眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#21 頬の痛み

「ふふふふ……ぐふふふ……!」

 あれから幾日。

 リシャールの手元には十二万ウールもの大金があった。親からの仕送りとも合わせれば二十万ウールだ。

 これだけあればかなり良い女を買うことだってできる。しかも、リシャールは欲しいものをあれこれ買っている。

 イカしたネックレス、腕輪、新しい服に靴。それでもまだこんなに金がある。

 毎日三万を払って劇場に行くのも慣れたものだし、酒だってすっかり覚えた。

 何と言っても、行くたびにロスボスが必ず一杯奢ってくれるのだ。

 仕事はないと言われた日にヴァレンと二人で劇場に行った時なんか、リシャールにだけいつものお気に入りを送ってくれて、店員に誰からだと聞くと、初めてロスボスが後ろの方に座っているのを見つけられた。

 あの時のヴァレンの顔と言ったら最高だった。

 

 もはやこれは依頼バイトというより、リシャールのライフワークだ。

 

 最高の学園生活を送っている。――だが、不満はまだある。

 一つは構うなと言ったレオネにまだ分からせてやれていないこと。

 レオネとは目も合わない生活をしているので、生まれ変わり始めたリシャールの事を見せ付ける機会には恵まれていない。

 二つ目は、今回の仕送りで兄が大きな劇の主役に抜擢され、エ・ナイウルでは話題の役者になりつつあると書かれていたこと。

 三つ目は――ヴァレンに地味なりに彼女ができたことだ。

 あいつはしょっちゅう彼女といるようになって、授業や昼食も彼女と過ごすことが増えた。

 だが、あんな女で満足しているのだからレベルが低い。

 

 寮でダラダラしていてもつまらないので、リシャールは出かけることにした。

 一応ヴァレンの部屋に寄る。ノックをすると、バタバタとすごい物音がし、扉は開いた。と言っても、扉は細く細く開けられていて、顔を出してはいない。

「な、何だ。リシャールか」

 まだ起きたばかりなのかボサボサの髪でへらりと笑った。しかもズボンしか履いていない有様だ。

「はぁ……。おい、いつもの行かないか。適当に買い物をして、(キャバ)――」

 そこで、ヴァレンは目にも止まらない速さで部屋を出てきてリシャールの口を塞いだ。

「しー!」

「な、なんだよ。気持ち悪いな」

「い、今ちょっと来てんだよ」

「来てるって何が」

「か、の、じょ!彼女!」

 リシャールの不快感は顔に出ていただろうか。ヴァレンは気まずそうに笑った。

 やつは裸足だし、ズボン一丁だし、これは明らかにそう言う事(・・・・・)だ。

「実は昨日泊まってもらっちゃったんだ」

「アホか。寮父に女を泊めたことがバレたら停学になるかもしれんぞ。しかも万が一妊娠でもしたらどうするんだ」

「……うん、それは反省してる。でも、万が一があっても、俺学校辞めて働くから」

「はぁ!?魔導学院だぞ!?続けて良いところに勤めた方がいいに決まってるだろうが」

「はは、ま、もしもの話。でも、俺あいつに本気なんだよね。だからさ、もう劇場行くのもやめるわ」

 どこか清々しさすらある顔でヴァレンは笑った。

 先ほどヴァレンの部屋を訪れる前までの高揚感に冷や水を浴びせられた。

 

「馬鹿か。お前はとことん先を読めていない。お前も見ただろうが。あそこに行くと俺に二時間程度の仕事を振ってくれているパトロンに気に入られるかもしれないんだぞ。そしたら、お前もこのうまい話に乗れる。だからお前を劇場に誘ってやってるという側面もあるんだ。なのに――」

「良いんだ。もう良いんだ、それも。彼女と一緒の依頼バイトを受けて、休憩時間も二人で勉強しながら過ごして、すごい幸せなんだ。少しづつだけど、成績も上向いてきてるんじゃないかと思う。中間の時あんなに嫌だった考査が今は楽しみなんだよ」

「だ、だけどお前、お前が良い仕事をすれば、二人で依頼バイトなんかしなくても勉強する時間だって手に入るだろうよ!」

「はは、それはそうかもしれないんだけどよぉ。彼女、言ってくれたんだ。俺の初めて買ったブレスレット見て、いつも頑張ってたもんねって。あ、こいつは俺が良いものを手に入れたから寄ってきたんじゃなくて、これを手に入れられるまでの俺を見てくれてたんだって。だから、見てて欲しいんだよ。俺の頑張ってる姿」

 リシャールはぱくぱくと釣られた魚のように口を動かし、その後唾を飲み込んだ。

 

「こ、後悔しても知らないからな」

「あぁ。お前も、少しは勉強したほうがいいぜ。次は期末考査なんだから、落第なんてなったら大変だ」

「うるさい!俺は平均的なところくらいには立っているんだ!お前と同じにするな!!精々ブスと添い遂げてろ!!」

 ヴァレンを睨みつけてやるが、ヴァレンは可哀想なものを見る目をして背を向けた。

「はぁ。じゃあな」

 扉はすぐに閉められ、リシャールは扉に耳を寄せた。

 

『――誰?寮父様?』

『ううん、リシャールだった』

『え、平気?言いつけられない?』

『流石にないでしょ。誰が言ったかすぐ分かるし。今来たって言えば寮父も何も言わないって。――ね』

『――ぁ』

 

 気色の悪さに扉から飛び退き、リシャールはダンダン!と足を踏み鳴らして寮を出た。

 神聖な学舎の一部である寮で何と言う真似を。

(何が落第だ!!この俺が落第などするはずがない!!)

 その足はまっすぐ魔法道具が置かれている店に向かった。

 大通りに面した一番良い店をガラス越しに覗き込む。

(俺だって……俺だって……!!)

 ここは魔導学院の生徒も多いので短杖(ワンド)の品揃えが抜群に良い。

 リシャールは新しい杖を手に入れようと思った。

 国営小学校(プライマリースクール)の頃から使っている短杖(ワンド)を首席の持つような力のあるものに変えれば、リシャールだって使用位階が上がるかもしれない。

 ショーウィンドウでぼんやりと光を放つ短杖(ワンド)は持ち手が銀色、本体が黒色だ。二本の蔓が絡み合い空へ向かうような姿が印象的だ。

 値段は――三十五万ウール。

 手が出ない。

 その隣は二十万ウール。こちらならと一瞬思うが、三万は劇場に入るために取っておかなくてはいけない。

 乗合馬車(バス)に乗る金もいるので、リシャールが使えるのは実質十六万。いや、念のため十五万ウール程度か。

 リシャールは店に入ると杖を物色した。

「いらっしゃい」

 丸い眼鏡をかけた老齢の男が椅子から立ち上がる。

「どんな杖を探しておいでですかな」

「使用できる位階が上がるようなものだ。もしくは、使用魔法が増えるような」

「ほっほっほ。それは夢のような杖ですのぅ。もしあったとしたら、陛下方がお持ちかもしれませんね。――先ほどご覧になられていたこちらなんぞは、魔力の消費を少しばかり抑えてくれるものです。昨日魔術師協会から下ろしたばかりのお品で、普段は十回しか使えないような魔法も、十一回使えればそれだけ魔法の練習もできます。冒険者であれば、命を繋ぐ力の源になる。素晴らしい品でしょう」

 ショーウィンドウの黒い蔓のような杖を取って老父は言った。

「なるほど……。――あれはどうなんだ」

 

 リシャールが顎をしゃくった先にあったのは、店のど真ん中でわざわざ<浮遊継続(キープフローティング)>の魔法がかけられ、台座の上で浮いてまわっていた杖だ。

 

「こちらはユニコーンの角を削り出し、ルーンが彫り込まれています。日に一度だけ魔法効果範囲を拡大化させることができます。工房はカーマイド。神の子により指導された経験を持つ若年の職人が悲願を叶えた特級品です」

「おぉ……持って見ても良いか?」

 既に手を伸ばしていたリシャールの前に、老父は入り込んだ。

「申し訳ありません。こちらは工房からの委託販売ですので、購入意思のあるお客様のみの試着となります」

 だから買おうと思っているのに。失礼な老人をリシャールは睨み付けた。

「――お値段は二百二十四万ウールでございます」

 ひゅっと喉が鳴る。

「そ、そうか」

 背を向け、他の杖を見る。

 首席が使ってる程派手な短杖(ワンド)はない。あのハーフ男が持つ魔石が大きくついたような物は値が張る。

 あいつらの魔石と短杖(ワンド)はどんな効果があるのだろう。

 

 リシャールは結局何も買わずに店を後にした。

 

 もう少し金を貯めてから来た方が良さそうだ。中途半端なものを買っても意味がない。最低でもあの黒い杖だ。

 大通りに出ると、ふと乗合馬車(バス)の展望席で見たくもない姿を見つけた。

 以前レオネと一緒にいた女二人と、首席とミノタウロスが展望席に座っていた。

(……ち。精々今の地位を楽しみやがれ)

 そして、ふと良いことに気がついた。

 あいつが出かけて行ったと言うことは、レオネとの仲を邪魔するやつもいないのではないか。

 リシャールは女子寮へ駆けた。

 

 首席のライバル、リシャール・フラッツ・リイル・エクスナー。

 最高の称号だ。

 

 リシャールは寮に着くと、掃除をする寮母に声をかけた。

「すみません。レオネ・チェロ・ローランはいませんか」

「――あら?ミス・ローランは寮生じゃありませんよ。まさか彼女また家出?」

「え?そ、そうなんですね。そうか……あいつ親が大神殿の神官とか聞いたことがあるな……。――ちなみに……家出って?」

「家出じゃないならいいわ。誰もが悩みを抱くことはあります。詮索しないように」

 寮母は深入りを一切許さないように告げると掃除に戻った。

 

(……あいつ、模範的でいたいだのなんだのしょっちゅう言ってるくせに家出なんかしてたのか。これは重要な情報だな)

 

 リシャールは寮を後にした。

 他にあいつがいそうなところと言えば、前にいたカフェくらいか。だが、カフェに行く友達は首席と出かけている。

(――あとは、大神殿か?確か、大神殿の清掃によく行くとヨァナが誰かに言っていた)

 寮に来れば大抵皆がいると思っていたが、彼女は神都出身なのだから実家から通っているに決まっていた。

 リシャールは行くだけ行ってみようと決めると大神殿に向かった。

 神都の街並みは古めかしいが美しい。白い建物達、思い思いに飾られる窓辺の花。

 暑くなってきても磯臭い匂いや生臭い臭いがしない。

 エ・ナイウルはなんだかんだと海のそばなのでそう言う臭いもしていた。

 

 大神殿に着くと、リシャールは解放されている大扉を潜った。

 入ってすぐのところではオシャシンなどが売られているが、別に欲しくない。

 さて、レオネはいるかなと首を伸ばして大神殿の中を見渡した。

 当然のように見当たらないのでリシャールは大神殿の一般公開されているエリアをふらふらと歩き回った。

 立派な建物だった。入学準備で親と神都に来た時に一度訪れているが、それ以来だったので何となく感動した。

 告解室がいくつも並ぶ。どれも人が入っているようだ。

 ずいぶん悩んでる者も多いんだなぁと思いながらそれの前を通りすぎた。

(お?こっちも一般公開か)

 

 初めて見る通路へ向かう。人の行き来はそう多くはない。

 その先には看板が一つ立っていた。

 

(……大神殿一般解放書庫)

 本など興味はないが、導かれるように中へ入った。

 学院の敷地内にある図書館よりはよほど小さいが、天井には美しい宗教画が描かれ、吹き抜けのバルコニーと見上げるほどの書棚が並ぶ空間だった。

 想像よりよほど広い。

 本を読む者、ハシゴで高いところへ上がっていく者、二階バルコニーで本を選ぶ者、天上をスケッチする者、ただぼうっと座っているだけの者。

 こんな良い場所があったのかとリシャールは歩みを進めた。

 

 そして、運命を見つけた。

 

 レオネが一人静かに勉強をしていた。

 ページを一つめくって読むと、心に刻むようにノートを取る。

 学校では見たことがない眼鏡をかけた姿で、真剣さが伝わってくるようだった。

 瞳が左右になめらかに動く。髪が邪魔にならないように片手で抑えたかと思うと、全てを片側に流した。

 細く白い首筋にリシャールの目は吸い込まれた。触ればどんな感じなんだろう。

 

「よう」

「――え?あら……どうも」

 レオネはリシャールを見ると眉を顰めた。何でそんな顔をされなくてはならないのだろう。

「……勉強か?」

「えぇ。少しばかり。中間考査はあまり良い出来ではありませんでしたので。まだ少し早いですが、もう期末に向けて少し進めてましたの。エクスナーさんはどうかされたの」

「俺は――」別に何の用もなかったが、今用事を決めた。「――俺も勉強だ。ずっとやってた」

「あら、気が付きませんでしたわ。感心なことですわね」

「ふ、ふふ。そうだろう。俺もあまり中間が良くなかったからな。次は上位に名を連ねる予定だ」

「そうですか。……わたくしも筆記くらいそうなると良いのですけれど。では、お互い頑張りましょうね」

 以前と変わらない様にレオネは笑ってくれた。もしや、彼女は首席に脅されていたのだろうか。リシャールは隣に座った。

「なぁ、どこかに行かないか?」

「……話を聞いてましたの?わたくし、勉強しておりましてよ。あなたも勉強されるんでしょう?」

「ずっとやってたと言っただろう。少しの休憩に、そう、茶でも飲みに行こう」

「お誘いありがとうございます。ですが、わたくしは男性と二人では出かけませんの」

 こんなに言葉を尽くしてやっているのに。

 

 静寂の場所なので、リシャールは声を落としたまま返した。

「お前、家出騒ぎを起こしたんだろう」

「……それが何か」

「男性と二人では出かけない?笑わせやがって。どうせお前も平気な顔で男と二人で出かけてるんだろうが。これを見ろ」

 リシャールは新しいブレスレットを見せつけた。

「――良いだろう。お前も欲しくないか。買ってやるぞ。ネックレスももう一つくらい欲しいと思っているだろ」

 人差し指で首筋を撫でるように、見えていた煌めくチェーンを軽く引っ張ると、胸の中からはロケットがぽろりと出てきた。

「ッ、さ、触らないで下さいませ!わたくしが今欲しいものはたった一つだけ」

「な、なんだ!買ってきてやろうか!」

「静寂の時間ですわ」

 睨み付ける目に映る感情は侮蔑。カッと来た。

 気が付いたらリシャールはレオネの頬を打っていた。メガネが飛んでいって床に落ちる。

 バチンと音が鳴り、手のひらにじぃんと痛みが返って来ていた。レオネの頬はみるみるうちに赤く腫れていった。

 そんなつもりはなかった。リシャールはハッとして、自らの頬に触れるレオネの肩に触れた。

「す、すまない。違うんだ。これは……その……お前が悪いんだよ……。男と出かけてるくせにかまととぶって。行こう。俺と行こう」

「……お引き取り下さいませ」

「――君!!何をしている!!」

 神官が声を上げる。

 リシャールは駆け出した。

 去り際、レオネが両手で顔を覆って泣いているのが見えた。神官が背をさすってやっていた。

 

(ち、ちがう!!あいつだって分かってたはずなのに!!家出もするような女のくせに!!何で俺と出かけない!!何で俺と肩を並べようとしない!!)

 

 人を押し除けて大神殿から出ると、外はギラリと夏の日差しが降り注いでいた。

 そのまま寮まで走った。

 自室で布団に潜り込み、なぜかリシャールが泣けた。

 初めて人に暴力を振るってしまったせいで胸が痛んだ。

 こんな思いをさせるあの女は悪いやつだ。

 もうあんな女に構うのはやめたい。

 そう思っているのに、リシャールはレオネのことばかり考えていた。

 

 ただ、ヴァレンとその彼女の様に仲良く席を並べたかった。

 ただ、二人の様に恥ずかしげもなく将来を誓い合いたかった。

 ただ、ちょっとの若い頃の過ちのように肌を重ねてみたかった。

 ただ、最初に言ってくれた様に「お互い頑張りましょうね」と笑って欲しかった。

 ただ一人、首席を特別な存在だと言わない彼女に、特別に思って欲しかった。

 

 リシャールは早く明日になってくれと願った。

 金を稼いで、良い杖を買って、良い成績を残して、皆をあっと言わせる。

 そのためにはやっぱり金だ。

 だが、レオネは金では靡かない。

 必要なのは、彼女が必死で手にしようとしていた良い成績。それを彼女に見せたかった。

 

+

 

「キュータ!放埒の旅、どうだった?」

 夕暮れ時、イシューが飴を一つ差し出してくると、ナインズは受け取って包装を取った。歩きながら咥えても、もはや「喉をついて死ぬ!」とかは言われない。

 

「面白かったよ。子供の頃はできなかった遊びばっかりで。でも、ほとんどイシューのスケッチの旅だった気がするんだけど」

「ははは!それは仕方ない!ね、キュータの絵も描いてあげたよ」

「え?そんなのいつの間に」

 鉛筆とスケッチブックを持ってきていたイシューは放埒の旅の間、すぐに座り込んだりして絵を描いた。

 

 今日やったことは主に川で遊覧船に揺られたことだ。

 乗り場に辿り着くまでも彼女は「あの入り口の看板良い!」とか言って走っていって、散々それをスケッチした。

 船に乗ってからも「この街並みは神都とはちょっと違うね」と絵を描いたし、新しい橋を見つけたら、大まかに形を描き残した。

 どこにでもあぐらをかいて座り込んで、なんでもかんでも自分の才能の一部(モノ)にしようと駆け回っていた。

 その後を走りにくそうな格好をしたオリビアと一郎太、ナインズは何度も追いかけた。

 

 結局一番放埒だったのはイシューかもしれない。

 

 ナインズはイシューから一枚絵を渡されると、それを見て笑った。

 デッキの手すりに寄りかかってどこかを見るナインズは、風に流される髪で顔が半分隠れていた。

「うまいね。でも、こんなにカッコつけてなかったでしょ〜」

「ははは!カッコよかったからそう描いてあげた!はい、一郎太も!」

「え、俺もかぁ。何か嫌な予感するんだよなぁ」

 渋々受け取った一郎太は、コツン、とイシューの頭をノックした。優しく。本気を出すと脳みそが弾ける。

「いてっ」

「流石にもっとカッコよく描けよ!カインもそうだけど俺のこと描くやつ皆絵下手か!!」

 デフォルメされた愛らしい二足歩行の牛さんが走り回っている絵だった。

「えーん、大事にしてよねぇ。特徴は掴んでるでしょ!」

「なぁにが特徴は掴んでるだよ!」

 ぷんぷん言う一郎太はなんだかんだ折れ目がつかない様に大切に筒状に丸めてお尻のポケットに差し込んでいた。

 それをナインズがすぐにお尻から引き抜き、二枚を丁寧に合わせて無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)にしまい直した。これで折れることはない。

 

 良い一日だった。ワルワラの時とはまた違う放埒の旅だった。

 誰のことも、何のことも深く考えずに駆け回り、見えたものを見えたまま表現し、好きなところで休んで好きなものを食べた。

 

「ね、キュータ君。次はどこいこっか!」

 オリビアが言う。オリビアは今日結構大変だったんじゃないだろうか。この白い少し踵の上がった靴は走るのに向いていないし、リボンのついたワンピースは床なんかに座るためにデザインされていない。

 

「次はオリビアの行きたい所にしようね。今日はイシューの行きたい所だったから」

「ふふ!ありがと!でも、私も船乗ってみたかったよ!とっても楽しかった!」

「そう?足は?また痛くなってない?」

「うん、治してくれてありがとう」

 オリビアが顔を赤くしてナインズを見上げると、ナインズはくしゃりとその頭を撫でた。

「えへへ。次はもっと走りやすい靴とカッコで来るからね!イシューに負けないくらい走るよ!」

「イシューが走らなければ良いだけな気もするけどね」

 二人はおかしそうに笑った。

 

「次はさぁ。どこか広い公園行ってバトミントンとかしたいなぁ!」

「えぇ〜。イシュー、それ一郎太君とキュータ君に絶対勝てないプランだよぉ」

「二人を別のチームにしてやれば勝機はあるよ!」

「俺が勝っちゃうからないだろぉ。俺と組んだもん勝ち」

「ははは。じゃあ、一太はもう審判だね」

「キュー様だってそしたら審判でしょ」

「それじゃあたし達がただ二人でバトミントンしてるだけじゃん!」

「でも、楽しそう。次はレオネやアナ=マリアも誘って皆で行こうね!」

「そうだね。楽しみ――ん?」

 大神殿に差し掛かると、ナインズは目を凝らした。

「キュー様どした?」

「レオネ」

「え?レオネ?」

 

 ナインズの足は自然と駆け出した。

 一郎太と過ごした前庭の噴水で肩を落とすレオネを見付けた。その隣でレオネの父が背をさすっていた。

「レオネ!」

「――キュータさん……?」

「殿――キュータ君」

「レオネ、これどうしたの?」

 レオネの小さな鼻は赤く、頬は少し腫れていて、ナインズが触れようとすると顔を逸らした。

「――あ、ご、ごめん」

「いえ……」

「とりあえず、低位の回復魔法はかけてやったんですがね……。はぁ。何やら学院の友人と大神殿の一般書庫で揉めたようでして……」

「友達と?レオネ、喧嘩でもしたの?回復魔法受けてまだ腫れてるなんてどんな力で……」

 ヨァナとルイディナは力が強そうだが、喧嘩をしたからと言ってこんなに思い切りレオネの顔を叩くとは思えなかった。

 レオネの前にしゃがんで手を握ってやると、レオネは泣きそうな顔で笑った。

「た、退治できてませんでしたの。わたくし、バカですわね。口もきかなければ良いのに。あの方勉強にきたって言ったから、わたくし、改心したんだなって思って」

「退治って……あいつが君の頬を打ったの?何でそんなこと」

「……休憩しにお茶に行こうって言われて、素直に行けば良かったのに。わたくし断って……ちょっと嫌味を言いました。わたくしが……わたくしが間違えたのでしょうね……」

「おぉ……レオネ……。余計なことを言わなければいいのに……」

 レオネからぽつぽつ涙が落ちると、レオネの父はせっせと涙を拭ってやった。

 

 ナインズは腕輪を抜いて一郎太に投げると杖をレオネの頬へ向けた。

「……使えてくれ。母様……お願い。――<大治癒(ヒール)>」

 ぼんやりと杖が輝き、レオネの赤く腫れる頬は何もなかった様に綺麗に直った。初めて使った魔法は成功した。

 

「レオネ、君は悪くないよ。僕は知ってる」

「……でも、わたくしあの方を挑発して――」

「そうだとしても君は悪くない。……悪くないんだよ」

 レオネは声を押し殺して泣いた。

 すぐ隣にオリビアが座り、抱きしめてやると、レオネはオリビアに縋って日が落ちても泣いた。

「……キュータ君、ありがとうございます。娘の肩ばかり持ってはいけないと思って、それを言ってやれなかった……」

 

 ナインズは自分の髪の色が溶けていく中、首を振った。

「……あなたは何よりも大切にされているレオネにこんな真似をされて……。一番怒っているはずなのに、冷静でした……」

「ありがとうございます……。はぁ……。明日から学院にやるのが何だか怖くなりますね」

 拝まれる前にナインズは幻術を掛け直すと、腕輪を差し出す一郎太から受け取って元の場所に戻した。

 

「――明日、レオネに負担じゃなければ朝から守護のために天使を渡しておきます。叩かせないし、万が一何かをされるようなことがあれば天使は低位でも回復魔法が使える」

「……正直申しますと、助かります。他の神官はで――キュータ君の力をなんだと思っていると言いそうですが……。何やら首筋を撫でられていたとかで……」

「……僕の力はただみたいなものです。気にしないで」

「キュータさん……」

 オリビアから顔を上げたレオネの涙は止まっていた。

「うん?」

「わたくし、自分で天使を呼べる様になりますわ。そんな面倒はかけられませんもの」

「……分かった。教えるよ。でも、今日明日でできるようにはならないと思うから、明日は天使を連れて行ってくれる?」

「……大丈夫。わたくし、幸いにも聖騎士といつも一緒にいますもの」

「……ヨァナだって女の子だろ」

「ふふ、ヨァナが聞いたら喜びましてよ」

「冗談言ってんじゃなくて。どうしてもそうするって言うなら、僕が説明に行く。君はどうせ自分が悪かったから叩かれたとか言うんだろうから」

「それは……」

 レオネはもじりと手元を見た。

 

「良いかい、君は神官になるかもしれないけど、全てを他者のために捧げることなんてないんだよ。自分を大切にしてくれ。そうでないと私達も素直に神官を受け入れられない」

「はい……殿下……」

「頼むよ本当に。じゃあ、また寮母さんにやましさを感じるとか言われるだろうけど……ちょっと女子寮行ってくる。――一太」

「ん。走る?飛ぶ?」

 ナインズはサッと髪をひとつに括った。

「走る。飛ぶと目立つ」

「あいよ」

「っえ、ふ、二人とも!ちょっと!!」

 

 二人の足は早かった。

 レオネは中腰になった姿勢からまた噴水に座った。

「レオネ、平気?あいつって、こないだの変な奴だよね?」

「えぇ。嫌になりますわよね。顔なんて親にも叩かれたことありませんのに」

「……許さない。あたし、本当にぶん殴ってやりたい」

「レオネパパ、レオネお休みさせてあげられないの?」

「うーん、おじさんもレオネが休むって言ってくれるなら、少し休ませたいんだけど……」

 レオネは即座に首を振った。

「いえ、休みませんわ。負けたみたいで自分が許せませんもの。わたくし、絶対に負けません」

「勝ち負けじゃないんだから……」

 イシューは「よし!」と声を上げると立ち上がった。

「レオネ!朝はあたしが送ったげる!」

「え、えぇ?いいですわよ。そんなの。あなた仕事もあるのにおよしなさいな」

「ダメ。それで、キュータかヨァナって子に引き渡すまで一緒にいる!」

「……皆過保護が過ぎましてよ。わたくし、この中では一番うるさい女ですのに……」

「レオネはうるさくないもん。はっきり言ってくれるだけだもん」

 オリビアの瞳からぽろりと涙が落ちると、レオネはその背をさすった。

 

「わたくしは本当にもう平気。聞いたことのない魔法で顔も治してもらいましたしね。ね、オリビア、優しいあなたが泣かないで」

 オリビアを真ん中にして、女子三人はギュッと抱き合った。

 

 レオネパパは空気だった。

 

+

 

 リシャールは翌日こそこそ登校した。

 教室に入る前に中を覗く。レオネの顔は綺麗に治っていた。

 神官にすぐに治されて綺麗さっぱり治ったか。

 安堵と共に教室に入った。

 

 昨日のことを謝りに行くべきだろうか。

 でも、レオネが悪かったのに本当に自分が謝らなくちゃいけないのか分からない。

 ヴァレンに相談したいが、奴は彼女と二人で座っている。

 悩んでいるうちにミズ・ケラーが現れ、授業が始まった。

 

 ランチの時間になり、やっぱり謝ろうと決めた。

 綺麗に治って良かったと伝えよう。

 リシャールは午後の授業の準備を整えてからレオネの方へ向かった。

 レオネはどんどん小さくなっていくようだった。あれは事故だったんだと言いたい。

 ところがレオネの隣に座るヨァナ・ラングスマンが机を立ち、リシャールを睨みつけた。

(く……こいつまた邪魔するのか……。俺は謝りたいだけなのに……)

 

 その時、クラスの後ろの扉の枠がノックされた。

「――レオネ、行こう」

「……キュータさん、一郎太さん、あなた方暇ですの?」

「暇だよ」

「ちなみにカインとワルワラも暇だぜ。もう飯の席取りに行った」

「暇人ばかりですのね……」

 レオネはさっさと準備を進めるとファーやルイディナに背を押されていった。

 去り際、ヨァナ・ラングスマンがリシャールに「ふん」と鼻を鳴らした。

 これではまるでリシャールが犯罪者だ。

 

 流石に失礼じゃないだろうか。顔はあんなに綺麗に治って少しも痛そうじゃないのに。

 リシャールは一人で食事をしながら、ヴァレンと彼女が仲良さそうに食事をする姿を眺めた。

(……俺だって、運が悪くなければレオネを物にできていたさ。ヴァレンとは違って神都の女だぞ。それも、神官の娘――あれ、昨日の神官ってレオネの父親か?)

 レオネはテラスで特進科の連中と食事をしていた。

 リシャールの中に焦りが大きく生まれては弾けていく。

 

 その後の授業はひとつも耳に入らなかった。

 帰って着替えを済ませると、金を多めに持って足早に劇場へ向かった。

 開店とともに入り、エールを頼む。

「――お客様、ご年齢は?」

「どう見ても二十五だろうが!俺はそんなに童顔か!?」

 店員に詰め寄ると、店員は謝って慌ててエールを取りに行った。

 なみなみと注がれたジョッキが持ってこられるとグイッと一気に煽った。

 もう飲み慣れた一級品は焦りで満たされていた心の中に染み渡り、リシャールを冷静にさせた。

 徐々に他の客も増えていく。中には女性と来ている者もいる。

 リシャールはひとりぼっちな自分が悲しくて、またエールを頼んだ。

 ショーが始まる頃になると、覚束ない足取りで約束の廊下に出た。

 

「――何だぁ〜?随分酔ってるなぁ。ぼっちゃん」

 巨大な体躯で覗き込まれる。今日は初めてロスボスが先にいた。

「少し嫌なことがあってな」

「何だよぉ〜。連れないなぁ〜。聞かせてみろよぉ〜」

 リシャールはレオネとのいざこざを全て話してみた。そして、もしかしたら叩いたところを父親に見られたかもしれないと言うことも。

「……でも、俺は謝ろうとしたんだ。なのに、金魚のフンどもが!」

「あぁ〜よくわかるぜぇ。そう言う時の女って奴は無駄に結束力が高いからなぁ〜。いやぁ〜いいなぁ。名前はなんて言うんだぁ?一緒に手伝ってくれそうなタイプじゃあなさそうかぁ?一回会ってみてぇなぁ〜!」

「……あいつは金に興味がない。大神殿の神官の娘だし、うざい奴は聖騎士の娘だ」

「何――大神殿の神官の娘と聖騎士の娘か。それはダメだ。忘れろ」

「はぁ。……ロスボス、少し給料を上げてくれないか」

 ロスボスはずんずん進んでくると、鼻息のかかる距離でリシャールを覗き込んだ。

「金が増えるってこたぁ、責任も増えるってことだぜぇ〜?」

「まかせておけ。俺は早めに金がいるんだ」

「ククク。ククク――」

 どこかイヤらしい笑いだ。リシャールはドンっとロスボスを押し返した。

「何だ!俺の将来性に賭けてる癖に俺の成績が悪くても良いのか!?俺は新しい杖を買うんだ!!早く錬金粉を出せ!!」

「ククク、そう焦るんじゃあねぇ。実は今日は元から頼もうと思ってたんだよぉ。錬金粉だけじゃなく、こっちの荷物もなぁ。いやぁ、嬉しい申し出だなぁ?」

 ロスボスはリシャールの手の上に何か重たい物を乗せた。

「これはよぉ〜。大事な臓器が入ってんだよぉ。いつもの工房に初めて卸すんだぁ!気をつけて運べよぉ〜?いつもの錬金粉もある。荷物は二つだから、今夜は十万ウールをあいつから受け取れ」

「じ、十万も!いいのか!」

「あぁ、責任には金が付き物だからなぁ。ククク。ただ、これは大事な仕事だぁ。俺の信用問題にも繋がる。万が一の保険のためにお前はこの書類達にサインをしてくれぇ」

「ああ、わかった!当然だな!」

 ロスボスの手から書類とペンを受け取り三枚ほどにさっとサインをする。内容は読む気にもならなかった。絶対に失敗しないだろうし必要ない。

 書類を返すとロスボスはポケットから朱肉を取り出し、それをリシャールに向けた。

「母印もたのむぜぇ」

 そこまで念入りにする必要があるだろうか。

 無くす事が確定しているわけでもないのに。

「いるか?俺は無くさないぞ」

「分かってるさぁ。逆にいえば、何に母印を押した所でなくさなければ関係ないんだからなぁ〜」

「まぁ、それはそうか」

 

 リシャールは親指を朱肉に軽く当て、ぎゅっと書類のサインの横に付いた。

「ククク――じゃあ、絶対に落としたり、無くしたり、盗んだりするなよぉ〜?」

「だからするはずがないだろう!それにしても、臓器とは一体何のなんだ?」

「よ〜ぉしよしよし。その臓器はよぉ、ついさっき取れたばかりの魔獣のもんなんだよ!保護魔獣を見る医師のバイトで手に入れた貴重なもんだ。工房への卸値は三十万。器だって<保存(プリザベーション)>の掛けられた高いもんだからなぁ!もし落としたら――責任には金が付きもんだぁ。気を付けて持っていけよぉ。人の命がこれにかかってんだぁ。完成した薬を待つ人間がごまんといる。いいなぁ〜?」

 

 くどいほど念押しされるが、人命救助のための物とあれば理解もできる。しかも、運賃だけで十万も払い、ロスボスはきっと仕入れ値もかかっているし、入場料に三万もかかっている。さらにいえばあの無能のデフロットにも金を払っているはずなのだ。手元にはそんなに多くは残らないだろう。

 それだけ責任が重い荷物を任されている事にリシャールは笑みがこぼれてしまう。

「もちろん分かっている。任せておけ」

「ククク――。景気付けを一杯送るぜぇ〜。じゃあ、また明日頼むからなぁ!!」

 

 ロスボスはククク――と楽しげに笑いを漏らして去っていった。

「……やってやる!」

 劇場の席に戻ると、リシャールの下にはすぐにいつもの酒が届いた。

 鑑賞の邪魔にならないように店員はサッと消える。

 すでに程よく酔った体に大好きな一杯が染み込んでいく。

「――っカァ!」

 いつもより度数が高い気がした。

 景気付けにはもってこいだ。

 二時間程度のショーを眺め、お楽しみの時間を終えるとリシャールは十万のために大急ぎで出発した。

 今日の行き先は初めて行くところだ。

 正直、無能のデフロットをわざわざ挟む必要はないんじゃないかと思う。

 工房までリシャールが直接持って行って、二十万というのはどうだろう。

 給料は後日に直接ロスボスから受け取れば良い。ロスボスは後日金を渡すなんてと言って気を使うかもしれないが、そこはリシャールが大人になって「気にするな」と肩を叩いてやるところだろう。

 

 リシャールはふふふ、と楽しげな笑いを漏らして乗合馬車(バス)にゆられた。

 

 心地良い揺れだ。

 今日は十万手に入るし、デフロットの野郎を排除できれば二十万。

 それほど金が手に入ったら、五回も働けばあのユニコーンの短杖(ワンド)を手にできる。

 そしたら、皆驚愕に目を剥くだろう。

『あら?その杖、どうされましたの?』

『よぉ、レオネ。少しばかり働いて手に入れたのさ。近頃俺の将来性を見込んだ男と組んでいるんだ』

『将来性?まぁそうでしたの。やっぱり、本当に特別なのはあなただけでしたのね……。わたくし、気がつくのが遅すぎたわ』

『気にするなよ。俺は心の広い男だ』

『許してくださる?』

『当たり前だろう。お前も頬を打った俺を許してくれるか?』

『そんなものとっくに治りましたわ。だから、ね』

『ふふふ、可愛い奴だな』

 レオネが自分にまたがり、口付けを送ってくる。

 その柔らかさにリシャールは「へへ」と声を上げた。

 

「ククク――」

 

 ふと、耳元で笑い声がした気がした。

 そんな笑い方、レオネには似合わないぜ。

 レオネはリシャールをゆするようにその上で乱れた。

「――よ」

「へへ」

「――お客さん」

 お客さん?俺はお前を買った覚えなんて――

 

「終点ですよ」

 

 リシャールはそこでハッと目を覚ました。知らない男がリシャールの肩を揺すっていた。

「え、終点!?」

「この乗合馬車(バス)はこのまま車庫に行くんで降りてください。もし戻られるようなら折り返しは向こうから出ますから」

「た、大変だ」

 慌てて乗合馬車(バス)を駆け下りると、自分が手ぶらな事に気が付き車庫係へ駆け戻った。

「す、すみません!!荷物が中にあるはずなんです!!」

「荷物?ありませんでしたよ」

「そんなはずない!!」

魂喰らい(ソウルイーター)は止められないんで勘弁してください。――あ!」

 リシャールは車庫係を押して動き続ける乗合馬車(バス)に飛び乗った。

「――何も残ってはいない。降りろ」

 運賃を受け取ることしかしない、普段言葉を話さないリッチがそんな事を言った。彼らは顔が怖い事があると言う理由で黒いベールを顔にかけているので表情が読めない。

 だが、リシャールは諦められずに客車へ乗り込み自分が座っていた場所を確認した。

「な、ない……ない……!」

 客車はどんどん魂喰らい(ソウルイーター)に引かれて車両基地へ入っていく。

「お客さん勘弁してくださいよ。戻る最後の便も出ちゃいますよ」

「さ、最後の便!?今は一体何時――いや、それより、でも本当にないんだよ!!」

「リッチさん、落とし物のお届けはありましたか?」

「本日は一点、これだけだ」

 入り口に立つリッチが螺旋階段の下へ振り返る。

 リシャールはそちらへ駆け寄ると――リッチの見せた物に酷く落胆した。

「あらら、可哀想ですね」

 女児が着ける小さな髪飾りのリボンだった。

「……盗まれたんだ。ど、どうしたらいい?」

「うーん、困りましたねえ……。乗合馬車(バス)の中には死の騎士(デスナイト)はいないですし、衛士の所で話をするしかないですよ。こちらの便の名前をお伝えしておきましょうか?」

「頼む!!」

「ガンバレイーター五四六便です」

「……本当にそんな名前なのか?」

「えぇ。昔神王陛下が可愛い魂喰らい(ソウルイーター)にそう名付けられました。きっと子供にも馴染み深いようにでしょうね」

「……なるほど。さすがは陛下……。とにかく助かった」

 リシャールは大慌てで反対向きの便に乗った。

 時刻は深夜一時を回っていて、本当にこれが最後の便なのだと理解する。

 魔導学院の近くまで慌てて帰ってくると、衛士の詰め所へ駆け込んだ。

 

 高価な品を盗まれたことを告げ、ガンバレイーター五四六便に乗っていたことを説明した。

 衛士は夜行性の蠍人(パ・ピグ・サグ)狼人(ライカンスロープ)の男で、「うーむ……」と唸り声を上げた。

「何時間も乗りっぱなしで、往復する魂喰らい(ソウルイーター)便に乗り続けてたわけですよねぇ……」

「そ、そうなってしまう。いつ盗まれたか分からないんだ。高価な錬金素材だったから、もしかしたら早々に撮られてしまったのかも!飲みすぎたせいで寝てしまった!!」

「……あなた、人間ですよねぇ。今いくつですか?」

 リシャールはハッと口をつぐんだ。

 蠍人(パ・ピグ・サグ)の衛士は手元の紙にコツコツとペンを下ろし、ため息を吐いた。

 そして、狼人(ライカンスロープ)が尋ねる。

「君、まず家はどこなの?」

「い、いや。寮住まいで……」

「それは職場の?それとも学校の?」

 リシャールは答えられずに黙りこくった。

「あのねぇ、黙ってちゃ分からないでしょう。荷物だって探しにいくから、今更だとしても早くしないと見つからなくなるよ。どこの寮なの?」

「……魔導学院のです……」

「はぁー。エリートさんなんだからつまんない問題起こさないでよ。特有の悩みもあるかもしれないけどねぇ。寮まで送るから」

「あ、あの……俺の荷物はどうなるんですか……」

「俺の鼻に賭けるしかないよ。一応君の匂いがする物を一つ置いていってもらうからね。それを辿って、乗合馬車(バス)のルートを回ってみる。――いいな?夜生(ヨセイ)

「あぁ。グレヴィ頼むよ。こっちで書類は作っておく」

 リシャールは仕方なくハンカチを一つグレヴィという衛士に渡した。夜生という衛士は二人を見送った。

 

 寮の前に着くと、リシャールはちらりとグレヴィを見上げた。

「あの……ここで」

「バカ言わない。寮父さんに一応話をしておかないといけないんだから」

「な、なんで!俺の心象が悪くなるだろ!!」

「あのねえ。君が授業受けてる日中に荷物が見つかったらどうするの。高価なものだって言うし、こう言う事情で来たって最初に顔を通しておいた方がいいでしょう。もしかしたらそのまま寮父さんに預けることもあるかもしれないんだから。それに、君未成年なんだよ。本当なら両親に引き渡すけど、君は今寮と学校に守られてるの」

 リシャールは絶対にグレヴィが帰らないことを確信すると、仕方なく二人で寮に入った。

 

 寮父達――ほとんどが修道士だったりする――はもう寝ていたので、グレヴィは仕方なく寮父長の部屋に声をかけ、リシャールはそれが終わるのを談話室でじっと待った。

 

 どれほど待ったかも分からない時間、リシャールは荷物のことだけを考えていた。

(……あの錬金素材達を入れられなかったら、一体何人が死んでしまうんだろう……)

 背がゾッと冷え切る。

(い、いや。冷静に冷静になれ……)

 命に関わる程の病気や怪我は軽くするための治癒魔法を受けて延命させてもらえるはず。また同じ素材が手に入るのを待つだけの時間は十分にあるだろう。

 高価なポーションの材料だとしたら、冒険者達は冒険に出るのを少し見送れば良いだけ。

 大丈夫だ。リシャールのせいで死ぬ人は一人もいない。

 となると、次の心配事だ。

 

(工房と契約が打ち切られてロスボスは路頭に迷うんじゃないか?いや、あいつは保護魔獣を見るバイトをしていると言っていたし、その金で慎ましやかに過ごさせれば流石に路頭には迷わないか。だが、もう劇場では会えないかもしれないな……。あいつは随分劇場が好きだったけど。これからの荷物の受け渡し場所は変えようと説得したほうがいい。そうだ、俺は別に荷物を落としても痛くも痒くもないんだから、今はあいつの心配をしてやらなきゃならない。あいつはいつも酷く酔っ払って届け物に行かれないなんてバカなことを言ってたじゃないか。俺が支えてやらなきゃならないんだ……)

 

 そして、ふとリシャールは大切な事に気がついた。

 責任には金が付きもの。

 リシャールがあの時サインした書類には何が書かれていたのだろう。

 まさか、十万請求されるのだろうか。いや、卸値の三十万を請求されるのか?

 常識的に考えたら、仕入れ値のような気がする。五万とかだろうか。

 それでも、新しい短杖(ワンド)を買いたいリシャールには痛手だ。

 

 しばらくすると、寮父長の部屋から寮父長とグレヴィが出てきた。

「では、自分はこれで。荷物の捜索に出ますので」

「夜分遅くに申し訳ありません……」

「いえ、自分の時間はこれからなので。――エクスナー君、また明日夕方ごろ報告に来るからね」

「え。ゆ、夕方は困ります。出かけなきゃいけないのに」

「……はぁ。君ねぇ……じゃあ、何時ならいいの」

「消灯の頃なら……。夜行性だから平気ですもんね?」

 それを聞くと寮父長はリシャールの首根っこを引っ掴んで後ろに下がらせた。

「夕方で結構です。衛士殿の都合のいい時間にいらしてください」

「……一応、遅い時間になるように努力はします。それでは」

 

 グレヴィは踵の上がる爪先立ちの足で軽やかに立ち去っていった。

 

「はぁ……見つかるだろうか……」

 リシャールが呟いたその瞬間、パンっとリシャールの頬は打たれた。

「え」

 じぃんと熱くなる頬に触れ、リシャールは寮父を見上げた。

「エクスナー。お前は学院と規則、法をなんだと思っている。多くの人々に迷惑をかけて、どう言うつもりだ」

「で、でも、眠くて仕方なくて……」

「酒を飲んで酩酊したと正直に言いなさい。私は今からお前の家へ手紙を書く。それから、お前には当面の間登校以外の外出を禁ずる」

「そ、そんな!俺は錬金素材を運ばなきゃいけなくて、錬金素材を届けられなかったことを報告に行かなきゃ――」

「私が行く。私と生活課の先生方が行って謝ってくる。依頼書を出しなさい」

「い、いや。生活課の依頼バイトじゃなくて」

「なんだと?お前は誰に何を頼まれたんだ」

 リシャールは悩んだが、代わりに謝りに行ってくれるならその方が良いかと計算をした。

 

 これまでの経緯や、ロスボスが自分を買ってくれていること、劇場の廊下でのことを全て話した。

「――それで、俺はロスボスが心配で」

 寮父は黙って立ち上がった。

「お前は、学院始まって以来の愚か者だ。お前は操られている」

「な、なんですって!?いくらなんでも失礼でしょう!!俺の力と将来性を評価して、自分が医院を持つときの後押しになると思ったから――メリットがあると判断したからこそ、代価を多く払って俺とのコネクションを持とうって言うんですよ!!」

「お前は明日、登校もしなくていい。ここから出る事は許さない。絶対にだ。私は学院にも、神殿にも行かなくてはいけない」

「な、なんで神殿にまで!!」

「下手をすれば聖典が必要だ。もうお前は休みなさい。いいな、絶対にここを出るんじゃないぞ。ここは神聖な――どこよりも安全な場所だ」

 

 寮父長が立ち去ると、リシャールは手近なところにあったテーブルをひっくり返した。

 

「絶対に抜け出してやる……!!」




大人の支配からの脱却だ!!
レオネぶっ叩いた分ぶっ叩かれてくれて良かった!

そして、アナ=マリア、イシュー、レオネ、オリビアを捧げます!!

【挿絵表示】


次回!明後日!
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