眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#18 信仰科出張

「――スズキ君、そろそろ移動してくれるかな」

 庭で魔法実技の授業中、クレント教諭はそう言ってナインズの肩を叩いた。

「クレント先生、一太を連れて行って大丈夫なんですよね?」

「いいよ。君は確かにおぼっちゃま(・・・・・・)だからね」

「はは、すみません」

「こちらこそ。一郎太君は授業に出られなくて悪いね」

「構わないっすよ。よそのクラス面白そうだし!」

「良かった。私はこの授業中はここにいるけれど、授業が終わった後は省に戻るから、何か困ったことがあったら二人ともミズ・ケラーに相談するように」

「はい!」

「へーい」

 

 クレント教諭が周りの生徒の様子を見にいくと、ワルワラとカインが集まった。

「そういえばお前、女子連れ去りの罰で信仰科に改心させられにいくんだっけ」

「キュータ様の――首席の相手のお姫様は誰だって噂になってますねぇ。僕らなんかはあれがレオネだったって分かってるけど、他の皆はそうもいかないわけだ。――面倒なことになりましたね?」

「はは、レオネだって噂にならなくて良かったよ。変な噂立てられたら可哀想だから。それに、信仰科の方に行くのは教科書もいらないみたいだし、適当に炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)でも喚んでうまいことやっとくよ」

 随分夏も近付いてきた。ナインズが脱いでいたローブを肩にかけて「じゃね!」と駆け出すと、一郎太も「また昼飯で!」と後を追って行った。

 

「……第三位階の天使召喚が適当にうまくやるってどういうことだ」

「それは子供の頃から一緒にいる僕でも流石にそう思う」

 ワルワラが自分の短杖(ワンド)で眉間をぐりぐり押し、カインも苦笑した。

「あ、そういえば、カイン。お前のその万年筆ってなんだったんだ?」

「ん?これ?」

 胸ポケットから取り出した万年筆は博物館に置いておいた方がいいんじゃないかと思えるような工芸品だった。

「――永遠にインクが無くならない魔法の万年筆さ。簡単にいえば、もっと勉強しろって事だね」

「ははは。あいつにしちゃずいぶん厳しいな」

 二人はおかしそうに笑った。

 カインは「心配しすぎだって分かってるんだけど、皆の身の安全のためにどうか」そう言って渡された大切な友情の証を胸に戻した。

 周りと共に二人は授業の続きを受けた。

 

+

 

「さぁ、スズキ君、一郎太君。ご挨拶を」

 ミズ・ケラーが促す。

 ここは神都魔導学院で一番広い階段教室で、今は信仰科一年全クラスが集まっている。

「キュータ・スズキです。特進科から来ました。大したこともできないんですけど、今日はよろしくお願いします」

「同じく特進科から。俺は一郎太。魔法が一切使えないからそばで見学するように言われてきました。お願いしまーす」

 

 学年の――いや、学院のアイドルの登場に信仰科の女子が黄色い声を上げ、男子は若干つまらなそうにした。特進科だって授業中だろ、と。

 

 特に、リ・エスティーゼ州エ・ナイウル市から来たリシャール・フラッツ・リイル・エクスナーは「ふん」と鼻息を飛ばした。

 リシャールは神都の魔導学院に合格以来、自分は港湾都市エ・ナイウルの中でも上から何番目かに幸運な男だと思っていた。

 自己採点では落ちていたが、なんとか魔導学院に滑り込みを果たしたのだ。入ってしまえばもはやこちらのものだ。

 リシャールの家は元貴族で、祖父は昔エ・ランテルへ戦争に行った。帰って来て以来祖父は非常に熱心な光の神の信奉者になったらしい。全てはまだリシャールが産まれる前の話だ。

 リシャールは兄や姉と共に、祖父に連れられてよくエ・ナイウルの光の神殿に連れて行かれた。

 ジャンド・ハーンの家にも連れて行かれたし、オペラにもなっている「紺碧の鱗」などは覚えてしまうほど見に行ったものだ。

 

 だから、リシャールの子供の頃の夢はオペラ歌手か俳優だった。劇場を駆け回り、数えきれない人々の喝采を浴びる。

 その夢を持ったのは兄も同じだった。兄は十六の頃小さな劇団に入って俳優になり、今も別にパッとしない三文劇場の三文役者だ。おかげでリシャールの中での俳優という職業への憧れはほとんど消えた。

 

 それに、あの時の祖父の落胆と言ったら。

『誰か一人は神官になってほしいものだねぇ』

 子供の頃からそう言われ続けたのに。

 

 姉は今年州立高校を上がるが、漁師の男と付き合っているのでそのまま浜の女になると言っている。せっかく州立高校まで上がったと言うのに、体たらく二人組なのだ。

 

 リシャールは兄や姉とは違って現実が見えている男だ。

 役者なんかになったって大して稼げないし、将来性は低い。

 浜の男なんかダサいし疲れる。何より喝采を浴びれない。ジャンド・ハーンのように名を残す男にはなれない。まぁ、ジャンド・ハーンだって陛下が手を差し伸べてくれただけのつまらない男だが。

 

 勉強だけは比較的得意だったので、州立魔導学校も、州立高校も、私立高校も、リ・エスティーゼ州の魔導学院もあちこち受験した。

 幸い元貴族の家柄なだけはあって金はあった。

 ナイウーア市長とも祖父は懇意にしているくらいだし、神殿への寄付額も相当なものだろう。

 

 魔法もゼロ位階の生活魔法を二つくらいしか使えないが、面談での熱心さが伝わったのか、想像より筆記がうまく行ったのか、信仰科にだけかされる小論文課題に書いたジャンド・ハーンの話が効いたのか。

 とにかくリシャールはこの栄えある神都魔導学院に合格を果たした。

 下から数えた方が早いような順位だったようだが、それが貼り出されるわけでもなく、リシャールはでかい顔をしてここで秀才と肩を並べているわけだ。

 祖父も両親も皆鼻が高いとリシャールを送り出してくれた。

 

 秀才達と歩みを共にする男、リシャール・フラッツ・リイル・エクスナー。

 

 気分はもはや秀才そのもの。いや、事実自分は秀才や天才なのだ。最高の学院生活だった。

『いやいや、僕は平均的さ』

 そう言ってリシャールはクラス内で確固たる地位を築き始めていた。考査の結果だって上位者しか貼り出されないのだから、そこから下がどうなっているかなんて誰も分かりやしない。

 この中間考査の結果もギリギリ補習を免れたようなところだったが『また平均男になってしまった』と言って皆の前でおどけて見せた。

 

 だというのに――この首席とか言う男。

 入試だけでなく今回の考査まで全てトップ。

 信じられなかった。

 そもそも自分より目立つ男という生き物が嫌いなところに加え、慎みのない男も大嫌いだった。

 入学式では顔を隠していたし、「まぁそう言うガリ勉もやし野郎もいるんだろう。声だけはいいようだ」くらいに思っていたと言うのに。

 あの顔!

 女どもの甘いため息にも反吐が出る!

 

 今も、やつは気取って夏服のローブに袖も通さずに肩にかけている。シャツもボタンを上から二つくらい開けていて、「すみません、魔法実技で庭から走って来たら暑くて」なんて言っている。

 汗を拭いて胸元をバサバサ言わせるだけで女子が色めき立つ。

 

(俺こそがその場所にふさわしいといつか教えてやるんだ!未来を見通せずに、今ちょっとできるだけの男に靡く女達の見る目のなさを知らしめてやる!どうせあいつの力はここが頭打ちだ!絶対にお前の家庭教師とやらを俺が雇ってやるからな!!せいぜい今だけの天下に酔いしれろ!!)

 

 金だけはある。

 こんな良い案を思い付ける者が他にいるだろうか。

 誰も彼も能天気に授業を聞いてばかりに違いない。

 そもそも、リシャールだって能力はあるはずなのだ。それを開花させる術に今まで出会えていなかっただけ。そうでなければ国中で最も優秀な者達が通う神都魔導学院に通い続けられる訳がない。

 

(流石は俺だ。無駄な努力はしない。最短の努力で駆け上がる。絶対に有能な家庭教師を付けて、期末考査には女どもをキャアキャア言わせてやる。そして、この夏季休暇には――ふふふ)

 

 リシャールは体内に熱を感じ、よだれをふいた。確実に来るであろう輝かしい未来に思いを馳せていると、ミズ・ケラーの声が響く。

 

「さぁ、本題に入りましょう。理論の説明はスズキ君が来る前に十分にいたしましたね。事前に話していた通り、これより皆さんには私達神官の力の(すい)の結晶である治癒魔法をお見せいたします。――そのためには、癒す傷が必要です」

 首席を噂していた者達の声が止み、ノートにペンを下ろしていた者達はごくりと唾を飲んだ。

 その役目には絶対選ばれたくない。

 皆ミズ・ケラーから目を逸らしているようだ。

 

「スズキ君。よろしいですね?」

「はい、先生」

 ミズ・ケラーを先生と呼ぶなんて、こいつは中位の神官をなんだと思っているんだろう。信仰科の教師達は教師である以前に中位の神官達で、まずはそちらにたいして敬意を払うべきだろう。

 二人が教室の真ん中から少し離れていく。階段教室なので、皆首を長く長くして覗き込んだ。

 二人が杖を抜くと、教室の前の方でそっと手が上がった。

「――ミス・ローラン、何か?」

「申し訳ありません……。ミズ・ケラー、まさか怪我を負わせますの……?」

 やってやれとリシャールは思っていたが、邪魔が入った。

 それはレオネ・チェロ・ローランのものだ。

 彼女は平等な性格が評価できる。いわゆる分かっている女なのでリシャールの隣に置いてやってもいい。

 教室で話しかけても「素晴らしいんですのね。わたくしもそのようになりたいわ」と微笑んでくれる。

 大神殿に仕える神官の娘らしく、基本的には品行方正。

 ただし、しょっちゅう窓から外を覗き込んで首席を呼んでいるのが玉に瑕だ。

 

 ミズ・ケラーは優しげに微笑むと首を振った。

「大丈夫ですよ。すぐに治すと言っても、私たちは決して生徒を傷付けるような事はしません。安心して見ておいでなさい」

 レオネは軽く礼を示してから座った。

 何か動物でも使うんだろうかと思っていると、ミズ・ケラーはひゅんと杖を振った。

 

「<第二位階天使召喚(サモン・エンジェル・2nd)>!」

 

 階段教室にやわらかな光が満ち、教室の真ん中に天使が降臨した。

 ほとんどの者が天使を生まれて初めて見るだろう。階段教室に拍手が満ちる。素晴らしい魔法に思わずリシャールも拍手した。

「――ふぅ、ふぅ……。ふふ。ありがとう。ただただ年の功だわ。恥ずかしいわね。あなた達はもっと若いうちにこれができるようになるかもしれないんですよ」

 リシャールは自分が天使を引き連れて街を闊歩する様を想像した。きっと、皆が大神官だと手を合わせるのだろう。それはオペラ歌手になったり劇団俳優になるより気持ちのいい事ではなかろうか。

 

 第二位階とは言え、かなりの力の消耗だったようでミズ・ケラーは席にかけた。

「その天使は守護の天使(エンジェル・ガーディアン)です。――さぁ、では、スズキ君。次はあなたの番よ」

 

 なるほど。疲れているミズ・ケラーの代わりに首席が魔法で天使を傷付け、他にもこの教室にいるクラス受け持ちの神官であるミスター・ヴェリンやミスター・バッティ、ミズ・ベレズネフが回復魔法をかけていくと言う算段か。

 リシャールは納得するとペンを噛んだ。ゼロ位階に攻撃魔法があれば、リシャールでも出来たのに。

 

 首席は守護の天使(エンジェル・ガーディアン)の方へ向けて杖をツン、と細かく動かした。かなりいい杖を使っているようだった。

 

「――<第三位階天使召喚(サモン・エンジェル・3rd)>」

 

 ドッと光とも炎とも付かないものが目を焼く。

「っうわあ!!」

 リシャールは思わず頭を守るように机に伏せて頭に教科書を載せた。

 そうっと教科書から階段下を覗き込む。

 そこには鎧そのものから光の翼を生やしたような天使がいた。

「あ、あれも……天使……」

 いや、それより、今やつは第三位階と言ったか。

 教室中がどよめく。

 それぞれのクラスに付いてくれている神官達すら唸っていた。

 

「素晴らしいです。もっと早くあなたに来て貰えばよかったわ。――皆さん、これは炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)。第三位階によって呼び出すことのできる天使です。この頂にまで至る事は非常に困難。私も初めて目にしました。スズキ君、あなた信仰科に来たらいかが?」

「いえ、僕にはとても神官は務まりません。本当に神官の皆様には頭が下がる思いです」

「あなた程の大神官にそう言われては皆肩身が狭いわ。きっとあなたはいつか最高神官長や、陽光聖典の隊長にすらなれる人になるというのに。……やはり、魔導省での出世がお望みかしら。男の子ですものね」

「はは、そう言うわけでもないんですけどね。きっと将来、神殿機関には所属すると思います。いつかここに席を並べる皆さんとも神殿で会える日が来ると思います」

「楽しみにしています。皆さんも、科が違うとは言え素晴らしい学友に恵まれましたね。――さぁ、では私の守護の天使(エンジェル・ガーディアン)が帰還してしまう前に、皆に治癒魔法を見せましょう」

 

 ミズ・ケラーはもう一度首席へ促した。

 

「天使にやらせてくれますね。私は癒しの力しか持ちません」

「はい、気を付けさせます」

「まぁ。不遜だこと。ほほほ」

「あ、す、すみません」

 

 それはつまり、首席の天使が本気を出してミズ・ケラーの天使を霧散させないようにと言う気遣いから出た失言だ。

 どこまで高慢ちきな男なんだろう。

(……だが!だがしかし……!第三位階の天使とはぁ……!!)

 家庭教師を取ったとして、リシャールにそこまでの力があるとはあまり思えない。

 それとも、正しい訓練を積めばなれるのだろうか。

 少なくとも首席よりすごい人間はたくさんいるはずだ。魔導省から来ている特進科の教師達は第四位階という遥かなる高みにいる者も多いはず。

 それなら、リシャールにも不可能とは言えないかもしれない。

 ペンを持つ手がギリリと鳴った。

 

守護の天使(エンジェル・ガーディアン)、すぐに治して貰えるからね。――炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)、やってくれるね」

 優しい声だった。まるで我が子に話しかけるかのよう。

 女子がまた「わぁ……」だのなんだの言う。

 

 次の瞬間、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は手の中に十字の炎の剣を呼び出し、守護の天使(エンジェル・ガーディアン)の光の翼を切り落とした。

 守護の天使(エンジェル・ガーディアン)は傾き、ガシャン!!とひどい音を立てて教室の真ん中で床に落ちた。切り離された翼は点滅したかと思うと光の粒となって消えた。

 そこで、ようやくミズ・ケラーは立ち上がった。

 

「さぁ、私は第二位階の治癒魔法を使います。――<中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)>!」

 失われたた天使の翼が元の場所に現れ、ジジジ……と音を鳴らして本体と何とか繋がり合おうとしている。くっついていないので天使が宙に戻ることはなかった。

「このように、あまり大きな怪我の時は第二位階でも治す事は難しいです。天使の場合、こうして完全にくっつくこともありません。人であれば傷痕が残ったり、その部分が動かせないこともあります。ですが、第三位階であれば――さあ、治してあげてください」

「え、僕もかけるんですか?僕には荷が重いと言いますか……」

「あなた、使えるんでしょう?分かっていますよ。ミス・エップレの耳はとても綺麗に治っていますからね」

「あ、あはは。なるほど……」

 

 何の話かわからない。リシャールはちらりとルイディナを見た。

 ルイディナは最近顔まわりや指だけ毛抜き薬を使っているのか随分と綺麗だ。獣感がない。

 レオネの隣で、ルイディナは恥ずかしそうにもじもじと耳を撫で付けていた。

 

「<重傷治癒(ヘビーリカバー)>」

 

 天使の羽は完全に繋がり、再び天使は宙へ上がった。

 教室に拍手が満ちる。

 取り巻きのミノタウロスも一緒に拍手をしているし、気に入らなかった。

 

「まさしく、喝采にふさわしい力でしたね。――さて、天使は血を流さないので、今回第一位階の<軽傷治癒(ライトヒーリング)>は使いませんでしたが、これが生きた人々であれば、まずは<軽傷治癒(ライトヒーリング)>で止血をする事です。痛みも和らぎます。神殿には毎日何人もの病気や怪我に苦しむ人が訪れています。その度に第三位階で完璧に治すことは難しいでしょう。例えスズキ君が神官として仕えたとしても、怪我の様子を見て第一位階を使う必要があります。魔力は無限ではないですが、救いを求める人々の数は数えきれません。大切な魔力を使うタイミングを見極めるという事も、神官には必要不可欠な能力なのです。時には責められることもあるでしょう。しかし、訪れる人々全てを哀れんで、過度な施しをするような事は避けるのです」

 

 生徒達は思い思いにノートを取った。

 首席は「じゃあ、僕はそろそろ」と教室を後にしようとした。

 

 しかし、ミズ・ケラーはにこやかに告げた。

 

「では、続いて第二位階で治る程度の傷を付けさせてください」

 

+

 

 授業も終わると、階段教室では首席を賞賛する声が方々から聞こえて来ていた。

 リシャールは「ふん」と鼻を鳴らし、片付けを進めた。

 

 確かに目の前で実際に見せられた魔法はただ単に教科書をなぞるより余程感触として残った。

 だが、気に入らないものは気に入らない。

 

 階段教室を降りていくと、皆出ている天使をまじまじと観察させてもらっていた。

 もちろん、ミズ・ケラーもそこに座って質問に答えたりしている。

 リシャールもぐるりと守護の天使(エンジェル・ガーディアン)を見させてもらった。人っぽい見た目じゃないんだなと思う。

 授業中に「代わりに戦ってくれる自分だけの守護者」という説明もあったくらいなので、天使とは言え、彼らも優しいだけの存在ではないのだろう。

 

 続いて炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)も見て回ると、レオネ達が首席と話していた。

「すごく良い授業でしたわ。わたくし、天使って初めて見ましたもの。何だか感動しました」

「首席!やるんだねぇー!うちはパパもママも聖騎士だけど、家じゃ出してくれないし、パレードの時に遠目にしか見た事なかったよ!まぁパパは出せないけどさ!」

「貴重な時間だったわ。あなた、本当になんでもできるのね」

「何でもなんてできないよ。でも、皆の役に立ったみたいで良かった」

 キザったらしい笑みだった。

 

 リシャールは「け、気取ってやんの」と吐き捨ててその場を離れた。

 

 あいつの鼻を明かしてやりたいが、良い方法が思いつかない。

 廊下でぶつかってやろうか。

 そう思っていると、首席も教室を後にするようだった。

 忘れ物をした体でいこうと決め、リシャールは教室の中に駆け戻った。

 ドンっと肩にぶつかる。首席は驚くほど踏ん張る力が強かった。

 尻もちをつかせてやるつもりが、尻もちをついたのはリシャールだった。

「――あ、君。ごめんね。よく見てなかったよ。大丈夫?」

 あたりにリシャールのペンが散らばる。

 リシャールは何でちゃんとペンケースを閉めていなかったんだと心の中で自分以外の誰かを責めた。

 首席が拾って集め始めると、周りから「優しい〜」「手伝おっか!」と人が寄ってくる。

 すぐにペンは全て集められ、首席はリシャールにペンケースを差し出した。

「立てる?痛いところはない?」

 一瞬首席に甘えたくなったが、横から「紳士だよねぇ」と聞こえてくると、リシャールの頭には一気に血が昇った。

「――っ!うるさい!!お前のせいだ!!」

 ペンケースを踏んだくって駆け出す。

 何人かがくすくすと笑い声をあげているのが聞こえた。

 

 許せない。

 リシャールは今笑ったやつも含めて、心の中で天罰を下してくれるように神に言いつけた。

 その時、ぞわりとリシャールの背中に何か影が張り付いたような気がした。

 

 昼食どき、友人のヴァレン・シュミットと学食に来ると、人集りを見つけて不快感に息を吐いた。

「何怒ってんだぁ?」

「ふん。さっき教室を出る時に首席にぶつかられたんだ。嫌なやつさ」

「あんまりそう言う話を聞かない奴だと思ってたけど、結局そんなもんかぁ」

「そうさ。自分の取り巻き以外にはそう言うことをするつまんないやつなんだ。あいつの底が知れるよ」

 ガチャンと食事を置いて席に着く。

 

 首席を取り囲む人集りはプライドのない信仰科の奴ばかりで、男女を問わなかった。

『今日はもう魔力使い切っちゃったから』『何日かに一回しかあんなの出せないよ』『今はもう<水創造(クリエイトウォーター)>ひとつ……ほら、出ない……』と声が聞こえてくる。

 それはそうだ。第三位階の魔法をあれだけ使って余裕がある方がおかしい。

 ざまぁみろと思っていると、リシャールの隣の机に女子が座った。

 あの輪に突撃しないのは誰だ?とリシャールは隣を確認した。

 レオネ、ルイディナ、ヨァナ、ファーだった。

 彼らは教室を出る前にすでに首席と話していたので、わざわざあれに参加する必要はないのか。

 リシャールはもっと賢い女達に隣に座って欲しかった。

 

「ありゃー、首席また一段とすごいことになってんね。あれ上級生もいるでしょ?」

「噂が広まるのは早いものね。ワルワラ君が天使と戦わせろとか言い出さないか心配よ」

「い、いいのかなぁ……。首席君のお食事の邪魔して」

「いいに決まってますわ。そんなに特別扱いすることなくてよ。単なるよくできる男子一人に何をそんなに気を使う必要があるんですの」

 

 レオネの台詞はリシャールとヴァレンを振り返らせるには十分だった。

 二人は顔を寄せて小声で話した。

「おいおい、ローランは首席の信奉者じゃなかったのか」

「俺がぶつかられたのを見て現実がわかったのかもしれん。確かめてみよう」

 リシャールはふんふんと鼻息を吐いた。

 

「――んん。あー、ローラン。首席を特別扱いするのなんて馬鹿らしいよなぁ?勉強できるってだけで、あんなに囲まれて。ほっときゃ良いと思うだろう?」

 ヨァナは「げぇ……」と言った。こいつは聖騎士の家の娘らしく野蛮だ。神官のくせに剣や弓を振り回す。授業が終わると週に二回程聖騎士の見習い講座に出ているらしい。

「エクスナーさん。わたくしもそう思いましてよ」

 レオネが言うと、リシャールは顔をパッと明るくした。

「そ、そうだろう!!ふふ、俺たちは前から話が合うと思ってたんだ!」

「あら、そうでしたの?わたくし知らなかったわ」

「そうか!これからは仲良くしてやってもいいぞ!!」

「ありがとうございます。では」

 

 レオネはすぐに食事に戻った。

 リシャールの中に勝利の感情が湧き上がった。

 こう言っては癪だが、強い者が自分より弱い相手にぶつかると言う事がこれほど野蛮であると人々を失望させるとは。

(……ふふ。首席、貴様の居場所はすぐになくなる。覚えてろ!)

 リシャールは食事をとるレオネをしげしげと観察した。賢い女だ。

 レオネは一度もこちらを見もせずに、食べたり手元のノートをめくったりしていた。

 赤色と金色の間の、ハニーピンクとも付かない色の髪の毛は耳にかけられるたびにふわふわと踊っていた。

 ファーのようなまっすぐな黒髪はエキゾチックでセクシーだが、やはりこう言う金髪の系統は良い。

 ルイディナの猫耳は言わずともがなだ。近頃は耳にピアスが付けられているが、まぁセーフだ。

 

(ヨァナ・ラングスマンは不愉快だが、こいつら皆中々良いな。昔はリ・エスティーゼでもお偉い貴族になると妾などもいたそうだが……)

 

 バハルスの方では今も金持ちだと何人か妻を取ることは普通なようだ。所変われば品変わると言ったところか。

「リシャール、お前の読みは当たっているようだな」

 ヴァレンがまた顔を寄せて言う。リシャールは得意げに鼻の下をかいた。

「だろう。これからはあいつは俺の仲間に入れてやるさ。見てろ、この後――あ」

 こそこそとやり取りしているうちに、女子は食事が終わったのか勝手に片付けを始めてしまった。

 一緒に食べていたのに挨拶一つなしか、と思っていると、目があったレオネは「失礼しますわね」と一声かけてくれた。

 リシャールの心にドカンと花火が上がった。

「あ!ああ!じゃあな!!」

 ヨァナはまた「げぇ……」と言っていた。

 だが、リシャールには届かない。

 リシャールは鼻歌を歌いたい気持ちになりながら残りを平らげた。

 

「なぁ、ヴァレン」

「なんだぁ?」

「俺はローランが気に入った。あいつは慎ましやかだろう」

「ちょっとお高く止まってる気もするけどなぁ。それに、完璧主義者の片鱗が見える。神官になるって言ったってあんなにずっと張り切ってなきゃいけないもんか疑問だね」

「上流階級の娘ともなればあのくらいの気位の高さは普通だ。品のない女よりよっぽど良い。きっとこれまでも男の誘いは全部断って来たようなタイプだ。ヨァナ・ラングスマンなんか見てみろ。あいつは男を物色して、ちょっと付き合っては離れてを繰り返してるような感じがするだろう」

 ヴァレンは去っていく女達の尻を眺めると「ふーむ」と言った。

「まぁ言いたいことは大体わかる。うんうん」

 多分こいつは分かっていない。リ・エスティーゼの田舎の出には理解できないだろうから多めに見てやるしかない。多分成績も悪いだろうし頭も悪い。

 

 あぁ、首席に惚れていたはずの女が自分に惚れると言うのはどんな感覚だろう。首席より素敵と言われるのはどんな感覚だろう。

 付き合ったら、見た事がないほど甘えて、ベッドの中ではきっと弱気になって――リシャールは一気に茶を飲み切ると、底の氷を頬張った。

 冷たさが冷静さを取り戻させていく。

 

「よし、俺はあいつと付き合う」

 リシャールは片付けに向かった。

 

+

 

「うげぇ……あいつら本当気持ち悪い。絡んで来ないでほしいんだけど」

 ヨァナは口をへの字にしながら振り返っていた。

「滅多なことは言わない方がよくてよ。出来る限り平等に。神都や聖ローブル州のサン・ティアモなんかでは見ないけれど、都市によっては浮浪者だって神殿を訪れるんですもの。それが同じ学院の級友相手にそんな事言ってちゃキリがありませんわ」

「私は聖騎士だし、神殿業務みたいなそういうのはしないからセーフ!」

「仕方のない子ねぇ……」

 レオネの苦笑にルイディナとファーも釣られた。

「それにしても、レオネの事じろじろ見てたわよ。さっきも首席にぶつかってペンとか集めさせてたし、あの二人って浮いてるわよね。」

「首席君にあんなことして謝りもしないでやばいやつだよぉ……」

「噂だとあの二人って試験じゃ毎回一番下を争ってるらしいよねぇ。よく呼び出されてミズ・ケラーに警告されてるって」

 

 そんな噂話をしながら次の聖歌の授業に外からの近道で向かっていると、レオネはふと足を止めた。

「――ミリガンさん」

 以前キュータとレオネが少し休んだ木陰に彼女はいた。

「ん?あ、首席連れ去り犯じゃない」

「本当だー」

「連れ去り犯?」

 ルイディナだけは首を傾げた。ヨァナとファーの中では彼女はお邪魔虫扱いだった。

 考査の後にキュータを引っ張って行ってしまった時「うちの首席をどこ連れてくんじゃい!!」「なにが二人で乗合馬車(バス)に乗った、よ。レオネなんか抱っこされてるわ」と怒ってくれていた。

 けれど、レオネは彼女に思うところはひとつもない。

 彼女があの日に言った「ただのキュータ・スズキでいさせてあげなさいよ」という言葉は本当に、もっともだったのだ。その為の学院生活だったろうに。

 レオネは何か、一郎太の存在も忘れられるような、この間のアガートとのおでかけのような事ができないかと考えるが、彼女のような柔軟な発想がないせいでいい考えは浮かばない。自分は世に言うつまらない女なのだろうと思う。

 こう言うのはきっと、イシューとオリビアが得意だ。だから、レオネは二人に休日少し話をしようと誘ってある。

 

「わたくし、少し話をしてから行きますわ」

「レオネ、キャットファイトなんてやめてよね?」

「ふふ、やっつけて見せますわよ。それはもう、ボッコボコにね」

「おぉ怖い怖い。模範生でお願いするわよ」

 三人は笑って聖堂へ向かって行った。

 

「――さて」

 

 レオネは俯くアガートの隣に座った。

 そわりと風が吹く。

「ミリガンさん、ご機嫌よう。と言っても、あまりいい気分ではなさそうですわね」

「あ……レオネちゃん」

「ここは校舎の陰ですし、通る人も少なくていいですわよね。涼しいし、風も通る」

「うん……本当だね……。ごめんね、場所取っちゃって」

「嫌だわ、皆の校舎なのに。それに、わたくしもこの間キュータさんを追いかけて来て初めて知りましたの。もしかしたらあの方、一郎太さんと二人でここに来たりしてるのかもしれませんわね」

「はは、うん。目立たないところ、たくさん見つけてそう」

「ですわね。ミリガンさん、あなたはキュータさんのことをよく見てらっしゃるわ。九年も一緒にいるわたくしと同じ感想ですもの。ね、あなたはあの方の望むことをして差し上げた。何をそんなに落ち込んでらっしゃるの?」

 

 アガートは照れくさそうにもじりと手元で草をもてあそんだ。

 

「……今までのことが全部恥ずかしくて。そんなにすごい人なら、最初から言ってくれてたら良かったのにって」

「知っていても、あなたはあの方の手を取って駆け出せていましたの?きっとわたくしにはできないわ」

「……私もそれはできなかったと思う……」

「あの方が望んでいるのはそう言うことなんじゃないかしら。あなたは遠ざけられるために隠されていたんじゃないわ。近くにいて欲しいから隠されていたんですもの」

 

 アガートからポツポツと涙が溢れると、レオネは苗字しか知らない女の子の手を握って笑った。

 

「あなたにはあなたにしかなれないわ」

「……っ、レオネちゃんもそう言ってくれるの」

「わたくしも?誰かにも言われましたの?では、きっとまたその言葉が欲しくなる時がくるわ。もし道に迷ったらまたここに来て。わたくしもきっとまたここを通るから」

「レオネちゃぁん、ごめんねぇ。ありがとぉ〜」

 

 レオネはこれでいい、と目を閉じた。

 あの人の三年間が素晴らしいものになるなら、レオネは全ての敵に塩を送れる。いや、敵ではないと思えると言った方が正しいかもしれない。全ての者が仲間だと思えるのだ。

 

 アガートがふわぁーんと声を上げて泣き出すと、通りかかる近道利用者はそそくさと通り過ぎて行った。




さぁやってきました!!男爵渾身のフィリッパーな奴!!
男爵はとっても嬉しいです!!!彼がビッグになっていく様が手に取るように伝わってきます!!

アガートちゃんはレオネ神官の呪文で復活した見たいですね!

次回明後日!
Re Lesson#19 自堕落と放埒の会
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