リシャールが目覚めると、寮の部屋だった。
込み上げる吐き気に耐えがたい体の重さ。
リシャールは何とか起き上がった。
「早く支度をなさい……」
「み、みず……」
「はぁ……」
いつから来ていたのか母親がいた。
「あれ……」
全部夢だったのかもしれない。
そう思った。
だって、部屋の中には何もない。
リシャールの大切なものをたくさん飾ったりしていたのだから、これはおかしい。
ああ、良かった。今日はきっと入学前準備に来たんだ。
明日から素敵な学園生活が始まる。
リシャールはへらりと笑うと、癖のように制服を着た。
身支度を済ませていると、水を持った母が戻った。
「さぁ、帰るわよ」
「か、かえる……?」
「あなた、退学処分になったんだから。いつまでも寮で守ってもらっていたら悪いわ。学院は今月の寮費はもういらないと言って下さってるんだから、早く部屋を開けないと」
リシャールは突然頭がクリアになると、ぶんぶん頭を振った。
「た、退学って、退学ってなんで!?だって、だって俺の成績は――」
「あなた、強い麻薬を運んでいたのよ」
「麻薬……」
では、昨日のあの具合が悪そうだったおかしな奴らは皆、社会の出来損ないか。
リシャールの中の不安は一気に目減りした。
自分のせいで誰かが死んだり苦しんだりしたわけではないのだ。
「一度家には戻るけれど、裁判所に出向いて何度か査問を受けなくちゃいけない」
「そ、そんな……。俺は知らなかったんだぞ!!なのに退学なんておかしい!!間違ってる!!許さないぞ!!」
こんなことになったのも全部ロスボスが――
そこでハッとした。
金が必要なはずだ。
四千八百万ウール。家を買えるような値段だった。
あいつらはここまで来るだろうか。
「――か、母様。少し金を用立ててほしいんたけど……」
「お父様におっしゃい……。こんなものにサインをして……あなたどうするつもりなの……」
母親は悪魔の契約書を開き、再びしまった。
「ち、違う。俺は騙されたんだ!あいつら、よくもこの俺を騙しやがったな!!俺が有能なことを妬んでやがったんだ!!そうだ、だとしたら誰かの差金かも――ヴァレンか!?いや、首席野郎かもしれない!!あいつはおかしいんだ!!たくさん高いものを持ってる!!きっとあいつが全部仕組んだんだ!!」
母親はリシャールの言い分に一つも耳を貸さずに荷物を持った。
「残りの物は家に送っていただくように手配したから、行くわよ」
「嫌だ!!俺は絶対に学院をやめない!!大体今日は授業もある!!」
「馬鹿仰い。ローランさんに謝罪も行かなきゃ行けないんだから早くして」
ローラン。
その名前にリシャールは首を振った。
「――なんでだよ!何でレオネの事をお前が知ってるんだ!!」
「先生方とローランさんのご両親のご温情に感謝なさい。さあ、早く。その後、すぐに
有無を言わせない雰囲気だった。
リシャールはドンドン足を踏み鳴らしてから母親の後に続いた。
あちらこちらの扉が開けられ、皆リシャールを覗き込んでいるようだった。ヴァレンも扉の影からリシャールを見ていた。皆登校前らしく、制服を着ているし、廊下にいる者は通学の鞄を持っている。
「――は、母親が心配症で困ったなあ!やれやれ!!過保護で困ったものだ!!良い家に育つというのも楽じゃない!!」
「何を言っているの。馬鹿げたことを」
「う、うるさい!!全く!俺に新しい家庭教師を付けたいからって!!」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんもあんなにまっすぐ育ったっていうのに……」
リシャールは顔を赤くしながら廊下を行った。
一階に降りると寮父達がいて、母親が深々と頭を下げた。
「大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした……」
「いえ……。私達ももう少し見ていてやれていればと後悔しています」
「……とんでもありません。この子は校外で女の子の顔を叩いているんです……。今回のことがなくても、退学はそう遠くありませんでした……」
「……そのことなのですが、一応昨日お母様がおっしゃったように学院の応接室にミス・ローランとご両親をお呼びしております」
「助かりました。何から何まで、お世話になりました」
「……残念です。何度も留年して辞めてしまう子はいても、このような事で退学しなくてはいけない子は初めてで……我々も何をどうしてやればいいやら……」
「……お恥ずかしい限りです。社会に出す時には、このようなことのないよう監督して参ります」
「いえ……どうぞ、ご家族皆様もお気をつけ下さい。なるべく
「はい。ありがとうございました」
寮父長と母親が静かに頭を下げ合い、勝手に話をまとめている。
リシャールは怒鳴りたかったが、登校していく男子達がいるので騒げなかった。
ふと、いつも首席と一緒にいる派手なハーフ野郎と目が合った。隣には金髪で紫色の瞳の男子、それからそれのお付きか腰巾着のような男子。
「や、やぁ。特進科の皆」
リシャールは努めて明るく声をかけてみた。
三人は目を見合わせてから答えた。
「……よう。そっちは母親か」
「そ、そうなんだ!家庭教師をつけるって言って聞かなくてね!!」
「おはよう。そうなんだね。――行こう、ワルワラ、チェーザレ」
「は、はいカイン様」
さっさと行ってしまう。
「――他にお別れを言うお友達はいる?三分くらいなら待つわよ」
母親に言われると、ヴァレンのことを思い出した。
「い、いる!!」
学生鞄を放り出し、リシャールは階段を駆け上がった。
そして、自室に鍵をかけるヴァレンを見ると自然と笑みが溢れた。
「ヴ、ヴァレン!少し俺は休学を――」
「お前、退学だってな」
ヴァレンは目も合わせずに言った。
「い、いや、休学で……」
「彼女のこと侮辱されたのは許せねぇが、一応今日まで友達だった。ありがとよ。お前のおかげで俺も昨日はミズ・ケラーに呼び出されて怪しいバイトしてないかとか、麻薬をやってないかとか、根掘り葉掘り聞かれた。劇場の事とか一応話したよ。おかげさまで何もしてないのに訓戒を受けた。今後は付き合うやつは選ぶようにしなきゃな。――じゃあな」
そのままヴァレンはすたすたと階段を降りて行ってしまった。
ミズ・ケラーが余計なことをしたせいで、リシャールは友達を一人失った。
悔しくて悔しくて手のひらに爪が食い込むほどに手を握った。
楽しげな生徒達の声の中、さも自分も登校するような足取りで一階に戻った。
(……ミズ・ケラー!許せん!!後で文句を言ってやる!!)
リシャールが戻ると、母親は足元に置いていた荷物を持って寮を出た。
その後を追う。
学院の広大な敷地に入り、並木道をいく。
能天気な奴が友達の出した<
また一方では友人を待ちながら、上級生の女子達が花を摘んで<
リシャールは<
<
臓器なんて移植してどうするのか、リシャールにはさっぱり分からなかった。
今では慣れ切った校舎に入ると、母親は「応接室は……」とあちこちに階段と廊下が繋がる大広間のような玄関で戸惑った。
なので、リシャールは胸を張り「こっちさ」と案内した。
「俺も慣れたものでしょう」
母親は何も言わなかった。
応接室と会議室が並ぶ廊下にたどり着くと、すぐに目的の応接室がどこだか理解した。
部屋の入り口に隣のクラスのミズ・ベネズレフがいたから。
「おはようございます。私はD組のベネズレフです」
「おはようございます、ベネズレフ先生」
リシャールは咳払いをした。
「ミズ・ベネズレフ、ここですね」
「……そうです。きちんとお謝りなさい」
誰が辞めてやるかと、フンと鼻を鳴らす。
応接室に入ると、今日も花のように柔らかそうなハニーピンクの髪を揺らしたレオネがいた。
左右には父親と母親が座っていて、父親はこの辺りじゃ一般的な金髪で、母親は赤髪だった。
「ローランさん、本日は急にお呼び出ししてしまい、申し訳ありませんでした」
リシャールの母親が小走りで部屋に入っていく。
ミズ・ケラーも中にいて、先にローラン家と何かを話していたようだった。
「――いえ。うちの娘も勝ち気なところがありますので。すみませんでした」
「とんでもありません……。ああ……こんなに綺麗なお嬢さんに乱暴な真似をしたなんて……」
レオネは複雑そうな顔をして黙っていた。
向こうの父親の言う通り、レオネが勝ち気でリシャールを挑発しなければこんなことにならなかったのに。
母親がごちゃごちゃと謝罪の言葉を並べる。
レオネの母親は静かに聞いていた。
「――わたくし達は、ただこの子が安心できる学院であれば何も言うことはありませんわ。それより、エクスナーさんのお坊ちゃんは退学なさるとの事ですし、今後何か困ることもありましょう。神殿はいつでも、迷える皆様をお迎えいたします。お母様も迷える日には、一人で悩まれずにいつでも神殿へいらしてください」
「ありがとうございます……。聞けばお父様は境の神官長補佐、お母様も昔は神官だったとか……。本当に……神殿の皆様にご迷惑をおかけして……お恥ずかしい……」
「わたくしはもう家に入って十七年目を数えます。自分の娘一人で手一杯でしたわ。子供を育てると言うのは本当に思いもしないことで溢れているものです。どうか気を落とされないで」
母親のさっぱりしていそうな気質はレオネとよく似ていた。
リシャールの母は深々と頭を下げると、リシャールにもそれを促した。
「あなたも、きちんとお嬢さんに謝りなさい。もう二度とお会いすることはないのだから」
ギョッした。
「に、二度と?なんで?」
「あなたはもう学院に籍がないのよ。通うことも戻ることもない。迷惑をかけた事をお詫びして」
「い、嫌だ!俺はレオネに――レオネと学校に通う!!ここに通えないならリ・エスティーゼの校舎に編入する!!」
「バカおっしゃい!あなた何を考えているの!最後の最後まで!!」
「そもそもレオネは俺を好きだろうし、俺だってレオネが好きなんだぞ!!なのに、なんでどいつもこいつも邪魔しようとするんだ!!」
「このバカ息子!どこまであなたは――」
「わたくしがそう思わせましたのね?」
母親の言葉を遮ったレオネは揺るがない瞳でリシャールを見ていた。
「――そ、そうだ!!レオネ、お前は首席を――スズキを特別扱いしないって言っていた!!」
「それがどうしてあなたと繋がるのか疑問ですわね……」
「えぇ!?だ、だって、首席を特別扱いしなければ、俺しかいないじゃないか!?」
母親は泣き出していた。メソメソと意味がわからない。
「そうですか。わたくしキュータ・スズキさんを特別扱いすることはありませんわ。ですから、わたくし、あの方を想うことができますの」
「――え」
「特別な誰かではなく、想いを寄せても良い一人だと、不相応にも思わせていただいているんですのよ。わたくしは生涯をあの方に捧げると決めています」
「で、でも、えぇ?お前はあいつと付き合ってないだろ!?それにあいつは女を取っ替え引っ替えだし……」
「構いません。わたくしはもうあの方と一瞬でも結ばれることは願っていませんもの。ただ想うことだけで生きます。子を持つことも、他の誰かと触れ合うこともない一生を覚悟しております。わたくしは、あの方の全てを尊重すると決めました」
「お、お前はバカだ!!意味がわからない!!そんなに首席の地位が好きか!!あいつはどうせ今が頭うちなんだ!!」
「地位も名も関係ない。わたくしとあの方はそんな物ではこの生涯でただの一度も繋がっていない」
「お、俺は今からどんどん大きくなっていくのに!!」
「遠くから応援しております。ごきげんよう」
レオネは一人立ち上がると部屋を後にした。
拳が震える。ぼろぼろと涙が落ちる。
本気で好きだったのに。
「よ、よくもコケにしたな!!お前が色目を使うから――」
パンっと母親に頬を叩かれ、リシャールはへたり込んだ。
「……ローランさん、私はこのバカ息子を二度と外に出しません。いえ――裁判の際にはまた神都に来てしまいますが……。それ以外には決して、外に出しません」
両親達はまたいくつかの言葉を交わし、頭を下げあった。
ローラン夫妻はミズ・ケラーとも部屋の隅で話をすませて出て行った。
レオネの父、ガヌロン・チェロ・ローランは廊下で膝を抱えて座っていたレオネの背をさすった。隣にはよそのクラスの神官がそばにいてくれていた。
「……またあんな事を言って」
「……真実ですもの」
よそのクラスの神官は優しく微笑むと、隣の部屋の扉を開いた。
「ローラン様、少し休まれて行かれてください」
ローラン一家はその言葉に甘え、部屋に入れてもらった。
「レオネ、あなたこの間まで目印を預けて頂いたと喜んでいたじゃないの」
母親が言うと、レオネは首から下げる鎖を取り出し、ロケットをパカリと開いた。
「……大切にお預かりしていますわ」
「えぇ。えらいわね。ねぇレオネ、まだ人生は長いのよ。今急いで何もかもを決めようとしないでもいいんじゃなくて?」
「わたくし……気付きましたの」
父親と母親は娘を覗き込んだ。
「あの方が神都に戻ってくるまでは、バカみたいにただ好きだと思って、会いたいと思っておりました。学院に一緒に通うようになってからも、自分を見てほしいとか……見つけて欲しいとか……。でも、今はあの方の居場所を――誰よりも長い人生を守りたいと思ってる。お父様もお母様も大それているとお思いになるでしょ。それも、守るなんて、相手を一体誰だと思っているんだと。でも、守りたいんですの。きっと……これはもう……わたくしの気持ちは……」
「……愛しているのね」
レオネの目からこぼれた一粒の涙は魔石の上で弾け、花の形になって散った。レオネは頷いたが、その言葉の畏れ多さを理解し口にすることはなかった。
恋だと思って爛漫に駆け回っていたというのに。
「わたくしはあなたを身籠ったとき、あなたの居場所を守りたいと思ったわ。あなたの選ぶ全てを肯定したいと思った。あなたの進む道の全ての障害を気付く間もなく取り除いてあげたいと思った。そして、あなたという生を尊重したいと思った。自由で、何にだってなれる、何だって感じていけるあなたを決して縛りつけたくないと思った。ああ、これが愛なのだわ。そう感じたのを覚えてる」
「……お母様」
「あなたは、あの方にそう思うのでしょう。レオネ――あなた、大切なものを見つけたのね」
レオネはロケットを服の中に戻すと母親に抱きついて、胸に顔を埋めた。
母の香り。母の鼓動。全てが優しく、これがレオネの中に息づく愛の源なのだと思った。
「……でも、パパ、レオネの赤ちゃん抱っこしたかった……」
レオネパパはシリアスじゃなかった。
「……お父様、それは諦めた方がよろしくてよ」
「でもレオネェ……。まだ選んでもらえないって決まったわけでもないのにぃ……」
「決まってますのよ。もし万が一にもあの方がわたくしを選ぶと言っても、わたくしおやめなさいと言わなくてはいけませんもの。もっと出自の良い、しとやかで、天使のような人を選ぶように」
「やめてよぉ……。ねぇ〜」
「もう、うるさいですわね」
「レオネもきっと寂しいよぉ?」
「寂しくありませんわ。わたくしは殿下の心の剣、そして心の盾ですもの。それに、神官になって大神殿に仕えるようになったら、数えきれない人々を救ってみせますの。そうなったら、子供がいたら手一杯になってしまいますわ。ねぇ、お母様」
「ふふふ、そうね。わたくしはそうだったわ。あなたは本当にお転婆だったから」
「ふふ。わたくしは子を持ち誰かと肩を並べるのとは違う幸せを掴んでみせます。見ててくださいませ。きっとわたくし、誰よりも素晴らしい神官になってみせますから!――では、もう授業に遅れていますのでこれで!」
レオネは両親に丁寧に頭を下げると、また部屋を飛び出して行った。
「……えーん、寂しいよぉ……」
「あなた、前は誰にも嫁にやらないなんて言ってたくせに今度はそれですの?」
「だってぇ」
「良いじゃありませんか。子を持つ事だけが女の幸せなんて時代じゃあ、ないんですから」
レオネの母は娘の残した体温を大切に胸に抱くと、ぐずぐず言うレオネパパを引きずって家に帰った。
「――や、来たね」
「よ、レオネ」
木陰で横になっていたナインズと一郎太は目を開けた。
見下ろすレオネは笑うと、一郎太とナインズの間にまた腰を下ろした。
「今度こそ退治できましたわ!」
「ふふ、そう。それは良かった」
「俺ぶん殴り損ねたな?和解しちゃもう殴れないもんなー。それとも殴っとくか?」
「何おっしゃってますの。停学になりましてよ。……それにしてもわたくしってモテますのねぇ……。今回は流石に驚きましたわ」
「ははは!本当だな!レオネにも春が来るか!」
「嫌ですわね。あんな男で春の到来を告げられるなんて」
三人はおかしそうに笑った。
「彼、諦めるって?」
ナインズが聞くとレオネは肩をすくめた。
「と、言うより、何か他にも随分大きな問題を起こしたそうで退学なんですって。馬鹿げてますわよね。興味もないからよく知りませんけど」
「うわぁ、それは良かったと言うかなんと言うか……」
「ふふ、キュータさんは良かったですわね!これで恋のライバルがいなくなりましてよ!」
「本当、いなくなって安心した」
レオネが瞬く中、一郎太は平然と笑った。
「良かったなー、キュー様!」
「うん。良かったぁ。レオネは他の皆と違っていちいち心配かけるんだもんなぁ。天使もいらない、
恋のライバルというふざけて出た言葉は突っ込まれることもなくスルーされていた。
ようやく起き上がったナインズはレオネの顔が赤いのを見ると首を傾げた。
「ん?どうかした?」
「なんでもありませんでしてよ……」
「あ、そうだ。今日レオネ、放課後大神殿で天使を出す練習しよう。時間あるかな?」
「いくらでもありますわ。退治はできましたけど、立派な神官になるには天使の一人や二人、ですわね!」
「レオネじゃ時間かかりそうだなー。キュー様、あれ借りれないの?経験値の首輪」
「そうだね。父様と母様に少し相談してみるよ」
「今こいつ雑魚だからなぁ……」
「また雑魚とか言ってぇ」
二人がいつものやりとりを始めると、レオネは立ち上がった。
「さ、今は授業中でしてよ。いつまでもこんな所で油を売ってないでいきましょう。――早く準備なさって!」
「ははは、レオネは元気だなぁ」
「ちぇー。やっぱり授業はいくのかー」
「当たり前でしてよ。あぁ、こんなに葉っぱだらけにして……」
ぱんぱんと二人の背を叩くと、レオネは茂みを一跨ぎにしてから振り返った。
「――待っててくださってありがとうございました。ご心配をおかけしましたが、わたくし、レオネ・チェロ・ローラン!再出発です!!」
二人は駆けていくレオネの背中に手を振った。
パンッと乾いた音が響いた。
エ・ナイウルの屋敷に帰り着いたリシャールは熱くなる頬を押さえ、恨みがましげな顔で父親を見た。
「この馬鹿者が!!」
リシャールの中で燻る炎が一気に燃え上がった。
父は自分より大した学もない、ただ貴族の長男として生まれ、今では身分制度も無くなった単なる金持ちの男だ。
「俺は言ったはずだ!小遣いを増やしてくれと!!家庭教師を付けるためにも、新しい杖を買うためにも金が必要だったのに!それを無碍に断ったのは父様じゃないか。だから金をくれるというロスボスの話に乗ったんだ!」
「それなら生活課の紹介する依頼バイトをすれば良かったんだ!!どうせお前のことだ、安いだの面倒だの言って、その怪しい連中の口車に乗ったんだろう!小包を往復で二時間もしないような場所に届けるだけで五万ウールなんて、どう考えてもおかしいだろう!!」
この父親はリシャールの能力を全く信用していない。
そのことには最初にちゃんとリシャールも思い至っている。
「俺だって言ったさ!!そんなのはおかしいってな!そしたらロスボスは、商売に失敗したから、新しくコネクションを作り直していると言ったんだ!俺の将来性に投資して――」
「何が将来性だ!!一介の、それも落第ギリギリの学生なんぞに賭けるやつがいるわけがないだろう!!お前は何から何まで見えていない!!」
「それはあんまり失礼じゃないか!!俺は魔導学院に入ったんだぞ!!ただの学生じゃない!!父様なんか何一つ成し遂げてもいないくせにお祖父様の遺産を引き継いでのんべんだらりと生きてるくせに!!そんな人間に俺の学と才が分かるか!!」
暖炉のそばで座っていたいた兄姉は侮蔑した目でリシャールを見ていた。
暖炉は今は夏なので煙突掃除夫が綺麗にしてくれたあとで、薪も置かれていない。
「退学になったくせに学と才って何。笑える」
姉が呟くと、リシャールはそれをギリリと睨みつけた。
「ねぇ、お母様。本当に避難が必要?」
「リシャール一人の問題じゃないか」
兄もごろりとクッションの上に寝転ぶ。
母親は苦しげな顔をし、リシャールから奪っておいた契約書を取り出した。
「――あなた、これ」
父親はそれを受け取り、上から下までじっくりと読んだ。
「……書類としての不備はない。ただ、四千八百万ウールも支払う必要はないだろう。相手がこの書類を元に債務不履行の裁判を起こして、裁判所が運んでいたものの内容と請求額の妥当性を鑑みた後で初めて賠償責任を負えばいい。相手はリシャールの年齢を知っていたのだから、責任を取りきれないことを理解していたことは明白だ。本当に大切なものを運ぶなら相応の業者を使えば良かったと相手の不手際も指摘されるだろう。裁判で負けたとしても、費用と五十万ウール程度が関の山だ。それも、運んでいたのが違法な薬物となれば裁判も起こせまい。ミノタウロス王国で労働に従事することを誓うというのもおかしい。心配することはない」
紙を返された母親は明らかに安堵し、兄姉も笑った。
「結局、教養ってこういうことよね。まぐれで魔導学院に入ったリシャールとは大違いだわ」
「本当。父様とお祖父様がいて良かった。はぁ。安心したらお腹すいちゃったな。母様、何か食べましょう」
その和やかさとは打って変わって、祖父の相貌は未だ崩れていなかった。
「……それは、神聖魔導国での話だ」
「……父上?」
父が祖父の言葉に首を傾げる。
「ベリーゼ、レーシーさん。その書類の効力は神聖魔導国ではその程度でも、ミノタウロス王国でもそうとは限らん。こう言っては悪いが、その程度のことは魔導学院の先生方皆様お分かりだろう。問題は連れて行かれてしまった時に、神聖魔導国からの引き渡し要請にミノタウロス王国が頷く保証がないということだ。学院の皆様のご心配を考えれば……私は明日、計画に変更なくナイウーア様の下へ保護をお願いしに行ったほうが良いと思う。お前達も準備を整えておきなさい」
「え、えぇ……?でも、お祖父様、神聖魔導国――それも、エ・ナイウルからミノタウロス王国に行くにはザイトルクワエ州を通って、バハルス州を通って行かなきゃいけないはずでしょ?」
「そうだよ。遠すぎるし、検問だって通さないよ」
祖父は顔を覆うと首を振った。
「私は犯罪に加担した事がないから想像もつかないが……何か抜け道があった場合取り返しがつかん。スレイン州からなら、州に面する大湖を渡ってブラックスケイル州に入る……。そして、人もいないような山道を渡ってミノタウロス王国に入るだろう……。考えても考えても、私にもそれ以上の事は浮かばん……」
「……やっぱり、エ・ナイウルなら安全なんじゃない?リシャール、あんたも急いで神都からお母様が引き上げてくれて良かったわね」
リシャールは偉そうな姉からフン、と視線を逸らした。
――その時、窓の外に蠢く影が見えた気がした。
「……なんだ?」
窓へ寄っていくと同時に、玄関のドアノッカーが叩かれる音がした。
「ナイウーア様の使いの方かな。明日お会いできるか報告に見えたようだ」
祖父が言う。昔は住み込みの使用人がたくさんいたらしいが、今では食事を作りにくる女中や掃除のメイド、馬と馬車を管理する御者が日中に来るくらいなので、祖父は使用人達に休みを言い渡したようだ。
この屋敷には今訪問者を迎える者がいない。
「リシャール、お前が出ろよ」
兄に指図されるとムカムカする。
リシャールは仕方なく玄関へ向かった。
「――はい。ナイウーア様のお使いの方?」
ドアを開けた先には――「よぉ、ぼっちゃぁ〜ん」
デフロットがいた。
喉がヒュッと鳴る。
「な、なんで」
「ちゃんとパパとママに金は頼んでくれたかぁ〜?ひひひ。しかし、その様子。さすが魔導学院だなぁ。完全に解毒されてるみてぇだ」
ねっとりとした、耳の中が詰まるような喋り方だった。
リシャールは途端に部屋へ逃げ戻った。
「これ、リシャール!ナイウーア様のお使いもお通ししないか!」
「ち、ちがう!あいつだ!!あいつが来たんだ!!」
「あいつ?――まさか」
一家はどよめきと同時にキィ……と開いた扉を見た。
扉からはぞろぞろとガラの悪そうな――しかし、身なりだけは良い男達が入ってきた。
「よぉ〜。いい家だなぁ〜?俺達にも少しの間住ませてくれよぉ!」
「お、お主!衛士と
デフロットは仲間の男達とおかしそうに笑い声を上げた。
「まぁそう言うなよぉ!すぐにもっと居てくれって言いたくなるんだからよぉ。まずは話をしようじゃねぇか」
「……話だと?」
「あぁ。俺たちは別に無理に金を取ろうとか、あんたら誘拐しようとかってんじゃあねぇ。――と、葉巻を吸ってもいいかい」
祖父は顎をしゃくった。
「……レーシーさん、グレーテ、セラミ、リシャール。お前達は別の部屋に行ってなさい」
「おっとっとっと!!それは困るぜぇ?リシャールのぼっちゃんは当事者だ。それに、お母さんやお姉ちゃん、お兄ちゃんも話を一緒に聞いてくれなきゃなぁ〜。まぁ、皆さん座ってくれや」
男達はじりりと全てのドアの前に立ちはだかり、いやらしい笑みを浮かべていた。
デフロットはどかりと祖父の前にあるソファに座った。まるで王様のように深く深く腰掛け、灰皿を勝手に引き寄せる。少し長めの葉巻に火をつけると、吸いもせずにそれを灰皿においた。
「じいさん、あんた葉巻は?うまいぜ。一本やろうか」
もう一本葉巻を取り出し、火をつけてこちらも灰皿の上に置いた。だが、祖父は鷹のような目で睨んだ。
「いらん」
「ちぇ、一人で吸ったってうまくねぇ。――さて。あんたらももう察している通り、そんな紙切れは神聖魔導国の裁判所に持って行ったところで大した金にはなんねぇ。だから、俺たちは金持ちのエクスナーさん達に、無くされた臓器の卸値三十万だけを払ってもらいたい。そのくらい、構わねぇだろぉ〜?」
「……この人数で神都から来て、三十万だけでいいだと?馬鹿にするのも大概にするんだな。決して賄える額ではあるまい」
祖父はこれまで見たこともない鋭さを放って告げた。
手元に置いてあった銀の杖をつき、姿勢を正す。その姿は、まさしくかつて貴族と呼ばれた存在に相応しい威厳だった。
「……ふふ。さすがは乱戦の時代を生きたじいさんだ。化かしあい、裏切り、暗躍。なんでもあっただろぉ。いい時代だなぁ?」
「本題を言え。何が目的だ」
「ふ、わかった。分かりましたよ。エクスナーさん、俺たちは俺たちの商品を買っていただきたい。普通の商売の話だ。パトロンになってくれないでしょうかね」
「断る。例え出すのがお前達の扱っている違法な商品でなくても、それを買うことは許されざる行いを支援する資金となるだろう。我がエクスナー家は神々の禁ずることには決して加担しない」
「……堅物ですなぁ」
「話は以上なら帰ってもらおう」
「品を見るだけでも、頼みますよ。俺もボスに何も見せもしなかったなんて言えないじゃあないですか」
「断る。今出て行かないなら、私はこの後ろの窓を割り、
デフロットはギョッとすると、もそもそと椅子から立ち上がった。
「買い物をしたくなったら、いつでも呼んでくださいよ。俺はしばらく屋敷の前で待ちますんでね。――おい、行くぞ」
男達は祖父に手も足も出ずに去っていった。
部屋には燻る煙が立ち昇る、一度も吸われなかった二本の葉巻だけが取り残された。
「はぁ……」
祖父は見たこともないほど脱力してソファに崩れた。
「お祖父様!」
「お祖父様大丈夫ですか?」
リシャールは興奮していた。これほど祖父が強く、威厳に満ち溢れた存在だったとは。
初めて会った時にリシャールをコケにしてきた無能のデフロットは退治されたのだ。抑えきれない高揚感に思わず勃起しそうだった。
祖父は父も付け入る隙のない完璧な貴族だった。
「ははは!どうだ!ざまぁみろ!!一生待ってたって、何一つ買ってやるもんか!!」
リシャールが言っていると脱力した皆がじっとりとした視線を送っていた。
「な、なんだよ」
「交通費くらい出さなければいつまでも家の前にいるだろう……。法にギリギリ触れないくらいのところで圧力をかけてくる気じゃ。そうやって執念深くやるからこそ、奴らは捕まらずに――あぁ。いや、もう今日はいい。妙に疲れたな。頭がぼうっとする。それに、その葉巻はずいぶんいい匂いだ」
それは確かに。
リシャールは祖父の方へ向けられた葉巻を手に取り、煙を目一杯吸った。
「はぁ〜……――あ」
横から葉巻は取られ、兄も一吸いすると笑った。
「こうすると、えらい人みたいだ!」
「えらい人ごっこ!私も!」
姉はさらにもう一本を手にし、一口どころか何度も吸ってはうっとりとしてソファの足元に座り込んだ。
「お、おい!俺にも!!」
リシャールが兄から取り返そうとすると、それは父の手に渡った。
「やめなさい。変な男が置いていった葉巻なんて」
「でもあなた、あの人本人が吸おうとしてたんだから、別にそんなに危ないものでもないでしょう」
「……それはそうだが」
皆目が葉巻に釘付けになっていた。
「父様もそうやって葉巻を持ってたらお祖父様みたいに威厳がある感じがするわ!」
姉はキャラキャラ笑って手を叩いた。
「……そ、そうか?ふふ」
父もひと吸いするとポーズを決めた。
一家はその晩、ゴロツキを追い払った勝利に酔いしれた。
酒を飲み、うっとりと自分たちに陶酔した。
そして翌日明け方――。
リシャールはどうしても、もう一度あの葉巻が欲しくなった。
こっそり父の財布から金を五万ほど出すと外へ駆けた。
「――おやぁ〜?ぼっちゃん。どうかしたんで?」
あのボロ馬車の中で寝たらしいデフロットはにやりと笑った。
「お、お前の葉巻を何本か売ってくれないか」
「へへ〜!商売の話なら喜んで。何本にしますかぁ〜?五本買ってくれたら、一本おまけしますよぉ〜。ぼっちゃんにだけね」
リシャールは結局六本を一万付けで六万ウールで買った。
昨日のやつの方がうまさが強かったが、これでもいい。
庭でこそこそ吸い、ふと、兄もデフロットの馬車に顔を出しているのが見えた。
だが、どうでも良かった。
こんなに葉巻がうまいとは思わなかった。
いつしか、気付けば家の中は大体あの葉巻の匂いがするようになっていた。
あれを吸わないと落ち着かない。
祖父と父もいつも吸って笑っていた。
父と母もデフロットを家に招くかと話していたが、デフロットは意外にも「せめて往復の金をもらえればもう帰りますんで」と殊勝に答えた。
その様子は祖父に気に入られ、祖父は交通費を渡した。だが、庭に馬車をいれさせてデフロットを追い返すことはなかった。
いつの間にか、ナイウーアの所に行く話も立ち消えていた。
――ああ、あれからどれだけ時間が経っただろう。
デフロットが葉巻がもうないと言って帰ろうとした時、皆で馬車に乗せて貰ったのだ。
馬車はごとごと揺れた。後ろにはリシャールの家の馬車が付いてきている。
「葉巻をくれんか……」
祖父がつぶやく。
「もうないって言ってんだろ。州を渡るんだから静かにしてやがれ」
「で、でも!でもぉ!!」
祖父はデフロットに縋り、振り払われていた。
ザイトルクワエ州に渡る時、検閲官は「皆さんのご関係は?」と聞いた。
父は笑顔で答えた。
「御用商人と、仕入れ先の見学に。一家揃ってなんとも照れくさい」
「良いですねぇ。お気をつけて」
リシャール達は検閲を通ると、「まだあったぜ」と言ったデフロットから葉巻を一本貰った。
揺れる街道でうまいうまいと吸った。
移動していた夜、姉が男達とまぐわっているのを見かけた。
婚約者もいるのにあばずれめ。
そう言えば、リシャールがデフロットを紹介してやったからうまい葉巻を吸えているのに誰も礼を言ってきていない。
バハルス州に渡るまで何日かけたかわからないが、とにかく時間がかかった。
ここの検閲官は「何か皆さん少し……おかしくありませんか……?」と言った。
母は検閲官に笑いかけ、しばらくどこかに行った。
戻ってくると、検閲官はリシャール達を通してくれた。
また、デフロットは葉巻が残っていたと言った。
父が皆の葉巻を取り上げ、喧嘩になった。
葉巻が吸えない時間は地獄のようだった。
父はよこせと言う祖父を御者から取った鞭で打った。
家族の中では明らかに順列が生まれていた。父がデフロットから葉巻を受け取り、それを配ると言った具合に。
そして、どこかまた検閲官がいる場所に着いた。
デフロットが何か書類を見せると馬車はまた動いた。
その頃には、もう姉も母も、一日のうちに服を着ている時間の方が少ないような有様になっていた。
どこかにつき、葉巻がもらえない時間が流れた。
兄の怒号が響き、震える祖父がいる。
父は体の中を虫が這っていると言ってしょっちゅう身体中を引っ掻いていた。
姉と母は夢中で男達とまぐわい、それで葉巻を恵んでもらっていた。
リシャールは葉巻が欲しいと二人に縋ったが蹴り飛ばされた。
ふと、デフロットがいるのが見えた。
『こんなもん食えもしないし、奴隷にもならん。臓器もバカになってて何も買い取れん。今じゃ奴隷に奴隷を食わせることは違法だしな』
『分かってますとも。ですが、時折出る中毒者のために高位の神官はいるんでしょう?』
『はぁー。人間。ここはミノタウロス王国だ。高位の神官はかなりの高額だぞ。先払いだが払えるのか?神聖魔導国の気分で来られても困るぞ』
『もちろん心得ております!家と土地、馬車の売却益もありますからね。なんともありません。それで、おおよそ二千万ウールでの買取をお願いできないでしょうか?』
『回復後の様子に寄るな。今はまだ知能がどれくらいあるのか分からないんだ。奴隷生まれ奴隷育ちで馬鹿なら食肉にするからそんな額じゃ無理に決まってる。――あぁ、そっちの男は繁殖種にできるかもしれんが』
『こやつらはずいぶん賢いですよ。女も含め、素晴らしい奴隷になります!六人ですから、一人頭三百万ウールなら安いもんです。何年もまだまだよく働きます』
『しかし、臓器も取るんだろう?――ロスビア、どうなんだ』
『ククク――。綺麗に縫い合わせるさ。皆育ちのいい奴隷だ。取れる臓器は一級品!!さぁ、神官を呼んでくれ!!』
リシャールはロスボスの声を聞きながら眠った。
ハッと気がついた時、リシャールの頭の霧は晴れていた。
その腹には包帯。そして、わずかな痛み。
身に付ける物はひとつもなく、向かいの檻に同じ状況の母と姉がいた。
「早く出ろ!!お前達の買い主は決まったんだ!!」
「や、やめてぇえ!!国に、国に返してぇ!!ミラードに会いたい!!ミラードぉ!!」
「せ、せめて!!せめてこの子だけでも!!この子はもうお嫁入りも決まっているんです!!」
「お前達は正式な手続きの下で入国したんだ!いいから諦めろ!!腹の傷が開くだろうが!!傷が癒えるまでは客も取れないんだから大人しくしろ!!」
リシャールの背をサッと冷たいものが流れた。
また別の檻から祖父が小突かれて出ていく。
「――お前の生をこれほど憎む日が来るとは!!」
祖父の恨みの言葉は牢全体に響き、リシャールは呆然とした。
「……お前のせいだ」
ふと、背後から声がした。
そこにはうずくまる父がいた。
「……一家全員が奴隷になった。――母さんと姉さんは口にすることも悍ましいような最も酷い目にあう。姉さんは好いた男もいたと言うのに、もはや何を産まされるかも分からない。産めるかも分からない」
リシャールは言葉が出なかった。
「――そっちの男、出ろ」
父は腰を上げた。
「私はどこへ行くことになるんです」
「首都の方に行くことになるそうだ。頭が良いと評判も良いようだからな。しっかり頼むぞ」
「えぇ。どうも……一つお聞きしても?」
「なんだ?」
「うちの長男はどこへ行ったのでしょう……」
「あぁ、若い良い男だったから、繁殖種として一番に出て行ったよ。牧場で割と良い生活送れるんじゃないかな」
それを聞いた瞬間、父は笑った。
「そ、そうですか。起きたらもういなかったから……。ちなみに、そっちの……次男は……」
「起きたばかりで知能をまだ測っていないが多少融通してやっても良いぞ。お前はずいぶん高く出荷されていくんだから」
リシャールは放免を願い父をみた。
父は、リシャールが生まれて一度も見たことがないような顔をして言った。
「あの馬鹿には皆の苦しみを教えてやってくれ」
「お?ははは!良いぜぇ。確か、あいつはあんたら一家を売ったんだったな!!」
父はミノタウロスと笑って去った。
その後、リシャールは知る術もないが、ミノタウロス王国から再び神聖魔導国に戻ったロスボス――いや、ロスビアやデフロット達はアジトを発見され一斉検挙された。
漆黒聖典、紫黒聖典、陽光聖典があちらこちらのアジトに一斉に突入し、一人残らずなす術もなくという具合だったようだ。
「――動くんじゃねーぞー」
クレマンティーヌは捕らえて座らせているミノタウロスの肩と、人間の男達の肩をスティレットで順番にとんとんと叩いた。
「もしまた逃げようとでもしたら、次はおめーらの目ん玉これでぐちゃぐちゃにほじくり返してやる。いーか?頭蓋骨の奥まで突き刺さるように力を込めてな」
「ん、んん!んん!!」「んんんーー!!」「んん!んん!んん!!」
顔を真っ青にした男にクレマンティーヌはいつものあざ笑うような表情を作った。
「よーしよし、神の統べる国――それも神都でクソみてーな真似した落とし前つける覚悟はできたみてーだなー?――レーナ、そっちは」
番外席次に無力化された男達を縛り上げていたレイナースは美しい髪を払った。
「済んだわよ。それより、あなたあんまりチンピラみたいな事を言わないでちょうだい」
「言ってないじゃーん!私はちょーっと分からせてやっただけ。なんて言ったって――神が威を示せと言われてるんだからね」
ニヤリと口元が割れる。
外から更にずるずると男共を引きずった番外席次が現れる。
「サディストには嬉しいご命令ね。はい、次のゴミ持って来たわよ。ロックブルズ」
「ありがとう。ネイアは?」
「向こうで薬漬けになってた奴らを神官が回復して、なんか話しをしてやってるみたい。"顔無しの聖女"の仕事」
「そう。もしかしたらそっちの方が大変かもしれないわね。こいつらはクレマンティーヌにぶん殴られれば大人しくするけれど、向こうはそうは行かない。最高位の解毒を無尽蔵に使える神官なんてそんなにゴロゴロいないわ」
「うわー、急がないと禁断症状で死にかねないんじゃないのー」
「ネイアがそうならないようにしてるみたい。見てくる?」
「見たくもないけど、見ておくわ。クレマンティーヌは?」
「見ておく見ておく!番外、ここのゴミども縛って分からせてやっといてー」
「十分分からせてやったつもりよ。まぁ、とりあえず縛っておく」
番外席次が「どうやって結べばいいのよこれ……」と呟く中、クレマンティーヌとレイナースは腰を上げて出て行った。
その先では長い真っ直ぐな金髪を一つにくくったネイアがうめく人々の中で何かを一生懸命話していた。
「ネイアー、どー?」
「ひどい有様ね……」
「――あ、先輩方。錯乱状態は皆おさまりました!これでも少しまともになって来たところです!」
更に神官達が禁断症状が出るたびに低位でも解毒をかけているようだ。
高位のものは使い過ぎれば魔力が切れてしまい、一人でも多くを救うという最も大切な使命を果たせなくなる。
「陽光聖典の方はうまくいってんのかねー。雑魚の寄せ集め」
「多分、天使を呼んで回復、回復、回復でやってるんでしょうね。数は力よ。きっと、漆黒聖典も神聖呪歌が一時的に眠らせたりしてるんじゃないかしら」
「そうですね!他の聖典もきっとうまくやってます!――それにしても、結構若い人もいて……なんだかやり切れないですね」
ネイアが残念そうに肩を落とすと、クレマンティーヌはぽんぽんと背を叩いてやった。
「フレイアちゃんにはお薬、ダメ、絶対って言わなきゃねー」
「ははは、フレイアは流石に手を出さないと思うんですけどね。でも、目つきを気にしてるんで、あんまり気にしすぎて手術するとか言い出さないように気をつけます」
クレマンティーヌは口笛を吹きながら、フレイア――ネイアの
クレマンティーヌと番外席次がブチギレて学校に乗り込もうとしてからはそれも鳴りを潜めているようだが。
フレイアは普段はティトと竜舎にいる姿がよく見られる。イオリエルとかなり仲が良いようだ。
「さーて、あっちのゴミの運搬とこっちのナマコ共の運搬の手配でもするかねー」
クレマンティーヌは持たされている<
その後、巨大になりつつあった犯罪組織の壊滅はスレイン州の全都市に号外で知らされたが、殆どの住民達にとっては人ごとだったようだ。
魔導学院で作られた錬金粉の活躍は目覚ましく、国内のコカは完全駆逐に成功したらしい。
そして、SALEの文字が貼られた立派な屋敷に、仲睦まじい家族が引っ越してきた。
「あら?これは?」
越してきた夫人が郵便受けから葉書を取り出す。
「差出人は――神都、魔導学院?」
その手紙は、「もう身を隠す必要はありませんよ」という親切な内容だったらしい。
「そこまで勝手に落ちぶれたんですか?」
ナインズにわざとぶつかった男子生徒に咄嗟についた
「馬鹿だと思って観察していましたが……。まぁ、贖罪の仕方だけはわきまえていたということですね」
悪魔達は楽しげに笑った。
前半の清涼感返してくれませんかねぇ?
もうね〜ナザリック関わってないのにズブズブバッドエンドなんですよぉ〜〜〜!?おデミも驚いてるじゃないですか!
あぁあぁ〜〜レオネ〜〜!!
次回!明後日!さわやかなお話を読みタァい!
Re Lesson#24 神の子