眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Re Lesson#40 幕間 穏やかな国の場合 前編

『──あっちだ!!あっちへ逃げたぞ!!』

 

 森を走る。

 王女リーゼロッテ・イコレット・マキャベリは背にかかる恐ろしい声を物ともしないように叫んだ。

「急げ!!一人も欠けるな!!」

 振り返るリーゼロッテの後ろには数えきれない配下の騎士達。

「姫様!!伏せて!!」

 頭を押さえつけ、騎士のベアトリス・ウエルタが言う。

 間一髪のところでリーゼロッテの頭上をヒュンと矢が過ぎて行った。

 そして、前を走っていた騎士の首の付け根に矢は突き立った。兜から垂れる鎖かたびらでは守りきれなかった。

 その瞬間、騎士は倒れ血を吐いた。

「っぐぅ……!」

「大丈夫か!!リンドブラン!リンドブラン!!」

「だ、大丈──っゴブ──大丈夫です!!姫様、早ぐ!早ぐお逃げくだざい!!」

「置いていかれるか!!」

「姫様!!お早く!!」

 リーゼロッテはまだ十ニにも満たないような幼い騎士見習いに背中を押されると、ギュッと涙を払った。

 

「──ックソ!!」

 

 

+

 

「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国……?」

 

 ラ・オーケルベリ王国にその使者を名乗る冒険者が来たのはわずか三ヶ月前の事だった。

「えぇ!全種融和を唱える神の国です!」

 明るく未来を語るその男達はとても嘘を言っているようには見えなかった。

 

「国交を開いていただけるとは有り難い申し出。我らがオーケルベリは絹と染色に関して右に出る国はあるますまい。して、どちらから?」

「はい!地図がこちらに!」

 有能なマキャベリ王はその地図の示す遠さと、広さに目を見開いた。

「こ、これほどの国が?」

「えぇ!なんと言っても、神の国です!」

「ありがたいものです。末長く共に栄える日を楽しみにしております。──周辺の地図をお渡ししろ。書状をしたためる間、使者の皆様を部屋へお通ししてお待ちいただけ」

「は!冒険者の皆様はこちらへ」

「ありがとうございます!」

 

 冒険者達は「これで俺たちも地図に名を残すなぁ!」と笑って去って行った。

 リーゼロッテはマキャベリ王の下へ行くと、地図を覗き込んだ。

「それほどのもので?」

「すごいなんてものではないよ。どんな王陛下がいらっしゃるのか楽しみだね」

「──こんな国が存在するんでしょうか?」

 リーゼロッテが訝しむように呟く。

「ふふふ、地図は多少大袈裟に書いているかもしれないけれど、それだって立派なものだ。あの者達の様子がこの国が平和であると言っている。そうだ、舞踏会でも開こうか」

「私は踊りはあまり……。何かもっと良い方法はないのでしょうか?」

「そう言わずに。食事会では息も詰まろう」

「そうかしら」

「そうだよ」

 

 王の下に簡易の筆記机と一番上等な書状のセットが運ばれてくる。

 マキャベリ王は羽ペンを手にし──「私たちの字は読めないだろうがね」と苦笑した。

 地図は貰ったが、字は一つも読めなかったのだから。

「──だが、言伝だけで使者を返すわけにはいかないね。読解魔法が使える者がゴウン王陛下のそばにいるといいんだが」

 これほど大きな国で公用文字もあるとなると、普段はそばにそう言う係を付けていないという可能性は大いにあり得る。

 さらさらと美しい文字が連ねられていく。

 リーゼロッテは陽の光が存分に入るこの玉座の間で、優しい父王のペンが紙を引っ掻く音を幸福の中で聞いた。

 

 十六のリーゼロッテは王女と言うよりも、公爵のように白いパンツと白いナポレオンジャケットというさっぱりとした格好で、王の足下に座り、その膝に頭を預けた。

「舞踏会、本当にされるのですか?」

「するとも。その時には、リーゼロッテもちゃんと母様のように着飾るんだよ」

「……苦手だわ。私には似合わない」

「そんな事はないよ。私はリーゼロッテが美しく育ってくれることが毎日毎日嬉しいのだから」

「うふふ。お母様の方が美しかったわ」

 マキャベリ王は全てを書き終わると、ギュッと国璽を押して全てを置いた。

 インクが乾くまでしばらくはそのままにしておく必要があるので、誰も手紙をとりには来なかった。

 

「──面白い国が来たと報告に行こうか」

「えぇ。お母様は喜ばれるわ」

 

 手紙も乾き、筒状に丁寧に丸めて丸筒に封印される。

 冒険者達は「行って戻るのに時間がかかるので、……三ヶ月ほど見ていただけるとありがたく思います!」と丁寧に頭を下げ、オーケルベリの地図を手に帰っていった。

 

 厳しい冬に向かう王都。

 リーゼロッテは父と共に母の墓に花を手向けた。

 

「──お母様、今日は面白いことがあったのよ。ものすごい大国で、世界中を平和に導く神の国ですって。大袈裟でしょう?ふふふ」

「だって言うのにリーゼロッテはこんな格好で舞踏会に出るなんて言っているよ。困ったものだよ。君が居てくれたら、きっともっとお淑やかだったろうに」

 父王が笑い、リーゼロッテは寒さと恥ずかしさに少しだけ頬を染めた。

 そして、父の目から涙がポツポツと落ちていく。

「……君が居てくれたら……」

 リーゼロッテはそっと父の肩に触れると、見守る騎士達の下まで下がっていた。

 

「ベアトリス、父王陛下の愛の深さは変わらないわね」

 幼馴染の女騎士にそっともたれる。ベアトリスはリーゼロッテの髪を撫でた。

「正妃様のご崩御は突然だったそうでしたからね」

「えぇ……。私はまだ何も理解できなかった。今も覚えているわ。美しいお母様と庭で薔薇を摘んで、ふと力が抜けたようにお倒れになったあの日を」

 

 あの日を思い出しリーゼロッテが静かに目を閉じる。

 すると、木陰から「ふん」と笑い声がした。

 

「──セオドア」

 姿を現したのは父王の弟の息子。いわゆる、リーゼロッテの従兄弟だ。

 王弟の息子だが、公妾を持たなかった父と違い、公妾を持った王弟には早くから子ができていた。

 セオドアは二十一で、リーゼロッテより五つも年上だった。リーゼロッテが生まれるまで、彼は次の国王になるかもしれないと言われていたらしい。

「おめでたいな。墓参りなんかしている暇があれば、来たる大国に備えて軍備強化をするべきじゃないか」

「……平和な治世の国よ」

「全種融和か。──馬鹿げた話だ。ここは人が寄り集まってできた国。隣には山小人(ドワーフ)のランダルダ公国と、鼻持ちならない竜人達が統べるユルバーモン合州国が時に争いながら国を並べている。たった三国ですら融和など不可能だ」

「合州国とは半分融和していると言っても過言ではないはずよ。人と竜人の子が手を取り合って生きているんだから。私たちは愛で結ばれているはず」

「愛?バカげた言葉だ。生まれてくるのは人じゃなく力の強い竜人だ。静かなる侵略とも言える。彼らの気持ちは明らかに竜人なのだから、この国にとどまることもない」

 

 セオドアの肩に手が置かれる。

 

「やめろ、セオドア」

「……父上」

「優しい兄上もそうだが、リーゼロッテ様に血生臭い話は似合わない。──行くぞ」

 

 王弟はセオドアを連れて城の庭を去っていった。

 

「……ふん」

 

 リーゼロッテは騎士のベアトリスに寄りかかり、母の墓の前で小さくなる父の背を見守った。

 

+

 

「くそ!!何が優しい兄上だ!!私を優秀な兄の代替品だと思って!!」

 銀のグラスが叩きつけられ、ガシャンと音が鳴る。

 セオドアは父の小さくなりつつある背を眺めた。

「……父上、落ち着いてください」

「冷静だ!私は冷静だ!!お前こそ、黙ってリーゼロッテなんぞに王位を渡すつもりか!!」

「そうは言っていません。愛だの生ぬるい理想論を掲げる女に国は率いれない」

「ふふ、ふふふ。そうだ、セオドア!そうだとも!!」

 

 父はよほど酔っているのか、赤かったはずの顔は少し青くなり始めていた。

 

「舞踏会などくだらん!リーゼロッテ……!貴様も母と同じようにしてくれる!!……この機会はまたとない……!」

「──何をなさるので」

「うるさい!!お前はもう出ていけ!!」

 

 セオドアは美しく優しかった従妹の母を思い出すとフンと父から視線を外した。

 顔の横を皿が飛んでいく。

 

(──父上、あなたはそれだからダメなのだ)

 

+

 

 ナインズは鏡の前でメイド達に飾り立てられていた。

「──僕、これで正解なんだろうか?」

 腰にはすっかり馴染んだ聖剣(デュランダル)と杖。

「はい!なんと言っても新たに発見された国の舞踏会です!!」

 一つに結ばれた長い銀髪の根本には母の羽がいくつか差し込まれ、動くたびに光が落ちていた。額にはアインズ・ウール・ゴウンの紋章を模った大きな飾り。

「ここまですごいのはちょっとあんまり馴染みがないなぁ……。父様と母様の様子見てきてもいい?」

「参りましょう!」

 細身のパンツにジャケット、上から幾重にも着重ねたローブがなんとなく鬱陶しい。全ては魔法の装備なので、実際に動きに制約はないというのに。

 

 メイドが扉を開け、父の部屋に入ると珍しく香水の匂いがした。

 

「──父様ぁ」

「ん?どうした?」

 振り返った父は人の体で、金の飾りがたくさんついた銀色のマントをかけていた。これと見比べるとナインズの装飾は抑えられているかもしれない。

「うわぁ、父様って素敵ですね」

「……そうか。お前もそう思うのか。……私は派手じゃないか心配だ」

 呟く父にナインズはおかしそうに笑った。

「僕こそ派手で参りました。父様は似合ってるからいいけど、僕なんてシャツが一枚あればいいのに」

 いけません!!とメイド達からブーイングが上がる。立ち止まり隙を見せるとさらに手に指輪が増えていった。

「私もそれで十分だ。と言いたいところだが、侮られるようなことは本意ではないがな」

「父様はね。僕はあんまり困らない」

「やれやれ、できれば優良国家はお前に任せたいと言うのに。──フラミーさんはどうかな」

 二人でまた部屋を移動していく。

 

 いくつか扉を潜り、「どうですかー」と父が声をかける。

「はい!今日は久々に肌色ですよ!」

 ひょいと顔を見せた母は薄紫色のベールをいくつも重ねたようなドレスを着ていた。

「あ、アインズさん、おじさん顔にしなくていいんです?また若造って言われますよぉ」

 父を若造と呼んだ人がいたのかと少し驚く。

 アインズはおかしそうに笑った。

「ヒゲでも付けますかね?」

「良いかも」

「細かい調整が難しいから行きすぎないようにしないとな」

 

 父は骨に戻ったと思うと、ぽふんと音を立てて子供の姿になった。

 しゃがんで父のおでこをツン、と押してみる。

「……若造すぎません?」

「間違えた」

「アインズくんだねぇ」

 フラミーがよしよしとアインズを撫で、抱き上げる。アインズは嬉しそうに頷いた。

「もうこれでいくか。懐かしいな」

「若造すぎますって。ふざけてないで」

「ち、お堅いな」

 何度か人になっては骸になってを繰り返し、髭がある姿になると一度止まった。

「髪も伸びてますよぉ。ナイ君と親子感は出てますけど」

「……うーん、うまく行かないなぁ。若造って言われたら、こっちの若造(ナインズ)を全面に出す感じで行きましょう」

 ナインズの肩を叩き、父は結局いつもの姿になった。

「さぁて、じゃあ、私は天使出しに行ってきますねぇ」

 母の姿が消え、一行は出発した。

 

 天使の担ぐ輿の中に転がって到着を待つ。

 冒険者の引いた地図に従って、オーレオール・オメガが場所を探り、転移門(ゲート)を開いて近くまできた。

 ちらりと外を覗けば綺麗な王都だった。

(活気もあるし、これは確かに優良国家なのかも)

 隣合うらしい二つの国にも使者や冒険者は向かっていて、一気にまた国交が広くなりそうだった。

 神聖魔導国の旗を振ってくれているこの国の人々もいる。

 ここを一時拠点に定めて冒険する神聖魔導国の冒険者であろう者たちなんてとても喜んでいた。

「殿下ー!神聖魔導国バンザーイ!」と叫ばれ、手を振る。

 本当に良い国だった。

 

 ラッパが吹き鳴らされて王城に入ると、優しそうな王と娘が迎えてくれていた。

(マキャベリ王とリーゼロッテ姫殿下か……)

 父と母が降りるより先にナインズが一人輿を降り、王の下へ歩いていく。

 後をアルベドが付いてきてくれる。何かおかしければ、きっとそっと注意してくれるだろう。

「──王太子殿下か」

「えぇ、マキャベリ陛下。ナインズ・ウール・ゴウンです」

「よろしく。よく来てくれたね」

「よろしくお願いいたします。お招きいただき感謝しております」

「こちらは私の娘、リーゼロッテ。聞けば同じ年だと言う。仲良くしてやってくれるね」

「リーゼロッテです。よろしく、ナインズ殿下」

「よろしく、リーゼロッテ殿下」

 握手をしていると、後ろからデミウルゴスや父母も現れ、王同士でも挨拶を交わし、さらに宰相同士や御付き同士などで挨拶を交わして城へ入った。

 和やかな会話をして部屋へ向かう。

 

「──ナインズ殿下、あなたはいつもこうして外交について来ているんですか?」

 親や政治を預かり持つ大人たちから数歩下がって歩いていると、リーゼロッテに尋ねられた。青緑色の、夏の雨のような瞳をしていた。長い美しい金色の髪が揺れる。

「いえ、たまたまです。良い国だと聞いて。僕なんかで良いのか分からないんですけど、貴国との友情になるようにと父に言われて来ました」

「そう。私も父に任せきりでほとんど何もしたことはないです。いつもは騎士達と稽古ばかり。怒られたけれど、服もこの方が落ち着く。あなたは着飾り慣れているようだけれど」

 リーゼロッテは白いパンツと長いブーツで、男性の正装のようだった。

 

「僕もシャツだけで充分なんて言って、父から小言をもらいました。国同士はどうもこざっぱりと言うわけには行かないらしい」

「ふふ、私たち、意外に似た者同士ですね。ナインズ殿下は大国の方だと言うのに」

「国の大きさは関係ないですよ。僕なんかはいつもはただの学生ですし。リーゼロッテ殿下は?」

「リズで構いませんよ」

「リズ。僕もナインズで構わないよ」

「ありがとう、ナインズ。私は学校はもう卒業したの」

「早いんだね。僕はいつまでも学生でいたいよ」

「ふふ、同意よ」

 

 二人笑い合い親達の後に続く。

 用意されていた部屋に着くと、酒や軽食が出され、改めて挨拶をした。

 こちらからは神官団や漆黒聖典、紫黒聖典が紹介され、あちらからは政務に携わる貴族たちが紹介された。

 その後は大人達がいくらか最初に政治的な話のやり取りをし、後はただただ楽しそうに話をしていた。

 良い国と国交を開けるのが嬉しいと。

 

 ナインズとリーゼロッテはバルコニーに出ると、手すりに腰掛け、メイド達が出してくれたテーブルと軽食に少し手をつけた。

「──平和だね。こう言う国ばかりならいいのに。ありがたいことに聖典達が暇そうだ」

 イオリエルは流石についてきていない。クレマンティーヌはもりもり軽食を食べ、レイナースと番外席次に呆れられている。漆黒聖典もため息混じりだ。

「ふふ、皆さんにくつろいでいただけて良かった。ナインズ、いつか私が女王になる時、あなたは良い国王になっていて。二つの国で手を取り合えばきっと良い治世になる。活気と愛に溢れて、ああやって皆で食事を囲むの」

「君の考え方、好きだな。でも、僕は国王にはならないかもよ」

 リーゼロッテは訝しむように眉を顰めた。

 

「何故?王位継承第一位ではないの?」

「いわゆる王位継承第一位ってやつだけど、父様は死なず老いぬ身だからね。仕事は減らしたいとお思いだろうけど、永遠の王陛下さ」

「そんな人がこの世にいるはずないじゃない。担がれているのよ。こちらでも、竜人達は老いがゆっくりだもの」

「どうかな?」

「ふふ、いいわ。では、死なないとして、追い落としてしまう?」

 ナインズは一瞬きょとんとしてリーゼロッテを見た。

 リーゼロッテは悪い顔をしていて、風で金色の長い髪が揺れると太陽のようだった。

 

「その顔。おかしいわね」

「……リズは思ったよりとんでもない女王になりそうだ。すごいこと言うね、君」

「ははは!ふふふ!許されない冗談だった?私なんて騎士団によくお父様を蹴落としてしまえなんて笑われているわ。ナインズの周りは皆行儀がいいのね。その腰のものはどれほど使えて?ただの飾りかしら」

 示されたのは、ナインズの腰に下げられた剣だ。

「──君が思うよりは多分使うよ。そう言う意味では僕も僕の周りも行儀が悪い」

「面白い。やる?」

「後悔するよ?」

「させてみて」

 

 ナインズが笑いながら剣を縛める紐をそのままに、鞘ごと剣を腰から外すと、リーゼロッテも腰に下げていた小さな剣を鞘ごと外した。ツカにきちんとバンドをかけ、鞘が抜けて行かないように止めた。

 

「そのすごい鞘。こう言う時の儀礼用?傷付けてしまうかも」

「いいや、鞘も本体も僕の本当の護身用だから大丈夫。気にしないで」

「あら。そんなに鞘からツカまで装飾だらけじゃ、重くていざという時振れないわよ」

 

 リーゼロッテは軽く腰を落とすとヒュッと息を吐いた。

 ナインズの顔の横をツカごと剣が通り過ぎる。

「──見えもしない?」

「よく見えたよ。でも、今ので君がどれほど頑張って来たかよく分かった」

「上から目線だわ!」

 

 リーゼロッテの繰り出す剣戟を受けながら、時に弾いて流す。

 鞘のぶつかる甲高い音が響き、親や聖典達が何事かとバルコニーに出てくる。

 マキャベリ王は眉間を押さえた。

「──ゴウン陛下、すみませんね。うちの娘はどうもああいう気性で。あの子の母は慎み深かったのですが……亡くなってもう十年。やれやれ」

「ははは。うちの娘は箱入りだから羨ましいですよ。ねぇ、フラミーさん」

「本当。仲良くしてくださいね。次はうちの──王城はないんですけど、大神殿にぜひ見えて下さい」

「ありがとうございます。本当に、良い国交に感謝しております。輸入の物品も良いものばかりのようですし。……あとは夜の舞踏会では娘のもう少しましな姿をお見せできるといいのですが」

 

 親達が笑っている中、ナインズが剣を弾く。

「──っあ!!」

 リーゼロッテは尻もちをつきかけると、ナインズに引っ張り寄せられた。ドンっと胸にぶつかる。

 見上げると、穏やかな笑みのままだった。

「ね、行儀悪かったでしょ。後悔した?」

「……天晴れね。後悔はしてないわ。良いものを見せてもらえたもの。ナインズ、あなたうちの騎士団長より強いんじゃないの?今のは指導剣だったわ。綺麗な顔してるくせに」

「ふふ、ありがと。でも、君ほどじゃないよ」

 リーゼロッテがきちんと自分の足で踏ん張ると、ナインズは彼女を離してバルコニーの下をのぞいた。

 剣は下に落ちて行ってしまっていて、拾ってくれたらしい庭師が眩しそうに麦わら帽子を傾けてこちらを仰いでいた。

 

「──すみません!お怪我は?」

「いえ、ありません!えっと……神聖魔導国の殿下!」

 リーゼロッテも下を覗き込む。

「ゲイル!投げてちょうだい!!」

「と、届きませんよぉ。姫様は無茶ばっかりだなぁ」

「いいから!」

 庭師が苦笑しながら投げる。小さめの片手剣とはいえ一キロ程度はある。当然のように届かなかった。投げるたびに庭師は逃げ、どかんと剣が落ちるとまた拾い上げた。

「流石にダメね?いつか怪我をしそう」

「はは、本当。やめさせてあげよう」

「そうね。──え?あなた、何を」

 ナインズは腕輪を外して手すりに置くとそれを跨いだ。その周りにはすかさず八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達がより集まり、誰かに取られたりしない様に見張った。

「<飛行(フライ)>」

 下に降りて剣を受け取り、ナインズはすぐにバルコニーに戻った。

「はい、悪かったね。向こうに弾いて父様達の方に行ったら嫌だと思って。でも、下の方が危なかったね」

「気にしてない。それより、あなた魔法も使えるの?」

「少しだけね」

「<飛行(フライ)>は少しの域じゃないわ」

 手すりの上に残した腕輪を着け直し、ナインズは髪を払った。

 

 見ていた父が手招く。

「ナインズ、そろそろ一度控えの間に行くぞ」

「あ、はい。じゃあ、リズ。また夜に」

「えぇ、また」

 

 ナインズが「女の子相手なんだから気を付けろよ」と小言を言われながら部屋を去っていく。

 リーゼロッテは腰に剣を戻すと「ふむ」と息を吐いた。

「いい青年だったね」

「本当ですね。あんな男もいるんだって思わされました。神王陛下がご長命の種らしくて、王にはならないみたいな感じでしたけど、私が女王になる時に彼が神聖魔導国に立ってくれていたら、きっと素晴らしい未来になると思いました」

「ははは!リーゼロッテにそこまで言わせるとは!王にならないなら、婿に来てもらおうか!」

 それを聞くと、リーゼロッテは一瞬顔を赤くし、その後俯いた。

「……私、そういう相手は欲しくないです」

 マキャベリ王は微笑み、リーゼロッテの背を数度さすった。

「王家の血が絶えてしまう。もう相手を見つけていい頃だよ。貴族達を見ていると嫌になるのも分かるけどね」

「いえ、私……。……着替えに行きます」

 リーゼロッテは足早に部屋を後にした。

 

 一度風呂に入って汗を流す。

 本当に良い太刀筋だったと今し方のことを思い出す。

 風呂を上がり、ドレスの下着に着替えながらため息を吐いた。

(……舞踏会にはセオドアも来るのかしら)

 従兄も昔は優しかった。ナインズのように明るく、人をよく気にかけ、時には幼かったリーゼロッテを抱きしめてくれた。

 大人になればなるほどセオドアは変わって行ってしまった。

(……あれが来たら空気が悪くなる。王弟殿下は穏やかだからまだいいけれど……)

 

 ドロワーズと下着一枚になると、侍従達がコルセットを付け、ドレスを着せてくれる。

 背のリボンを思い切り引いて細い腰を演出すると、皆嬉しそうに笑った。

 手首に良い匂いの粉を付け、髪を結い上げる。

 そして、最後に胸元と首にも良い匂いの粉をはたいた。

「──ねぇ、手首はわかるのだけど、今日は胸まで?」

「えぇ!姫様、ナインズ殿下は素敵ですねぇ。あちらで控えているメイド達の話によると、普段はまだ学生をされていると。卒業されたらきっと結婚のお相手を持ってしまうでしょうし、今のうちですよ」

「……学生っていうのは聞いた。皆今日会ったばかりの男性をそんなにお婿に取りたいの?」

「ふふ。あれほど良い方はきっと他にはいませんから。素晴らしいお婿さんになってくれますよ」

「分からないわよ。実は若いくせにものすごい酒癖の悪さで、女を叩くかも」

「そんな方じゃないのはリーゼロッテ様が一番よくお分かりでしょう」

 

 リーゼロッテは先ほどの彼とのやりとりを思い出して頬を染めた。

「……あんまり何度も婿だ婿だって言われると、普通でいられるはずのものも普通でいられなくなる」

「あらあら、ふふふふ。舞踏会は途中でお二人で抜け出してしまいなさいませ。こちらのお部屋は汚して良いように準備しておきますので」

「じ、準備って!」

「素直に、明るく、愛らしくですわ。呼んでいただければドレスも脱がせに参りますので」

「や、やめてったら!私、本当にナインズをそんな目で見てなかったのに!」

「では、今は?」

 

 リーゼロッテが答えに窮すると、全ての身支度が終わりを告げた。傾き始めたと思った冬の太陽はあっという間に落ち始めていた。

 

「さ、国王陛下の下へ参りましょうね」

 

 楽しげな侍従に背を押され、あれよあれよと言う間にリーゼロッテは会場に通され、父の隣に座り貴族達の挨拶に応えた。

 山小人(ドワーフ)のランダルダ公国と、竜人達が統べるユルバーモン合州国からもたくさんの参加者がいた。

 

「──新しい友を迎えられる事に祝杯を!」

 

 父が言うと、神聖魔導国の一行が会場に入り、階段を降りてくる。

 どう言う種族なのか、人にしか見えない神王陛下は十六の息子がいるようには見えない若さと美しさだ。長命の種ならこんなものだろうが、それこそこちらに側室にと言われても頷けてしまうようなレベルだった。

 やはりどう言う種族なのか分からない光神陛下など、乙女と言われても納得してしまう。

 あんな母がいるなんて神秘だ。

 全種族融和というのはすごい事だった。きっと、何と何を掛け合わせてとか、もはやそう言うことも分からないような具合なのだろう。

 宰相のアルベド、補佐のデミウルゴスなども美しい。

 神官団と聖典達も共に降りてくる。

 

 用意された席に着くと、神王陛下は丁寧な挨拶をしてくれていた。大国だからと威張るような雰囲気もない良い王だった。肩肘の張らない、良い会にしようと努力してくれているのが伝わってきた。

 威厳に満ちた人の威厳を見せないようにするああ言う努力は時に愛しく感じるものだ。

 

 リーゼロッテの隣にナインズが静かに掛ける。

 ナインズもリーゼロッテのように婿だの嫁だのと言われただろうか。リーゼロッテは父王達の挨拶を真剣に聞くナインズの横顔を見上げた。

「──どうかした?」

 見下ろされるとリーゼロッテは「あ、えっと、はは」と言葉にならない言葉を返した。

「大人の話は嫌い?」

「ん、ううん。そんな事はないわ。いつか自分がそれをしなきゃならないんだから」

「ふふ、その通りだね。参考資料はいくつあっても良いよ」

「王にはならないのに?」

「王にならなくても、神の子としてやる事はたくさんあるさ」

 リーゼロッテはその言葉の重さに思わず小さな笑いを漏らした。

「ふふ、そうだったわ。あなた達の国は神の国だった。昔降臨した神の末裔の子だか何だか、だったかしら。神官も連れてすごいわよね」

 ナインズは静かに微笑んでリーゼロッテを見下ろしていた。

「──あ、いけない。気に障って?」

「とんでもない。心地いいよ。それに、新鮮だ」

「なんでも受け入れてしまうのね」

「なんでもじゃないさ」

 

 ダンスが始まると、皆ホールで楽しげに踊った。

 

 ナインズは訪れた貴族の娘に誘われ、最初は渋るようだったが、ホールに降りて行った。

 

「──リーゼロッテ、ナインズ殿下が行ってしまったじゃないか。誘ってみたら良かったのに」

「ふふ、あちらから声をかけてくれていたら踊りましたよ」

「やれやれ」

 父は呆れて深く掛け直した。

 

 何人かと踊った後、ナインズが相手の女性と頭を下げ合い、戻ってくる。

 

「──どうだった?ナインズ」

「どうも最近はダンスと縁があるらしい。嫌いじゃないけど、少し距離近いよね」

「ははは、おかしな感想」

「そうかなぁ」

 くだらない事を笑っていると、神王と光神も手を取り合ってホールへ行く。

 異国情緒のあるダンスは素敵だった。静かな曲の中で二人が寄り添って揺れているのが、恋人のようで憧れるようなため息が漏れてしまう。

 

「──素敵なご両親だわ」

「お互いがいないと生きられないっていうのはああ言う感じなんだろうね。この人だけがいれば生きていける確信とも言えるかもしれない」

「普段から仲がよろしいのね。憧れる?」

「憧れるよ。いつもお二人は僕の手本だから」

「あんな相手、人によっては一生かかっても見つからないんでしょうね。私のお父様も、亡くなったお母様を深く愛しているわ。本当に失いたくなかったと思う」

「良いご両親だ」

「ありがとう……。私はそんな良い人まだまだ見つけられないけれど。あなたは?」

「……僕は一方的にこの人がいないと生きられないと思う人はいるよ」

 リーゼロッテは少しだけ残念に思った。まだ恋にもなっていないような気持ちだが、もし義務で婚姻を結んでも、ナインズとなら生きていけそうにも思ったから。

 

「その人には、伝えた?」

「うん。一度断られたけど、彼女が納得してくれる形で何とかおさめてもらったよ。結婚とか、生涯とかは誓ってもらえなかったから、いわば時間制限付きの関係だよね。理性と気持ちは別なんだって初めて思った。付き合わせてると分かっていても、どうしても抱きしめたくて、触れたくてたまらないと思う。呆れるよね」

「あなたを断るなんて、すごい方ね。私ならきっと断らないわ。断られた時怒った?」

「とんでもない。僕は彼女が自由に生きていく姿が見たいから、断られたら断られたでも良いって思ったよ。でも、いつかこの関係が終わってしまった時、彼女が誰かと幸せになって子供を設けたら、その子に会わせて貰えるといいなぁ」

「……あなた、慎ましいのね」

「どうだろうねぇ?」

 リーゼロッテはおもむろに立ち上がると、ナインズに手を伸ばした。

 

「仕方ない。慰めてあげるわ。踊りましょう」

「ははは、ありがとう」

 

 二人で手を取り合い踊る。

「──ねぇ」

「うん?」

「どうせ振られてしまうなら、私のところに輿入れしてみる?」

「慰めの一環?」

「そうとも言うわ。あなたは一生その人を想っていいの。だから、私も──」

 リーゼロッテは唇を噛み、俯いた。

「──君も本当は、いてくれなくちゃ生きていけない人がいるんだね」

「……いないわ。そんなもの」

「なぜ伝えないの?」

「……だって……」

 リーゼロッテが胸に顔を埋め、背に手を回す。ナインズの手が頭を撫でた。

 

 周りから甘いため息が聞こえた。

 そう言うんじゃないのに。

 

「だって?」

「だって……あの人は私の──」

「──待って!」

 ナインズが瞬時に腰から剣を抜く。

 ギィン、と炸裂した音に耳を塞ぎ、リーゼロッテはしゃがみ込んだ。

 その足元には切られた矢が落ちた。

 音楽隊の奏でる全てがぴたりと止み、窓を突き抜けヒュン、ヒュン、ヒュン、と頭上をいくつも矢が抜けていく。

「──殿下!!だいじょーぶ!?」

「クレマンティーヌさん、僕は大丈夫!それより、皆の身の安全を!!」

 キャー!と会場にいる者達が叫び声を上げる。

 射られた何人かが痛みを堪える声がする。

「──回復してやらなきゃ。リズ、僕は君のそばを離れて──いや、君今は剣がないな!?」

 恐ろしい。体が動かなかった。だが、リーゼロッテは首を振った。

「だ、大丈夫。大丈夫だから!回復できるなら行って!!私は良い!!」

 そして、ゆらりと陰がリーゼロッテを包んだ。

「──ナインズ殿下、こちらは任せて」

「あなたは」

「従兄ですよ」

「セ、セオドア」

「リーゼロッテ、お前はこちらへ来るんだ。安全な外へ」

 腕を掴まれ、引き立たされる。

 王家の者が避難する際に通る通路に引き摺り込まれ、二人で走った。

 

「──賊を捕えろ!!」

 会場にアインズの声が響く。丸ごと全員拘束して、外からの矢を全て防ぎ、怪しい者を詰問して行くことなど容易い。だが、よその国でどこまでを王直々にやるべきかと言うことと──微笑んだまま動かない知恵者達が何を考えているかと言う事をはかるのは難しい。

 フラミーが回復をかける中、神領縛鎖の特殊技術(スキル)が飛んでいく。

 矢が当たって落とされたシャンデリアが降ってくると、番外席次のスルシャーナの戦鎌(カロンのみちびき)が振るわれ、人の上に落ちる前に弾き飛ばされた。

「──許さないわよ。陛下方のダンスの邪魔をするなんて!」

 その場で何人かの男達が剣を抜く。

「うおおお!!」

「死にたくなければ──跪けぇえ!!」

 一人二人と容易に番外席次が賊を行動不能状態に陥らせていく。

 

「ネイア!!」

「分かってます!!」

 レイナースからの指示を全て聞く前に、引き絞った弓から範囲捕獲魔法がかけられた矢が飛ばされていく。外からの矢の軌跡をネイアはしかと見ていた。

 ヒュッと風が巻き起こり、顔無しの聖女と呼ばれるようになって久しい彼女の長い髪を靡かせた。

「ひゅー、フレイアちゃんに母ちゃんのかっこいい所見せてやりたーい」

「先輩、ふざけてないで!」

 

 番外席次にボコボコにされた男達の縛り上げが済む。

「クレマンティーヌ、この後どうする!」

「待ってねー。──おい!お前らそっち任せて良ーんだろーな!!」

 漆黒聖典へクレマンティーヌが怒鳴る。

 漆黒聖典はアインズやフラミー、ナインズ、微笑む守護神二名のそばできちんと働いていた。更には神官団も守っている。

「良い!!外の者も捕まえて連れて来い!!」

 漆黒聖典の隊長に言われ、ベッと舌を出した。

「おめーの隊じゃねぇ!!──ネイア、上から見て指示を出して。あんたの目がいる」

「わかりました!」

「レーナ、ルナ!行くよ!!」

 三人駆け出した。

 その時、クレマンティーヌは濃厚な血の匂いに振り返った。

 

「──っぐぅうううぅ!!」

 

 マキャベリ王が何者かに胸を一突きにされていた。

「な!じ、自分とこの王様くらい、自分たちで守れよ!?あんたらの城だろーが!?」

 当たり前の感想だ。

 だが、マキャベリ王を刺していたのは──そのすぐ側で共に守られていたはずの王弟だった。

 

「はぁ!?」

 

 身分がある者同士の衝突にクレマンティーヌの思考は停止した。

 王の周りにいた騎士達が仲間割れを始める。

 誰が敵で、何が賊か分からない。

 見分けが付かない混戦に神聖魔導国の手は止まった。

 指示を仰ごうと神王へ振り返る。神は息子を抱きすくめ、耳を覆う肩をさすってやっていた。

(──流石の殿下でもまだ刺激が強すぎるか……!)

 目の前で人間が傷付けられる姿なんて、いくら訓練をしているとは言え十六の青年には見せられない。

 そう思った次の瞬間、ナインズの怒号が響いた。

「──汚い祈りを──聞かせるなぁあ!!」

「で、殿下?」

 抜いた剣を手にくるりと人の波を飛び越え、王弟の胸ぐらを掴み上げる。

「よくも僕の前で!!母様の前で人を傷付けたな!!決して血を見せてはいけない方の前で!!貴様、何が目的だ!!」

「っく、くはははは!兄は死ぬ!!私が王になるのだ!!」

「……りず……りずは……でんか……」

「陛下、大丈夫です!リズは外へ逃げました!!」

「で、でんか……ありが──」

 王は今にも絶命するかと言うところで、ヒュッと矢がもう一本飛び込み、その喉を突いた。

 ガクリと力が抜ける。

「──マキャベリ陛下!!」

「その呼び名は私にこそ相応しい!!青二歳、汚い手を離せ!!ここは私の城だ!!」

 

 じりりと周りを王弟の側に付いていると思われる騎士達が取り囲む。

 

「──神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国御一行、貴殿らに手を出すつもりはない。引いて頂きたい。──殿下、新国王を離していただけるかな」

 ナインズはちらりと父へ振り返った。

 父は母の安否確認を済ませ、肩をすくめた。

「良いだろう。ナインズ、離してやれ。──だが、言いたいことは多々ある。私達がいる場でわざわざ謀反とはな」

 ナインズは王弟を捨てるように手を離した。王弟は服を払い、絶命した王からズルリと剣を抜くと笑った。

「いつもと違う警備、混乱、人数、騎士達。この日を待っていた。ふふふ……!」

「私達を利用したわけか。その王のどこに不満があった。少し──不快だぞ」

「不満?不満か、ふははは!全てだ!!生まれた時から、全てが不満だったのだ!!だが、それも全てはここまで。政権は、王位は、今この時をもって移譲した!!」

 

 貴族達がひぃぃ……と情けない声を上げる。

 

 剣を鞘に戻し、ナインズは王弟を睨みつけた。

「マキャベリ陛下を復活させないのならば、王位はリーゼロッテのものだ。彼女が全てを治める」

「くくく、リーゼロッテか。やつは今頃、私の息子が処分している頃だろう」

 ナインズは従兄を名乗った男の顔を思い浮かべると、握りしめた拳を振り上げ──「迎えにいけ」という父の声に振り返った。

「……分かりました」

 

 周りを騎士が囲む。

 

「ここでお待ちを。ナインズ・ウール・ゴウン殿下」

「私は行く。父王陛下に迎えにいけと言われた。私は父王陛下と母王陛下以外の命令は聞かない」

「神聖魔導国の方へは極力手を出したくない。不要な争いは受け入れられない。この後、山小人(ドワーフ)達と組み私達は竜人の国を滅ぼす」

「……何を企もうと勝手だが、お前達がリズに放った矢は間違えれば私にも致命傷を与えるだけのものだった。お前達も必要があれば私を殺す気持ちがあるんだろう。神王陛下と光神陛下に弓を引いたことを忘れるな。ここは今、私達の敵国だ。──漆黒聖典」

 漆黒聖典がぞろりと動く。

 騎士達は力量差を感じるのか、その手が震えた。

 

「私の両親が育てた聖典は伊達じゃないぞ。引け」

「……く!マキャベリ陛下、どうされますか!」

「行かせてやれば良い。リーゼロッテごとき、すでに死んでいるだろう」

 前王の死骸を椅子から引き摺り下ろし、新王は冷たい瞳で言った。

 誰も動かない中、ナインズはアインズの下へ歩いた。腕輪をそっと渡す。

「僕で見つけられるでしょうか」

 その問いに答えたのは、デミウルゴスだった。

「──影の悪魔(シャドーデーモン)を付けてあります。大丈夫です」

「さすがだな、デミウルゴス。──紫黒聖典!」

「「「「は!」」」」

 紫黒聖典が駆け付けると、アインズは受け取ったばかりの腕輪を番外席次に渡した。

「ナインズと行け。ナインズが着けろと言ったら着けてやれ。それから、まぁ、なんと言うか、ナインズが切れたと思ったら力尽くで着けろ。着けそびれたら死ぬ。広大な更地になると思え。番外席次ならナインズにも腕輪を通すことはできるだろう。多少殴ったりしても良い」

「ははは」

「わ、わかりました」

 

「とは言え、ナインズ。お前は感情の爆発には気をつけろ。恩を売るいいチャンスを賠償問題にするなよ」

「恩……では、マキャベリ陛下の復活も?」

 ナインズがフラミーに問いかける。

 フラミーは微笑むことを答えとした。

 神の奇跡は簡単に与えられるものではない。この笑みの答えは神官団にもナインズにも分からなかった。

「さ、では私達はゆっくりあの暴王の話でも聞いてみるかな。──なぁ?竜人の国がそんなに不愉快か?」

 

 アインズが片手間に尋ねると、新王は血に濡れた玉座で笑った。

 

「ふん、騎士達も兄の犯されるだけのつまらん治世には苛立っていたのだ。侵攻し、手に入れ、支配する。これからはそう言う時代だ」

「まぁ、一部は賛成だな」

「ナイ君、念の為これを持ってね。今の場所はここ。──気を付けて行っておいで」

 ナインズは少し迷ったが、フラミーが印を付けた地図を受け取り頷いた。

「ルナちゃん、クレマンティーヌさん、レイナースさん、ネイアちゃん。行こう」

 

 五人が広間を後にする。

 

「──これで過激派と穏健派は見事に割れましたね。山小人(ドワーフ)の方の選別もし易い」

「くふふ。王女など、生きていても死んでいても関係ないわ」

 じっと様子を見ていたデミウルゴスとアルベドは悪魔の笑みを浮かべていた。




穏やかな国……?(白目
突然始まった前後編話、季節はもう冬ですねぇ!

次回明後日!
ReLesson#41 幕間 穏やかな国の場合 後編
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