眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#26 放埒の旅

「うわー!遮光服だー!」

 待ちに待った夏休み。

 スレイン州から出発した朝一の魂喰らい(ソウルイーター)便の中に、ヨァナの歓声が響いた。

「日焼けの火傷防止のためにも、日差しがキツくなって来たと思ったら着てちょうだい。本式に砂漠に入るのは明日だけれど、多分あななたちは私より肌が弱いわ。──はい、レオネも」

「助かりますわ。まだスレイン州を出ていないと言うのにもう暑い気がしますわね……」

 ファーの遮光服を借りた二人は眩しそうに魂喰らい(ソウルイーター)便の外を覗いた。

 

 三人はファーの地元のエリュエンティウへ向かっていた。

 ルイディナも行きたがったが、残念ながら彼女はエイヴァーシャーの地元で森司祭(ドルイド)のお役目があるので夏に浮かれ切って小旅行とは行かない。

 乗客はごとごとと揺れる魂喰らい(ソウルイーター)便で時折肩をぶつけ合った。

 

 この魂喰らい(ソウルイーター)便は二人席が左右に三対並び、一番後ろに五人が座れる程度でそう大きな物ではない。ヨァナとファーが二人で座り、レオネは通路を挟んで隣だ。神都の中を走る乗合馬車(バス)とは全く用途が違う雰囲気だった。

 神都からディグォルス州までは丸二日かけて南下していく必要があるので、朝一の便に乗ったとしても夕方でようやく半分と言ったところだ。

 かつてスレイン州とエリュエンティウの国交が開かれていなかった時代は正確な地図も道もなく、さらにスレイン州内の道の整備も完了していたわけでもないので一週間かけて砂漠に入ったことを思えば二日程度で着くなどお得な話だ。──現代っ子達はそう思わないようだが。

 

「あぁあー!もっとパーッと行けたら良いのにねー!」

 ヨァナが言う。彼女は砂漠で遊んだら神都までまたレオネと二人で戻って、ザイトルクワエ州とリ・エスティーゼ州を丸一日経由して、翌日聖ローブル州に戻る。なので、帰り道は四日も日程を要するのだ。

 エイヴァーシャー市とアベリオン丘陵を突っ切ることができればもう少し早いが、あの辺りは森林が守られているので直行便などは出ていない。

 

「本当ね。隣の大陸に行くなら転移の鏡があるって言うのに」

「最古の森に行くあれですわね。いくつもあちこちにあったらどれだけ便利かしら」

 ファーもレオネも、通路越しに同意する。

 ガタン、と大きく魂喰らい(ソウルイーター)便が揺れるとレオネは隣の人にぶつかった。

「──あ、失礼いたしました」

「いや。気にしないでいいよ」

 一見南方を思わせる美しい黒髪と黒い瞳。

 レオネは隣人を見上げた。

 

「カイン様!転移の鏡って懐かしいですね!小学生の間は毎年行きましたもんね!」

「本当だね。最古の森にもまた行きたいものだよ」

「お前達わざわざ何しに──あ、エルミナスのところか」

「そういうことさ」

「エルん家でかいんだぜ」

 

 唐突にやかましく感じる魂喰らい(ソウルイーター)便の中で、レオネの後ろにはワルワラと一郎太、さらに後ろにはカインとチェーザレ。

 ──レオネの隣にはキュータがいた。

 キュータは夢中で外を眺めていて、窓から入ってくる風を気持ちよさそうに浴びていた。昔、父もそうしていたとは知らずに。

「キュータさん、キュータさん」

「──ん?どしたの?」

 レオネはキュータのほんのり尖った秘密の耳に口を寄せた。

「……こんな旅程で本当にあなたも行きますの?それも、スルターン小国まで。エリュエンティウからさらに二日もかかるんでしょう?」

 それを聞いたキュータは嬉しそうに頷いた。

「そうだよ。それが楽しいんだからね」

放埒(ほうらつ)の会ですわねぇ。大変じゃありませんの?」

「ふふ、大変どころかレオネ達もいるとは思わなかったからラッキーだよ。この行き方で良かった。天空城に出てたら君達には会えなかった」

「……またそんな事をおっしゃって」

 

 ナインズは手元にあった誰かの祈りの糸をぺんっと弾き、レオネの糸を顔の横からすくった。

「あら、何か付いてまして?」

「ううん。何も」

 目を閉じて耳を傾ける。

 

『──あなたの生に祝福を』

 

 幸福で胸が満ちる。ナインズは誰にも見えない──自分ですら見ようとしなければ見えないレオネの糸に口付け手放した。

「ありがとう」

「何がですの?」

「秘密」

 レオネはよく分からん、とファーとヨァナにジェスチャーを送ったが、友二人は大変ニヤニヤしていた。

 それどころか後ろの男子四名もニヤニヤしていた。

「もう!皆様なんですの!!」

「いい、いい。俺たちのことは気にせずやってくれ」

 ワルワラがしっしと手を振る。

 ナインズは「何が?」と振り返り、ふと興味本位でワルワラの糸を捕まえた。

 

 ──友達がこのまま元気でありますように。

 

 その優しい祈りにナインズは微笑んだ。

 そして

 

 ──俺が一番になるために神様なんとかしてください。

 

 思わず吹き出した。

「ははは!君ってやつは。なんとかしてくださいじゃないよ。勉強しろ。ははは!」

「あぁ?なんだぁ?自分ばっかり青春して、俺には──あ!お前!!期末で三点落としてもトップだったからって調子に乗ったな!!なんで二週間も休んで一番になるんだこいつ!!」

 ワルワラが後ろの席からナインズにちょっかいを出し始めると、レオネはまた始まった。と体を避けてため息を吐いた。

「ははは、ごめんごめん。なんでもないよ。悪かったね」

「ワルワラ、やーめーろ」

 一郎太に引っ張り戻されたワルワラがぶーたれる。ナインズは友達の祈りはもう二度と──一人を除いて──見ないでおこうと思った。考えていることが分かるわけではないが、人の心を覗き込むのはマナー違反だ。

 祈りは人の本質に極めて近いところにある。大変たちの悪い行いをした。

 

「げぇ、首席ぃ。二週間休んでまたトップだったのー?」

「学校休んで家庭教師と特訓でもしてたってわけかしら?」

 ヨァナとファーがいう。

「いや、はは。体調不良。どうしても良くならなくてね。寝込んでたんだ」

「あなた第三位階の癒しの魔法が使えるのに……。とんでもない病気になったのねぇ。それとも<病気治癒(キュア・ディジーズ)>は専門外?」

「ま、そゆことだね」

 事実ナインズは病気の治癒系は一つも持っていない。<大治癒(ヒール)>をいつか手に入れれば良いからと父と母も言っていた。

 それはさておき、ナインズは今回三点落とした。

 魔法学兼宗学の筆記で、祈りについての項目だった。

 彼は思った事を書いたが、それは模範解答とは言えなかったらしい。

 全部が満点じゃなかったことは構わないが、なんとなく納得の行かない採点結果だ。

 

(……ま、僕にとっては不正解でも、父様と母様にとってはあれが正解だったのかな)

 

 手近な祈りの糸を手繰り寄せ、ナインズはまたそれを聞いた。

 

 ──ギャンブルで勝ちたい。神様、ちょっとくらいいいじゃんかぁ。頼む!この一手、勝たせてくれ!!

 

「……俗物が」

 

 ため息の出るようなものはよくある。

 時間がある時は多少祈りを聞いてやろうと思っているが、二回も連続で「もう二度と悪い事はしません。だからこの腹痛を止めてください」というものが来た時は思わず目を覆った。この手の腹痛の回復を願う祈りはよくある。

 仕方なく糸に回復の呪文をかけてやってみたが、それが腹痛の主に届いたかは不明だ。

 

 次で最後にしようと決め、ナインズはまた目を閉じる。

 ふと、白い糸の中に灰色に見える糸を見つけた。

 それを手繰りよせた瞬間、ナインズの胸に強烈な痛みが走った。

 

 ──谿コ縺励※縲よョコ縺励※縺上□縺輔>縲りァ」謾セ縺励※縺上□縺輔>縲

 

 絶望だ。絶望の淵で、誰かが何かを強烈に求めて祈っている。

 あまりの息苦しさに眩暈を覚えるようだった。

 言葉にならない言葉の羅列。

(……言葉を持たない生き物か!?)

 そんなものの祈りまで引き受けていてはキリがない。それに、言葉が通じないなんて事があり得るのだろうか。

 だが、この灰色の糸は同じところからたくさん来ているような気がした。一本ではなく、ロープを編めそうなほどに大量の糸だ。

 この糸だって──

 

 ──逞帙>繧医♂縲ら李縺?h縺峨?ゅ%縺薙°繧牙?縺励※繧医♂縲ゅb縺?ュサ縺ォ縺溘>繧医♂縲

 

 言語になりそうでならない嘆きだ。

 痛みだけがナインズに触れた。

(……こ、これは……)

 救わなくてはいけない気がした。このままでは彼らは壊れてしまう。

 どこから来る祈りなのか分からなかった。

 痛みが身を焼く中ナインズはその糸を心の中で手繰り寄せ、束になるほど大量の、逆流する滝のような信じられない量の祈りを見た。

 

 遠すぎるか。

 

 いや、想像より近い。

 

 束の根源に触れると、見たこともない醜悪な生き物達が一斉に振り返った。

 

「──っはぁ!!」

 

 背もたれから体を起き上がらせ、ナインズは胸を押さえて肩で息をした。

「はぁ、はぁっ!はぁ……!」

「──キュータさん?いかがなさいましたの?大丈夫ですの?」

「はぁ……はぁ……!っう……はぁ……」

「顔が青いですわ。いけない。──これ、後どのくらいでお昼の所に着きますの?」

 ナインズの背をさするレオネがファーに尋ねる。

「もうすぐよ。首席、酔った?病み上がりだものね。ヨァナ、あなた回復使える?」

「ん?ファー、ほら。そこは」

 二人はごにょごにょ言い、頷きあった。

「やっぱり、怪我じゃないし第一位階の<軽傷治癒(ライト・ヒーリング)>じゃ届かない気がするわ。しばらく様子を見ましょ」

「……そうですわね。一郎太さん、席変わります?」

「「えっ」」

「うん、サンキュー。──キュー様、平気か?」

 レオネと後ろの一郎太が場所を変わる。女子二名はガックリと肩を落とした。

 ナインズは一郎太の肩に頭を預けると、今見た悍ましい何かをぼんやりと思い出した。

 

「……アベリオン丘陵だ……」

 

 呟くと、皆ナインズが座る席の外に見える丘を見た。

 

「あれはエイヴァーシャーの果てじゃないか?」

 ワルワラが言い、ファーが頷く。

「そうね。アベリオン丘陵はもっと北だわ。神都よりよほどね。首席も地理は苦手かしら」

 二人の会話はナインズの耳には入らなかった。

 

(…………あれは……確かにアベリオン丘陵の方から……)

 

 ナインズはあの苦しみと自分を切り離すために少し寝た。一郎太のモソモソの手が肩を回ってナインズをずっとさすってくれていた。

 昼になると魂喰らい(ソウルイーター)便を降り、一行は公園で昼食を取ることにした。

 皆それぞれ好きなものをあちこちで買ってきて、地面に座る。学食のような雰囲気だった。

 ピクニックはレストランで食べるより安い。皆誰かの買ったおかずを奪ったりしながら昼食をとった。

 

 ただ、ナインズは気分がどうしても優れず、食事もそこそこに皆から少し離れて木陰に腰掛けた。

 一郎太が心配そうに見てくると、青さの残る顔で笑って手を振った。

 

(……一体なんだったんだろう……。あんな量の祈り……)

 

 アベリオン丘陵の辺りで戦争が起きているとか、そういう話は聞かない。共和国との戦争は少し前に終わり、州として取り込まれたらしいし、今神聖魔導国は戦線を持たない。

 それとも、まだ耳に入っていないだけで何かが起きているんだろうか。

 ナインズは今すぐ<伝言(メッセージ)>で父と話したかったが、帰ってからゆっくり話をする方がいい気もした。

(……あの量の祈りを父様が取りこぼすはずもないんだ。大丈夫……。帰って少し話を聞く頃には、きっと全ての祈りは消えている……)

 

 だって、あの祈りは確かに神に死を求めていた気がしたから。

 きっと父は頭を撫でるように皆の命を奪ってくれるはずだ。

 苦痛からの解放を望むあの声、あの姿。

 彼らは裸で、一瞬四つん這いの人間かと思った。

 だが、顔は豚のように大きく醜悪で、四肢の関節も人間のものと向きが違った。

 肥えていて、皮膚の表面が広く、皆体に奇怪な線が入っていた。

 

(……ああ、嫌だ……)

 

 何かの姿を醜悪だなんて思いたくはなかった。

 ナザリックには悍ましいと言わしめる姿の者が数多くいるし、この世の生で美しくない者などいるはずもない。

 自己嫌悪が襲う。

 何かの姿を醜悪だと思ったのは、もしかしたら生まれて初めてかも知れない。彼等自身が自分の姿を醜悪だと嘆いていた気持ちも流れてきたせいか。

 目を固く閉じ、気持ちの持ち方を変えようと息を吐く。

 

「──大丈夫ですの?本当に顔が青くてらっしゃるわ」

 ふと、レオネの声がした。

「……少し、祈りを聞いていたらね」

「そんな事、放埒の旅にまで必要ですの?」

「……いや、必要なかったね。失敗したよ。すごく、苦しい祈りだった。言葉を持たなかったけれど……彼らは多分、殺してほしいと祈っていた……。もう一分一秒を長らえることすら苦痛だと……そう言っていた気がする……」

「……大丈夫。陛下方も手を差し伸べてくださるはずですもの。今は忘れて。すぐに全てが良くなりますわ」

「そうだね……。僕は今僕自身で手一杯みたいだ」

「無理なさらないで。それでよろしいのだから」

 

 髪を撫でる手つきは優しかった。

 食事が終わった皆は製紙魔法で作った紙を丸めて作ったボールでキャッチボールを始めていて、楽しげだった。

 

「レオネ──いや、神官ローラン。私のためにひとつ頼まれてくれないか……」

「はい、ナインズ殿下。わたくしめに出来ることでしたら」

 レオネは座るスカートを整え、真剣に頷いた。

「明日にはエリュエンティウに着くだろう。私は明後日にはスルターン小国に発つ。君がどれほど長くエリュエンティウで過ごすかは知らないが、その間、場所も時間も問わないから私のために祈ってくれないか……。日に一度でいい……。休みだとは分かっているんだが……」

「どうかご心配されませんように。わたくし、これまでも一日だって祈ることを休んだ日はございませんわ。いつでも御身のつつがなき旅と、お心の平穏をお祈りいたします」

「すまない、助かる……」

「とんでもございません」

 

 レオネは胸の前に手を組み、聖歌を歌った。

 ナインズの耳を撫で、声は高く響いた。

 公園にいる者達が振り返る。

 

 歌が終わると、ナインズは少し血の気を取り戻した顔で笑った。

「レオネの声は元気が出るよ。ありがとう」

「歌っておいてなんですけれど、わたくし聖歌の点数悪いんですのよね。やっぱり音痴なのかしら」

「ははは。採点基準が悪いんじゃないの?僕が大神殿から満点に改めさせようか。神の子にはこの歌声が必要だって」

「嫌だわ。絶対に誰も信じませんし、過保護な父からの圧力だって思われましてよ」

「ふふ、違いないね」

「もう、少しは否定されて。──さ、そろそろ次の魂喰らい(ソウルイーター)便に荷物を積まなきゃなりませんわ」

「行こうかぁ」

 

 二人は木陰から立ち上がり、尻をはたくと手を振る皆の下へ行った。

 皆の旅の荷物は運賃受け取り係の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)によって魂喰らい(ソウルイーター)便の屋根にぼんぼこ積まれた。ナインズの荷は非常に丁寧に載せられたらしい。

 それを見られては困ると、カインは慌ててワルワラを、レオネはファーとヨァナを車内に押し込んだ。

 

 途中皆が疲れて寝たタイミングで幻術も掛け直し、夜にはスレイン州最後の街に着いた。

「じゃ!また学食でねー!」

「明日は流石に同じ便にはなんないでしょうしね」

「皆様お気をつけて」

 レオネとヨァナ、ファーは手を振った。

 ここで女子達とは別れ、男子五人で取ってあった宿屋に行った。

「わぁ、これはいいねぇ」

 感心してナインズが見上げたのは、二段ベッドが狭苦しく三台並ぶ部屋だ。

「こう言う所に泊まると、狭い学校の寮が天国に感じるぜ」

 寝る者がいないベッドにワルワラがドスンと荷物を置く。

 チェーザレはとりあえず窓を二つ開けた。

「寮、結構広いですよね?一人一部屋ですし。ねぇ、カイン様」

「僕もそう思うけどな。ワルワラは勝手にハンモック付けてるから狭く感じるんじゃないの?」

 それは必要なことだとか、布団が干しにくいとか、食事のバリエーションが少ないとか、楽しそうな寮生活の話に、ナインズは一郎太と使うことにしたベッドに座って耳を傾けた。

 

「いいなぁ、寮。僕も寮にすれば良かったな」

「家から通える奴に寮の鬱憤は分かんねぇよ。やれやれ」

「ははは、ごめんごめん」

 

 五人で笑い、時間が来ると一階に降りて夕食を取った。

 大浴場でワルワラの自慢の筋肉と彫り物をまじまじと見させてもらい、最終的には皆で大浴場を泳いで怒られた。

 ナインズは昼の祈りを忘れることはできなかったが、痛みはもう消えていた。

 濡れた髪や一郎太の毛を皆で魔法で乾かし、部屋に戻る。

 ナインズはワルワラには自分の本当のことを話してもいいような気がした。多分、彼はとんでもないズルしやがってと笑うだろう。

 

「──どうかしたか?」

 夜、なんだかんだ真面目なワルワラが教科書から顔を上げる。ナインズは迷ったが、首を振った。

「ううん、何でもないよ」

「ふん?変な奴。──おい、カイン。ここの所お前メモしてないか?」

 カインがワルワラの教科書を覗き込む頃、外から歌が聞こえた。

 

 ナインズは歌に誘われるままに窓辺から顔を出した。

 

「──レオネ、どこかで歌ってますね」

 一郎太が言う。

 ナインズはただ黙ってそれに耳を傾けた。

 

 一行は翌日にエリュエンティウに入り、また一泊した後、朝からラクダの引く浮遊板輸送(フローティングタクシー) に乗り換えた。

 足は遅いが砂漠の魂喰らい(ソウルイーター)便は大変値が張る。魂喰らい(ソウルイーター)は力があるのでどんなに足場が悪くてもお構いなしだろうが、当の牽引される車はそうはいかない。

 砂に取られにくい無限軌道(キャタピラ)と呼ばれる太い車輪がついた特別性の馬車が用意されている。普通の街道よりも無理な力がかかりやすいので、壊れるのも早く乗車にはある程度の金がかかる。

 一方ラクダが引く浮遊板輸送(フローティングタクシー) は自分達で<浮遊板(フローティング・ボード)>を出して引いてもらうとこの人数でも安上がりだ。荷物もある五人なら通常三個はラクダ便を頼まなければいけない所、一個で済ませることに成功した。

 第一位階が使えるナインズとワルワラが二人がかりで<浮遊板(フローティング・ボード)>を出した。

 昼食には"蒼のオアシス"に寄り、休憩の後に別のラクダ便を頼んで次の中継の街である蠍人(パ・ピグ・サグ)のララク集落に立ち寄った。

 夕暮れ前に到着した街は静まり返っていて、ワルワラは当たり前のように魔人(ジニー)がやっている宿に入って行った。

 その晩、ワルワラ以外は熟睡できなかったらしい。蠍人(パ・ピグ・サグ)達の活動時間と四人の睡眠時間は大変折り合いが悪かった。しかも、砂漠の夜は驚くほど寒かった。

 

 そして、ついに一行はこの遠き地、スルターン小国にたどり着いた。

 移動は女子もいた一日目はスレイン州の外れで一泊。

 二日目はエリュエンティウで一泊、

 三日目は眠れぬ街ララク集落で一泊、

 四日目にしてオアシスに囲まれた砂漠の中にある水の巨大な都だ。

 

「遠かったー!!」

「ヨァナ達じゃないけど、転移の鏡がほしいものだよ……」

 ワルワラの遮光服を借りたチェーザレとカインがワルワラの<浮遊板(フローティング・ボード)>に転がる。

「おい、お前達魔法も使ってないくせに伸びるな!」

 その二人の向こうのナインズが出した<浮遊板(フローティング・ボード)>には荷物と一郎太。

 ワルワラとナインズはラクダ屋が出している<浮遊板(フローティング・ボード)>に乗せられている。

 ラクダ便がノッタリノッタリとこれを家まで運んでくれるわけだ。学生の旅は過酷だ。

 

 道にはあちこちに涼しげな水路が通り、花が浮いていた。

 どの家も窓という窓は存在せず、外と中を出入りできる大開口の出入り口に白いカーテンをかけていた。

 風が多少でも家の中に入るようにしているのだろう。

 ワルワラのようなハーフと、純血の魔人(ジニー)達が道を行く。

 水路の中で走り回っていた子供達はナインズ達を見ると「変なカッコー」と指差した。

 

 たどり着いた家は広そうだった。

「カイン様のお屋敷くらい大きいのかな……?」

 チェーザレのいつもの呟きだった。

 ドアはなく、開かれた門の中を進んでいく。

 白い砂色の壁に沿っていくと、水の張られたタイルの庭があり、ようやく家の中に入った。

 

「──ワルワラ!」

 声が聞こえると、部屋の奥から女性が駆け出してきた。

 そのままワルワラに抱きつき、キスと頬擦りをした。カインとチェーザレは思わず目を見合わせた。

「よう。元気だったか」

「元気元気!──そっちはお友達だね!」

 顔を覗かせて笑った女性はニッと笑った。ワルワラと同じように目は黒く、瞳が赤い魔眼だった。

「こんにちは。僕はキュータ・スズキです。こっちは一郎太」

「こんちゃ」

「おー!スズキくん!一郎太くん!ワルワラの手紙で読んだよ!」

 握手をしあい、女性がさらに後ろのカインに手を伸ばす。

 だが、カインは顔を真っ赤にして俯いてから手を出した。

「……か、カイン・フックス・デイル・シュルツです……」

「チェーザレ・クラインです」

 チェーザレもどぎまぎと目を逸らしていた。

 

 この女性、というか、スルターン小国では男も女もなく皆上半身は裸だった。

 大量の彫り物がされた大きな胸が豪奢な金のネックレスと共にたっぷりと揺れた。

「皆、こいつは俺の上から五番目の姉のコピルタ・バジノフ」

「よろしくぅー!いやー!皆異国っぽい格好してるねぇ!暑くないの?」

「いや、俺でもこんだけ暑いんだからこいつらは──ま、何はともあれ、まずは着替えだな」

 

 皆苦笑とともに汗びっしょりの顔で頷いた。

 

+

 

 皆ワルワラのだだっ広い部屋に荷物を置いた。

 

「……僕の部屋よりよっぽど広い。これじゃ寮が牢獄に感じるわけだよ」

 

 流石のカインもチェーザレに言われるより早く、感心したように辺りを見渡した。

 ただ、ここを部屋と言っていいのか少し迷う。

 というのも、部屋のど真ん中にある膝程度の浅いプールは、白い壁に囲まれた庭の水路とつながっていて、カーテンが開け放たれた中ではここも外のようだったから。

 オベリスクのような柱がいくつも立ち、外から足の長いサギの仲間のような水鳥が勝手に部屋に入ってきてプールに浮かぶ花をつついていた。

 プールの右脇に視線をやれば、何枚もの色とりどりの絨毯が敷き詰められ、花瓶くらいしか置けないような小さなテーブルの周りには無造作に丸いクッションがいくつも置かれていた。

 反対、左脇に目をやれば壁一面の本棚と机。それから、広すぎるベッド。

 

「エル様の所もすごかったですけど、ここも庭まで部屋みたいですごいですね」

 チェーザレもあんぐりと口を開けて部屋を見渡した。

「キュータ様的にはどうですか?」

「すごい!広いし、なんかワクワクするね!」

 キュータは子供みたいな返事をしながらせっせと汗だくの服を脱いだ。以前カイン達と一緒に神都で買った魔法のかかっていない服なので、よほど暑いのだろう。

「あ、あぁ……キュータ様また恥じらいもなく脱いで……」

 カインは直視できずに脱ぎ捨てられた服をチェーザレと拾った。

「はは、置いといていいよ。また皆のとまとめて<清潔(クリーン)>かけるから。──一太、一太無事か」

「へーい……無事でーす……」

 キュータにゆすられる一郎太は暑さで完全にばてていた。ミノタウロス王国もほどほどに暑い地域のはずだが、彼はあそこの出身ではない。

「ワルワラ、入っていい?」

 キュータが指差すのは花をつつくサギがいるプールだ。

 ばっちくないのかなぁとカインはプールを覗き込んだ。

「いいぜ。そのためにあるもんだし」

「やった。一太!水入っていいって!」

 のそのそ起き上がった一郎太はパンツ一丁になると、まるで温泉のようにプールに入った。キュータもズボンだけの姿に落ち着くと水を進んでいってしまった。

「あぁ〜生き返る……」

「慣れない砂漠は大変だったろ。全員俺の遮光服貸してやるからあれこれ気にしないで過ごしてくれ」

 

 チェーザレもズボン姿になって水に入って行ったが、カインはやっぱりなんとなくばっちい気がして入らなかった。

 その隣に、ズボンとネックレスだけのスルターンスタイルになったワルワラが座った。

「なんだ?カインはいいのか?」

「いい。疲れてるしね」

「昨日は蠍人(パ・ピグ・サグ)がうるさくて寝られなかったみたいだもんな。残念ながらスルターン小国にも蠍人(パ・ピグ・サグ)はいるぜ。ま、ここまでは声がしないだろうけど」

「ほ、安心したよ。ねぇワルワラ。あのプール鳥もいるのに本当に綺麗なのかい?」

衛生(サニタリー)粘体(スライム)があちこち浮いてるから綺麗だぜ。鳥も衛生(サニタリー)再生青鷺(ベヌウ)って言うんだ。汚いもん綺麗に戻してくれるから昔は聖鳥って言われてたらしい」

 目を凝らすと、花や葉の影で粘体(スライム)達がぷかぷか浮いていた。

 そんなに綺麗ならやっぱり入りたい。

 カインが考え直そうとしていると、足をプールに付けたワルワラは悪い顔をして大きなおかしな形をした壺を取り出した。

 

「ま、入らないならお前はこれしようぜ」

「何?これ」

水煙草(シーシャ)。神聖魔導国じゃ俺たちの年齢じゃあ禁止されてるけど、ここなら合法だ」

「えぇ!?ほ、放埒だなぁ」

「まぁな。放埒は俺に任せておけ。──うまいよ」

 ワルワラが笑って水煙草(シーシャ)を寄越すと、カインはちらりとキュータを確認した。母国の王子の前で良いのだろうか。

 鳥を撫でていたキュータはすぐに視線に気づいたらしく、「ん?」と首を傾げた。

「キュータ様〜、水煙草(シーシャ)だって。どう思います?」

「いんじゃない?放埒の旅だしね」

 爽やかに笑った。両親の定めた法律なのに良いんだろうか。

 許可をもらっても悩んでいると、一郎太が水を上がった。

「キュー様いいって言ったから俺も吸う!」

「ほいよ。ミノタウロス王国にもあるよな?」

「らしいな!」

 一郎太が吸い、チェーザレも吸い、ワルワラも当たり前のように吸った。

 

 カインはやっぱり、あの人が吸う様子がないからやめておこうと思った。

 鳥が飛んで去っていく様子を眺めるキュータは本当に綺麗だった。そして、何かを空中から取ると目を閉じた。

 どんな意味のある仕草か分からないが、カインは未だにキュータの全てに憧れて仕方がなかった。

 カインを成長させてくれる運命の人。この人がそうなんだと、今でもカインは信じている。

 だから、カインも虚空から何かを掬うように手を握ってみる。

(……なんなんだろう)

 やはりどういう意味があるのか分からない。

(……僕がやると思春期の病気みたいだ)

 恥ずかしくなって手を放す。

 

 チェーザレが煙草を一口含んでむせると、静かに過ごしていたキュータは笑った。




おぉ!?放埒ですねぇ!!
エル君との実家訪問とは全く違って、やっぱり友達は選んだ方が、いえいえ、なんでもありません!

アベリオン丘陵から聞こえてくる怪しい祈りが心配ですね〜。何がいるか全然分かりません(?

次回明後日!
Re Lesson#27 スルターン小国
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