魔導学院、神都校、エ・ランテル校一年交流会。
エ・ランテル校の成績優秀者の挨拶の後、ナインズも壇上で挨拶をした。
拍手が響き、壇上から降りるとナインズはエ・ランテル校のアンリエッタ・コルトレーンと握手をした。
「コルトレーンさん、よろしく」
「スズキさん、よろしく。私はアンリエッタで構いません」
「ありがとう。僕もキュータで構わないよ」
薄紫色の大きなリボンを揺らしてアンリエッタは優しげに笑った。エ・ランテルでは光神陛下グッズとして薄紫は常にトレンドだった。
両校の教師達の紹介や、明日や明後日の日程の話が始まる。
「キュータ君、すごい成績ですよね。エ・ランテル校でもよく話題になってますよ」
「本当に?まぐれだよって言っておいて欲しいなぁ……」
「謙遜されてるんですね。そちら、パラダイン様の授業が週に一回はあるんですよね?羨ましい。やっぱり神都校に入らなきゃ高弟になるほどのモノにはなれないのかしら」
「アンリエッタならなれるよ」
「そうですか?」
「うん、今日<
「よく見てるんですね。自慢の魔法なんです。私の両親は揃って
「へぇ、すごいね。初めて聞いたよ。アンリエッタは
「ふふ、
「ははは。何だか素敵そうなご両親だね」
「ありがとう。──私、一緒に挨拶するって言われてキュータ君ってどんな人なんだろうって少し怖かったけど、優しそうで嬉しいです」
「僕も。アンリエッタは優しそうだ」
二人で笑い合っていると、教師達のお堅い話はようやく終わりを迎えた。
「さぁ、それでは面白くもない話はここまでにして──そろそろダンスの時間にいたしましょう」
ミズ・ケラーの言葉に生徒達から一斉に「えぇ──!?」と声が上がった。
適度なBGMを奏でてくれていると思っていた楽団達は頷き合い、それまでより余程大きな音で演奏を始めた。
「──ご存知でした?」
アンリエッタが尋ねるとナインズは首を振った。
「いや……知らなかった」
『ミズ・ケラー!でも、ドレスも着てないのに!』
女子生徒がそんな声を上げると、ミズ・ケラーはおかしそうに笑った。
「うふふ、来年からは交流会の前の自由時間で着替える事ね。隣の棟の二年次と三年次はちゃんと着飾って今頃もう踊っている頃ですよ。もちろん、次の一年次にはまた秘密。──さ、まずは優秀者二名、どうぞ。同性の時は相手を探させますが、今回はある意味、ラッキーですね」
ミズ・ケラーに促され、エ・ランテル校の教師達が
「あの、キュータ君ダンスできます?」
「多少は……。君は?」
「多少は」
「ほら、早く行って」「踊れなくても手を組んで降りて」と後ろから教員達に押され、二人は手を組んでホールへ向かった。
ナインズがどうしようと思っていると、アンリエッタはナインズの手を繋ぎ、ナインズの手を自分の腰に当てさせた。
「こ、ここまで来ましたから!」
「そう……そうだね」
二人がぎこちないなりに動き出すと、ミズ・ケラーはエ・ランテル校の初老の神官と手を取り合い同じく広いスペースへ出た。
「それでは皆さん楽しい夜を」
他の教員達も照れくさそうにダンスを始めると、皆どうしようと目を見合わせた。
恋人が一緒に来ているペアはどんどん手を取り合い踊り出す。
こうなるとダンスなどとは程遠い生活をしていた者達は食事をして他校の生徒と話したり、ダンスの嗜みのある者はペアを探しに行ったりと、場は混然とした。
一曲終わると妙にホッとする。
ナインズは丁寧にアンリエッタに頭を下げた。
「ありがとう。アンリは優秀なだけじゃなくダンスもうまいね」
「恥ずかしいです。引っ張ってもらわなきゃ足を踏むところでした。多少どころか、キュータ君はすごくダンス上手ですね」
「そんな事ないよ。じゃ、僕はこれで──」
何か食べようと振り返ったナインズは瞬いた。
「「「「「「スズキくん!」」」」」」
神都校、エ・ランテル校問わぬ女子の波だった。
「私とも踊りません?」「一曲いかがかなって」「私、実は兄も魔導学院だからダンスがあるって知ってたの!練習してきたんだよ!」「疲れたなら一緒にご飯食べようよ!」「ダンス上手だねぇ、教えてほしいなぁ」
誰か聖徳太子を呼べ。
ナインズが多くを聞き取れないまま「ぼ、僕はもうダンスは……」とまごついていると、女子の波は急激に割られ全幅の信頼を寄せる赤毛が現れた。
「キュー様、飯食お」
「い、いちたぁ〜!」
ひぃーんと
残念そうな声と、「食べ終わったら踊ろうね!」と言う声に困ったような笑顔で手を振り、ナインズは何とか食事の場所までたどり着いた。
「一太ありがと。助かったぁ」
「はは、飯食えないまま会が終わっちゃいますよ」
そこにはいつもの皆──男子はワルワラ、カイン、ロランと、それからリッツァーニがいた。女子はレオネ、ヨァナ、ファー、ルイディナ。
「キュータ様お疲れ様でした」
「カイン〜やっと座れるよ〜」
座ってナインズが机に伸びると、一郎太が好きそうなものを適当にビュッフェ台から取って戻った。
全員が全員踊れるわけではないので、こうして交流スペースがきちんと設けられていた。
「ほい、キュー様おつかれさん」
「ありがと〜」
食事をとり始めると、もう食べ終わりそうなワルワラが口を開いた。
「お前、散々従兄のとこ行って世話焼いてたもんなぁ」
「うん……それが一番疲れたよ……」
父と母は今頃三年生に混ざって二人の世界を作って踊っているのだろうかと思うと苦笑する。大人しくしていてくれと心の中で強めに祈った。ちゃんと祈りを聞いてくれていろとも。
「首席、あなた親戚も魔導学院なの?」
ファーに尋ねられると、フォークを咥えたままちらりと一郎太を見た。
「エ・ランテル校で遠縁のな」
「は〜すごいわねぇ。どうせものすごい
「そ、そんな事ないよ。普通の人。それより、皆は踊らないの?」
ナインズと一郎太をカウントしなければ、ちょうど男女四人づついるのだ。
皆踊ってくれば良いのにと思った。
すると、ヨァナがちらりと一郎太を見上げた。
「……ミノさん、踊らない?」
ヨァナは赤い顔をしていて、一郎太はギクリと肩を揺らした。
「……俺、踊れないって」
「そ、そっか。ごめんね」
様子を見ていたファーとルイディナはガタリと立ち上がった。
「ヨァナは聖騎士としてダンスは完璧にマスターしてるわ。教えてもらいなさい」
「そうですよ!さ、早く早く!二年も三年もあるんだから今踊れるようになったほうがいいですよ!」
二人に左右の腕を抱えられて立ち上がらされると、一郎太はナインズへ救いの視線を送ってきた。
「お、俺はキュー様から離れられないんだって!」
ナインズは助けてやるべきなのか、行って来いと言うべきなのか分からなかった。
「えっと……と、とりあえず近くで一曲だけ……とか?」
「き、キューさまぁ」
「僕も一曲踊ったし……ね……?」
一郎太はナザリック学園でナインズのそばに居ればいつかダンスくらいする事もあるだろうと、恐怖公とパンドラズ・アクターによって教えられている。
もし今後ミノタウロス王国を再び賢者の子孫が率いる事もあるなら尚のこと、野蛮なイメージを払拭する為にも人間達が持ち上げるイベントごとにきちんと参加できるだけのものを身に付けておくべきであるとのことだ。
ヨァナは赤い顔をしたままぺこりと頭を下げ、近くに寄って来ると一郎太を不安そうに見上げた。
「ミノさん、嫌だったら……良いんだけど……」
一郎太の中にものすごい罪悪感が大量に打ち込まれる。
この曲だけ。これだけ。
「もー分かったよ……」
一郎太も頭を下げると仕方なくヨァナの手と腰を取った。
そのポーズだけで、ヨァナの顔は熱くなり、頭からは大量の白い煙が上がっているのではないかと言うほどだった。
「お前なぁ……本当に踊れんのぉ?」
「お、踊れる!ミノさん引っ張ってくもん!!」
美女と野獣のコンビが踊り始めると、ファーはうんうんと頷いた。
そうしていると、ヨァナは少しづつほぐれていったようでまた前のように自然に笑うようになっていた。
「ヨァナ、頑張るのよ……」
「ファイト……!」
ファーとルイディナが小さく拳を握りしめる。すると、ファーの耳に女子の声が入った。
「──ワルワラ君、踊らない?」
皆青春だなぁと思った。
筋肉
「──俺はこいつ、砂漠のよしみと踊るから。悪いな」
不意に肩を抱き寄せられるとファーは臭いものを嗅いだような顔をした。ワルワラを誘っていた女子は「じゃあ、またね」と去ってしまった。
「……あなた、本気?」
「そんなわけ無いだろ。スルターン小国じゃダンスなんかない。踊れない。それに、あいつは前に一回振ったことがある女子だからめんどくさい」
「……はぁ。せっかくペアが見つかったのかと思ったのに。単なるカッコつけのお断りとは恐れ入ったわね」
しかもしれっとモテ自慢をされた。
「お前は踊れんの?」
「当たり前でしょ。イカした女子の嗜みよ」
ワルワラはファーの肩から手を離すと「じゃ、行ってきて良いぜ」とひらひら手を振った。
なんとなく癇に触る。
「……仕方ないから、あなたにも教えるわよ。来なさい」
「はぁ?いいよ。俺は一生使わない技能だ」
「来年も再来年も来るんでしょ。あと二回は使うわよ」
ファーがワルワラを引っ張って消えていく。
ルイディナは「むふっ」と声を上げ、いい仕事をしたなぁとテーブルの上の珍しい食事を頬張った。
あんなに青春したいと大騒ぎしたルイディナは結局花より団子だった。だが、彼女の肌は今日も綺麗だし、耳に着けているピアスも一番のお気に入りでお洒落には余念がない。
「──エップレさん、良かったら一曲どう?」
「えっ!!」
話しかけてくれたのは同じくエイヴァーシャーから来ているナーガのアロイジウス・ケイト・リュイ・イスコップだった。
「森同士」
「う、うん!ありがとう!!」
ルイディナは尻尾をぶんぶん振って去って行った。
「まさか一郎太君とワルワラが誘われて僕らが残るとは……」
カインが悲しそうに呟く。ロランは踊る皆を見て嬉しそうにしているレオネをちらりと伺った。
「……レオネ、僕と踊らない?」
レオネはビクッと肩を揺らすと、小さくなり、ロランを見上げた。
「あ、あの……わたくし……ダンスは……」
「……う、うん。そうだよね。ごめん……」
二人の空気は何かワケありのような感じがした。
ナインズとカインは目を見合わせた。
「レオネ、踊れるでしょ?行って来たら?」
ナインズが言うが、ぷるぷると首を振りレオネはますます小さくなった。
「……キュータ君、レオネと踊って来てよ。レオネこのまま男子と座ってたらせっかくなのに誰とも踊れないし可哀想だから」
「ぼ、僕?……レオネが行くって言うなら良いけど……」
レオネの目は泳いだまま答えはなくロランはレオネの肩を叩いた。
「行って来なって。届くの届かないのじゃなくて、楽しい学院生活の思い出のためでしょ」
「ロラン……。わたくし、やっぱり、誰とも……」
「良いから。早く。キュータ君だってここにずっと座ってたらまた取り囲まれて大変なことになるんだから守ってあげないと」
それを聞くとレオネはようやく立ち上がった。
「キュータさん、わたくし行きますわ。わたくしの思い出作りに協力されて」
「……僕で良ければ」
ナインズに手を引かれてレオネも消えていく。
残ったカイン、リッツァーニはロランの顔を覗き込んだ。
「ロラン君、大丈夫かい?ローランさん譲って良かったの?」
「何か変だったよ、ロラン。こないだの祝福のことをまだ気にしてるのかい?」
ロランは数度頭をかくと顔を上げた。
「それがさ……僕、こないだレオネに告白してみちゃった」
「えぇ!?」
「シュルツ君、そんなに驚くことかい?それでどうだったの?」
「はは、リッツァーニ君、カインの反応が正しいんだよ。レオネはずっとキュータ君だけが好きだからさ。でも、キュータ君と並んでいく覚悟はないって言ったから告白してみちゃった。でも案の定振られた。他にいい人見つけてとか言われて。やっぱり、将来並べるとか並べないとかじゃなくて、好きって気持ちがあるうちは無理だよね」
カインとリッツァーニはロランの肩を叩いたり、背をさすったり、とにかくできることをした。
「なのに毎朝二人で校門でキュータ様待ってるんだから偉い。今の今まで普通だったし」
「シュルツ君の言う通りだよ。ロラン君がその──ローランさんに振られてるとは私は思わなかった」
「はは……僕、レオネに待ってるって言ったしね。これで気まずくて離れ離れになったら元も子もないから、ここは踏ん張りどころ!レオネが飽きてくれるまでリュカみたいに大人しくしておく!でも……」
「でも……?」
「うぇ〜ん、カイン〜、リッツァーニく〜ん。ライバルがキュータ君なんて不可能だよぉ〜」
「あー……よしよし。リュカとロランには心から同情するよ」
「ロラン君もリュカ君も苦労してるんだね」
苦笑していると、ロランの肩を遠慮がちにつつく女子がいた。
「──ん?」
「何?」
「誰かな?」
三者三様に振り返る。
「こんちゃ。レイ・ゲイリンす。スズキさんがフリーになるタイミングを探りに行ったアガートに置いていかれたっす」
真ん丸なちっこいメガネを鼻の上に乗せ、レイは椅子の影から登場した。
「あ、あぁ。ゲイリンさん。ミリガンさんと揃ってキュータ君失恋組だった?」
ロランが苦笑すると、レイは平気な顔で首を振った。
「いや、自分はスズキさんは美術館の展示品だと思ってるんで。それより、ロラン・オベーヌ・アギヨン氏、自分と踊ったりとかどうすか?」
「え、えぇ?」
それを聞いた瞬間、カインとリッツァーニは左右からロランの頭をギュッと押しつけた。
「「お願いします」」
「ども。じゃ、ロラン氏行くっすよ」
「あ、あ、あぁ〜」
ロランもいなくなると、カインとリッツァーニは綺麗な汗を拭った。
「食べるかい?リッツァーニ君」「食べよっか?ジナ」
「そうだね、シュルツ君」「そうね。パルマ」
隣の席から全く同じやり取りが同時に聞こえると、四人は目を見合わせた。
結局その四人もいなくなり、その場に残された者はいなかった。
一曲終わると、ナインズとレオネはそれぞれ頭を下げ合った。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。でもレオネ、何であんなにロランが嫌なの?」
「わたくし、男性に触れられたくないの。それだけの話ですわ。ロランが嫌とか嫌いとか、そう言う問題じゃなくてよ」
「君、もしかしてトラウマになってるの?」
ナインズはレオネを覗き込んだ。あの学校をやめたと言う男子に叩かれたり引っ張られたりした事がレオネの心の傷になっているとしたら、あまりにも可哀想だった。
レオネが答えるより早く、知らない男子が二人の前に立った。
「ローランさん、エ・ランテル校薬学科のンサンリエ・バレアレです。お昼の信仰科、薬学科合同授業の時はありがとうございました。僕とも一曲どうですか?」
ニコニコしていてすごく人の良さそうな男子だった。ロランと雰囲気が似ていると言うか、人畜無害そうで、この人ならどうなのかとナインズはレオネをちらりと伺った。だが、その顔は乗り気ではなさそうだった。
「わたくし、あの……」
「──ごめん、バレアレ君。僕が少し連れ回しすぎて疲れたらしい。休みたいって僕も二曲目を断られたところ」
「あぁ、そうかぁ。君は神都の首席君だよね」
「うん、ごめんね」
「ううん、すごく良い挨拶だったよ。聞き惚れちゃった。それじゃあ──ローランさん、また後で」
「え、えぇ。ありがとう。誘っていただけてすごく嬉しかったですわ」
「行こう」
バレアレはぬいぐるみのような人懐こい笑顔で見送ってくれた。
人の波に入ると「一曲どうかしら」と言う声が次々とかかっては「また後でね」と返事をする事を繰り返した。
「キュータ──さん。一曲だけ、どうかな?」
二人の前にアガートが姿を見せると、レオネはナインズの背を押した。
「や、ミリガン嬢。ごめん、レオネの調子が良くなさそうでね。そこまで送ってくる」
「別にわたくし一人で──」
「ううん!じゃあ行ってらっしゃい」
「でもわたくし──」
「ありがとう、じゃあね」
恩返しのようにアガートはレオネの背を押し、ナインズとレオネは何とか広い円形のバルコニーに出た。
教室程度の広さはあるが、ダンスとは縁のない生徒達の多くはバルコニーでお喋りに興じたりしていたようで、閑散としていると言うこともない。
バルコニーの手すりに二人で座る。
「レオネ、本当に男の人ダメになっちゃった?大丈夫?記憶を少しだけでも書き換えてもらう?」
前に打たれた頬を手の甲で触れると、レオネは首を振った。
「大丈夫、男性に触れられたくないのは元からですもの。あの方とのことは断る言葉を丁寧にしなきゃって思うようになったくらい。それより、ここまで送っていただけて助かりましたわ。ここなら踊ろうって言う方もいませんし、わたくしここにいますわ。だから、ね。あなたはまた踊ってらして」
すると、バルコニーに出る観音開きの吐き出し窓から『次の曲、始まるよぉ』と遠回しなお誘いが聞こえて来た。
窓の隣には一郎太と、ニコニコしながら一郎太のローブの裾をもて遊ぶヨァナがいた。
「うーん、何だか心配で置いていけないな……。それに、僕はもう十分だよ。レオネと踊れたし」
「わたくし何かより良い方がたくさんいましたわ。踊って来たらきっと良い思い出になりますのに。それにこれじゃ明日からわたくし女の子達から針の筵だわ。皆見てるもの。ね、行ってらして?」
「君より良い人なんていないよ」
「もう。そんなはずありませんわよ」
窓の方で『まだかなぁ』と声が聞こえて来る。そして、『あの子だぁれ?』『暗くてよく見えないね』『独り占めしてずるい……』『なんか調子悪いとか言ったらしい』『独占魔法か!』と聞こえると、レオネは耳にかけていた髪を払って顔を見えにくくしてから遠くを見た。
向こうには農業用の貯水地が広がっていて、月が映って揺れていた。
「あの子達は何で僕なんだろうなぁ」
「ふふ、変な疑問だわ。あなた、よくできた方だもの。当然でしてよ」
レオネは遠くを見たまま笑って答えた。
「うーん。僕は誰からも愛される父母のようになりたいと思ってるけど、何だか少し不快かもしれない。こんな風に思うのは初めてだ。すごく不思議な感覚」
やめてくれと言いに行っても、レオネが悪く言われるような気がした。
「……うん、そうだな。レオネ、僕を信じて目と口だけ閉じてて」
「え?」
「舌噛むなよ」
ナインズはひょいとレオネを抱き抱えると、レオネに有無を言わせずあっという間にバルコニーから飛び降りた。
浮遊感が襲い、レオネは声を上げそうになったが、言われた通りに目と口を閉じたままナインズにギュッと掴まった。
「っ……!!」
軽い衝撃が体に掛かる。
そのまま、ナインズの走るリズムで体が揺れた。
「っぷは!と、飛び降りましたの!?」
「はは、ごめん。腕輪してたから飛び降りちゃった。自由への逃走ってやつ。君は怒る気がしたけどね」
「わたくしだけじゃないわ!一郎太さんだって怒りますし、あなたを待ってた女の子達皆が残念に思ってよ!」
バルコニーから見えていた貯水地のほとりに着くと、ナインズはレオネを抱えたまま草の上に座った。
「怒らせて残念がらせておけばいいよ。それより、舌噛まなかった?」
ナインズが顎を持って顔を上げさせると、レオネの顔はカッと赤くなった。
決意が揺らぐような事はないが、そう言う事と、胸の爆発は別問題だ。
膝の上に抱えられてこんな真似をされては──レオネが目を逸らすと、ナインズは慌てたように手を離した。
「あ、ごめん。男子禁制だったね」
「……かまいませんわ。あなたは……特別だから……。祝福をくださるもの……」
「……そっか」
レオネはそっとナインズの上をおりると隣に座った。
二人は初めて意味もなく黙ったまま過ごし、秋の夜風に吹かれて落ち葉がカサリと落ちて貯水地の表面に浮かぶのを眺めた。
「……思ったより冷えるね」
「……えぇ。ホールは暖かかったし、あなたは踊ってらしたら良かったのに……」
「それは良いって。僕は忙しいの」
会場からうっすら音楽が聞こえて来る。
それに合わせて話し声もほんの少し聞こえ、振り返ると、バルコニーの上で何人もこちらを見ているようだった。『あそこに見えるの首席君かな?』『どこ?』『木のそば』『見えなーい』『ねー、神都の首席君はー?』『多分<
二人はちらりと目を見合わせ──ぷっと口から息を吐き出すとおかしそうに笑った。
「ふふふ、普通あんな所から飛び降りたりしませんわ。何してますの?もう、ふふふ」
「はははは、なんかもう、変な意地だった。ははは」
そうして過ごしていると、レオネがくしゃみをしてナインズは学院のローブをレオネに掛けた。
「あ、ごめんなさい」
「ううん。風邪引かないようにね」
「ふふ、きっと平気。加護をもらえているもの」
「加護かぁ。──手、出して」
レオネは首を傾げ、そっと手を出した。
手の甲をナインズの指が滑っていくと、そこは青白く発光する線が残り、ジリリと文字は焼きついた。
「……これは?」
「
「温かい……。それに、綺麗……」
「君が綺麗だからだよ。僕の太陽だ」
ルーンの焼き付いた手の甲にナインズは口付けを落とした。
そして、ああ、これは確かに
そっと離すと、レオネの顔は真っ赤になっていた。
「……祝福してもらってばかりだわ……」
「それを与えるのが多分僕の役目」
「役目だとしても与えてばかりなんて疲れますわ……」
「だから君の祈りを聞かせてもらってるよ。君から貰ってるものの方が大きい」
「……そんなもの、いくらでも」
レオネはナインズの手を大切に取り、今ルーンを書いた指の腹達に口付けた。
指が触れる唇は信じられないほどにやわらかく、心に直接触れられたようなあたたかさだった。
胸の内から心臓が叩くように鳴り響く。
伏せられたまつ毛も彼女の髪と同じようにピンクがかっていて綺麗だった。
ナインズはレオネの背の後ろに片手をつくと、レオネの口を塞ぐように触れている自らの指の背に口付けた。
ナインズの手越しのキスは一瞬だったが、ナインズから漏れた息は熱かった。
レオネに知られるより早く顔を離すと、ゆっくり開けられた青い瞳は凪いだ湖のようで、至近で目が合うとレオネはこの月明かりしかない中で分かるほどにひどく顔を赤くした。
どちらも何も言わなかった。
貯水地を魚が飛ぶと、時間が戻ったようにレオネが口を開いた。
「……近いわ。何しようとしてますの」
もう終わったよとナインズは心の中で返した。
「──レオネの瞳は綺麗だね。近くで見ておこうかと思って」
「綺麗なのはあなたの瞳の方じゃありませんの」
「こんなのは偽物だよ」
ナインズが腕輪を足の間に置き、自分の目に一瞬手を当て、離した瞳は金色だった。
「……こんな物がこの世にあるなんて……。月よりも輝いてる……」
ナインズの頬をレオネの両手がそっと包む。
顔を引き寄せられて覗き込まれると、そのまま吸い寄せられてしまいそうだった。
ナインズもレオネの頬に触れて撫でると、心地良さそうにレオネが目を閉じ、二人はコツンと額をぶつけた。
「……聞こえる。レオネの祈り」
「……なんて?」
「知ってるでしょ?」
「知ってるけど、嫌なんですもの。聞かれたくないことまで聞かれてたら」
「大丈夫、信じられないくらい透き通ってる。どうやったら十六でその境地に至れるの?」
ナインズが額を離すと、レオネはナインズの頬を包んでいた手をそのまま首の後ろに回してギュッと抱きついた。
「……もし本当にそうだとしたら、あなたがそうさせたの。わたくしを導いたの」
「レオネ……」
抱きしめ返すと、触れる胸から心臓の音が届いた。
「……僕は君ほど清くない」
「嘘。それはわたくしだわ」
「買い被りすぎ」
「どちらが」
レオネの体は細いのに柔らかくて、甘い石鹸の香りがした。
ナインズは本当に自分は清くないと思った。
お互いの体温を惜しむように二人はそっと離れた。
「……そろそろ行かなきゃいけませんわよね」
「そうだね」
いつまでもこの時間が続けば良いと思うが、世の中はそう甘くできていない。自分に父や母ほどの力があれば時を止めたのに。
「……また見せてくださる?その瞳」
「レオネにならいつでも見せるよ。それに、大神殿に入れば嫌でも見る」
「ふふ、嫌になればいいけれど」
ナインズが数秒目を閉じ、開き直すとその瞳はもう黒く戻っていた。
腕輪を拾って通し直してレオネを引き立たせ、掛けてやっていたローブを返される。
「行こうか」
「えぇ。でも、わたくしはあちらから」
「気ばっかり使わせて悪いね」
「いいえ。わたくし自身の保身のためでしてよ。──それじゃあ!」
レオネは笑うとタッと駆け出した。
「あ、レオネ!暗いから天使渡そうか!?」
「平気!すぐそこ、見えてますもの!」
ひらりと振った手の甲に一瞬ルーンが見える。
ナインズは笑うと一郎太の気配がする方へ向かった。
「ほんとにレオネは元気だなぁ」
木の影で座る一郎太を見つけると、ナインズはそれを見下ろした。
「や、こんな所で待たせて悪いね」
「待たせてると思うなら、せっかくだしキスくらいすりゃいいのに」
「ははは。どういう理論?」
よっこらせと立ち上がった一郎太と歩き出し、ナインズはそう言えばと一つ思い出した。
「ヨァナは置いてきちゃったの?」
「そりゃ俺がヨァナ抱えて降りて来るって変でしょ」
「あらぁ。ヨァナ、置いてかれることになって悪かったな」
「ちょうどルイディナが来た所だったから任せましたよ。大丈夫。だいたい、あいつそんなに本気じゃないでしょ。飽きるよ、すぐに」
「いやぁ、一太はかっこいいからなぁ。僕が女だったら君に求婚してたかもしれない」
「ははは!俺もナイ様女なら求婚してたかもな。でも、女だったらレオネとはどうだったんでしょうね」
「多分今と変わらないよ。一番の友達」
「……その先は?」
「今のところない。覚悟させて引き摺り込みたくない。彼女の人生は彼女のものだ」
「あぁあぁ……。ま、女はいいですよね。もし引き摺り込んだら、男はその後には、全てを晒させて汚して塗り替えることになる。覚悟するだけじゃ済まないですよ」
「うわぁー。聞きたくない、やめてくれぇ」
ナインズが頭を抱えると一郎太はナインズの肩を抱いて笑った。
「そう思うならヨァナを軽率に進めないの。いいですか」
「はぁーい」
もうバルコニーに着くと言うところでナインズはレオネの糸を探し──ぴたりと足を止めた。
「ない」
「ん?何が?」
あれだけはいつでも見つけられるのに。
戸惑う一郎太を他所にナインズは一度深呼吸をして目を閉じた。
見つけられないはずがない。
だが、あの黄金の糸がない。
「──レオネに何かあった。行かなきゃ」
「何かって?」
「レオネの祈りが見つからない」
「あー、チューして貰えなかったから拗ねて祈るのやめたのかもね」
「そう言うんじゃないと思う。あの子の祈りが全く存在しないなんておかしい。ごめん、一太。僕行かないと」
「ん、いいよ。走る?飛ぶ?」
「走る!!」
ナインズは髪を一つにくくりながら駆け出した。
草木が避けているんじゃないかと思うスピードで駆け抜け、建物に入ろうとしたところでレオネの背を見付けた。
「お、何ともなさそうですよ?やっぱりチューか」
二人はスピードを落とした。
「そ、そうなの?」
「そーだよ。ナイ様は疎いから分かんないと思うけどさぁ」
「……本気?僕って疎い?」
「本気。めちゃくちゃ疎いですよ。──おーい、レオネ」
入口に差し掛かると、振り返ったレオネを前に二人はぴたりと足を止めた。
「……あの、ここは」
「どこですの……?」
全く同じにしか見えないレオネが二人振り返った。
「レ、レオネ……?」
レオネ達は互いを見合わせると、「「わたくし?」」と声を合わせて首を傾げた。
ダンスの他校交流会と言えばハリーポッターの炎のゴブレットだ!
もしくはweb版だ!!
やっと青春してるよぉ〜!!良かったね〜!!
「ヒロインは攫われなければならない」の天空城からの、「ヒロインは記憶を失わなければならない」をここにきてやっと完遂できました!!
次回明後日!
Re Lesson#35 本物はこっち