眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#39 閑話 ある未来の日

 ほんの少し未来。

 おおよそ六十年の時を重ねたナインズは外出用の立派な装備達から、楽な魔法のシャツに着替えると第九階層の自室を後にした。

 今日の午後をフリータイムにするため、朝のうちに最古の森に行って雨も降らせたり、昨日のうちに今日の午後目を通さなければいけない夏草海原関連のものをすませたり、スルターン州のワルワラとの会談も済ませてスケジュール調整は完璧だ。

 

 ナインズ当番に服や荷物の片付けを頼み、転移の指輪で第六階層へ上がる。

 

 第六階層は今日もいい天気だ。

 目的の場所に行く前に、アウラとマーレの家の方角へ向かう。

 広い花畑が見えてくると、ナインズはそこで花を摘んだ。

 アルメリアとクリスは好きな場所だが、ナインズや一郎太、二郎丸は大して通わなかった。

「ナインズ様!」

「ナ、ナインズ様〜!」

 花畑の向こうからアウラとマーレが手を振る。

 それに手を振りかえし、ナインズは花畑から立ち上がった。

「や、二人とも。少し花を貰ってたよ」

「どうぞどうぞ!家の具合はいかがですか?」

「うん、アウラのおかげですごく良いみたい。悪いね、僕が建てれば良いのに」

「いえいえ!そのくらいお任せください!」

 ナインズは最近体の寿命を巻き戻した──あんなにお姉さんに見えていたはずの──今はもう可愛い妹にしか見えないアウラの頭を撫でた。

 

 アウラは何日かかけて、第六階層に最近ナザリック入りしたレオネの白い家を建てた。

 湖畔を臨む柳の大木のそばにひっそりと建っているそれは、L字で、広いところは住むスペース、片側は祈りのスペースになっている。

 つまり、レオネは第九階層に暮らすような畏れ多い真似は受け入れなかったわけだ。

 守護者達はナインズの体調のために必要な祈りを捧げるレオネを拒絶したりはしなかった。身を弁えているところも評価しているらしい。それに、最高神官長との付き合いは三十年に及ぶ。

 

「あ、あの。でも、ナインズ様?」

 同じく最近体の寿命を巻き戻した──あんなにお兄さんに見えていたはずの──今はもう可愛い妹にしか見えないマーレが見上げる。

「どうかした?」

「あ、あの、元最高神官長さん、えっと、お家に何かしてるみたいです」

「えぇ?何かって、何を?」

「えっと、庭に杭を打ってました」

「なんじゃそりゃ」

 驚いた時のアインズと全く同じ反応をしたナインズは、花束を紙でくるくる包むとアウラとマーレに礼を言ってから花畑を後にした。

 

 広い第六階層だ。せっせと走っていくと、湖畔の柳のそばに建つ家からはカーン、カーン、と杭を打つ音が響いていた。

 静かな森からスピアニードル達が顔を覗かせて様子を見ている。

 近付いていくと、そこでは一郎太が杭を打っていた。

 

「一太ぁー?何やってんのこれ」

 駆け寄ると、すっかり成長し切った一郎太は魔法の槌を肩にドンと掛けて額の汗を拭った。

「あ、ナイ様。いや、あいつ物干しが欲しいっていうからさぁ。本当に必要か聞いたけど、まぁ一応四組立ててるとこ。こんなにいるかな?」

「物干しぃ?本人はどこ行ってるの?」

「裏で洗濯してるよ」

 くん、と一郎太が親指で示す。

「……ちょっと行ってくる」

「はいはーい」

 

 また、カーン、カーン、と音が鳴り始める。

 ナインズは建物の裏にひょいと顔を出した。

「レオネ?」

「──あ、キュータさん」

 真っ白なワンピースドレスに身を包むレオネが見上げる。露出された肩には金の留め具、背は母と同じように翼を出すために広く開いていた。

 天空城で過ごす時に着ると良いとあの部屋に散々ストックした服達はそのままナザリックへ運ばれ、レオネの物にして構わないと渡された。

 おばあさんになってからも、キュータに手を引かれて何度も散歩に行った。

 今日着ているこれはかつてフラミーも初心者の頃に同じものを着用していた装備だ。──初心者用装備とも言う。レオネは天使用初心者装備を他にもいくつか貰い受けていた。散々受け取れないと渋ってから。

 

「何してるの?」

「お洗濯物ですわ」

「……そうじゃなくて、君<清潔(クリーン)>だって使えるのに……わざわざなんで洗濯なんて。それに、それ魔法の装備なんだから洗わなくても……」

「お洗濯もお掃除も、その手でやるべきと言うのが教えですもの。大神殿だってそうでしてよ?」

 何を当たり前のことを、と言う雰囲気でレオネは言った。

 

 小さな井戸の周りをふわふわと泡が漂う。ひとつはレオネの鼻にぶつかり弾けて消えた。

 彼女の後ろには既に洗い終わったらしい服達がカゴに入れられていた。

「……貸して、後は僕がやる」

「結構ですわ。わたくしの仕事ですもの」

「いいよ。ここはもう大神殿じゃないんだから」

「でもここはわたくしの仕える神殿でございます。好きでやってますし、お気になさらないで」

「いいから。君はこれ持ってて」

「──あ、ありがとうございます。綺麗ですわね」

「ん」

 ナインズはレオネに摘んできた花束を渡し、天使装備をふんだくると洗ってみた。

 魔法の装備をこんな風に洗う人は、少なくともナザリックにはいない。

 

 建物の影から「一応できたけど」と一郎太が顔を出した。

「何やってんの?ナイ様」

「洗濯」

「……見りゃわかるって」

「これをするのが教えらしい。でも、確かに母様も父様もいつも言ってた。自分で片付けなさいとか、メイドに全部頼んで済ませるなとか。こう言うことなわけ?」

 両親は執務の後、全部やると言う守護者やメイドを押し切って多少自分たちでも片付けをする。考えてみれば、大神殿の儀式のプール掃除も子供の頃よく紫黒聖典と一緒にやらせてもらったものだ。

 ナインズはこう言うもんかと今更"教え"なるものに触れた。

 

「──いい?」

「えぇ、もちろん」

 レオネが無限の井戸(ウェル・オブ・エンドレスウォーター)からせっせと水を汲んではタライの中の服を濯ぐ。

 泡が流れて行く先では粘体(スライム)達がぷかぷかとそれを食べていた。彼らは七十レベルを超える。

「ありがとうございました。これで綺麗になりましたわ」

「……うーん、元から綺麗だった気もするけど……」

「少なくとも、わたくし下着は魔法の装備じゃありませんの」

「あ、そうか……。ごめん」

 立ち上がって庭へ行く背を一瞬眺めてしまった。

「──え!?あ、いや!待って待って!そこに干すの!?」

 慌ててレオネの後を追う。

 

 レオネは白い翼でふわりと浮かび上がり、今一郎太が立てた竿に洗濯ロープをくくっていた。

「良い物干しですわ。一郎太さん、ありがとうございます」

「おう。結構干せると思うぜ」

 洗ったばかりの真っ白なワンピースドレスを干していき、シーツだの、枕カバーだの、肌掛けだのもかけられる。

 最後に人目につきにくいようなところに肌着はかけられた。

 南側にシーツが揺れているので丸見えなわけではなく、わざわざ見に回って来なければ見えない位置ではある。

「ぼ、僕が水分飛ばすんじゃダメ?」

「……見苦しいかしら?」

「そうじゃないけど!君は恥ずかしくないのか!」

「いやだわ。丸見えなわけでもありませんし、もうおばあさんなのにそんなお嬢さんみたいなこと」

 レオネはおかしそうに笑った。七十三才を老いと共に生きた彼女と、老いることなく生きたナインズの間の小さな違いだった。

 レースの白いパンツだって、サテンの白いスリップだってさわやかに揺れていた。魔法の装備達はもう乾いている──というより、水を吸っていないので元からまっさらだ。

 

「君はもうお婆さんじゃないだろう!」

「ふふ、でも、皆さんおばあさんだってお分かりでしょ。誰もわざわざ見たりしませんわ。おかしい。さ、──わたくし、窓拭きに行ってきてもよろしい?」

「い、いいけど……」

 

 レオネは渡した花束が入れ添えられている洗濯かごから白い布を取り出すと、家の窓を拭きに飛んでいってしまった。

「い、一太ぁ……」

「ははは!大丈夫だって。見る人なんていませんよ」

「そりゃそうだけどさぁ……。僕の感覚が変なの?」

「変じゃない!でも、レオネの感覚も変じゃない気がする!」

 ナインズは参ったと、あちこちの窓を拭くレオネを見上げた。

 

 飛べるのであっという間に終わったらしく、レオネはすぐに戻ってきた。

「お待たせしましたわ。お二人とも、お茶でも飲んで行かれます?」

「うん……ありがとう」

「サンキュー」

「お外も素敵ですけれど、中とどちらがよろしい?」

「中でお願いします……」

 

 ナインズの即答を持って三人は小さなレオネの城に入った。

 家の外には四人がけのガーデンファニチャーが置いてあるが、洗濯物が気になりそうなので室内一択だった。

 

 小さなテーブルセット、小さなソファセット、小さな暖炉、小さなキッチン。

 吹き抜けの二階にはベッドと、小さな執務机。

 窓辺には二つの一人がけソファ。

 

 レオネはその窓辺に、今貰った花束を活けて飾った。

「綺麗、本当にありがとうございます」

「そんなもの。何か手伝おうか?」

「いやだわ、掛けてらして。ほら、早く」

 二人はソファセットに座り、お茶だのなんだのの用意をするレオネを眺めた。

「──ナイ様、良かったですね」

「……うん。本当に良かった。昔レオネも言ったけど……夢みたいだ」

 一郎太が肩を叩く。

 レオネはすぐにお茶と、果物を持って戻った。

 

「今朝、少しピニスンさんやトラキチさんの畑に寄らせていただきましたの。お二人ともいつも召し上がってる物でしょうけど、良かったら」

「いただく。ありがとう」

「はは、まさに俺今朝食べたばっかだ」

 三人は笑った。

 昔の学食のように皆で話をしながら手を付けた。

 心地いい時間だけが流れていく。

 

 その後片付けを済ませると、レオネは窓辺の一人がけソファに掛けた。

 外から風が吹いては、透き通るようなハニーピンクの髪が揺れた。

「レオネ、やりたい事とかないの?」

「全部させていただいてますわ」

「掃除と洗濯?」

「えぇ。あと、お祈りも。収穫も、散歩も、水浴びも、空を飛ぶことだって。こんなに幸福に満ちた穏やかな生活が許されるのかと思うほどに」

「許されるさ。僕が母様に君の穏やかな幸福を祈ってるんだから」

「ご自分のために祈られた方が良いわ。また、辛くなってしまいますもの」

「平気。君が祈ってくれてるの知ってるから」

 ナインズはレオネの向かいのソファに座り直し、その顔のすぐ横から祈りの糸を掬った。

「──聞こえるよ」

 レオネが胸の前に手を組み、ナインズも目を閉じてそれに耳を傾け始めると、一郎太はそっと家を後にした。

 

「本当に、良かったね。ナ──キュー様」

 

 友が誰でもない一人としてやっと掴めた幸福が、一郎太は本当に嬉しかった。

 

 静かな家の中で時を過ごし、二人は湖畔に小さなボートを出した。

 家の周りに花を植えようと決め、苗を貰いに行く。

 行った先では花妖娘(アルラウネ)から積みきれない程の花を貰った。

 ボートは二人が乗る場所もないような状況だったが、何とか二人で押し合うように乗り込むとおかしそうに笑った。

「ははは、貰いすぎだよ」

「だって下さるんですもの。ふふ、ふふふ」

 えっちらおっちら花のボートを漕いで戻る。このボートの普段の役目はここの魚達の具合を見ることだ。デミウルゴス養殖場や天空城の魚達はもちろん今も元気に暮らしている。

 

 ボートが柳の下に帰る。

 二人は花に埋もれてボートに寝転がった。ナインズの胸に寄り添うと、レオネはほぅと息を吐いた。

「……ねぇ、飛べるって素敵ですわね」

「<飛行(フライ)>は使えたでしょ?」

「えぇ。でも、翼で風を切るのとは違いますわ」

「ふふ、そうかもね。僕も飛べても走れても、乗合馬車(バス)は好きだったな」

「入学前、覚えてらっしゃる?オリビアや、アナ=マリア、イシューとわたくしと、キュータさんと一郎太さんで展望席に乗ったこと」

「覚えてるよ。楽しかったよね」

「ふふふ、キュータさん、目立ちたくないから僕は下に乗ろうかな、なんて仰ったのよ。そしたら、オリビアが絶対上が良いよ、気持ちいいんだから!って。あなたの手を引いて上に上がった」

 懐かしい。ナインズは何一つ忘れていないその日のことを目を閉じて思い起こした。

「上がってみたら、思ったより目立ってない気はした。風が気持ちよかったし。でも、やっぱり目立ってたよね?」

「ですわね」

 

 二人はおかしそうに笑った。

 レオネは柳を見上げると、「あそこにブランコでも付けて、風に吹かれてもいいですわね」と呟いた。

「すぐに付けさせるよ。それとも、僕が付けようか」

「そんなにあちこち改造したら不敬ですわ」

「物干しよりはまし」

「あらまぁ」

 なんだかおばあさんくさい口調でレオネが言うと、ナインズは額に口付けた。

 

「……祝福に感謝いたします」

「僕の方こそ。こうすると君の祈りがよく聞こえる。僕の居心地がいい。でも──レオネ、やっぱり少しは自分のためにも祈ったら。僕のことだけじゃなくて、もっと愛されたいとか、もっと何かをしたいとか、君はやっぱり欲望が薄れ過ぎてる気がする」

「ふふ、そんなことありませんわ。わたくしだってあれこれ思う事はありますもの。キュータさんが幸せでいてくれますように、キュータさんの心が守られますように、キュータさんがいつまでも健やかでありますように、国が末永く──いえ、末もなく繁栄しますように。人々の幸福な暮らしが続きますように……」

「全部誰かのことだ」

「あなたの幸せがわたくしの幸福ですもの。ずっと自分のことしか祈ってませんわ」

「君は清すぎるよ。十六でその境地に至るなんて。六つの時はもっと色んなことを求めたろ?」

「言ったでしょう。あなたがそうさせたの。わたくしを導いた」

 ナインズはレオネを抱きしめると、やはり額に口付けて目を閉じた。

 

「ローラン元最高神官長」

「はい、ナインズ殿下」

「私のために歌ってくれ」

 

 レオネは胸の上で手を組むと、ナインズに抱き締められたまま歌った。

 第五位階まで使った彼女の聖歌はアンデッド系にダメージを与えたり、時に消滅させる程の力を持つが第六階層にいる者達には届かない。

 ナインズは胸の内がまた軽くなった気がした。

 

+

 

 次の日、執務を終えた夕暮れ。

 ナインズはまた湖畔を訪れていた。

「レオネー、どこにいるんだー」

「こちら!こちらですわー!」

 声を頼りに家の脇に向かう。

 

 湖の真上にある柳のブランコでレオネははしゃいでいた。

「キュータさん!ありがとう!」

「はは、良かったね。一太は?」

「付けてくださったら、ミノス州へお仕事に行かれましたの。それからはまだお戻りじゃないわ」

「一太も忙しいな。二の丸もいるってのに」

 レオネが湖を蹴ると、夕日に全てが輝いた。

 

「ね!キュータさんも乗って!乗合馬車(バス)の代わり!」

「ふふ、ありがと」

 <飛行(フライ)>で浮かび、湖の上のブランコに腰掛ける。

 レオネは羽ばたきながら降りると、その背を押した。

「っわ、思ったより押すね?」

「落ちないようになさって!」

 力いっぱいブランコを漕いでもらうだけでおかしくて笑った。

「今日は君は何をしてすごしたの!」

「今日は光神陛下がいらしてね、アルバムを見せていただきましたわ!」

「え、えぇ?それって僕の?」

「えぇ!赤ちゃんの頃のも、小学生の頃のも、ナザリック学園の頃のも、魔導学院の頃のも、全部!」

「やだなぁ〜。母様、どうせ可愛いのなんのって言ってたんでしょ。七十三の息子捕まえて言うセリフじゃないよ」

「ふふ、本当に愛らしかったわ!国営小学校(プライマリースクール)と魔導学院の頃の写真は複製していただくことになっちゃった!」

「まぁ、君も写ってるのがあるだろうしね。悪いね、見られてたなんて」

「いえ!昔あなたがおっしゃった通り、本当に見ていていただけてて、わたくし嬉しくて感動しました!」

「ははは、そう言う考え方もあるか。今度、僕が勝手に作ってた君とのアルバムをまた見ようか」

「まぁ、ちょっと恥ずかしい……」

「僕はしょっちゅう見てたよ。──変わろうか」

 押す方と乗る方を代わり、またブランコを漕いだ。

「気持ちいいですわね!ブランコ、大正解でしたわ!」

「本当だ!でも、今度また神都に乗合馬車(バス)に乗りに行こう!」

「え?」

 振り返った瞬間、レオネは湖に落ちた。

 

「っわ、だ、大丈夫?」

 飛べるのに落ちる人がいるとは。

 ナインズはレオネの隣に降りた。

 ずぶ濡れになって、湖の浅瀬でレオネは何度も瞬いた。

「ば、乗合馬車(バス)に乗れますの?」

「乗れるよ。レオネが乗りたければ──っうわ!」

 突撃するようにレオネが抱きつき、二人は湖に倒れた。

「嬉しい!どうしてわたくしがしたい事がいつもお分かりになるの!昨日思ったばかりだったのに!」

「はは、いつも僕がしたい事だっただけ」

 レオネは十六の頃と変わらない笑顔で笑った。

 顔に張り付くずぶ濡れの髪を避けてやり、ナインズはレオネを抱き寄せると数十年ぶりに生きたその唇に口付けた。もうおばあさんだからとこっそり交わしていた口付けを断られる様になって長い。それからは彼女の額と手にしか口付けなかった。

 絵のような夕暮れが柳の向こうから差し込んだ。

 

「……ごめん。あんまり綺麗で。確認もしなかった」

「……もう、一緒に生きていくって確認はとっていただきましたわ……」

 もう一度口付けようとすると、一郎太の声がした。

「おーい、大丈夫かー?ブランコだめだったー?」

 柳の向こうからひょいと顔を出す。

 ナインズはずぶ濡れのまま首を振った。

「いや、すごく良いよ。今も気に入ってずっと漕いでた」

「はは、落ちたくせに?危ないからはずしとく?」

「驚いたから落ちただけでしてよ。一郎太さんも一漕ぎしていかれて」

「レオネ、静かに」

「あら、わたくしまたうるさかったかし──」

 ナインズはレオネに口付け、一郎太はまたたいた。

「あれま。ごめん、もしかして俺邪魔した?」

「そう思うなら、もう行ってくれよ。親友」

「ははは。悪い悪い」

 

 一郎太はカーテンのようになっている柳から顔を引っ込めると、トットットと軽い足音を鳴らして去っていった。

 至高のパパの間の悪さを引き継いだ息子だったが、当時のパパと違って──もう何十年も生きているからか──どこかへっちゃらだった。

 だが、人目を憚り口付け歳を重ねたこちらは──

「は、恥ずかしい真似されないで!」

「懐かしいね。よく怒られた。嬉しいなぁ」

「……本当に恥じらいがありませんの?」

「父様と母様はほとんど常にこんな感じだけど」

「で、でも」

「僕と生きてくんじゃ諦めるしかない。あの人達の息子だ」

 

 再び触れ合った二人はしばらく離れなかったらしい。

 

+

 

 アインズはいつも通り第九階層に戻ってきた真面目すぎる息子を迎えた。

 別に第六階層で放埒の日々を過ごせばいいのに。

 

「なんだ。また戻ってきたのか。ナザリックの中だし向こうに泊まろうが暮らそうが構わんと言っているのに」

「僕もそうしたいんですけど……そうしたら正直僕はしばらくあの家を出られない気がして」

「別にいいじゃないか、それで。飽きるまで篭ってこい。お前の仕事くらいどうにかする。──知恵者達が」

「……レオネに怒られて蹴り出される想像しかできない。それに、女の子の家に泊まれないです」

「ははは!面白いなぁ。昔の俺に聞かせてやりたい」

「父様は母様のところにしょっちゅう泊まりました?」

「泊まった泊まった。泊まったどころかくっついてないと寝られないから住んでた」

「はは、消滅されたら困りますもんね」

「その通り」

「僕も今はよく分かります」

「そう思うならもう少し向こうに居ればいい。レオネちゃんもお前と同じだけの時間──いや、お前より余程長く感じる時間を孤独と自制の中で生きただろう」

「……それは……そうです」

 

 ぴらりと最後の一枚の書類をアルベドに渡し、アインズは片付けを始めた。

 

「で?何かあるんだろう。相談したい事が」

 

 ああ言う様子でこの部屋を訪れる息子は大体何かに悩んでいる。父ちゃんはもうお見通しだった。

「──あ、えぇ。今度乗合馬車(バス)に乗りに神都に行こうと思ってるんですけど、ちょっとその時のことで悩んでて」

「なんだ?良いじゃないか。デート」

 父はいまだに青春エンジョイ勢だった。

「ご両親のところも連れていってやるか悩んでるんです。レオネが聖人として天使になった事はもう知ってるんですけど……」

「そうだなぁ。それは国中に知らせておいたからな」

 

 神を崇め、清い祈り──言葉を変えればナインズを苦しめない祈り──を捧げ続けた者はひとつ上の世界へ行けると言うのは最高の看板だ。

 別に集めたくもなかった信仰だが、信仰が厚ければ厚いほど国民は真面目になり税金も死体もたくさん手に入る。そしてナインズの心も救われる。

 なんと敬虔な羊達だろう。

 

「まぁ、両親とは言え人に会うなら先に大神殿でお披露目だろうな。そうしなければ今の最高神官長に悪いだろう。周知も済んでそろそろやっておくべき頃合いだしちょうどいい」

「やっぱりそうですよね。──ありがとうございます。ちょっと先にレオネに確認します。せっかくの老後──いや、せっかくの死後なのにまた仕事なんて悪いし」

「ははは。初めて聞く言葉ばかりだな」

 

 ナインズがアインズの部屋を去ろうとすると、「あ──待て」と声をかけた。

「はい?」

「ご両親が生きているうちに結婚式も挙げさせてやれ。大神殿で盛大に。これ以上ないほどにな。どれだけの財を投げうっても構わん。お披露目の時に神官達にそうすることを発表しろ」

「──ありがとうございます」

 ナインズは深々と頭を下げた。

 レオネの両親はもう杖がなければ歩けないし、ほとんどずっと一日を座って過ごしているが、多くの種族の寿命が伸びた神聖魔導国で今も暮らしている。──つまり、彼女は親を残して先立ったのだ。

 

 再び戻った第六階層。

 

 レオネの家からはあたたかな光が漏れていた。

 煙突から煙が上がっている。

 食事の用意でもしているのだろうか。

 

 扉を叩くと、『はい、ただいま』と返事が返り、本当にすぐに扉は開いた。

「や。誰か確認もしないで開けちゃって良いの?」

「神の地ですもの。どなたが来られても、急いで出るのが当然でしてよ」

「はは、一太だったらそんなに急がなくていいんじゃない?」

「いいえ、いけませんわ。一郎太さんだってわたくしからしたら大変な方だもの」

「真面目だなぁ」

 招かれ中に入る。

 家の中は何か良い香りで溢れていた。

「美味しそうな匂いだね」

「ふふ、芋を茹でるような下々の料理でしてよ」

「それは羨ましい限りで」

「まだ出来上がるまでにはもう少し時間がかかりますけれど、召し上がっていかれます?」

「ありがとう。何か手伝おうか」

「いやだわ。だから、座ってらして」

 

 結局用意をするレオネを眺めてすごした。

 すぐに用意は進み、窓辺の小さなテーブルにシチューとパン、サラダ、何か美味しそうな和物、ピクルス、チーズが並ぶ。それから、大人の嗜み程度のワイン。

 ナインズは彼女の料理も随分久しいなと思った。

 二人は窓の外を眺めながら食事をした。

 

「──それで、このような時間に何か?」

「あぁ。乗合馬車(バス)に乗りに行く日にさ。ご両親の所も行きたいと思って」

「まぁ……よろしいの……?」

「うん、まぁ外にいる間は幻術付きでね。羽隠したりさ」

「ありがとうございます。ちなみにわたくし仮面は必要ありませんので」

「ははは。そうだね。それで、流石に外に行く前には、大神殿にお披露目しておかないとちょっと神官達に申し訳が立たなそうで」

「当然のことですわ。よろしくお願いいたします。大神殿の者達もお心遣いに感謝していることでしょう」

 その物言いはいまだに最高神官長のようだ。

「悪いね。退職──というかいわば殉教したはずなのにさ」

 最高神官長として生き、最高神官長として死に、それでもなお大神殿のために働かせることになるとは。

 

「わたくしは今もナインズ殿下に仕える神官でしてよ。気になさることなんて一つもありませんわ」

「ローラン元最高神官長はそう言うと思ったよ」

 

 レオネはおかしそうに笑い、ナインズはうっとりとそれを眺めてから、そっと席を立った。

「ワイン、もう少しお持ちします?」

「いや、君はそこに座っていて」

 ナインズはレオネの前に跪き、ずっと昔に渡そうと思って作っておいたものを無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)から取り出した。彼女の復活の時には、部屋中に散らばり、絶対に誰も触るなと言っていた彼女との思い出の物の山の中にあった──数え切れない守護の魔法の込められた指輪。

「ご両親と会う前に──もう一度言わせてほしい。レオネ、僕は君の望む全てを君が手に入れられるようにするよ。君の幸せのために奔走する。君の人生の何も邪魔しない。だから、レオネ。私の愛を受け入れ、私の妻になってくれないか……」

 レオネはハッと口に手を当てると椅子から降り、ナインズの前に座り込んだ。見下ろすことなどできないとでもいうように。

「あなたが……それで幸せだと思ってくださるなら……どうか、どうかわたくしをあなたの隣に置いて……」

「ありがとう。本当に」

 金色の花の中心に透き通った大きな石が埋め込まれた指輪が通される。レオネはナインズに縋り付いて泣いた。

 ナインズはかき抱いた彼女にキスをした。

 全てが落ち着くと、二人は肩を寄せ合ってまた食事をした。

 

「──美味しいね」

「ありがとうございます」

「また来てもいいかな」

「どうぞいつでもいらして」

「ありがとう」

 

 食事も済むと、ナインズはレオネの額に口付けを送り今日のところは第九階層へ帰った。

 彼女があまり気を使わないでいい住処があるとしたら、天空城かなぁとか、第六階層の家を大きくするかなぁとか、第九階層になんとかして住んでもらえないかなぁとか考えながら。

 

 それから段取りが済むと、レオネは目一杯着飾り立てられて大神殿に行った。

 職務に殉じて亡くなった元最高神官長の帰還を皆喜んで迎えた。

 人間から天使へ引き上げられた聖書にも残る彼女を、誰もが神聖なものとして扱った。

 翌日から毎日大神殿にまた働きに出るようになると、神官達にローラン聖下と当たり前に呼ばれ、ナインズは「僕の妻になるのにローランって解せない」とこぼしたらしい。だが、アインズ・ウール・ゴウンの名を冠することだけは固辞するレオネは「じゃあ、レオネと呼んでもらうわ」と言い、ナインズは「レオネをレオネと呼ばれたくない」とまためんどくさいことを言ったらしい。

 

 お披露目の後、二人は乗合馬車(バス)に乗った。

 そして、若く亡くなった事が吉と出たか──

「レオネ……」

 レオネの父と母は、もう霞むようなよぼよぼの目からたくさん涙を落とした。

「レオネ、本当に、本当に良かった……。殿下、ありがとうございました……」

 安楽椅子に座ったまま、腰の曲がったレオネの父は深く頭を下げた。

「あぁ、レオネ……よく見せて……」

「はい、お母様……」

 伸ばされた母のしわしわの手を取り、それに顔を擦り付けて、レオネもやはり涙を落とした。

 そして、レオネとレオネの指におさまる指輪を見てレオネの母は微笑んだ。

「あぁ……レオネ……なんて綺麗だこと……。七十三で、あなたようやくお嫁に行ったのね……」

「お母様、わたくし……わたくし……」

「えぇ、えぇ。幸せにおなりなさい」

 ナインズもそのそばに膝をつくと、レオネの母の手を取った。

「きっと幸せにします。永遠に終わらない幸せを。ずっとお待たせしてしまって……すみませんでした……」

「……子に先立たれたと思った時は、胸が張り裂けそうでしたわ……。この子はどれほど働いたのだろうと……。けれど、お待ちいただいたのはこの子の方。本当に長い間この子のやりたい事を見守りお待ちいただいた……。だと言うのに、最後の最後にも、このようなご温情に恵まれて……。この子よりよほど良いお嬢さんはいくらでもいたでしょう……。本当にありがとうございました……」

「僕にはレオネしかいなかった……。ずっと、ずっと。僕の方こそ、ありがとうございました」

 レオネは親とナインズのやり取りにまた涙を落とした。

 

 その後も、レオネは時折実家に帰った。

 ナインズの老化遅延の儀式魔法を受けた両親は他の人たちより長生きをした。

 たくさんの祝福に包まれる花嫁姿も見ることができた。

 七十三にもなってそんなんじゃあ愛想を尽かされるなんてまた娘時代のように小言を言われたりすることも心地いい。

 

 そうして、今際の時には父のことも、母のことも看取ることができたらしい。

 

+

 

「すっかり元通り──いや!前よりいいんじゃないか!レオネ!」

 寿命の長いワルワラが酒気に顔を真っ赤にして言う。あの頃よりは大人になっているが、この男、ほとんど見た目は変わっていないようだ。彼らは大人の時代が長く、老いの時間は短い。街中でだるだるの乳を揺らす老婆がいない理由はそれだ。

「その背中も色気がある」

 レオネは自らの背についた真っ白の翼で恥ずかしそうに顔を隠した。

「……もうおばあさんなのに色気なんて嫌だわ、バジノフ大司教様。中身はあのままですのに」

「あぁ?他人行儀だなぁ。ワルワラで構わないぜ。それとも、俺もまだローラン元最高神官長かローラン聖下って呼んだ方がいいのか?それとも、大天使ローラン?」

「あら……そうですわね。レオネで結構でしてよ。ワルワラさん」

「その見た目ならこの方が落ち着くな。──なぁ、若返るってどんな気分だ」

「そうですわねぇ……。体の重さとか、朝早く起きすぎてしまう感じとか、トイレの近さとかがなくなりましたわね」

「……お前、ほんとにばあさんだったんだなぁ……。なぁ、ナインズ殿下」

 二人の様子を見守っていたナインズはワルワラの向かいで酒を口にすると笑った。

「ははは、本当におばあさんだったね。──それより、僕もいつもみたいにキュータなのかスズキって呼んでよ。なんでいきなり殿下なのさ」

「お前の役職はちょっと特殊だから元最高神官長の前じゃさすがに敬意がいるかと思ってな。怒られたくない」

「良いよそんなもん。二人の方がよく働いてんのに敬意なんか払われてもむず痒い」

「ははは!謙遜して!」

 

 三人で笑っていると、ふと部屋の向こうからぺたぺたと足音がしたと思うと──

「おじいちゃん〜」

「あ?シーヴェ、起きたのか。もっかいねんねしてこい」

「ねんねできない〜」

「でもばあちゃんもいるだろ」

「おばあちゃんは魔法かけてくれない」

「……やれやれ。ファーが一番覚えなきゃいけなかったのは<睡眠(スリープ)>だったか。──少し行ってくる」

「いってらっしゃい、おじいちゃん」

「ん」

 ワルワラは眠そうな子供を担ぎ上げると部屋を去って行った。

 

「いいおじいさんですわね。子供の寝かしつけって、大変でしょう?聞く話だと」

「そうだね。ファーも長男のお嫁さんも助かってるんじゃないかな。ファーには<大治癒(ヒール)>掛けてあげたけど、腰も少し痛むようになってきたって言ってたし」

 ファーは純粋な人間なので、ワルワラがあの調子でもファーには老いが追いついている。他界する前のレオネと同じようにしっかりと。人間よりもハーフの遊牧民が、遊牧民よりも魔人(ジニー)が寿命が長いこの場所では普通の光景だ。

 

「わたくしのこの姿を見てあんなに怒ったのはファーが初めてでしたわ」

「ははは。レオネは綺麗だから」

「綺麗とかじゃなくて、痛みと重みのない体を羨んでましたのよ」

「いいや、君は皆嫉妬するほど綺麗だよ」

「もう、酔ってらっしゃるわ」

「事実さ」

 ナインズはレオネの顔を包むと額に口付けた。

 

「──そこは口にキスするところだろうが」

 とかなんとか言いながら、ワルワラは早々に戻った。

「もうレオネは気にしないんだろう?それとも口はしたくないのか?」

「いいや、したいよ。でも、こんな所でしてタガが外れたら嫌だろ。こないだ結婚を受け入れてもらってキスしたらちょっとヤバかった」

「……何をおっしゃってますの」

「おばあさんだから口はダメって断られるようになったとか何とか落ち込んでたと思ったら、今度はそんな事言ってんのか。つまり、まーだ抱いてないわけだな。お前は」

「ふふ、このレオネを穢せる勇気がある男なんかいるかよ」

 ナインズは機嫌良さげに手元のブドウを食べると転がった。

「……あなた方、いくらわたくしが老婆だとしても男性の話は男性だけの時にしていただけます」

「まあそう言うな。レオネ、お前はいいのか?子供は欲しくないのか?」

「──それは気になる」

 途端に起き上がる。ナインズは顔を赤くするレオネを見た。

 

「……わたくしは……わからない……」

「何だそりゃ」

「殿下には御子を持って欲しいとは常々思ってきましたわ……。昔、殿下は愛する者と子を持つ以上のことがあるのかとも仰いましたし、子を抱かせて差し上げたい。でも、何より尊い御子を宿すのがこのわたくし何かで良いのかと言うことや……子を持つことで、わたくし自身が変わらずに殿下が美しいと思える祈りを捧げられるのかと言うことが……わからないの」

 じっと話を聞いていたナインズは何度も見てきたレオネの思い詰める横顔を撫でた。

「……レオネ、僕は産んでもらうなら君がいい。君以外考えられないからここまで来てることを理解して僕を信じて欲しいし、君も私を夫にすると婚約を受け入れてくれたのなら、もうそういう思いは捨てて欲しい。でも、君自身が産みたいかが一番大事だからね。本当に君には好きに生きて欲しい。結局君は毎日聖書を書いたり大神殿に仕事に行ったり忙しくしているし」

 レオネが言い淀み、悩み、自分で自分のことがわからないでいると、ワルワラが翼の生えたレオネの剥き出しの背をつるりと撫でた。

「っぁん!な、なんですの!?」

「ふむ、感度はばあさんじゃない。ファーじゃこうはいかないぜ?十分孕める」

「ワルワラ、次やったら多分君の腕を吹き飛ばす」

「……まじの目で言うなよ」

 

 レオネはため息を吐くと部屋から外に繋がるプールに降りた。サギも粘体(スライム)も寄ってくる。

 この体になってから生き物に好かれるようになった。

 冷たい水が皮膚を包むが、エリュエンティウから引き上げた魔法の装備は一滴も水を吸わなかった。

「──抱くの抱かないのなんて嫌だわ……。おばあさんだってレディだもの」

 サギはレオネの羽をつついて鳴き声を上げた。

「ふふ。あなたもそう思って?それに、わたくし産まないと決めて何十年も経ってしまったんだもの」

 祈りが濁ってしまうとしたら、子供を持つことが怖い。

 産んで、その子の幸せを祈ってしまうことで、ナインズの休まる祈りが減ることが怖い。

「……分からないことだらけ」

 粘体(スライム)をすくっては水に落としていると、プールの縁にナインズが立った。

 

「レオネ、悪かったね。そろそろ帰ろうか」

「もうよろしいの?」

 手を引かれて水を上る。

 ワルワラは随分酔ったようで、うとうとし始めていた。

「──ワルワラ、今日は楽しかったよ。また遊びに来て良いかな。次は一太も」

「あぁ、いつでも勝手に来い。俺は大抵ここで酒盛りしてる。今日は一郎太に会えなくて残念だったな。あいつも州のことが忙しいらしい」

「そうだね。じゃあ、次は近々」

「あ、女を抱いてる時はこの部屋にいないからそこだけ気をつけろ」

「やれやれ、ファーもいるって言うのに」

「人間と結婚した魔人(ジニー)魔人(ジニー)の混血の普通はこう言うもんだ」

「はいはい。じゃあ、またね」

 よいしょ、とワルワラは姿勢を正すと一度膝をついた。

「御前失礼いたします。ナインズ殿下、ローラン元最高神官長殿」

「失礼致します。バジノフ大司教様」

「大司教、スルターンを頼む」

「は!」

「<転移門(ゲート)>」

 

 頭を下げた体勢で二人を見送る。ワルワラは転移門(ゲート)が閉じるとまた転がった。

 

+

 

 レオネはブランコをふぃんふぃんと漕ぎながら平和な世界を見渡していた。

 そして、君自身が産みたいかが一番大事だからねというナインズの言葉を何度も心の中で繰り返す。

 この長い人生、本当にたくさんのことがあったが、そのほとんどがナインズと共にあった。

 自分がやりたいとハッキリと思ったことはたった三つしかないかもしれない。ナインズが美しいと思う祈りを捧げ続ける、ナインズの幸福のために奔走する、人々を救う。

 レオネは人生を振り返るように目を閉じた。

 

 

【挿絵表示】

 

 ──十九才、卒業の時。

 キュータを名乗るのももうこれでおしまいねと言ったレオネからはぼろぼろ涙が落ちた。

 自由だった時間の終わりに、キュータはレオネを抱きしめ、いつもと変わらない様子で言ってくれた。

『レオネ、君が好きだ。私の妻にならないか』

 ──レオネは言葉を尽くして断った。

 キュータは『道が別れても、君の人生が祝福されたものである事を、心から祈っているよ』と背を向けた。

 その日から数日はもう何も喉を通らなかった。

 なんでこんなに自分は頑固なんだろうと泣いた。

 初めて法衣に身を包んで大神殿に着任した日、ナインズも歴史の表舞台に立つと神々に連れられて大勢の神官達の前に姿を現した。

 神の子として着飾った彼は信じられないほどに美しく、開かれたその金色の瞳の深さに、あの貯水池を思い出した。

『私には神官も神殿も必要不可欠だ。お前達が私のそばにいてくれることに心からの感謝を』

 神官達がごくりと唾を飲み込み、硬い決意と忠誠を胸に彼を見上げた。

 一番反応を見せたのは魔導学院の信仰科上がりの者達だった。

 やはり、あの存在はレオネが手に入れるようなものではないと確信した。

 奇跡の三年間に感謝し、レオネは真っ直ぐ働いた。

 そして、おいそれと会うこともできなくなって三ヶ月、書類を抱えて大神殿の中を駆けていると、グイッと腕を引っ張られた。

『ぇ──っン』

 柱の影に引き込まれるようにしてナインズに抱きしめられてキスをされた。

 レオネは彼の伏せられた銀色のまつ毛を見ると、帽子がパサリと落ちていくのも気が付かないままに瞳を伏せた。

『──っは、はぁ……はぁ……あの……で、殿下……』

『──レオネ、ちゃんと休んでる?』

『や、休めてます……』

 ナインズは微笑むとレオネの顔中にキスをし、人の気配がしてくるとレオネを離した。

 帽子を拾って渡してくれる。

『あ、ありがとうございます。殿下』

『気にするな』

 ナインズはクリスを連れて去って行った。

 レオネは自らの唇に触れ、ハッとすると仕事に戻った。

 家に帰ると、手紙が来てたと母に言われた。

 卒業からたった三ヶ月だが懐かしく感じてしまう筆跡のそれを開く。

『僕の恋人へ。週末予定がなかったら、君に僕の時間を捧げたい。天空城に遊びに行こう。この誘い方は君の気にいると嬉しいな。──遠くより、君のキュータ』

 レオネはそれをギュッと抱きしめると泣いた。

 

 二十才、大神殿にも慣れてきた頃。

 苦痛に身をかき抱くようにするナインズの姿があった。

 神官達が心配して玉座を運んでくる。

 レオネは居ても立っても居られずにナインズへ駆けた。

『どうされたの!?何があったの!?』

 ナインズの怒りの瞳がぞろりとレオネを捉え、レオネは『ひ』と一言漏らすと後ずさった。

『今の私に触れるな!!私は戦争を──虐殺をしてきたんだ……!!』

『キ──殿下……』

 周りの神官達が慌てて水やら何やらを出し、『どきなさい!』と下っ端神官だったレオネを大神殿に新しくできた神座の間から追い出した。

 週末、久しぶりにレオネの家に迎えにきたキュータは疲れた顔をしていて、天空城に着くとその辺で転がった。

『……僕は父様や母様みたいになれないみたい』

『あなたなりでよろしいわ……。キュータさん……』

 頭を撫で、聖歌を捧げ、口付ける。

 キュータは『君がいないと神様でいられない……』とレオネに縋った。

 

 二十一才、学院の最後の後輩が大神殿に入った頃。

『あの、ローラン先輩』

『なぁに?』

『スズキ首席──様と、付き合ってらっしゃいましたよね……?』

『えぇ、それが何か?』

『……すごい。すごすぎます……』

『──わたくし、たまに勘違いされますの。何もすごくありませんわ。ただ、キュータさんの腰掛けだっただけですもの。それじゃ』

 レオネは足早にそこを去った。

 

 二十二才、父が境の神官長になった頃。

『本当は私なんかより娘の方がふさわしいんですが……』

 父が恐縮すると、レオネは周りの神官達の目の中ぶんぶん首を振った。

 ナインズを見かけることはあっても、キュータにはしばらく会えていなかった。

 

 二十三才、大神殿に近いところで一人暮らしをすることを決めた頃。

 キュータは危ないから実家にいなさいとか、それが嫌なら神官達が寝泊りをする修道院はどうなんだとかなんとか言ってわたわたしていた。

 大丈夫だから引っ越したら遊びに来てと言った時のあの顔ったら。

 荷物がすっかり片付くと、皆が遊びにきてくれて、キュータはどっさりの食べ物を持ってきてくれた。

 いつも心配症で、食べてるのかとか、寝てるのかとか、親のように言っていた。

 そして──お互い休みの日には月に一回程度でも遊びにきてくれた。

 レオネの作る食事を美味しいと笑って食べてくれるのが嬉しくて、レオネはたくさんのレシピ本を買った。

 

 二十四才、一人暮らしにすっかり慣れた頃。

 寝不足だった。

 レオネが週末の誘いを断って昼寝ばかりしていると、いつの間にかキュータが来ていて、食事を作ってくれていた。

『い、いつから?』

『さっきだよ。よく寝てた。疲れてるんだね』

 レオネはだらしない自分を恥じて働こうとした。

 キュータは『座ってな。大したもんじゃないけど、ほら、お食べ』

 差し出されたオムライスはなんだか泣けるくらい美味しくて、レオネはキュータにあーんしてもらって食べた。

 

 二十五才、ロランが花束を持って訪ねてきた。

 目をぱちくりさせていると、『僕に君の残りの人生を癒させて欲しい!』とそれを差し出した。

 レオネはそっとそれを返し、ロランに謝罪をした。

 そして神官として祝福の口付けを送った。

『さよなら。良い人を見つけて』

 ロランは泣いて帰った。

 その晩、家にキュータが来た。

『レオネ!』

『キュータさん』

 レオネをかき抱き、キュータは何度もレオネに謝罪した。

 自分とのこの良い加減な関係のせいで君の人生を滅茶苦茶にしていると。

 レオネは『あなたって言う恋人がいなくても、わたくし断ってたんだから。自意識過剰だわ。わたくし殿下のために生きているんだもの』と笑った。

 その晩、ロランを祝福をした唇はキュータにずっと触れられていた。

 

 二十六才、リュカとイシューが結婚した。

 いつからそんなと皆笑ったが、どうもロランが振られたと言った去年からのようだった。

 イシューは『キュータと結婚したかった』と涙目でキュータを見上げた。

 キュータは瞬くと、イシューの額に口付けた。

『君がお嫁さんなんて、リュカが羨ましいよ。どうか幸せにおなり』

 イシューは長かった恋を卒業した。

 

 二十七才、境の神官長補佐に選ばれた。

 レオネは境の神官長の父のそばでたくさんの祈りを捧げた。

 それから、アナ=マリアがカインと結婚した。カインは自分の母と違って静かな女性というものに憧れ続けていたらしく、よくアナ=マリアを慰めていたらいつの間にか、という感じだったらしい。

 アナ=マリアは『……キュータ君、レオネを幸せにして』とキュータの唇にキスをした。

 

 二十八才、ロランが結婚した。

 相手は昔同じ薬学科だったレイ・ゲイリンだった。

 レイはロランを学生時代からずっと支えていたそうで、ロランはレイに告白されると『待たせてごめん……!待つ辛さを知ってたのに……!』と受け入れたそうだ。

 レオネは彼らの式で聖歌を歌い、二人が永遠の愛を誓うことを尋ね、ロランが頷くと微笑んだ。

 式にはアガートが来ていて、レオネは懐かしいと二人で話をした。

 彼女は実家の薬草園を継いだらしく、ロランとレイの治癒工房に薬草を卸しているらしい。

 キュータを見る目はまだ恋をしていた。

 

 二十九才、神官達からの推薦もあり、父から境の神官長の座を譲られた。

 二十代で神官長なんて務まらないと実家で散々言ったが、『お前がやらないで誰が境の神官長をやるんだ!!それとも殿下のために働けないとでも言うのか!!不敬者!!』と父に怒られた。

 着任式ではナインズがレオネの額に祝福してくれた。

『──君が私の片腕として神官長になってくれて嬉しい』

 レオネは境の神官団を導いた。

 

 三十才、大きな戦争があった。

 境の神官長として、光の神官長、闇の神官長と共に出かけた。

 神王陛下と光神陛下の凄まじい力を目の当たりにし、レオネは腰を抜かした。

 久しぶりに迎えに来てくれたキュータに話をすると『あの人達は化け物だよね』と笑った。

 

 三十一才、多忙を極め大神殿で倒れた。

『レオネ!レオネ!!』

 回復室で目を開けると、ナインズがしばらく見れていなかったキュータのような顔をしていた。

『殿下、失礼いたしました』

『──お前を境の神官長から解任させるな!!』

 深々と頭を下げ、周りの神官達からの視線に少しの居心地の悪さを感じた。

 

 三十二才、すっかり境の神官長としての仕事にも慣れ、ようやく神官長が板についてきた頃。

『少しは休め。ローラン神官長』

『休んでいますわ。心配されないで。それより、ナインズ殿下こそきちんと休まれて』

『……じゃあ、私の休憩に付き合ってくれ』

 ナインズに手を引かれ、二人大神殿の中庭に入る。

『あの、わたくしまだ職務が』

『わかっている。だが少しくらい私の休憩に付き合ってくれても良いだろ』

『……ありがとうございます』

 二人木陰に座る。レオネは繋がれたままのナインズの手のあたたかさに心を寄せた。

『……一日中、君は立ちっぱなしじゃ無いか』

『任せていただけるって、ありがたい事ですわ』

『──レオネ、少しは自分も大切にして。お願いだから』

『大丈夫。キュータさんも自分を大切にされて』

『……僕は自分のことばっかりだよ』

 ナインズはレオネから帽子をそっと取ると、その額に口付けを落とした。

『──ナインズ殿下、祝福に感謝いたします』

『……もう少し休んだら行こう』

 

 三十三才、スルターン小国にワルワラが大司教として立った。

 祭典に出席すると、ワルワラはあの放埒さを隠し、光の神と闇の神、それからナインズに跪いた。

 スルターン小国の()()()は加速した。

 

 三十四才、ナインズに手を引かれ第五位階に届いた。

 レオネに癒せないものはほとんどなくなっていた。

 キュータは『やっと少し安心できそう』と笑った。

 位階が上がったこともあり、平日は僻地や地方からの要請に応え、駆けずり回るように過ごした。

 ナインズを手伝い人々を救いたいと思っていたことがやっと叶ったとレオネは本当に嬉しかった。

 

 三十五才、キュータの若々しい見目に少しの負い目を感じた。

『……わたくし、もうキュータさんの恋人なんて言えないわ』

『な、なんで?──は……ついに誰かと結婚する?好きな人ができた?』

 レオネは『だから違いますって!』と笑った。

 確実に自分が若者じゃなくなっていることを実感すると言ったら、『……私の魔法を受け入れてくれ。老いを遅める』なんて真面目に言われ、『老いだなんて、そんなにおばさんじゃありませんわ!』とぷんぷん怒った。

 その頃にはもう友人達の子供が少しづつ大きくなってきていた。

 

 三十六才、最高神官長が倒れ、思いもしなかった指名を受けた。

 次の最高神官長に、こんな若輩者が。

 レオネは恐れ多いと辞退していたが、神王が『──やるといい。何を迷うことがある。お前の導く大神殿が必要になるだろう』と告げた。

 レオネは全てを受け入れ、最高神官長になった。

 

「──ローラン最高神官長!また君は休みもしないで!神殿内にイツマデがあんな風に待機してるなんて前代未聞だ!!」

「あら、殿下。ふふ。嫌ですわね」

 イツマデ達は毎日遅くまで居残る最高神官長をいつでもせっつけるようにもはや待機していた。

「はぁ……。今日の仕事はここまでにしなさい」

「ですが──」

「ですがも何も無い。ほら、早く」

 レオネが渋々全てを終わらせると、二人はそっと手を繋いで神官すらまばらになった大聖堂に出た。

 一番前の席に座る。

 

「……ここに座ると、最高神官長などと呼ばれていても、わたくしはやはりただの信徒の一人に過ぎないと思わされますわ。神の御技で生み出されたこの大神殿も、大聖堂も、全てがわたくしをちっぽけだと思わせるの」

「そう思うなら、あまり一人で背負い込もうとするんじゃない。君も一人の人間にすぎない」

「……そうですわね」

 レオネは帽子を脱ぎ、胸の前で手を組んだ。

 

「……自分の幸福も祈れと言っているのに」

「もう聞いてらっしゃるの?」

「私はいつでも君の声を聞いてるよ。透き通った君の声を」

 肩に手が回り、そっと引き寄せられる。

 レオネはナインズの肩に頭を預けた。

 

「……透き通ってなんかいないわ。殿下とキュータさんのことを考えてばかり」

「……それはやめておいた方がいいね。君の幸せを僕も母様に祈ってる。君は君の人生を生きなくちゃ」

「わたくしの人生は神々のためにありますわ。わたくしは全てを御身と御方々に捧げてる……」

「そんな事を言わないで……。はぁ……。恋に落ちた男の一人や二人、君にもいただろうに」

「……いましたわ。六つから十六になるまで、夢中で恋をしてた」

「え?知らなかったよ。そいつはダメなのか?」

「恋人よ。初恋なの。いいでしょ」

「……それ、キュータ・スズキとか言うやつじゃないの」

「ふふ、素敵な人よ。別居してるたまにしか会えない内縁の夫だと思ってるの」

「──僕も別居してる内縁の妻だと思ってるよ。レオネ、愛し──」

「言わないで」

「君はどうしても言わせてくれないね」

 ナインズは静かにレオネの額に口付け、その頭に自身の頭を預けた。

「レオネ、僕は君の安らぎをいつも願っているからね」

「……この時間は安らぎますわ。ありがとう……」

 

 四十代になった頃。

「もうキスもおやめになって」

「え……。素直に悲しいな……。男ができたわけじゃないんだろう?」

「……だとしても。もうわたくし達、側から見たら下手をすれば親子だわ」

「失礼な。僕も何か──そうだ。幻術で良さそうな顔でも作るか」

 キュータの顔や手が変わると、レオネは笑った。

「それ、よろしいわね」

「ふふ、気に入ったようで何より」

 キュータはレオネの額に口付けた。

 

 五十代になった頃。

「殿下。そろそろ本当にどなたか見つけられなくては」

「私はもう見つけているよ。ローラン、そろそろ諦めて私を受け入れてくれないか」

「もうわたくしなんかおばさんですわ……」

「こんなに綺麗なのに何を言っているんだか」

 ナインズはレオネの髪に口付けた。

 

 六十代になった頃。

「──老いを遅らせる魔法はどうしても使いたくないのかい」

 レオネは静かに頷いた。

「良いのです、殿下。わたくし達神官は光神陛下の祝福のみならず、神王陛下のお力でさえ受け入れております。もちろん、老いを遅らせる特別な方々──カルカ・ベサーレス様のように光の象徴となる方も。けれど、わたくしは与えられた生をありのまま生きてみようと思います」

「そうか……。君がそう決めているのなら、私からこれ以上言う事はないよ」

「ありがとうございます」

 

 七十代になった頃。

 体に想像以上のガタが来ていた。

 

「あぁ……あなたには、これをお返ししなくては」

 今際の床でレオネは娘時代に受け取った魔石をネックレスにしてくれたものを取り出した。

「ありがとうございました……。わたくしはこれのおかげで、いつでも御身に見守られていたように思います」

 そっと、皺枯れた手でナインズに握り込ませる。

 ナインズはその手に口付けを落とし、笑った。

「まさか本当に返されてしまう日が来るとは思わなかった」

「……大切な……神々の地の……──あぁ……もう、ゆきます……」

「ローラン、疲れたろう。君は少し働きすぎたんだよ。ありがとう。君の祈りは──最後まで透き通っていた」

「……ナインズ殿下……殿下の幸福を──わたくしは……いつまでも──」

「……ありがとう」

 

 ──神王陛下。死と共に永遠になるのなら、この祈りもどうか永遠に──

 レオネの最後の祈りが流れ込む。

 

「──ローラン最高神官長、せめて言わせてくれ。ずっと愛していた。愛していたんだ」

「……あぁ、殿下……。わたくしも……六つであなたに恋をして──十六であなたを愛して──以来、ずっと……愛しておりました……」

「ありがとう……。私は君の愛に救われ続けてきた。──愛している、これからも、きっと君だけを」

「……ナインズ殿下……。あなたのおかげで……わたくしは本当に……幸せだった……。……あぁ……次に生まれてきたら……きっと……二度とあなたを一人には……」

「ローラン……。……ローラン?」

「……次は……きっと……キュー……タさん……」

 

 ──光神陛下。もし与えられるのであれば、次はどうか、この方と共に──

 

「嫌だ……。嫌だ……レオネ!次なんか、次なんか!!僕は本当に君が必要なんだ!!僕は君しか見てこなかった!!君をこんなに愛しているのに!!やっぱりもっと早く伝えれば良かった!!君を引きずってでもナザリックに連れて行って……君を閉じ込めてしまえば良かった!!次は私と共に生きるなんて祈るくらいなら、何故早くそう言ってくれなかった!!そう祈らなかった!!何故私に命を止めさせなかった!!レオネ!!君の生を、君自身の生を……僕は……僕はぁ……!!」

 

 ナインズが苦しみに叫ぶ。レオネは老いた両親すら見守る中、ふっと息を引き取った。

 美しく微笑んだままのレオネに涙が落ちていく。

 あまりに悲痛な背中に皆部屋を後にした。

「……レオネ……君の全ては……私に必要だった……」

 ああ、せめて子を残してくれていれば。その子に何かしてやれたのに。

「私は、君に何もしてやれなかった……。君は黄金の祈りを捧げ続けてくれたのに……」

 ナインズはレオネの老いた身に縋るように泣いた。

 全てが遠く感じる。

 その後、国葬となる最高神官長の身は清められ、彼女が生前儀式の時に纏っていたローブと共に美しく飾り立てられ、彼女は花に包まれた。

 

 

 

 レオネはナインズの最後の苦しみの叫びを最後までは聞けなかった。

 

 

 

 ブランコの上で聖歌を歌っていると、水を誰かが進む音がして振り返った。

 

「──おかえりなさい」

「ただいま、レオネ」

 パシャンッと水の中に降りたレオネを、ナインズは愛おしそうに抱きしめた。

「今日の君は何をして過ごしていたの」

「思い出しておりました。あなたとの全てを」

「ありがとう。おいで、アルバムを持ってきたよ」

「嬉しい、ぜひ見させて」

 手を引かれて湖を上がろうとしたが、レオネはふと足を止めた。

「……ねぇ……わたくし、子供を持ってもあなたの思う美しい祈りを捧げられるかしら……。あなたが休まる時間を減らさないかしら……」

「……僕達の子のために祈る言葉が美しくないわけがないよ。──それに、きっとその子のための祈りは僕を癒す」

 

 レオネは「それなら……」と蓋をし続けてきた思いを開いた。

 一生懸命紡がれる言葉に、ナインズは誰よりも優しい瞳をして耳を傾けた。

 彼女からの告白が全て終わると、ナインズの瞳からぽつりと一つ涙が落ちた。

 

「──ありがとう」

 

 二人は柳の下でキスをした。

 

 ──全ては遥か遠い未来。




まじで幸せになれ……まじで……(´;ω;`)
でも、「せっかくの死後なのに」ってナインズ君w
学院の二人が出来上がったぞ…えもーしょのー

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黒髪はこちら

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それから……誰が誰だかわかるかな!?

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次回明後日!ReLesson#40 幕間 穏やかな国の場合 前編

はい、ここでハッピー裏閑話挿入します(?
'00:10以降に更新されます!
⑨裏閑話#41 未来の二人R18
https://syosetu.org/novel/195580/42.html

近々こうなるの?

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