エ・ランテル校、一年信仰科の教員ディエゴ・クルベロは仲間の教員と二校交流会会場の廊下で顔を突き合わせていた。初老の彼の口の上にはくるりと先端が丸まった立派な口髭が生えていた。
「学院からは全部で七名──と言うか、十四名ですのう」
手洗いや息抜きに外に出て戻ろうとしたところでシェイプシフターにまんまと姿を真似られた生徒達七名と、穀倉地の警備一名。
フルト教諭の話で早急な危機がある状況ではないと言う事が教員達を安堵させた。
両校の錬金術を担当する
「時忘れの草など、そうそうお目にかかれん!」
「まこと、まこと!明日には一年も二年も三年も連れて第一発生地の調査に行くべきであろう!二、三年の先生方にも早くお話ししたいのう!」
「ブリタ・バニアラ殿の家のそばであろうし、きっと見つかるはず!」
「パラダイン老も喜ぼう!何よりそのまま増やせれば──」
豪華に着飾ったステ=ブルと、質素な姿のイル=メンは顔を突き合わせ、にっしっしといやらしい笑いを漏らした。
大変貴重かつ珍しい素材を前に薬学科の浮足立ち方はすごかった。
信仰科のクルベロとしては何とも苦々しい話だ。
「時忘れの草はいいとしてものう。──問題はシェイプシフターと記憶がなくなっている生徒達の方ですな」
クルベロが言うと、神都校のミズ・ケラーが頷いた。
「少なくとも、神都校には第三位階以上の<
「こちらもおりませんなぁ。そう言う通常の生活で利用がない魔法が使える者は、神官を生業とする者よりも、ともすれば冒険者の方が多いかもしれませんな。フルト先生、お心当たりは?」
「……確実に使える冒険者は銀糸鳥の僧侶、ウンケイ様くらいしか」
「シェイプシフターの討伐は魔導省出向教員の皆様にお願いするとしても、アダマンタイト級冒険者に七名も回復を願うとするとのう……」
「少し予算に心配が。ミスター・クルベロ、エ・ランテルの光の神殿長様はいかがでしょう」
「もしかすれば使えるかもしれん。明日カッツェ市の一番近い神殿にお伺いに行ってみるとしよう。神殿の関わりからエ・ランテルの神殿長のみならず、大神殿や聖ローブルの生死の神殿の神官をご紹介いただけるかもしれん」
「とすると……神官の調査をしてもらって、神殿へ手紙を出してもらって……神官が出発すると……三日後ですね」
「ちょうど帰る頃か。街へシェイプシフターを連れ帰るわけにもいかないわけだし、良かったと思うべきかのう」
クルベロは安堵の息を吐いた。
「増殖を抑えるためにも、この七名──いや、バニアラ殿も含めて八名の個室を用意せねば。今の他の学生達もいる大部屋では寝てる間に一網打尽にされかねないからのう。部屋の前には畑の歩哨の方達にご協力いただきつつ、教員もいくらか交代で様子を見ると言うことでよろしいかな?」
クルベロが尋ねると、多くの教員は皆即座に頷いた。
ただ、神都校の特進科は互いを見合わせ、何やら顔を寄せ合った。
「──ゾフィ、よろしいと思うかな?」
「──待て。一応お伺いを立てるべきだろう」
「神都校の。三年の先生方のところへ行きパラダイン様のところで確認を取りますかな?」
「あ、いえ。ミスター・クルベロ、少々お待ちください」
クレント教諭は頭を下げるとしれっと隣で話を聞いていた三年のローブを着る二人の生徒へ振り返った。
「スズキさ──ん。どうですか?」
「良いんじゃないか?──と言いたいところだが、一名はうちの不出来な身内のせいのようだからなぁ。九太」
「はい……。申し訳ないです……」
クルベロは神都校の最優秀だった一年のスズキと、三年のローブを着るスズキを見比べた。
(……兄弟か。良いご両親を持っているようだのう。だが、スズキと言う名は寡聞にして知らん……。ご両親は何をされている方達だろうか)
弟は肩を落としていて、もう一人の三年の女子に背をさすられていた。
「どうする?お前の望むようにするんで私たちは構わないが、私や村瀬さんが手を出すなら一人だけ特別というわけには行かんし、お前が手を出すならもう教師達の中でそうだろうと言うことになる。無難なのは教師達の方法に乗ることだが」
兄の言いたいことがいまいちクルベロには掴めない。この生徒の喋り方はまるでその気になれば全員を治せるかのようだし、何かを伏せようとする物言いのせいでうまく内容を掴めない。
「……やっぱり、お手を煩わせるわけにはいきませんし、僕がレオネだけでも治します……」
弟の言葉にクルベロは苦笑し、肩を叩いた。
「スズキ君、外傷ではない以上第三位階の通常の治癒では治らぬよ。君は第三位階まで使えるそうだから、やってみたい気持ちは分かるけどね」
「……クルベロ先生、僕は──」
何かを告白しようとする様子に、変わった魔法を覚えているのかと耳を傾けようとすると、クレント教諭が弟の肩を叩いた。
「スズキ君、まぁそう焦らなくてもいいんじゃないかな?それに、できれば教材として宿主になった子達は使いたいから今すぐ全員治されてもある意味困るし」
「──治されても困る?では、スズキ君は本当に治癒が可能なのかね?」
「いえ、クルベロ先生、仮の話ですよ」
「……そうか?」
クルベロはクレント教諭も何かを隠しているような気がした。
「スズキ様、ムラセ様。それで良いですよね?」
スズキとムラセは「先生、ちょっと時間をください」と一言言うと、一年の首席──やはりスズキをふん掴み離れていった。
「──クレント先生、スズキ家が有能だと言うのは分かりますが、あまり贔屓するような事はよくないのではなかろうかね」
「分かっています。僕の受け持っているスズキ君は極力平等に扱っているつもりです」
「三年のスズキ君もそうした方が良いだろう。もちろん、受け持ちでもないと言うのは分かるけどねぇ」
「──そうですね。以後気をつけます」
クルベロと教員一行はスズキ兄弟の様子を見守った。
「<
ムラセがぐるりと魔法を使い、そちらの会話はクルベロ達までは届かなかった。
魔法のドームの中では──
「──治すとしたら、<
ナインズが頭を抱えていた。
「うん、<
「第六位階じゃ高すぎるわけですよね……。一人治せば他の子もと言われるし……隠しきれない……」
「そう言うことになっちゃうね。もう少し早く見付けてあげられてたら取り合えずシェイプシフターを消してレオネちゃんもパッと治してあげられたんだけど。でも、咄嗟にあれ見せられてもどうするべきか判断に迷うのは当然だよ」
ナインズはまた肩を落とした。
「まあ、三日後には治るようだし我慢しておいたらどうだ?それが無難だとは思うが」
「……僕が一人にしたせいでレオネはああなったのに、治せるくせにレオネを治癒しないなんて……」
アインズは何とも言えない息を吐いた。
「まぁなぁ……。だが、レオネちゃんもそれで記憶が戻ったとして、信仰科の教師達にお前が頭を下げられるようになったら心を痛めるだろう。お前を守りたいとお前の幸福を祈るような子だ。特進科は魔法バカばかりである意味まだましだが、信仰科はお前へも含めて信仰がある。知られればギクシャクもするだろう」
「……でも僕がレオネを連れ出したんです……。僕が軽率だったんです……」
「ナイ様、そう落ち込まないでさ。別に死ぬわけでも怪我するわけでもないんだから。それに陛下の言うとおり、レオネは多分ナイ様に治されて経緯を聞いたら心を痛める……っていうか、何で治したりするんだってブチギレますよ。自分が許せないとか言って。しまいにゃあいつ、自分で天使出せなくてごめんとか言い出すよ」
一郎太が言うと、ナインズは大きなため息を吐いた。
「……僕って最悪だ……。やっぱりちゃんと送らなきゃいけなかったんだ……」
「大丈夫だって。後で謝れば許してくれるって。治したら絶対レオネを苦しめるし、三日だけ我慢しましょうよ」
ナインズはあれこれ考えたのちに、渋々頷いた。
「わかった……。せめて謝ってくる……」
「あ、待て九太」
フラミーの作ったドームから出ようとしたナインズは足を止めて振り返った。
「後でレオネちゃんの記憶を見てもいいか?と言うか、他の生徒達も見るが」
「……なんでですか?」
「<
ナインズはそれが今回父と母がこの実習について来た真の理由だったかとますますため息を吐いた。
まさかナインズがレオネを連れ出したりしてレオネがシェイプシフターの手に掛かるとは思わなかっただろうが、この二人にとってはほぼ予定通りと言ったところだろう。
「……僕はレオネの記憶に口出しできる立場じゃないです」
「じゃあ、夜にでもちょっと見させてもらう事にする。向かって左だけ借りられればいい」
「──え?分かるんですか?」
「分かるも何も、私とフラミーさんにはもう片方は人の薄い幻影を被った根の塊な上に偽造されているアンデッド反応がぷんぷんしてかなわん。お前達が何を迷っているのか意味がわからない程にな。そんなに完璧に見えるのか」
ナインズは二人のレオネに振り返った。どちらの手の甲にもナインズが記したルーンが焼き付いていた。
「……全く同じに見える」
「好いた女くらい見違えるな──と言うのは冗談だが、六十レベル程度では看破し切れんか。まぁ、ナーベラルでも分からんだろうしな。別にお前のクラス構成もそう言うものではないし」
「……早く百レベルにならないと……」
「今後七十レベルになって第十位階を使うようになった後は超位魔法も待つ。一レベルごとに一つづつ習得していくことになる故繊細なレベル上げになるから焦るな。超位魔法はスキルに近いし教えられるのが私とフラミーさんしかいないという性質上本当に獲得させてやれるか不安もある」
「はい……」
「話が逸れたが、後で記憶を確認させてもらえれば私から言うことは──いや、お前は耳飾りがあるから大丈夫だが、油断して一郎太の記憶を飛ばされるなよ。いつでも治してやるがな。じゃ、行っていいぞ」
「あ、すみません、陛下。俺か」
「分かりました。気をつけます」
ナインズは頭を下げてから魔法の効果範囲を出ると、二人のレオネの前に立った。
「レオネ……」
「はい。わたくし?」「それとも……わたくしたち?」
それぞれレオネが言いそうなことを言っていた。
「とりあえず二人とも。ごめん、今夜は治してあげられない……と言うか……その……本当にごめんね……」
「そんなに落ち込まれて、大丈夫ですの?」
「わたくし達は別に構いませんわ。後三日だと先生方も仰ってますし」
「……ありがとう」
ナインズがレオネに頭を下げている隣で、ジーダはアインズの手招きに耳を寄せた。
「──お前達の予定に合わせることで決まった。私は今夜生徒達が寝入ってからでも記憶を見させてもらうつもりでいる。良いか?」
「それはもちろん構いません。スズキ様であれば皆も受け入れるかと」
「よし。それから、私と村瀬さんは明日は時忘れの草を見に行くから薬学科の方に顔を出すつもりだ。九太に関してはこれまで通り扱ってもらって構わない。──そんな所ですかね?」
「ですね。ティアレフ君、面倒ばっかりですみませんね。とりあえず、いつでも治せますしシェイプシフターも消滅させられるんで、本当に困ったらなんとかしますから」
「い、いや!そんな!フミカ様──いえ、ムラセ様のお手を煩わせるほどでは!」
「ははは、そうかな。いつでも聖典呼ぶこともできますからね。とりあえずは学校側でいいようにしてください」
「かしこまりました。では、師やゾフィにはそのように」
ジーダは深々と頭を下げ──そんなに頭を下げていては学生相手に不自然だろうに──教員の輪の中に戻って行った。
不審がる教員達の中でジーダが「予定通りで行きましょう。やっぱりスズキ君達でも無理だそうです」と告げた。
神都の特進科とエ・ランテルの一名以外は訝しむようにちらりとアインズを見たが、アインズはどこ吹く風でくるりと背を向けた。
「じゃ、三年のところでも行きましょっか」
「はーい!ナイ君の周りもあれですしね」
フラミーが振り返った先ではハンゾウ達がそれぞれシェイプシフターを警戒して、相手からは見えもしないくせにメンチを切っていた。
彼らにもどうやら歩く根にしかみえていないようだ。
ナインズは両親が出ていく様子にもう一度頭を下げ、二人はやっぱり外は面白いと鼻歌混じりで廊下を後にした。
「──では、とりあえず教材としては申し分ない状況ですし、中の生徒達にも説明をしましょう」
中では相変わらず楽しい交流会が開かれている。
そんな中、フルト教諭が手を挙げた。
「隙を見て繁殖されると困ります。捨て身で走り出して増える可能性もなくはないですし、念の為シェイプシフターと宿主は繋いでおきましょう」
「繋ぐというと──まさか生徒を縛るので?」
「はい。強くなくてもいいと思いますが、自由がきかないようにだけ。怪しい動きを見せた時に対処しやすいです」
教師達は目を見合わせたが、あまり増えすぎてはそれも困るし、こんな機会はないと上位の製糸魔法を使える教員がすぐにロープを作り出した。
同じ姿をした生徒にそれぞれ手を繋がせて手首を縛っていく。
「痛くない?」
フルト教諭が尋ねると、繋いだ手を丁寧に結ばれたレオネ達は頷いた。
「えぇ、ちっとも。ありがとうございます、先生」
「犯罪者のようですけれど。ふふ」
「良かった。少し恥ずかしいと思うけど、あなたが悪いわけじゃないから安心して皆の中に入ってほしい。あなた自身も記憶を取り戻した時にはこの経験は残るし、見聞きしたことは後から糧になる。今よく分からなくても、聞くだけ聞いておいて。明日の授業もね」
「分かりましたわ」
「よろしくお願いいたします」
フルト教諭は次の生徒を繋ぎに行った。
そして、入れ違うように
「レオネ、ごめんね」
「いえ。先生は恥ずかしいと思うけどと仰ったけど、知らない方達の中に入りますし別に恥ずかしくありませんわ。ねぇ?」
「そうですわね。だからあなたも心配されないで。一緒にいてくれてありがとう」
「……僕が君を連れ出したからこうなったんだよ。本当にごめんね」
レオネはこの綺麗な男子は自分の何だったんだろうと少し頬を赤らめた。
二人でダンスの会場を抜け出して、こっそり別々に会場に戻るなんて──
(……もしかして恋人?)
頬が少し熱くなった。
「ね、あなたお名前は?」
「ずっと聞きたかったの」
「……僕はナ──キュータ。キュータ・スズキ。よろしくね。そっちは一郎太」
「よ、早く思い出せよ」
「スズキさん、一郎太さん、よろしくお願いします!」
「──キュータでいいよ」
「キュータさん!わたくし達、訳わからなくて二人で心細かったの。でも、すぐに来てくれて良かった」
キュータは悲しそうな顔でしばらくレオネを眺めたが、すぐに教師に「じゃあ、スズキ君は先に入っててね」と促されて行った。
「キュータさんて優しいですわね」
「本当。それにあの剣、魔法も使われるみたいなのにすごいですわ。良いところの方なのかしら」
「そうかもしませんわね。先生方も敬意を払われてるようでしたもの」
「そんな方がわたくし達にあんなに良くして下さるって……」
「わたくし達……」
「「すごいわ!」」
レオネ達は繋がれていない方の手で口元を抑えるとクスクスと楽しげな笑いを漏らした。
「──シェイプシフターが最後に確認されたのは百年前、ササシャル遺跡の変わり身の王の話は冒険者の中ではあまりにも有名。時忘れの草も五十年前に生えて以来。今日は凶兆を知らせる
フルト教諭がそんなことを言うと、椅子に座っていたナインズはまたひとつため息を吐いた。
壇上からレオネ二人組がナインズへ手を振り、それに手を振り返す。
「では、規則の説明をします。部屋への訪問は必ず二人以上で行う事。理由が分かる者は?」
何人も手を挙げ、さされた一人が声を上げる。
「一人で行けば必ず宿主とされるためです」
「その通り。本当に一瞬で時忘れの草を嗅がされて記憶を奪われます。ただし、複数人で会う場合もそばに近づくのは必ず一人づつ。一対一でも必ず宿主にされますが、複数人の宿主を手に入れるために捨て身でかかられるのも危険です。残りは少し離れたところから観測して下さい」
皆メモを持っているかとそばの者に声をかけたりして、なければ製紙魔法が使える者から分けてもらい思いがけない授業の始まりに熱心に耳を傾けた。
「それから、そばに近付く者は必ず心を強く持つように。シェイプシフター達の前で話すのはおかしいと思うかもしれませんが、これは宿主本人達にも気を付けてほしいと思うゆえです。シェイプシフター達は人の心を手に入れようとします。そして、油断したところに時忘れの草を嗅がせてきます。懐柔されて、宿主とシェイプシフターの三人になりでもすれば、宿主にも合わせていっぺんに時忘れの草を嗅がせてくるでしょう。そうなれば現在宿主になっている者は今のこの時もまた忘れます。何度でも忘れさせられては、自分が人間なのか魔物なのか分からない時間を過ごすことになります」
その厄介さに、ゲェ……と声を上げる生徒はたくさんいた。
レオネ二人組も目を見合わせた。
「ねぇ、わたくしは多分魔物じゃないと思うんだけど……そうすると、やっぱりあなたがシェイプシフターですの?」
「わたくしも多分違うと思うんだけれど……。でも、そうだとしたらあなたに悪いわ……。こんな風に繋がれて」
「あら……わたくしこそシェイプシフターかもしれないのに謝られないで。何も覚えてないから自信が持てませんもの……」
「わたくしも何も覚えてませんわ……。困りましたわね」
お互いを慰めていると、フルト教諭はレオネに寄っていき、拡声魔法をまとわせた杖を二人の前に差し出した。
「このように、宿主とシェイプシフターもお互いを慰めたり懐柔しようとしたりするわけです。文献にはありましたが、目の当たりにすると関心します。ただし、これは穏やかな宿主の場合です。自分こそ宿主であり、相手がシェイプシフターであると喧嘩を始め、最後には宿主を手にかけておきながらやってしまったと言って泣いて見せたり、逆に宿主に傷つけられることによって周りのものを味方に付けようとするシェイプシフターも中にはいます。周囲で観測する者は常にどちらもシェイプシフターであると思って関わる必要があります。──ただ、時には宿主が徐々に自分こそ宿主であると確信を持ち始めると神経衰弱を起こすこともあるので、どちらも宿主だと思ってケアをする必要もあるでしょう」
姿形、喋り方も同じではそう言うこともあるのかもしれない。自分が宿主だと主張しても、周りが信じてくれなれば心が参って行ってもおかしくはない。
話を聞いていたロランは隣で話を聞いているキュータに顔を寄せた。周りの友人達に聞こえないように小さな声で言う。
「……キュータ君、何で君がいたのにレオネも宿主になっちゃったの?」
「本当だよね……。ごめん」
「責めてる訳じゃないんだけど……何とかなんなかったのかなってちょっと思って……。それに、治してあげられないの?」
「……治せる」
「じゃあ──」
「ロラン、それでキュー様はどうなるんだよ。先生達が神殿に問い合わせて上位神官呼ばなきゃ治せないって言ってんのに」
一郎太が睨むように言うと、ロランは肩を落とした。
「一太、僕が連れ出したのが悪いのにそんな言い方しないで……」
「俺はキュー様がキュー様だった時に起きた事を、キュー様の力を超える方法で解決させようとするのはおかしいと思う。キュー様が使うのは第三位階までだ。ナイ様にお願いするなら高い位階になるし、ロランにだって相応の覚悟をしてもらうぞ」
「一郎太君の言う通りだね……」
「ロラン、ごめんね。一太も本当はこんな事が言いたいんじゃないんだよ」
「うん。僕が軽率だったよ。一郎太君ごめん。キュータ君もそんなに落ち込まないで。最終的に記憶が統合された時にそんな風じゃレオネも落ち込んじゃう」
キュータが不器用に笑って見せると、横からずい、とファーが顔を足した。
「何こそこそやってんのか知らないけど、折を見て皆でお見舞い行きましょう。首席も良い加減ぐずぐずするのはやめて。バルコニーから二人で逃げ出して、良かったこともあったんでしょ」
「うん、そうだね。良い時間だった」
「じゃあ、良い思い出にしなさいよ。レオネのためにも」
ファーはふん、と息を吐くとワルワラの上に座って足を組んだ。
「お前一晩俺と踊ったからって調子乗りすぎだろ」
「何?あなた私に敷かれるくらいがちょうど良いわよ」
「じゃあ今夜は俺に乗って寝るか?部屋に来ても良いぜ」
「はぁ!?死ね。放埒男」
ファーが降りるとワルワラはおかしそうに笑った。
「──レオネ?」
「レオネー、来たわよー」
部屋の中に見舞いに来た皆が顔を覗かせると、もうパジャマに着替えた二人のレオネが振り返った。
「はい、皆様どなたかしら?」
「──あ、キュータさん!」
皆の輪の中にキュータを見つけるとレオネは二人揃って嬉しそうに駆け寄りかけたが、途中で規則を思い出したのかすぐにベッドの上に戻った。
記憶がないのにこの反応。と言うより、記憶がないからこそ昔のように素直な反応だった。
「や、レオネ。お風呂済ませたんだね。大浴場は行った?」
「えぇ。そしたら、女性の先生方が見張ってる中で他の宿主になった方達とでしたわ」
「恥ずかしかったですわね。そう言えば
「ふふ、落ちなくてよかったわ。なんだかすごく暖かいのよね。不思議……」
「──そうよね」
二人は手の甲のルーン文字をそっとさすった。
キュータは揃ってベッドに座るレオネ達の前にしゃがむと笑顔で見上げた。
そして、一人の手を取った。
「君が凍えないように書いたんだよ。今夜は不安かもしれないけど、すぐに良くなるからね。三日間だけの辛抱だよ」
「キュータさんが書いてくださったの?ありがとう。不思議ね。字がこんなに暖かいなんて思いませんでしたわ。ね?」
「本当。こうやって良くしていただけて嬉しい。魔法みたい」
もう一人をチラリと見たキュータの目は一瞬鋭かったが、すぐに笑いかけた。
「魔法だよ。じゃあ、皆と自己紹介だね。人数が多いし、僕は廊下にいるよ」
一人の頭をさらりと撫でるとキュータは踵を返し、一人づつしか近付かないというルールを遵守した。
廊下に出ると、一郎太が鼻で笑った。
「──分かりましね」
「あぁ、分かった。あいつ白々しい真似して不快だな」
「ははは。お前が偽物だって言ってやれたら楽なのにね」
「本当だよね。どうやってそれが分かったんだって言われないならそう言ってやって──」
「ぶっ飛ばしたかった?」
「はは、うん。ぶっ飛ばしたかった。でも、あの見た目をされてちゃ手も上げられないね。──だが──最後には根に戻して地獄へ送ってやるさ。三日間だけだ。自由と繁殖への期待に胸踊る最後の時間を過ごさせてやる」
ナインズが言うと、一郎太はぶにりとナインズの頬を左右に引っ張った。
「──怖い顔すんなって。ナイ様、あんまり怖い神様になるとレオネに祈ってもらえなくなるぜ」
それを聞くと、ナインズは情けない顔でへにゃりと笑った。
「えぇ〜。それは困るよ〜。僕は今だって困ってるのに」
「ははは、ちょっと待ってな。俺頼んできてあげますよ」
「え?なんて?」
一郎太は部屋へ入っていくと二人のレオネの前にしゃがんだ。
「な、レオネ。お前何でも良いからちょっと祈ってくれよ!」
「何でも良いんですの?」
「何にしようかしら」
「何でも良い!多分お前なら変なことは祈らないだろ」
二人は目を見合わせると、そっと胸の前で手を組んだ。
部屋を覗き込んでいたナインズは本物のレオネからだけ祈りの糸が伸びて行くと思わず手を伸ばした。
糸を引き寄せて耳にあてる。
『──早く元に戻れますように。このままじゃキュータさんが心配するわ』
それを聞くと、ナインズは廊下で座り込んで膝を抱えた。
(……君は清すぎるよ……)
あの黄金の祈りが聞きたいという自分勝手な焦りを振り払い、ナインズはその祈りを離した。
今の彼女の祈りは神官としての祈りでも、ナインズの心の剣でも盾でもない。だから、友達の祈りは聞かない。
廊下に戻った一郎太は座り込むナインズをギョッとして見下ろした。
「な、何?だめでした?」
「良すぎた……。ありがとう……。後は三日ちゃんと我慢する」
「ははは、何だ。良かったですね。くっだらねぇ祈りがきたのかと思いました」
一郎太も隣に座り、二人で笑った。
皆がレオネとの思い出を話す中、ナインズは全てを懐かしいと目を閉じて聞いた。
その後、生徒達が眠りに落ちる頃。
フールーダと共にアインズとフラミーは宿主の部屋を回っていた。
一行は<
夜シェイプシフターが抜け出さないように見張っている警備達はフールーダに深々と頭を下げ、生徒の部屋に入ることを見送った。
「<
暗い部屋の中で眠る生徒の記憶を開く。
記憶は全てが揃っているようだが、本人が思い出せないことはこの魔法では見られない。
全ての記憶は白紙も同然だが、その記憶の深さ──もしくは記憶という本のページ数──から記憶が揃っているようだと言う確信を得た。
このページ数によって言葉や文字の書き方は保たれているのだろう。
「──作用する脳領域を調べてみたいな。これは非常に面白い」
アインズが言うと、フールーダは「おぉ……」と感嘆した。
一行は隣の寝台で寝たふりを続けるシェイプシフターを無視して部屋を出た。シェイプシフターごときにはアインズ達が何をしているかは分からないだろう。
フールーダの部屋に戻り、一行は腰を下ろした。
「デミウルゴスも
「アンデッドでしたね。身になる草がなかったら、何になるんですか?」
フラミーの問いにアインズはうーんと声を上げた。
「アストラル系のアンデッドみたいですけどね。そのことも含めて少し実験したいな。──フールーダよ、最後の日に神官が生徒達を治すとき、私も共に立ち合いシェイプシフターを支配してナザリックに何体か連れ帰りたい思う。構わんか」
「もちろんでございます!どうぞお連れください!」
「よし。ちなみに、私はあいつらが増えても別に良いと思っているが、同一の宿主を模して何人も出ることはないのか?」
「珍しいことかと思います。あやつらの体の芯となる時忘れの草が無制限に作れるわけではないようなのです。どうも時忘れの草は色々な者の姿をシェイプシフターに模らせて自分を広範囲に繁殖させることが目的のようで、すでに宿主となっている者では反応しないと言うのが通説です。とは言え、私も目の前で増殖されたことはないので細かくは分かりませぬが」
フールーダはシェイプシフターと向き合うのはこれが初めてではない。
二百余年を生きる彼の人生では時折見かける事もあった魔物だ。
今より魔法技術も洗練されていなかったので大変厄介だったが。
それにしても、神々はシェイプシフターの姿真似に少しも惑わされる様子はない。先ほどの記憶の魔法もさることながら、フールーダはもっと魔法の深淵を覗きたいと舌なめずりした。
翌日、レオネ達は畑の授業とシェイプシフターについての授業を終えて部屋に戻らされると、二人なりにとったノートを覗き込んだ。
そして、古いページを遡っていく。
「昔のわたくしたち、真面目でしたのねぇ……。なんだかあんまり実感ありませんわよ」
「本当に」
記憶を取り戻したら自分の身になるとの事なので真面目に受けるしかないが、授業は全然分からなかった。
友達たちも親切に教えてくれるが、予備知識がないのでちんぷんかんぷんだ。
そうしていると部屋にノックが響いた。
「どうぞ」
「入られて」
顔を出したのはキュータと一郎太で、レオネはポッと頬を染めた。
「キュータさん、一郎太さん、授業終わりましたのね!」
「待ってましたのよ!」
キュータは一瞬虚空を見るとレオネの隣に座った。
「レオネ、今日はどうだった?」
「全然だめですわ。分からないことばっかりなせいで魔法も使えませんもの。それとも、わたくしがシェイプシフターなのかしら?」
「ふふ、君は違うよ」
「あら、じゃあわたくしがシェイプシフター?」
「──そうだね。なんてね」
レオネはもう一人のレオネと目を見合わせると笑った。
「ふふ、意地悪言ってるわ」
「キュータさんもそう言うことされるのね。ふふ」
そうしていると、そっとレオネの手にキュータの手が触れた。
「まだ暖かい?」
「──は、はい。暖かいです」
「良かった」
手の甲に口付けられると、レオネの心臓は今にも爆発しそうになった。やっぱりこの人は自分の恋人なのだ。
記憶をなくす前は恋人だったとしても、今レオネは何も覚えていないんだから、トキメキが飛び散るようでもしかたがない。
「──キュータさん!」
「っわ」
レオネはキュータに抱きつくと肩に顔を埋めるようにしてギュと目を閉じた。
レオネは自分がやっぱりシェイプシフターだと思った。
こうやってこの人を懐柔しようとして、いつの間にか分裂するのだ。
「わたくしっ、が、頑張って思い出すから!!」
「ははは、頑張らなくても明後日には神官が来るよ」
「でも!頑張るから!!頑張ってなきゃわたくし、自分がシェイプシフターだとしか思えないもの!あなたをこうやって抱きしめて、次の瞬間にはきっと記憶を奪って分裂してしまうの!」
「そんな事ないよ。大丈夫」
レオネの背を数度手が撫でると、レオネは泣きそうになった。
「大丈夫何て言わせて……わたくし、今すごく嬉しかった。離れたくない。キュータさんに一緒にいてほしい。でも、それであなたが記憶をなくしたら、自分がゆるせない」
「レオネは心が綺麗だからね。でも、僕は平気だから。君がここにいて欲しいと思うなら僕はここにいるよ」
「ごめんなさい。わたくし、何も覚えてないのに、こんなのおかしいって分かってるの。やっぱりわたくしなんだわ。自分でも魔物だってよく分かってないの」
レオネが泣きそうになると、キュータは辛そうな息を吐いて何度もレオネの背をさすった。
そうしていると部屋にノックが響き、「入れてあげる?」と尋ねられ、レオネはキュータの胸の中で首を振った。
「嫌……ずっとこうしてたい……」
「じゃあ入れてあげないで良いよ。レオネのしたいようにすれば良い」
「ダメよ……!一郎太さんが目を瞑った瞬間にキュータさんの記憶を奪うわ……!だから、本当はもっと人がいなきゃよくないの。わかってる……。言ってること、めちゃくちゃだわ……。ごめんなさい……」
「ははは、いいよ。でも、君は多分わかってない」
「わかる!わかってる!!本物のレオネに悪くていやになるわ!」
そうしていると、扉がカチリと音を立てて開いた。
「レオネ〜?──あ」
キュータは抱きつくレオネの背をさすっていた手を挙げた。
「や、ロラン、カイン。ごめん、一太に開けさせなくて」
「……良いけど、キュータ君懐柔されてると記憶奪われるよ。レオネ、何にも覚えてないんだからそんな事するのおかしいでしょ」
「キュータ様記憶なくしたら大変ですよ」
レオネは一度だけギュッとキュータの体の形を覚えるようにしがみつくと、次の瞬間にはするりと腕から抜け出し窓辺に駆けてカーテンの中に隠れるようにした。
「──そうかもね。懐柔されてたかも。ごめんロラン。一太、行こうか」
「ほいよ」
キュータが部屋を出ると、レオネは寒さに自分の手の甲を抱いた。
ロランは複雑な面持ちでキュータを見送った。
「……キュータ君、責任感だけならあんなことする事ないのにさ……」
「責任感だけ、ねぇ?」
「あのキュータ君にそれ以外のものがあると思う?」
「何ともいえないね」
カインが肩をすくめると、ロランは置いてきぼりの様子のベッドに座っているレオネの隣に座った。
「どう?レオネ」
「どうも何も……わかりませんわ。どっちも可能性はあるもの」
「あっちが偽物だって言わないんだね。でも、何も覚えてないのになんでキュータ君に抱きつくんだって思う。おかしいよ」
ロランが言うと、置いてきぼりだったレオネは口を歪ませた。
「……やっぱり、そうなのかしら?ロランはそう思う?」
「思うよ……。今のレオネは自由なはずなのに」
「わたくしが自由?」
「そう、色んなこといつも必死で考えてたから。君は今自由なんだよ。キュータ君の事も忘れて、君は君の何かをやり直せる。辛かったはずだもん」
「ロランはわたくしをよく見ててくれたんですのね」
「……まぁね。伊達に三歳からの付き合いじゃないよ」
「そんなに長く?ロラン、わたくし……あなたがもしかしたら一番信頼できるかもしれない……」
「レオ──」
ロランとレオネの間にカインはひょいと顔を出した。
「ロラン、大丈夫?」
「え、だ、大丈夫だけど」
「僕にはどっちが偽物とか分からないけど、もう出よう」
「カイン、でも僕は──」
「見誤らないって言えないでしょ。はい、じゃあ、レオネ。またねー」
ロランが引きずられ始めると、レオネはカサリと手に何かを持たせた。
もう一人のレオネはカーテンの中で、外を見ているようだった。
ロランは薬学科の生徒達四名との相部屋に戻ると、ベッドの上で手の中を開いた。
「…………」
小さな手紙にはレオネの字で、「また来てね」と書かれていた。
自分は懐柔されているのだろうか。それとも、キュータが懐柔されているのだろうか。
キュータが懐柔されている側だと言うのは、あまりにも自信過剰だ。ロランはキュータがどれほどの魔法を使えるのかは知らないが、少なくとも教員達は超えているだろうに。
(……じゃあ、キュータ君が分かってるとしたら……懐柔されてるのは僕だ……)
ロランは友人達にトイレと告げて部屋を後にした。
レオネの個室へ向かう。
こんな時間では会えないと分かっているが、何となく足が向いた。
薄暗い廊下で、ランタン型の
「どうかしたかな?」
「えっと……ちょっとローランの顔を見たいな、なんて」
「明日にしておきなさい。二人で会うことになるし、時間も時間だ」
「……ですよね」
あっという間に追い返されると、背中から「──ロラン?」と声がかかった。
警備もそちらに振り返る。
二人のレオネと、レオネについて警備もいた。
「あ、レオネ」
「あら?もしかして会いにきてくださったの?」
「嬉しい。優しいのね」
ロランは思わず笑いそうになったが、自分は懐柔されていると心の中で叱責した。
警備も二名になり、レオネ達は廊下でロランのそばまで来てくれた。
「わたくし達お手洗いに。もう寝るところですわ」
「残念だけれど、また明日だわね」
「トイレ行くのに警備の人付きなんて大変だね」
「大変ですし、恥ずかしいわ」
「参りますわよね。お手洗い行きたいってお願いして、警備の方も二人は必要ですもの」
ロランは二人のレオネのトイレ事情にぽりぽりと頬をかいた。
「そ、そっか。恥ずかしいよね」
「……男性じゃ辛いわ。女性がもう少しいたら良いのに……」
「……こんなこと、当の警備の方達の前で言っちゃよくないって分かってますけど……」
レオネがぽつりとそんなことを言うと、ロランはレオネの背をさすった。
「それは……可哀想だね。先生に言った?」
「言いましたわよね。でも、やっぱり何かあった時に対処できるだけ力のある方となると女性は多くないって」
「……どのくらいの時間がかかったとか思われたらわたくし……わたくし……」
「ち、ちょっと。そこまで言わないでくださいませ!」
「だ、だって」
「だめよ!やめて!」
警備二人は苦笑して目を見合わせ、一人のレオネは羞恥に顔を両手で隠した。
その時、ロランが背をさすっていたレオネとパチリと目が合い、どきんと心臓が跳ねる。
このままレオネの記憶が戻らなかったら、この子はそれでもキュータを選ぶのだろうか。
などと、一瞬頭をよぎり──レオネの顔がバッと開き、真っ赤な花が咲いた。
口は裂けるように吊り上がり、顔面が割れて裂いた花のあまりのグロテスクさに息を飲む──間もなく、ロランはドタリと倒れた。
ヒロインは記憶を失わなければならない……というとこは、ロランはヒロイン……?
花、顔なんですね。手の中とかじゃないんだ
次回明後日!
Re Lesson#36 自由を手に入れて