だから。レオネ軽いし大丈夫」

「でもそいつ、そのままじゃ人間に戻れなくなりそうだけど……」

「なんだそりゃ」

 

 二人が歩き出すと、後ろにはふよふよと死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が付いてきた。

「――御方、申し訳ありません。こんなところに人間の小娘が残っていたとは」

「いいよ。君たちの仕事は外からの侵入者の警戒なんだから。入ってて動けない存在相手じゃ仕方ないよ。実験用の魔法動物だっているんだから」

「ありがとうございます」

 

 三人が学校を後にすると、庭には神官達やレオネの友人達が集まっていた。

「あ、皆いるよ。良かったね」

「え、ほ、ほんとですわね」

 後ろで扉を閉める死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が「私が大神殿へ連絡いたしました」と静かに仕事の成果を報告した。

「あぁ、ありがとう。よくやってくれたね」

「は」

 深々と頭を下げた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はハッピーそうだった。

 

「レオネー!」

「レオネあんたどこいたのよー!!」

「レオネ良かったよー!!」

 友達たちが走ってくると、レオネは「ち、ちょっとお昼寝を……」なんて恥ずかしそうに言った。

「――っこのバカ娘!!一体何人に心配をかけたと思ってるんだ!!そ、それに!それに!!」

 なんと言えば良いかわからないようで、お姫様抱っこの状態の娘と神の子を指差した。

 その様子をどう受け取ったかは分からないが、レオネの友人達は父親とナインズの間にすぐに割って入った。

「ち、違います!!首席は――この男子生徒はレオネを心配して迎えに来てくれたんです!!」

「この人は悪くありません!!」

 そんなことは分かっているだろう。

 レオネの父はなんというべきか困り果て、黙ってしまった。

 多分彼は殿下にご迷惑ばかりかけて、抱えられて出てくるなんてバカ娘、そう言いたかっただろうに。

 

 夜の騒動は幕を閉じた。




オリビアちゃん、正妻の座が揺らいでいる!頑張らないと!!同じ学校は強い!!
ちなみに男爵一回言っていいっすか?アガートちゃん、田舎娘だしちょっと身の程弁えて欲しいっすよね。(?

レオネ、美人になったね( ;∀;)

【挿絵表示】


次回!明日!!
Re Lesson#15 模範生と落第生
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