休日の昼過ぎ、リシャール・フラッツ・リイル・エクスナーは苛立っていた。
何日か前に実家に送った手紙に返事が来たのだ。
手紙には家庭教師を付けたいことと、装飾品をいくつか送って欲しいこと、それから、小遣いを増やして欲しいことを書いて送ったのだ。
首席は男のくせに腕輪だの耳飾りだのをしているのでリシャールもそうしたかったのに、装飾品は無くしたりしては大変だからなどと言う子供を相手にするような返事で却下された。
家庭教師についても似たようなものだ。
あまり成績も振るわないようだし家庭教師そのものはいいと思うとのことだが、首席に付いているような人ではなくて、もっと優しいところから一から丁寧に教えてくれるような人を探した方がいいんじゃないかと意見が返って来た。
首席に付いているような家庭教師だからこそ結果が出るんじゃないか。一から教えるなんて言う生優しいことを言っていては出るはずの結果も出ない。
わかりきったことを何度も堂々巡りで説明される時間なんて無駄に決まっている。
小遣いは参考書を買うようにと少し上げてくれるようだが、今後レオネを誘ってデートに行くなら金が必要だ。
今は小遣いは大体毎月使い切ってしまっている。
買い食いをしたり、ちょっと
趣味は趣味として手元に残したいのに、これでは節約節約になる。
(くそ。無能どもが!)
苛立ちという感情の炎を消すように、リシャールは手紙を破り捨てた。
せっかくの休日だと言うのに気分は最悪だ。
こんな日は劇場に行くに限る。それに、宝飾品の下見をしたい。参考書が高くて買えないと手紙を書き直してどっさり金を送ってもらうしかない。
ある程度きちんとした服を着て、何部屋か隣の扉をノックした。
中からは今日も冴えない顔をしたヴァレンが顔を出した。
「ん、おぉ。どうした。時間はまだ早いがいくか」
すぐにどこへの誘いなのか理解する程度には頭がいいと言うか、卑しいやつというべきか。
「あぁ、準備しろ。今日は少し良い服で頼むぞ」
「了解」
リシャールはヴァレンを待っている間、今月の小遣いの残りを頭の中で弾いた。
劇場に女を見に行くと一気に金がなくなる。この街にはあまり安い劇場はない。
(……ち。今月はもう無理だな)
依頼バイトをすると言う手もあるが、そんなものをして時間を奪われるくらいなら勉強をした方がいい。あれはバカか貧乏人のすることだ。
ヴァレンが身支度を終えて出てくる。こいつは細身で背が高いので、顔は悪いが立ち姿は一瞬よく見えるのが不愉快だった。
「お待たせ。行こうぜ。一応俺が持っている中では良い服を着て来てみた」
「――あぁ。まぁまぁだな」
「何して時間を潰す?」
リシャールは時間を無駄にしない男だ。
「服や装飾品を見に行こう。近々新しいものを買いたい。その前に下見だ」
「ほほーう。本気になってるわけだな。ローランに」
そうとも言えるが、女相手に自分が変わろうとしていると思われるのが癪で首を振った。
「いいや。これはローランとは関係のない話だ。首席のやつはいつも何か着けているだろう。それに、一緒にいる何かのハーフの男もそうだ。あいつなんか見たか。暑くなって来たと思ったらほとんどシャツも閉めずにゴッテリした物凄いネックレスを着けて見せびらかしてやがる」
近頃はシャツの下に着けている襟より大きいようなネックレスと入墨がチラチラと見えていて、あいつもリシャール的には気に食わなかった。しかもなんとなく柄も悪そうで怖い。
「なるほど。それが今流行りの男のスタイルってわけだな」
「そう言うことだ。あいつらは基本的には敵だが、まぁ一部女を誑かすという点では秀でているからな。俺達も多少は装飾品を持っていても良い年頃だし、見るだけでも見てみよう」
二人は大変乗り気で街へ繰り出した。
「しかし、どんな所にそう言う店があるのか俺にはさっぱりだな……」
ヴァレンはキョロキョロとお上りさんのように辺りを見渡した。
「俺は実家が裕福だからある程度そう言う店の出入りはある。あまり表通りに近過ぎては値も張るから少し裏に入ろう」
祖父にあちこち連れて行ってもらえていて良かった。
何事も経験が物を言う。
リシャールは若者向けのデザインの服が置かれている店を見つけると、慣れた様子で中へ入った。
店員が「いらっしゃいませー」と声をかけてくると、ヴァレンが「ど、どうも〜」などと返事をする。
恥ずかしいやつだった。
「おい、お前服は普段どんな所で買っていたんだ?」
「俺はいつもお決まりのところばかりだったな。田舎だったからそうたくさんの服屋はなかったし、リネンの軽い服ばかり買ってもらっていた。後は小学校も中学校も制服があったから大して服に興味もない」
なんでこんな奴が自分と友達なのだろうと我ながら呆れる。
リシャールは分け隔てないし、自分で「なんでも平均的」と謙遜している事もあって、皆からの心象は決して悪くないはずだ。その証拠に、ローランだってあんな風にリシャールに微笑みかけてくれる。
リシャールのたった一つの欠点と言えば、思い浮かぶのは家柄の良さだ。良すぎる家柄についてはよく理解されているため、皆遠慮しているのを感じる。
今はもう身分制度もないと言うのに、元貴族とはそれだけで力があるらしい。かつてはどれほどすごい存在だったのだろうか。
そう言う意味ではヴァレンは馬鹿なせいで深いことを考えられないため、こうして気安い存在にもなれた。
何事も一長一短だ。
「お、これなんかいいな」
ヴァレンが白いつまらないシャツを選ぶと、リシャールは純朴で馬鹿な友人の手からシャツを奪って棚に戻させた。
「お前、今着てるやつとそっくりなのを選んでどうする」
「……確かに」
「どういう形が良いか選び慣れない時は、せめて違う色を選ぶんだ。これなんかどうだ」
紺色のシャツを当ててやると、ヴァレンは嬉しそうに笑った。
「良いな!こう言うのは初めてだ!母さんが買ってくるのはほんっとにいつも同じのばっかりだしな!俺はこれを今日買って行こうと思う!」
「――七千ウールだけど、劇場に行く余力はあるのか?」
「ある!依頼バイトを結構やってるからな!」
たまに尋ねてもいない日があると思っていたが、あんなものをやっていたのか。
ヴァレンは他にも紺色のシャツに合わせて革のブレスレットを店員と選んでいた。
(俺も……!)
皮のブレスレットの素材は馬らしく、超一級品の
二人は唸った。
首席やハーフ男を見ていると、ついキンキラが欲しくなるが、ああ言うものは値も張ることを考えると、まずはここから始めてみるのも悪くないかもしれない。
だが、革のブレスレットはそれだけでも三万ウールもする。
劇場と同じ値段だ。
少し手が届かないと思っているとヴァレンはそれも買うことにしたようだった。
リシャールが買う様子がないのを見ると、ヴァレンは「あぁ、下見って言ってたもんなぁ」と勝手に納得していた。
そうだ。今はまだ下見なのだ。
次の店でも良いものはあるかもしれないし。
二人は一つ目の店を出て、また次の店へ入った。
ここでもリシャールの欲しいものはゴロゴロあった。
リシャールが目を引かれたのは組み紐のアンクレットだ。お揃いで彼女と付けても良いとか、好きな石を一つ選んで通す事で世界に一つの自分だけのアクセサリーになるとか、店員の語りは実に耳触りが良かった。
「――な。店はいくつか回るものだ。下見の重要性がわかったか?」
早速先ほどの革のブレスレットをつけていたヴァレンは頷いた。
「いいものがあちこちにあるもんだなぁ。俺、これも買っていくよ」
「え?これも?」
ヴァレンは黒いアンクレットと、それに通す石を一つ選んで店員と笑い合っていた。
足首の見えるズボンと合わせるとより素敵だとか言われて、ズボンまで見繕い始めた。一店舗目で買った服を店員に見せて、合う物を選んだようだった。
結局、ヴァレンは一日でトータルコーディネートを手に入れてしまった。
しかも、店の試着室で全身新しい服に着替えさせてもらって浮かれきっている。
「いやー!良い買い物した!夏に地元に帰ったら皆びっくりするだろうなぁ!」
「……そうだな。お前、一体どんな依頼バイトをしてるんだ?割りがいいやつがあるなら、俺にも紹介して欲しいものだ」
「基本的にはゼロ位階の製紙の依頼バイトをしてるかな。たまに皿を温めるバイトにも行ってるけど、どっちも割りがいいって感じはしないかな。お前が羨ましいよ。元貴族の家系のおぼっちゃんだから依頼バイトで手に入る金なんか屁でもないと思うぜ」
「ま、まぁな。そうだとは思うが、俺も親がノーと言えば金が手に入らん」
「言うわけないだろ?裕福なんだから」
リシャールは「それはそうだ」と答え、この話は終わりにすることにした。
二人で店を後にして大通りに出ると、カフェテラスに見覚えのある髪が見えた。
「ローランか?」
「どこだぁ?」
それは確かにローランだ。あの綺麗な柔らかそうな髪。テラス席で知らない女子二人と話をしていた。
「声をかけてみてもいいか?」
「あぁ、もちろん」
二人はカフェへ向った。左右を見てからせっせと大通りを渡る。
「――それでね、どこかに行かれたらいいなと思ってますの」
「なるほど。それはいい考えだね!」
「私何着て行こうかなぁ?そもそもどこに行こっかぁ」
女子はどこかへ遊びに行く算段でも立てているようだった。
ローランは神殿にいる女のように白いシャツに長いフレアのスカートを履いていて、やはり清楚な感じがした。
一緒にいる女子の一人はタンクトップに肩から落ちるようなシャツの着方をして男のようなのでゼロ点。胸はある。
もう一人は肩の出るワンピース姿だ。こちらはとてもいいと思う。
「んん、よう。ローラン」
思い切ってリシャールが声をかけると、ローランは一瞬訝しむような顔をした。
「――あぁ、エクスナーさん。ごきげんよう」
「地元の友達か?今日は天気もいいからな」
「えぇ。本当に。それではまた学院で」
早々に会話を打ち切られ、リシャールは少しムッとした。
すると、ヴァレンが横から口を出した。
「今日あっちで俺服買ったんだ。どう?どう?」
「え、えぇ。よくお似合いですわ。素敵ですわね」
「へへへへ。サンキュー」
リシャールの中で怒りが明確に膨れ上がっていく。
「わたくし達、今少し大切な話をしておりますの。お二人はお買い物を楽しんでくださいませ」
「ありがとよ!んじゃなぁ!」
ぴらぴらと手を振ってヴァレンが去っていくのに困り顔でローランは手を振り返した。
(こいつ、俺を無視しやがって――!俺が先に声をかけてやったのに!)
だが、リシャールは紳士なので今はまだ叱らないでやる。その代わりに、ローランの手首を掴んだ。
「な、なんですの」
「ローランも来いよ!なんか買ってやろうか!」
「ちょっと、あたし達話をしてるって分かんないわけ」
男のような女に睨まれるとリシャールは「く」と喉から声を上げた。
ギュッと手を掴んでいると、突如――本当に突如、隣から手が伸びた。
その手は信じられない力でリシャールの手首を掴み、リシャールはローランから引き剥がされた。
「い、いてててて!何だ!?」
「――それは僕のセリフだけど、君何やってるの?」
男の声に飛び跳ねてそちらを見ると、休日まで絶対に見たくない男がいた。
首席野郎だった。
「な、なんだよ!お前がこんな所で何やってんだよ!!」
「僕は友達に誘われて出かけて来た。君、向こうで友達が待ってるよ。早く行ったほうが良いんじゃないの」
凄むように言われるとリシャールの中に何か抗い難い感覚が走った。
「お、覚えてろ!!」
これは首席への敗北ではない。後ろから
ローランだって、行かないと言ったわけではなかったのだから。
今も、戸惑いの瞳でこちらを見ているのに。連れて行ってやりたいのに。
軽く振り返るとまだ首席がこちらを見ていて、リシャールはヴァレンを連れて急いで曲がった。
駆けていく背中をじっと見ていたレオネは、自分の手首についた手の跡をごしりと拭いた。
キュータが心配そうに顔を覗き込んだ。
「――レオネ、平気だった?」
「どうと言うことはありませんわ」
そう言って手に視線を落としていると、何か無性に恐ろしくて、レオネは黙った。それ以上喋ると「怖かった」と言って自分が泣く気がして嫌だった。
「おい、大丈夫か?明日俺がぶん殴っといてやろうか」
ワルワラもランチ仲間になっているレオネを覗き、一郎太も逃げて行った二人の背を睨むようにした。
「あいつら信仰科だろ。一人はこないだキュー様にぶつかったやつ」
「あぁ、見覚えがあると思ったらぶつかった子か。少し強く握りすぎたかな。腕吹き飛ばすかと思ったよ」
キュータは一郎太から腕輪を受け取って着け直した。
「白昼堂々腕飛ばすのはやめて。それより、腕輪外していきなり
「はは、悪かったね。<
「キュータ君……」
オリビアの呟きに、キュータはハッとした。
「――あ、ごめん。ちょっと怒りすぎだったかな」
「ううん。レオネ、きっと怖かったもんね。キュータ君の怒りが正しいよ」
手を握りしめていたレオネは首を振った。
「少し驚いただけですわ。皆さんすみませんでした」
「レオネが謝ることじゃないでしょ。あたしがぶっ飛ばしてやれば良かった」
「イシュー、言ってることワルワラとほぼ同じだな」
一郎太の言葉にワルワラが笑うとイシューもおかしそうに笑った。
「うーん……レオネ、不安だろうからこれ置いて行くよ。――<
腕輪を一郎太に渡したキュータから無造作に放たれた魔法によって一気に光が満ちる。顕現した天使は恭しげに頭を下げた。
「お!俺、こいつと一回やってみたいんだよ。スズキ、お前やっぱりいつでも出せるんじゃねぇか!」
「俺もやってみようかな?」
「ワルワラ、一太。せっかく出したのに倒さないでよ」
ワルワラが杖を抜いて喜ぶと、レオネは思いがけず笑った。通行人達が驚きの目で天使を何度も見ながら歩いて行く。
「ふふ、ふふふ。おかしいの。あなた方、何言ってらっしゃるの?ふふふ」
「……良かった。笑ってくれると安心する」
「こんなすごいもの出して、倒すのなんのって、笑わない方がおかしいですわ。ふふ。それで、皆さんはこれからどちらまで?」
「僕はワルワラに面白い所行こうって誘ってもらってね。ねぇ、ワルワラ」
「あぁ。現地集合でカインとチェーザレも待ってる。男の遊びだよ。放埒のな」
「男の遊び?ワルワラさん、キュータさんに変な事吹き込んだらただじゃおきませんわよ。――まぁ、たまにはそう言う日があってもよろしいですけど」
「ははは!スズキがハマったら一応謝ってやるよ」
オリビアはそうだ、とここぞとばかりに声をあげた。
「ね、キュータ君。今度私達とも放埒な遊びしに行こ!」
「はは、オリビアが言うと何するのか想像つかないなぁ」
「じゃあ、あたしから誘おうか?放埒しに行こ!」
「うーん、なるほど。イシューが言うと何か多少想像がつくかもしれない」
「それはそれで失礼!」
一通り笑うと、キュータ達はまた近いバス停で
ふよふよと取り残された天使がレオネの後ろに飛んでいる。ものすごいアクセサリーだった。たまに通りかかる人がレオネを天使を出した上位神官だと勘違いして祈っている。
「……困ったものを渡されましたわね。それにしても、ほんとに何をさせるつもりなのやら」
レオネがため息を吐くと、ふとオリビアとイシューの視線に瞬いた。
「な、なんですの?」
「なんか、キュータ君とレオネ、少し変わった?」
「ね。大事にされてる感じしたよ」
「嫌ですわ。同じことがあったら二人もこれを押し付けられるに決まってるのに。あぁ、でも――イシューは違うかもしれませんわね」
「えっ、なんでよ!」
「あなた、自分でぶちのめすんでしょ?」
「……確かにそだね?」
三人はおかしそうに笑った。
リシャールは
机の上にはオレンジジュースが二つ。
ヴァレンは鼻息を荒くして女たちを見ていた。
いつもはもっと面白いというのに、手のひらに残るローランの体温がどうも忘れられない。
最初は少しヒヤリとしていると思った肌は、握っているうちにどんどん温度を伝えて来た。
(……あいつは愚か者じゃない。今度誘い直してやろう)
きっとローランもそれを望んでいるだろう。
鬱陶しい首席が現れてあの戸惑いの表情だ。
本当にあいつは邪魔ばかりだった。
劇場に来る途中、ヴァレンにしこたま愚痴を言った。
誘ってたらいきなり現れて手を捻りあげられたと。
だが、「触り方が少し悪かったんじゃないの」とか言われたのが許せない。
何もわかっていない癖に。
リシャールはショーの途中だが尿意と怒りを発散するために一度離席した。
廊下を行き、トイレで色々な思いを流す。
「っち……馬鹿どもが。大体、金をよこさないのが悪いんだ。クズが」
金が貰えていたら、リシャールだって買い物ができていたし、そうすればローランだってもっとリシャールに話を振ることができたはずだ。
そう思うと、全ての元凶は金のような気がした。
「金なんだよ……。くそ。金が必要なんだ……」
廊下を戻っていると、ふと肩を叩かれた。
振り返ると、そこには大きなミノタウロスがいた。
煌びやかに飾り付けられた赤い壁の廊下に、黒いシミのように立っていた。
「お前、金が欲しいのか」
リシャールはゴクリと唾を飲んだ。
「そ、そうだ。それが何だ」
「ククク――そうかぁ。なぁ、うちで働かないかぁ?割りのいい依頼があるんだよなぁ〜」
「……なに?本当か?俺は元貴族の家系の子供だから、金銭にはうるさいぞ」
「ククク、きっと気にいると思うぜぇ。何せ、荷物ひと運び五万ウールだ」
「ほ、本当か!!」
思わず身を乗り出したが、リシャールの頭の中で「いや、待て」と信号が点滅した。
初めて会った人間にそんないい条件で仕事を頼むだろうか。それとも、ひと運びとは例えば神都からアーグランド州までとか、そう言うことなのだろうか。
リシャールは疑いの目をミノタウロスへ向けた。
「……俺は
「ククク、そう警戒するな。行き先は神都の二つ隣の街で、
ミノタウロスは弁当箱くらいの大きさを手元で作った。
「……そんな運搬が何で高額なんだ。やはり怪しいな」
睨み付けるとミノタウロスは急に大きな声で笑った。
「ッグヮッハッハッハ!!お前はやはり、頭がいいんだなぁ〜?見込んだ通りだなぁ」
「そう、それはそうだ。俺はあの魔導学院に通う身だ。当たり前だろう」
「あぁ〜だからかぁ。立ち姿、出で立ちだけで感じたんだよなぁ。お前のその賢さを。いやぁ〜いいなぁ〜。ククク」
リシャールは鼻の下をかくと胸を張った。
見る者にはやはり分かるのだ。その言葉には、へりくだり、媚を売るような空気があり、リシャールは心が震えた。
「俺は賢そうな人間とのコネクションを作っておきたいのさぁ。いつかこの街で外科医院を開くことが夢だからなぁ。ククク。お前みたいな賢くて出自もいいような協力者がいてくれたら、この街での商売もうまくいきそうだろぉ〜?」
「……つまり、俺に先行投資しようって言うのか」
「ククク――!その通り!その通りだとも!!俺たちミノタウロスは五年以上の賢者食を証明できなければ数日の観光か冒険でしか神聖魔導国に入ることはできない。例え賢者食証明書を持っていたとしても、一ヶ月の隔離生活で本当に賢者食ができるか確かめさせられる!一ヶ月も隔離されてみろぉ。商売上がったりだろぉ〜?隔離されている間にクライアントとの繋がりが消えちまう。俺もそうやって全て失わされた一人なんだよぉ〜。人助け、コネクション作りだと思って――お前、バイトしてみないかぁ。欲しいものもあるんだろぅ〜?」
「ふ、良いだろう。お前は国を変えて商売を始めるのに失敗したようだが、人を見る目だけはある」
「ククク、ありがとうよぉ、ぼっちゃん。あぁ、俺にもやっといい相棒ができそうだ。仲間になってくれる者はぼっちゃんみたいでなくちゃなぁ〜?上に立って他者を導くような、なぁ〜?」
ミノタウロスはとても大きな体をしていて、太い指で胸をトントン叩かれるとそれだけでリシャールは転んでしまいそうだった。
だが、上に立つ者として踏ん張る。今度こそ転ばされるわけにはいかない。
「その通りだな。お前が望むならお前のこともきっと導いてやろう。何せ、俺は魔導学院の信仰科だからな。弱いやつの味方だ」
「あぁ!嬉しい嬉しい。あの名門の信仰科かぁ!!一応聞いておくけどよぉ、その優しいぼっちゃんは何が欲しいんだぁ〜?手に入る有り余る金で、何を望む!」
「宝飾品だ。女をデートに誘うために必要だから送るように言ったが、実家が送ってくれなかった。ある程度良いものを手に入れたい」
「はは〜ん。なるほどなぁ。それじゃあ、たくさん運んでくれるよなぁ!それでもって、お前に似合う装飾品をごまんと手に入れるんだ!!周りの女達も必ずお前に振り返る!!そして、俺はそんな優秀な男とのコネクションが持てるわけだぁ」
どこかサディスティックな喜びがリシャールの中に浮かぶ。
ローランも、ローランと一緒にいた愛らしい女も、あの男みたいな女も、ファーも、ヨァナも、皆生まれ変わる自分を見てどんな顔をするだろう。
そう思えば、一刻も早く依頼バイトをしたかった。
「それで、後日荷物を渡すと言うのはいつにするんだ。俺は今日からだって構わない!」
「ククク――。ぼっちゃん、今日は流石に無理だ。だが良いならば、まずは明日かねぇ〜?明日早速、運んでもらおうか」
「任せろ。俺はきっとあっという間に運んでみせるからな」
「素晴らしいなぁ〜。あぁ、おぼっちゃん。お前名前は」
「リシャールだ。リシャール・フラッツ・リイル・エクスナー」
リシャールが胸を張ると、ミノタウロスは「じゃあ、明日同じ時間にこの廊下で。リシャールのぼっちゃん」と言って劇場へ去っていった。
「……やはり、分かる者には分かるんだな。ふふふ。やり切ってみせるぞ。初めての依頼バイトだ」
リシャールの中にあった苛立ちはもはや完全に消えていた。
鼻歌を歌いたい気持ちになったが、ふと気付いたことがある。
「――あいつ、名前を聞かなかったな」
まぁ明日聞けばいいか。
リシャールも劇場へ戻った。
「おら!気合い入れろ!!そんな程度で足腰立たなくなってるんじゃねぇぞ!!」
肉同士がぶつかり合う音の中、ワルワラが叫ぶ。
放埒の会の面々は隣町のさらに隣まで
「わわわ」
「カイン様、大丈夫ですよ。何も飛んできたりしませんてぇ」
カインはチェーザレの影に隠れながら観戦していた。
「どうだ!スズキ!お前、戦いを見るのは好きだろう!!男の遊びはこうでなくちゃな!!」
ワルワラが言うと、ナインズは嬉しそうに笑った。
「あぁ、面白いね。アザもすぐに治ってあんまり痛くなさそうだしさ」
「痛くなさそうってなぁ。ま、いいか。――あ!あ!!お前の賭けた方!見ろ!見ろ!!」
「ははは、はいはい」
急所を木刀で突かれた
ズズン……と会場が揺れる。皆ごくりと息を呑んだ。
そして、すぐにひょこりと起き上がり、敵
会場から万雷の喝采が降り注ぎ、ライバル同士だった二人は互いの健闘を称え合っているようだった。
花やぬいぐるみが投げ込まれ、トロール達は手を振ってそれを拾い去っていった。
司会が今日の優勝者の紹介と、後半のプログラムの紹介、協賛金の支出者の紹介を始める。
「よっし!!俺達の勝ちだ!!」
「やったー!カイン様に勝ちました!」
ワルワラとチェーザレはパッと手を出した。
「くそー、ワルワラ、チェーザレ。覚えてることだね」
カインが財布から千ウールづつ取り出して二人に渡す。それに続いてナインズも一郎太の分と合わせて二千ウールづつ渡した。
「あ、あぁ……キュー様の小遣いがぁ……」
「ははは。一太の分も僕が持ってんだから、僕だけの小遣いじゃないよ」
ナインズははい、と二人に金を渡すと「なるほど、これが放埒ってやつか」と頷いた。
「面白かっただろ!」
「中々ね。初めての体験だったよ。賭けなんかもね」
「賭けは何も金じゃなくてもいんだがな。次は昼飯の席取りにするか!」
「ふふ、賛成」
五人は他の観客達と共に席を立った。
ふと、闘技場の中から鞭を打つ音が響いた。
「――なんだ?」
ナインズは振り返り、人並みに「おっと、危ないぞ嬢ちゃん」と言われた。
「あ?あぁ。夜の部だろ。夜は魔獣を使うんだよ。多分年齢的にまだ見られないぜ。それに、俺はこれ嫌いなんだよ」
「魔獣?トロールみたいに戦う意思があるの?」
人並みを掻き分け、ワルワラと二人で席の一番下まで来る。
闘技場の底には丸まる大きな亀がいた。甲羅は鉄のような輝きを放っていて、暴力的な突起がいくつも出ている。
「あれは?」
「さぁ、俺には分からないな。――カイン、あれなんだ?」
追って降りてきたカインも覗き込む。
「んーと……柄的にアゼルリシア・アイアン・タートルだと思うよ。向こうから連れてこられたんだね」
そして、四つ檻がガラガラと押されてくる。檻の中ではサーベルウルフが唸り声を上げていた。
「……あっちの亀、可哀想だ。やりたがってるわけでもないのに」
「キュータ様、一応あれは街道に出てきてしまったり増えすぎたりしてしまった魔獣なんですよ。人を襲おうとして街道に点在する
「処分が決まっていた生き物……」
ナザリックの中でも魔獣達はたくさん暮らしているが、増えすぎたから殺すとか、湖畔に出てきたから鞭を打つとか、そう言うことは見たことがない。いや、たまにアウラが鞭を持って駆け回っているが。
「……僕は全ての生と死に尊厳があって然るべきだと思う。見せ物にするなんて気に入らないな……」
ナインズは鞭を打たれて甲羅に引っ込む亀を眺めると目を逸らした。
「俺もお前の言うことに賛成だよ。砂漠にゃとんでもない魔獣や魔物がゴロゴロいるけど、あいつらだって死んだら立派に土に帰る。ここの奴らは戦いの後……死ぬとは限らないがこの後どうするんだろうな」
ワルワラも可哀想なものを見る目をしていた。
「……僕、聞いてくるよ」
「っえ?聞いてくるって――おい!」
ナインズがひょいと闘技場の中に降りていってしまうと四人は慌てて覗き込んだ。この高さだと言うのになんと言う男だろう。
「キュー様!聞いたってどうせ気持ちいいもんじゃないですよ!!」
一郎太の声を背に聞きながら、分かっているが聞かずにはいられなくて、ナインズは鞭を打つ男へ駆けた。
「――怯えてばかりじゃダメだろう!!ほら、頑張ってくれ!!」
「すみません!!」
「――うん?」
男は明らかに変質者を見る目をしていた。
「この子……この後どうなっちゃうんですか」
「……ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ?どこから入ってきたんだ。危ないだろう」
「すみません。その子があんまり可哀想で……」
それを聞くと、男は鞭をおろした。
「あぁ……初めて見にきた口か。仕方ないなぁ。たまにいるんだよ。陛下方は言葉を喋る生き物は国民と言って、そうでない生き物は食べたり使役したりする存在だと定義してるじゃないか」
「だとしても、弱い物を守れとも言っているのに……」
「……見ろ、向こうのサーベルウルフ達は旅人を食った。兄弟らしくて、仲良く四匹でな。一度人の味を覚えた魔獣は二度と帰らせてはやれない。それに、こっちのアイアン・タートルは大きいだろ。こいつらは大きくなると池沼付近にインヴィジブルハウンドっていう不可視のモンスターを増やすんだ。奴らは見えないから、退治するには水場に引き寄せるのが効果的だが、これがまた厄介だ。マッピングに出た冒険者達が結構やられてる。
「なんでインヴィジブルハウンドが……?」
「この甲羅が一定より大きくなった時に、風に吹かれて鳴っちまう音が奴らの繁殖の時の遠吠えに似てるらしくて寄せ集めるのさ。どうしてもここまで大きくなると悪影響なんだ。大体はハウンドに食われるが、うまく逃げ延びちまうとこうなる。きっとこいつなんかは二百歳近いだろう。まぁ、相当いい素材も取れるはずだ」
「……エゴだって分かってる。だけど、せめてその場で命を絶ってやればいいのに……」
ナインズはもぞもぞと顔を出した亀を悲しそうに見下ろした。
亀は鞭の男によく調教されているらしく、ナインズを襲おうと言う雰囲気はなかった。
鞭の男もそんな亀の頭を撫でてやった。
「……馬鹿言うなよ。こいつらだってなんだかんだと命を繋ぐ権利はある。一年は捕獲しておいて様子を見て、もし子供を産んだら、それをしばらく保護して森に返してやるんだ。すぐに殺すことが全てじゃない」
「……そうなんですか?」
「当たり前だろ。可哀想じゃないか。最後はこんな風に……一年間共に過ごした仲間だと思った俺のために戦って、傷つけられて倒れることになるんだから。いるなら子供くらい産ませてやりたい。まぁ、俺はこいつをあの野蛮なサーベルウルフ達に負けさせないけどな。そこは腕の見せ所だ」
「……おじさん、ありがとう。生態系を守ってくれてるんだね」
「ははは。教えなんだから、当たり前だろ。お前変なやつだな。なんだ、よく見たら学生か?」
「うん。おじさんが鞭を打ってるのを見てたまらなくなった」
「お前の感覚は間違っちゃいないよ。だけど、こいつらが次の命を残すまでの間に保護しておいてやるためには金がいる。強い冒険者達や、
「大丈夫、来たところから戻るから」
「そうか?気を付けて帰れよ」
ナインズは
一郎太が上から手を伸ばし、そこに腕輪を放った。
「<
観覧席に戻ると、皆心配そうな顔をしていた。
「キュー様どうだった?」
「余計なこと聞いても可哀想になるだけだろうが。あんまりあちこち首突っ込んでると、お前繊細なんだからぶっ壊れるぞ」
腕輪を返されたナインズは、どことなく自分を恥じるように笑った。
「うん。話してみて良かった!」
皆は目を見合わせ瞬いた。
帰り道、闘技場を出るための廊下には「この収益の一部は魔獣の保護活動、街道の安全保護に当てられています」と張り出されていて、寄付箱もあった。
ワルワラとチェーザレは、そこに賭けで勝った金と、最初に賭けた自分の金を入れたらしい。
リシャールくんは怪しいおじさんのお誘いに乗っちゃうんだねぇ!
ナイ君良かった。「連れて帰る!!!!」とか言い出すかとちょっとヒヤヒヤしましたよ。
尊厳がある死だと思えば受け入れられるナザリック精神。
ヒヤヒヤといえばワルワラが連れて行く場所もキャバレーか風俗かと思った(違った
次回明後日でっせえ〜!
Re Lesson#20 バイト料と迷惑料
リシャール君いっぱいお金もらえるといいね〜〜〜!!