アガートは一人で
その頭の中には、あの時にアガートに責められて泣きそうになったレオネの顔が張り付いていた。
「……レオネちゃん、いい子なんだなぁ……」
何も知らないのに、彼女が彼を心配する気持ちを踏み躙ってしまった。
彼女はきっと、本当にあの人の身を案じていたのだろう。
どうやったら皆にあの人が誰であるかを伏せて生活させてやれるか、いつも考えていたのかもしれない。
だから、自分の本当の姿を知る彼女はあの人にとって特別だったのだ。
(……オリビアちゃんも知ってるのかな)
それはどうだろう。学院に通う為に、昔馴染みにそっと打ち明けたのかもしれない。
だとしたら、知っているのは一郎太とカインとレオネだけか。もしくは、ロランも知っているかどうかと言うところかも知れない。
だって、オリビアもロランも、レオネやカインのように彼に丁寧には話さないから。オリビアなんて、あんなに爛漫に話しかけていたのだ。
アガートは夜の神都を眺めながら、視界が歪んではぽろぽろと目から輝きが落ちるのを止められなかった。
自分にももっと早く教えて欲しかった。
そうだと分かっていれば、初めて会った時だってあんな失礼な事は言わなかったし、仮面を勝手に取ったりだってしなかった。
私のままでいればいいと言ってくれたのに、あなたはあなたのままでいてくれないなんて。
アガートはもう顔を上げられなくなると一人展望席で泣いた。
談話室の楽しげな声を全て振り払って三階にある部屋へ一気に上がると、ベッドの上で泣いた。
レオネはお高く止まっていたんじゃない。いつもあの人相手に失礼にならない言葉を、あの人の横にいても笑われないだけの態度をちゃんと選んでいた。
自分がしてきた無礼の数々を前に、自分が脈ありだとか、本命だとか、全てが恥ずかしくて、情けなくて、心の中はぐちゃぐちゃだった。
全部やり直したい。
全部全部。
最初から素敵なお嬢さんで会って、愛らしく笑って見せて、「君には僕の本当のことが話せるよ」と言ってもらえるような時間に変えたい。
許すことは教えだ。
あの人はアガートの全てを許すだろう。ただ、そもそも許されるような事になりたくなかった。
アガートが声をあげて泣いていると、遠慮がちなノックが部屋に響いた。
「……だ、だれ……?」
もしかして、あの人が。
そう思っていると、顔を出したのはレイだった。
「大丈夫っすか?さっきはせっかく旦那捕まえて飛び出したのに……」
旦那という呼び方を聞くと、アガートはまたわんわん泣いた。
「あぁあぁ……。追いかけてきたお嬢に取られたんすか?落ち着いて落ち着いて……。何があったのかこのレイ様に話してみなさいな」
「き、きゅーた……きゅーたがぁ……」
言えない。言ってはいけない。
夕日に照らされて金色に見えた優しい瞳と、レオネの友達のために必死になってその身分すら明かした真剣な真実の金色の瞳が頭の中で交差する。
アガートは大変なことに気がついた。
「わ、わたし、わたし……あの人に大好きだって言っちゃった……!言っちゃった!!」
「そ、それで……旦那は、君とは付き合えないって……?」
彼は何も言わなかった。ただ、真意を探るようにアガートの瞳を覗き込み、アガートがそれに見惚れただけ。
「私じゃ手なんか届かないって思い知らされたぁ」
「あれま。最初からあんたさんにゃちと分不相応だって分かってたでしょうに。何を今更。とにかく振られたわけじゃないんなら、まだ何とかなるっすよ。好きだって伝えたけど、付き合おうとかは言ってないんでしょ?」
「言ってないぃ……」
言ってしまえば良かったのに。誰でもないあなたを誘ってしまえば良かったのに。今となっては、そんなことは恐れ多くて言えるはずもない。
部屋に次のノックが響く。
アガートとレイは扉へ振り返った。レイはアガートの背をぽんぽん叩くと扉へ向かった。
「へい、どなたっすか?」
ちらりと開けた先には、大量の女子がいた。
そして、彼女達は一斉に口を開いた。
「「「「「首席があんたに会いに来た!!」」」」」
「こんな時間にまた誰か家出ですか!?」
一番年配の
ナインズは苦笑混じりに頭をかいた。
「い、いや。えーと、ちょっと個人的にアガート・ミリガン嬢と話をしたくて……」
「個人的に?明日じゃいけないんですか?」
「ちょっと急用なもので……」
「……いけません。この間の事は仕方がありませんが、こんな時間に女生徒を呼び出すなんて非常識です。私達はここの子達をご両親から預かっているんですよ」
「それはそうなんですけど……どうしても一言だけ」
「あなた、スズキ君でしょう?あなたは今一番将来を期待されているんですよ。噂はここまで届いているんですからね。――これはあなた自身のためでもあるんです。おやめなさい。変な間違いと問題を起こしでもして、噂でもされてみなさいな」
だが、明日からの平穏無事な学院生活のためには――
「そこをなんとか、五分だけダメですか?」
「いけません。なりません。ここは別に男子禁制と言うわけではないんです。日中にまたいらっしゃい?こんな時間ではやましさを感じられても仕方がないわ。それに、こんな時間まで女の子のお尻を追いかけまわす暇があったら、あなたは今日までの中間考査の自己採点でもなさい。きっとまた満点とはいきませんよ」
「ははは、ごもっともです」
「もう。仕方のない子ね、分かっているなら早くお帰りなさい。――ほら、そっちのあなた達も入るなら早く中へ。中間考査が終わったからって依頼バイトでもないのにこんな時間まで男の子とほっつき歩かない。どんなに誠実そうに見えても男の子は男の子なのよ」
そう言われたのはレオネとルイディナだ。レオネは別にここの人間ではないが、一応返事をした。
そして、扉が閉まる時「――大丈夫ですわ。わたくしとルイに任せて」レオネが小さく言い残してくれた。
パタリと扉が閉められると、ナインズはこんなもんかと引き返した。
「キュー様、レオネが行ったし平気でしょ」
「ん、そうだね。今回の反省を活かして、僕は名前を呼ばれるまで、もう二度と自分が誰なのか言わないぞ」
「そうした方が良さそうですね。前みたいにしらを切り続けた方がいいらしい」
一郎太は苦笑していた。
「それにしても、さっきのあれ良かったね」
「さっきのあれ?」
「門前払いっていうのかな?こんな風に扱われるの初めてだ。すごい新鮮だった」
「ははは!キュー様何言ってんですか!」
二人で笑っていると、ふと隣の敷地にある男子寮の窓から『スズキ、振られてやーんの!!』と誰かがやじを飛ばした。窓を開けて様子を見ていたらしい男子達がドッと笑い声を上げる。
ナインズは「もー!」と声を上げてそちらを睨んだ。
「だからそう言う話じゃないってーの!!」
『おー!こえー!第三位階飛んでくるぞー!!全員避難しろー!!』
窓が一斉に閉められる。こう言う時の男子生徒達の訓練されたような動きは一体何なんだろうか。ナインズはぷんすか怒っては楽しそうに笑った。
「はは、ナイ様、良かったね」
「へへへ。本当楽しい。でも……ちょっと疲れたなぁ」
「そらそーだ。頑張った頑張った。おーよしよし」
一郎太はナインズがまだ赤ん坊の頃、立てもしないくせに自分の後を追いかけてきて指をしゃぶっていた姿を思い出して笑った。
「やっぱあの赤ちゃんなんだなぁ」
「え?何の話?」
「いーや、こっちの話」
一郎太の方が半年遅く生まれていると言うのに。
無為に時間を過ごしていると、ふと三階の窓が開いた。
そして、ひょいとレオネが顔を出す。
「キュータさん!一郎太さん!こちらですわ!」
「――あ!レオネ!」
「やっぱ、レオネが行ったから平気でしたね。ナイ様、魔法使う?それとも――行ける?」
「当然行ける。僕を誰だと思ってんの」
「俺の頼りないご主人様さ」
二人はひひひと仲の良い笑い声を上げた。
一郎太は両手を組んで地面に片膝をつくと、「ん」とナインズに顎をしゃくった。
「悪いね」
「別に!飛ばしますよ!!」
「頼む!!」
一郎太の手に足をかけ、パチンコのように一郎太から繰り出される反動と共に一気に高くまでジャンプをする。完璧なお互いの力加減によって、トッ、と窓辺に降り立つことに成功する。
無事の着地を見届けると、一郎太も手近な木へ走って木と塀を乗り移りながら後を追った。
ただ、一郎太の着地と同時に一瞬ミシリと出窓が鳴ると、二人は「うわ」と声を上げた。ナザリックにある物ではあり得なかった現象に肝が冷えた。
「……キュータ……」
「や、やあ。ミリガン嬢。なんか変な来かたしてごめん。下から入れてもらえなくてさ」
部屋の中には緊張した様子のルイディナとレオネ。それから、アガートとレイがいた。
何だかんだと女子の部屋だし、皆もうるさく言うのでナインズは部屋には入らなかった。窓辺に座り、部屋の中に振り返ることで済ませることにした。一郎太は蹄を平気で窓辺に降ろしているが、彼は魔法の馬蹄を着けているので足の裏だけは汚れる事はない。それが行儀としてどうなんだと言う事は置いておいて、彼の最善だ。
「ミリガン嬢、僕らちゃんと話しておいた方がいいと思って」
「ぼ、ぼくら……。う、うん、そうですよね、うん!」
落ち込んだ表情のアガートに生気が宿る。胸の前で手を組み、どことなく敬虔な信徒のような雰囲気があるが、ナインズは本題に入った。
「うん、それで、僕のことなんだけどさ。できれば、伏せておいてもらえるとありがたいんだけど」
「あ……。そ、そのこと……。はは……そりゃ、そうですよね……。あなたの……こと……。言いません……絶対に……誰にも……」
ナインズは途端にほっとした。一郎太と二人でニコニコ笑顔で頷き合った。
「そっか。ありがと。悪いね、まさかあんな事になるとは思わなくて。また今度埋め合わせさせてほしいな。また
「……そんなの、良いですよ。悪くて……。今日も私が悪かったのに……」
「……ミリガン嬢?」
「あの、キュータ――さん。私、本当は違うんです……。本当はもっと、もっとちゃんとしてて……それで……失礼な事だってしないし……分かってればちゃんと一郎太がいる事だって……何も言わないし……」
アガートが何かを言うたびに、ナインズから笑顔は消えていった。
「ち、ちょっとアガート?何言ってんすか?スズキさん、そんな事言われたいんじゃないんじゃ……」
あぁ、これがナインズだと知られると言う事なのだ。
自由を手にしようと誘い出してくれた人は、最も不自由な存在になってしまった。
彼女は父に全てを忘れさせてもらった方が良いんじゃないかと思った。
ナインズはあの夕暮れの彼女の「キュータ、大好きよ」という言葉の持つ意味の種類を考え、それを放棄した。
「ありがとう。それじゃ、僕はもう行くかな。レオネ、君も寮生じゃないしここから行く?」
「宜しいの?」
「腰が抜けなければだけどね」
「もう。一回体験してるんですから見くびらないで下さいませ。――ルイ、じゃあわたくしも帰りますわ。また明日学校でね。明日はまだ考査の結果は返って来ませんけど、一緒に自己採点しますわよ」
「ひ、ひぇ〜〜!!」
「ま、わたくしも大した点数のものはありませんけどね」
ナインズは一郎太に腕輪を渡し、レオネに手を差し出した。
「気を付けて」
「ありがとうございます。……でも、重くありません?」
無くしてはいけないものをナインズは大切に抱えた。
「羽みたいに軽いよ。一太も来る?おぶろうか」
「いいよ。俺は自力で上がってきてるし自力で降りる」
「はは。遠慮しなくて良いのに。――じゃ、掴まっててね」
レオネはあの日のようにギュッとナインズに掴まり、首の横に顔を埋めた。
「――レオネ、僕は君を、君たちを大切にするよ」
「っえ?あ、あの――」
ナインズは<
こらー!!はしたないわよー!!と寮から
男子寮からは『行けー!走れー!』とやはり野次が飛んだ。
「やべ!走るぞキュー様!」
「はは!やっぱり追いかけっこって楽しいね!」
「ち、ちょっと!キュータさん!謝った方が良くてよ!!あなた
優しく下された瞬間、レオネはナインズに手を引かれて駆け出した。
見慣れたはずの神都はまるで別世界。
レオネが隣を走るナインズを見上げると、流星の中にいるようなナインズはすぐにそれに気がついて笑った。
ナインズの足は速く、レオネでは足がもつれてしまう。
転ぶかと思うと、ナインズはまたレオネを抱えて走った。
三人はあっという間に大神殿に着き、大笑いした。
夜になって湿る芝生に転がり、空を見上げた。
「――またレオネパパ切れるぜぇ」
「ふふふ、お二人が一緒だと知ればすぐに手のひらを返しましてよ」
「はは!神官は皆都合がいいからなぁ」
そう、神官は――信徒は皆都合がいい。
ナインズがダメなのかと凄めばそれだけで良いと言う。
道を間違えそうになっても、彼らは絶賛してナインズを送り出そうとする。
それは、例え一秒前まで友達だったとしてもそうなりかねない。
ナインズは冷たい芝生から起き上がると、隣に寝転ぶレオネを見下ろした。
「レオネ、君の感覚は僕に必要だ。君はどうかいつまでも君のままでいてほしい」
一郎太と喧嘩した日にしてもらったように、走って乱れた髪を撫でてやると、レオネは顔いっぱいの笑顔で答えた。
「当然ですわ!わたくし、誰よりもうるさい神官ですもの!!」
そして、案の定大神殿でレオネパパは狼狽えていた。
「れ、レオネぇ〜〜!!」
「もう、本当に暑苦しいんですから」
「殿下ぁ、もう本当に毎度毎度申し訳ありません。うちのバカ娘が……。で、でも……殿下と一郎太くんとご一緒なら、正直安心します。また連れて出掛けていただいても構いませんので」
ぺこぺこと何度も頭を下げられ、ナインズと一郎太は笑った。
「ははは!ナイ様、今日なんか
「えぇ!?も、もー……。神殿に勤めたことのない人間はこれだから」
「良いんです。僕にはそれが必要ですから。だから、父王陛下と母王陛下もこうして僕を外に出してるんです」
ナインズにはあの叱責も、門前払いも大変心地よかった。これは庶民感覚というやつだろうか。
「じゃ、僕らはこれで」
「んじゃなー」
「また明日、校門で待ってますわ!」
ナインズと一郎太が手を振り、返すレオネの表情は清々しかった。
レオネパパは大変嬉しそうだった。
「二人とも!!寮を逢引きに使わない!!」
「当たり前のことでしょう!!特にミス・ローラン!不可抗力だったとはいえ、あなたはこの間時間外学内待機騒ぎを起こしたばかりだと言うのに!!」
翌日、朝からクレント教諭の部屋に呼び出されたナインズとレオネは大変肩身の狭い思いをしていた。二人の前には、当然クレント教諭と、レオネのクラスの神官のミズ・ケラーだ。ミズ・ケラーの髪はほとんどが白髪で、グレーの頭をしていた。
一郎太は廊下で夏の抜け毛をフッと吹き飛ばしていた。
「あの、逢引きってわけじゃ……」
ナインズが困り果てる横でレオネは顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。
「スズキ君!君のする事は殆どのことが目を瞑られると思うけど、今回はハッキリ言って節度を持つように言わざるを得ない!!私もお父上やお母上をこんな事で学院に呼び出す訳にはいかないんだよ!!」
「そ、それは……はは、そうですよね」
スズキ・サトルと机を囲んだことがあるジーダ――クレント教諭と、腕輪を外したナインズを見たことがあるフールーダはこの学院での理解者だ。フールーダもそれを分かってジーダをナインズのクラスに付く高弟にしたのだろう。
そのクレント教諭が神様達相手に「お宅の息子が夜に女子寮から女の子を攫って出かけた」なんて言うのはさぞ居心地が悪かろう。
ナインズが想像して苦笑していると、クレント教諭は眉間を押さえた。
ミズ・ケラーも頭痛がするようだ。
「はぁ……。ミス・ローラン、あなた……。別に神官が純潔でいろとは言いませんけれど――」
「ち、ちょっと!!ミズ・ケラー!!変な想像はやめてくださいませ!!」
外で一郎太が咳き込むのが聞こえてくる。ナインズは手を上げた。これはナインズのせいでレオネが侮辱されているようなものだ。
「先生。それは流石に彼女に悪いです。彼女は昨日、人間になるために外科手術を受けて耳や尾を落とそうとする友人のために必死になっていました」
二人の目が驚きに歪む。万が一にも変な噂を立てられてはレオネがあまりに可哀想だ。それくらいなら多少真実を話した方が良い。
「僕が手術を望む子の説得のために使った手段が少し強引だったから、彼女はそれの尻拭いをしに女子寮へ行ってくれました。窓から連れ出したり、僕がした事は間違っていましたが、彼女がする事はいつも人のためです。彼女はきっと大神殿に仕える良い神官になる。どうか彼女の事は誤解しないであげてください」
「……外科手術というのは、ルイディナ・エップレのことですね。近頃様子がおかしいので気を付けて見ていましたが……」
「そうです。彼女は昨日、耳を落としていました」
「……はぁ。本当に。――ミス・ローラン、選択を誤った学友を助けたはずの旧友が助け方を誤ったから……あなたは仕方なく誤った方法で過ちを正した。そして、誤った方法で連れ出された。そうなんですね」
「……その通りですわ」
「全てが誤っているとお分かりですね」
「えぇ……。今となっては。ただ、その時は皆必死で――」
「そうでしょう。あなた達は若いから目の前の友情にいっぱいいっぱいになってしまう。だから、何か困ったことがあったと思ったら私達教員を頼りなさい。自分達だけで何かを解決しようとするには、あなた達はまだまだ未熟です。例え第三位階まで行使できようとも、スズキ君、あなたもまだ子供なのです。いいですね。私達はいつも守られるべき生徒達、導かれるべき子供達の味方なのですから、少しは信用なさい」
ナインズとレオネは目を見合わせると素直に頷いた。
「はい、先生。すみませんでした」
「申し訳ありませんでしたわ。ミズ・ケラーのおっしゃる通り、わたくし達いっぱいいっぱいでしたの」
「わかれば宜しいです。ただし――」
「「ただし?」」
二人の声が揃う。
ミズ・ケラーは涼しい顔で告げた。
「私はミス・ローランの家に門限をきちんと定めるように手紙を書きます。遊ぶ時間にはゆめゆめ気をつけるように。よろしいですね」
「えぇ!かまいませんわ!わたくし、本当は夜遅くまで歩き回るようなはしたない真似しませんもの」
レオネもナインズも笑った。
さて解散かなと思われたところ、クレント教諭はコホン、とひとつ咳払いをした。
「私は正直神官でもなければ本業は教員でもないけれどね。君達を正しく導きたいとは思っているんだからね。――スズキ君」
「はい、クレント先生」
「君、一応今回の女子連れ出しの罰も兼ねて信仰科に少し行ってきてくれるかな。信仰科の魔法学の授業だけで良いからね。実は対抗戦の頃から教員の中で話は上がっていたんだよ。私自身、三年次の時には師について下級生の授業へ手伝いに行ったし、在学中に第三位階まで使えると割とある話なんだ」
「あ、あの、でも先生……僕……」
「何かな?」
「――先生、キュータさんは一人では行かれませんわ。なんて言ったって、側仕えがいないと何もできないおぼっちゃまですもの。ね」
レオネがウインクすると、廊下から覗き込んでいた一郎太がピースした。
あれから数日経った放課後、ワルワラはこそこそとスズキの後をつけていた。
「ほーう?書店か?」
ワルワラのストーキングの原因は、今日貼り出された考査の結果にある。
帰る前にワルワラがスズキの襟首を掴んでガクガク言わせ、一郎太が引き剥がし、決闘しろだのなんだの言い、周りの生徒は大笑いだった。
結果の貼り出しは実技と筆記でそれぞれ行われ、どちらも一番上にはキュータ・スズキの名前があった。
とは言え、ワルワラは実技は上から三番目だった。二番目には他所のクラスの亜人王になると目されるナーガの男子。四番目はペーネロペーで、クレント教諭は随分鼻が高いようだ。
(ちっ、何が今度はワルワラがトップだと思うよーだ!)
スズキの実技などは、満点の点数の隣に一年の課題外だった第三位階の点数がプラスで書かれ、満点とかそう言うレベルではなくなっていた。
このままでは絶対に追い越せない。
いや、追いつくことすらできずに卒業だ。
(……スズキ、俺はお前がどんなもんを食って何をしてどんな研究をしてんのか絶対突き止めてやるからな)
何が「またまぐれだよ」だ。何が「ヤマが当たったかなぁ」だ。
物陰から睨むワルワラからはメラメラと火が上がるようだった。
カサカサとゴキブリのように書店に近づき、ガラス越しに中を覗く。
(お前が読んだ本は俺も読むからな!!)
中ではスズキが違う学校の女に話しかけている所だった。
(こんな所でまでナンパしてんじゃねぇ!!本はどうした!!本は!!)
ワルワラはヤキモキして様子を見た。
スズキは鞄から本を一冊取り出すとそれを女に渡していた。それは小説だ。
ワルワラはフィクションは読まないが、フィクションも読んだ方が良いのかと一応心のメモに書き留めた。
ふと、スズキと一郎太が同時にこちらを見た。
(あ、危ない所だった……)
ギリギリで隠れる。通行人の目が痛かった。あの二人、たまに野生動物のように勘がいい。
こんな時第二位階の不可視化が使えれば便利だが、ワルワラの使える魔法ではない。
また書店を覗こうとしていると、道の向こうからカインとチェーザレが来るのが見えた。
慌てて店舗の影に隠れる。
チェーザレは神都食べ歩き仲間だ。
二人はやはりこの書店に吸い込まれていった。
確かにここは学院からほど近い。皆ここで参考書を買うのかもしれない。今度、食べ歩きではなくてこう言う事も教えてもらった方が良さそうだと思った。
しばらくすると、書店の扉が開く音がし、皆でどこかへ移動を始めた。
(女子のナンパには成功したのか。――ん?よく見るとあの女達は見覚えがあるな)
二人は対抗戦の時にレオネと共にスズキに差し入れを持って来た女達のはずだ。
ははーん。と言うことはあの女達も神都第一小。
ワルワラはこっそり後を付けた。
ぞろぞろと向かった先は大神殿の前庭で、皆で芝生に座ってお喋りに興じているようだった。
場所取りでもしていた様子の、信仰科のレオネやら薬学科の友人、全くワルワラの知らないボーイッシュな女子や赤毛の男子やらもいて、輪は大きくなっていた。
(……無為な時間を過ごしやがって。まぁいいだろう。今は精々楽しむんだな)
スズキを放埒の渦に叩き落とすことを第二使命に掲げているワルワラはスズキが遊び呆けることには大賛成だ。
奴は普段は穏やかだが、時に思い悩むような瞬間がある。
友達のそう言う顔は何となく胸が痛むものだ。
ふと、スズキが立ち上がった。
(ん?)
視線の先には中学に上がるか上がらないかくらいの子供――いや、あれは
一瞬
スズキと手を振り合い、握手をして二人でまた芝生に座る。
他の友達そっちのけで二人はしばらく話し込んでいた。
(……ほーう。なるほど。そう言うことか。
中間考査の結果でも話しているのかもしれない。
よく見ると、
今度紹介してくれと頼んでみよう。多分、スズキは能天気に「いいよ!」と言うだろう。
二人は友人達の輪の中へ戻りまた話を始めた。
そして、スズキはカバンの中から何本かの万年筆を取り出すと、皆に配った。
魔法の効果があるようなうっすらとした光が灯っている。カインも受け取っているので、今度見せてもらおうと思った。
皆感激しているようだ。レオネと他の二人の女は貰えていなかったが。
「あぁーーん!!」
ふと、子供の泣き声がして皆振り返った。
女児は転んだようで、<
軽い物にしかかけられない第一位階の生活魔法だ。浮遊時間はおよそ二時間ほど。実用性はあまりない。
流石に魔法が掛けられた生き物なので値段としては高いが、浮かび終わってもペットとして飼えるので人気のある土産ものだ。
食べ物は何でも食べるし、もし飼うのに飽きたら下水に放り込んでやればいいらしい。万が一こうやって逃げ出されても、彼らはいつの間にか自分を捕まえている紐を溶かして食べ、適当な下水で生活を始める。
(……取ってやりたいけど、あんな高さじゃなぁ……)
ワルワラは眩しそうに
その視界に人影が入る。
(あぁ――そうか。あいつがいたな)
『危なかったね。気を付けて持つんだよ』
そう言っているのが手に取るようにわかる。
離れた所で見ていたらしい親も駆けつけて礼を言っている。
スズキが土のついたスカートをはたいてやり、膝の皿の小さな怪我まで治してやると女児はスズキの頬にキスをした。
(お前は本当に優しいなぁ。モテ男が)
大変微笑ましい光景に、周りの神官達もその様子を見て頷いていた。
早くスズキを放埒の渦に叩き落とさなくては。
夏季休暇には一緒にスルターン小国に行く約束もしているし、楽しみだった。
スズキは友人達の輪に戻ると、一郎太にいつもの腕輪を渡されて通し直した。
最初の頃はあれが魔力を高めているのかと思っていたが、どうも魔法を使う時は外すらしい。筋力を高める腕輪ではないかともっぱらの噂だ。
ふと、入学式の日に校門にいた女がスズキの髪に触れる。<
(――んん?)
ワルワラは目を凝らした。
校門女子が髪を触るたび、見えるものがあった。
スズキの耳は、ほんの少しとんがっていた。
(――そう言うことか!!)
あいつ、何とのハーフなのかクォーターなのかは知らないが、純然たる人間ではない。
どうも魔法がうますぎると思った。あの黒髪と黒目からは一致し辛いが
もしや年齢もかなり上で、第四位階まで使う?
クラス対抗の最後に一瞬放った雷撃系の魔法が何だったのか分かった者はおらず、本人に聞いても「夢中だったから何をやったか覚えてないんだ」ばかりだった。
結局第二位階の<
だが、自分が
ワルワラはスズキの生まれにまた思いを巡らせた。
(俺だって
(ま、放埒の渦だな。放埒の渦)
何か新しい遊びでも教えてやるかと決めると、ワルワラは茂みから立ち上がった。
帰ろう。
そう思って足を踏み出すと、「おーい」と声がかかった。
「ワルワラー!」「もう帰るのかー!」「一緒に座ってくかいー!」
スズキと一郎太、カインが手を振っている。
「……気付いてるならもっと早く声かけろ!!」
ワルワラは知らない連中だらけの中に飛び込んだ。
「よ!お前何やってたんだ?」
「よう、一郎太。ちょっとスズキの強さの秘密を探ってみようかと思ってな。まぁ、こいつが何者なのか察しがついた所だよ」
スズキの旧友たちは目を見合わせたようだった。
だが、スズキは何故か楽しげにワルワラを見上げた。
「ふふふ、面白いな。ワルワラ、僕が誰なのかあててくれよ」
「ふん。お前、
「僕は十六だよ。耳はたまたま生まれつき。そういう誤解を生むから隠してるの」
「なにぃ!?じゃあ、やっぱりお前はただの天才なのか!?」
「も〜まぐれだってばぁ。天才はワルワラの方じゃないかぁ」
「嫌味か!まぐれで二回もトップになる奴がいるか!!こいつ!!」
「っうわ!」
ワルワラが脇腹をくすぐりだすと、スズキは芝生の上に転がって大笑いした。
スズキは何か吹っ切れたような感じがした。
その後、
あぁあ、アガートちゃん予選敗退ですねぇ。
大人になってからの友達ってちょっとややこしいのかなぁ!
サニタリースライム風船ほしい!!
本日閑話だったので、明日も更新します!!
Re Lesson#18信仰科出張
お膳立てができたから次の人は本当に地獄に叩き落としたいんだ❤︎