#41 フールーダの来訪
バハルス帝国。
アーウィンタール帝城にある皇帝の部屋では、身長の半分ほどの長さもある白髭をたたえた老人が魔法について興奮しながら語り続けていた。
その者、フールーダ・パラダイン。
バハルス帝国の大
さて、そんなフールーダの止まることなき魔法談義もかれこれ一週間。
その魔法談義は意訳すると、神聖魔導国に連れていくか紹介状を書けと言っているのだ。
ジルクニフは、これまで一切魔法で覗き見ることができなかったはずのエ・ランテル近郊が突然見えるようになった時から何かがおかしいと思っている。
フールーダは王国民の大虐殺と大復活に終始興奮して見入っていた。
そしてフールーダの弟子が帝国騎士にその事を話せば、帝国騎士は「流石神王陛下」とうっとりとその力を思い出し始めるではないか。
王国との戦争、いや。魔樹の襲撃から帰ってきたカーベイン将軍からエ・ランテルと神聖魔導国について聞かされたが、隠しきれない尊敬と崇拝をジルクニフは感じていた。
ほとんどの帝国騎士達は神聖魔導王に魅せられてしまっていたのだ。
「わかった。わかったよ爺。書簡を送ってやる。お前がエ・ランテルを視察したいと言っていると」
ジルクニフは遂に観念したが直ぐに訂正が入った。
「ジル、私はエ・ランテルを見たいのではなく神王陛下と光神陛下にお会いしたいのです」
「相手は神で王で国家元首だぞ。そう易々と会えると思うな。全く」
ジルクニフは忌々しげにそう言うと文官のロウネ・ヴァミリネンを手招いた。
「ロウネ、神聖魔導国の新都市の見学を願う書状を早馬で送れ。神聖魔導王と光の神に十分でいいから時間をくれと添えてな。向こうも戦争で我が国が手に入れようとした都市を横からかっさらったんだ。このくらいは歓迎してくれるさ」
「失礼ですが、陛下。私もフールーダ様と共にエ・ランテルへ行かせてください」
控えていた四騎士のうちの一人、レイナース・ロックブルズの進言にジルクニフはつくづく部下に恵まれていないと思った。彼女の前髪に隠された半顔には、悍ましき呪いが掛けられていた。
「わかった。わかったが、お前も爺も向こうで絶対に誰にも迷惑はかけるなよ。皇帝の名を入れた書簡を送るんだからな」
次の日レイナースの口から漏れたエ・ランテル見学会の話は帝国騎士達の耳に入り、是非自分達もとカーベイン将軍自ら直談判に来たのだった。
それから数日。
「それでは、陛下。行って参りますぞ」
フールーダは自分の持っている最もお気に入りのローブに身を包んでいた。
共にはカーベイン将軍と、四騎士のレイナースとニンブル。
そして抽選に当たった帝国騎士十数名とフールーダの弟子数名。
約二十名のこの部隊は、とても迷惑をかけないとは思えない構成だった。
「……すまない、ニンブル……頼むぞ……」
ジルクニフは騎士達が神聖魔導国に骨抜きにされてしまった今、長く帝都を離れるのは危険だと判断しての留守番だ。
神聖魔導国を見定めて帰ってきたら粛清したはずの貴族が復活してました、では目も当てられない。
「お任せください。この激風ニンブル・アーク・デイル・アノック、必ずやフールーダ様を守り……いえ、帝国の尊厳を守ってみせます」
ニンブルの言葉に皇帝は頷き、危なっかしい雰囲気の一行を見送った。
その後ニンブルを除く全てのものが帝国には戻らぬとも知らずに。
一行は二台の馬車と馬で移動していた。
一台にはフールーダとその弟子達が乗り、一台には見学を受け入れてくれた礼の品が積まれている。
帝国の騎士は誰もが信じていた。
あの神王陛下ならばエ・ランテルを見事復興されているはずだ、と。
そしてそれが間違っていなかったことに騎士達はすぐに胸を熱くするのだった。
近郊は見えてもエ・ランテルは変わらず覗くことができなかったため、魔樹襲来後初めて見るその都市は、水の都になっていた。
「落ち着いてください!フールーダ様!陛下に呉々も魔導国の皆様にご迷惑をお掛けしないように言われたのをお忘れですか!」
案内を任せられていた陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインとその部下たち、そして光の神官長イヴォン・ジャスナ・ドラクロワは優しい瞳で帝国の団体を眺めていた。
ニンブルは環状三号川の外に建つ入国管理・東塔に入った時からフールーダの暴走にほとほと困らされていた。
入れば普通の人間の衛士もいたが、信じられないほど礼儀正しいゴブリンと、帝国でも一匹捕らえている
恭しげに貴賓にお茶を出す
そして都市内に入ると大量に設置されている――周りの明るさに反応してついたり消えたりする
二号川の幽霊船のヴァポレットには乗る予定がなかったのにもかかわらず乗りたいとゴネにゴネ、仕方なくフールーダと弟子だけ乗せて他のものは馬と馬車で移動した。
すると隣の停留所で降りる約束をしていたはずのフールーダは銅貨ニ枚で一律運賃だと知るや否や降りずにそのまま隣、また隣、とどんどん移動していき、帝国一行はばっちり町中にその痴態を晒したのだった。
東二区から乗ったはずが西二区と呼ばれる正反対の停留所まで来て、ようやくフールーダは満足したように下船した。
アンデッドの船長は愛想が良かったらしく、右側に見えるのが何、左に見えるのが何、と軽い観光説明を混じえた運航に弟子もホクホクといった様子で降りてきていた。
念のために一人付いて乗ってもらった陽光聖典隊員は対照的に、心底疲れたという様子で降りてきたのだった。
帝国商人とスレイン州商人が出店を出したりして賑やかだった東に比べて西は閑静な住宅地という印象で、建物の窓辺には冬だと言うのに思い思いの花が掛けられ街を明るい雰囲気にさせていた。
「も…申し訳ございません…。ドラクロワ神官長様、そしてルーイン殿…。」
ニンブルは改めて国より案内を任されてしまった可哀想な二人に謝った。
すると、ニグンは機嫌良さそうに返してきた。
「何、神王陛下と光神陛下が一から生み出されたエ・ランテルは神都と同じくらい我が国にとっては尊く、また素晴らしき街ですからね。仕方ありません。」
「ニグンの言う通りです。さぁ、折角西二区に来たのですから、神王陛下の御考案されたチンタイのコンドミニアムをお見せしましょう。皆様、こちらです。」
先頭を歩く神官長にすぐそこまで案内されると、そこには秘密の花園といった雰囲気の中庭を持つ管理の行き届いた建物があった。
「ドラクロワ殿!!あのゴーレムはなんですかな!?」
フールーダを興奮させるものが何処にでもある事にニンブルのみならずレイナースも苦笑する。
しかし、帝国騎士達は相変わらず「流石神王陛下」と言い続けていて、もしや魅了の魔法をかけられたのではと思う程だった。
「ああ、あれは神王陛下がコンドミニアムに一体ずつ配備したゴーレムです。彼は花や鳥の世話と、共用部の掃除、そして月に一度入居者から家賃の回収を行なっています。」
なんと近未来的なんだとフールーダは贅沢なゴーレムの使い方に唖然とした。
「ここは州営と仰っていたが…余程月々の金額はお高いのでしょうな…。税収もすごそうだ…。」
カーベインは、チンタイという新概念に心底感服していた。
そして騎士達は皆、国籍さえ取れば住めるというそこに憧れ掛けていたのだ。
しかしゴーレムを置いてこれだけ綺麗に管理される物が庶民の手に届く額な訳がないのだ。
「あ、いえ。大体三十日普通のクラスの宿屋の個室に泊まる四分の三程度の値段です。ここはコンドミニアムの中でも中クラスですからね。」
カーベインの呟きを聞き取った陽光聖典副隊長がきちんと答える。
ニグンは自分の部隊の行き届いた様子に満足げに頷き付け加えた。
「王国エ・ランテル約五つ分の大都市へと成長した我が国のエ・ランテルは土地もまだふんだんに残っています。買うなら今ですよ。私も畏れながら約束の地の近くに別荘を持ちましてね。」
ニグンの自慢話にカーベインは移住を決意した。
その晩直ぐに帝国の妻子と両親に手紙を送り、皇帝にも謝罪と辞任表明の手紙を送り、すっかり神聖魔導国に居ついてしまうのだった。
家族も当然執事やメイドを連れて、一歩遅れて移住してくる。
後にカーベインが庭付き一戸建てを建てると、その周りは帝国出身の元貴族達も越してきて住み始め――そこは中華街ならぬ帝国街と呼ばれたりしたとか。
帝国騎士も皆その晩カーベインを真似、友人騎士や、貴族位を剥奪され力も未来もなくした友人などをエ・ランテルに呼んだ。
新しく三区にたったばかりのL字形のコンドミニアムは、美しい庭と川が見える眺めの良いものだった。
それには元帝国騎士ばかりが住み、殆どの者は入国管理局や冒険者育成窓口に再就職を果たすのだが、それはまた別のお話。
「フールーダ様!?」
するとまたフールーダが問題を起こしていることを告げる声がニンブルの耳に届く。
そちらに目をやれば、冒険者のような少女がフールーダと何やら話し込み始めていた。
手招きするフールーダに嫌々近付けば、昔の教え子がそこに住んでいたようだと少女――アルシェ・イーブ・リイル・フルトを紹介した。
「ちなみにフルト君、君は神々を見たことがあるのかな…?」
周りの弟子たちとレイナースがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。
「…見ました。」
「して…その…お力は……。」
「光神陛下は、十一位階というところかと思います…。」
「じゅっじゅういち!?師よ!そのようなものがこの世に存在するのですか!?」
近頃では光の神の名前を直接呼ぶのは不敬だとヴァイセルフ州知事が就任時に呼んだその敬称で――特別何の地位も持たなかったフラミーを便宜上国民は光の神、光神陛下と呼ぶようになっていた。
フールーダは待て待てと興奮する弟子を落ち着かせ、アルシェに先を促す。
「ドラクロワ殿と陽光聖典の皆様の前でこんなことを言うのは失礼かもしれんが……光神陛下は神王陛下よりお力が劣るとわしは見ておる。神王陛下は如何じゃった。」
本当にがっつり失礼をかますフールーダに、帰ったら全てをジルクニフに言い付けようとニンブルは決めた。
「神王陛下は…わかりません。余りにもすごすぎる魔力の奔流を前に、直視することも難しいです。でも、言うなれば、十二位階でしょうか…。」
「そんな位階が存在するのかフルト君…。」
アルシェに講義で教えていた弟子が信じられないという視線を投げる。
するとアルシェも不安げに口元を手で押さえ、悩み始めた。
「わかりません…。私もそんなものがこの世にあるのか…神王陛下にも光神陛下にもお聞きしたことはないので…。」
それはそうだと弟子達も神妙な顔になる。
そして答えを求めるかのように魔導国の者に目を向けると、ドラクロワ神官長が代表して応えた。
「神王陛下もフラミー様も…失礼、光神陛下も第十位階を超えた超位魔法と呼ばれる魔法をお使いになります。陛下方はいつも、自分達の間に上下関係はないと仰っておられます。」
神官長は興奮したように舌でペロリと唇を湿らて、さらに続ける。
「しかし、強いてお力を比べるとするならば、たしかに神王陛下は光神陛下を上回るでしょう。今回王国の不信心者達を生き返らせる際、光神陛下は神王陛下よりお力をお借りしながら行われました。」
陽光聖典と何故か帝国騎士達もうんうん頷いている。
「超位魔法…。」
確かめるようにアルシェが繰り返す。
「そのようなものが…なんと素晴らしい…。」
フールーダはこの旅に来て良かったと心底思った。
そして紹介状を書いてくれた皇帝ジルクニフに心から感謝した。
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