「てめぇ!!何がキュータ・スズキだ!!」
その晩、ナインズ、一郎太、カイン、ワルワラの相部屋に怒号が響いていた。
「僕はキュータ・スズキだけど、どうかしたの?」
「どうかしたの?じゃねぇだろうが!!お前、何がなんでも名乗らないつもりか!!」
「えぇ〜怖いよ、ワルワラぁ」
二段ベッドの下の段でナインズは一郎太の肩にもたれて笑っていた。
「一郎太!!こいつ!!」
「あー?可愛いだろ、弟みたいで」
「え〜僕の方が半年お兄さんだよ〜」
「お前ら……!カイン!!お前も知ってるんだろ!!こいつをちゃんと紹介しろ!!」
「だからキュータ・スズキ様だって言われてるでしょ」
「この期におよんでぇ……!!」
ワルワラの背をメラメラと炎が燃えるようだった。
「あ、そろそろ晩御飯だ。お腹すいたね」
ナインズは二段ベッドの上段に置いてあるローブを掴んで肩に掛けた。
「今夜は何かなぁ。僕クリームコロッケの気分だけど。なんか肉肉しいもの食べたくないっていうか」
「本気で名乗らないんだな!?言うぞ!!本当に言うからな!!」
「ふふふ、おかしいなぁ。ワルワラ、何を躊躇ってるの?早く呼んでくれよ」
「ッダァー!気安く名前を呼べるかぁ!!お前みたいな尊い名前のやつに俺は会ったことがないんだよ!!」
「あらら、意外」
食事に行く準備をしながら様子を見ていた一郎太とカインはおかしそうに笑った。
「ははは、ワルワラ。キュー様はもう呼ばれるまで名乗らないって決めてんだよ。だから、お前が呼ぶまで終わらない」
「な、なにぃ!?くそ!!おい!スズキ!!そこに座れ!!」
「はぁい」
もう一度一郎太のベッドに座ると、ワルワラはその前に片膝と片手の拳を床についた。
「恐れ多くも、このワルワラ・バジノフ。ご尊名を口にさせていただきます。──ナインズ・ウール・ゴウン殿下」
一郎太とカインは想像を超える丁寧さに目を見合わせた。ナインズは腕輪を一郎太の手に乗せ杖を取り出した。
「<
幻術が霧のように溶けていくと、ワルワラとカインは流星群でも見る様にその様子を眺めた。
闇の神と同じ目の亀裂。光の神と同じ黄金の瞳と銀色の髪。
「ま、まじで殿下」
「──私は確かに時に殿下と、ナインズ・ウール・ゴウンと呼ばれる男だ。ワルワラ、黙ってて悪かったね。騙そうと思ってたんじゃないんだよ」
「わ、分かっております。殿下、知らなかったとは言えご無礼をお許しください」
「君、無礼だった事あったっけ?」
ナインズは跪くワルワラの前にしゃがみ込み、首を傾げた。
「……ねぇな」
「ないね」
二人で頷くと、ワルワラはナインズの首を腕で締め上げた。
「てめぇー!ズルしてんじゃねぇぞ!!」
「い、いたた。ははは。早く上位物理取らなきゃなぁ」
「ワルワラ、ナイ様相手にやめーや。流石にバチ当たるぞ」
一郎太に引き剥がされたワルワラはもう一度ナインズの顔をまじまじと見た。
「は……!つまり、今年の一年の本当のトップは俺だな!?」
「うん、本当だねぇ。君は天才だよ。スルターン小国に君がいてくれて僕は本当に嬉しい。未来の大司教、君は確かにこの学院で一番だ」
ワルワラはパッと顔を明るくすると「二度とあの何ちゃらなんちゃらとか言うナーガに順位を譲らん!!」と燃えた。
「僕を超えないの?」
「超えられるか!!お前何位階まで使うんだよ!!」
「第八位階だけど、学校の成績なら超えられるかもよ?」
ワルワラの額にブチっと血管が浮き出た。
「超えられるかー!!」
大変憤慨するワルワラの様子に、三人はしこたま笑った。
「──クリームコロッケなかったね」
食堂で晩御飯を済ませて部屋に戻る途中で一郎太が言う。
ナインズはなんだかんだしっかり肉を食べた。
「ね〜。帰ったらクリームコロッケ食べたいって料理長に言っておかないとね」
「いいなー。俺も食べたい」
「食べに来る?いや、持って行ってあげようか?」
「まじ?やった」
仲睦まじく笑い、部屋の扉が見えてくると、部屋の前に誰かが立っているのが見えた。
「──ん?誰かいるな」
「誰ですか?──あ、波乱の種」
カインはナインズと交流会で踊っていた女子を見ると言った。
「ん?あ、アンリ。アンリエッタ」
ナインズが言うと、壁にもたれていたアンリエッタはぱっと顔を上げた。顔からは幻術も解けていつもの顔になっている。
廊下の向こうの終わりの方にエ・ランテル校の女子がわんさかいるのが見え、そちらに手を振ると女子たちから黄色い歓声が上がった。
一行が扉の前に着くと、アンリエッタはぺこりと頭を下げた。
「キュータ君、えっと、こんばんは!」
「や、どうかした?」
「あの、キュータ君に渡しておきたいものがあって……。──これ」
そう言って差し出された封筒を受け取ると、ナインズは宛名を確認した。
「僕に?」
アンリエッタは赤い顔で何度も頷いた。
「あ、あの、できれば一人で読んで欲しいですっ!」
「うん?分かったよ。ありがとう」
キャー!とまた黄色い歓声が上がり、アンリエッタは赤くなった顔をおさえて友人達の下へ走って戻っていった。
「──やれやれ。色男だな。まぁでももう納得したよ」
ワルワラが言う隣でカインは扉を開いた。
「今のレオネがいたら揉め事もいいところだよ……」
四人で部屋に入ると、ナインズは一郎太の下段のベッドに腰を下ろした。
「──<
手の中にペーパーナイフを作り出すとピッと弾くように手紙を開けた。
魔法で作り出したナイフはすぐに消え、ナインズは中から便箋を取り出した。
真っ白な便箋に丁寧な字が並ぶ。
ナインズはそれに目を通していくと、「綺麗な字だな。頭良さそう」と人並みな感想を並べた。
「どうだ?付き合ってくれって?」
ワルワラに問われるとナインズはぱたりと手紙を閉じた。
「いや?文通して欲しいって。良ければ帰ってから手紙くださいだってさ」
「か〜……。お前、そう言う時住所ってどうしてるの?神の地の住所ってどこ?」
「ナザリックは住所ないと思う。だからナザリックに手紙が届く事務用の住所があるんだ。封筒に僕との関係を書いて神殿に直接持ち込んでもらったらすぐに届くけど、学校の書類とか手続きとかは一応その住所でやってる」
「……神殿に手紙持ち込んでなんですぐに届くんだよ」
「
「……つまり、転移魔法を手紙一通に使ってるってわけか?それとも全ての神殿は神の地に繋がってる……?わけがわからん」
ははは、と笑ってナインズが手紙をカバンにしまうと、一行は大浴場に向かった。
この建物は昔入植者達が暮らしていたらしく、浴場も食堂も大変広い。ただ、別に景色が良かったりするわけではない。
そして、風呂を後にしようとした時「スズキくーん!」と声が聞こえた。
振り返ると、バレアレがいた。
「あ、バレアレ君。お昼は大変だったね。腕は平気かな」
「うん、ありがとう!陛下方も見えてすごかったね!皆もうあれで帳消しって感じだったよ!──それでさ、これ、良かったら」
とバレアレから折り畳まれたメモを差し出され、ナインズは受け取った。そして、中身を見もせずに尋ねた。
「もしかして、住所?」
「え?なんで分かったの?」
「ははは。そんな気がしただけ。ありがとう、手紙書くね」
「あ、うん!僕も返事書くよ!もしザイトルクワエ州に来ることがあったら、ぜひうちに寄ってね!実家はカルネ市なんだ!」
それを聞くと、ナインズの頭の中で色々な情報が組み合わさっていった。
「──君、もしかしてバレアレ市長とバレアレ工房のところの?」
「え?はは、よく知ってるねぇ。母さんだけじゃなくて父さんのことも知ってるの?母さんは聖書にも書かれてるから、たまに聞かれるんだけど」
「もちろん知ってるよ!ンフィーさんは紫ポーションを作ったんだから!うちの父がよくお世話になってる!きっと会いに行くよ!レオネも連れて!」
バレアレは照れくさそうに笑うとナインズと握手を交わして去って行った。
「男にもモテてんな」
ワルワラが呆れ混じりに笑い、カインはしたり顔で頷いた。
ナインズは妙に嬉しい気持ちで部屋に戻り、バレアレの住所も大切にしまった。
「さて、そろそろ俺にも付き合ってもらわなきゃな」
ゆらりと後ろにたったワルワラに振り返り、首を傾げる。
「何?」
「ひとつしかないだろ」
ワルワラはいい笑顔でナインズの腰に触れた。
「……い、嫌な予感」
「お楽しみターイム!」
そのまま腰の杖を引き抜かれて握りこまされると、明け方近くまで散々高位の魔法を見せろ攻撃に付き合わされたらしい。
翌朝。
「──寝不足だ……」
皆の話す声に目を覚ましたナインズは重たい体を起こし、ベッドの上段から降りた。
混戦状態だった時に怪我の治癒もかなりしたし、使わなかったとは言え剣に第七位階の<
ぺたりと裸足で降りると、床はずいぶん冷えていてぶるりと震えた。
「ん、ナイ様おはよーさん」
「おう、スズ──お前そのままでいるな!」
「ははは。キュータ様おはようございます」
ナインズは一郎太が寝ていたベッドの下段に腰を下ろすと、朝から怒っているワルワラに首を傾げた。
「なにがぁ?」
「早く幻術かけんか!」
さらりと銀髪が肩から落ちて行った。目が開いているような開いていないような状態で若干はだけるパジャマの中に手を突っ込んで肩を掻くと、ワルワラはナインズから腕輪を抜いた。
「ほら、これ持っててやるから!」
「──あ、やめておけ。それには触れないほうがいい」
「なんだよ。もう分かってるから構わないだろ?」
「いや、一太に持たせておいて。昔カインが盗って以来それは時限爆弾になってる。万が一制限時間を超えて持ってたら爆発するし悪魔も出る。盗まれたら大変」
ワルワラはまたたき、もう支度も済んでベッドに腰掛けるカインに振り返った。
「お前思ってたよりすごいやつだな」
「……まぁね。歴史に名を残すかも」
カインが遠い目をして言うと、一郎太はその背をバンバン叩いた。
「まーまー。ほら、腹減ったしナイ様も着替えて」
「はーい。<
「──だる。魔法使いすぎ」
「はいはい」
一郎太に腕輪を通し直され、服が脱がされていく。
「いちた〜寒いよぉ」
「とりあえず着替えだけして食堂で寝てくださいよ」
「二度寝したい……。でも僕が行かなきゃ一太が食べられない……」
仕方なくナインズは服を着た。
髪もなんだかパサついている様な気がするし、目の下にクマもある気がする。
「お待たせぇ〜……行こうかぁ……」
ズボンにシャツだけ着ると、ローブもセーターも着ずに剣と杖だけは下げ、あくびをした。
本当に疲れていそうだった。
「ははは、お前たまにはそういうのもいいんじゃないか。真面目な貴公子って感じしないぜ」
「……僕は割と不真面目だよ。はー……寝直したい……」
ポケットに手を突っ込むと腕輪の鬱陶しさが消える様だった。
四人で食堂に行くと、若干の黄色い歓声が上がった。
「お前、シャツ着てるだけなのに目立つなよ……」
「皆だらしない格好してって呆れてんでしょ。ワルワラ、僕の分も取って来てぇ」
「お前なぁ。せっかく本当のお前を知った翌日にはそれかよ」
ナインズは離れたところで女子四人で楽しそうに食事をするレオネの元気な姿を確認すると、手近なところに座り背もたれに目一杯寄りかかってワルワラを見上げた。
「僕だって知られてるのにだらしなくいたくない。誰のせいでこうなってると思ってんの。もう魔法見せてあげないよ」
「行ってまいります。お待ちください」
「……君ってやつは」
「ははは!」
三人が笑ってさっさと食事を取りに行くと、ナインズは疲れのため息を吐いた。
あちらこちらから挨拶をされ、突っ伏して寝る暇もなく返事を返していく。
そうしていると、ふと知った顔が遠くに座っているのが見えた。記憶のないロランだ。
ロランの隣にはレイ・ゲイリン。向かいにはアガート・ミリガンが座って一緒に食事を取っていた。
レイが口をごしごし拭いてやったり、服を少し整えてやったり世話を焼いている。ロランも満更ではなさそうで照れくさそうにしながらもレイを受け入れていた。
ふと、ロランと目が合うと手を振り合った。
「──ロラン、レオネから乗り換えるかね?」
食事を持って来た一郎太がそんなことを言う。
カインは「ロラン……羨ましいやつ……」とこぼした。
「ははは、ま、全部記憶の戻ったロラン次第だね」
四人で食事を取り、ナインズはまたあくびをした。
「キュー様、授業中寝る?」
「そーだねぇ。今日の予定はなんだっけ……」
「午前中に陽光聖典と神官団が来て記憶喪失者の回復する所見せて貰える。そのまま特別講義を受けて、キュー様は昨日のことの表彰受けて、昼飯食ったら神都戻るって」
「レオネの回復だけ確認したら、後は表彰まで場所探して寝るかぁ」
すっかり不良のようになりながら一行は食事を終えた。
授業の時間になると、青空の下高位神官団と天使を引き連れた陽光聖典が到着し、皆ニグンの存在に浮き足だった。
あちらこちらから神を連れ帰った男だと熱に浮かされたような声が上がる。
ニグンが手を振るだけで歓声に沸いた。
ここは昨日花畑にされてしまった庭だ。相変わらず地面に座っているが、昨日より座り心地は良い。
「──すごい方ですのよね?」
何も覚えていないレオネがニグンを指差して尋ねる。三科共同授業なので皆揃っていて、カインとヨァナが一生懸命頷いた。
あーだのこーだのと説明をする横で、ナインズと一郎太はよく大神殿で会うニグン達から早々に興味を失い良い木陰を探して首を伸ばした。
金色の落ち葉が敷き詰められた向こうには貯水地が広がっていて、夜とはまた雰囲気が違った。
「──あそこは?」
「目立つところだと陽光聖典に悪いからなぁ」
「そりゃそうですね。私達の授業がつまらないせいでって」
「……昼寝は無理か?」
二人苦笑している間に、第一被害者のブリタ・バニアラが回復され、農場の持ち主と何やらごちゃごちゃ揉めた。
生徒達からは拍手が上がり、二人の痴話喧嘩めいたものはおさまった。
そして、『記憶喪失者、挙手』と声が掛かった。
レオネとファーが手を挙げる他にもかなりの人数が手を挙げ、聖典と神官達はフンスと袖を捲って向かった。
生徒達も皆近くで魔法を見せてもらうのを楽しみにしているようだ。
ふと、ナインズはニグンと目が合った。
ミズ・ケラーと共に地面に座る生徒達を避け真っ直ぐに来てくれた。
「スズキ君、これでようやく心の棘が抜けますね。ミス・ローランが心配で夜も眠れなかったでしょう」
「はは、そうですね。これで今夜はよく眠れそうです」
「いやいや、まさか境の神官長補佐のお嬢さん──ローラン嬢もいらっしゃったとは」
ニグンが言うとレオネは首を傾げた。
「わたくしの親とお知り合いでらっしゃるんですの?」
「えぇ、お嬢さんとはお会いしたことはありませんでしたが。さぁ、それもすぐに思い出せますよ」
「はい!よろしくお願いいたします!」
楽しみで仕方がない様子でレオネは目を閉じた。
「では──<
ニグンの魔法が体を包む。
「──どう?」
ナインズが尋ねると、レオネがパッと目を開け、何度も瞬いた。
そして、顔を真っ赤にすると──
「ッキャー!!」
叫んだ。
周りの回復されている他の輪の者達が叫び声に振り返る。
「む。ローラン嬢、少し休んだほうがいいかもしれませんね。喪失の混乱は治っても恐怖や記憶の統合に伴う新たな混乱は多少付きものです」
「ミス・ローラン、怖かったですね。もう大丈夫ですよ。一つだけ確認させてください。あなたの卒業後の第一志望は?」
「だ、だ、大神殿ですわ……」
「えぇ。そうです。記憶は完全に戻ったようですね、良かったです。スズキ君、回復室として宿泊棟の一階食堂横の部屋を使っています。あそこ、見えるかしら。ミス・ローランを連れて行ってあげて下さい。震えています」
「はい」
「ミズ・ケラー、スズキさ──んじゃなくても。例えば女子の方が……」
ニグンからはナインズだと理解している故の気遣いがひしひしと感じられた。
「いえ、大丈夫です。レオネ、行ける?」
ナインズが尋ねるがレオネはぶんぶん顔を振った。
「じゃあ、掴まってて」
「そ、そ、そう言う意味じゃなくて!!」
よいせとレオネを抱え上げて生徒達の間を縫っていく。
「──では、そちらの。ファー・エバタ」
二人目の回復が始まる声を背に、ニグンに軽く頭を下げた一郎太もナインズの後を追った。
皆何事かと三人を見上げて見送る。
あっという間に宿泊棟の回復室に着くと、ナインズはレオネをベッドに下ろした。
「神官の先生は──いないか。皆陽光聖典や上位神官のこと見に行ってるんだね。レオネ、新しい混乱があるなら回復しようか。全部なくなるよ」
ベッドの前に跪いて見上げたレオネの顔は真っ赤で泣きそうだった。
「平気、それは平気ですの……」
「それは良かった。ごめんね、一人にしなければ良かった。僕のせいでとんでもない目にあったね」
「違いますの。わたくしがあなたにとんでもないことをしたの。本当にごめんなさい。わたくし、わたくし……こんなの……。あぁぁ……わたくしはなんて……」
手で顔を覆う様子にナインズは胸の痛みをギュッと掴んだ。
「……何度も言うけど、僕は構わなかったからね。だけど、君には悪い事をした。すごく傷付いたよね」
「わたくしがバカすぎて……わたくしなんて言ったらいいのか……。あぁああ……」
レオネは頭を抱えて唸った。
「ん。……レオネ、こんな時だけど君の祈りを聞いても良い?」
「バカだしバカみたいなことしか祈ってないですわ……。そんなもの聞いても失望するだけですわよ……」
「僕にはどうしようもなく輝いて見える」
「嘘……」
跪いたまま前に座るレオネの手を取ってそこに額を付ける。
以前と変わらずナインズの全てを祈ってくれているのが伝わってくるとナインズはしばらくそれを聞いた。
「……君は本当に心地良い。優しくて柔らかくて強くて温かい……。最高神官長の祈りより君の祈りの方が僕を癒すよ」
「そんな……そんなことはありませんわよ……」
「あるよ……。──あぁ……これで最後だと思うと、本当に名残惜しい。君の祈りだけを聞いていたかった」
「え?キュータさん……?」
「え?キュー様?」
二人が同時にナインズを見下ろした。
顔を上げたナインズは辛そうな顔をしていて、レオネのルーンの残る手を握った。
「少し考えたんだけど、君は忘れたくても忘れたいとは言えないよね。小学生の頃から記憶が繋がってるから、全てを忘れることはできないけど、僕のことはただのキュータ・スズキだって思ってた方が自由でいられる」
「キュータさん、あの──」
「もちろん昨日の、その──あれもちゃんと消してもらうようにするから。ごめんね、傷つけて。でも大丈夫、もう心配いらないよ。今父様を呼んであげるからね」
「や、やめてください。そんな」
「父様呼ぶって言われるとギョッとすると思うけど、まぁそれも今だけだから」
ナインズは立ち上がって窓辺に行くと、こめかみに触れた。
「<
「や、やめて!やめてくださいませ!!」
「──大丈夫だから。父様、僕です。ちょっと──」
「やめて!!お願い!!」
「すみません、ちょっと待ってください。──レオネ、本当に大丈夫だから」
「酷いわ!あなた一人で勝手にそんなこと決めて!!お願いだからやめて!!」
腕を引っ張ったレオネからボロボロ涙が落ちていく。
<
「お願い!!お願い……!忘れたくない……!一つも忘れたくないの……!」
「……父様、すみません。また掛け直します」
腕を下ろすと、ナインズはレオネの背をさすった。
「レオネ、嫌だったでしょう……。もう全部やめた方がいいよ……」
「あなた、わたくしの話何も聞いてないの!?」
「聞いてるよ。君の言葉と君の声を聞くだけで僕は幸せだ」
「じゃあどうして!?わたくし、言ったじゃない!わたくしをあなたが美しいと思うものにしてって!!これで忘れさせられても、どうせわたくしはまたあなたを探し出すわ!!──……きっとまた恋をする!!だから、わたくしは全てを取り戻したままでいたいの!!わたくしの心の自由を奪わないで!!」
「君……でもそれは記憶がない間の話で……」
「じゃあ記憶がある今のわたくしも言ってるって今思い直して!!それでやっぱりキスが嫌だったなら、あなただけ記憶を変えていただけばいいのよ!!わたくしだってあなた相手にとんでもない事をしたって分かってますわ!!でも、シェイプシフターの姿を取り戻させるために仕方なく受け入れたって今は分かってる!!だから誰にも言ったりしない!!あなたの汚点になるような事、絶対に言いふらさない!!だから……だから……!だからぁ……やめてぇ……」
レオネは肩で息をして言い切ると、ぺたりと床に座って泣き出した。
どうしてやるのが良いのか分からず、ナインズの思考回路はショートしていた。
「キュー様、流石にダメだろ。確かにレオネは記憶がない間自由だったけど、そいつがそれを望んでるのかは分かんないじゃん」
「でも……レオネは自分じゃ言えないんだよ……。……彼女があんまり可哀想で……」
「この状況の方がよっぽど可哀想だろうが。……それに、キュー様も可哀想だ」
「だけど……僕は……」
「でももだけどもねぇよ。もうぶん殴らなきゃ目が覚めないってんならぶん殴るぜ」
ナインズは一郎太が目の前までくると、静かに頷いた。
「たのむ……殴ってくれ……」
「まかせといて下さい。後でお叱りは受けますよ。レオネごめんな、キュー様は今日寝不足なんだわ。じゃ、歯ぁ食いしばれ!──ッオラ!!」
一郎太の拳が顔に入り、その勢いのままよろけナインズは頬のあまりの痛さに笑った。
「はは、やったな」
「目ぇ覚めたか?」
「覚めたらしい。ありがとう」
一郎太がぷんぷん扉に戻っていく。レオネは二人の突然の行いに顔を上げていた。驚きすぎて涙も止まっているようだった。
「──レオネ、ごめん。すごく君が辛そうだったから。本当は忘れたくても、君は記憶を取り戻したらもう僕に遠慮して忘れたいって言えないのかと思った。気を利かせようって思ったけど、バカだったらしい」
「わたくしが辛いのは……あなたの唇を奪ったことだけだわ……」
「それだけ忘れる?」
「忘れない……」
「でも嫌でしょう。傷付いただろうし無理しないほうがいいよ。君、初めてだったんじゃないの。男子禁制なんだから」
「……初めてでしたわ。でも、嫌じゃないし傷付いてない。あなたは……何人目?」
「……えーと……僕も初めてだった……」
ナインズが頬をかく。レオネはまだ目にたくさんの涙がたまったままで自分の前にしゃがんだナインズを見た。
「……嘘ですわよね?わたくし達もう十六ですもの。クラリス様だって、クリス様だって、オリビアだって、アナ=マリアだって、イシューだって、イオリエルだって、ミリガンさんだって……あ、ペネだっていますもの。ほ、他にも、だって、アンリエッタさんや、パルマさんやジナさんや──」
「……君は僕の周りの女の子全員あげるつもり?そんな事するわけないでしょう……」
レオネはまた床を見ると「ごめんなさい……」とポツリとこぼした。
「……やっぱり、あなた忘れてさせていただいた方がいいわ。シェイプシフター倒すためでも、大切なはじめてだもの……」
「シェイプシフターは関係ない。僕は君からの口付けが嬉しかったから受け入れた。だから、そんなの気にしてほしくない」
「嘘よ……。お願い、無理されないで」
「本当だよ。本当は貯水地でもらっておこうかと思ったくらい……。……でも、これは僕には綺麗すぎて……手が出せなかった……」
ナインズの手が頬を撫でるとレオネはその手に手を添わせた。
「……それなら……わたくし……わたくしに、レオネ……ありがとう……って言いたい……。自由なうちに、キュータさんの唇を奪ったわ。不自由なわたくしはしたくても絶対にできないもの……。よくやったわ、レオ──」
ナインズに引っ張られるようにレオネの唇が唇で塞がれる。あまりの熱さと息苦しさにレオネはナインズの服を引っ張るように縋った。
くらくらして、このまままた意識と記憶を失いそうだと思った。
そっと唇が離れると、赤い息が二人から漏れた。
「……よくやったよ、レオネ。自由な君に奪われて良かった。だけど、不自由な君からは僕がもらっておく」
「は、はぃ……あの……」
「何?」
「ありがとう……祝福……」
「こんな祝福は多分存在しない。だから──レオネ聞いて」
床に座り込んだままのレオネはぼんやりとした顔をして首を傾げた。
ナインズは色々考えた。考え考え考え、ようやく言葉を決めた。
「──レオネ、僕は君の望む全てを君が手に入れられるようにするよ。君の幸せのために奔走する。君の人生の何も邪魔しない。もし君が他に好きな男ができたら、僕は身を引く。だから、レオネ。僕の恋人になってくれないか……」
聞いていたレオネの目は見開かれ、泳ぎ、押し黙ったまま床に落ちた。
「……わたくし……そんな……。あなたに不釣り合いで……もっと良い方がたくさんいるのに……。それに……わたくしじゃあなたの幸せのためにならないわ……」
「僕の幸せは君の幸せだよ。だから僕じゃ君が幸せになれないって言うなら潔く諦める。僕の隣じゃ休まらないって言うなら、納得もする」
「そ、そんなことは──。……幸せすぎて、どうにかなりそう……。けれど……本当に……あなたの──ナインズ殿下のお相手って、恋人でもちゃんとした家に生まれて、教養があって、天使みたいな人じゃないと……皆も納得できないし……。わたくしじゃきっと……あなたを失望させる……。何の取り柄もないもの。殿下の隣なんて……そんなの……不可能よ……」
レオネが泣きそうになると、ナインズは苦笑した。
「ちゃんとした家に生まれて、教養もあって、天使みたいな人って言ったら君じゃないか」
「ナインズ殿下……。そんな事はありません……。わたくし、あなたの神官だし……やっぱり、恋人になんてなれない……。なれません……」
「……そうか。……分かったよ。ありがとう、話を聞いてくれて。惑わせたね」
レオネは顔を覆うと決壊するように泣き出し、ナインズはレオネを抱き寄せて背を撫でた。
「レオネ、ごめんね。僕が軽率だった。君の望みも祈りも……全部知ってたのに……。本当にごめん」
「キュータさん、わたくし、わたくしぃ……!あなたを特別な誰かではなく、想いを寄せても良い一人だと、不相応にも思わせていただいてきたのに、わたくし……!ナインズ殿下のことを思えば、思うほど、わたくしじゃいけない……!」
「……あぁ。そうか……。レオネ、もう一回聞いて?」
しゃくり上げるレオネは自分を落ち着かせようと必死になったが、「ひぅっ……ひぅっ……」と止まらない声が漏れた。
「……ナインズの名前がそんなに気になるなら、ナインズとしては望まない。神官になると言う君を応援することを僕も決めてる。……レオネ、僕がただのキュータだったとしたら、君は頷いてくれるかな」
レオネが涙で光るまつ毛を上げると、ナインズはその目の下を拭った。
「……頷きたい……。神官も神の子も関係ないなら……頷きたい。あなたに飛び込んで、あなたと生きたい。それで──やっぱり──あなたの幸せを祈りたい……」
「じゃあ、ナインズとか言う人の幸せを祈ってやって。僕は──キュータは何も持ってない。大したものもあげられない。僕と──キュータと付き合わないかな」
「何も持ってないあなたがいい!キュータさん!」
ナインズはもう一度レオネを抱き寄せた。レオネの腕が首の後ろに周り、離れ難いように優しく髪をくしゃりと握った。
「わたくし、あなたの幸せのためにできることは全部します……!それで……わたくしにあなたという神に仕えさせて……。二人のあなたに全てを捧げさせて……!」
「ありがとう。僕は君を手に入れられた僕に嫉妬するよ。だけど、君を手に入れられなかった僕に同情もする」
二人は恋しさに押されてまた口付けた。
「……殿下に捧げられないものはあなたに全部捧げます……。でも、あなたに捧げられないものは殿下に全部捧げます……。恋しいあなたに……誰より愛しい殿下に……」
「──君は僕を愛していると言うのか」
レオネはハッと自らの口を抑えると、数秒の沈黙ののちにナインズを見上げた。
「……恐れ多くもわたくしが愛しているのは殿下だわ。あなたじゃない」
「いや、レオネ、ふざけてないで。そう思ってくれるならナザリッ──」
「ダメ。何おっしゃろうとしてるの。わたくし、真面目な神官だから殿下とお付き合いなんてしないもの。殿下はいつか素敵な女性と結婚して、素晴らしい神様になる人だわ。わたくしなんかじゃ届かない。だからわたくしの気持ちは殿下には秘密なの。それに、不敬だわ。あなたも内緒にしていて」
「えっと……じゃあ君の愛を前に僕はなんて言ったら良いの?」
「好きって。キュータはレオネが好きって言ってくれたらいいの。わたくしはキュータさんの事好きよ。大好き。殿下の次に好き。殿下の次に大切。殿下の次に幸せにしてあげたい。殿下の次に素敵」
「……嬉しいはずなのになんか酷いこと言われてる気がする」
レオネはナインズから離れるといたずらっ子の顔をした。
「酷くないわ。あなた、殿下に太刀打ちできると思ってるならとんでもない人ね」
「……えぇ……」
「……殿下、愛してますわ。あなたの幸せのためならわたくし何にだってなれる。何だってできる」
「……ありがとう」
「やだ。キュータさんには言ってなくてよ」
「意地悪すぎる……」
「ふふ。でも──」
「でも?」
「ね、一つだけ殿下にお願い」
「何でも聞くよ。一つなんて言わないでいくらでも。毎日花を贈ろうか。それとも宝石を贈ろうか。君が欲しいと言うなら、空の雲だって凍結させて持ってくる」
「……ううん。ただ……これからも祝福して。この不出来なあなたの神官を……たくさん祝福して……。それだけ叶えて……」
「……じゃあこれは、君がいい男と会えるようにって祝福だよ。ナインズの隣を拒否するなら、いつかちゃんといい人を見つけてね」
軽く唇同士がまた触れる。
「それはとんでもない祝福ですわ……。わたくしは男子禁制なのに……。でも……殿下にはその祝福をさせて。これは殿下が良い女性と結ばれて、いつまでも幸せであるようにって祝福」
鼻と鼻の触れ合うような距離で二人は切ない息を漏らすと、またキスをした。
「……君が大神殿に入れるように」
「……あなたが立派な神様になれるように」
祈りにも似た祝福の中二人は唇を何度も繋いだ。
「じゃあ、君が立派な神官になれるように」
「あなたに祈り続けられるよう──ッん……」
言い終わるより前にキスされると、触れ合った場所の熱にレオネはもう本当に呼吸の仕方を忘れた。このままでは溺れてしまうと思った時唇は自由を得た。そして、ぺろりと舐められた感触が背を振るわせた。
「祈り続けてもらえるように……。この唇が歌い続けて祈り続けてくれるように……。君の祈りの聞こえなかった時間は地獄だった……。二度と誰の祈りも聞きたくなかった……。君の黄金の祈りだけが私を神でいさせる……」
「ふぁ……祈り……続けます……」
「ありがとう……。君の人生が誰よりも祝福されたものであるように……心からの祝福を……」
「……ありがとう……。あなたの人生が……祝福されていますように……」
何回したか分からないキスを終えると、ギュッと抱きしめ合い、お互いの呼吸が耳元に届いた。
ナインズは恋しさに狂いそうだった。連れ帰って閉じ込めてしまいたい。
「……レオネ、ナインズじゃ嫌とか言わないでナザリックに来てよ……」
「……行けませんわ。神の地を踏むなんて……」
「じゃあもう僕が君を抱っこして歩く……。父様はよく母様にそうしてる……」
「陛下方はわたくしみたいなのとは違いますもの……」
「分かってる……。分かってるけどもう君を連れ帰りたくてたまらない……」
「おばか……」
「ごめん……。でも、変な事はしないから……」
「えっち」
「しないってぇ……」
「わたくしがしたくなったら恥ずかしいもの」
「……君、たまに大胆だね。でも、それは僕も困る。止まれる気がしない。それこそ奪ったら大変な騒ぎだ。ナインズを振った以上いつかキュータなんかより良い人見つけてもらわなきゃならないのに」
結婚はできないと言われているようなものなのだから。
「キュータさんより良い人なんていませんわよ。それにきっと何の得にもならないわ」
「損得の問題だって言うなら、何の身分もないキュータなんかと付き合ってもそうだと思うけど……」
「キュータさんのそばにいられれば十分。でも、キュータさん以外にはそんなこと絶対に望まない。そしたらメリットが一つもありませんもの」
「うーん、誰かを愛して子供を持つ以上のことないと思うけど」
「古臭い考えだわ。お父様もそんなこと言ってましたもの。殿下、神様で王様になるのにそんなんじゃ軽蔑されてよ。わたくしはキュータさんと殿下以外誰とも触れ合わないわ。子供も持たない。子供ができてしまったら、きっとその子の幸せと平和を祈るもの」
「君の子のための祈りなら聞き届けるよ。怪我もすぐに治してやるさ。不安な夜には気持ちが安らぐ魔法も送るよ」
「──だからこそ。わたくしには必要ない」
レオネは立ち上がり、窓を開けた。外からは記憶を取り戻した友達の無事を喜ぶ声が響いて来た。
「レオネ?」
「わたくしはあなたが綺麗だと言ってくれる事だけを祈り続けたい。子供がいたら手一杯になるし、あなたもきっとわたくしとその子を助けようとしてくれる。わたくしは、殿下のための神官だわ。あなたが望むこの祈りだけを生涯捧げさせて」
窓から差し込む光に照らされたレオネは美しかった。髪に光が輪になって煌めき、ぼんやりと踊る部屋の微細な埃が光の階段のようだった。
「……天使だ」
ナインズは窓辺に手をつくレオネを後ろから抱きしめると、肩に顔を埋めた。
「……ありがとう」
「いいえ、好きですることですわ。それより、あなたの満足いく祈りを捧げる誰かを他にも見つけなきゃいけませんわ。わたくしの祈りだけがあなたを神にするなんて、そんなのダメだもの」
「君みたいな人は二度と僕の前には現れない……」
「買い被りすぎですってば。ごろごろいますわよ」
「本当に君よりいい人はいないよ。──ねぇ、レオネ」
「なぁに?」
「さっきのさ。僕だけのために祈りたいっていうのは嬉しい申し出だったけど、君はちゃんと自分の人生を歩んでね。僕は本当に君の幸せを願ってるんだよ」
「……わたくし、誰よりも幸せですわ。この人生を与えて頂けたことにも、心から感謝します」
レオネがナインズにもたれかかる。
ナインズはレオネに上を向かせるとキスをした。
『──あなたの生に感謝を』
レオネの祈りが流れてくると何か深い場所が撫でつけられて柔らかな毛布に包まれているかの様な幸福が満ちた。
外から目撃した女子の声が「キャー!」と聞こえてくると、ナインズは惜しむように唇を離した。
「──まずい。くせになったらしい」
「こ、こんな見えるところで何してますの!?」
「ごめん。僕、やっぱりあの両親の子供だ。まずい。こんなことして君に彼氏ができなくなったら大事だ」
そう言ってナインズが離れると、レオネはナインズの襟ぐりをつかんだ。
「──ぇ」
引っ張られてまたキスをすると、ナインズから「……ん……」と声が漏れた。
髪がさらりと落ちる中、レオネは悪い顔をして笑った。
「──それなら構いませんわよ。わたくしの恋人はキュータさんだわ」
「……今はそうなってくれたけど。──ナインズ殿下は君に恋人を作って結婚して子供も産んで欲しいって思ってんの。ナインズを振った以上誰かに幸せにしてもらわなきゃ本当に困る」
「殿下に伝えて。わたくし、ただ殿下を想うことだけで生きます。子を持つことも、他の誰かと触れ合うこともない一生を覚悟しておりますと」
「バカ。ちゃんと誰かと結婚しろ!」
「しない。遅れた神様だわ」
「神様だと思うなら言うことくらい聞きなさい!」
「……そんな風に言っちゃいや……。わたくしの事尊重してくださるなら許して……」
「……あ、ご、ごめん。それはそうだね……」
「弱いですわね……」
「……えぇ〜……」
ナインズは参ったと困り顔を作り、一郎太はおかしそうに笑った。
「でも、殿下にまで恋人ができなくなったら大変だからキュータさん相手でももう見えるところじゃしないわ」
「そんな事言うなら僕は遠慮なくしたい時にさせてもらう。君は僕以外に恋人はいらないからとか、キュータは恋人だからとか、殿下は望まれた祝福をしてるだけだからとか言い訳して」
「ふふ、望んでますわ。──ね、祝福してくださいませ」
「とんでもない神官だね……。そこはキュータに頼んだ方がいいんじゃないの?」
「じゃあ、キュータさん。好きってして。私もするから。大好き大好きって。殿下の次に大好き」
「……可愛いけどどこか釈然としない」
レオネを捕まえて外から見えない壁に押し付けてまたキスをする。
レオネがそっと頬に触れると、ナインズは「いて……」と漏らした。
「──あ、ご、ごめんなさい」
「うーん……一太に殴られたところが痛い……」
「腫れてますわね……。回復されたら?」
「これは治さないでおくよ。それで、キスしたせいで君に殴られたって皆に言う。見えちゃったのはそれでチャラでしょ」
「……わたくし、陽光聖典に消されましてよ。いいから早く治されて。……痛そうでしてよ……」
心配そうにレオネが頬に触れると、ナインズはその手を握りにっこり笑ってまたキスをした。
「ふふ、ありがとね。癒されるなぁ」
「ふざけてないで。治されて!」
「ふざけてないよ。レオネは本当に綺麗だね」
「もー!!治しますからね!<
「あらら、治っちゃった。でも怒った顔も可愛い。良かった。これからはこの唇にキスし放題なんて僕は幸せ者だ」
「……あなた……いえ、殿下。真面目に恋人作る気ありますの?」
「ないよ?君もやめて欲しけりゃ早くキュータを振って恋人作ってね。もしくはナインズを受け入れてくれる?」
「できませんてば。それから、わたくし、あなた以外の男性は一切禁制」
「は〜。ナインズ拒否の意思が固い。これじゃ君に他に好きな人ができたらもうおしまいにしないといけないと思うとなぁ」
「あなた、わたくしの話聞いてますの……?」
「聞いてる、聞いてる。──あ、今度バレアレ君のところに一緒に行こうね。彼、良い子だよ」
「ちょっと!なんでバレアレさんのところなんて行かなきゃいけませんのよ!」
「君は割と選り好みするタイプなんだなぁ」
「だから!わたくしはあなた以外男子禁制なんですってば!!」
「じゃあナインズと結婚しよう」
「無理ですってば!」
一郎太は部屋を出るとパタリと扉を閉じた。
扉の中からはギャーギャーとレオネの声がし、次第にそれは静かになった。
「──一郎太、そんな所で何をしている?」
ふと掛けられたそんな声に、一郎太は振り返り、学生姿の支配者を見ると深々と頭を下げた。
「陛下、ナイ様は少しお取り込み中なんです」
「お取り込み中?何やら変な<
一郎太がそっと扉を開けて二人で覗き込むと、支配者もそれに合わせて中を覗き込む。
風に靡くカーテン。唇の繋がる二人。
そっと扉は再び閉じられた。
「──何かあれば、お前が<
「はい、三本お預かりしております。でも──あれが終わるまでは大概使わないかもしれません」
「ふ、いい感性だ。では、私は行く」
一郎太がまた深く頭を下げると支配者は消えた。
いくらかの時間を一人で過ごし、恐怖から内発的な混乱を来している生徒を神官が押して来る姿が廊下の向こうに見えるとまた扉を開いた。
中では二人が耐え難いように抱きしめ合い、何かを静かに話していた。
「──神官と生徒来るよ」
「──そう、追い払っておいて」
「無理な相談だって」
「だってさ、レオネ」
「……追い払っておいてくださいませ」
「無理だって言ってんの」
すでに一人追い払っていることを知らない二人はワガママだった。
後に、レオネは卒業と共に大神殿に仕える神官となる。
時に神の子より祈りを求められる彼女は他の神官達とは全く異なる存在であると、神官達の中でも一目おかれて行くことになり、いつしかナインズに手を引かれるように力を付け、第五位階まで扱えるようになるらしい。
その時にはもう三十代も中盤だったが、彼女は女性として初めて、かつ異例の速さで最高神官長へと上り詰めて行く。
満場一致で彼女は二十代で就いた境の神官長から最高神官長になった。
ナインズがキュータの名前を名乗らなくなっても、その願いとは裏腹に、彼女は生涯、決して伴侶は持たなかった。
自らは神に仕える身であると最も模範的な神官──そして、神聖な神官として歴史に名を残す。
神官達はたまに、神殿の影で二人が手を繋ぎ合い、そっと最高神官長に口付けを落とす神の子を見たらしい。
最高神官長が木陰で最高神官長の帽子を脱いで神の子にもたれて休む姿もあったとか。
四十になればその額に口付け、五十になればその手に、六十になれば髪に、いつしか七十になれば指先だけの触れ合いに。
二人の間に他にどれ程の触れ合いがあったのかは神官達には分からない。
いつも気高くあった彼女は七十三の若さでこの世を去る。
第五位階の魔法を扱える者達にはある程度一般的になっていたフールーダの老化を止める魔法も彼女は使わなかった。超高額な金銭を必要とすると言うこと以外に、闇の神も受け入れたいと。
神の子は国葬の時、ローラン最高神官長に跪くように泣き続け、聖骸をその手で神の地へ運ばせてほしいと頼んだらしい。
二度と目覚めない、歳もすっかり離れてしまった彼女を、美しいと言った第六階層の空の下に連れ出した。
そして、気高き彼女の体と共に眠り泣いた。花をたむけ、話しかけ、時に口付け、また涙をこぼす。
それを見ていた神々が息子を哀れに思わない日はなかった。
──そして、赤い時計を背負った父の手により、一粒の種が差し出される。
『──ローラン最高神官長、せめて言わせてくれ。ずっと愛していた。愛していたんだ』
『……あぁ、殿下……。わたくしも……六つであなたに恋をして──十六であなたを愛して──以来、ずっと……愛しておりました……』
『ありがとう……。私は君の愛に救われ続けてきた。──愛している、これからも、きっと君だけを』
『……ナインズ殿下……。あなたのおかげで……わたくしは本当に……幸せだった……。……あぁ……次に生まれてきたら……きっと……二度とあなたを一人には……』
『ローラン……。……ローラン?』
『……次は……きっと……キュー……タさん……』
『嫌だ……。嫌だ……レオネ!次なんか、次なんか!!僕は本当に君が──────』
光の濁流に押し流され、目覚めた。
「──ここは」
レオネはあまりに青い空に目を細めた。
「目が覚めた?」
その声に、ゆっくりと起き上がると、その愛しさに微笑んだ。
「……ナインズ殿下。まさか御身をまた見ることができるなんて。御身がまたいらっしゃると言うことは、こちらは天国?」
「はは、似たようなものかもね。ローラン最高神官長、私は君にもう一度頼みたい事がある……」
「なんでございましょう。この不出来な神官にお聞かせくださいませ」
体が軽い。歳をとって重たくなった体に儀式用の法衣を纏っていた。こんなに軽々と動けるのはいつぶりだろう。
レオネは起き上がると美しく瑞々しい芝の上に居住まいを正した。
ナインズも居住いを正す。片膝をつき、まだ青年だった時にレオネに渡した魔石をその胸の前に差し出した。それはレオネが生涯肌身離さず預かり続け、死の間際に返した物。形はもう、当時の未加工ではなくなっていたが。
「もう一度……神官と神の子ではなく、ただ、私と共にあってくれないか……。ただ真っ直ぐだったあの頃のように……」
驚愕にレオネの目が見開かれる。それは、決して望まず、必ず諭すと決めた言葉だったから。
「わたくしは……命を落として以来都合の良い夢を見ているのでしょうか」
「夢じゃない。どうか、次こそは私と共に果てない命を生きてほしい。ナインズと共に」
「……歳を取ったら、大抵のことでは驚かないつもりでしたのに……」
「やっぱりダメだろうか……」
レオネは静かに首を振ると、いくつかの涙を落とした。
「嬉しい……。嬉しくて、言葉もありせんわ……。本当は殿下の手を取って、あなたに溺れたかった。あぁ……後一分一秒でいいから、あなたと生きていたかった。あなたのそばで……ただ……。次は、次はきっと……あなたと……生きていきたい……」
「……私もだよ。ローラン、おいで」
ナインズはレオネの手を取り立たせてやると、眼前に広がる湖の畔に連れ出した。
「──ご覧」
促され、恐る恐る水面を覗き込む。
レオネは再び目を丸くした。
「こ、これは……」
その頭の上には金色の輪。背には白い翼があった。そして、ナインズと変わらない歳に見える美しく若い頃の顔。歳をとって真っ白になってしまったはずの髪はうっすらとハニーピンクに輝き、唇もみずみずしいものになっていた。
「君の二度目の人生は、私にくれないか……。ローラン最高神官長」
「あぁ……そんな……」
「──……僕と生きてほしい。愛してるんだ、レオネ」
「──キュータさん!!」
レオネは泣きながらナインズに飛びつき、そのまましばらく肩を震わせたらしい。
彼女に与えられたのはもはやナザリックには貴重な支天の種子。天使へクラスチェンジできる昇天の羽を上回る力を持つレアアイテム。
聖人の内、
二人は涙を拭うことも忘れて互いに縋りあった。
ナインズは十六の時に自覚した恋の始まりを凡そ六十年の月日をかけて、ようやくナザリック普遍の愛へと変えることができた。気が遠くなるほどに長く、いつまでもいつまでも待ち続けた恋だった。
だが──彼女の人としての生涯を見守った六十年をただの恋だと切り捨てるには、あまりにも乱暴だろう。
相手の生を尊重し、押し付けることも、支配することもない。自身の役割と身分を忘れることなく、ただありのままの時の流れを受け入れ、その度に自身の選択とあったかもしれない未来に思いを寄せる。
彼らはきっと、両親が当時たどり着くことのできなかった愛の形を手にしていた。
いつしか夕暮れが訪れると、二人の元には神々が訪れた。
「ローラン最高神官長。わずか六歳の頃からお前は本当によくナインズに仕えてくれた。これからは、天使レオネ・チェロ・ローランとして時を歩むが良い」
「ここは悠久の地、ナザリック地下大墳墓。生を終えた時に訪れる
レオネは神殿に仕えていた時と同じように跪き、深く深く頭を垂れた。誰よりも深い忠誠を胸に。涙は止まることはなかった。
「我が身にはすぎた施しを頂き、言葉もございません。どうぞ──御方々がお許しになるその刹那だけ、我が身を神の地に寄せることをお許しください」
神々は静かに頷いた。
ナインズはレオネを引き立たせると、子供のような顔で言った。
「レオネ、案内するよ!」
「──はい!キュータさん!!」
二人は子供の頃のようにナザリックを駆け回った。
一郎太は泣きながら笑ってレオネを迎え、抱きしめ、二人を祝福した。
決して相手の人生を縛らず、望む全てを後押しすると決め待ち続けた数十年。
決して相手を見誤らないと決め、人々の手本であり続けた数十年。
互いの立場を忘れずに生き続けた二人の自由は始まったばかり。
そうして、ナインズの恋は成就するが────────今はまだ、そのことを知る者はいるはずもない。
二人の小さな触れ合いは六十年続く。
うわあああ!!( ;∀;)レオネ……れおね〜〜……
れおねぇ、うぅ……れおねぇ……(語彙ゼロ
誰でもないキュー様とたくさん恋をしてね…
次回、明後日です!最終回だと思った(何回目
Re Lesson#38 閑話 ある青春の日
カマエル - Wikipedia
神の力を象徴しており、神の立てた正義を前提にして、神に敵対する者達を容赦なく攻撃するといわれている。
こーれはまた随分強火の神様崇拝系天使やなぁ…