眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#36 自由を手に入れて

 ドタンと音が鳴ると、レオネは顔を覆っていた手を退けた。

「──ロラン?ロラン!?」

「ど、どうしましたの!?ロラン!ロラン!!」

 気まずそうにしていた警備達はハッとロランに駆け付け、持っていたランタン型の永続光(コンティニュアルライト)を掲げ──二人のロランが倒れていた。

 

「ん……あれ、僕……え……?ここ、どこ?」

「君たちは……?あれ?えっと……僕は……?」

 レオネはハッと息を呑み、もう一人のレオネを見た。

 もう一人のレオネは戸惑いながらロランを見た後、レオネを見た。

「あ、あなた……ほ、本当に……魔物ですの……?」

 そんなことを言われるとゾッと背筋が冷たくなった。

「あなたこそ!ロランになんてことを!!」

「わたくし、わたくしやってないわ!」

「わたくしだってやってないわ!!」

「でも、わたくし達一緒にいたのに!!」

 どの部屋の扉も開き、同じ顔が二つ並んでこちらを見てくる。

 レオネはここまで、この相手のことを魔物だと強くは疑わなかった。キュータを手に入れたいと思った自分の感性こそ魔物であると思った。

 だが、これは──。

 

「き、君たちは部屋に戻って!!先生方を呼びましょう」

 レオネ達は部屋に押し込められ、外からガチリと鍵をかけられた。

「……そんな……ロラン……」

 背中から自分の声がする。

 レオネは恐ろしさに呼吸が浅くなるのを感じた。

「あ、あなた……やりましたのね……」

「あなたこそ!」

 

 もう一人のレオネは自分のベッドの上の毛布を掴むと部屋の一番端まで駆けて行き、怯えるように床に座って膝を抱えた。

 人間にしか見えない。レオネは気付かぬうちに自分がロランをああしたのかと一瞬錯覚するほどだった。

 だが、見ていなかったがレオネは確かにやっていない。

 レオネもベッドから布団を取ると、もう一人のレオネと対角線、一番遠いところで膝を抱えた。

 

(……恐ろしい……。宿主に手は出さないと言っていたけれど……キュータさん……!)

 

 レオネは抱えた膝に顔を埋め、心細さに泣いた。

 

+

 

「ロ、ロラン……」

 朝食を摂り終わった授業前、ナインズはレオネの隣の部屋で頭を抱えた。

 そこには「こんにちは〜」「はじめまして〜」ととぼけたように手を振るロランが二人いた。

 朝食の時、仲良くしていた者達にはロランが襲撃された旨を教員が伝えに来てくれた結果だった。

 

「おいおい、レオネがやったんだろ?すげーな」

「レオネがやったって言うべきなの?」

 ワルワラとカインが人ごとに言う。

 

 ナインズはロランにどちらが本物なのか言っておくべきだったかと思ったが、今ナインズがレオネを見分ける方法は祈りの糸が伸びているかどうかだ。そんなものは誰にも見えないし、ロランが一人でたまたま廊下で会ったなんて時には通用しない。

 例え本物にルーンを新しく書いて「こちらが本物」と言っておいたとしても、それをまた真似られでもすれば混乱は深まっただろう。

 それに──レオネを抱きしめるナインズを見たロランのあの目を前に、「この子が本物だから僕は抱きしめているんだよ」とは言えなかった。ナインズはできることなら、ロランとレオネにうまくいって欲しいと思っているのだから。

 ナインズのできないこと、与えられないものを彼はきっとレオネにたくさん与えてやれる。大切に育んでくれるだろうし、いつか二人の子供に会わせて貰って、レオネの子が泣く夜には心の落ち着く魔法を祈りに送ってやる。

 とにかくレオネを幸せに──そう思うのだから。

 

「ロランの気持ちまで弄んで……」

 

 ナインズがレオネを模した生き物に怒りを募らせる中、ロラン達は照れくさそうに笑った。

「僕、やっぱりそのシェイプシフターとかいうのに弄ばれたの?」

「恥ずかしいなぁ。ははは。隣の部屋のレオネって子だよね」

「気をつけてよロラン〜……。昨日君はキュータ様が引っかかるんじゃないかとか言ってたくせに、結局自分が引っかかってるじゃないか〜」

「単純野郎だなぁ。スズキよりお前の方がそりゃ引っかかりやすいだろ」

「そ、そうなんだ。いやぁ、参ったなぁ」

 カインとワルワラに小言をあれこれ言われるが、穏やかなロラン達はあまり気にする様子もなく笑いながら頭をかいた。

 

「うーん……。一太、レオネの所行こう」

「あ、はい。二人とも、俺ら隣行ってくるわ」

「スズキ、お前記憶なくなったらいじり倒してやるからな!レオネの姿の魔物にもてあそばれたって!」

「そうなったらキュータ様、相当恥ずかしいですよ〜。ロランはいいけど、首席が魔物にほだされたって言われますからね」

「ははは、怖い怖い。気をつけるよ」

 ワルワラとカインに手を振り、一郎太と部屋を後にする。

 

「レオネんとこの奴、やってくれちゃいましたね」

「ほんとにね。警備もいたのにどっちのレオネがやったか分からなかったなんて馬鹿げてるよ。目撃したはずのレオネが少し心配だ。記憶は取られてないみたいだけど」

 教員に確認はしなくとも、レオネの祈りはちゃんとある。

 レオネは記憶を失っていないはずだ。

 

 ナインズはすぐに隣の部屋の扉をノックした。

「レオネ、僕だけど。キュータ」

『──キュータさん……?あ、キュータさん!だめ!入らないで!』

『いけないわ!!』

 妙に鬼気迫る声に一郎太と目を見合わせた。

「……レオネ?大丈夫?」

『あの人、昨日ロランのことを襲ったの!』

『それはあなただわ!危ないから入らないで!』

『危ないのはあなたよ!』

『やめて!もう聞きたくない!!』

 レオネの精神状態が悪いことを確信すると、ナインズはもう扉を開けた。

 

「レオネ、悪いけど入るからね?」

 中に入ると、何もない二台のベッド。

 部屋の右端にはレオネ、左端には糸の伸びるレオネが床に座っていた。それぞれ布団や枕を部屋の隅に集めて鳥の巣のようにして過ごしていた。

「だ、大丈夫?」

 二人は一斉にナインズに駆け寄って来た。

「キュータさん!一郎太さん!本当に危ないわ!昨日、信じられないくらい一瞬だったの!目を逸らした次の瞬間にはロランが倒れてて、それで──」

「やめて!目を逸らすなんておかしいわ!わたくしは見てたんだから!あなた、キュータさんまで記憶を奪おうっていうの!?」

 レオネ達が部屋の外へナインズと一郎太を押し戻そうとしていると、一郎太は「ど、どっち?」と困ったように視線を投げた。

「こっちだよ」

 二人のレオネは今のやり取りが本物を指すものなのか、偽物を指すものなのか分からず戸惑いの底に落ちた。

 

「キュータさん……」

「キュータさん……」

 

 二人が静かになると、ナインズは()()()のレオネの肩を叩いた。

「──レオネ、少しおいで」

 レオネの背をおしてレオネの巣のそばの窓辺に行くと、レオネは何度も目元を拭った。

「き、キュータさんも困ってるって分かってるけど、でも、わ、わたくし──本当にわたくしじゃないの」

「わかってるよ。大丈夫」

「キュータさん……」

「不安だったね。レオネ、昨日はこんなところで寝たの?」

「そ、そうですの……。ロランを襲ったと思ったら恐ろしくて、少しでもシェイプシフターから離れようと思って……」

「……眠れなかったんだね。可哀想に。本当にごめんね」

 ナインズが抱きしめると、レオネはナインズのシャツをギュッと握りしめて頷いた。

 

「──キュータさん、本当に離れた方がいいですわ……。そうやって昨日もロランは……」

 もう一人のレオネが言うと、ナインズは祈りの糸の伸びていない魔物のレオネにため息を吐いた。

「……レオネの格好されてると怒るもんも怒れないな」

「では……わたくしが本当に魔物なの……?」

「ごめん。もうその物言いもやめてくれる?もう僕はレオネの見分けがついてるんだから。君のこと消さないのは今の立場だけの問題なの」

「……そんな……。わたくしが魔物だなんて……。でも……あなたがおっしゃるならきっとそうですのよね……」

 今にも泣きそうにレオネが小さくなって震えると、ナインズの中をチクチクチクチクと針で何度も刺されるような嫌な感じが無数に襲った。

 

 そして、レオネはナインズを見上げた。

「……キュータさん……どうして分かりますの……?どうしてわたくしを信じてくださるの……?」

「君の祈りが届いてきたからだよ。なんて、今の状態で言われても意味がわからないと思うけど、とにかく君は僕を信じて。君は本物のレオネだ。僕には分かってるから、もう心配しないで」

「……キュータさん……」

「……キュータさん……」

 二人のレオネの呟きに乗る感情は正反対だ。

 レオネは安心したように目を閉じた。

「すごいわ……。わたくしもシェイプシフターも同じようなことを言っているのに……分かって下さるなんて……」

「すごくないよ。すごかったら君をこんな目に遭わせなかった。ごめんね」

 首を振ると、レオネはナインズを見上げ、その両頬を包んだ。

「レオ──」

 名前を呼び切る前に目を閉じたレオネが踵を上げ、レオネの唇はナインズの唇に触れていた。

 ドクンと胸が跳ねる。

 一瞬で血流が信じられないほどに早まり、顔を赤くしていくのが分かる。

 当のレオネの顔も真っ赤で、一郎太は照れくさそうに目を逸らした。

 ナインズの頭の中に、「やめさせてやらないと後でレオネが傷付く」と「油断させたところに時忘れの草を嗅がせ、さらに分身を作る」と言う言葉が過ぎる。

 ナインズは目を閉じると同時に剣の縛めをするりと解いてツカに手をかける。

 レオネの感触も、この香りも、恋しくてたまらなかった。

 ツカに触れていない手でレオネの頭を支えてやるように引き寄せた。

 柔らかい髪の中に手が絡まる。

 触れてくれていた唇をはむとレオネは震えた。

 ナザリックに連れ帰って閉じ込めて、毎日レオネの祈りだけを聞いて生きて行きたい──と思ったところで、やっぱりこれは恋だとナインズは思った。

 本当はロランのところに嫁になんかやりたくなかった。

 

 ふと、横から肩に手が触れた瞬間ナインズはレオネから離れた。

「──最初からその姿でいろよ」

 そこには女の顔が八方向に裂けるように開き、肉のように真っ赤な花を覗かせた生き物が立っていた。何故ナインズが記憶を失う様子がないのか不思議そうだった。

「ぷぁふぁ?」

「ぇ──?」

「見ないで」

 レオネからそれが見えないようにレオネの顔を自分の胸にギュッと押し当て、抜いた剣はそのまま無抵抗に花を咲かせた女の脇腹から肩口を両断した。人間の体が切られる瞬間も、人間の顔が割れて花になったものも、レオネにはとても見せられない。

 ズルリと体が二つに分かれて崩れる。

「っぐぼっびっ」

 姿を維持できなくなったシェイプシフターは顔が花のまま根の塊に戻り、数度ジタバタすると、ナインズを指さし魔法が籠る。ナインズも腕輪を抜こうとし──

 

「<最後の姿真(ラスト・シェイプシ)──」

「──<(デス)>」

 根の姿が揺らめこうとした瞬間の出来事だった。

 廊下から放たれた超高位の魔法にナインズは瞬いた。

 

「父さ──いや、えっと……」

 入り口で目を逸らして鼻の下をかく一郎太の横に、アインズとフラミー──いや、鈴木と村瀬はいた。

 ナインズは記憶のないレオネを前に、父をなんと呼べば良いのか分からなかった。

「邪魔したな。根の体を切ってもアストラル体は切れていなかったから、ついな」

 非実体のアンデッドは通常武器は効かない。

「……お二人とも声かけてくださいよ」

 鈴木と村瀬は目を見合わせると首を傾げた。

「なんで?」「どして?」

「……なんで、どうして、じゃないです……」

「決して覗きじゃないぞ。せっかくシェイプシフターを油断させてたんだから声なんかかけない。ねぇ、村瀬さん」

「ですよねぇ、鈴木さん。それに、近寄るのは一人づつってルールですし。──さ、先生呼ばなきゃね。ちょうど襲おうとしてきたところでたまたまうまいこと倒せましたよ〜って」

「顔に花が咲いてる状態ならどうやって見分けたとかも言われないですしね。行きましょうか」

「はーい」

 アインズもフラミーもぴゅっと顔を引っ込めた。

 だが、立ち去る前。

「よくやったぞ」

 アインズは一郎太の頭を撫でてからもう歩き出しているフラミーの後を追った。十六で悟りを開くのは早すぎる。

 一郎太は懐ききった子犬の顔で笑ってから、また扉の枠に背を預けた。

 

「っぷは!倒しましたのよね?」

 レオネがナインズの胸から顔を離して根の塊を見下ろし、ナインズは鞘へそっと剣を戻した。

「……さっきの人がね。──っわ!」

「やりましたわね!」

 レオネが飛び付くと、ナインズは数歩後ずさるようにして窓辺に背をぶつけた。レオネの体重程度でふらつく体ではないが、精神的動揺がナインズの足腰をバカにしていた。

「いてて」

「ふふ!ごめんなさい!でも、嬉しくって!」

「うーん、記憶のない君は随分自由だなぁ」

「あら、自由だの何だのって、ロランもそっちのわたくしに言ってましたわ」

「僕は何でも構わないけど、君が後で後悔するんじゃないか心配だ。僕のせいでこうなってるんだし、僕は今の君が過ごしやすいことが一番だと思ってる。望むようにしてあげたいってね。だけど……さっきのは流石に予想外だった」

 ナインズは手の甲で唇を隠すようにすると目を逸らした。

「……キスのこと?」

「……うん」

「わたくし達、初めてでしたの?」

「……そりゃそうでしょうよ……」

 

 ナインズがたまらなくなって窓辺に腰掛けて外を見始めると、レオネが横から覗き込んできた。

「……ダメでした?」

「……いや、さっきも言ったけど、僕は何でも構わないよ。だけど、君は後で後悔する。先に謝っておく。ごめん、止めなかった。気付いたらもう触れてたってのもあるけど、僕も止まらなかった」

 

 ナインズがわしわしと頭をかいていると、覗き込むレオネは自由な笑顔を見せた。

「きっと全てを思い出したら、わたくしはわたくしに感謝しますわよ。自由な今、あなたの唇を奪ったわ。ふふ、よくやったわ、レオネ」

「自由すぎだってぇ」

「わたくし、全部忘れられて良かったわ!」

 それを聞くとナインズはピキリと固まった。幸せそうなレオネの横顔は本当に何の障害もなさそうで美しくて、眩しかった。

「……レオネ。僕の事はもう思い出さない方が良いかもしれない」

「──どうして?」

「もう不自由な君に戻らないで済むよ。皆もう忘れて、君は君のあるべきだった人生を歩めるようにしたっていい。僕と関わって……僕が変えてしまった君を捨てるんだよ」

「そんな事聞いてませんわ。どうしてそんなことを仰るの?」

「君はあんまりにも無欲だった。君は綺麗すぎたんだよ。でも、そうじゃない本当の君の十六っていう歳を謳歌したっていいんだ」

 レオネはおかしそうに笑った。

「わたくし、綺麗で無欲でしたの?」

「そうだよ……。君は綺麗すぎたんだ……」

「ふふ、嘘みたい。でも確かに、もし本当にそうだったとしたら、きっとあなたがそうさせたんでしょうね。わたくしを導いたの。わたくしは、そうなれるならなりたいわ」

 レオネの瞳を覗いた夜の言葉にナインズは目を丸くした。

「わたくしをあなたが美しいと思うものにして。わたくしを変えて」

「……楽じゃないよ?きっと。僕は君にまた求めてしまう」

 祈りを捧げてほしいと、何度でも彼女に跪いて光を求めるのだ。

「いいの。わたくしは何度あなたを忘れても、きっとまたあなたに恋をする。だから、構わないの。結局同じ道に戻るんだから、わたくしは全てを取り戻して、あなたのそばにいるわ」

「き、君、そんな……恋だなんて……」

 

 一郎太がピューゥと口笛を吹く。

 ナインズは自由な言葉達に胸を抑えた。

 きっと、全てを思い出したレオネはそう言わないし──ナインズも望めない。

 ナインズの望みは、彼女が望む「神官になって人を救う」と言う望みを応援することと、彼女が心から休める幸せな場所を見つけることだ。それが、ナインズの全てを救おうと受け入れて祈ってくれる彼女にしてやれることだ。

「いけません?」

 ナインズは一度深呼吸をした。

「──ううん、ありがとう。思い出してから、今のことも含めてやっぱり忘れたいって言っても良いんだからね。僕から言えるのは、君が幸せなのが一番だって事だけ」

 顔を真っ赤にしたレオネは幸せそうに笑うと、窓辺に座るナインズの太ももにちょんと手を付いて顔を寄せた。

 頬に唇が触れて離れる。

 ナインズはすぐに離れたその感触のあたたかさを追うように自分の頬に触れた。

 レオネの全てがあたたかくて、息苦しい。

 焼き尽くされてしまいそうだった。

 

「──コホン、ミス・ローラン?スズキ君?」

 

 ふと、そんな無粋な声がした。

 扉の方を見ると、ミズ・ケラーとクレント教諭が入って来ていた。それどころか、カインとワルワラがニヤニヤして中をのぞいている。

 隣で一郎太は両手を合わせて「キュー様ごめ〜ん」と言っていた。

 

「スズキ君がシェイプシフターに時忘れの草を生やさせる事に成功して一体討伐したと報告を受けましたよ。助かりました。その腰のものも縛めが解けていますね」

「あ、えーと、はい」

「この魔物の亡骸はこちらで回収します。──ミス・ローラン」

「はい!」

 レオネはナインズの隣でいい返事をした。

「記憶がないとはいえ、あなたはもう宿主だけになったので今日から相部屋にお戻りなさい。他の部屋には当然まだシェイプシフターがいますから、ここは危険です」

「まぁ……相部屋ですのね。知っている方達だといいんですけれど……」

「ヨァナ・ラングスマン、ルイディナ・エップレ、ファー・エバタと同室です。安心なさい」

「あ、皆お友達になれた子達ですわ。ありがとうございます!……でも、キュータさんはいませんのね」

「当然です。男子ですし、彼は特進科、あなたは信仰科ですよ。あなた達二人は前からそう言う関係のようですが、ゆめゆめ節度は守るように。ここは学院の校舎ではありませんが、記憶がないとはいえ学業の場所です」

「あ、も、申し訳ありませんでしたわ」

 ミズ・ケラーは厳しい視線を緩めると丸い笑顔を作った。

「──ですから、ちゃんと見つからないようになさい」

「え、いや。それってどうなんですか」

 ナインズが言うのを無視し、ミズ・ケラーはクレント教諭の出した<浮遊板(フローティング・ボード)>に<浮遊(フローティング)>の魔法を使ってシェイプシフターの体を乗せた。

 上から布をかけ、どことなくグロテスクだった体は見えなくなった。

「では、皆授業に遅れないように。これは今日の全科合同の授業に使います。行きましょう、クレント教諭」

「はい。──スズキ君、また後で」

 

 教師達が部屋からいなくなると、外から様子を見ていたカインとワルワラは部屋に飛び込んだ。

「──レオネ!ほっぺにちゅーって!君意外と大胆だね!?」

「スズキ!お前、兄貴のいい影響受けてんじゃねぇか!!」

「い、いや。二人とも落ち着いて。今のは感謝とか……なんか、こう、あるんだよ」

「そう言う雰囲気でした!?」

「そ、そうだよぉ。ねぇ、レオネ」

 レオネは恥ずかしそうに頬を染めると、せっせとノートやら筆記用具やらを準備して抱えた。

「もう!いいから!皆様早く授業行きますわよ!」

「お、なんかレオネっぽいこと言ってるな」

 一郎太が笑う。

 

 皆ぞろぞろと部屋を後にすると、レオネはもう一度自室に振り返った。

「──どした?忘れ物?」

「……いえ。きっとここの部屋を、一生のうちに何度も思い出すんだわって思いましたの」

 レオネが微笑むと、ナインズは苦笑した。

 

「思い出すたびに僕は怒られそうな気がするよ」

 

+

 

 宿泊棟と貯水地の間の広い庭──空き地ともいう──に生徒達は直接地面に座らされていた。芝とも雑草ともつかない草がお尻を迎えた。

 

 レオネは友人三人に囲まれると、赤い頬を抑えた。

「──ずっと、わたくしを本物だと言い続けてくださってたの……」

「そ、そうなの!?首席、すごすぎるわね!?」

 ファーは簡易の壇上で、シェイプシフターは全員が目を逸らした一瞬の隙に襲ってくる事と言うことを話すキュータを見上げた。隣にはミズ・ケラーがいて、信仰科に出張して来ていた時のことを思い出させた。

 クレント教諭が生徒達に代わる代わる遺骸を見せていた。

 ヨァナの視線は少しずれ、近くにいる一郎太に吸い込まれている。ルイディナは「それはそうだよね。うんうん、首席くんなんだから」としたり顔で言っていた。

 

『剣だけではシェイプシフターは倒せませんでした。ただ、時間を稼ぐことはできるように思います。この個体は体を二つにされた時、操作する肉体部分との接続不良と、それに張る幻覚の操作が難航して混乱していたように思われます。痛みを感じる様子と言うより、肉体とアストラル体の情報伝達機能の回復をしようともがいていました』

『素晴らしいですね。短い時間で本当によくやりました。今回宿主とシェイプシフター、違いはありしたか?』

『僕がシェイプシフターに触れることはありませんでしたが、恐らく触り心地まで操作されているので見た目や話し方、触れたりした所で違いはありませんし、見極めは困難かと思います』

『やはり、文献通りですね。他の宿主達が未だ友人達とのやり取りを通して宿主を見極められていない所から言っても下手に目を離すことは危険です。明日には生死の神殿と大神殿より神官、それから陽光聖典が来て討伐となりますが、残り一日とは言え皆さん気を抜かないように。スズキ君、ありがとうございました』

 

 すごいねぇ、良かったねぇ、と周りが話し、レオネは若干の注目に照れくさそうに肩をすくめた。

 そして、キュータが壇上から降りてくるとそちらへ手を振った。

 キュータは軽く手を振り返すと、特進科の者達の中で「まぐれだよぉ」と言って困り顔になっていた。

 だが、レオネはわかっている。

(恋人を想う力って偉大なのね……)

 ほぅと甘い息が漏れてしまう。

 

 ──とにかく君は僕を信じて。君は本物のレオネだ。僕には分かってるから、もう心配しないで。

 

 あんな事を言われては全てを差し出す気持ちにならない方がおかしい。

「……王子様って本当にいるんですのね」

「王子様にもほどがあるわよ……。でも本当に何でわかったのかしら。ずっと本物だって言ってたなんて。実は何かアイテムとか、見破る方法があるのかしら?本当はここにいるシェイプシフター達全員のことを見破ってて、公表してないだけで明日を待たずに討伐するつもりだったりして」

「……そうなのかしら?」

「分からないわ。でも、そうだったらシェイプシフターを明日まで大人しくさせておけるし、大人しいうちに討伐させられるじゃない?」

 なんてね、と言おうとしたところで、ふとファーの体が浮いた。

 

「──え?」

 

 後ろには片手同士を繋がれた同じ顔の生徒。うち、片方がファーの首根っこを持ち上げていた。

 生徒の顔はバリッと開き、肉なのか花なのか分からないものが咲いてファーの顔を覗き込んだ。

「フ、ファー!!」

 次の瞬間ファーからふっと力が抜け、目撃していた者達が叫び声を上げる。

 顔に咲いた花の中心からはズロロロ……とカカオのような実が出てくると、それはまるで出産された赤ん坊のようにぼとりと落ち、パカリと開いた瞬間中から真っ白い根が一気に人型を形成し、瞬きの内にファーの姿になった。

 繋がれている生徒はシェイプシフターに引き摺られるようになり、今生み出されたファーが口を開いた。

 

「──明日ヲ待タズニ消サレテタマルカ」

 

 怨みが籠る声で言うと、顔に花を咲かせて近くにいた者を三人いっぺんに捕まえて顔からズルリと次の分身達を吐き出した。

 記憶を無くした宿主達はわけもわからず地面にへたり込み、悲鳴の上がる場所で不安そうに辺りを見渡していた。

 悲鳴が悲鳴を呼ぶ。

 レオネは何とか目を覚ましたファーを抱きしめ、顔を青くして呼吸を忘れてしまいそうになった。

 そして、ファーは地獄絵図にレオネの首に縋った。

「こ、ここはどこなんですか!?何が起こってるんですか!?

「フ、ファー!大丈夫、大丈夫だから!!あなたが宿主だって、わたくしちゃんと分かってますわ!」

「──っひ!」

 ファーが見上げる方にレオネも顔を上げると、そこには三日月のような笑みを浮かべた花の咲いた顔がいた。

(──また奪われる)

 この記憶もまた奪われる。

 明日には思い出せるとしても──いや、これだけの人数がこうなっては明日思い出させてもらえるとも限らない。

 今こうしている間にも次々と顔を咲かせた──いや、裂かせた者達が駆け回り次々と増殖していく。

 

 レオネがファーを抱きしめてギュッと目を閉じると──「<太陽光(サンライト)>!!」

 辺りに眩い光が放たれた。第三位階の信仰系魔法。

 相手の目をくらませると共にアンデッドにはダメージを与えるはず。

「──レオネ!ファー!」

「キ、キュータさん!!」

 抜剣。動きを止めたシェイプシフターの首を即座に薙ぎ払い落とす。

 キュータはそれを指差し、「<星幽界の一(アストラル・スマ)──く、いや、こ、これは──」

 何かを躊躇ううちに首を落とされてのたうち回っていたシェイプシフターはキュータを指差した。

「<最後の姿真似(ラスト・シェイプシフト)>」

 その体がキュータと全く同じものになると、レオネは息を呑んだ。実から変化する時には魔法を唱えなくても人になっていたが、こうして一度倒れた後も魔法さえ使えば誰かの姿になるのかと。

「──キュー様!!」

 一郎太が叫びながら駆けてくる。

「一太!僕がわかるか!!」

「一太!僕がわかるか!!」

「わかるに決まってんでしょ!!」

 高く飛んで手を振り上げた後、一郎太の手はドボッと音を立ててキュータの姿をしたシェイプシフターの胸を突き抜けた。ドボドボと血が落ちていくと、レオネはギュッと目を閉じた。

 シェイプシフターは血を吐くと苦しそうに呟いた。

「っい、いちた……ぼくは……」

「気色悪い真似すんなよ」

 胸に刺さったままの腕を持ち上げブンっと体ごと捨てる。

「<聖なる光線(ホーリーレイ)>!」

 キュータから放たれた光の矢が突き立つと、シェイプシフターは「ゔぉ」と声をあげて倒れたがまだ人の姿を保つだけの余裕があるようだった。

「い、いちた、いちた……」

「僕を真似るな。──<神聖なる光線(シャイニングレイ)>」

 ドスンと太い光が突き立つと、そこでようやく根の姿に戻ってシェイプシフターは動かなくなった。

「あいつ、あれしか聞いたことないせいで馬鹿の一つ覚えでしたね」

「本当だね。そんな事より、位階が低くて一撃でいかないな」

「物理がほとんど役に立たないし……面倒なことになりましたね」

 辺りには花の顔を畳み、蹲った後人間の顔をしてパニックに乗じて紛れ込むシェイプシフターが大量にいた。

 

 すぐそこでルイディナが迫った花の顔をしたシェイプシフターに第一位階の<睡眠(スリープ)>を掛けるが、操作体はアンデッドなので効かない。

 聖騎士見習いの剣を抜いたヨァナは手が震えるせいであっという間に剣を落とした。魔物だと理解していても、訓練をしたところで人の体を貫いたことなどないのだ。

「──もー!あいつバカか!」

 一郎太は目の前の、人かシェイプシフターか分からない者を避けるように高く飛び上がり、着陸ざま花の咲いた脳天に踵を落とした。

 花ごと顔が二つに左右に割れると、人間の体が揺らめいて消える。根の集まる気色の悪い体が晒された。

「ッグげ」

「この見た目ならお前でも切れるだろ!?」

「で、でも、ミノさん。剣じゃ倒すことはできないって首席も──」

 ナインズも光の弓をぎりりと引き絞り、根へ向かって矢を放った。

「<聖なる光線(ホーリーレイ)>!──ヨァナ!君<聖撃>使えるだろ!それなら多少は効く!!」

「やれ!お前ならできる!!俺にはできないから倒せない!」

 一郎太が剣を拾い、ヨァナの震える手に握り込ませる。

「……怖いか?できるだろ?」

 ヨァナは頷いた。

「あ、あったりまえ!やったるよ、ミノさん!武技──<(はやて)の加速>!」

 低位の武技を発動させ、一郎太の姿になろうと一郎太を指差すシェイプシフターに向かって踏み込む。そして、突きだ。

 心臓目掛けて突き出された剣が肉体に食い込んだ瞬間、ヨァナは聖なる力を炸裂させた。

「──<聖撃>!!」

 聖騎士が得る初歩的な特殊技術(スキル)にシェイプシフターは電流に襲われたようにガクガクと体を揺らした。

 

 周りでも第三位階まで修得する信仰科の教員達が<太陽光(サンライト)>を放つ。顔に花を咲かせている者はダメージを追い足を止めるが、完全に姿真似をしている者達にはそれは届かないようでもはやどれが人間でどれがシェイプシフターかわからなかった。

 

 そして、「キャーー!!」一人の叫び声が甲高く響いた。

「た、助けて!!違うの!!私、私本当に人なんです!!」

 キュータはその聞き知った声にバッと振り返った。

 怯えるその声は交流会でエ・ランテル校の優秀者として共に踊ったアンリエッタ・コルトレーンのもので違いない。

 だが、顔に花を咲かせている。ではあれは──と思うが、彼女から伸びる祈りの糸を掴んだ。

『──助けてください、神様!!』

 その瞬間、アンリエッタに向かって杖を向ける男子の前に身を踊らせた。

「──やめろ!!彼女は幻術をかけられてるだけで本物だ!!やめろ!!」

「き、君は首席君!?見分けはつかないって君が言ったのに、なんで分かるの!?」

 レオネをダンスに誘いに来ていたバレアレだった。

「っ──バレアレ君!これは確かにアンリなんだ!!」

「絆されると君も記憶を奪われるよ!?」

 アンリエッタの花の下には涙がいくつも伝っていた。抱き寄せてやると、アンリエッタはキュータの胸にすがり──キュータはハッと大切なことに気がついた。

 

「キ、キュータ君!キュータ君!!」

「バレアレ君!これは下位の幻術だ!!触ればそこに花がない事がわかる!!」

 キュータの手はアンリエッタの顔を撫で、花に触れる事なくすけて埋まった。

「な、なるほど!分かったよ!」

 そして、キュータの後ろから声がした。

「──<下位幻術付与(レッサーグランドオブヴィジョン)>」

 次の瞬間、バレアレの顔がバッと花として咲いた。

「う、うわあぁ!!」

「ックソ!!──<聖なる光線(ホーリーレイ)>!!」

 背後の祈りの糸のない者へ弓を引き絞り放つ。もちろん一撃で倒れることはなく、周りでも似たように人だか人じゃないのか分からない混乱が発生し始め、キュータは舌打ちをした。

「──ここにもいたぞ!!」

 ふと、そんな声と共にバレアレの腕が<魔法の矢(マジックアロー)>で貫かれた。

「っあぁ!!」

「バレアレ君!──や、やめろ!止まれ!!」

 

 何が起きているのか理解した教員達から『攻撃をやめて!!』『全員地面に座りなさい!!』『伏せなければシェイプシフターと見做します!!』と声が聞こえてくる。

 皆パニックになりながらも座り込む。

 そこには花を咲かせた者も、人の顔をした者も集まっていたが、皆そばにいた友達一人信用することはできない状況に陥っていた。

 

 女子の啜り泣く声が響く。

 キュータは姿勢を低くしたままアンリを連れてバレアレのそばに寄った。止血するために傷口をギュッとハンカチで縛り上げ、痛むのか「ふぅー……!ふぅー……!」と息を吐いていた。

「バレアレ君、痛かったね。今治してあげるから」

「し、首席君……ッうぅ。ぼ、僕、低位だけど、ポ、ポーション持ってるんだ。三本……。昨日……ッアァ……ゥ……授業で作ったやつ……」

「それは僕が離れた時に使うといいよ。何かあった時のためにとっておいて。──<中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)>」

 バレアレの腕があっという間に治る。止血のために縛り上げていたハンカチをそっと解いてやると、バレアレは冷や汗を拭い、頭を下げた。

「うぅっ、ありがとう。ありがとう」

「大丈夫だよ。すぐに全部収まるからね」

 抱き寄せてやり、背中を撫でるとぐすりとバレアレは鼻を鳴らした。

「首席君……──スズキ君。本当にありがとう」

「キュータ君、でも……私達どうしたらいい……?」

 顔に花を咲かせたままのアンリエッタにキュータは微笑んだ。

「アンリもバレアレ君も、自分の顔のこれが低位の幻覚だって周りから分かるように、顔に触れていて。手が透過されて埋もれるのを見れば、皆君が本物だって分かるからね」

 それぞれバレアレとアンリエッタの手をとって頬に沿わせてやる。

「わ、わかりました」

「わかったよ」

 二人が両手を花の中に埋めると、周りからは明らかな安堵の息が漏れた。

 

 キュータは首を長くし、離れてしまった一郎太とアイコンタクトを取った。一郎太はヨァナとレオネを大切に抱き寄せていた。記憶のないファーを抱えるワルワラと、リッツァーニと手を取り合うカインも見える。

(向こうは平気そうだな……)

 

 教師達は天使を召喚すると、声を張った。

『信仰科で治癒が使える者、特進科で治癒が使える者、薬学科で試作ポーションを持っている者は立ち上がりなさい!』

 キュータとバレアレを含め、ぞろぞろと何人かが立ち上がる。

『近くにいる負傷者に第一位階の治癒魔法── <軽傷治癒(ライト・ヒーリング)>をかけて下さい!』

 だが、皆それをためらった。アンデッドには治癒魔法でダメージを与える事ができる。これでシェイプシフターを引けば、それが暴れ出すとしか思えない。

 その心配は教員達にも伝わっているようだった。

『残念ながら一度程度の治癒でシェイプシフターは消滅させられませんし、痛みも感じません!彼らは増える事と人を争わせる事が目的です!!今こうして大量に紛れ込むことに成功した今、一度程度の回復でダメージを負っても、彼らは治癒されたふりをして人の真似を続けます!!心配せずに、とにかく負傷者を癒すのです!!』

 納得の声が上がる。

 

 キュータはキョロキョロすると他にもいる手近な負傷者に治癒を施した。

 転んでしまったとかそう言う傷まで入れると負傷者は多い。

「── <第三位階天使召喚(サモン・エンジェル・3rd)>」

 キュータの上に天使が出る。

「負傷者を回復しろ。<軽傷治癒(ライト・ヒーリング)>でいい」

 天使が深々と頭を下げて仕事へ向かう。

「す、すごい」

 バレアレや周りの生徒達から感嘆が漏れ出た。

「キュータ君、なんでもできるんですね……」

「いや、そんな事はないよ。──アンリ、バレアレ君、僕はここを離れるけど大丈夫かな」

「うん。僕はもう平気。僕も向こうに行くね」

「え、あ……あの……キュータ君……、そばに……いて下さい……」

「ん。じゃあ、君はおいで。バレアレ君、また」

「またね!」

 手を振り合い、アンリの手を引いて回復をかけて行く。

 多くの回復者の魔力が尽きる中、キュータは散々回復をかけた。

 粗方それも終わると、天使が戻ってくる。

 

 キュータは一郎太のそばに戻り座った。

「──キュー様、お疲れ。そっちのは?」

「あぁ、花で顔が見えないもんね。こっちはエ・ランテル校のアンリエッタ。大丈夫、人間だよ。不安だって言うから連れてきた」

「す、すみません……」

 アンリエッタは肩を落としたが、ヨァナとレオネが肩をさすった。

「怖かったよね。私も怖くて剣落としたよ。私はヨァナ」

「そんな風にされたら当然ですわ。わたくしは──」

「ありがとうございます……。あなたはレオネ・チェロ・ローランさんですよね。キュータ君が解放した宿主の」

 授業を受けていたのだからアンリエッタは即座に答えた。

「はい。そうですわ。よろしく。あちらは記憶を落とされたファーと、森司祭(ドルイド)のルイディナ」

「よろしくお願いします」

 

 女子達が自己紹介を進める中、キュータは一郎太に耳を寄せた。

「そっちの後ろ、シェイプシフターかもしれない。ただ信仰がないだけの子かもしれないけど」

「──分かりました。祈りが見えない?」

「うん。気を付けて。一太にはこれを渡しておく。──(ダガズ)(ギューフ)(イング)(ガー)

 抜いた剣の刀身にルーンを書き込んでいく。もはやインクなどは必要ない。書こうと思えばどこにでもこの光の軌跡は──神の生み出した字は焼き付ける事ができた。

 皆それを覗き込んだ。

「こ、これは?」

 アンリエッタが尋ねるが、キュータは答えなかった。ワルワラもジッとその手元を見ていた。

「<魔法蓄積(マジックアキュムレート)善なる極撃(ホーリー・スマイト)>」

 刀身にドッと光が宿り、ワルワラは魔眼を思わず覆った。

「ック──!!」

 カインが「え、え?キュータ様?」と戸惑うように刀身とキュータの顔を見比べた。

 カインの戸惑いの理由はその魔法の位階にある。普通は聞いたこともない魔法だ。

 

 キュータは第七位階の魔法を込めたそれを一度鞘に戻すと一郎太に渡した。

「一太──一郎太。記憶を取られるなよ。魔法は極力小出しにして神聖属性を剣に持たせておけ」

「……承知しました。どうされるおつもりですか」

「この混乱、教員にはもう解決できない。私は位階の制限をやめる」

「ですが……明日には神官のみならず陽光聖典が来るはずです」

「これだけの人数だ。見張りをつけて夜を越すことは難しい。夜眠る時間になれば間違いなく更なる大量増殖を許す。最悪、混乱に乗して宿主を殺し、顔を潰して入れ替わろうとする者も出るかもしれない。記憶がない以上社会に溶け込む事は難しいが、捨て駒として動こうとする個体が出てもおかしくはない。これ以上は危険だ」

「……シェイプシフターは今どれほど?」

「分からない。だが、もうちらほらと言う様子ではない。これ以上は生徒達が可哀想だ」

「……分かりました。では、御身のされることに従います」

 一郎太が深々と頭を下げると、カインとルイディナも地面に手をついて頭を下げた。ファー、ヨァナ、レオネは二人のやり取りを見て何度も瞬いていた。

「……そんな顔をしないで。すまないね」

「……俺は少し残念なだけだって」

 キュータは一郎太の頭を引っ張るとコツンと額同士をぶつけ、一郎太はもっさりとした顔をキュータに擦り付けた。

「キュー様、変わらない奴もいるからね」

「うん、そうだね。──じゃあ」

 杖を抜き、立ち上がる。

 

 カインは両手を胸の前で組んだ。

「──キュータ様……」

 座ったはずのキュータが立ち上がったことを見た教師が『スズキ君!回復はもう十分だよ!』と告げる。

 

 座る様子がないことに教員が目を見合わせ、杖を抜く。

 そして、慌ててそれをフルト教員が止めた。彼女は腕輪を外している今のキュータの姿が──ナインズの姿がハッキリと映っているはず。

 

 ナインズは杖を天高く上げた。

「<陽光爆(シャイニング・バ)──」

「キュー様待って!!」

「あ、あれ!!」

 一郎太と誰かが叫ぶ。チラリと太陽光が一瞬遮られる。皆空を見上げ、指をさした。

 ナインズも釣られるように空を見上げると、そのあまりの眩しさに目を細めた。

 ()()は、太陽光よりも余程まばゆかった。

「──母様」

『<魔法持続時間延長化(エクステンド・マジック) 魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)浄化された大地(フィールド・オブ・クリーン)>』

 

 次の瞬間、大地がドンッと揺れた。

 太陽に立っているようにすら錯覚させるほどの輝き。

 体を癒すように感じるぬくもり。

「──ギョォオオオ!!」

「──ッキュゥゥエエェエ!!」

 あちらこちらから一斉に苦しみの声が上がる。そして、ジュッと音を立てて何かが蒸発した。ぱたりと倒れた根と花は何の属性も持たないらしく綺麗に咲いたままだった。

 聖なる命の力に呼ばれるように大地からは一斉に草が伸び、花を咲かせた。

 

 それと同時にワルワラはまた目を抑えた。

「──っウゥ!ッグ……!!うわぁあア!!」

「ワルワラ!」

 ナインズはワルワラを抱き寄せると魔法をかけた。

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)聖属性防御(プロテクションエナジー・ポジティブ)>!!」

 ワルワラは真っ黒になってしまった目から手を離すと、ナインズを見上げた。赤かった瞳は色を失っていた。

「た、助かった……」

「見える?」

「み、見えない……。スズキ、見えない……」

「……後で治してあげるから。今は少し我慢して」

「……何が起こってる……?」

 

 ナインズは周りの皆と一緒に清々しい顔で笑い、空を仰いだ。

「──光神陛下が、浄化しに来てくださった」

 空にはたくさんの翼を広げ、煌めきの粒を落とす、誰よりも美しい母がいた。

「な、なんだと!治せ!今治せ!!今すぐ治せ!!」

「っわ、ま、また目を痛くするよぉ」

 ワルワラに襟を掴まれてガクガクとゆすられていると、皆笑った。

「ワルワラ、やーめーろ」

 一郎太が引き剥がそうとするが、ワルワラは頑として襟を離さなかった。

「お前抵抗かけてくれただろ!早く!早く!!」

「相手の魔法は第十位階なんだからこんな第二位階の魔法なんかじゃどんなに強化したってまたすぐに目が焼けちゃうってぇ」

「第十位階!?そんなもんがあんのか!?くそ!!良いから早く治せって!!」

「──あ、そろそろ魔法も切れるみたい。治すからね?」

 最後の一人も蒸発して倒れる頃、光が徐々に弱まっていった。

「<重傷治癒(ヘビーリカバー)>──見える?」

 ワルワラの真っ黒になってしまった瞳に赤い光がぼんやり宿る。

「──見え──いってぇ!!」

「はは、だから言ったのに」

 また目を覆い、ワルワラが悶える。

「ははは。諦めろよ」

 大地から立ち昇る光が収まると、ワルワラはようやくまともに辺りを見渡した。

「──な、なんだこら!?」

 花畑と化している大地に目を向き、空を見上げた。

 皆床に座ったまま胸の前に手を組んで空へ祈りを捧げているようだった。

「あ、あれが……光神陛下……?目が霞んで全然見えない……」

「あらら、第三位階の回復じゃダメか」

 

 とつりと簡易の壇上にいた教員達の前に降りると、光の神は笑った。

 

「──お約束の分は貰いました」

 いつの間にか来ていたフールーダがごしりと地面に額を擦り付ける。

「あ、ありがとうございました……!陛下……!!」

「いいえ。危ない所だったから。──ねぇ、アインズさん」

 皆声がかけられた方を見る。

 よっこらせと立ち上がった男子学生がいた。

 学院のローブのフードを脱ぐと、そこには白磁の顔があった。

「本当に。さっさと私達を呼べば良かったのにな。無理ばかりして」

 輝く瞳はするりと動き、ナインズとぴたりと目が合った。

 教員達は──特に信仰科は──胸の前に手を組み何度も頷いた。

 皆、神々の話す事が自分たちのことだと思っただろうが、ナインズは優しい両親が自分の話しかしていない事に思い至り照れくさそうに笑った。

 アインズはその笑いを見ると、いつもの骨の顔で笑い、学生のローブは消え去った。

 ナザリックで当たり前に見かける魔法のローブを纏う、神に相応しい姿になりながら座り込む学生達の中を歩いた。

 

「いい課外授業だったな。私達は先に帰るが──その前に一つやらなくては」

 

 闇の神がそばを通った者はごくりと唾を飲み、ローブが翻って行く背を見送った。

 

「──見せなさい」

 闇の神はナインズの目の前──いや、ワルワラの目の前に立ち止まった。

「──あ、え……?俺──いや、わ、わたし……ですか……?」

「あぁ、ワルワラ君、目が霞むんだろう。九太──くんの第三位階の回復じゃフラミーさんのあれを受けた魔眼の完全回復は難しい」

「お、俺の名前……。陛下……!」

 骨の手がワルワラの顎を持ち、その目を指さした。

「──<闇夜の吐息(ブレス・オブ・ダークネス)>。どうだ?」

「よ、よく見えます」

「よし。他にフラミーさんの力で怪我をした者は!!」

 恐らく魔人(ジニー)のあいの子のワルワラ以外にはいないだろう。魔眼を持つだけで、ワルワラも邪悪な存在なわけではないので魔眼が焼かれるだけで済んでいた。

 

 申告する者はおらず、闇の神はポンとワルワラの肩を叩いて前へ戻って行った。

 ワルワラは自らの瞳の熱さに息を呑んだ。

「見えるって言うか……信じられないくらい力が……」

 瞬き一つで魔物を殺せそうな気すらした。

 

 闇の神は壇上で待つ光の神の下へ行くと、光の神を抱え上げた。

「フラミーさん、お待たせしました」

「いいえ、助かりました。──楽しかったですね」

「本当に。<転移門(ゲート)>」

 二人の前に黒黒とした門が開く。

「──全員、よく学べ」

「怪我には気をつけてね〜」

 神々はあっという間に闇へ吸い込まれ、後には何も残らなかった。

 

 皆目を見合わせ──次の瞬間大歓声が上がった。

 喝采に次ぐ喝采。

 ローブや教科書を投げ、一斉にシュプレヒコールが花畑と化した空き地を包む。

 自分たちの無事を喜び、神々の降臨に体を熱くし、近くの者と抱き合った。

「キュータさん!!」

「キュータ君!!」

「レオネ、アンリ──っわ」

 レオネとアンリエッタがナインズに抱きつくと、ナインズは瞬いた。

「レ、レオネ。はは、無事で良かった。アンリは顔にまだ幻術かかってるね」

 二人はナインズの胸に顔を擦り付け──ムッと互いを見合った。アンリの目は花の下なので見えないが。

 

「ミノさ〜ん!良かったよ〜!!助けてくれてありがとう〜」

 ヨァナももそもそと一郎太の胸に顔を埋め、一郎太は嫌そうにそれを見下ろしていた。

「はいはい……。お前自分で一体倒したろ。良かったな」

「うん!ミノさんのおかげ!!」

「いや、どう考えてもキュー様が聖騎士の特殊技術(スキル)知ってたおかげだろ」

「へへ、そうとも言う!でも、ありがと!」

 首を引っ張り、もそりと頬に顔を埋める。

 それがキスだと分かると一郎太は赤毛越しでも分かるほど顔を赤くした。

「や、やめろ!!離れろ!!お前は本当に思い込みが強いんだよ!!」

 ジタバタするが、ヨァナは「やだよん!」と笑った。

 

「……とにかく、良かったわ……。さっきの王陛下たちが全部解決してくれたんですもんね……?」

 未だ記憶の戻っていないファーが言うと、ルイディナは頷いた。

「うん!光神陛下と神王陛下が全部解決してくれたんだよ!ファー、全部思い出したら多分もっとよく見ておけば良かったって感動するね!」

「そ、そうでしょうか。でも、次にまた会えたらお礼を言わなきゃ」

「いや、会えないよ!?記憶ないって厄介だね!?」

「え?でも、ワルワラ君とキュータ君の名前知ってたから学校でよく会えるんじゃないんですか?視察とかで」

「会えるわけないでしょ!!神様だよ!?」

「神様?」

 ルイディナがそんな気安い存在じゃないと言う横で、カインはリッツァーニと笑い合った。

 

「本当。会えるわけないのにね」

「相当成績が良くて、直々にパラダイン様の下に付くように命じられない限りはだね。バジノフ君は学年二位だし、スズキ君は──特別な人だからね」

「そうだね。リッツァーニ君、もし魔導省に入るように言われたらどうする?」

 リッツァーニはまたたいた。

「わ、私なんかはそんな。ありえないよ」

「いやぁ。君はなんでも良くできるからなぁ……」

 カインがうーん、と悩むとリッツァーニは幸せそうに笑った。

「私はシュティルナー市のことで手一杯だと思う」

「そうなってくれると助かるんだけどなぁ。あぁあ〜」

 

 花の上にカインが足を伸ばすと、秋だと言うのに咲いてしまった花に誘われてオレンジ色の蝶がたくさん集まってひらひらと踊った。

 

「──で、お前には後で話があるからな」

 ワルワラがガシリとキュータの肩を組む。

 キュータは無垢そうに首を傾げた。

「なぁに?」

「なぁに?じゃ、なーぁい!!ぶっ飛ばしてやる!!」

「ははは!ひれ伏せよ〜!」

 

 キュータはひらりとワルワラから逃げ出した。




レオネは恋人だと思ってんだもんなぁ
そりゃ手の甲にチューされてたらそうよ
良かったねぇ、一生キスもしない二人だと思ってた!!

ワルワラは察したかな!
やっぱり陛下方が出てくると圧倒的だなぁ〜!

次回明後日でごんす!
Re Lesson#37 僕だけの神官長
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