同じく就任数日前――。
トブの大森林から帰ってきた支配者達は怒り心頭という様子だった。
「ルプスレギナ!お前には失望したぞ!!」
玉座の間に響くそれは全ての僕の心胆を凍らせた。
「エ・ランテルに向かうザイトルクワエの存在を知らせたお前がなぜだ!!すでに我が国の一部となっているカルネ区に区民では勝てないモンスターが近付いている事をなぜ知らせない!!しかも王国の王子によってカルネ区が襲われていたなんて!!」
口籠るルプスレギナにアインズは顔を歪めた。
「カルネ区に関する裁量権は与えていたが、それは何をやってもどんな判断をしても良いという意味ではない!状況が大きく変わる時には報告せよと言ったにも関わらず、これはどういう事だ!!」
玉座の肘掛をゴーーーンと打つ激しい音が響き渡る。
今回ルプスレギナはやり過ぎていた。
区壁に逃げ込んだゴブリンとオーガが暮らしていた事は――エンリに連れられきちんとエ・ランテル光の神殿で国籍登録もしていたため良いとして、王国第一王子の引き連れた兵と開戦するカルネ村を傍観した後大量のゴブリンから逃げた王国兵と王子を面白可笑しく拷問し、殺し尽くしたのだ。
「あぁあ。ルプスレギナやってくれたね」
フラミーの冷たい声が響く。
せっかくランポッサⅢ世に魔導国へ降ると言わせたというのに第一王子を殺されてはラナーの州知事就任に反対し、国民も復活したからと恭順するのをやめるかもしれない。
そうなれば今回の戦争は全ての意味を失うだろう。
見事な復活劇も含めて。
「……その兵士どうするんです……。魔導国の神々が起こした奇跡で全ての王国兵は蘇ったって世界中が言ってる中で……私とアインズさんが寝ずに人間を生き返らせた傍らで」
もはや私怨かもしれない。
フラミーは数日前の復活に次ぐ復活に辟易していた。
あの大復活祭りでは、まさに数えきれない量の天使が出ていたが、天使は当然途中で魔力切れを起こし、時間による魔力回復の中で復活を行なった。
もたもたしていると召喚の時間制限を超えて天使は消えた。
フラミーが何百人目かを生き返らせると、その身の翼は増え、
凡そ三十時間ぶっ通しで人間を生き返らせ続けたフラミーの失望は深かった。
その努力と根気という泥にまみれた奇跡に、ルプスレギナは簡単にケチをつけたのだ。
「ルプスレギナ、あなたには反省が必要」
しかし怯えるルプスレギナにチクチクと罪悪感を感じる。
ちゃんと反省してくれるならこれ以上責めることは双方のためにならない。
「アインズさん、もう行きましょ。ここにはいられません」
これ以上皆といてもフラミーは怒るだけだ。
落ち着くには二人で一度愚痴り合わなければいけないという思いが一瞬で通じ合った。
その声にどっこいせと腰をあげる支配者はフラミーとともにプリプリ怒りながら立ち去っていった。
玉座の間の扉が閉まると、二人はフラミーの私室へ飛んだ。
「アインズさん、もう行きましょ。ここにはいられません。」
それはルプスレギナへの死刑宣告だった。
支配者達の立ち去った玉座の間には、ルプスレギナへの激しい殺意が渦巻いていた。空間を歪めるほどの怒気だ。
アルベドが玉座を眺めながら立ち上がる。
「ルプスレギナ。アインズ様はいつも仰っていたわ。何か解らない事や困った事があれば誰かに相談し、相談を受けた者は自分の身に起きた事だと思って相談に乗るようにと」
ルプスレギナに振り返ったその顔は、怒りで何かを破壊せずにはいられないとばかりに歪んだ、大口の黒い化け物――アルベドの本来の姿だった。
何も言わず、床を見つめ、涙と鼻水、汗を垂らし続けるルプスレギナの様子にアルベドは吼えた。
「このクズがぁぁぁあああ!!!」
そして、一発。渾身の力を持ってルプスレギナを殴り付ける。
誰も止めない、ルプスレギナも抵抗しない。
虚しい一撃だった。たった一撃でルプスレギナはすでに瀕死だった。
「貴様は至高の御方々を失望させたわ。そして……フラミー様に一番言わせてはいけない事を……」
アルベドは元の美しい姿に戻り、転がるルプスレギナの前に崩れ泣き出した。
その嗚咽は次第に広がり、気付けば来ていた全てのしもべに広がっていた。
今日は本当は王国を手に入れた事を労われる筈の、喜びの会だったというのに。
しかし、誰も支配者達を追いかけられない。
アインズは法国のギルド武器を破壊し、前にも増す激しい力と尽きることのない魔力を手に入れた。
フラミーは人を生き返らせる中、突然覚醒したように新たな力を手に入れた。
そんな支配者達が世界渡りの術を取り戻していないと誰が断言できるだろう。
これで探してどこにも支配者がいなかったら、ナザリックはおしまいだ。
誰もが真実を確かめる事が恐ろしく、立ち上がれなかった。
玉座の間には悲壮な泣き声が響いた。
そんな絶望の中、一番に立ち上がったのはデミウルゴスだった。
「アルベド……私は……フラミー様とアインズ様がどちらへ行かれたか探してきます……。皆を……頼みます……」
そしてセバスが続く。
「私も行きます……。お二人がどこへ行かれたのかは分かりませんが……お側にお仕えするべきでしょう……」
セバスは責任を感じていた。
ザイトルクワエ州を任されていたのは自分で、更にプレアデスは自分の直轄の部下なのだ。
皆の絶望には自分も責任があると。
フラミーの私室には事情の分かっていない――アルベドに玉座の間へのエスコートをバトンタッチしたフラミー当番、アインズ当番、そしていつも通り二人分の
部屋には更に副料理長が呼び出され、私室のBARカウンターであれやこれやと用意する前でフラミーは変わらず怒り続けていた。
「もうルプスレギナ本当信じらんないんですけど」
「いや俺もまさか報連相一つできないとは思いもしなかったですよ。はぁ。これで国王が神聖魔導国信用しないって言い出したら……このデミウルゴスとアルベドの大掛かりな計画は……あぁ……国内の式典だって神官長達の到着に合わせてもう三日後だっていうのに……」
フラミーの隣に座るアインズも頭を抱える。
復活のやりたいやりたくないは置いておいて、ばっちり証拠隠滅を行ったルプスレギナによって死体は跡形もなく消し去られている。
じゃあ復活しましょうと言うわけには行かないのだ。
それに、もし遺体があったとしても拷問されて死んだ者達が復活を受け入れるとは到底思えなかった。
しもべもいる中であまり大きな声で愚痴は言えず、二人ともブツブツと声を小さくして嘆いていた。
「アインズさん……まだ神官長さん達こっちに向かってる途中ですよね……?」
フラミーのその声に隣に座っていたアインズはギクリと肩を揺らした。
「……まさかフラミーさん……。俺に言えと……?今更やっぱりダメでしたと……?そんなん言えないですよぉー!!」
うわぁーー!ルプスレギナぁーー!!と突然大きな声を出すアインズの様子にしもべ達の中にはルプスレギナは何をやらかしたんだと戸惑いが広がる。
すると、ノックが響き、アインズ当番が扉へ向かった。
支配者達はなんだよと言わんばかりの瞳をジトッとそちらへ向けた。
「ひっ!あ、アインズ様、フラミー様。デミウルゴス様とセバス様が……おいで……です。」
いつもは淀みなく答えるアインズ当番は恐る恐ると言う風にしりすぼみになってしまった。
「はぁ。仕方ないですね。どうぞ」
フラミーは許可を出したが、アインズは渋った。
二人になんと謝れば良いのかわからないのだ。
「後五分待たせろ……」
珍しい拒否に慌ててアインズ当番は部屋の外へその事を告げに戻った。
「フラミーさん、どんな風に顔合わせればいいと思います……?しかもセバスまで……。セバスも自分の任された州がどうなるってそりゃ気になりますよね……。デミウルゴスなんか怒ってるかも……。友達のこともあるし……」
小声でごにょごにょと頭を悩ませる支配者の隣でフラミーも顔を青くした。
「怒って出てきちゃったけど報連相ちゃんとしろって言わなかった私達の責任ですか……?デミウルゴスさんとアルベドさんはお姫様手に入れるためにすごい頑張ったのに……王様がやっぱり娘は魔導国にやらんて言い出したら……あああ……」
結局何の答えも出ないまま五分が経過し、再びアインズ当番が入室許可を求めてきた。
フラミーとアインズはもう逃げられないとばかりに頷きあった。
「入れろ……」
アインズは心底入れたくないと言わんばかりに声を低く低く出した。
入ってきた二人は、扉の前ですぐに跪いた。
いつもと違う様子に二人の怒りを感じて、アインズはフラミーと一瞬視線を交えると、ソファセットに黙って移動して行く。
気配を窺われている気配に居た堪れなくなりながら、二人は静かにソファに腰を下ろした。
「んん……。あー……セバス、デミウルゴスよ……」
何も言わずに床を見つめる二人にやりにくさを感じる。
「そこじゃ遠いですし、二人ともとりあえず座ってください」
フラミーが呼ぶと、渋々と言う具合に近くまで来るが、向かいのソファの横に跪いて一向に座らない。
反抗期だと思った。
「言いたい事があるなら、まずはお前達から言いなさい。さぁ、掛けて……」
アインズはソファをもう一度進める。
目を合わせた後、二人は非常に居心地悪そうに小さくなって座り、ゆっくりとセバスが口を開いた。
「アインズ様とフラミー様を失望させ……この世界を……後にすると言わしめた……っ……」
セバスは最後まで言えず、泣き始めた。
「どうか、アレを断じる事でお許しください。アインズ様……フラミー様……」
仲が悪いはずの二人は肩を寄せ合って共に泣いている。
あまりの光景にアインズとフラミーは絶句していた。
「なんですかいこりゃ……」
フラミーの声に誰も返事をする事はなかった。
五分待たされるデミウルゴスとセバスによって、玉座の間には至高の存在がまだナザリックにいた報告がされていた。
「とりあえず御方々がいらっしゃって良かったわ……」
アルベドはやはり怒りに震えていた。
「全くでありんす。こんなもんがナザリックに生まれていたかと思うとそれだけで反吐がでる」
シャルティアが唾を吐いた先には至高の御方々より与えられた装備を全て剥ぎ取られ、姉妹から、仲間から、様々な責め苦を受けたルプスレギナが今にも息絶えようとしていた。
扉が開く音がし、皆の視線がそちらへ向くと、支配者達が走って入ってきた。
皆、これをボコボコにしておいて良かったと思った。
御方々を不愉快にさせるゴミは、あとはゴミ箱に捨てるだけだと。
しかし、駆け寄る支配者達の雰囲気は想像していたものと違った。
「「ルプスレギナ!!」」
それを急いで回復して抱き寄せるフラミーと、空中から黒い布を引き出し、ルプスレギナに掛けるアインズに、皆呆然とした。
後ろをついて走ってきたセバスとデミウルゴスに説明を求めるように誰もが視線を送る。
デミウルゴスは代表して告げる。
「アインズ様とフラミー様は……その者をお許しになりました……」
フラミーはアインズに布をかけられたルプスレギナをギュッと抱きしめ、泣きそうな声で謝罪を送りながらその顔にかかる髪をなで付けた。
「ごめんね……ごめんね……。私、私もう怒ってないから……怒らないから……許して……ごめんね……」
何故支配者達をこんな顔にさせるものがこの世に残る事が許されるのだろうかと皆首をひねる。
しばらくフラミーの謝罪が響くと、ルプスレギナとフラミーを抱いて立ち上がったアインズは、心を失ったルプスレギナを愛しむように抱えたまま玉座に腰掛けた。
フラミーはそっとアインズの上から降りて玉座の肘掛に座り、ルプスレギナの頭を軽く撫でる。
「アルベドよ……」
その声にアルベドが顔を上げた。
「私は前にお前に話しただろう……。カルネ村で……。私はナザリック全ての者を愛してると……」
アルベドが頷く。
「私は今こうして愛するお前達が、愛するルプスレギナを傷つけた事が悲しい」
ルプスレギナの瞳に光が戻る。
アインズも優しくルプスレギナの頭を撫でた。
「皆は、私達を慈悲深いと言ってくれたのは嘘だったんですか……?」
フラミーの言葉に沈痛な面持ちのしもべと守護者達が首を横に振る。
じゃあ……とデミウルゴスとセバスに視線を向ける。
「私はここで生きていくって言いましたよね……」
「「はい……」」
「私は嘘付きですか……?」
その問いに、フラミーがアインズを連れて去る事を想像した者達は唇を噛んだ。
「嘘つきですか……?」
フラミーの二度目の問いに、一番疑っていたデミウルゴスが応えた。
「いえ。違います……」
優しく笑ってフラミーはうなずいた。
「私達はここで生きていきます。怒る事も泣く事もありますけど、皆と一緒にここで生きていくと、それだけは信じてください」
皆が頭を深く下げた。
すると、アインズの腕の中からルプスレギナが小さく話し始めた。
「あいんずさま……ふらみーさま……。この度は私の失態、申し訳ございませんでした……。このるぷすれぎな、二度と御身に失望したと言わせぬよう、二度と御身にここにいられないと言わせぬよう、命を懸けてお仕えいたします。どうか、おゆるしください……」
そう言うルプスレギナに、アインズとフラミーは微笑みを送った。
会社勤めをする程生きたアインズとフラミーに比べて、ルプスレギナも僕も誰もがまだ生まれて半年と経たないのだ。
生後数カ月の赤ん坊に求めすぎていたことを反省する。
「私達からみたらまだまだ赤ちゃんだったのにね。ごめんね」
「お前の全てを許そう、ルプスレギナよ」
次回#41 フールーダの来訪
良かった(;ω;)