眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#30 ミノタウロスの兄弟

 第六階層、円形闘技場(アンフィテアトルム)客席。

 

 コキュートスは蟻型の配下と共に闘技場を見下ろしていた。

「良イスピードダ。ヤハリ、才能ガオ有リニナル」

 経験値アップの首輪を着けたナインズと一郎太の猛訓練は続いていた。反省点や後程アドバイスをしたほうが良いことを手元のメモに書きつけていく。

 

 ナインズは第八位階まで身に付け、そのレベルは実に六十まで達した。

 ただ、第八位階の魔法を使うとかなりの魔力消費にバテるのが早いと言うのが玉に瑕だ。おそらく、幼い頃に取得したにルーン魔術師(エンチャンター)が多少足を引っ張っているのだろうと言うのが保護者各位の見立てだった。あれは魔力の消費が極限に少ないので、そのレベルの分の魔力は育っていない。

 

 全体的な構成としては超短期決戦、火力重視タイプ。

 腕輪を外している時間を極力短くさせておきたい故の構成で、魔法神官戦士のシャルティアに傚う形だ。火力重視の魔法を習得させ、怪我や有事に備えた回復魔法、神聖魔法を横からそっと添える。

 フラミーが逃走時間稼ぎ、回復タイプな上に、アインズも死霊系魔法職の浪漫ビルドなので、ルーンの引っ張りもありつつ、なんだかんだ百レベルになる頃には力も追いついて来るのではないかと期待されている。

 

 今日も、ナザリック本来であれば第六階層の闘技場を守るために出されているはずの強力な自動POPのモンスター達が出てきている。

 所移して第五階層氷河や第八階層溶岩、果ては第四階層の地底湖エリアで訓練が行われる事もあるが、闘技場の利用が多くなるのは監督する守護者達が戦闘を見やすいためだ。 

 この轟音と地響きの中を過ごさなければならない畑のメンバーは皆とうもろこしの影から恐る恐る遠くに見える闘技場を見ているらしい。

 

 コキュートスからいくつか離れた席にはパンドラズ・アクター。透明な情報板を手に、金貨の動きの監視を行いつつ、どうしてもできてしまう軽微な施設の破壊と損傷の修復の計算を行う。

 宝物殿での管理が多かったが、改良は進みこうして宝物殿の外でも金貨の動きくらいは確認ができるようになっていた。

 

 パンドラズ・アクターの反対側、蟻型配下の向こうにはシャルティアがいる。

「ナインズ様!!そこでありんす!!魔法を!!──はい!今でありんす!!」

 少しばかりうるさいが、大切な役目だ。

 

『ナインズ様!!後十体行ったら一度休憩しましょう!!一郎太もいいね!!』

 闘技場の中から聞こえる大声はアウラのもので、自動POPとはいえ今二人に襲いかかっているモンスター達は皆階層守護者の言うことを従順に守っている。

『分かった!』

『分かりました!』

 二人の返事と共に、ラストスパートに向けて、アウラの影から回復が飛ぶ。

『そ、それぇ〜!』

 鍔迫り合いの度にびくびくとアウラの後ろに隠れるマーレの役割だ。

 

 今日のナインズは杖ではなく剣で戦っている為にかなりの消耗具合だ。

 しかし、これも伸ばすことをやめてはいけない、彼の身を守るために大切なことだ。

 腕輪を外すことを躊躇っているうちに攻撃をされるようなことに陥らないため、やはり魔法神官戦士の戦士と言う部分は捨てられなかった。

 ナインズのビルドは一歩間違えれば器用貧乏になりかねない。

 敵対する相手をどの状況でも超短時間で組み伏せるためのビルドには細心の注意が払われた。

 

『ナイ様!!』

 一郎太がナインズの首輪を引っ張る形で、間一髪モンスターの爪がナインズの眉間を切る。

『ッ!!──ご、ごめん!!』

 守護者達はその方法はどうなんだと一瞬ざわめきかけたが、いくら回復できるとは言え大怪我になるよりは良いと一時保留とした。

(……後デ注意シナクテハ)

 一郎太の教育はコキュートスの役割でもある。

 きちんとメモを残すと、ふとコキュートスの頭の中に一本の線が繋がった。

 こめかみに手を触れ

「──コキュートス」

 名乗り、相手の言葉を待った。

『コキュートス、私だ』

 即座にコキュートスは立ち上がり頭を下げた。

「ハ。アインズ様。何カゴザイマシタカ」

『ナインズと一郎太、二郎丸、クリスの事で話がある。手が空いたタイミングで私の部屋に来てくれ』

「カシコマリマシタ。ジキニオボッチャマハ休憩ニ入ラレルノデ、ソノ時ニ急ギ伺イマス」

『助かる。ではな』

「ハ。失礼致シマス」

 腰から深々と頭を下げると<伝言(メッセージ)>はさらりと切れた。

 

 アウラの『ラストワンいっきまっすよー!!』という声と共に、コキュートスは一度姿勢を正した。

 汗が目に入るような、激しい剣戟と魔法、拳の応酬。

 切れた頬や肩から血が出るような命をかけた訓練。多少の痛みにも慣れておかなくては外で痛みを受けた時に体が固まる。

 

 それでも、百レベルのコキュートスからすれば、息をつく間もないという印象はない。

 こうしてアドバイスを書き留めていながらも、本当に二人が危ないと思えば即座に魔法なり刀を投げるなりで戦場を止めることができる。

 

『ッラストォ!!』

 ナインズの放った剣戟はモンスターの首を裂き、二人の攻防は見事に勝利を収める形で終了した。

 モンスターは倒れると、次の瞬間黒いモヤになって消え、またアウラとマーレのそばに復活した。

 黒いモヤとなって消えると言うことは経験値がないと言うことかとアインズとフラミーは随分協議したようだが、どうも魂の依代なく魔法で召喚したモンスター達とは違い、ギルドの金銭という代償が支払われている故経験値は存分に入っているらしかった。

 ただ、コキュートス達守護者は経験値という概念を至高の二柱ほど明確に理解できているわけではないが。

 

 貴賓席からアルメリアとクリス・チャン、二郎丸の拍手が響く。

 コキュートスは二郎丸を見ると、一郎太に視線を移し、軽くため息を吐いた。

 一郎太はナインズと同じレベルを保とうと必死になっている。ナインズには魔力の回復時間が必要だが、一郎太は体力を取り戻せばまたすぐに訓練に戻れるので、彼は細かい時間も決して無駄にはしなかった。

 

 ナインズは魔力を高めることを主とした剣を鞘に戻すと、一郎太と手をパチンと合わせていた。

 

「──シャルティア。私ハ少シ御方々ノ下ヘ行ク。オボッチャマニ十分休憩ヲ取ラレルヨウニ伝エテクレ。反省点ハ後程ダ」

「わかりんした。一郎太はどうしんすか?」

「体力ノ回復ガ済メバ、少シ一郎ト手ヲ合ワセルヨウニ言ッテオイテクレ」

「承りんした。そのように手配いたしんす」

「助カル」

 一郎も二郎もビルドはめちゃくちゃだが八十五レベルもある、この世界の超逸脱者──神人。本気で育成される六十レベルの一郎太と十分にやり合える存在だ。

 

 コキュートスは蟻型配下にメモを渡して腰を上げると闘技場を後にした。

 第七階層、溶岩を通り抜け、第九階層を目指す。

 

(──オボッチャマ達ノ事デオ話トハ……)

 

 ナインズのビルドは定期的に支配者・守護者会議が開かれ徹底的に討論されている。

 一郎太とクリスはナインズのビルドほど細やかな調整が必要ではないのである程度のびのびやらせているが、とは言え、彼らの育成も定められた枠の中だ。

 

(──ヤハリ、二郎丸カ……)

 

 コキュートスは約束の部屋の前にたどり着くと身なりを確認した。チリひとつついていない自らのボディを、扉の両脇に立つ配下のクワガタモンスターにもチェックしてもらうことを忘れない。

 

 扉を叩く。

 中からメイドが顔を出すと、コキュートスは胸を張った。

「御方ヨリオ呼ビ頂キ推参イタシタ」

「お待ちくださいませ」わずかに開いた扉は閉じられ、再度開かれる時はコキュートスを迎える形だった。「──どうぞ、階層守護者コキュートス様」

「ウム」

 

 緊張感を持って足を踏み出す。

 部屋の中には濃厚な死の匂いと、神の生すら手中にする者の匂いが漂っていた。

 

「第五階層守護者、コキュートス。御方々ノ御前ニタダイマ参上イタシマシタ。大変遅レテシマイ、申シ訳アリマセンデシタ」

 

 膝をつき、これ以上ないほど頭を下げる。

 いくら用事があったとは言え、本来であれば一分一秒待たせることなど許されない、二人の絶対神。

 アインズはフラミーを抱え、コキュートスを見下ろしていた。

 左右に侍るアルベドとデミウルゴスが静かにその様子を伺っている。セバスも離れたところに控えていて、部屋はいつも通りだ。

 

「コキュートス、楽にしろ。私達はお前が決して遊び呆けていたわけではないと重々承知している」

「ハ。オ心遣イニ感謝イタシマス」

 拝謁の栄を賜ったことに魂が震える。

 コキュートスはプシュー……と息を吐いた。

「さて、今日お前をここに呼んだのは、先ほども少し話した通り、ナインズと一郎太、二郎丸についての事だ。──私はいずれ来るであろう同格以上のギルドとの戦いに備えよと常々お前達に言ってきたと思うが、覚えているか」

「勿論デゴザイマス」

「うむ。では、お前は一郎と二郎をこのナザリックに引き込む際の自身の言葉を覚えているか」

 

 コキュートスは高速で頭を働かせ、あの日の一字一句を逃さずなぞった。

 

「今後、彼ラノ中カラ屈強ナ戦士ガ現レル可能性ガゴザイマス。故ニココデ拷問ニテ使イ潰シテハ勿体ナイカト思ワレマス。今後、ヨリ強イミノタウロスガ生マレタ時ニ、ナザリックヘノ忠誠心ヲ植エ付ケ、部下トスルノガ利益ニナルカト」

「では、それを受け、出された回答はなんだった」

「赤毛ノミノタウロスハナザリックデ飼育管理シ、守護者ガ子ヲ持ツ時ト同ジ想定ニテ、親ノ愛トナザリックヘノ忠誠ノ中子供ヲ育テル実験ヲ行ウトノ事デシタ」

 

 じっと見下ろされ、コキュートスはたらりと汗が流れるかと思った。

 次の瞬間、アインズの骨の手はカツ、カツ、カツ、と打ち合わされた。

 それが拍手であると理解するとわずかに体から力が抜ける。

 

「その通りだ。お前はここまでよくやり遂げた。まだ彼らは子供だが、素晴らしい成果だ」

「ハハァ。有難キオ言葉!」

「それも踏まえ、さらにナインズからの願いもある。一郎太はナザリックにて今後永遠の命を持ち、我らがナザリックの戦力となるだろう」

 

 ──コキュートスの中をピリッと張り詰めた空気が過ぎる。

 アインズは頬杖を付き、フラミーの羽をさらりさらりと弄んだ。

 

「なんと言っても一郎太の育成は目を見張るものがある。本人のやる気、素質、お前の訓練。全てが正しく作用していることは明白だ。特に、あれが幼い頃にナインズのレベルを追い抜き、私たちに見せたその育成の軌跡はどんな実験よりも貴重なものだった。後を追う形の守護者の子であるクリス・チャンも見事に一郎太が見せ、我々に残した物で成長している。本当によくやってくれた。お前は胸を張っていい」

 

 深く深く頭を下げる。これ以上ない程にそうして見せた。

 

「──しかし、だ」

 

 来た。

 コキュートスの背をぴきぴきと流氷が迫るようだった。

 

「二郎丸はどうもうまく行っていないようだな」

「……オ恥ズカシイ限リニゴザイマス」

 

 二郎丸は三十レベル程度、昨年までは一郎太と遜色のない伸びを見せ、一気にそこまで駆け上がった。ところが、今その成長は停滞していた。

 クリスも未だに一郎太の成長に置いていかれないだけの物がある。

 ナインズに至っては一郎太を置いていく勢いなので、一郎太は休む暇もなく必死になって訓練に励んでいる。

 

 ただ、二郎丸が怠惰なのかと言えばそれは全くもっての否であった。

 

(……コレハ(ヒトエ)ニ……生マレノ差ダ……)

 

 一郎太が魔導学院に通っている間、一郎太も通ったナザリック学園で勉強をし、その後へとへとになるまで訓練を続けている。

 小学校を上がるときに三十レベルだったナインズと一郎太が魔導学院入学までの三年間で五十五レベル程度までしか行かなかったのはナザリック学園での勉強にもよく励んだこともある。

 その様子を思い出しても、二郎丸はよくやっていた。

 兄と主人の背を必死に追っている。だが、魔法を使えるようになりたいなぁと弱音を漏らす程度には彼は行き詰まっていた。

 

「──コキュートス、お前が恥じることはない。二郎丸はそう言う子だったのだ」

 

 支配者は全てを理解しているようだった。

 抱えられる支配者もまた、理解している。

「コキュートス君。二郎丸君は、多分、神人の域を最終的に越えることはないと思います。どこかでそれを本人に伝えなくちゃいけません」

「フラミー様ノ仰ル通リニ思イマス……」

 

 諦め切れなかった。だが、やり方を変えてやらねば二郎丸は今後潰れてしまうだろう。

 

 ここナザリックでは、ユグドラシル由来の者の子孫の、特に力を最大限引き継げなかった者達を神人と言う言葉によって区別した。

 この世界では逸脱者として扱われるだろうが、ことナザリックの戦力増強という枠には入ることができない。

 一郎、二郎もそのうちだし、聖典達もそうだ。

 正しいビルドと、百レベルという遥か高みまで上り詰めることが──おそらくでも──出来る者達は"子孫"という言葉を送られる。死ぬことなく、末長くナザリックを護る"子孫"。

 一郎太とクリスは"子孫"だった。

 

「氷結牢獄にて中位から高位の巻物(スクロール)の生産に()()()()()()()()()森妖精(エルフ)の邪王──デケム・ホウガンの子孫達のことを考えれば、血の薄い者がそうなる事は何も不思議はない。奴と旧法国の切り札だったファーインの子である番外席次は神人になったが、他の森妖精(エルフ)達を犯して産ませた子供はどれも神人とまで呼ぶには疑問が残る」

 

 アインズはフラミーを一度下ろすと立ち上がり、その場の全員から背を向けた。

 幾度かの不要な呼吸ののち、静かに言葉は告げられた。

「……つまり、私の妃の選び方に問題があったと言えるだろうな。うまく発現させることができない者を二郎に当ててしまった」

 コキュートスが言葉に詰まると、後方からアルベドが即座に口を開いた。

「アインズ様は実験であると仰っていましたわ。元より、一郎と二郎、一郎太と二郎丸の対比の実験だった……そう言うことでございますね?」

 アインズはどこか遠くを見ている。

 コキュートスもその実験の必要性には重々思い至っている。

 花子と梅子の違いが分かれば、今後一郎太とクリス──はてはナインズとアルメリアの相手を正しく選別することができるのだ。

 

「……お前達には知ることを禁じているので詳しくは話さないが、優性遺伝と劣性遺伝の関係は複雑だ。だが、二郎丸はおそらくもう"子孫"になる事はできないし、それの子も"子孫"になる確率はかなり低いと思う。もちろん、だからと言って二郎丸と二郎を放り出せと言うわけではない。神人としてどこまで行けるか、今後もお前の手腕には期待している。二郎丸の先に待つ"先祖返り"という可能性も捨てきれない。それはそれで、貴重な実験だ」

「アリガトウゴザイマス!」

「うむ。さぁ、ここまでは意識の共有だ。本題に入ろう」

 

 これ以上のことがあるのかとコキュートスは思い当たる節のなさに焦る。

 てっきり、二郎丸はもう面倒を見ることをやめろと通告されるのだと思っていたが、彼の強化実験は継続となったのだ。初めての百レベルに届かない事が予想される神人サンプルとして、いけるところまで育てなくては。

 

「一郎太とクリスだ。──主には一郎太だな。今後、一郎太やクリスにはそれぞれ子を産んでもらう日が来るだろう。その子達も"子孫"になればナザリックの礎になる。そうなると、二人に"子孫"を持って貰うには……な」

 アインズが言葉を濁すと、その後にデミウルゴスが続いた。

「──この二人を掛け合わせる事が最も早い。もしくは、守護者達との掛け合わせ、神人タイプの聖典との掛け合わせでございますね」

 アインズはゆっくりと頷き、ソファに戻った。

「──だが、見ての通りフラミーさんは反対だ。守護者達の無理な掛け合わせを行わない事と同様に」

 コキュートスはアインズの隣に座るフラミーの様子を見た。涼しい顔をしていて、大きな表情の変化を読み取る事はできない。支配者同士ではすでに話合いは済まされているようだ。

 

「さらに言えば、ミノタウロスと竜人の子など生まれる確率はゼロに等しくも思う。ミノタウロスと人はミノタウロス、竜人と人は竜人。どちらも強い力の血が人というフラットな存在の上に発現する物だ。正直なことを言えば、私もこの方法にはたっちさんへの感情面から頷く事は難しいし、全く現実的ではないだろう。二人は可愛いナザリックの"子孫"だ。無論、クリスが何かの拍子にデミウルゴスに恋をして──」

 

 ミシリ、と音がする。皆がそちらへ振り返った。

 いつも通りの顔をしたセバスがいるだけだった。

 

「──ンン。まぁ、子を設けると望むのであれば、それはそれで良いが、恐らくはあまり現実的ではない。一郎太も、突然アルベドと恋に──」

 

 ギュリ、と音がする。皆がそちらへ振り返った。

 いつも通りの顔をしたアルベドがいるだけだった。

 

「……落ちたりすることは百パーセントないな。うん。で、えっとなんだっけ……。うん、そう。だからな。クリスも一郎太にも、自分で相手を自由に見つけて欲しいと思っている。できれば実りが確実なように、一郎太にはミノタウロスか人間、クリスには竜か人間で」

「寛大ナオ心遣イニ、クリスト一郎太ノミナラズ、セバスモ深ク感謝シテイルコトデショウ。私カラモ感謝申シ上ゲマス」

「うむ。そこで、一つの問題が浮上するわけだ」

 コキュートスは首を傾げた。

 

「クリスは母であるツアレがナザリックを自由に出入りできない事や、日々老いていく姿を見ていることから全てを既に覚悟しているだろう。それは、自分が自由に選んだ相手も共に不老不死となりこの地で果てなく生き続ける事が出来るわけでないかもしれないという覚悟だ。ただ──」支配者はちらりとセバスの様子を見た。「──セバスとツアレが望むのであればツアレのクラスは何であっても構わないので仙人にしても良い」

 セバスは軽く首を振った。

「いえ、ツアレは妹のニーニャと共に老いていくことを望んでおります。慈悲深きご提案、誠にありがとうございます」

「そうか。もっと老いていく中で気が変われば、また言うがいい。私の寿命逆行魔法の研究もうまく行っていれば、希望する所まで巻き戻してやれるかもしれん」

「ははぁ」

 深々と下げられた頭には、忠義と尊敬、感謝が大きく込められていた。

 

「──と、この様に老いて死ぬことを望む者は決して少なくない。小人間(ハーフマン)のトラ吉なども本当であればその代表だ。そうすると、置いていかれる苦悩が常にクリスと一郎太に付きまとう。特に、一郎太は自身がナインズを置き去りにする事を良しと思っていない故にナインズの懇願に答えた。あれは恐らくは相手を持つ気はない。ナインズも、一郎太が相手を持ち生き物として死ぬか、自らと共に永遠を生きるのかの二択になると考えている」

 

 アインズがため息を吐く。

 

「……私の願いはクリスにも一郎太にも相手を見つけ、その者との間に"子孫"が生まれてくれるかを確かめてほしい。だが、これは非常に難しい──センシティブな問題だ。この願いを一郎太に伝えれば、一郎太は不死を受け入れ、尚且つ相手を探そうと躍起になるだろう。ナインズは一郎太の自由意志に水をさされたと嘆くに違いない……」

 

 クリスは誰かに頼まれて不老不死になろうとせずとも種族的に死ぬ事はないし、覚悟もある程度はできている事を思えば「自由に恋愛をして好きな人と子供を持っていい」と伝える事はそうこじれないだろう。おそらく精神もそのようにできている。竜は群れず、自立が早い生き物だと言うこともある。

 

 一方ナインズからの求めによって、終焉を持つ生き物という枷を解いて来る一郎太は選ぶ事ができる。

 本来ならば、"子孫"という役割から考えても彼は選ぶ権利もなく不老不死になりナザリックを支えるべきだが。

 

「コキュートス、お前はどうするのが良い思う」

「……難シイ問題デス。デスガ……真ニ不死トナルノデアレバ、リミットハ度々アルトシテモ時間的ナ余裕ハイクラデモアリマス。感情的ナ面ヲ除ケバ、ヤハリ二人ニ永イ時ノ中デ実リヲ期待シテ……一郎太トクリスガ嫌ガラナケレバ一度許嫁ト定メテモ──……イエ……少シオ待チクダサイ……」

 

 許嫁と言われればもうお互いを受け入れる準備をしてしまうか。ナインズの求める一郎太の自由意志、親としてセバスが求めるクリスの自由意思を外れる。

 

 何より、牧場で実験の中うまく掛け合わせられなかった胎児達が大量に未熟に生まれ、死んでいったり信じられないほど虚弱で処分となることもある。騎馬王の子供達が生まれることすらできずにこの世をさっていることも鑑みれば、これはクリスが傷付く。

 人間相手であれば確実に生まれてきて神人か子孫になるというのに。

 二人は子孫であり、決して使い潰していい実験体ではない。

 やはり人間の良い相手を二人とも見つけるのがベストだ。

 

 だが、勝手に二人が好きあって実りがあるか確かめるくらいはばちも当たらないような。

 

 ナザリックの戦力増強は度々念を押される何よりも大切なことだ。

 ──コキュートスは顔を上げた。

 

「一度……二人デドコカニオ使イデモイカセテミテハ……?」

「……え?一郎太にうまく言う方法じゃなくてそっちなの?」

 支配者が一瞬覇気を無くした気がした。

 答えが間違っていただろうか。

「……合ワセテ、帰ッテキタ二人ニ、私カラ……イワユル恋話トイウヤツヲ振ッテミマス」

 

 アインズはフラミーと目を見合わせ、フラミーは「あはっ」と楽しそうな声を上げた。

「いいですね!恋バナ!ふふ、そうですね。それ、私も参加したいなぁ」

「フラミーさんがいたら二人とも詰問だと思うでしょ。ダメですよ」

「ふふ、覗いちゃおーっと。じゃ、二人のお買い物デートとコキュートス君の恋バナ作戦で一旦様子見しましょうね!そこでうまくいっくん達に相手を見つけて良いって思ってもらいましょう!」

「そうですね。では、コキュートスよ。頃合いを見て二人をお使いなりデートなりなんでも一度出すだけ出してみろ。お使いに行くくらいただみたいなものだ」

 

 コキュートスは新しい命を刻むと頭を下げた。

 

+

 

「お使いですか?」

 闘技場内で父一郎と打ち合っていた一郎太が首を傾げた。そばではナインズも様子を見て座っている。ドラゴンの近縁(ドラゴン・キン)達が出してくれたデミウルゴス謹製の椅子だ。

 

「アァ。クリスニハ話シタ。オ前達二人デルーンノ道具ガ魔道具店ニドレホド置カレテイルノカ見テキテ欲シイ」

「はーい。じゃ、ちょっと行ってきます。──父者、ありがとうございました」

「気を付けて行って来い」

「ほーい」

 一郎太が装備をバラバラと外して行くと、ナインズも立ち上がった。

「いいなぁ一太。そんな面白そうなお使いなんて初めてじゃない?」

「……オボッチャマ、オ忘レデスカ。強化訓練中ノ魔力ガ少ナイ状態デノ外出ハ認メラレマセン。一日カ二日ノ休養ト完全回復ガ確認サレルマデハ──」

「分かってるよ、じい。ただ羨ましいだけ」

「へへ、良いっしょ」

 一郎太はその場でパンツ一丁になると、訓練が終わったら着るつもりでいた服に着替え始め、あっという間に身支度を終えた。

 尻をぱんぱんと叩き、「よし」と声を上げた。

「……モウ少シ着飾ッテモ良インダゾ」

「え?あ、これじゃ店入れてもらえないですかね?」

「……イヤ、ソンナ事ハナイガ……」

 一郎太の服もほとんどがナザリック内で生産されているので下手なものを外で買うよりよほど良い。

「じゃ、行ってきます!」

「あ、一太。三十秒だけ待って」

「はい?──あ、オッケー」

 ナインズは転移の指輪で消えた。

 ナザリックを出ない今の期間は指輪をもたされている。

 あっという間にたった一輪の花を持ったナインズが戻った。

 ナインズが何かを言う前に一郎太はそれを受け取った。

「任せといて。だから<伝言(メッセージ)>すりゃいいのにさぁ」

 一郎太がおかしそうに笑うと、何か言いたげに苦笑するナインズの背をばしばしと叩いてから闘技場を後にした。

 

「アレハ?」

 

 コキュートスが見下ろす。

 ナインズは「応援だよ」とだけ言うと、腰に下げている剣を抜いた。

 

+

 

 レオネは今日も大神殿の書庫で本を探していた。

 学院にもかなり大きな図書館はあるが、ここは家から近いし通い慣れている。

 

「て……て……てー……てん……てんし……」

 

 良さそうなものを見つけて、目一杯背伸びをする。

 この通路の終わりに階段脚立(ステップスツール)があるのも分かっているがギリギリ届きそうなので取りに行くのが億劫だった。

 後少しと思った時、ふと横から手が伸び、ひょいと本が抜き取られた。

「ぁ……」

 レオネが振り返ると、本を差し出すロランがいた。

「はい、レオネ」

「あら、ロランでしたの。助かりましたわ」

「ううん。レオネはやっぱり大神殿の書庫なんだね」

「学院の図書館より落ち着きますのよね、何となく。あなたは?」

「僕は勉強と趣味。昔からのやつ、ルーンのね」

 レオネは「あぁ」と声を上げた。

 ロランは昔からルーンのことが好きで、よく山小人(ドワーフ)のグンゼ・カーマイドと共にキュータにルーンの事を聞いていた。

「レオネ、席とってある?」

「えぇ、わたくしあちらに。先ほどまでも読んでたんですの」

「じゃあ僕もそっちにしようかなー」

 二人で静寂の書庫を行き、机に本を置く。

「──あら?」

「ん?」

 ロランは何冊も抱えていた本をレオネの隣に置いて座ると首を傾げた。

 

 レオネの先ほどまで座っていた席には以前キュータからもらった花で作った押し花の栞と、それと同じ花が一輪。

 茎からは水が染み出していて、まだ摘んだばかりのようだった。

「あんまり見ない花だね?」

 ロランが言う。レオネは花を持つと辺りを見渡した。

 思い当たる人達の影はない。

「レオネ?」

「──ぁ、えぇ。ですわよね」

 椅子に腰掛け本を開くと、ロランも本を開いた。

(………………)

 くるりと手の中で花を回し、レオネは香りを嗅ぐと少し微笑んだ。

 

 

「──じゃ、行くかー」

 レオネの様子を観察していた一郎太はそっと扉のそばを離れた。

「本当にこれでいいんですか?ナ──キュータ様からだってお伝えしなくて」

 後を追ってクリスが駆け寄る。

「いーんだよ。あの花見りゃ分かるんだから」

「うーん、そうでしょうか」

「そうなの。キュー様はそう言うことを求めてないし──それが女心だろ?」

「……一郎太くんに言われてもピンときません」

「ははは、間違いねぇなぁ」

 大聖堂を笑いながら抜け、二人は大神殿を後にした。

 

「──さて、お使いだな」

「はい!とりあえず三店舗ほどでいいそうです」

乗合馬車(バス)乗ってさっさと行こうぜ」

 慣れ親しんだ神都の街で、二人は乗合馬車(バス)の降り口に立って乗った。

 指定されている店に入り、品揃えをメモする。通常の魔法がエンチャントされた装備の数と、ルーンの装備の数と種類、書き込まれたルーンを丁寧に書いていく。

 個人的な研究だと話して店主に説明を求め、お礼にいくらか支払ったりもしつつ、また次の店へ。そして最後の店へ。

 あっという間に夕暮れが訪れた。

 

 また二人は乗合馬車(バス)に揺られ、大神殿へ引き返す。

「レオネお姉さん、まだいるでしょうか?」

「どうかな。あいつは遅くまで外にはいないから、そろそろ帰ってるかもな。──ん、ちょっと避けて」

 クリスの肩を抱いて引っ張る。クリスがいた場所を通って降りていく人達が軽く頭を下げた。

「すみません、助かりました」

「しばらく籠ってるとついな。気持ちはよくわかるよ」

 ナザリックでずっと過ごしていると、こう言う事はほとんど発生しないのだ。

 

 その後大神殿前に戻ってくると、二人で前庭を行き、噴水に腰掛けた。

 念の為にお互いのメモを寄せ合い、中身を確認する。

「──これ、まとめた方がいいんでしょうか?私、報告書って書いたことないです」

「俺も。帰ってコキュートス様に聞いたほうがいいのかなぁ。それとも、当然まとめられた書類が来ると思ってるかな?」

「あり得ます。私たちの汚いメモ渡されてもコキュートス様困りそうです」

「せめて表にでもするかね」

「じゃあ、鏡の間でやってから帰りますか?」

「カフェ行くんでもいいよ。小腹も空いたし」

 クリスが顔を上げる。

 一郎太は何か変な事を言ったかと首を傾げた。

「どした?」

「いえ!カフェ行くなんて、大人っぽくて良いですね!」

「はは、すげぇだろ。ナイ様のお気に入り行くか。"約束の地"にある巨岩のオブジェが置かれた約束の広場の中にあって静かで良い店なんだよ。マスコンパスって言うの。視界のきかない場所でも目的地に行ける魔法の名前らしい。洒落てるよな」

「わー!行きましょう行きましょう!そんな素敵なところ行ったことないです!」

 クリスがぴょいと立ち上がり、一郎太がポケットにメモを戻す。

 クリスなんかは一郎太から見れば子供だ。

 喫茶店ひとつで喜ぶ十四才。小学生時代はちょっとお腹が空いたからと言ってどこかに入ることなどはなかったし、アルメリアの鍛え上げられた帰宅部生活に付き合っていたのだから、彼女の反応は実に自然だった。

「ふ」

「何ですか?」

「いーや」

 

 二人で歩き始めると、ふと「ミノさん?」と声をかけられた。

「──ん?」

 振り返ると、ヨァナが何か大きな荷物を抱えていた。

「あは!やっぱりミノさんだ!」

「よう。何だよ、お前なにやってんの?帰省は?」

「したよん。今日戻ってきてあっちで魂喰らい(ソウルイーター)便降りたところ!聖騎士講習は夏休み中からまた始まるからね!ついに鎧も着てやるんだぜぇ!ちなみに──そっちは?彼女?」

 それでこの大荷物かと一郎太は納得した。

「なるほどな。こっちはクリス。従姉妹みたいなもん。キュー様の妹君の側仕え」

「こんばんは!クリスです!キュータ様のじいから頼まれてお使い中です!」

 

 ヨァナは一郎太を見上げると、顔いっぱいの笑顔で笑った。胸元で切り揃えられた金髪が揺れる。

「やった!じゃ、ミノさん、まだ私と付き合えるね!」

「……さて、飯でも食いながら報告書作るか」

 くるりと背を向けると、ヨァナは一郎太の服を掴んで「ミノさん、なんでよ〜」と声を上げた。

「だからぁ、お前絶対思い込み強い方だろ。ふざけて言ってる間はいいけど本気になられたら嫌なんだよ」

「いいじゃんー。本気がいいじゃんー!」

「もー!クリスこいつ何とかして」

 クリスはニヤリと笑った。

「むふ、女心って複雑ですよねぇ」

「ねー、複雑だよねぇ〜!」

「お前ら何言ってんだ!俺はキュー様一筋なの!」

「いや、恋人か!!」

 ヨァナからまた突っ込みが入ると一郎太は服を掴む手を握って離させた。

 

「ほとんどそうだよ!俺はキュー様に一生を誓ってんの!!」

「ム、そんなに私が嫌か!」

「お前が嫌とかじゃないの!例えお前をちょっと良いなと思っても、俺にはキュー様がいるの!」

「え、ちょっと良いとか思ってくれてるの?」

「いや、それは例え話で──」

「ご、ごめん!えっと!私!!ごめん!!」

 

 ヨァナは一郎太の手を振り解くと、あの重そうな荷物を信じられないほど軽々と下げ直して駆け出した。

「っえ、ちょ──待てよ!」

 振り返ったヨァナの顔は信じられないほど赤かった。一郎太は思わず「ぇ」と声を上げ、ヨァナはギュッと目を閉じたかと思うと、何かを振り払うようにまた走って行ってしまった。

 

「あ〜女心って本当に複雑ですねぇ〜。一郎太くん、あれは恋してますよ」

 クリスが一郎太の横からにょきりと顔を出す。

「……う、嘘?」

「ちょっと良いと思っててもご主人様に命捧げてるからごめんねなんて、ロマンチックですし、良いんじゃないですか!」

「ロマンチックじゃない……。俺にはキュー様がいるのに困る……」

「ふふ、早く帰ってキュータ様に聞かせてあげたいですね!」

 それを聞くと、一郎太はクリスの肩をガシリと掴んだ。

 

「やめろ!絶対にキュー様には言うな!!」

「何でですか?ちなみに、一郎太くんはさっきの──ヨァナお姉さんを実際のところ良いと思ってるんですか?」

「本気で考えたこともない。俺にはキュー様がいる」

「じゃあ第一歩ですね!キュータ様も応援してくれますよ!」

 くるりと一郎太の手を逃れ、クリスは大神殿へ駆け出した。

「ま、待て!キュー様にだけは!!頼む!!」

「報告書はまたコキュートス様に聞きながら書きましょう!カフェはまた次の機会に!」

「待てよ!!クリス!!」

 慌てて一郎太もクリスを追いかけ、二人の足は信じられないほどに早く、あっという間に第六階層へ戻った。

 

「ナインズ様ー!」

 夕暮れの第六階層、討議場で本日の稽古を終えた様子のナインズはアルメリアと頭を預けあい、二人の銀髪はさらりと溶け合っていた。隣にはコキュートス。

 闘技場の中では二郎丸がまだハム助と訓練を続けていた。

 

「戻ッタカ」

「あ、おかえり。楽しかった?」

「はい!すごく!!何と言っても、一郎太くん──」

 クリスの口が赤い毛に包まれた手にむんずと掴まれる。

「一太が?」

「な、ナイ様。なんでもないから!ちゃんとお使いしてきたから!コキュートス様!これ!」

「ウ、ウム」

 一郎太が片手をポケットにいれた瞬間、ひゅんとクリスはしゃがんで一郎太の手から逃れた。

「──あ!!」

「コキュートス様!ナインズ様!アリー様!聞いてください!一郎太くん、学院のお姉さんを一人恋に落としましたよ!すごくないですか!」

「ム、ソウナノカ。一郎太」

「ほー?一郎太、面白い話です」

「ですよねぇー!」

「バカ!!何言ってんだよ!!」

 ごちんと鉄拳が降り注ぐ。クリスは本気で殴っても脳みそを飛び散らせるような事はない。

「い、いたた。ナインズ様、素敵ですよね!」

 

 ナインズはぱちくりと瞬いた。

「うん、素敵。相手は誰なの?」

「ヨァナお姉さんって言うんです!」

「ははは、ヨァナかぁ。一太、いいじゃない。ヨァナと生きてみるのも──」

「ナイ様!!」

 六十レベルの一郎太の怒鳴り声に、三十レベルしかないアルメリアがびくりと肩を震わせる。

 ナインズはアルメリアの肩を抱いてさすった。

「ど、どしたの。一太。リアちゃんが驚いてる」

「ナイ様!!──俺、本当にナイ様のそばにいられれば良いんだよ!!本当にいらないの!!ナイ様が余計な心配するようなもん、俺はいらないの!!」

「一太……」

 一郎太は震える拳で目元を拭った。クリスとアルメリアは驚いてその姿を見上げた。

「一郎太、お前、どうしたんですか?」

「あ、あの。一郎太くん?あれ?」

「リアちゃん、クリス。静かに」

 立ち上がるナインズに遮られ、二人は何が起きているのか分からないままに口を閉じた。

 

「ナイ様……。俺は生まれた時からナイ様が全てなんだ……。ナイ様が歩いたとか、初めて一緒に走ったとか、木に登ったとか、二人で神都に出たとか、勝手にエ・ランテル行って叱られたとか、地表部から見えるところ全部に行こうって言ったことも、二の丸と三人で焚き火したことも、一つも忘れてない。ナイ様が忘れたことも、俺全部覚えてる……。俺はナインズ様の幸せと安心が全てなんだよ……」

「一太、おいで。本当にずっとよく考えていてくれてたんだね」

 ナインズに抱きしめられると、一郎太もぐすぐす言ってナインズを抱きしめ返した。

「お願いだよ……ナイ様……。俺を死なせないで……。死ぬのが怖いんじゃない……。あなたの生を見守れないことが恐ろしいんだ……。あなたが私のために泣くのが……あなたが一人で全てを覚悟するのが……恐ろしいんです……。あなたの小さな苦悩を聞く者がいない世界があるなんて……。だから……俺、本当によくかんがえてるから……頼むから……。誰かと生きて死ねなんて……言わないで……」

「うん、ありがとう。僕も想定する僕の努力が足りなかったよ。君が愛した人ができて、その人がこの世を去るとした時、僕は君の孤独を少しでも癒してあげられるように精一杯頑張るよ」

「もしいつか好きな奴ができても、ナイ様は超えないから大丈夫……」

 ナインズの服は一郎太の涙を吸う事はなく、ナインズの肩は濡れた。

 

「はは、超えて良いよ。だから、君もきっと誰かを好きになるんだよ。乗り越えていこうね。僕といる事で誰かを好きになれないなんて事はないんだから」

「……うん……。でもヨァナは嫌だ……」

「なんで?良い子だよ?」

「あいつ思い込み強いんだもん……」

「ははは!いいよ、ゆっくり探して行こう。君は誰よりも高貴な──賢王の残した王子だ。僕も君を守る騎士だよ、王子様」

「ナイ様の方が高貴だろぉ」

 

 コキュートスはゆっくり立ち上がると、二人の可愛い弟子を四本の腕で抱き上げた。

「っわ、じい?」

「こ、コキュートスさま」

「私ノ愛スル二人ノ子供達ヨ……。二人トモ自由ニ生キテ良イノダ……。一郎太、オ前ハ愛スル者ヲイツカ見ツケ、子ヲ設ケルノダ。キット、ソノ子モナインズ様ニ──引イテハイツカハナインズ様ノ御子ニ仕エル子ニナル。ソレデ良イノダ。モシオ前ガ望ムノナラ、オ前ノ愛スル者ノ永遠モ、私ガ御方々ニ願オウ。──不死ヲ望マヌ者ト結バレレバ、私モナインズ様ト共ニオ前ノ肩ヲ抱ク事ヲ今誓ウ」

 抱えられる一郎太は冷たいコキュートスを見上げた。

「はは、コキュートス様。なんか俺たちの悩み、前から知ってたみたいな口ぶり」

「じいは何でも見てるんだね。ははは」

 

 二人はぺたりとコキュートスの肩に頭を預けると目を閉じた。

 

+

 

 アインズは鏡から顔を離すと、人の身になった。

 今は無性に声を上げて笑いたい。

「ふふ、はははは。はははは。はははは!」

 隣でフラミーも幸せそうに目尻を下げた。

「良かったです。さすがじいでしたね」

「ははは!はい、本当に。一郎太はいつか、"子孫"を残してくれそうですね」

 無限に最強のミノタウロス兵団を増やすと言うわけには行かないだろうが、期待してもいいだろう。

 クリスも時間を掛けていけば良い。

 彼らはまだ若い。

 

「は〜青春だなぁ」

「ね〜!青春だなぁ〜!」

 

 アインズがうんと伸びると、フラミーがぴとりとくっついた。

 ちらりと見下ろすと、同時に見上げられた。

 変わらない姿の美しい事。

 アインズはフラミーの顔を大切に包み、唇を寄せた。

「俺の青春もいた」

「へへ、私の青春も」

 いまだに新婚を続ける夫婦は子供達の明るい未来に微笑んだ。




おぉ…二郎丸はしょっちゅう訓練してて外にもクリスみたいに出てきてないと思ったら、そんな事になってたんですねえ。
一郎太、ナイ君への愛クソデカやんけ

次回明後日!
Re Lesson#31 閑話 その頃の皆さん
もう皆皆みーんな出します!!
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