眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#20 バイト料と迷惑料

 リシャールは今日も劇場(キャバレー)に来ていた。

 昨日は気が付かなかったが、あの約束の廊下に行くためには入場料を払わなければならない。

 五万ウールの報酬と聞いていたが、三万ウールは入場料に取られるので実質二万ウールじゃないか。それでも高い報酬だが、気に入らない。

 あのミノタウロスはもしかしたら頭が悪くて、本国で立ち行かなくなってこちらへ移ってきたのかもしれない。

 今日はちゃんと一つ一つ教えてやる必要がある。

 本当はもう今月は劇場に来るお金はなかったので、仕方なくヴァレンに頭を下げて二万ウール借りてきたのだ。

 奴は卑しい奴だから、今日返すと言っているのにあまりに渋るので、「今日返せなかったら利子を払う」と言ってようやく貸してもらえた。まるで最初から今日絶対返せないと思っているような雰囲気だった上に、このやりとりは教室で行われたのだ。

 ローランも見ているところで恥をかかされた。

 リシャールの不快感はてっぺんまで来ていた。

 

 劇場の中から音楽が響いてくると、金を払っているのにあれを見られないことも不愉快でたまらなくなった。

 苛々して廊下を行ったり来たりしていると、今日も赤い煌びやかな廊下にミノタウロスは現れた。

「おぉ、ちゃんと来てるなぁ。ククク」

「当たり前だ。それより、ここの廊下じゃ会うのに毎回三万ウールもかかる。五万ウールじゃ足りないだろうが!」

「……そうかそうかぁ〜。でも、ここなら女も見られるだろ〜?出発はこのショーが終わってからだ。ちゃんと運べたら、明日もここで頼むよ」

「いいや、明日は別の場所だ。今日は友人に二万ウールも借りて来たんだぞ!プラスどころかマイナスだ!!」

 

 ミノタウロスはズンズンリシャールに近付いてくると、リシャールを冷たい瞳で見下ろした。思いがけずゾクリと背が震え、杖の場所を探してしまった。

「お前さぁ〜?本当にいいところのぼっちゃんなのかぁ?単なる無能に払う金はねぇんだぞぉ。大体よぉ〜、こりゃ錬金粉なんだよぉ。高価なもんは馬鹿には任せらんねぇんだぞぉ〜?」

 たった二万ウールすら工面できない小僧だと思われてしまっただろうか。

 リシャールは素直に謝ることにした。相手はなんと言っても、リシャールの有能さに投資をすると言っているのに、これでは無能であると言っているようなものだ。手元に二万しか残らないとしても、相手が五万を払うことには変わり無い。

 

「わ、悪かった……。まだ一度も仕事を成功していないのに、少し急ぎすぎたらしい……」

「そうだぜぇ。これは信用商売なんだからなぁ。今日成功させて、また明日も成功させて、そしたら、どんどん金は増える。お前は毎日劇場にも来られる。ちんけな事はすぐに気にならなくなるさ。おぼっちゃん」

 リシャールは数度頷き、ごくりと喉を鳴らした。

 今日ここにくるのに自腹で一万使っている。二万は返さなくてはいけない金だ。五万のうち残りは二万。そしたら、明日またここにくるのに一万借りる必要がある。

 だが、明日さえ乗り切り明後日も運ぶことができればもうそこからは雪だるま式にプラスになっていく。

 一度の荷物の運搬で謂わば二万ウールも貰える仕事など滅多にない。少なくとも生活課に貼られているような物にはないだろう。ショーだって見て行かれる。

 リシャールの心が決まる頃、男は本当に両手の平に乗る程度の小包を取り出した。

 

「これが荷物だ。こいつを持っていけ。行き方はこのカードに書かれている。何、乗合馬車(バス)を四本乗り継ぐだけさぁ。ただし、二つ目の乗り換えの前にある隣町のヘレフォード外科医院には気を付けろ。あそこはとんでもない医者がいる。俺が医院を開くのを邪魔するクソッタレがなぁ〜」

「わ、わかった」

「ようし。ショーを見終わったら向こうで俺の仲間にそれを渡して、金を受け取れ。後はまっすぐ帰って良いぜぇ〜。上手くできそうだと思ったら、明日またここに来い」

 リシャールは小包を包む風呂敷を大切に抱え、カードに目を落とした。

「……これが行き方だな。相手の名前は――」

「読み上げるな!馬鹿タレがぁ」

 

 突然の声の大きさに思わず肩が跳ねると、ミノタウロスはにっこりと笑った。

「それは、俺たちがビッグになる時に利用するやつの名前だ。他のやつに聞かれたら、他のやつに利用されるだろぉ〜?」

「な、なるほど。そう言うことか」

「飲み込みが早いなぁ〜。お前はやっぱり、俺の見込んだ通りの男だ。さぁ〜楽しんでから行こうぜぇ。人間の女はいいよなぁ。ククク」

 

 ミノタウロスが劇場に消えて行くと、リシャールも自分の席に戻った。

 ここからリシャールの成功譚が始まるのかと思うと鼓動が止められない。大音量で奏でられる音楽が高揚感を一気に底上げさせた。

 

 ショーも終わると、リシャールはカードを頼りに乗合馬車(バス)に乗って夜の神都を行った。

 

 揺られ、揺られ、一つ目を乗り換える。

 揺られ、揺られ、二つ目を降りる。

 

(確か、ここのそばにヘレフォード外科医院とか言うのがあるんだったか……)

 リシャールは次の乗合馬車(バス)がまだ来ていないことを確認すると、念の為あいつの敵拠点を見ておこうと思った。

 その建物はすぐに見つかった。バス停からほど近くの建物に、その看板はあった。

 扉を開けて人が出てくると、一瞬白く清潔に保たれた内部が見えた。

(……ん?あれはルイディナ・エップレか?)

 一緒に白衣を着たミノタウロスが出て来て、二人は何やら笑い合っているようだ。

 バスを待つふりをして耳をそばだてた。

 

「エップレさん、本当にもう耳はよろしいんですかぁ?皆さんに外科手術の良さを広めて頂こうと思っていたのですが……いやぁ、残念です……。はい……。かなり気を遣って丁寧に縫ったんですがねぇ……。収音率にも問題が出ないギリギリを計算したんですが……」

「へへ、すみません。院長、サービスしてもらった半額はお返しします」

「あぁ、いえいえ、あなたの望む姿がかわったのなら、私から言う事はありませんし、気にしなくていいですよ。私はただ、皆さんを望む姿にして差し上げる事が幸せです。でも、顔と指の脱毛は継続されるなら医院でやったほうがいいですね〜。また傷が付くと可哀想で見ていられませんから。ふふふふ」

「あぁー!恥ずかしいー!上手にできてたと思ってたんですけどぉ……」

 

「ふふふふ……ご自分でやった割には上手でしたよぉ。しかし、医師から見れば"おや?"と思うこともあります。あまりああ言う姿を外で見せてはいけません。ここなどは普通の外科医院ですが、近頃はスレイン州とは言え闇医者も出ているようです。彼らの料金設定は我々と変わりませんが、許可を得ている医師とは違って痛み止めの種類や手技に問題がある。そう言うところには決まってゴロツキが出入りしていますからねぇ」

「痛み止めの種類、ですか?」

 

「えぇ――コカですよ。神聖魔導国ではそもそも持ち込みすら禁止された薬物です。我々の本国でも手術でしか使われないコカを術後の痛み止めとして多めに処方するのです。手術で多幸感を得られたと勘違いさせ、何度でも不要に体を刻み、神殿などとの繋がりを長期に亘って断たせて依存させます。そして、コカの処方を患者が望むように仕向けるのです。コカはとても高価なやり取りがされていますし、彼らは恐ろしい犯罪集団です。なので、外科が必要なときはぜひこのヘレフォードへ。ふふふふ」

 

「もー!そんなこと言って、また院長ったら商売上手なんですからー!」

「ふふふふふ……。では、美の魔法を欲しても、大金を欲しても、決して怪しい者には近寄らないように」

「はーい!じゃ、また来週部分脱毛とネイルに来まーす!」

「その時には新しいピアスの穴の安定性も一応確認させてください。もう暗いのでお気をつけて〜」

 

 リシャールの背をたらりと汗が垂れた。

(は、犯罪集団……?こ、この荷物は……ま、まさか……)

 

 小包にちらりと視線を落とす。

 

 ルイディナが元気にリシャールとは違う方向の乗合馬車(バス)へ向かって走って行く。

 

(……まさかな。だって、ここの院長はあいつの開業を邪魔するって――あれ、あいつの名前ってなんだっけ)

 また名前を聞き忘れていた。

 明日こそ名前を聞かなくては。

 いや、明日も本当に行くべきなんだろうか。

 

「――もし」

 リシャールが悩んでいると、突然肩に手が置かれた。

「っひぇ!!」

「おやおや、これは驚かせてしまいすみませんねぇ。あなた、もしかして悩んではいませんか?」

 ゆらりと現れたのはヘレフォード院長だった。

「な、悩んでなんかいない!!うるさい!!」

 その手を振り払い、リシャールは来ていた乗合馬車(バス)に駆け込んだ。

 乗合馬車(バス)が出発する。

 ほっと息を吐いていると、窓の外ではジッとヘレフォードがリシャールを見ていた。

 夜の神都で、ミノタウロスの両目は光り、いつまで経ってもリシャールから視線を外す事はなかった。

 

 ようやく乗合馬車(バス)が曲がると、ヘレフォードの瞳は見えなくなった。

「……ふぅ」

 冷静に考えれば、商売上手の院長のようだし、ああやって若い子を脅かして自分の所にだけ通わせるように仕向けているんだろう。

 だから、それがリシャールの子分の開業の邪魔に繋がる。そして、リシャールのように手伝う者を排除しようとするのかもしれない。

 そうでなければ、リシャールのことを認めてくれたあいつが犯罪者で、リシャールはただ利用されている駒ということになってしまう。そんなわけはない。

 あいつは確かにリシャールのオーラを感じ取って話しかけて来たのだから。

(全く、ミノタウロス同士だって言うのにとんでもないやつだな)

 

 また乗合馬車(バス)を降りて乗り継いだ。

 最後の乗り換えを済ませて乗合馬車(バス)を降りた所でリシャールはカードを確認した。

(……相手の名前はデフロット、か。こいつはどうも使い捨ての駒のようだからな)

 

 小さな地図に書いてある通りに道を進み、指定の場所に着く。

 そこには、永続光(コンティニュアルライト)の下にぽつんとベンチがある以外は何の変哲もない道だった。

「――リシャールのおぼっちゃんかい?」

 声をかけられると、リシャールは胸を張って頷いた。

「そうだ。お前がデフロットだな」

「えぇ、えぇ。そうですとも。いやぁ、賢いぼっちゃんだとは聞いていましたが、いやー察しもいい。ミノタウロスじゃないから気付いてもらえないかと思いましたよ」

 デフロットは街灯の下に姿を見せた。それは人間だった。

 痩せていて卑屈そうで、無能そうで、あいつが少し可哀想になる。ただ、服装だけは一丁前に良いようだった。

「ほら、頼まれたものだ」

「あぁー!ありがとうございます!良かった〜!この錬金粉を持って行かなきゃいけなかったんですよぉ!」

 デフロットは風呂敷を開けると、中の小包を隅々まで確認した。

「薬師の工房に持っていくのか?」

「えぇ、これが明日には人を救うんですねぇ。なぁんてやり甲斐のある仕事なんでしょう」

「なるほど。俺の地元はエ・ナイウルだから、錬金粉や薬師の重要性はよく分かっている。なんと言っても、国一番の治癒の追加寄付額を誇る都市だからな」

「はは〜さようでございましたか!それなら、興味本位で開けたり盗んだりはされませんねぇ。ふふふ、何よりです。私は朝から晩まで働き詰めで、卸しの仕事はこうして夜にやるしかないんです。今後も助けていただけると嬉しいですねえ」

「あぁ。明日もまた来てやろう。期待しておくといい」

「ひひひっ。よろしくお願いします。それでは、また明日。どーうぞ、足元お気をつけくださいませね〜!」

 

 闇夜にデフロットが溶ける。

 リシャールは依頼を達成できたことに満足し、バス停に引き返した。

 

 そして、ふと一つのことに気がついた。

「――か、金を受け取ってない」

 慌てて先ほどの街灯ベンチに戻ったが、デフロットはもうどこにもいなかった。

「む、無能が!!使い捨てのコマ野郎!!あいつ、どこまでも馬鹿なのか!!」

 非常に腹立たしい。これでは明日ヴァレンに金を返せない上に、さらに三万円を借りなければ劇場のあの廊下でミノタウロスに会うことすらできない。

 ぎりぎり残っている小銭でなんとか帰りの乗合馬車(バス)を乗り継いでリシャールは寮に帰った。

 

 頭の中は明日ヴァレンに金を貸して欲しいと頼まなければいけないことでいっぱいだった。

 その夜はヴァレンの部屋に行ったが、奴は依頼バイトに駆けずり回っているのかいなかった。できれば寮内で金銭のやり取りをしたかったのに。

 

 そして翌日。

 ローランが校門にいるのを見つけた。

 隣には荷物の多い男子。あいつとはどう言う関係なのだろうか。毎朝あいつといる気がする。確認しなくてはなるまい。

「――ローラン、よう。おはよう」

「あ――ど、どうも。エクスナーさん。おはようございます」

「今日は暑いな。そっちは?」

 ローランが答えるより早く、男子が口を開いた。

「僕は薬学科だよ。幼馴染なの。それが何?」

「そうか。別に特に用はないさ。ローラン、一緒に教室に行くか?」

「いえ。わたくし、まだここにいますので。暑いですし、お気になさらず行ってくださいませ。悪いですわ」

 なんてできた女だろう。やはり、こうやって気を遣える女がいい。だが、行く!と飛び付いてくる可愛げも少しは必要に思う。

 

 夏服のローランはローブは畳んで鞄と持っていて、真っ白いブラウスが眩しい。

 首には細く長いネックレスをしていて――トップは服の中にしまわれていて見えない。

 少し首を伸ばして胸元を覗き込もうとしてみる。どんなものを着けているんだろう。

 石がついているのだろうか。似ている物を手に入れたらお揃いのように見えるだろうか。

 肩をすくめて小さくなり、どことなく潤んだ瞳で見上げてくる様子が妙に愛らしい。普段強気な女のこう言う顔はそそるものだ。

 思わずこの双丘を丁寧に揉みしだく想像がよぎる。

「――用はないんだよね」

 隣の薬学科に言われるとリシャールは「ふん」と鼻を鳴らして校舎へ向かった。

 

 今はこれで良い。ヴァレンに教室で金を借りられないか確認する必要があるし、もう少しローランには校門にいてもらったほうが都合がいい。

 ヴァレンは色気付いていて、一昨日買ったアンクレットもブレスレットもしていた。

「よう、おはよう。返してくれるんだよな」

 金の力は強い。ヴァレンの話しかけ方は、いきなり立場が逆転したようにすら錯覚させられた。

 

「おはよう。なぁ、悪いんだけど、色付けて返すから今日また三万貸してくれないか」

「……なんでだよ。色付けては当たり前だろ。今日返せなかったら利子払うって言われてたんだし。それから、追加で三万は無理。あとは親に頼れよ」

「そ、そこをなんとか」

「無理。俺も金がなきゃ困る」

「わ、分かった!今夜中に絶対に返す!合わせて六万にして返す!!これは投資だ!!それも、人を救うような!!」

 ヴァレンは足元から頭の先までじろりと見ると、ため息を吐いて財布を取り出した。

「その言葉忘れるなよ」

「あ、あぁ!!」

 三万を受け取ってすぐに自分の財布に入れる。

 周りからの視線を感じると「は、はは。どうしても乗り遅れられない投資があってね」と周りに言った。

 教室の入り口の隅の方にローランが来ていたことに気がつくと、リシャールの中にはまた怒りがもやりと動いた。

 ヴァレンと、昨日の無能のデフロットのせいで恥をかいた。しかも、色を付けると言ってしまったのでまた取り分が減ってしまう。リシャールは無能のデフロットに利子をつけて払うように絶対に言うと決めた。

 

 魔法学の時間になると、今日は一番広い階段教室で首席が来ての授業だった。昨日も魔法学はあったが、昨日は個別の教室で首席の来ない理論の授業だった。

 首席がミズ・ケラーや他の神官と一緒に教室を回り、回復魔法の基礎になると言われている第一位階の<修復(リペア)>を皆が使えるようになるか見て回っている。

 一昨日のことを覚えていないのか、首席はリシャールの席に来ると、「どうかな?」と声をかけてきた。

 上級生でもないくせに。

「俺はまだゼロ位階しか使えないんだ。俺に構うな」

 そう言ってやると肩を叩いて去っていった。

 ムカつく野郎だった。

 この日の授業が終わると、首席はローランの下へ行っていた。

 

「朝のことロランから聞いたよ」

「耳が早いんですのね。でも、ただ声をかけられただけですわ。大丈夫」

「うーん。流石に登校前とかには天使を付けてあげられないからなぁ……。何とかならないかロランにも言われて少し考えたんだけど、もし、レオネが許してくれるなら、これを持っててくれないかな……?」

 首席はローブの内側から巻物(スクロール)を一本取り出してローランに渡していた。

「い、いけませんわ。高価です。ね、お父上がキュータさんのために用意して下さったものでしょう?どうか大切になさって」

「これは僕の小遣いで父様から買い取るよ。持つだけ持っておきな。もちろん繋ぐ先はロランや一郎太だって、レオネのお父上だっていいよ。レオネが安心できると思う誰でも良いから。お守りがわりになる」

 

 ローランは慎み深く断っていた。

 あんな物、どう考えても邪魔だし、借りとしてデカすぎるだろう。ローランが気を使って可哀想だった。

 込められた魔法は<浮遊板(フローティングボード)>とかだろうか。高価なものを押し付けて厄介な奴だ。

 

 リシャールは今こそと席を立った。

 階段教室をどんどん降りていき、首席とローランの間の机に手をついた。

「――ぁ……」

 ローランがリシャールを見上げる。最高の気分だった。ヒーローの登場だ。

「困らせるなよ。ローランが――レオネが可哀想だろう」

 名前で呼んでみた。首席は目を細めてリシャールを観察した。だが、この間道であった時のような感情は湧かなかった。ただちょっと顔のいい男に睨まれただけだ。

「――君、悪いんだけど授業中じゃないから優しくしてやれない。下がってくれないか」

「言うに事欠いてダサいセリフだなぁ?弱い奴が喧嘩を避けるために言うセリフだ」

「あ、あの。やめてくださいませ。――わたくし、こちらお借りしておきます」

「……レオネ、いつも僕のわがままでごめんね」

「いえ、とんでもありませんわ」

 リシャールは圧倒的勝利感に口元を思わず歪めた。

 こいつを謝らせることができたのだ。

 

「レオネ、困ったことがあったら俺に言うが良い。解決してやるよ。ふっふっふ。お前は言いたいことを言えないこともあるだろう」

「……どうも。でも、ほとんどありませんわ。わたくし誰が相手でも言いたいことは言いますもの」

「ほーう?そうかぁ?なぁレオネ、また一緒に昼飯行くか?こないだ一緒に食った時は楽しかったよなぁ?」

「……わたくしミズ・ケラーに聞きたいこともありますし、まだ食事には行きませんの。お先にどうぞ」

「そうか、じゃあまたな。――首席、お前首席だからって特別扱いが普通だと思うなよ。な、レオネ?」

「え、えぇ……。そうですわね」

 

 リシャールは最高の気分で階段教室を後にした。

 

 その日の昼ごはんは一人で食べた。ヴァレンは不愉快なので一緒には食べてやらない。

 たらふくランチを取ると、リシャールは今日必要なことを心の中で唱えた。

(今日はあいつの名前を聞くことと、昨日の分の金を無能のデフロットに耳を揃えて返してもらうことだ。そしたら、一気に十万ウールが手に入る!バカのヴァレンに六万ウールを返しても――四万ウールの儲けか!すごいぞ、すごいじゃないか!)

 それだけあれば何ができるだろうかと良い気分になる。

 ――が、すぐに気がつくことがあった。

 四万ウールのうち、三万ウールはまた翌日の入場料に使うことになる。

 しかも、乗合馬車(バス)だってただじゃない。

(ま、待てよ……。今日乗る乗合馬車(バス)の金がないぞ……)

 あいつは先払いで渡してくれるだろうか。

 いや、五万ウールも無能のデフロットに先に持たせているのに更に金をと言うことはあいつだって難しいのでは。

 リシャールは途端に行き詰まった。

(……親が金を送ってくるのは明後日だ。とにかく、明後日には八万が手に入る。明後日八万渡すことを約束して……ヴァレンにもう少し頼むか)

 

 だが、教室ではもう頼みたくない。

 リシャールは普段通りヴァレンと普通に授業を受け、帰り道に切り出した。

「――なぁ、俺は明後日親から仕送りが来るんだが」

「あぁ。いつもの八万のやつだろ。羨ましいなぁ。俺もそんだけ仕送りが来ればなぁ。毎月うちは二万だよ。子供の小遣いか」

 ちんけな額だ。リシャールは何度も頷き、切り出した。

「その八万何だが、届いたらそのままお前に渡すから、悪いんだがもう二万用立ててくれないか」

「はぁ!?もう金がねぇよ。バカじゃねーの。何にそんなに使ってるんだよ」

「投資なんだ。投資だから先に金を払わなきゃならない。配当金がまだで困ってる。お前にはこういう金の稼ぎ方が分からないだろうけど、投資は投機が一番大事なんだよ」

「……ちぇ。分かったよ。だけど、絶対明後日八万貰うからな。待ったはなしだ」

「あぁ。当然だ」

 

 ないとかなんとか言っておきながら、ヴァレンはもう二万出した。だが、財布を覗き込んだが、本当にもう万札はこれで終わりのようだった。

「お前も、これはある意味投資だ。七万を俺に数日貸す事で、八万になってそれが帰ってくるんだからな。わかるか?」

「……なるほど。割はいいな」

「だろう。自分で動かなくていい、泥臭くない稼ぎ方だ」

 ヴァレンはそう言うものかと唸った。

 寮に着くとそれぞれの部屋へ帰り、リシャールは着替えた。

 早く新しい服も欲しい。

 

 今日も劇場に着くと、そのまま廊下であいつが来るのを待った。音楽が流れ始め、廊下まで賑やかになる頃、またあいつが現れた。

「よぉ〜!ちゃんと届けてくれたらしいなぁ!」

 ヘラヘラと手を振ってミノタウロスが現れると、リシャールの中の燻っていた火は一気に燃えた。

「お前な!あの無能に金はちゃんと渡すように言え!昨日俺は金を受け取らないで帰ったんだぞ!!おかげでまた友人に金を借りた!!会う場所もここはいちいち金がかかりすぎる!!」

「あぁ〜?」

 

 リシャールよりよほど大きいミノタウロスはぐぅんと腰を屈め、下から覗き込むようにして行った。

 

「お前はよぉ〜。金を受け取らずに帰ったのかぁ〜?」

「そ、そうだ!お前がちゃんと渡すように言わないから!!」

「はぁ〜?奴は物を受け取った、金を渡したって言ってたぞぉ。どっちが言ってる事が正しいんだろうなぁ。俺には分からん」

「無能が嘘を言っているに決まってるだろうが!!俺の賢さを見込んだお前がなんでそんなこともわからないんだ!!」

 扉の向こうからジャンジャンジャンとノリのいい音楽が響いてくる。それに負けないようにリシャールは叫んだ。

 

「おかしいだろうよぉ〜?なぁ〜。おかしいだろうよぉ〜?つまりこうかぁ?賢いリシャールぼっちゃんが、金を受け取りもせずに、その場を離れた。いや、金と交換で物を渡さなかったってことじゃあねぇかよぉ〜?そうじゃなきゃあなぁ。奴だって金を渡さない訳がないんじゃあねぇかぁ〜?それとも、お前はただの無能なのかぁ〜?そうじゃあねぇよなぁ〜?お前はよぉ〜人の上に立つ人間だろぉ〜?」

 

 リシャールはハッと口をつぐんだ。

 金の受け取りの確認を取らずに物を渡した事も、何も考えずにいい気になって引き返し始めてしまったのも確かに自分だ。そして、無能のデフロットに指図してやらなかったのも自分だ。

「……確かにその通りだ。今日持っていったら、やつには言い聞かせるようにする」

「あぁ、あぁ。それでこそリシャールぼっちゃんだ。ククク――じゃあ、今日も頼むぜぇ」

 ミノタウロスが昨日とは違う風呂敷包みを寄越す。

 だが、リシャールはそれを受け取る前にミノタウロスを見上げた。

 

「そうだ。お前の名前はなんなんだ?お前を支援してやるためにも、名前は聞いておかなきゃならない」

「おぉ〜〜!そうだそうだ。まだ名乗ってなかったなぁ〜。俺の名前はロスボスだぁ。よろしくな、港湾都市エ・ナイウルのリシャール・フラッツ・リイル・エクスナーぼっちゃん」

 フルネームできちんと覚えられていることにリシャールは満足感を覚えた。

 荷物を受け取ると、「じゃあ、今日も頼むぜぇ〜」とロスボスは劇場に入って行った。

 リシャールも劇場に入り、女の尻を見ながら無能のデフロットを叱責する言葉を頭の中でひとつひとつ拾い上げた。

(そうだ。俺は人の上に立つ男だ。馬鹿で無能な奴の尻を叩いてやらなきゃならない。それで、皆があっと言うような金持ちになって、あの首席の野郎にも二度と"下がってくれないか"なんて言わせないぜ)

 

 むしろ、下がれと言ってやるんだ。

 そう言えば、金が手に入ったらリシャールは自分で首席の家庭教師を雇うこともできる。

 楽しみで思わず笑いが漏れた。

 周りの大人たちが酒を飲みながらショーを見ているのが今日は一段と羨ましく感じる。こんな気分の時こそ酒が必要だろう。

 だが、リシャールの席にはいつもオレンジジュースだ。

 年齢は時に残酷だ。

 

 その後ショーも終わり、リシャールは今日も乗合馬車(バス)を乗り継いで荷物を運んだ。

 ヘレフォード外科医院の前には誰もおらず、少し安心した。

 念の為持って行き先を確認する。確かに昨日と同じ街灯の下だ。

 少し座って待つと、無能のデフロットは現れた。

 

「――やぁ〜!ぼっちゃん!今日も来てくれたんですねえ!」

「おい、お前昨日金を渡さなかっただろう。今日は昨日の分を先に寄越さないと荷物は渡さないぞ」

「えぇ〜?昨日の分?どう言うことですかぁ?」

「しらばっくれるな。俺の昨日の取り分をもらってない!出さなきゃ渡さないって言ってるのがわからないのか!!」

 

 デフロットは困り笑顔でリシャールの隣に座った。

 

「渡しましたよぉ〜酔っ払ってたんじゃないですかぁ?」

「貰ってない。早くよこせ。利子付けてな」

 

 眉をハの字にしたままの笑顔で、デフロットはリシャールのすぐ後ろの背もたれに腕をもたれさせた。

「――なんつったんだぁ?おい」

「え?」

「ガキがよぉ。てめぇは満足して帰ったんだろ?あぁ?なんで満足したんだ?金を受け取ったから満足したんだろ?それとも金を受け取らなくても満足したのか?それなら、てめぇは今日も金はいらねぇはずだよなぁ?あぁ!?」

 突然デフロットは鬼のような形相になり、リシャールを覗き込んだ。

「なんとか言えや、クソガキがぁ。早く選べっつってんだろぉ!?てめぇは昨日も金を受け取ったから満足して帰った。だから今日も五万を受け取って帰るかぁ!?それとも、てめぇは昨日金を受け取らないでも満足して帰った。だから今日も金はいらねぇ。どっちなんだよぉ!!」

 

 リシャールは歯の奥をガタガタ言わせると、何度も頷いた。

「う、う、受け取りました。だ、だから、今日も……五万ウール、く、ください」

 怖くて呼吸が浅くなるのを止められない。冷や汗がだらだら流れていく。

 デフロットはリシャールから離れて座り直すと、また眉をハの字にしたゴミのような笑顔を作った。

「そ、そうでしょうよぉ。やだなぁ〜。はい、五万」

「あ、ありがとうございます……」

 五万を受け取ろうとすると、デフロットはヒュッと金を上げ、リシャールの手は宙を切った。

 

「……迷惑料、払ってくれますよねぇ〜?変な言いがかりつけられて、僕怒られちゃうかもしれないですしぃ」

「え、え?」

「迷惑料。当たり前でしょ?」

 デフロットは笑顔のまま五万の束から二枚抜き取った。

 リシャールは震える手で三枚を受け取ろうとしたが、デフロットは二枚の方を差し出した。

「あ、あの……に、二万じゃ……劇場も入れないんですけど……」

「……だから?自分の尻拭いくらい自分でしろよ?リシャールぼっちゃん。それとも、てめぇの実家に連絡するかぁ?エ・ナイウルにあるんだってなぁ。リシャール・フラッツ・リイル・エクスナー」

「そ、それは……」

「遅れずに明日も来いよ」

 二万を置き、デフロットは荷物を持って去って行った。

「……な、なんなんだよ。……なんなんだよ!!」

 リシャールはあまりの悔しさと恐怖にぼろぼろ涙を落とした。

 何度目元を拭っても止まらなかった。

 今自分に何が起きているのかわからない。

 でも、明後日には仕送りの八万ウールが――いや、あれはヴァレンに渡す約束をしてしまった。

 手元にはヴァレンに借りた一万ちょいがある。明日劇場に入る金はとりあえず貰えた二万もあるので何とかなる。

 問題はその次の日だ。

 五万満額もらえるのだろうか。それとも、デフロットがまたいくらか盗むのだろうか。

 もうやめたいと少し思うが、あのリシャールに恭順的なロスボスのことや、劇場を楽しんで尚且つ二万円という事を思うと踏ん張りどころのようにも思う。

 何より、デフロットが実家にあれこれ連絡するのが嫌だ。

(……とりあえずは帰ろう)

 

 リシャールは次の日意気消沈して学校へ行った。

 何もしようと思わなければ寮で二食食べられるし、昼の学食も学費に含まれているので金はかからない。

 生きることはできるが、とにかく明後日からのことが心配だった。

 行かなくなったらデフロットはなんて実家に連絡するのだろう。あいつの頭はおかしい。ロスボスにも教えてやらなくては。

 そうだ。金がなくなったら、ロスボスに一時的にでも借りよう。あいつはリシャールの将来性で甘い蜜を吸おうと言うのだから、少しくらい融通してくれるはずだ。

 

 隣でヴァレンがパッとしない女子に「なんか最近変わったよね!カッコイイの着けてるし!」と言われている。

 本当はそこの立ち位置は自分のためにあるはずだというのに。

 怒りと共に悔しさが押し寄せる。誰か慰めてくれないかなと教室を見渡した。

 その時、レオネが窓から顔を出して「キュータさんしっかりー!」と叫んだ。

 なんで今そいつを応援するんだ。大体、お前は首席を特別扱いしないでいいと言っていたじゃないか!

 リシャールの中で怒りがパンッと弾けると立ち上がった。

(お、俺の女のくせに!!)

 

 ツカツカと近付いていき、レオネが振る手をとった。

「な、なんですの?」

「行くぞ」

 リシャールがグンと引っ張ると、二人の前にヨァナが立ち塞がった。

「何。うちの姫放してくれる」

「邪魔だ!退け!俺はレオネと食事に行くんだ!」

「あんた、約束したわけ。いきなり意味わかんない」

「連れて行くって言ってんだ!退け!ぶっ飛ばされんうちにな!!」

「やってみなさいよ。あんたは神官志望でしょ。私は聖騎士だよ。もう見習いで聖ローブルには名前も登録されてる」

 ヨァナが腰を下ろして手刀を眼前にそっと持ち上げる。

 リシャールはごくりと喉を鳴らした。だが、デフロットに引き続き女にまでコケにされてたまるか。

 

「な、なんですの……。一体なんなんですの……」

 レオネが言うとファーが「ミズ・ケラー呼んでくるわ」と廊下へ走って行った。

「し、首席くーん!!首席くーん!!お願いしまーす!!」

 ルイディナが窓から叫ぶ。リシャールは舌打ちをするとレオネの手を放した。

 

 もっと自由になんでもできるはずなのに。邪魔ばかりで、やりたいはずのことも、できるはずのことも一つもできない。

(――何故うまくいかん!!)

 レオネは戸惑いの瞳でリシャールを見上げていた。

「――呼んだ?」

 すぐそこの窓から、またあいつの声。

 リシャールは窓辺にしゃがむ首席を睨みつけた。

「首席!あいつレオネと約束もしてないのにレオネ引っ張ってご飯に行くとか言ってんの!」

「……はぁ。君、順番もやり方も間違ってることが分からないのか?少し頭を冷やせよ」

「う、うるさい!!邪魔が入ってばかりなせいなんだよ!!だ、大体お前!ここは三階だぞ!!」

 首席は窓からよいしょ……と教室に入ると杖を抜いた。それだけでリシャールは怖くなって何歩も下がった。

「あ、そう言えば窓から出入りするなって寮母(シスター)にも言われたばかりだったな。後でまたケラー先生に怒られるかな。うーん」

「ごちゃごちゃと!ふん!レオネ!俺は先に食事にいくからな!!」

 レオネが付いてこないかなと思うが、レオネはついてこなかった。ただ、心配そうにしてくれていた。

 

 教室を出る時、「学校にいる間だけでも天使いる?」と聞いている声が聞こえた。

 

+

 

「昨日は無能の駒をうまく説き伏せてやったんだってぇ〜?」

 ロスボスが笑顔でリシャールの背を叩く。

 リシャールは「ま、まぁな」と鼻の下をかいた。

「いや〜さすがリシャールぼっちゃんだなぁ。これで、後はどんどん金が入ってくるわけだぁ!やっぱり馬鹿は調教してやらなきゃならないよなぁ?」

「その通りだ!あの馬鹿、今日も目にものを言わせてやる」

「ククク――いい意気込みだ。今日の受け渡し場所はいつもと違う所だから気をつけろ。卸し先の工房が違う」

「ん?そうか。なぁ、品をそもそも受け取るのはここじゃないとダメなのか」

「――あぁ、ここじゃあなきゃダメだ。ショーが終わって出発したら確実に定刻で出られる。遅刻は一切なしだ。それに……俺はお前に奢ってやりたいんだ。飲めるだろぉ〜?」

「え?いや、まだ十六だから酒は飲んだことがない」

「ククク。ミノタウロスならもう飲んでるぜぇ。それに、周りも皆飲んでるだろうよぉ。酒を覚えておけば女に飲ませることもできるんだからなぁ〜?リシャールぼっちゃんの男を上げる準備ってやつだぁ。席に座ったら、お前のところにおすすめが行くようにしてやる。楽しみにしておけよぉ」

 

 ロスボスは笑って劇場に入って行った。

 慌てて中に入ると、もう黒毛のロスボスがどこに座ったかわからなくなった。

 

 しばらくオレンジジュースを飲んでいると、店員が細長いグラスを持ってきた。

 ショーの最中で暗がりだからかリシャールが未成年であるとは気付かれなかったようだ。

 チカチカと光の点滅の中、リシャールはそれを一口味わった。

 体験したことのない喉の熱さに一瞬戸惑いを感じるが、それもすぐに引き、後には鼻を抜けるような爽やかさと、ほんの少しの苦味が残った。

「う、うまい……!」

 これが大人の味か。

 リシャールは夢中で飲み干し、口の端から僅かに溢れた大人の味を拭いた。

 

 ふわふわといい気分でショーを眺め、時には手を叩いて笑った。

 もう一杯飲んでみたいと思うが、酒の名前がわからずその日は劇場を後にした。

 カードを確認してまた乗合馬車(バス)に乗る。

 うとうとしてくると、ハッと自らを取り戻し、約束の場所に到着した。

 今日は川沿いだ。綺麗に舗装された防波堤の階段を降り、指定されているまだ新しい橋の下で座る。

 時に小型船が行き交う様をリシャールはぼうっと眺めた。

「へへ、リシャールぼっちゃん。こんばんは」

 闇からゆらりとデフロットが姿を現す。

 昨日の恐怖が少しづつ胸のうちに湧き上がり、リシャールは顔を歪めた。

「き、今日は満額もらって行くからな」

「へいへい、それはもう」

 一気にホッとし、息を吐いた。

 デフロットは指をべろりと舐めると、札を数えて確かに五枚渡してきた。

「ぼっちゃん、今日は男の顔してますねぇ〜」

「ふ、そ、そうか。そうだろうな。俺は今日酒を少し飲んできたんだ」

「そりゃ景気のいいことで。じゃ、こちらはいただいていきますよ」

 昨日までのことが嘘のようにスムーズに取引を終え、リシャールは鼻歌混じりに寮に戻った。

 

 翌日、ランチの時間になるとヴァレンが寄ってきた。

「よう、今日は約束の八万貰うからな」

「当然だ。寮に帰る頃には私書箱に届いてるだろう」

 鍵のかけられる私書箱は寮生に一つづつ。リシャールは部屋の鍵のチャームを手の中でくるりと回した。

「それで、お前投資はうまくいきそうなのかぁ?」

「あぁ。昨日配当金が五万出たからな。今日また五万出るし、この数日で俺は合わせて十万手に入れるわけだ」

「す、すごいな!さすがリシャールだ!!」

「ふふふ!そうだろう?これが賢い稼ぎ方さ。しかも、人命救助にも関わる」

「な、なぁ!紹介してくれないか?頼むよぉ。生活課の依頼バイトはどれもケチくさいんだよぉ」

「まぁ、いつか時が来たなら」

「あぁ!ありがとよ!!」

 リシャールの中に巨大な感情が湧き、顔は自然と弛んだ。

 

 リシャールは昨日もらったばかりの五万ウールを持っているし、今日劇場に入る三万ウールを除いても二万ウールもある。明日明後日も運べば休日だ。

 ふんふん鼻歌を歌いながら食事をする。

 ――すると、離れたところで女子達と食事をするレオネと目が合った気がした。

(ふふ、休日どこかへ誘ってやるか。そうだ。昨日見かけた船に乗れないだろうか。女はああ言うのが好きなはずだ)

 そう思っていると、レオネは席を立って片付けを済ませ、リシャールの方へ来た。

 

(お!お!!やった!!やっぱりな!!)

 

 遠巻きに女子達が見守る中、レオネは食事をするリシャールを見下ろした。

「ごきげんよう」

「よう!」

「わたくし、何かあなたの気に触るような事しまして?」

 まるで、昨日の窓から首席が来てしまったことを詫びるようだ。リシャールはとびきりの笑顔で首を振った。

「いや!そんなことはない!気にすることはないぞ!!」

「そうですの……。では、悪いんですけれど、わたくしにあまり構わないでいただけませんこと」

「――え?」

 意味がわからない。

 これから二人の愛の物語が始まるはずなのに、彼女は何を言っているんだろう。

「ま、待て!おかしいだろう?なぁ、今度の休みには二人でどこかに行かないか?俺、か、金がたくさんあるんだよ。な?」

「お断りいたします。わたくし、男性と二人でどこかへ行くつもりはありませんの」

「お、え?はは。お前は慎み深いなぁ?」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

「ま、待てよ。待てって!」

 細い手首を掴むと、それはすぐに振り払われた。

「――わたくしの身に触れないでくださいませ。わたくしの身は神々のためにありますのよ。それに、これ以上あの方に迷惑をかけられません」

 

 周りでヒソヒソと噂話をするような声が聞こえてくると、リシャールは顔を赤くした。

「お、お前!つまんない女だな!!」

「結構です」

「このあばずれ!!」

 聞こえないとでも言うようにレオネは女子達と合流し、学食を去って行った。

 許せない。絶対に許せない。

「ひひひ、フラれたなぁ。あいつ、やっぱりお高く止まってやがる」

「ふ、フラれてなんていない!少し誘ってやろうと思っただけだ!」

 ガツガツと食事をすすめ、絶対にわからせてやるとリシャールは意気込んだ。

 

+

 

「レオネ、あんたやってやったね〜!」

「はぁ。信じられませんわ。嫌がらせされてるのかと思ってたのに、二人で出かけようですって」

「きも!身の程弁えろ!!」

 ヨァナが吐き捨てる横でルイディナとファーも百回頷いた。

 

「最後の言葉なんて最低よね」

「フラれたからってあばずれってどう言うこと!?あんな人間もいるんだね!?」

「変な人間なんてごまんといるものですわ。わたくし、あんな男に何を言われようと気にしませんわよ」

「ふふ、あなたは本当に強い女ね」

「――あ」

「なんですの?」

 ルイディナが指さす方ではキュータと一郎太があの木陰で昼寝をしていた。

 

「レオネ!あんたも寝てこい!」

「よ、ヨァナ。キュータさん達静かに過ごしてるのに悪いですわ」

「あなた、なんだかんだ言って気持ちは疲れたでしょう。いいのよ。疲れたって言って来たって」

「そうそう!席は取っておくから!」

 レオネは悩むと、小さく頷いた。

「……ありがとうございます。巻物(スクロール)を返すだけ。少しだけ話してきますわ」

「はいよ!」「あとでね」「首席君によろしくお伝えくださーい!」

 

 三人を見送ると、レオネは一つ茂みを越え、昼寝をする二人へ向かった。

 一郎太とキュータは足音を聞くとすぐに体を起き上がらせた。

「や、来たね」

「よう、レオネ」

「キュータさん、一郎太さん、休んでるところすみませんわね」

「いいよ。今度はどうしたの?元気ないね」

「そんな事はありませんわ――と言いたいところですが、少しだけ疲れました。今、あの方退治してきましたの」

「お?退治?レオネ、ぶんなぐってやったのか?」

 一郎太が言うと、レオネは二人の間に座り胸を張った。

 

「えぇ!ほぼぶん殴りましたわ!わたくしに構わないでって言ってやりましたもの!」

「はは、危ないなぁもう。何ともなくて良かったよ。あの子はどうだって?」

「あばずれ!ですって。失礼しちゃいますでしょ」

「それは失礼だね。君ほどルールにうるさい子も珍しいって言うのに。気にしなくていいよ。変なやつだからさ」

「ふふ、ありがとう。わたくし気にしてませんわ。少し気疲れしただけ。陛下方はわたくしがちゃんと過ごしてることをきっと見ていてくださってますもの」

 レオネが幸せそうに笑い、風に踊る髪を抑えると、ナインズはそれを掬って耳にかけてやった。

「うん、見てるよ。僕にはわかる」

「嬉しい。あなたが言うなら間違いありませんわ。だって――ミズ・ケラーも認める大神官ですもの」

「ふ、ははは。そうだね」

「えぇ。ふふ」

 

 三人は静かに笑った。

「それから、わたくしもう平気ですから、これお返ししますわね」

 レオネは以前もらった距離の制約を受けないという<伝言(メッセージ)>の巻物(スクロール)を取り出した。こんなものは聖典級の者しか持つことを許されない。

「持ってても良いんだよ?」

「いえ。これはあなたが万が一外で魔力を使い切った時のためのお守りでしょ?いけませんわ。本当に。わたくしはもう平気。目印も預からせてもらってますもの」

「ははは。目印も預かり物だったんだ」

「それはそうでしてよ!だから――ほら」

 レオネは首から下げるチェーンを服から引き出すと、トップについているロケットを開いた。

 加工されていない石はそのままの姿でころりと転がった。

 

「やっぱり加工してから渡してあげれば良かったね?」

「ふふ、うちの父もね。これごとネックレスにするように、グンゼさんのカーマイド工房に加工に出したらと言いましたわ。でも、これは大切な預かり物ですから」

 いつか己が死ぬ時、これは家宝ではなく神々の地に帰るべき宝だ。模範生レオネはロケットを閉じると、再びそれを胸に戻した。

 そうしていると、ふとレオネの視界の端にアガートが映る。

 レオネは立ち上がった。

「――さ、巻物(スクロール)もお返しできましたし、わたくしはもう行きますわ」

「うん、気を付けてね。わざわざありがとう」

「それはこちらのセリフでしてよ。何度も駆けつけて下さってありがとうございました。助かりましたわ。本当に。……すごく、安心しましたの」

「良かったよ。君が無事で」

 レオネは頬が赤くなるのを感じると、前を向いた。

「皆さんも遅れないようになさって!」

「はーい」

「へーい」

 アガートの横を駆け抜ける時、レオネはその肩を叩いた。

「いつも通りになさってね」

「あ、う、うん!ありがと!」

「ふふ、ごきげんよう」

 

 ナインズは元気なレオネの背を微笑んで見送った。

「キュー様……?」

 ふと、一郎太がいう。

「ん?」

「……キュー様……」

「なぁに?ご飯足りなかった?」

「い、いや。何でもないです」

「変な一太」

 一郎太はうーん?と唸って首を傾げた。

 そして、二人の下へアガートとレイが現れるとナインズは少し居住まいを正した。

 

「や、ミリガン嬢、レイ」

「スズキさん、こんちゃっす!」

「なんか、久しぶりになっちゃったね。キュータさん」

「うん、二人とも元気にしてた?」

「うん。とっても。それでもって、ずっとキュータさんに謝ろうと思ってた」

 レイが一郎太の横に座り、アガートがナインズの前に座る。

 ナインズは「何も謝ってもらうことなんてないよ」と本心から言った。

 

「私、こないだ変だったでしょ。ごめん。それでね、私もまた乗合馬車(バス)乗って脱走したいって言いたかったんだ」

「ははは。君は面白い人だね。ありがとう」

「また誘っていい?」

「うん、楽しみにしてるよ。一太は怒るだろうけどね」

「もう怒ってるに決まってんでしょーに。何逃げる相手の前で脱走の算段立ててんですか!」

 ナインズはおかしそうに笑うと立ち上がって駆け出した。

「その方が一太も面白いでしょ!」

「面白くなーい!待て、キュー様!」

「ミリガン嬢、レイ、またね!」

 

 二人はまた風のように駆けて行った。

 

「良かったっすね、アガート。まだ少し距離ある感じはしたけど、すぐに元通りになるっすよ」

「へへ。そうだと良いな」

「でも、今日とりあえず誘って見れば良かったのに。もう少ししたら期末考査に向けて特進科は勉強始めるっすよ」

「……げ!後で教室行こ!!引っ張り出さなきゃ!!」

「はははは、その意気で行ったらあっという間にまた大好きって言えるっすよ!」

「ぎゃー!恥ずかしいー!!」

 

 こちらの二人もチャイムの鐘が鳴る中駆けて行った。




リシャールくぅん、お金もらえてよかったねぇ〜!!
400話目にぴったりだよ〜!!

いやぁ青春が押し寄せてくるなぁ〜!

次回、明後日!!
Re Lesson#21 頬の痛み
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