カッツェ市から戻った翌日の安息日。
「──じゃあ、僕はこれで。ロラン、本当にごめんね」
ナインズがカフェ・マスコンパスの席を立つと、一郎太もそれに続いた。
バイス組男子はそれを見送り、背が見えなくなるとようやく口を開いた。
「……謝られちゃった」
「……ロラン、大丈夫?」
カインがロランの顔を覗き込んだ。
エルミナスとリュカ、チェーザレも様子を伺い、ロランの返答を待った。
「うん、大丈夫」
「ほ、本当に……?」
ロランは手元のココアを眺めながら頷いた。
「レオネに同情して抱いたとか言ったらグーで殴ってたけど、あんな風に恋しいなんて言う人相手に、何も言うことないよ。ただの両思いだもん」
キュータは恋しく思う気持ちが、彼女を見守ると決めた気持ちを超えてしまったとロランに頭を下げた。ロランの気持ちを知っていたのにごめんと深く。
「それに──僕は正直、嬉しく思った」
「う、嬉しく……?ロラン……君、精神構造やばくなってない……?」
カインが言うと、チェーザレが横から「しっ!カイン様!」と言った。
「だ、だってチェーザレ……」
「ロラン。俺はお前の気持ち、分かるよ」
リュカが呟くと、ロランは笑った。
「羨ましいでしょ」
「うん。普通に羨ましい」
「……片思いの二人……キュータ様のせいで脳みそやられてる……」
「やられてないわ!──正直、イシューもそうやってキュータと一回付き合って、別れてくれたら諦めも付くだろ。今のままじゃ、俺はいつまで待てば良いのかわかんないよ。ロランはいつまでって時間の制限が見えたんだ。羨ましく思わない方がおかしい。ま、親友が恋を叶えたって言うのも嬉しいけどさ」
「ふふ。僕はキュータ君がキュータ君を名乗る間、少しレオネの面倒を見ててもらう気持ちでいれば良いんだからね。学院生活が終わる時、レオネは多分またキュータ君を振るよ」
「はー。レオネ、凄いやつ。キュータ──というか、殿下振るのなんて多分あいつくらいしかいないのにキュータもある意味よく選んだよ」
待たされ男子二名はおかしそうに笑った。
「──私はそう言う意味じゃ、レオネには折れて欲しいよ」
エルミナスはホットマキャティアをつまらなそうに混ぜていた。
「うわ、ロラン。エル様は一郎太派だ」
「……一郎太君、キュータ君が一回振られた時レオネに掴みかかるかと思ったって言ってたね。一郎太君にそんな事されたらレオネ普通に死んじゃうよ」
「私は一郎太の気持ちが分かるよ。私なら多分平手打ちしてた」
「ロラン、次会う時エル様は置いていこう。エル様は絶対キュータの味方だから」
「キュータが絶対に私の味方だから私だって絶対にキュータの味方でいたい」
「すごい自信だ……」
男子は大笑いすると、ロランはつきものが落ちたようにホッとした息を吐いた。
「──エル君!キュータ君、まだその辺歩いてるだろうから<
「ははは、それは賛成。ちょっと待っていてね。──<
エルが<
しばしの時を過ごすと、「ロラン!ロラーン!」と走るキュータが見え、ロランは席を立ってキュータへ駆けた。
「キュータくーん!」
どかんとぶつかるように抱き合うと、キュータはロランに「ごめんね、ロラン。ごめんねぇ」と小学生の頃と何も変わらない様子で言い、一緒に戻った一郎太は兄か何かのように安心した顔をしていたらしい。
結局、皆でキャッチボールをした。
キュータとロランはレオネって可愛いねぇと──ある意味振られた者同士で話したらしい。
日常が戻り、いつも通りの授業終わり。
レオネが帰り支度を始め、忘れ物がないように確認を済ませた頃、教室の後ろの扉の枠が叩かれる音がした。
「──レオネ、少し良いかな」
「あ、キュータさん。どうぞ」
キュータは一郎太を廊下に残して教室に入り、真っ直ぐレオネのところに来ると、空いている隣に座った。反対側にはファー。前にはルイディナとヨァナがいた。
「どうかされまして?」
「うん。デートでもどうかと思って誘いに来てみた」
全くいつも通りの雰囲気でニコニコしてキュータは言った。
周りの女子から残念そうな声が漏れ、ざわめいていく。
そちらに耳を傾けると、「きゃー!」「やっぱり〜!」「えーん、レオネちゃんじゃ仕方ないよ〜」「やだやだー!」「誰かのもんになったら楽しくない……」「一軍は一軍とくっ付く」「幼馴染だって言ってたもんね」「悔しいー!」「シェイプシフターも愛の力で見破ったって」「嘘でしょ!?聞きたくない!!」ともう本当に好き勝手言っていた。
ヨァナ、ファー、ルイディナはいい笑顔でレオネの背を叩いた。
「やったわね、レオネ。記憶なくして良かったじゃない」
「あたし、友達がで──首席君の相手なんて鼻が高いよ!」
「本当におめでとう〜!……ミノさんは……」
ヨァナがちらりと教室の外を見ると、一郎太はヨァナに「ん」と手をあげて挨拶してくれた。ヨァナはそれだけで嬉しそうに手をブンブン振り返した。
そんなやり取りに気を配る余裕もなく、レオネは顔を真っ赤にしてキュータを見上げた。
「あ、あなた……そんなに堂々と誘いに来たりしたら本当に恋人できなくなりますわよ」
「ん?ふふ、君って恋人がいて良かった。──それとも、君、ちゃんと誰かと結婚する気になった?そしたらやめなきゃな」
「ないって言ってますでしょ」
「じゃあ僕は可愛い僕の恋人を誘いに来ても許されるはずだ」
髪の毛にくるりと指が絡まり、キュータは髪に口付けた。
教室中から悲鳴のような黄色い歓声のようなものが上がり、レオネは顔を真っ赤しにて俯いた。
「あ、あなた恥ずかしくありませんの……」
「別に?それでね、週末君を連れて行きたい所がある。予定はどうかな」
本当にあっけらかんとしていた。
「……第一安息日には用事が。第二安息日は空いてますわ」
「じゃあ、君の第二安息日は僕にくれないかな」
「構いませんわ。それより……あなた、その言い方なんとかなりませんの……」
「ん、ごめん。命令みたいだった?」
そうじゃない。レオネは参ったとキュータを見た。
僕にくれないかとか、そうじゃなくて、もっと心臓への刺激が少ない方法はないんだろうか。一緒に出かけようとか、もっとあるだろうに。
キュータはムム……と口に手を当てて悩んでからまた口を開いた。
「今度の第二安息日は君が欲しい」
さっきより悪い。レオネの隣でファーが机に倒れる音がした。
「ち、違いますってばぁ……」
「そうか……。難しいね。うーん……。あ、分かった」
「本当に?」
「うん。分かった分かった。ごめんね、僕の希望ばっかりだった。一太にも疎いって言われたんだよね。──レオネ、僕の第二安息日を君に捧げさせてくれないか」
前に座っていたヨァナがぱたりと倒れる。
レオネはもう泣きたかった。
「違いますってば!!」
「えぇ……ごめん。なんて言ったら良い?僕って本当に疎いんだな」
「……そう言う時はどこどこにお出かけしようって言うんですのよ……」
「あぁ、それはそうだ。行き先が必要だったね」
やっぱりそうじゃない。レオネが苦笑していると、ふと肩が抱き寄せられた。
耳に迫る唇を隠すように手が添えられる。
「──ここでは言えない場所に連れて行きたい。君と二人だけで」
レオネの頭からはドカンと火山が吹き、机に倒れた。
「良いかな?」
「い、いいですけど……。……あなた……もう……本当に……」
「ありがとう、じゃあ、またね」
キュータは嬉しそうに笑うと平気な顔でひょいと立ち上がり教室を出ていった。そして、もう一度顔を覗かせて手を振って本当にいなくなった。
レオネの顔は真っ赤で、もう泣いてないのが不思議なくらいだった。
「……レオネ、私達はこれからそれを見せられなきゃいけないわけね……」
「……ミノさんに話しかけに行きたかったけど腰抜けて無理だった……」
「さすが首席君です」
ルイディナだけがふんふん言って頷いていた。
そして第二安息日。
ナインズは
大神殿の待ち合わせではレオネも神官も気を使いそうなので、待ち合わせはカフェ・マスコンパスの前にした。
ナインズは大変早く着き、温かいチャイをいつも通りシナモンたっぷりで頼んだ。
だいぶ外が寒くなってきたので、テラス席は人が少なくなり始めている。
一人で約束の時間までチャイを飲んだり、神都新聞をめくっていると、向こうから一生懸命走ってくるレオネの姿を見つけた。
気持ちが抑えられないように立ち上がって迎えると、目の前まで走って来たレオネは寒さからか鼻も耳も真っ赤にした顔で笑った。マフラーの中に顔の半分は隠れていた。
「レオネ!おはよう」
「キュータさん!ごめんなさい、お待たせしました!」
「ううん。時間よりずっと早いよ。急がせたね。ごめんね」
「いえ、早く会いたかったから」
「はは、一昨日学校で会ったばっかりなのに。──でも、僕も君を誘ってから今日がすごく待ち遠しかったよ」
ナインズが手を取り、手袋越しの手に口付けるとレオネはますますマフラーに顔を埋めた。
「あの……祝福……?」
「ううん、ただの愛情表現」
レオネは赤い顔でキュータの手を取ると、マフラー越しに口付けた。
「わ、わたくしも。キュータさんに愛情表現」
「はは、素直に嬉しいよ」
神都新聞を
「行こうか」
「は、はい。でも、どちらに?二人でなんて……本当に一郎太さんもいらっしゃらないの?」
「うん、一太は置いてきた。その方がレオネは色々気にならないかなと思って。まぁ、今は護衛が八人付いてるけど」
「は、八人も……?どちらに?」
レオネがキョロキョロするのを
「それは秘密。──それより、僕考えたんだよね」
「何をですの?」
「いわゆる普通の人みたいに、僕もキュータとして護衛なしの単体でいる方法とか、君が休まるところとか、喜びそうなところとか、とにかく色々」
「そんな、宜しいのに。気を使わせて悪いわ」
「僕がしたいからするだけだよ。それに、今日は少し長く付き合ってもらおうと思う。僕は君の本質は知ってるけど、そうじゃない所は全然知らないから。前にいなくなった時どこにいるか全然分からなかった」
「でも本質が分かってたら十分すぎますわ」
「そんな事ないよ。誘い方も君の気にいるのにたどり着くまで随分かかったし」
レオネはそれはそうだと思い、この人を多少教育する必要があるかもしれないと思った。
「それに、君が何が欲しいかとかも何も分からないんだから」
「わたくし、あなたの摘んで来て下さるお花、好きですわよ」
「何かもっと気の利いたものを渡せれば良いんだけどねぇ」
「十分だわ。ありがとうございます」
レオネは本当に花で十分だ。花がなくたっていいのだから。幸せそうに笑うと、キュータは腕輪を抜き、そっとレオネに持たせた。
「君の幸せのために奔走するって言った僕には不十分だよ。──これ、少しだけ持っててね」
レオネが素直に腕輪を大切そうに持つと、キュータはレオネの肩を抱き寄せた。道端で、周りからちらりと視線が集まる。
「あの、こんな所で……」
「ごめんね、今だけ少し我慢してね」
ナインズの出立ちを理解する神都の人々からの視線が大変痛かった。
「──皆、じゃあ向こうに行くね。帰り道に気をつけて」
カフェから二人の影が消えると、ハンゾウは
レオネは抱き寄せられていた腕の力が抜けると辺りを見渡した。その手から腕輪がそっと抜きとられる。
「ありがとね。調子悪くなってない?ある程度魔法を使う人はそれを持つと気分が悪くなる──らしい」
「いえ、平気です。……あの、ここは……?」
「エリュエンティウ、天空城だよ。──あ、キイチ!」
美しい池を避けるように、異国の格好をした小姓が駆け寄る。
「ナインズ様!いらっしゃいませ!」
「キイチ、散歩させてね」
「どうぞ!何か手配しますか?」
「ううん、何も。ありがとね。今日はほっといて欲しい日だから」
「ほ?」と言うと、キイチはレオネを見て頷いた。「──なるほど、かしこまりました!それでは、失礼いたします」
「うん、じゃあね〜」
あっと言う間にキイチがいなくなる。レオネは挨拶する隙もなかった。
「あの、エリュエンティウって、砂漠の上の……?」
「うん、温度は通年調整されてるけど、冬の格好だと暑いよね。おいで」
レオネはただ手を引かれて足を動かし、辺りを見渡した。
あちらこちらにある透き通った池と、見上げた先にいる笑顔のキュータがあまりにも綺麗で言葉がでなかった。
「……綺麗」
「同感。君がいるとここもただの庭には感じないな」
ただの庭とは。レオネが思っているうちに景色はどんどん迫ってくる。
向かう先にある天使が作ったと言う城は荘厳で、大神殿を見慣れているレオネでさえ驚嘆させた。
全く何もかもが完璧で、身の置き場がないようにすら感じてしまう城内。
ナインズは二階に上がると、一番奥の部屋の扉を開いた。
「──別に誰の部屋もないけど、遊びに来ると僕はここに荷物を置いたり昼寝したりしてるから、殆ど僕の部屋。これからは君の部屋にすると良いよ」
「あの、わたくしの部屋なんて、そんな。畏れ多くて」
「はは、君は今日誰と過ごしてんの。何も気にしないで。ここはナザリックを除いて、僕が僕だけでいてもいい場所なんだ。護衛も一人もいらない。今日は天空城全体で、管理を任されてるキイチ一人と、ゴーレム達しかいないから」
「……じゃあ、本当にキュータさんでいられる場所……?」
「うん。場所が場所だけど、レオネもレオネでいて良い場所だよ。神官も何もない。君の生まれと僕の生まれを比べる人もいない」
開けられた扉の向こうはやはり夢のように素敵な部屋で、見たこともないほど高級そうな家具が並んでいた。
踏むことすら躊躇われるような絨毯が敷き詰められているが、ナインズは何も気にしないらしく、レオネの手を引いて中に入った。
「素敵すぎて……わたくし……」
「はは、まだ素敵なもの見に行ってないよ。荷物置いたら外に行こう。きっと君は気にいるから」
言われるまま荷物を置き、外した手袋をソファに置く。
レオネは夢の中にいるようにふわふわとした気持ちだった。
ナインズもシャツとズボンだけになると「ふぅ……」と息を吐いた。
最後に剣と杖すら腰から外すと、ナインズはじっと自分を見つめるレオネを見て首を傾げた。
「どした?」
厚着をしていると分かりにくい屈強な体と、大きな手。
レオネは何だか、妙に目のやり場に困った。
「えっと……あなたが剣も杖も外してしまうなんて良いのかしらと思って」
「キイチもどっか掃いてるだろうけど、レオネと二人しかいないのに剣も杖もいらないでしょ」
「わたくしがいきなりあなたを攻撃すると思わないの……?」
「思わないよ。少しもね」
キュータは微笑んでレオネを見下ろした。
「君のそばにいると落ち着く。僕は僕でいられるよ。ありがとう」
抱きしめられると、色々なあまりの熱さにレオネは目をギュッと閉じた。
「あ、あついわ……」
「はは、そうだね。コートは暑いよ」
レオネは赤い顔でブラウスとスカートだけの身軽な姿になると、またキュータに手を引かれて部屋を出た。
来た時とは違い、玄関ホールの方ではなく建物の裏手に回るように城を行く。
扉を開けると、あまりの眩しさにレオネは目を細めた。
そこには庭があり、眼前には美しい蓮池が広がっていた。
何か見覚えがある。
「綺麗ですわ……。絵みたい」
「本当だね。足元気をつけて。向こう側まで行くよ」
池は透き通りすぎていて、中を泳ぐ魚達も、浮かぶ蓮の花も何もかもが空中にあるように見えた。
飛び石に行ったキュータがレオネに手を伸ばし、レオネはやっぱりそれをとった。
飛び石を点々と二人で飛び、最後の一歩を踏み外しかけると、ひょいと簡単に抱き寄せられた。
「おっと」
「ご、ごめんなさい」
「レオネ、寝不足?」
「ううん。でも……なんだか……夢みたいで……何も考えられないの……」
「それは良いことだね。君は色々考えすぎるから」
そのまま抱き上げられると、レオネはキュータの肩に手を回した。
「……どうしよう……本当に……。わたくし……」
「どうもしないでいいよ。君はいるだけでいい」
キュータは池のほとりに腰を下ろし、鳥の鳴く声くらいしか聞こえない場所でレオネは抱えられたまま身を任せて過ごした。
髪を何度もキュータの手が滑っていく。
心臓が痛いくらい鳴っていて、レオネは息が止まりそうだった。きっと、今ナインズはレオネの祈りを聞いている。レオネは自分の祈りが濁ってるんじゃないか怖くなった。
「──レオネ、向こう見てごらん」
蓮池を見渡すと、ここがどこなのかようやく理解した。
「あ──ここ、お写真の?」
「うん。君は気にいるかと思って」
「す、すごい……」
レオネはゆっくりとキュータから降りると、理性から行儀が悪いと言われながら、そんなことに気を配ることも億劫で、靴と靴下を脱ぎながら池へ向かい裸足になった。
池に入るとスカートが濡れないようにそっと持ち上げ、花をすくった。
「これも、これも、皆……神話の世界だわ……!キュータさん!すごいすごい!見て!すごいわ!」
「ははは、そうだね。すごいね」
キュータは借りてきたカメラで一枚だけ写真を撮った。いつか離れていくかもしれない彼女の姿を手元に残しておこうと。
花をすくっては笑い、水滴に輝く姿がカメラから吐き出されると、キュータは大切にそれをしまってから後を追って池に入った。
神都に出るために魔法の装備を着てきていないので、肌の周りをズボンがふよふよと水に弄ばれて浮かぶ感触がした。
レオネもいつしかスカートが濡れてしまうことも気にせずに両手いっぱいに花を抱え、感激に瞳をキラキラさせた。
「これもこれも、こんなに綺麗!どうなってるのかしら!」
「レオネ、あんまりはしゃいで滑んないでよ〜」
「大丈夫!キュータさん、ありがとう!わたくし本当に嬉しいわ!」
レオネが眩しすぎてキュータは目を細め、一つ花をすくうとレオネの耳に掛けてやった。
普通の睡蓮なら、本当なら茎が蓮根に当たる部位に繋がっているはずだろうに、まるでここで絵のように浮いていることだけを義務付けて生み出されたかのような花は美しい部分しか持っていない。
ナザリックにある全てに似ている。そうあれと生み出されるものたちだ。
「エリュエンティウウォーターリリー、持って帰る?」
「え、そ、それは流石によろしくないんじゃ。お写真にもなってるようなところなのに」
「良いよ。持って帰りな。僕なんか子供の頃ここで散々泳いだし花もいっぱい摘んだしね。一太と向こうで釣りして、二の丸が落っこったりもしたよ」
レオネがたくさん抱える睡蓮の上に一度腕輪を乗せると、「──<
頭で咲く睡蓮が魔法の力に包まれ、レオネはそれに触れると、抱えていた花を放り出してキュータに抱きついた。
「──っわ!」
勢いのまま池の中に転がり、キュータは目をぱちくりさせ、抱き付く嬉しそうなレオネに笑った。
「ありがとうございます!わたくし、これ一生大切にするわ!!本当にありがとう!!」
「ははは、そんなに喜ぶならもう池の花全部集めようか」
びしょ濡れの顔に張り付く髪を避けてやる。本当に眩しかった。
「そんなことができるの?集めて下さいませ!きっとすごいわ!」
「はぁい。お待ちください、お姫様」
また腕輪をレオネの手の上に置き、キュータは池に向かって手を広げる。
「<
ギュッと手を握りしめた瞬間、池中の花がくるくると回りながら池の上を滑って寄ってくる。
「わぁ……!あなたがされることって、なんでも美しいのね!」
「はは、君の心が綺麗だからそう思うだけだよ。どうする?いくつ持って帰る?集めたから全部?」
レオネは首を振り、池に座ったキュータに寄りかかるように抱きついた。
「お水の花畑はここで見るから、持って帰るのはこの一つでいいの。ここで、キュータさんと何度でも見ますわ」
「──それは、僕がキュータを名乗らなくなっても?」
「……ここならあなたはキュータさんを名乗ってくださるはずだもの」
「名乗るよ。そんな事で君といられるなら」
キュータはレオネの頭の後ろに手を回して引っ張り寄せた。
唇が触れ、慈しむようにはむ。レオネから流れてくる祈りでナインズがいっぱいになると、キュータはそっと離れた。
「……レオネ、好きだよ。君が本当に恋しい」
「……わたくしも。……キュータさんが好き……」
「僕は君をもっと真面目に口説かないとな」
「な、何言ってますのよぉ」
「そうしないと、君をよそにお嫁にやらなきゃいけなくなる。僕は必死になって君に跪かなきゃ」
「誰にもお嫁になんて行かないって言ってますのに。わたくし、隣に並べなくても永遠にあなたのものだわ」
レオネは浮かぶ花びらをひとつと掬うと、ナインズの唇に当てた。
「殿下、愛しております」
花びら越しに唇が触れると、ナインズはすぐにそれを捨てた。
「──祝福させて」
二人は若さのまま唇を繋げ、離れ難いようにすがった。池の上に生まれた花畑で、かつて両親がそうしたように。
時間がどれほど流れたか分からない頃、ようやく二人は離れ、レオネから切ない息が漏れた。
「──そろそろ上がろうか。寒くなっちゃうからね」
「はい……」
水から上がると、衣服の重たさにズンッと大地に引き寄せられるようだった。
よろけるレオネの手を引き、キュータは腕輪を外した。
「乾かすから──あ、いや……えっと……」
スカートを絞るレオネを見るとキュータの目は泳いだ。
「乾かしていただけること、期待してましたの。ふふ、悪い子でしょ」
「ちっとも。僕の力は君のものだよ。でも──えー、一度部屋に行こう。今のままじゃそっちが見れない」
「え?」
首を傾げたレオネは自らを見下ろすと、カッと顔を赤くした。冬の厚手の服とは言え、レオネのブラウスは透けていてキュータは目のやり場に困りながら手を引いた。
二人して足早になってしまう。
「僕は少し向こう寄ってから行くから。君先に部屋行ってて。場所分かる?」
「わ、分かります」
レオネが頷く気配を察るとキュータは振り返りもせずに廊下を駆けた。
レオネも部屋へ駆けた。
(わ、わたくしバカだわ!)
何も考えてなかった。
最初に池に入った時は乾かしてもらえるしとスカートが濡れることも大して気にしていなかったが、その後はもうあんまり世界が素敵すぎて、頭が空っぽになっていた。
(バカな女だって呆れられてるかも……)
外の光に明るく照らされた部屋に入ると、手に持って来た靴を置いてどうしたもんかと無駄に部屋を見渡した。
そして、扉がノックされた。
「は、はい!」
「これ、好きなの着てね。服はそこに重ねといてくれたら<
服を持った手が差し込まれ、それを受け取った。そして、とんと四足ほど魔法の靴も置かれる。
とりあえず一番上に乗る服をちらりと見るととんでもなく高そうなドレスワンピースだった。しかも、魔法の効果がかかっている。
「わ。こんなの、き、着られませんわ」
「メイド呼ぶ?」
「そういう意味じゃないの」
「あぁ。──それなら僕が手伝おうか」
「えっち!」
「はは」
手はパッと引っ込み扉が閉じる。
扉の向こうからはおかしそうな笑い声がしばらく続き、遠ざかりながら消えた。
彼の様子はすごく自由そうで、ここはある意味やっぱりあの人の家なんだなとレオネは笑った。
(落ち着くのね。……なんだかんだ、神都は人目があるもの)
レオネはここで子供のような彼と、同じように子供のようでいようと思った。
昨日、友人達にも言われたように──。
昨日、第一安息日。
レオネはカフェ・マスコンパスでキュータが好きだと言っていたチャイを頼んでいた。シナモン多め、ミルクフォームでふかふかに。
(……なんて……なんて言おう……)
レオネは先週学校帰りに皆の家に話があると書いた手紙を配って歩いた。<
皆も良いよという手紙を返してくれることで、初めて集まる約束は取り付けられる。
オリビア、アナ=マリア、イシュー、──イオリエル。
皆が集まれる今日、ちゃんと話さなくてはいけない。
一人で早めに来たカフェで頭を抱えていると、「わっ!」と大きな声と共に、四人が姿を見せた。
「び、びっくりしましたわ。皆さん。早かったんじゃありませんこと?」
「うん!キュータくんのお誕生日会のことかなって思って!早く来ちゃった!」
オリビアが嬉しそうに席に座り、イシューも「皆考えることは同じだったみたいだよ!」と座った。
アナ=マリアは一つ席を引き、イオリエルを抱えて座った。
「……キュータ君、何が欲しいかな」
「
「そうだよねー。キュータ、欲しいものがあったらいくらでも手に入るだろうしねぇ」
四人がうーん、と悩む。
「──レオネは?どう思う?」
「あ、えっと、わたくしは……どうかしら。聖歌は随分お好きみたいだけど」
「……私、歌えない」
「しかも誕生祭の方で散々神官達から捧げられそう!」
「そうじゃな。此方はそれに参加する予定じゃ」
「えぇ〜イオちゃん良いなぁ。私も行ってみたぁい。お願いしたら呼んでもらえないかな?」
皆それぞれ感想を述べると、その後もあれが良いんじゃないかこれが良いんじゃないかと話を続けた。
たまたま店員が通りかかったタイミングですぐさまイシューが全員の注文を済ませ、「大人ー!」なんて喝采を浴びる。
レオネは本当に皆良い子だと思う。
一番色々なことを感じる時期にナインズと時間を共にしたこの仲間達は、誰にでも分け隔てなく真っ直ぐだ。思いやりも、気遣いも、何もかもが完璧で──レオネはどうして選んでもらえた一人目がこの仲間達じゃなくて自分だったんだろうと心底思う。
恋人も妻も、一人しか持てない人じゃない。自分だけが特別なんて思わない。あの人に相応しい──この素晴らしい仲間達が、キュータではなくナインズの恋人になって生涯そばにいてくれたら、それはきっとすごく素敵なことだ。
そしたら、キュータはレオネの子供に会わせてもらうなんて言っていたけれど、レオネこそナインズと誰かの子供にも仕えるのだ。
それを想像すると──
「レオネ、聞いてる?」
隣に座っていたイシューが顔を覗き込むと、レオネはハッとした。
「あ、ご、ごめんなさい。なんでしたっけ」
「馬鹿な男どもも誘って、皆で考えようって」
「あぁ、そうですわね。いいと思いますわ。何だかんだ、あの方達理解者ですもの」
「だよね!じゃ、あいつら誘ってもっかいだね」
イシューが甘くしたコーヒーを飲んで締めくくる。隣のイオリエルとアナ=マリアはココアで、マシュマロが浮いていた。
「あんまり大人数だと、また大神殿の庭とかの方がいいかもしれんのう」
「……いきなりマスコンパスに来ても入りきれないかもしれない」
「何人になるかな?」とオリビアは指折り数え、シナモンたっぷりのチャイを一口飲むと「あ」と声を上げた。
「なんじゃ?」
「ね、レオネ!一郎太君もこっそり誘える?キュータ君がいつもそばにいて難しいかな?」
「あ、いえ。友人に頼んで手紙を渡しますわ。きっと大丈夫。この間もキュータさんが二人で出かけようって誘いに来た時あの方廊下で一人で待ってて──」
「わ!レオネ、キュータくんと二人でどこか行くの?」
レオネはハッと口を閉じた。
皆がごくりと喉を鳴らす。
「……あの……その……今日は……そのことで少し皆に報告があって……」
これで仲間たちからの友情に傷がついたら、レオネは立ち直れない。
スカートを握って俯いたまま顔を上げるのが恐ろしくてたまらなかった。
皆何も言わずに待ってくれている。ゆっくりと、時間の流れが泥のように感じる中で口を開いた。
「あの……わたくし……。この間の課外授業の旅行で……少し魔物に記憶を取られたりしましたの……」
「わ〜大変だったね?」
「いえ……それで……わたくし、本当にバカで……そばにいてくれてたキュータさんを恋人だなんて思い込んでて……それで……」
「それで……?」
「……キス、しましたの……」
四人は目を見合わせ、「ど、どこに?」とイシューが続きを促した。
「口……」
オリビアはガタンと立ち上がった。
恐ろしくて見れない。レオネはギュッと目を閉じると、スカートの上で握り込んでいた手をオリビアが取った。
「やった!!やったね!!それで!!それでどうなったの!!」
レオネはその勢いに思わず目を開け、興奮して嬉しそうに瞳をキラキラさせたオリビアを捉えた。
「あ、えっと……それで、魔物が倒せて……記憶も戻って、わたくし、キュータさんに謝りましたの」
「はははっ、キュータくん、なんて?」
「僕は構わなかったよ、って……」
聞いていたアナ=マリアはおかしそうに笑った。
「……ふふ、構わなかったって、なんだかキュータ君ぽい」
「は〜!私もちゅーしたら構わないよって言って笑ってもらえるかな〜!」
オリビアは両頬を押さえて幸せそうにその時を想像し始めた。
「はは、レオネだから許されてる気もする。それで、二人で出かけようって言うのは?」
イシューが話を戻すと、レオネは息を吐いて心を決めた。
「キュータさんがキュータさんを名乗る間だけ、そばに置いてもらえることになりましたの……。だから、二年半だけ……恋人ごっこっていうか……」
皆と目が合うと、一斉に四人は歓声を上げた。
「やったー!!レオネ、よくやったよー!!」
「大手柄!!頑張った!!すごいじゃん!!」
「……キュータ君をその気にさせた、初めてのこと」
「二年半の約束だって大したもんじゃ!此方ももう妹のフリはやめようかのう?」
「え?え?──み、皆……怒りませんの……?」
四人はまるで練習してきたような動きで首を振った。
「怒るわけないよ!だって、キュータくんは誰のことも意識したことがなかったんだよ!!」
「誰かが変えてくれなきゃ一生変わんなかった!!ほんっとに大転機!!」
「……でも、チューはやっぱり羨ましい。恋人にしてもらえたら、チューもし放題?」
「此方、早く大人になれんのか……」
やったやったと嫉妬するようでもない友人達に、レオネは気の抜けた笑顔を見せた。
だって、レオネもこの中の誰かがそうなれたらどれだけ嬉しいか。皆でキュータの恋人になれたらすごく素敵だと思う。
「は〜!レオネが一人目だったかぁ!私やっぱり慎ましさが足りないのかなぁ?」
「ははは!オリビアは慎ましいとか慎ましくないとかじゃないもんねぇ。でも、それを言ったらあたしだ。レオネとは一番反対だしなぁ。お淑やかだけど言うことちゃんと言ってくれる人って中々なれないよねぇ」
「……しかもレオネちゃんは頭もいい。美人だし、ちゃんとしてる」
「む、レオネ、ちゃんとしすぎないようにするんじゃぞ。子供心を忘れないように。学生の間だけ一緒にいるなら、キュータ様の最後の自由を尊重してほしい。其方も目一杯自由に過ごすんじゃ!」
皆からの祝福にレオネは涙を堪えて何度も頷いた。
「わたくし、たくさんあの方の思い出を作りますわ!でも、きっと皆は二年半と言わず一生を共にする女性になって!オリビアは優しくて絶対あの方を幸せにするわ!アナ=マリアはどんな時でもきっと癒して差し上げるだろうし、イシューならどこにだってきっと走って付いていける!イオリエルはその長い命で、あの方を絶対に一人ぼっちにさせない!わたくし、皆がいて本当に良かった!」
五人は肩も頭も寄せ合って笑い合った。
そして、「レオネも二年半なんて言ってないでお嫁さんにしてもらおうね!」とオリビアが言うと、レオネはやっぱり笑った。
レオネはキュータに届けられた服をベッドに並べて見た。
どれも一国の王女が儀式や祭典の時にだけ着られるような一級品ばかり。ぼんやりと魔法の効果が光となって漏れ出ているようだった。
これは誰の服なのだろう。
それこそ、皆で着飾って過ごせたらすごく楽しそうなんてちょっと思ってしまったりして。
レオネは濡れた服を脱ぎ、一番装飾の少ない白いワンピースドレスに身を包んだ。
天使の城だったというだけあって、翼のある種族のためのものなのか背中が信じられないくらい開いている。
首の後ろで銀色の金具を止めると、魔法の装備はレオネの体にぴたりとフィットした。
着ていたものを畳み、そっと扉を開ける。
キュータは廊下の一番奥、すぐそこの窓を開けて外を眺めていた。
風に揺れる髪を押さえて振り返る。本当にバカみたいに綺麗な人だった。
「──着替えられた?」
レオネは頷くと、扉から顔だけ出して答えた。
「……着られましたけど、似合わないかも……。わたくし、こんなに良いものを着るの……初めてだし……」
「似合いそうなの探して来たつもりだけど、多分君は何を着ても似合うよ?」
「そんな事ありませんわよぉ」
「うーん?」
キュータは扉を開けると、レオネを見下ろして嬉しそうに笑った。
「綺麗じゃないか。やっぱり」
くしゃりとまだ濡れた髪を撫で、キュータは部屋に入った。置いてある杖を手に、腕輪を机に。
レオネと、レオネの服を乾かして綺麗にすると、くるりと杖を回して元の場所に戻した。
「ありがとうございました。ごめんなさい、わたくし何も考えてなくて……。バカだと思った?」
「ん?ううん。何も考えないのが正解だよ。──さ、お昼にしよう。また池に入りたくなるかもしれないから、服はそのままでいいよ」
「あの、でも、これどなたのですの?」
「僕のだよ。今日、さっきの時点でそうなった。君、これからはここに遊びに来たらまず着替えな。いつでも泳げるし、汚れないしね。とりあえず、そんなにいらないかもしれないけど十着用意したから」
「十日来られる……」
「ははは、じゃあ十日間来てくれる?デザインが気にいるのがないと困ると思って多めに用意したんだけど、良かった。明日も明後日も、放課後もおいで」
レオネはキュータに手を伸ばされるとそれに飛び込み、二人は外に出た。
池のそばにあった
レオネは初めて食べたナザリックの食事に目を剥いた。
隣のナインズはレオネを観察しながら食事をすすめていた。
「ね、ね、キュータさん」
「ん?」
「これも、こっちもすごく美味しい!召し上がられた?」
「まだだから僕のもいる?」
「え?ど、どうしましょう……」
レオネが悩んでいると、キュータはフォークで刺したレオネが名前も知らない美味しいものを差し出した。
「はい、あーん」
「えっ、ま、待ってくださいませ。あのね、美味しいから一緒に食べたくて、でも、もっと食べたくて」
「ははは、面白い。レオネって飽きないね。ちょっと待ってね。──<
「えっ、それってキュータさんとして本当にどうですの?」
キュータが二箇所に連絡を取り始めてレオネに返事もしないでいると、レオネの知らない美味しいものが綺麗に盛り付けられた皿が乗せられたワゴンを押すメイドが訪れ、デザートと一緒にテーブルに並べるとメイドはどこかへ消えた。
「もっと欲しかったら言ってね」
キュータは嬉しそうに言うと、さっきレオネにくれると言った自分の分を食べてレオネを眺めた。
レオネは「あーんは……?」と呟き、キュータは喜んでレオネをペットのように可愛がり、食事も終わると二人でエリュエンティウをあちこち見て回った。
年相応に駆け回り、抱きしめ、抱きしめられ、手を繋ぎ、写真を撮って、身を寄せた。
木を背に太陽からすら隠れ、レオネが目を閉じる。
それだけでキュータは木に手をついて口付けてくれる。
レオネはなんて幸せなんだろうと顔を赤くした。
唇が触れる度に満ち足りていく。
「──レオネは本当にかわいいね……」
キュータがそんなことを言って離れてしまうと、レオネはぐいっとキュータの顔を引っ張ってまたキスをした。
「離れちゃいや……」
「ははは、また可愛いこと言ってる」
そっと抱き寄せるために背中に手が回ると、ドレスの背の晒される素肌にふと手が触れた。
「──っ」
「あ、ごめん。そのドレス、似合うと思ったけどダメだったね」
「い、いえ。そんなことは」
顔を赤くしたキュータがそっと離れ、コホン、とらしくもない咳払いをして歩いていく。
レオネもその後を追った。
「午後、何します?」
「んー、散歩と……散歩と……散歩」
「ふふ、そうですわね。これだけ広いんですもの!」
「と思ってたけど、買い物とかいく?地上に降りても良いよ。おやつ食べにいくとかね」
「ううん、ここにいたい」
「そう?」
レオネは頷いた。
まだ見ていない深い深い池を二人で覗き込み、大きな魚が泳いでいくのを見送る。
鳥達に餌をやってみると、数えきれないくらい鳥が寄ってきてレオネの手からバクバクと餌を食べ始め、キュータは腹を抱えて大笑いした。
「ははは!ははは!そうか!レベルが低くて遠慮なしだな!皆、そんなにがっつくなよ!ははは!」
しっしとキュータが鳥を払いのけ、レオネも笑った。
髪にさしてくれた花の横にくっついた羽毛をとって綺麗にしてもらうと、また触れるだけのキスをした。
手を繋いで駆け出し、城に入ると誰もいない部屋を見て回ったりもした。一番広い部屋で、たった二人で踊ったり、玉座みたいなものに座ってみたり、宝物殿の前でそんな所は入れないと大騒ぎしたり。
最後には遠く砂漠に落ちていく夕暮れを眺め、レオネは綺麗だと目元を拭った。
一生見られないはずだった景色の中でキュータと一日過ごせて、眠る前に夢を見ていたような時間だったと言った。
今生の別れのような言い方にキュータは笑い、「十日連続で来るんでしょ」と背をさすった。
「そうだ。──レオネ、そのネックレスに入ってる魔石、数日借りても良い?」
キュータはレオネの胸元に下がるロケットを手にした。
「もちろんですわ。お借りしてるのはわたくしだもの」
レオネはネックレスから赤い魔石を取り出し、キュータに渡した。
日が落ちると、地上の街に
「──そろそろ送るよ。ごめん。帰すのが惜しくて言うのが遅くなった。門限ももう過ぎてたのに」
「わたくしも。帰るのが惜しくて送ってって言いませんでしたわ……。言われなかったら泊まって行こうって思ったくらい」
「はは、じゃ、言わなきゃ良かったな」
レオネは着て来た服に着替え、少しの触れ合いの後家の前までキュータの転移で送られた。
この間の修学旅行の帰りに送り届けた時にキュータは初めてレオネの家を見た。
アナ=マリアの家は大変豪邸なのでたまに皆で遊びに行くこともあったが、基本的に遊びに行くのはオリビアの書店までだった。あとは男子の家で男子だけで集まるなど。
玄関先でレオネはキュータを見上げ、
「──やっぱり戻りたい」
夢の醒める時間に、駄々っ子のように呟いた。
「本当に攫われちゃうよ。もうお帰り」
「……本当に素敵な一日だったんですもの……。終わってしまうのが惜しい……」
「ありがとう、僕もそう思ってるよ。君はさぁ行くよって言うことの方が多いから、そう言ってくれるだけで本当に嬉しく思うよ」
そっと抱きしめられると、離れがたさにレオネはキュータの首に手を回して抱きしめ返した。
そして、キュータがレオネの顎を持つと、レオネの後ろで玄関扉が開いた。
「レオネ?帰ってるのにいつまでそんな所で──あ、き、君。うちの娘に!こんな時間までどう言うつもりだ!!」
聞き知った声の後半は怒気を孕んでいて、キュータはそれはそうだとパッとレオネから手を離した。
「す、すみません。つい」
完全降伏のポーズを取ると、恥じらい顔を両手で覆うレオネの影からレオネパパはキュータを見下ろした。
「君──あ、あれ?こ、これは?キュータ君?」
「こんばんは、本当に遅くなってすみませんでした。彼女が一人で帰れないような遠くに連れて行ったのに、つい送るのが遅くなって……」
「い、いえ、そんな」
レオネパパはレオネを見下ろした後、キュータをもう一度見て、玄関扉を大きく開けた。
「良ければ、中に少しいかがですか?寒いですし」
「いえ、僕はこれで──」
「……晩御飯でも召し上がって行かれたら?お父様、わたくし今日お連れいただいたお城でお昼をご馳走になりましたの」
「それなら尚のこと!どうぞ、キュータ君入ってください」
キュータは頬をポリ……とかいた。
「じゃあ……お邪魔します」
今にも殺してやるというような雰囲気だったはずなのに。
キュータが家に入ると、レオネパパは満開の笑顔で言った。
「いや〜キュータ君ならいつでも大歓迎!妻にも挨拶させますね!」
レオネパパはうきうきと先導したが、キュータは護衛もいないのであまり長居はできないなと思った。
両親は息子の春に喜んでいるし、ハンゾウもすでに追いついているので構わないと思っているが、息子はそんなことを露とも知らなかった。
ちなみに今日を境に<
よく掃除の行き届いた広いホールを抜けてリビングに通される。
赤い髪を一つにくくったレオネの母が慌てて出迎えてくれた。
「キュータ様。このような所にわざわざ。すぐにお食事をお出ししますので。あら、一郎太様は?」
「突然すみません。今日は一太もいないんです」
「まぁ、じゃあレオネの今朝の何着ていこう攻撃は御身と二人で出かけるためでしたのね」
レオネは慌てて母の前に走った。
「お、お母様!いいから!そう言うことおっしゃらないで!」
「あら、うふふ。おばかよねぇ。朝から持ってる服全部着てみてたんですのよ」
「はは、ありがとう」
「もー!やめてくださいませ!」
レオネはコートを脱ぐと、キュータの背に回りコートを引っ張った。
「わたくし、これ置いてきますから!いただいたお花もちゃんとしてあげなきゃいけないし!!」
「あ、助かるよ」
キュータの肩からコートが降ろされ、レオネは脱いだ二人分のコートと睡蓮を持って玄関ホールへ戻って行った。
レオネの両親は嬉しそうに微笑み合い、レオネパパはソファを勧めた。
「本当にかしましい娘で。さぁキュータ君、どうぞお座りください」
「失礼します。レオネは今日誰と出かけるとか言わなかったんですね。本当にご心配おかけしました」
「いえいえ、わざわざ家まで届けていただいて感謝しております。ちなみに、レオネはどうでしたかな」
レオネパパはふんふん鼻息を飛ばした。
「本当に良いお嬢さんです。僕にはもったいないと理解していますが、恋しさに負けました。レオネより良い人はいないと心から思います」
「え?そ、それは──殿下は、レオネを」
「はい、好きです。できることなら貰い受けたい。彼女の人生をそばで見つめていきたい」
レオネママが食器を落とす音が聞こえると、キュータは腕輪を抜いてそちらへ<
「──は、す、すみません。家内がみっともなくて」
「いえ、十六才の分際でと呆れられても仕方ありません。ただ、本当に僕には彼女しかいないと思います」
「そ、そう言っていただけるなら、ぜひ」
いくらでもどうぞと言う雰囲気でレオネパパが先ほどレオネの出て行ったリビングの扉を見る。
キュータは深々と頭を下げた。
「……ただ、彼女にはやりたい事も思う事も色々あります。本当に尊敬するところばかりです。僕は本人から振られているので、いつか気が変わってくれたらいいなと思います」
また向こうで皿が落ちた音がした。
よいせと再び魔法を送る。この魔法は耐久力が下がるのであまり掛けすぎても良くない。
そんな話をしていると、レオネがそろ〜りとリビングに戻った。
話を聞いていたのか少し顔が赤い。
ただ、レオネパパからはゴゴゴゴ……と謎の気迫が立ち昇っていた。
「……レオネ……。お前は……本当に……」
「い、いえ。違いますのよ?だってわたくし、殿下となんて……とても無理だもの……」
レオネはキュータの隣に座ると、「ねぇ……?」となぜかキュータに同意を求めた。
「ん、ナインズでも良いと言ってくれるまで僕は何度でも跪くよ」
「な、何言ってますのよぉ。あなたはちゃんと良い方見つけられなきゃダメ!わたくしは神官なの!あなたの幸せのために言ってますのよ!」
「僕のことは置いておいて、僕もレオネには幸せになってほしい。本当は僕とじゃなくても誰かと結婚して子供を設けて欲しいけど……誰かと結婚しろとももう言わない。ただ、そう思っていると言うことは心に留めておいてほしい。ちゃんと君は君の幸せを見つけるんだよ」
「本当に?もう誰かの子供を産めって言わない?」
「君が幸せそうならね。僕は君の全てを受け入れると決めたけど、幸せじゃなさそうにしてたらまたしつこく言うよ」
キュータがため息を吐くと、レオネママもレオネパパも笑顔のまま娘を睨んだ。
「……なんて目で見てますのよ……」
「じゃあ、僕はちょっと<
キュータが廊下に出てごにょごにょと話を始めると、レオネママはレオネの顔を覗き込んだ。
「──あなたの愛の形は立派だけれど、押し付けるのは違うんじゃなくて?」
「……お、押し付けるなんて……。あの方だってわたくしに同じことを言ったわ。誰かと結婚しろって。聞いてましたでしょ?」
「あなたがそばに置かれたくないとか言うから、幸せを願ってそうおっしゃってるんでしよう。殿下はあなたに付き合ってくださってるのよ」
「もー!じゃあわたくしをどこかの国のお姫様に産んでくれてたら良かったんだわ!」
「殿下と一緒になればあなたは自動的にお姫様でしょう」
「それじゃダメだって言ってますの!!普通に考えて、あの方のお相手がわたくしって何か間違ってますでしょ!?」
「……はぁ。殿下はいつまでお待ちくださるのかしら。こんなに頑固に育てた覚えはないのだけれど。……さ、レオネお手伝いなさい。殿下のお口に合うといいのだけど」
レオネはやっぱり、小煩く一生懸命主張した。
その後、レオネはこの日も合わせて全部で十日毎日天空城に遊びに行った。
二日目は一郎太と訓練をし、たっぷり汗をかいた後、もうそのまま泳いだ。
三日目は二人で訓練をした。天使はまだ出なかった。消沈するレオネをナインズは優しく撫でた。
四日目は部屋で肩を寄せ合って音楽を聴き、レオネは今度家にある好きな
五日目は城の外に着いた瞬間雨に打たれ、二人で城へ大笑いしながら駈けた。
六日目は一郎太と夢中で訓練をし、気付けば夜だった。ゆるめられた門限にまた間に合わないとナインズは大慌てで帰り支度をさせた。
七日目の第一安息日には飼い猫だと言う双子の猫とアイパッチをしたメイドに会った。メイドはレオネの訓練に少し付き合ってくれた後、不思議なシールをくれた。
八日目の第二安息日には二人で池に足を下ろして勉強をした。この人といたら成績が良くなりそうと思った。──まさか信仰科のトップになるとは思いもせず。
九日目はちょっとえっちな触れ合いをした。ナインズはいつか誰かに嫁がせるかもしれない彼女の初めてを奪うことはなかった。
十日目はまた勉強をした。レオネのノートのシェイプシフターが書いたところを見て「同じ字だねぇ」と感心した。そして、自由な内にキスをしてくれてありがとうとレオネに礼を言った。
「君が恋しいよ……。僕と生きてほしい……」
「隣にいられなくても、あなたが振り向けばわたくしはいつでもそこにいますわ」
レオネはナインズに微笑み、ナインズはレオネの聖歌に耳を傾けた。
帰ったレオネは人生で一番素敵な十日間だったと日記に丁寧に書き記した。
彼の全てを忘れないと始めた日記は生涯大切にされ──彼女が未来、ナザリックに入ってから初めてそれを読んだナインズはレオネを抱きしめて泣いた。
ちなみに、渡した魔石は美しいカットが施され、信じられないほど高そうなネックレスになって戻ってきたらしい。
受け取れないと大騒ぎしたが、「貸すだけだし」と嘯かれるとレオネはようやくそれを受け取ったらしい。
あぁ〜!喉越し爽やか〜!!
一生いちゃついててください。
無事に不死になるし、お嫁にも来ると思うと安心して見てられますよ(まさかの六十年後
チャイを頼んでるレオネとオリビアだけがここでナイくんに会ってんのかなあ
【挿絵表示】
次回! 明後日!
Re Lesson#39 閑話 ある未来の日
裏ならご案内です!
ささやかな触れ合いしかできないけどべたべたしてる二人はR15で!!
⑨裏閑話#40 ナインズ君、天空城の十日間R15
https://syosetu.org/novel/195580/41.html