眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#27 スルターン小国

 スルターン小国に到着した日は、そこまでの旅疲れもあり皆ワルワラの部屋でカードやボードゲームをして過ごした。

 

「──そう言えば、ワルワラのご両親に挨拶してない」

 夕暮れ時、ハッと気がついたナインズが体を起こす。

「あぁ、そろそろ帰る頃かな?でも、別にほっといても構わないけどな」

「そんなわけ行かないでしょ。ちゃんとうちの親からもお世話になりますって荷物預かってきてるし」

「あ、僕も手土産持ってきてるよ」

 トランプをしていたカインも手を上げた。

「えぇ?良いとこのおぼっちゃん達は違うなぁ。そんなもんいいのに。何あずかって来てくれたの?」

「神聖魔導国のワインと、ご家族多いって聞いてたから果物も」

「ごめん、僕は神都で買った菓子折り」

「んー、全部俺たちで開ける?」

「バカ言うなって」

「不良息子」

 

 ワルワラは頬をかくと、うんせと立ち上がり、部屋をぺたぺたと裸足で去っていった。

 

「──キュー様、今のうちですよ」

 一郎太が手を伸ばす。

「ありがとね」

 ナインズは腕輪を一郎太に渡すと、母のかけた強力な幻術の上からもう一つ幻術をかけ足した。ナインズの力で解くことは出来ないので、いつ消えても良いように重ねがけしておいた。

 

 すぐにワルワラは戻ってきた。

「帰ってたわ。真面目な友達できてるって驚かれた」

「ワルワラも相当真面目だと思うよ。帰省の旅行中に勉強してたの君だけだろ」

「うるせ」

 

 一行は夕日に照らされる部屋で神都では普通の服装になった。

 ワルワラも分厚いローブを上に着込む。

 砂漠の国は夜に向けて冷えてきていた。

「チェーザレ、僕大丈夫かな?」

「はい!カイン様!良いと思います!」

「……あ、ここにシワがついてる」

「シワなんか諦めて」

 

 二人の主人と二人の従者の様子に、なんとも慣れないワルワラは苦笑した。

「ほんと、大した事ないからそんな事気にすんなよ」

 ようやく行く気になった一行は広い家の中庭を通り過ぎ、神殿のような廊下を通り過ぎ、ようやく目的の場所に着いた。

 カーテンを開けた先では、魔人(ジニー)とのハーフの男性、魔人(ジニー)そのものの女性がいた。それから、昼に会った姉のコピルタ。

 やはり両親とも上半身を晒していたが、夜用の分厚いローブを着ていたのであまりギョッとはしなかった。

 三人は広い絨毯の上で食事をとっていたようだった。皆リラックスして寝転んで食事をしていた。

 

「やぁやぁ、いらっしゃい。わざわざ挨拶なんて、すまないねぇ」

「いらっしゃい。好きなだけ過ごしていくと良いわ。──スズキくん、一郎太くん、シュルツくん、クラインくん」

 ワルワラの母の眼光は、悪魔と人の子であると言われる種族なだけあって、カインとチェーザレを少し尻込みさせた。

「──こんばんは。挨拶が遅れました。お世話になります」

 コピルタが体を起こし、一郎太とチェーザレからそれぞれ手土産を受け取ってくれた。

「わー!お酒にお菓子!ありがとうね!」

「やぁ、これは悪いねえ。──ワルワラ、いつでも食事をとりに行っていいんだからね。五人分もう用意できてるんじゃないかな?」

「うん、ありがと」

「それにしても、ワルワラにこんなに良い友達ができるなんて嬉しいよ。母さんも鼻が高いでしょう」

 

 ワルワラの母が笑顔になるとギザギザの肉食獣を思わせる歯が見えた。

「えぇ、本当に。そんな不詳の息子だけれど、神聖魔導国の公用文字もスルターン文字も書ける、スルターン小国初めての魔導学院入学者だったのよ。純血の魔人(ジニー)も頑張ったけれど、実技が良くても筆記がうまく行かない。だから、心配だったの。文化がずいぶん違うようでしょう」

「うわ、やめろ。やめてくれぇ」

 ワルワラは恥ずかしそうにしゃがみ込むと頭を抱えた。

「ふふふ。十七年後に透光竜(クリアライトドラゴン)様──白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)閣下の下へ旅立つ宵切姫様の儀式には、公用文字も書ける神聖魔導国の文化にも触れた神官をと、十三年前──あなたたちが三歳だった頃に神官達で話し合いがあったの。なんと言っても、閣下は字を書けると言うことをとても重視されていたから」

「じゃあ、お母上かお父上は神官でらっしゃるんですか?」

 ナインズが尋ねると、ワルワラの母はゆっくり頷いた。

 

「えぇ。私が神官よ。十三年前の宵切姫様の浄めの儀式にも立ち会った──と言っても、神聖魔導国の子達にはよくわからない話ね」

「いえ、宵切姫さ──まは何でもご堪能で、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)──閣下の下でご活躍であると存じております」

「まぁ……神聖魔導国の方は何のことやらと仰るのに。スズキくん、あなた本当に優秀なのね。ワルワラと切磋琢磨してもらえてありがたいわ。親バカかも知れないけれど、その子は混血だと言うのに純血と差もなく魔法を使う。そう言う意味ではこの国で一番優秀だったけれど、ちょっとおバカでしょう。少しくらい鼻っ柱が折られてちょうどいいわ」

「やめろー!もういいよ!!良いから良いから!!」

「ははは、ワルワラ、やっぱり君優等生なんだね。それに、国一番なんてすごいじゃないか」

「お前が言うな!お前の国で一番すごいやつに言われても嬉しくない!!」

「照れなくたっていいのにぃ」

「うるさい!もういいから!俺たちも飯にするぞ!!」

 ワルワラがナインズの背を押し始めると、両親と姉はニコニコ笑顔で手を振って一行を見送ってくれた。

 

「俺は飯を取ってくるから!お前達は先に戻ってろ!」

「はいはーい」

 四人はワルワラが溺愛されている様子に楽しそうに笑いながら部屋に戻った。広くて少し道に迷いそうだった。

 

「やっぱり、わざわざ外国から留学に来るような子は優秀だよね」

「それに、ワルワラも放埒放埒って言いながら何だかんだ真面目ですしね」

 そんな噂話をしながら、ナインズとカインはまた一つ服を着込んでクッションの上に座った。

「ふふ、ワルワラはちょっと乱暴だけど、最初から親切だったもんね。砂漠のよしみで荷物持とうかとかさ。水煙草(シーシャ)だってここじゃ許された行為だし、彼は一度もルールから外れてない」

 四人は良い友達ができたものだと頷きあった。

 

 そうしていると、ガラガラとサービスワゴンを押したワルワラが戻った。

「ほい、飯だぞ。お袋が土産に感謝だって言って良いもんくれた」

「いいもん?」

「ふふ、いいもんいいもん」

 大きめのワゴンからチャパティ、ハーブコロッケ(ターメイヤ)鳩の丸焼き(ハマム・マシュイ)がいくつも、肉と茄子のトマト煮(メサアア)、山盛りの野菜と羊肉、果物各種。

 それから最後に、真っ赤なジュースの入った大きな甕。

 五人の真ん中に並べられていくと、ワルワラは雑に取り皿を配った。

「神都じゃあんまり床で飯食わないけど、スルターン小国じゃ床が普通だから広い机がないんだわ。悪いけど、床で付き合ってもらうぜ」

「もちろん構わないよ。それより、ご飯のお礼言っておいてね」

 

 皆でチャパティに野菜と肉を挟んで食べたり、鶏肉をむしって食べたり、楽しい夕食だった。

 

 そして、ワルワラがこっそり一皿取り出すと、皆それを覗き込んだ。

「──それ何だ?」

 一郎太が尋ねると、ワルワラは「あー、いやー」と言葉を濁した。

 怪しい雰囲気にカインは指をぺろりと舐めると身を乗り出した。

「良い匂いがするね。何を隠してるのさ?」

「はは、いや。別に、な。そ、それよりお前らこれ飲め!これ!お袋からの差し入れなんだから!」

 赤いジュースを甕から汲み、ワルワラが四人に配る。

「これは?」

「飲んでからのお楽しみ。一気に飲めよ!ちびちび飲むもんじゃない!」

「怪しいなぁ」

「お袋から何だから怪しくないって。ほら──放埒の会に!!」

 ワルワラが杯を掲げると、皆「放埒の会に」と復唱して一気にそれを煽った。

 

 そして──ボフンっと皆の頭の上から煙が出た。

「な、なんだこりゃ!?」

 一郎太が目を丸くして杯を覗き込む。

「ははは!はははは!蠍人(パ・ピグ・サグ)の唐辛子酒だよ!!ははは!スルターン小国じゃ若い奴は皆好きなんだよ!若いの集まる時は必ずこれなの!!」

「ワルワラ〜!」

「騙し討ちしたなー!!」

「か、カイン様ぁ〜目が回りま〜す」

 五人皆真っ赤な顔をしていた。

「はぁ〜。僕許されんのこれぇ」

 ナインズが眉間を抑えると、ワルワラは肩を組んで笑った。

「許される許される!ここはスルターン小国、自由の国だ!!ここにいる間は十四から飲めるんだから、お前ら楽しめって!ほら!」

「僕飲みます!もう飲んじゃったし!!」

 チェーザレは喜んで二杯目をもらった。

 一杯飲んだなら二杯も三杯も同じと言う理論は乱暴だが若者には耳障りが良かった。

 

 結局、ナインズもまた注いでもらうと、それを覗き込んで舐めた。

「うまいだろ!」

「うまいけどさぁ。もー。僕はこれで十分だから。あとは皆で飲んで。一太も僕のことは気にしないで」

 護衛という役目のある一郎太は残りに手を付けようとしなかったので背を押した。

「キュー様になんかあったら困るから俺はいいって」

「……たまには硬いこと言わないで。一太だって息抜きして。放埒の会なんだから」

「……酔ってる?」

「酔ってない。ほら、早く。僕は君を甘やかすと決めた。一晩くらい良いから」

「だ、ダメだって。知らない土地なんだし」

「いいから!」

「ナ──キューさまぁ」

 この息子、守護者アルハラ注意を訓告されたフラミーの息子だった。

 

 結局一郎太は押しに負けてカイン、チェーザレとともに酔い潰れて寝た。

 

「──お前、本当に真面目だな」

 起きてるワルワラの頭からポフンと小さな煙が出た。

 ナインズは残った果物に手をつけて笑った。

「ふふ、そんな事ないよ。僕は今放埒ってやつに叩き落とされてるんだからね」

「酔い潰れて寝てないくせに何言ってんだか。結局最初の一杯の後は舐めただけだろ」

「お酒の楽しさは知ったよ。こんなの、皆で旅に出てみなきゃ縁もなかった」

「悪い友達を持ったな。俺は腐ったみかんってやつだ」

「期末考査二番目が言う?」

「ふん、あのナーガの何ちゃら何ちゃら、今回は俺様に一つ席を譲ったな」

「アロイジウス・ケイト・リュイ・イスコップ君ね」

 ワルワラも秘密の皿の上の肉を口に放り込むと、また唐辛子酒を少し含んだ。

「そんな長い名前よく覚えてるよ。本当にさぁ、少しは気も抜く瞬間がないと潰れるぜ?」

「ふふ、大丈夫大丈夫。僕は結構不真面目にやってんだ。ワルワラこそ、頑張りすぎないでね。期待の星だろ」

 

 ワルワラが見上げた先、風でカーテンが揺れるたびに空に浮かぶ月が見えた。外からの風は冷たく、眠る三人には毛布がかけられていた。ただ、部屋の中は魔法の力でわりと暖かい。

 

「……期待の星なんて大層なモンじゃないさ。母親含め、神官たちの言う宵切姫様の話も利用されてるだけかもしれない。スルターン小国は神聖魔導国と違って神殿が一番偉いってわけじゃない」

「……っていうと?」

「ここに神聖魔導国からの新しい価値観が流れ込んできて随分経つ。俺は始まりがガキだったから思うことは何もない。だけど、未だに戸惑う大人は多い。そんな状況だから、収めきれない小さな混乱に蓋が必要なんだ。昔は遊牧民が大司教だったし、お偉方は魔人(ジニー)であり、遊牧民(バダウィン)であり、ある意味神聖魔導国の民にもなったハンパモンを未来の大司教として担ぎ出したい。皆が耳を傾けたくなるような存在としてな。神聖魔導国の()にも顔向けができる一番の傀儡だ。これは神聖な話じゃなくて、ただの泥臭い政治の話なんだ」

「……やっぱり君は賢いな。どうする。逃げ出すか?」

 ナインズは、彼がそれを望むなら手を取って走り出しても良いと思った。彼は子供のように振る舞おうとするが、決してただの子供ではないだろう。

 

「ふ、俺はそいつらのおかげで見たこともない国に遊びに行けてる。この神輿には乗らなきゃもったいない。俺は操られてるふりをして、遊び呆けて、最後は誰も俺に文句が言えないように平伏すようにさせてやるさ」

「ははは。なんだよ、強いな。一位になりたいって言うのは文句を言わせないためか?」

「そうだ。イカすだろ」

「あぁ、それはイカすね」

「譲ろうなんてつまんないことは思うなよ」

 ワルワラは嬉しそうに笑うと、また甕から酒を注いだ。

「お前も飲めよ」

「……そうしようか」

 結局、二人も杯をぶつけて、そのまま床で眠りについた。

 皆が折り重なるように眠る部屋で、深夜、部屋にはそっと黒いシミが現れる。

 

 そこからは薄紫色の手が伸び、白いタツノオトシゴの杖が出た。

 深い眠りに落ち、散らばる銀色の髪と頬に入る黒い亀裂にそっと幻術がかかる。

「──おやすみ」

 手はまた引っ込み、シミは消えた。

 

+

 

「頭痛ぇ……」

「参ったねこれは」

「失敗しました……」

 昼頃起き出した堕落した男子たちは頭を抱えていた。

「あぁ〜……飲み過ぎだなこれは。スズキー、お前二日酔い治せないの?」

 

 ナインズは置いてある鏡の前で首を傾げていた。

(……無意識に掛け直したかな?)

 いつも一番に起きて幻術だのなんだのと言うことは済ませていたが、今朝は最後まで寝ていた。

 一郎太に起こされて焦ったが、思ったより自分は真面目らしい。いつ解けるか分からないので折を見て重ねがけしておいた方が無難だが。

「スズキー。自分に見惚れてないで〜」

「──あぁ、ごめんごめん。治せるかな?」

「やってみてくれ〜」

 寝転んだままの一郎太の胸の上に腕輪を置くとナインズは一人一人に回復をかけて回った。

 

 もはや昼食を兼ねた朝食を取り、五人は出かけた。

 日中はやはり驚くほどに暑く、皆ズボンにワルワラの遮光服を借りて出かけた。

 

「……おい」

「ん?」

「お前、学校でもないのに目立つな!」

「僕もあんまり目立ちたくないんだけど……」

 と言いながら、女に囲まれる姿にワルワラは眉間を押さえた。

「ね〜綺麗な黒髪だねぇ?」「エリュエンティウから来たの〜?」「うち寄ってかなぁい?」「いいお肉あるよ!」「花あげようかぁ。良い男だねぇ」「筋肉ついてんのに白い肌しちゃってさぁ」

「あ、はは。皆さんありがとうございます」

「あっち行けー!!」

 ワルワラが全てを蹴散らすと、一郎太がナインズの顔につくキスマークをゴシゴシ拭いて落とした。暑いので一本の太い三つ編みにした髪にはたくさんの花が差し込まれていた。

「そ、それで、どこ行くって?」

「あぁ。カジノか、砂漠の考古学博物館か、市場(スーク)か、神殿だな!」

「わぁ、考古学博物館かぁ。いいねぇ」

「……カジノに食いつけよ」

 

 五人は笑い、結局博物館へ行った。

 大帝国ディ・グォルスの秘宝、砂漠の遊牧民(バダウィン)の歴史、魔人(ジニー)達の昔の暮らしなどが見れ、何だかんだ真面目な五人は結構満喫した。

 カジノより楽しかったかもしれないとワルワラも大満足だった。

 

 そして翌日は市場(スーク)に向かった。

 人も魔人(ジニー)もごった返す中で、四人は思い思いの土産を選んだ。

「──キュー様」

「あ、一太。良いのあった?」

 お財布共有組なので、ナインズは懐に手を入れた。

「へへ、あった。コ──じいにも」

 手招かれた先には水色のターコイズがスカラベに彫られた小さな置物があった。真ん中には金の装飾もついている。

「はははは。似てるね。これ買ってこ!」

「喜びますよ!」

 愛弟子二人は師匠そっくりの置物を買うと、「次はー」と楽しい相談をしながら市場を歩いた。

 そして、ふと「味見してってくれー!」と大声を聞きつけた。

「味見だって!」

「腹減ったもんね!」

 二人が向かった先では黄色い蜥蜴人(リザードマン)が客寄せをしていた。

「何かな?」

棗椰子(デーツ)とか?」

 人集りの中で首を伸ばしていると、ふと二人の首根っこは捕まえられた。振り返るとワルワラが複雑な顔をしていた。

「行くぞ」

「っあ、わ、ワルワラ」

「何だよー。良いとこだったのに。──あ、配り始めた」

「やめておけ。あれはお前達には流石に荷が重い」

「酒も飲んだのに?」

 押され、引きずられながら一郎太が尋ねる。

 

 路地の出口にいたカインとチェーザレの下に来ると、こちらの二人も似たような場面でワルワラに拘束されたのか若干不服そうな顔をしていた。

「ちぇ。何でも食ってみたかったのにさ」

「やめておけ。──あれは太顎砂(サンド)蜥蜴人(リザードマン)の肉だ。自分たちで尻尾を切って配ってくれる。美味いいい肉だと思えばそのまま連れて帰って、二日分程度のちょっと特別な飯になる。奥様方の晩飯の調達の時間に入っちまったらしい」

 四人は目を見合わせ、チェーザレは「あの」と口を開いた。

「知能は……どうなんです?売り子とは別?」

「同じだよ。めちゃくちゃ喋ってただろ。お前達で言うところの禁忌中の禁忌だ。俺は久々に帰ってきたから昨日も一昨日も食ったけど……お前達は多分傷付く。見るだけでもやめた方がいい」

 毎夜ワルワラが隠しながら食べていた肉の正体に思い至る。

 その気遣いに納得し、皆で一度ワルワラの家へ戻った。

 

 一通りの買い物はできたのでカバンに大切に荷を詰めた。カインは色とりどりのグラスのセットを買ったらしく、一つ一つを製紙魔法で作った紙に包んで収めた。

 

「ワルワラ、スルターン小国って、小学校とかってどうなってるの?」

「あるよ。と言うか、神聖魔導国に教えてもらって真似して作ったんだと。国民の意識も上がるし、平等に教養が付けば治安も良くなるからな。俺も通ったよ」

「……蜥蜴人(リザードマン)は?」

太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)達は太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)達で自分らの学校行ってたよ。まぁ、クラスに二、三人はいたけどな。街中でそんなに見ないだろ。隣にあるんだよ、牧場」

「ぼ、牧場……」

「なんか変だったか……?」

「いや、話が通じる相手が住んでる場所を牧場って呼ぶのって、すごいなと思って。隣に町がある、とかじゃないんだね」

「……そうか。確かに言われてみればそんな気がしないでもない」

 ワルワラは言葉のギャップに悩んだようだった。

 

 この年のワルワラですらこの価値観なのだから、昨日話していた「収めきれない小さな混乱」はどれほどのものだろうかと思えた。

 ある日突然神だと思っていたツアーが上位存在として父母を連れてくる。そして、知能がある者を食べるのは良くないと言う。

 だが、食べられる方は喜んで食べられているんだから気にしないでいいよと笑い飛ばしている状況だ。

 

 ナインズは彼らの祈りを聞いてみたいと思った。何かの糸口にならないかと。レオネを除けば、目の前にいないと特定の者の祈りを選んで聞くことはできない。たまたま引いてみて当たりでしたと言うのを繰り返すのは心身ともに疲労する。

「ワルワラ、明日僕は蜥蜴人(リザードマン)の街に行ってみたいんだけど、いいかな」

 カインが「えぇ!?」と大声を上げる。それはそうだ。

 恐ろしいと思わない方がおかしい。

「──良いけど……お前、倒れるんじゃないか?普通に自分たちで畜肉加工してるし、買い付けに出てる奴もいるんだぞ……?」 

「ちょっと怖いけど、見ておきたい。もちろん、他の皆はカジノとか神殿とか行ってて良いからね」

「俺は一緒に行くよ」

 一郎太がすぐに言う。カインは青い顔をしてチェーザレに「どうする……?」と尋ねていた。

「い、いきます……?」

「そ、そう……そうだよね……?」

 明らかに行きたくなさそうだ。ナインズは首を振った。

「カインとチェーザレは神殿とかカジノとか行っておいでよ。せっかく来たんだし、四日の滞在のうちに国中見て回った方が良い」

「そ、それでもいいなら……」

「ね、ねぇ。カイン様……?」

 二人は安堵と戸惑いの間の顔をしていた。

「ふーむ、そしたらカイン達はコピルタに案内を頼んでやるよ。安心しろ」

「ありがとう、ワルワラ。お姉さんにもお礼を言っておいて」

「乳揺れてるからちょっと二人には刺激強いけどな」

「べ!別にもう慣れたさ!」

 すでに顔が赤いカインに、四人は笑った。

 

+

 

 四日目、ナインズ達は三人乗れるラクダ便に乗って隣町へ向かった。

 太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)達の街も、ワルワラの住んでいる街と遜色のない整備されたものだ。牧場という名がこれほど似つかわしくない場所があるだろうか。

 向こうと違うのは彫刻が幾つも立っていることかもしれない。蜥蜴人(リザードマン)が皿を持ち、その下に平伏す魔人(ジニー)蠍人(パ・ピグ・サグ)がいる。

 力関係はそちらにあるのかと若干驚いてしまった。

 羊を連れて歩いている蜥蜴人(リザードマン)がふと手を振ってくれるとワルワラは何も思わないように手を振りかえした。

 

「やぁ、買い物かい?」

「いや、観光。神聖魔導国の友達が見たいんだってさ」

「ほー、あの国の人間が珍しいなぁ。──あぁ、ミノタウロスさんか」

 <浮遊板(フローティング・ボード)>の上で寝転がってた一郎太は手を挙げた。

「よっす。おっちゃん、羊飼い?」

「あぁ、街から出て砂漠の方に放牧してやりに行くところだ。もし俺を買ってくれたら、一匹付けるよ」

「はは、いいよ。ありがとさん」

「そう言うなよ。こうして羊に食わせてやるためによく歩いてるからシチューにするとうまいぜえ?味見する?」

 羊飼いが顎にある小さな髭状の皮膚を引っ張り、一郎太は慌てて首を振った。

「い、いや、いいよ。本当にさ。羊だって困るだろ」

「いや?羊達はまた別のやつが面倒見るし。なぁ?」

 ワルワラが尋ねられ「だろうなぁ」と一緒に言う。

 その後、残念がる羊飼いとは別れ、いよいよ街の真ん中に着いた。

 ここまでくると魔人(ジニー)や眠そうな蠍人(パ・ピグ・サグ)も割といて、その辺で楽しそうに太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)と話していた。

 

「こんなに仲良さそうなのに、どうして食べられるんだろ」

 純粋な疑問だった。

「別にお前達だって牛や豚可愛がって育てるけど食うだろうに。感覚としてはそんなに違和感ないと思うんだけどなぁ……」

「じゃあ、ワルワラは僕達のこと食べられるの?」

「勘弁しろ。お前絶対食べられたがってないし、痛みも感じるだろ」

「痛み?」

「そーだよ。ほら、あっち見ろ」

 

 ワルワラが指差す先では、「尾ぉそうろう!尾ぉそうろう!」と太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)が声をあげていた。

「おーそーろー?」

「尾、候。尾ございます、ってこと。尾っぽ売ってるよって」

「ふーん」「へぇ〜」

 一郎太と二人で声を上げる。本当にここは異国の地だ。

 

「……見てく?」

「うん、見てみる」

 魔人(ジニー)達が囲む先では、何人もの太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)が裸で自慢の肉体を晒していた。

「尾ぉそうろう!取れたて行くよー!!」

 元気な声が響くと、買い物客から歓声が上がる。

 裸の太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)はフンッと顔を赤くして震えると、その尾はボツンと音を立てて自ら切れ、魚のようにビチビチと跳ね回った。皆それに目が釘付けなようだ。

「うわー、うまそうだなぁ……」

 ワルワラが呟くが、一郎太は仲のいい二人の蜥蜴人(リザードマン)を思い出して気分が悪くなった。

「ご、ごめん。キュー様、俺ちょっと」

「いいよ、座ってて」

 一郎太はナインズが見える範囲にあるベンチに行って座ると、ほぅと息を吐いた。

 

 取れたばかりの尻尾は一通りのたうち回ると、持ち主の手で一番先っぽの食べにくそうな細いところが丁寧に切られて見ている者達に渡された。止血もしていないと言うのに、切り離された尾の断面からは血が出ていなかった。筋肉の収縮によって彼らは自切したところから血を流すことはない。

「どうだぁ!生だって食べられるぞ!」

「うーん、いいねぇ。君名前はなんだっけ?」

「俺はゲレーテ・ルル。買ってくかい!」

「ゲレーテ君、何回自切したことある?」

「ふふ、見てくれ」

 そう言って、細い尾先が取られた尾を見せる。魔人(ジニー)はふんふん頷くと「初めてだね!」と嬉しそうに言った。

「そうさ!だから、肉もよく詰まってるし、何より皮もうまい!」

「決めた!ゲレーテ君の尾はうちが買って行こう!」

 周りから残念そうな声が上がる。

 ゲレーテは嬉しそうに魔人(ジニー)と握手を交わし、金と尾を交換した。

 一つ取引を見終わると、ナインズはふむ、と声を上げた。

「再生する尾を売ってるんだね。ちょっと安心した」

 だから恐怖がないのかも知れない。痛みも感じない自切で取る尾だし。

 ──と言う考えが甘いことをナインズはすぐに思い知る。

 さらにその横では、「インピアーダ君、君のこと買うよ!」と言う声が上がった。

 またさらに、「あぁ!尾は落とさないでいいよ!そのまま一緒に行こう!」という声も。

 そして、「ゲレーテ君、尾はなくなっちゃったけど頬も肉付き良いし、うちでもらっても良い?」と、ゲレーテも行き先が決まった。

 目まぐるしく行われる取引はあっという間に終わってしまい、まるで家族のように皆太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)とその場を離れていった。

「いいなぁ……」

 ワルワラは皆を羨ましそうに見送っていた。

 

 最後に、そこを取り仕切っていた太顎砂蜥蜴人(サンドリザードマン)が床に敷いていた絨毯を巻き始めると、ナインズはそちらへ行った。

「す、すみません」

「ん?あ、ごめんね。うちの分は今日はおしまいなんだよね。羊はあるよ」

「いえ、買い物じゃなくて……おじさんは、どうして食べられないんですか?」

「俺?俺は尻尾屋だけど──へへ、買ってくれるかい?それなら、ちょっと商売の引き継ぎだけしてきてもいいかな?いや、待たせることはないんだけど!これ置いてくるだけ!ね!」

 絨毯を抱えたおじさんは相当乗り気な様子でナインズに身を乗り出した。

「が、学生なんで買えません。それより、何が違うんですか……?」

「なんだぁ……。何が違うって、俺はさっき買ってもらえた皆とは明らかに違うだろ。肉付きだってあんまりよくないしさ。尻尾が再生した頃に尻尾を食べてもらうくらいしかできない。最後は出汁取りの骨になるのかなぁ……。あぁあ。っと、暗い話して悪いね。良い昼食を」

 おじさんはナインズの肩を叩くと去っていった。

 そして、慌てておじさんの祈りの糸をとった。

 

『──美味しく食べてもらえますように。そしてこの生が意味あるものになりますように』

 

 食べてもらうことで人生が昇華されると信じている。

 ナインズの手は自然と開き、ふわりと糸は天に消えた。

 

「……大丈夫か?」

「うん。皆望んでるんだね」

「当たり前だろ。ララク集落は神聖魔導国になってから蜥蜴人(リザードマン)の輸入ができないから、結構あぶれちゃうやつとか出てるんだよな。可哀想だよ。食ってももらえないまま老いちゃったりして」

「食べてもらうと、生は意味あるものになる?」

「なるだろ。俺も死んだら墓所に置かれて鳥獣や魔物の飯になるんだ。魂は次の命へ受け継がれる。お前達の国くらいじゃないのか?肉体の円環をそこまで嫌がるのって。俺は何の身にもなれない方が怖いけど……お前達は自分のままで陛下方の下へ召すことが一番だもんな。理解はしてるよ」

「ふーむ、なるほどねぇ」

 

 蜥蜴人(リザードマン)の子供達が「おぉそーろー!」と楽しげに声をあげて走って行く。

「尾を売るだけじゃ、ダメなんだもんね?」

「まぁ生活として普通に尾だって食うけど、本質はそこじゃねぇなぁ?」

 三人はまたラクダ便に乗ってワルワラの住む市街地へ戻った。

 

 街中では御輿に五人の蜥蜴人(リザードマン)が乗せられて連れて行かれるパレードに行き当たった。周りでは歓声が上がり、誇らしげに蜥蜴人(リザードマン)達が運ばれて行く。

「あれは?」

「神殿に供えられる今月一番の肉さ。その辺にいるデザートクロコダイルもそうだが、そもそもかつて竜族と別れた蜥蜴人(リザードマン)は神聖な存在で、食うことは力を分け与えてもらう事の一部だ。尾だって安いもんじゃない。俺は向こうじゃ食べられないだろって尾肉を親父が用意してくれてるけどな。お前達の感覚で言えば……神の子達の誕生祭の夜に食べる七面鳥、いや、最高級牛肉ってとこかな?兎に角尊敬されて食われてくのさ。──あ、御輿の前歩いてるのは今の大司教、バーリヤ・コトヌィール・ヒノノヤマヤ・アバリジャィール様。前回の宵切姫様の儀式の後、陛下方を連れて帰ったのはあの大司教さ。砂の魔法で使えないもんは一つもない。それに、すげぇだろあのツノ!そそるぜぇ」

 

 でも俺の方が尊敬されて見せるとかなんとか言うワルワラの話を聞きながら、ナインズはこの場所の蜥蜴人(リザードマン)食い脱却が何故ああも進まないのか肌で感じた。

 世界最高の智者達が寄り集まって、十年以上の歳月をかけて尚遅々として進まない毒抜き。

(皆苦労してるんだろうなぁ……)

 スルターン小国を担当しているのはデミウルゴスだったっけと思いつつ、まだあまり顔色の良くない一郎太を連れて食事処に入った。

 

 やはりここも絨毯が敷かれていて、そこで好きな体勢で食事をとった。

 ケバブサンドとジュースを飲みながら、目の前を流れて行く水路を眺める。

「……世界は広いなぁ」

「俺も魔導学院入った時そう思ったよ。楽しいよな。──あ、いや。悪いな。お前としては禁忌のもん見てきたのに。そう言う感想じゃないよな」

「ううん、楽しい。本当に興味深いと思ったよ。ありがとう。それに……悪くないと言うか、何だか良いことだと思った。お互いに尊敬もあるしさ。行って見て良かったよ。僕の両親はなんでも自分の目で見るって言う人たちなんだけどさ、気持ちがよくわかった。僕も世界を見に行きたいって思わされたよ」

「ははは。スズキの親は思ったより堅物じゃなさそうだな。なのにお前は真面目すぎる」

「そんな事はないさ。頑固なだけ」

「それは否めないな」

 二人は水を蹴って笑った。

 

 夕暮れ時、ワルワラの家に戻ると──「勝った!!」と喜ぶカインとチェーザレがちょっと豪華な遮光服を着て自慢して見せたらしい。

 

 一郎太はその日うなされた。




ここの牧場は大変質の良い牧場なんですねぇ〜〜

次回!明後日!!
Re Lesson#28 おいでよ!アベリオン丘陵
はい知ってた
お膳立てできたら行くって知ってた
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