眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試される神聖魔導国 - 始源の力編
Re Lesson#42 天国と地獄


「──この世には神様がいてね、近いうちに僕らを導いて救い出してくれるんだって」

 

 兄のルシオは言った。

 ルシオが身に纏うのは汚らしい粗末な服で、背中に鞭を打たれたせいで裂けた皮膚からは血が滲んでいた。手足は垢で薄汚れて、灰色だった。

 

「……神様が救い出してくれる……?本当に……?」

 妹のジェーリもまた、汚らしく粗末な服を着ていた。

 だが、兄とは違い風呂に入れているのでまだましだ。

 ジェーリは今年多分十二歳だが、──二人は数を数えられないので確証はない──娼婦だ。九つの頃から娼婦として()の中の主人達に仕えている。

 ルシオは多分十五才で、十三になった頃から鉱山の採掘の仕事に回された。六つから十三までは男娼だったが、体力もついてきて体の大きさもちょうど良くなったと採掘に回された。

 採掘は魔法爆竹を持って小さな穴を進んでいき、それを設置して大慌てで戻るのが主な仕事で、後は鉱石をひたすら運び出す。

 

 たくさん友人達が死んでいったのを見た。

 

 死ねればまだ良いが、顔の半分がなくなったのに生きているとか、両手足がなくなって耳も聞こえなくなって道に捨てられているとか、そう言うことも往々にしてある危険な仕事だった。

 働けなくなって泣いて緩やかに餓死していく者達は永遠(とわ)泣き虫と呼ばれ、虫として扱われた。

 皆自分の生活がいっぱいいっぱいなので、いつか死ぬ者や見返りをくれない者に食べ物を分けてやる事なども難しい。

 

 男として誇りがどうのと言うのは捨てて、ルシオは男娼だった頃の方がよっぽど良かったとよく泣いていた。

 近頃では鉱山の男達相手に体を売って、少しでも危なくない仕事をさせて欲しいとお願いしたりしている。今日は安全な石材運び出しに回してもらえたが、ちんたらするなと背をムチで打たれてしまった。

 だが、それでも魔法爆竹の設置よりはましだ。

 魔法爆竹は()()()達が作っていて、爆発までの時間にムラがあったりして、本当にいつ死ぬかわからない。

 それくらいなら男のくせに腰を振って男に媚びて男を咥えて石材運びに回された方がいい。

 

 プライドなんて生きるためには必要なかった。

 

 ジェーリの事も残しては逝けない。

 母は鬼籍だし、父は──永遠泣き虫になっている。

 母親は去年、弟──父親は()の中の誰か──を産み、弟の面倒を見ているせいで母親が娼婦として働けないという理由で弟が殺された。母を気に入っていた()()()がいた結果だった。半狂乱になった母は()()()の逆鱗に触れて殴られて死んだ。

 ジェーリが産まれた時は当時三つだったルシオが抱えて隣近所に貰い乳に行くことで育てられたが、今ではルシオもジェーリも働きに出ているので弟の面倒を見られるのが母しかいなかった。

 父親は雨の中()の修復作業をしていて、滑って落ちた。

 両足を粉砕して歩けなくなり、()()()の低位の回復魔法で傷だけ塞がれて帰ってきた。

 働くこともできない父をジェーリ一人で養っていくのは無理だ。

 

 世界は壁の内側と外側で出来ている。

 内側は綺麗な場所で、()()()と呼ばれる者達が暮らしている。

 四眼種は人間の種類の一つで、二眼種の人間より力も魔法も堪能だ。目は文字通り四つ、二つは物を見るために、残りの二つは魔力を宿す魔眼で、普段は閉じられている。

 

 壁の外側は全てが汚く醜く、ときにゴブリンやオーガすら襲いにくる不浄の場所だ。

 壁の外のさらに周りには深い堀があって、ゴブリンが無尽蔵に入ってくるわけではないが、先月も友達や近所のお姉さんが攫われて行った。

 攫われるのはいつも女で、彼女達はゴブリンの子供を産まされているらしい。産んで授乳が終わると殺されるのか、もう一度同じことのやり直し。

 

 動けない父親と二人の兄妹は、当然壁の外側に生きている。

 向こうは壁ノ内と呼ばれ、ここは二眼ゲットーと呼ばれた。

 二眼ゲットーは二眼種しかいない。皆一様に学は無く、数は数えられて五つまで。なので、誰も金も持っていない。

 ほとんどの場合長く生きても皆四十才程度には死んでいて、ルシオの母も例に漏れず、死んだのは三十代だった。──本人達は数を数えられないのでよく分かっていないが。

 

 二眼ゲットーに食事という食事はなかった。皆食べ盛りになる六つや八つには、壁ノ内の四眼種達に仕事をもらいに行く。仕事の報酬として配給チケットを出して貰うのだ。

 親達は皆いつもお腹を空かせていて、働けない程度の歳の子供たちと配給の食事を分け合った。

 森へ出て猟をする者もいないわけではないが、オーガに食い殺される事を恐れてそうする者はほとんどいない。

 二眼ゲットーの二眼種は一人残らず痩せていた。

 

 ルシオとジェーリも例に漏れず、(あばら)が浮いている有様だ。

「少し前に旅人が何人か来て壁ノ内に入って行ったんだって。その旅人が、壁ノ内に入る前に神々が必ず救ってくださるって言ったらしい。そんな話を聞いたって、メルタが昨日教えてくれたんだ」

「すごい!神様後何日で来るのかなぁ!」

「近いうちだよ。僕たちは数がわからないから、旅人さんたちのいうことがよくわかんない。でも、楽しみだよね」

「うん!楽しみ!!神様が救ってくれたら、もうお腹は空かないのかなぁ!」

「お腹が空かなかったら、働いてても倒れないのにね。倒れて鞭で打たれる事もない」

 ルシオは言いながら、自分の力だけでは動くことすらままならない父親が床ずれしないようにごろりと向きを変えてやった。

「あぁ……ルシオ……ありがとう……」

「ううん。お父さんも、神様が来るの楽しみだね」

「……本当だねえ」

「さぁ、ジェーリもそろそろ寝ようか」

 

 三人で抱き合い、雑巾よりも薄い毛布を被る。

 荒屋(アバラヤ)の外は雪が降っていて、互いの体温がなければ翌朝目覚めることもないような気温だ。

 ガタガタと壁が揺れる。

「うぅ……寒いよ……お腹痛い……」

 ジェーリが震える。

 足を絡めていると、ふとルシオの足を生暖かいものが伝った気がして顔を起こした。

 そして布団をまくると、ルシオは顔を青くした。

「──ジェーリ、生理だ。生理が始まってる」

「生理?せ、生理?」

 ジェーリからは血が伝っていて、三人は顔を青くした。

 父はもちろんのこと、娼婦として働いた母を持ち今娼婦として働くジェーリ、男娼として働いたルシオはその意味をはっきりと理解していた。

「い、嫌だ!子供ができちゃう!!どうしよう!!どうしよう!!」

 どうしようもない。だが、痩せ細っている二眼種は健康的な四眼種に比べて妊娠しにくいと聞く。

 ルシオは父に言われるまま母が使っていた布ナプキンを慌てて出してやり、泣きながら眠りについた。

 

+

 

 ナインズは頬杖を付き、目を閉じて授業を聞いていた。

 ──いや、外から聞こえてくる聖歌に耳を傾けていた。

 そろそろ期末考査も──冬休みも近い。

 きっと、冬休みにはまたナザリックに籠ることになるだろう。

 誕生祭で少し離席しないとレオネに会えるタイミングがなさそうだなぁと思う。およそ一ヶ月間たった一回しか会えなくなるのかと思いながら過ごせば過ごすほど、この聞こえてくる聖歌を耳が追った。

 レオネの声だけを聞き分けていると、──ふとナインズはそれの変容に目を開いた。

 

「──レオネ……」

「何?レオネがどうかしたの?」

 隣の一郎太が尋ねる。

 ナインズはム……と口に手を当て、またそれを聞いた。

「キュー様、大丈夫?また何かあったの?」

「……いや。今日の彼女の声はまたずいぶん綺麗だと思って」

 隣でワルワラが特大のため息を吐き、カインは机にぶっ倒れた。

「……お前なぁ。クソ真剣な顔で何言うのかと思ったらそれかよ」

「ははは、学食で会うのが楽しみだ。早く終わらないかなぁ」

「大体この聖歌の中からレオネの声なんか聞き分けられるかよ」

「分かるよ。彼女の声は黄金の風だ」

 ナインズはまた目を閉じて鼻歌を歌った。

「……カイン、こいつ何とかしろ。ある意味まだ超常現象だ」

「そりゃもう仕方ない……。でも、まさかここまで夢中になっちゃうとは」

「キュー様成績落ちたらレオネのせいだな!」

「お?それは良いな。次の考査は俺が一番上に名前を載せることになるかもしれない」

 それを聞くと、ナインズは笑った。

「ふふ、レオネに怒られないためにも僕は一番上を死守すると決めた」

「……どこまでもムカつくやつ」

 

 授業が終わると四人は午後の魔法学の教科書だけを手に学食へ向かった。

 すっかりいつもの八人になってしまった面子でテラスの席を二つ囲む。

 寒い寒いと女子が言い、ワルワラが文句混じりに<温度変化(テンパラチャーチェンジ)>を狭い範囲にかけてくれた。

 

「──レオネ、食べ終わったら少しだけ時間をもらってもいいかな」

 ナインズが言うとレオネはフォークを口に首を傾げた。

「構いませんけど、どうかされて?」

「うん、授業中君の歌を聞いてたんだけど今日はいつもより一層綺麗だった」

「な、何言ってますのよぉ」

 レオネの顔が赤くなり、周りで聞いている者達が顔を覆った。平然としていられるのは一郎太くらいかもしれない。

 

「本当に綺麗だったよ。レオネ、僕は正しく他者の力を測る能力は持ってないけど、君の聖歌には清浄な力が付き始めてる。多分、中位神官と呼ばれる存在になろうとしてるんだと思う。──今ならきっと出せる。君を守る天使を」

 レオネはハッとすると「だ、出せますの……?」と復唱した。

 五人は目を見合わせ、一郎太はやはり平然としていた。

 

 食事を急いで終え、レオネは最近新しくした杖を抜いた。

「──俺はお前がただバカになったんだと思った」

 ワルワラが言うとナインズは笑った。

「はは、僕は彼女に夢中さ。バカみたいにね」

「ふん。そう言いながらまともなんだからな」

「そう?──レオネ、考えすぎないで試してごらん!君の力は達しているはずだから!」

「は、はい!」

 

 レオネは静かに目を閉じ、イメージを明確にした。

 レオネの中に天使ははっきり見えている。その摂理を学び続けてきた。

 ヨァナは両手を胸の前に組み、ごくりとその様子を伺った。

 

「──<第二位階天使召喚(サモン・エンジェル・2nd)>!!」

 

 テラス席の、誰もいない所へ向かって杖が振られる。

 寒々しい風が吹き抜ける場所にぼわりと光が満ちる。

 ヨァナとファー、ルイディナは目を見合わせ、抱き合った。

 

 眼前には守護の天使(エンジェル・ガーディアン)が召喚されていた。

 

「レ、レオネ!出てるわ!出てるわよ!!」

「えぇ!?レオネ、すっごぉ!!」

「流石で──首席君の一番弟子ー!」

 

 レオネは呆然と瞬いた。

「ほ、本当にわたくしですの?これを喚んだの」

「レオネ以外にいないわ!おめでとう!!」

「さすが模範女子!!」

 

 ワルワラとカインは思わず唸った。

「すごい。キュータ様の教え子って……」

「この短期間にゼロ位階から第二位階かよ……」

 周りや学食の中からは生徒達が天使の降臨に喝采を送ってくれていた。

「わ、わたくし……わたくし……」

「頑張った!本当にすごい!!」

 女子達は思わずもらい泣きしそうだった。これがどれ程の苦難の先にある魔法なのか、聖騎士や神官、司祭の彼女達にはよく分かっていたから。

 

 ふと、レオネはそっと抱きしめられた。

「──おめでとう、レオネ」

 微笑むキュータを見上げると、レオネは顔にくちゃっと皺を寄せ、杖を持った手のまま顔を覆って肩を震わせた。

 

「っき、きゅーたさぁん……!」

「はは、出せたね。レオネ、休まずよく頑張ったよ」

「わたくし、才能なくってだめかと思いました……!ごめんなさい、お待たせして、こんなにかかって……!」

「いいや。一年で第二位階、それも天使召喚なんてそうそうできることじゃない。本当によくやった」

 レオネは何度も頷き、キュータから額に口付けが送られると周りから「ッキャー!」と声が上がった。

「誰よりも頑張った君に祝福を」

「はいっ……ありがとうっ……。ありがとうございますっ……」

 レオネが落ち着くまでしばらくナインズはそのままレオネのぬくもりを抱いた。

 

 そして、ふとレオネの膝から力が抜けた。

「──レオネ」

「あ、キ、キュータさん……あの……」

 覗き込んでみたレオネの顔は少し青かった。

「午前中の授業でも魔法は使っただろうし魔力が欠乏したか。少し横になった方がいいね」

 キュータが慣れた手付きでレオネを抱き上げると、レオネは「はぁ……」とため息を吐いて首に縋った。

「あぁ……これでもうあなたの手は煩わせないと思ったのに……」

「君とのことで手を煩わされたと思ったことなんか一度もないよ。──ごめん、皆。回復室行ってくるね」

 レオネを抱えたキュータが軽い足取りで学食を去ると一郎太もその後を追い、残された者達は目を見合わせた。

「すごすぎるわね。レオネはもちろんだけど……教えて稽古つけてたとか言う首席も首席よ。どうしてこの短い時間でそんなことができるの?」

「レオネがよっぽど才能があった?でも、同じようにしても半年程度で天使出せるようになるなんてあり得ないよね?」

 ファーとヨァナは頭を抱えた。

 

 そして回復室へ向かう三人。

「キュータさん、わたくし、もっと頑張るから……」

「ゆっくりでいいよ。頑張りすぎないでね」

 一郎太が回復室の扉を叩き、中に入って行くとそれに続く。

 回復室の神官に魔力欠乏の旨を伝えると、その勲章の魔力欠乏に拍手を送った。

 カーテンに囲まれるベッドにレオネを下ろす。

 

「一太、これ」

「ん」

 一郎太が手を伸ばし、ナインズは腕輪を抜いた。

 そして、レオネの天使に手をかざし、極力声を落として唱えた。

 

「──<第六位階天使支配(ドミネーション・エンジェル6th)>」

 

 この魔法はフールーダの教えだ。フールーダは<第六位階死者召喚(サモン・アンデッド・6th)>を改良したオリジナルスペル<第六位階死体操作(アニメイト・デッド6th)>を作っていた。野生の死の騎士(デスナイト)をこの魔法で支配しようと必死にやっていたが──それが叶ったのはつい最近だ。

 

 フラミーの出す天使などは低位でもとても支配できないが、レオネ程度の天使なら──

 天使の瞳はギラリと金色に光り、ナインズに振り返った。

「彼女を守れ。魔力が回復する前に起き上がるような時には止めろ。他のことは召喚主に従っていい」

 深々と頭を下げ、天使はレオネの隣にふわふわと浮かんだ。

「わたくしの天使なのに……」

「ごめんね。でも、午後はゆっくり過ごすんだよ」

「……でも……授業が……」

「そう言うと思った。必要な休息はきちんと取ってね」

 手の甲に口付けるとキュータは立ち上がり、「おやすみ、お姫様」と一言残して一郎太と共に去っていった。

 

 レオネがうとうとと浅い眠りに身を任せていると、ふとカーテンの外から声がした。

 

『──あの信仰科の子、本当に魔力欠乏かな』

『──キュータ君に抱っこして貰って皆に見せつけたいだけでしょ』

 

 そんな声に心臓がドクンと嫌な収縮を見せた。

 

『課外授業の間もずっとそうだったもん。お情けかけてもらってさ』

『調子悪いって言って首席君をダンスの間ずっとそばに居させたのってあの子だったんだもんね』

『独占欲強すぎ。他の女子からこれでもかって遠ざけて、キュータ君孤立させて付き合い始めるって汚い』

 

 レオネは発生しない訳のなかった中傷を聞くと肩を落とした。

 バイス組女子が清すぎたのだ。

 本当はオリビア達から「抜け駆けして」と向けられるはずだった視線に耐え難くなって布団に潜った。

 

『──音したけど、起きてるのかな?』

『起きてたら魔力欠乏じゃなかったわけだから別に良くない?事実だもん』

『ミルリル悪ーい!』

『ふふ!もう行こっか。言われた通り新しいポーション補充もしたし』

 女子達が回復室を出ていく足音を耳に、レオネは体を起こした。

「…………」

 もう行こう。

 そう思ってベッドから足を下ろそうとすると、鞘に収められたままの剣が目前に下ろされた。まるで「まだ行くな」とでも言うように。

 

「……もう大丈夫ですわ。わたくしは召喚主でしてよ。通してくださいませ」

 

 天使は何も言わない。黙ってレオネを見下ろした。

 無視して靴を履いて立ちあがろうとすると、レオネはよろめき、天使はレオネを抱き上げて元の場所に戻した。

 天使に触れられると、天使の中でキュータに繋がる強い支配の力を感じ、レオネは布団をかぶって天使の手を握ったまま目を閉じた。

「……キュータさん……」

 女の子達にどうこう言われる事も辛いが、それよりもキュータの邪魔になるのが嫌だった。

 レオネは悶々と考え事をし、そのままいつの間にか意識を失った。

 

 そして、目を覚ました時には隣で本をめくる音がしていた。

 そちらを見るとキュータがいた。時間がある時によく読んでいるレオネの読めない文字の本に目を通している。

「──起きた?」

 本を見たまま微笑んだキュータは言った。

「……はい。今、何時ですの?」

「下校時刻だよ。回復したみたいで安心した」

「……わたくし、本当は平気でしたの。あなたに甘えてただけで」

「嘘言っちゃいけない。僕は君の魔力が底をついたのを見たよ。──でも、甘えてくれるのは嬉しいな」

 パタリと本を閉じ、キュータは優しい瞳でレオネを捉えた。

「まだ疲れてそうだね。送るよ」

 魔力と体力的な疲れは正直もうなかった。

 レオネは靴を履くと遠慮がちにキュータを見上げた。

 

「あの……わたくし、一人で帰れますわ。疲れてませんもの」

「ん──レオネ、どうかした?僕が君の天使に手を出したこと怒ってる?」

「そんなことありませんわ。……すごく心強かった。でも、今日は一人で帰りたいの」

 キュータは意図が掴めないようでレオネの手に手を伸ばした。

「──何か悩んでるね?」

「女の子はちょっぴり複雑ですのよ。でも、大丈夫」

 レオネは手を取られる前に今度こそ立ち上がると、キュータの顔も見れないまま逃げるようにカーテンを駆け出した。

 外ではヨァナがキュータを待つ一郎太の隣で一生懸命何かを話していて、一郎太は聞いているのか聞いていないのかという様子だったが、レオネが出てくると「あれ?」と首を傾げた。

「レオネ、キュー様どした?」

「レオネ!荷物持ってきたよん!」

「──ぁ、ヨァナ、ありがとう。わたくし、ちょっと……ごめんなさい」

 レオネはカバンとコートを受け取ると駆けた。

 嫌な態度だと自分で自分が嫌になった。せっかく天使まで喚べるようにして貰ったのに。

 

 走り去っていく背を見ると一郎太はやはり首を傾げた。

「……なんだ?あいつ」

 回復室に入ろうとすると、ヨァナも付いてこようとし、一郎太はそれを押し留めた。

「お前はここで待ってて。キュー様見てくるから──あ、いや。別に待たなくていいわ。帰っていいから」

「へへ、ミノさんのこと待ってるよ!」

「……やりにく」

 懐き度が日に日に増すヨァナに一郎太は頭をかき、回復室のカーテンを開けた。

「キュー様?」

 ナインズはベッドの横の椅子に座り、窓辺に肘をついて外を眺めていた。

「どしたの?レオネ行っちゃったけど」

「……分からない。でも、また振られたかも」

「えぇ?」

「……僕は本当に疎いんだな。好きな男が突然できたようでもないし……何が原因なのかよく分からない……」

「分からないならこんな所で絵になってないで早く追いかけて聞いてきて下さいって」

「──それはそうだ」

 キュータは立ち上がり、回復室を駆け出した。

 廊下のヨァナが顔を上げると「先に行くね」と手を振った。

 

 キュータの足は早く、校門に辿り着こうと言う所でレオネの背を見つけた。

「レオ──」

 レオネは薬学科のミルリルに話しかけられていた。

 あの二人が友達だった記憶はないが、友達と話すところを邪魔しては悪いかとキュータは足を遅めた。

 そして、人より良い耳がミルリルの声を聞き取った。

 

『──調子よさそうで良かったね』

 

 レオネは回復室でミルリルと呼ばれていた子の声を聞くと、不安な気持ちに蓋をして笑った。

「えぇ、良くなりましたわ。どなたか存じ上げないけど、ありがとう」

「ふーん?元からじゃないの?ちなみに私はあなたの事よく知ってるよ。課外授業の時、大活躍だったもんねぇ。ローランさん」

「……活躍なんてしてませんわ」

「大活躍だよ。皆がキュータ君と踊れなくして、宿主になったと思ったら期間中ずっと独占して。すごいね?」

「それは……ごめんなさい。本当にそう言うつもりじゃなかったんだけれど……」

 レオネはちらりとミルリルを見た。可愛い顔をしているのに怖かった。

 

「そう言うつもりじゃなかった?じゃあ今は何?ちょっと綺麗だからって、あなた本当に好きになってもらって付き合ってもらえてると思ってる?」

「……どう言うこと?」

「お情けだって言ってるの。つけ込むのうまいよね?私もキュータ君に何度も心配してもらってるけど、そこまで図々しくなれないや。羨ましい。私もキュータ君と付き合いたかった」

「……あなたが本当にあの方のことが好きでその背を支えると言うならわたくしいつでも身を引くわ」

「嘘つき。そう言えば男はバカだから付き合えるってわけ?」

 その物言いにレオネの頭にカッと血が上った。小さくなってたはずだったが、ギュッと鞄を握りしめた。

「それはあの方への侮辱と捉えられても仕方のない物言いだわ。わたくし怒るわよ。あなた──」

「──確かに僕の頭は良くないかもしれないけど、僕がお情けで付き合ってもらってるのに勝手なこと言うなよ。ミルリル」

 後ろから腕が引っ張られるとレオネは背を巨木にぶつけたかと思った。

 背に感じる胸板とこの声。とんでもないものを見られたとレオネは俯いた。

 

「キ、キュータ君。ち、ちがくて、キュータ君優しいからさ。なんか、体調悪いとか色々言われたりしたら、ほっとけないでしょ?」

「そりゃほっとけないけど、それとこれって同じ話か?」

「同じだよ!付き合ってって泣かれたりしたらキュータ君絶対断れないもん!!」

「僕も流石にそこまでバカじゃない。気持ちが伴わないのに泣かれただけで誰かと付き合ったりしない。想像だけで彼女にどうこう言ってくれるな」

「でも!おかしいよ!!キュータ君、彼はいい子だよとか、彼じゃダメなのとか、ローランさんに言ってるって聞いた!!お情けで付き合っちゃったけど、別れてほしいのに別れられないんじゃないの!?」

「──斬新だな。いや、普通に考えるとそうか?ミルリル、私は彼女に何度か振られてる。でも、僕が跪いて頼み込んで何とか付き合ってもらってるんだよ。でも、いつ振られるか分からないから、せめて次に付き合う相手がいい人であって欲しいと思ってそんな馬鹿げたことを言ってるんだ。僕だって本当はそんな真似したくない」

「そ、そんな。嘘だよ……」

「本当。僕はレオネに求婚すらしてる。でも断られてる。だから僕のお情けでどうこうとか、別れられなくてどうこうとか、見当違いだからやめてくれるか」

 ミルリルは涙の溜まった目でキュータを見ると、「何がそんなにいいの……」と呟いた。

「全て。レオネの心も、顔も、声も、手触りも匂いも、この髪も、何もかもが僕を魅了して止まない。恋を知らなかった六歳の頃から、どんな時でも彼女のまっすぐな声だけは聞こえてた。だから──」

 キュータは言葉を考えるように一瞬目を泳がせてから再び口を開いた。

「──ミルリル、僕が不可解な事を言ってたせいで心配かけて悪かったね。ありがとう。でも大丈夫だから」

「…………ううん。それなら……いいよ……。じゃあ、私行くね」

「じゃあね」

 手を振るとミルリルはパッと背を向けて走って行った。

 

「──キュー様、なんで"だからもう私に構うな"って言わなかったの?」

 キュータは一郎太に振り返ると笑った。隣でヨァナが腕を組んでうんうん頷いている。

「よく分かったね。でも、続きが抜けてるよ。僕は"だからもう私に構うな。私に女を叩く趣味はないが、これ以上は叩いてしまう"って言いたかった。でも、レオネが望まないからやめた」

 

 レオネはキュータに振り返ると胸に縋って顔をごしごし擦り付けた。

「──なんてこと言いますのよぉ。あんなこと言って、あなた結婚できなくなったらどうされるのぉ」

「君がするって言ってくれれば解決するよ。レオネ、私の妻になってくれ。幸せにするよ」

「だめですってばぁ」

「いいって言ってくれるまで僕はめげないよ。──でも、僕のせいでごめんね」

 見上げてくるレオネの目にはたくさん涙が浮かんでいて、鼻をぐすぐす鳴らすとキュータの胸は痛んだ。

「……本当にごめん、レオネ。君の幸せのために奔走するって言ってるのに余計な気を揉ませた」

「……わたくしこそごめんなさい……。あなたに余計な気を揉ませたわ」

「ちっとも。でも……一緒に帰ってもいい?」

 レオネが小さく頷くと、キュータは嬉しそうに笑い、レオネの頬の涙を何度か指で拭ってレオネの手を取った。

 

「やれやれ、だから言ってんのにな」

 一郎太が言うと、ヨァナはふーむ、と腕を組んだ。

「なんでレオネ結婚したくないの?」

「そりゃ──ま、理由は色々だろ。でも、俺もあれこれ二人で背負い込みすぎないで結婚しろって思ってるよ。キュー様よりいい男なんかいるわけないしさ」

「え?それはいるよ?」

「だ──いや、察した。……聞きたくない」

「えー誰って言ってよー!」

「やだ……」

「ね〜ミノさん〜」

 四人ですぐそこの校門をくぐると、キュータが足を止め、一郎太はその視線の先を追った。

 そこには魔導学院のものではない制服に身を包んだ女子が一人いた。

「……あー……」

「誰?なーんて、私が言っちゃったね」

 ヨァナの能天気な声がした。

 

「や、オリビア。レオネに会いに来た?」

 真っ赤な顔をしたオリビアはキュータとレオネを見るといつもと違う少しおかしな笑顔を作った。

「──う、うん、キュータくんにも会いに来たんだよ!」

「ありがとう、顔が見れて嬉しいよ」

「今度皆で遊ぼうね!レオネ、あれ誘ってくれた?」

「えぇ。午前中は少しご公──バイトがあるそうだけれど」

「良かった!楽しみにしてるね!」

 オリビアの目が泳ぐ。そして、キュータの前に立った。

「……キュータくん」

「うん?」

「……私のこと……大事……?」

「うん、大事だよ。どうかした?」

「──ううん!それを聞きたかったのかも!ふふ、ありがと!」

 オリビアはちらりとレオネを見ると、複雑そうに笑って走って行った。

 

+

 

 期末考査も迫った頃、雪の積もる大神殿。

 ナインズは幻術もかけていない、正真正銘ナインズ・ウール・ゴウンの姿でそこを訪れていた。

 

「この後の予定って、すぐに終わりそうなんでしたっけ」

「えぇ。もう終わりますよ。今度開かれる飛空艇開通式典と、夜の転移門(ナイトゲート)開通式典の式次第にだけお目を通して頂こうかと存じます」

「あ、それってもうじきか……」

 隣で境の神官長と最高神官長は頷いた。

「えぇ。挨拶の方は何かお手伝いいたしますか?」

 そういえば父より挨拶は頼むと言われていた。ナインズの中でいくつも言葉が浮かんでいく。

「──いえ、なんとかなりそうです。それより、父王陛下達は出席されないのかな」

「両陛下共に見えられるそうです。楽しみにしていると」

「陛下方が来られるのに僕が挨拶って……大丈夫かなぁ……。皆陛下方の声を聞きたいんじゃ……」

「ふふふ、それはそうかもしれませんが、殿下のお声を賜りたいと思う者も同じくらい多くおります」

「うーん。全く実感がない」

 ナインズが首を傾げると、隣で一郎太が笑った。

 

「ナイ様、どんな顔してんだろうとかあれこれ言われてるし結構国民はナイ様見れるってなると嬉しいもんだよ」

「神様を見たいのは分かるけどさぁ。その子供ってどうなの?僕別に世界も命も作ってないんだけど」

「今後作るかも知れないじゃん?」

「どーだかねぇ……?僕には無理な気しかしないんだけど」

 なんとも年相応なやり取りに最高神官長は笑った。

「ふふふ、殿下。そう焦られなくてもよろしいではありませんか。あなたはまだ十六です。一郎太君のいう通り、あなたの神話はこれから始まるのですから」

「神話……ねぇ……」

 ナインズは困ったように笑い、一郎太は肩を組んだ。

 

+

 

 同日。真っ青な空の下、アナ=マリアはほぅと白い息を吐いた。吐息は流れていき、後ろへ後ろへ流れる。

 大神殿には今日も人が溢れている。神の子の誕生祭も近い。

 

「──アナ=マリア」

 呼ばれる声に振り返る。

「──レオネちゃん」

 

 最初の到着はレオネだった。その手には栞が二つ挟まれた本。

「アナ=マリア、早かったんですのね」

「……うん。起きたら雪が積もってたから、遅刻したら困ると思って」

「感心なこと。でも、あとの二人はきっと早くは来ませんわよ」

「……オリビアちゃんも?」

「えぇ。きっと、髪の毛がうまくいかないとか言って今頃ひぃひぃ言いながら身支度を整えてる頃ですもの」

「……今日、大事な日だもんね。……私、気合足りない?」

 アナ=マリアは茶色い自らの髪に触れた。

 なんと言っても、今日は少し早いが、キュータの誕生日を皆で祝う日なのだ。

 一郎太もこっそり呼び出し、皆でキュータに何をあげようと散々話し合い、一郎太の素晴らしい思いつきに女子は大賛成し──男子はちょっと照れくさそうにした。

 きっと、一生の思い出になる。

 

「大丈夫。今日もすごく素敵ですわよ。本当に綺麗」

「……レオネちゃんほどじゃない」

 

 レオネは元々美しい顔立ちだが、それとは別にやはりキュータと付き合い始めた頃からさらに美しくなっている気がした。不思議と目を離すのが難しいくらい。

 それに、子供の頃は賑やかで長く一緒にいるのが苦手だったはずなのに、こんなに居心地がいい。いつも落ち着いていて、その瞳の向こうにどれほど綺麗な景色が広がっているのだろうとアナ=マリアは虜になりそうだった。

「わたくし?嫌だわ。わたくしこそ気合不足ですのに」

 鼻の頭を赤くして照れくさそうに笑う姿は品もよく、不思議と女性として憧れを抱いてしまうようなものだった。

「……毎日会って、恋人にもなったら、キュータ君でも特別じゃなくなる?」

「……そんなこともありませんわ。とても特別。大切過ぎて、胸が張り裂けてしまいそう。わたくしも、オリビアのように爛漫な子だったら良かったのにと思ってしまうくらい」

 アナ=マリアはレオネの腕をそっと組んだ。

 

「……私も。でも、私はレオネちゃんみたいにもなりたい。頭も良い。才能もある。家柄もいい」

「豪邸に暮らす頭のいいお姫様が何をおっしゃってるの?」

 アナ=マリアの家は大きい。いわゆる豪商の娘だ。

 彼女が高価である本をいくらでも持っているのも、読んでいるのも、なんでも与えられる家柄あってこそ。

 アナ=マリアは腕を取ったままレオネの手の中の本を持ち上げた。

「……こんな本は私には読めない」

 回復魔法について書かれた神官が読むような専門書。

 以前どんな物が次は読みたいか聞いた時、キュータは実用書なんかも意外と好きだよと言っていた。実用書の類は父の部屋に行けばなんでもあるが、面白い基準がアナ=マリアには分からないので結局勧めてはあげられていない。

「こんなもの、いわば授業の一環ですもの。習えばどなたでも読めるわ」

「……そんなことない。レオネちゃん、そう言えば天使は喚べるようになったんだよね。おめでとう」

「ありがとう。本当に嬉しいわ。わたくし、自分のことをちゃんと自分で守れるようになったから、次は人を救えるようになっていくんだと思うと──すごく楽しみ」

 レオネが大神殿を見上げていると、ふと、後ろから声がした。

 

「──それだけ綺麗な心じゃないとだめなのかな……」

 それはオリビアのものだった。

「あら、オリビア見えてたのね。おはようございます」

「……オリビアちゃん、おはよう」

「おはよ〜。あぁあ。……レオネ、凄く大切にしてもらえてていいなぁ」

「突然何の話ですの?」

「んー……。レオネ、少し二人で話してもいい?」

「構いませんわよ。アナ=マリア、ここで皆を待ってらして」

「……行ってらっしゃい」

 

 アナ=マリアから離れ、二人は大神殿に入る前の階段をいくつか上がりって手すりにもたれた。

「へへ、ごめんね。こないだ立ち聞きしちゃったの。びっくりした。キュータくんってあそこまで言ってくれるんだね」

「やっぱり聞いてらした?たまに参りますのよ。真っ直ぐすぎて心臓に悪いっていうか……。この間そちらでよその国の姫殿下とキスされてたのを見ちゃった後はしばらく教室に何度も顔を出しにきたりして……本当に真面目なのね」

「わぁ……お姫様とチュー……。いいなぁ、お姫様もレオネも。ほんっとに羨ましい」

「……贅沢すぎる悩みだとは自分でも思いますわ」

 

 アナ=マリアの下にイシューが合流したのが見えると、レオネはそちらへ手を振った。

 

「ねぇ、レオネ……。キュータくんはレオネに本気になってくれてるよね?どうして結婚しようってせっかく言ってもらえたのに頷かないの?」

「……わたくしは神官だわ。わたくしではお与えできないものばかりだと分かっているもの」

「……そんな事言って。私はキュータくんのことを幸せにしてあげる自信も、幸せにしてもらう自信もあるよ」

「えぇ、わたくしもオリビアならきっとそうなれるって思いますわ。わたくしはキュータさんがキュータさんでいる間だけの腰掛け。あなたは生涯を共にして」

「変!変だよ!」

「そうかしら」

「そうだよ!!レオネ、私は絶対キュータくんのお嫁さんにしてもらうからね!!後悔しても知らないよ!!せっかくあんなに気持ち向けてもらえてるのに!!」

「後悔しないように必死で生きなきゃいけませんわね」

 レオネが笑うと、オリビアはぐぬぬと唇を噛んだ。

 

 向こうに見える噴水の前にはバイス組がすっかり集まり、皆で雪玉を丸めていた。

 リュカとムキムキのチェーザレは大きな丸い雪玉。

 ロランとカインは中くらいの雪玉。

 アナ=マリアとイシューは控えめの雪玉。

 三つが揃うと、エルミナスとカインが<浮遊(フローティング)>の魔法を唱え、三段構えの雪だるまが完成して皆キャッキャと子供のように喜んだ。

 

「レオネの気持ち、私全然分かんない。私幸せになりたい」

「わたくしだってなりたいわ」

「全然そう感じないよ。レオネ、何が幸せなの?」

「わたくしの幸せはナインズ殿下が幸せでいることだわ」

 

 その時、ふわりとレオネの肩に後ろから腕が回った。

 華やかすぎないこの香り──。この背に感じる体温──。この壊さないようにと震えるような腕の力──。

 レオネは知りすぎた全てを前に振り返りもしなかった。

「……遅刻でしてよ」

「ごめん。思ったよりかかった」

「許して差し上げる。でも、謝るべきことはもう一つあるんじゃなくて」

「……ん……。ごめん。聞こえたから聞いちゃった」

「嫌だわ。もう離れられて。オリビアもいるのに不公平だわ」

「不公平って何?」

 

 キュータが渋々レオネから離れると、顔を真っ赤にしたオリビアが二人を見ていた。後について来ていた一郎太は平然としながら──一緒にきたイオリエルを引っ捕まえて口を塞いでいた。じたばたと幼女の足が動いていた。

 

「や、オリビア。待たせて悪かったね。寒かったでしょ」

 オリビアは頷くと「私もあっためてほしい……」と言った。

 すぐにオリビアの手は取られ、そこにルーンが刻まれていく。

「わぁ……!」

「はい、じきに温まるからね」

「ありがと、キュータくん!でも、私もぎゅーが良かったなぁ」

「ん、ごめん。話してなかったけど、僕レオネと付き合い始めたんだ」

「知ってるよ。レオネにちゃんと教えてもらったもん」

「えぇ〜知ってるならそんな事冗談でも頼まないの」

 

 キュータは苦笑すると階段をとん、とん、と降りていき、その後を皆自然と追った。

 

「……キュータ君、一郎太君、イオちゃん。おはよう」

 アナ=マリアが彼女なりの目一杯の喜びを表現する中、イシューはキュータに駆け寄った。

「おはよー!キュータ、レオネにベタベタ〜。ねぇー、イオリエル」

「ほんとじゃ!大神殿の中に呼んで訓練しておる事まである!ベタベタしすぎじゃ!!」

「はは、そんなにベタベタしてるつもりないんだけどなぁ。うちの親すごいベタベタしてるから感覚おかしくなってるかな?」

 

 男子からも「おはー」と適当な挨拶が送られ迎えられた。

 

「皆も遅くなって悪かったね。思ったより大神殿で済まさないといけないことが長引いちゃったよ」

「殿下の仕事に文句を言う者なんていないよ」

「エルしか僕をそんな風には思ってないと思うよ?」

 エルミナスは肩をすくめると、「じゃあ、遅刻しないでよ。キュータ」と笑った。

「ふふ、そう言われたほうが楽だ。──それで、今日のこの会って何?皆揃ってて嬉しいなぁ」

 オリビアはキュータの両手を取ると爛漫な笑顔で告げた。

「キュータ君!もう少しでお誕生日でしょ!皆からお祝いのプレゼントがあるんだよ!」

「えぇ?そうだったの?皆別にそんなのいいのに」

「ううん!だから──今からプレゼントを撮りにいきまーす!」

 オリビアの号令で皆「おー!」と声を上げた。

 

「撮りに?写真?」

「そう!写真館予約したの!だから皆おめかしして来たんだよ!」

 キュータは皆を見渡し、皆がコートを開けて見せると「おぉ〜」と感心したように声を上げた。

「なのに僕と一太はいつも通り──いや、一太。そういえばさっき大神殿で見た時いつもよりなんかカッコよかったな!公務の付き添いだからだと思った!」

 一郎太はにやりと笑った。

「へへ、俺もいいの選んできたんだよ」

「あら〜、僕もマシな格好してくれば良かったなぁ」

「キュー様だって今日ソフト公務があったからいつもよりちゃんとしてるしいいじゃん」

「うーん、そうだろうか」

「うん!キュータくんカッコいいよ!」

「はは、オリビア、ありがと」

 

 皆であーだのこーだのと言っているうちに、イシューが拳を挙げた。

「それじゃ、レッツゴー!」

 イシューが先導していく後について、皆でぞろぞろと歩いた。

 

 レオネはいつでもキュータと話せるので自然と皆の後ろを歩き、キュータの背を眺めた。

 隣を一郎太が歩く。

 キュータはオリビアとアナ=マリアがブックマークを髪にさしている様子を「そう言うもんじゃないけど似合ってるね」と微笑んでいた。

 

「──一郎太さん、ありがとうございました」

「何が?」

「天使、あなたがあれだけ付き合ってくれたからこそだわ。本当にありがとうございます。今日はちゃんと言おうと思ってましたの」

「ははは、俺は別に礼を言われることはしてないぜ。キュー様のためだから」

「ふふ、あなたのその気性、好きだわ。分かり合える感じがしますもの」

「サンキュー。俺もナイ様断ること以外はお前のこと好いてるよ」

「そこを突かれると痛いですわね。──ね、それでね。お礼にこれ」

 レオネは持っていた紙袋を一つ一郎太に差し出した。

「何?俺本当に何もいらないぜ?」

「自分で言うのもなんだけれど、大したものじゃありませんから」

 一郎太は紙袋から弁当箱程度の大きさの缶を取り出すと「開けてみていい?」と聞いた。

「どうぞ」

 パコっと音を鳴らして開くと、中には色とりどりのクッキーがぎっしり入っていた。

「全部で三箱用意しましたから、二郎丸さんとクリス様にもお渡ししてくださる?」

「ん。オッケー。これならありがたく貰うわ。サンキュー」

 一郎太がヒョイっと一枚食べて「んまいぜ」と笑うと、キュータはゆるやかにスピードを緩めて合流した。

「これ、レオネが作ったの?」

「えぇ。母とだけれど一応」

「一つも焦げてない。器用だ。ちなみにそこ、僕の分も入ってる?」

「この袋の中は二の丸とクリスと俺のだって」

「えー」

 キュータが物欲しそうにレオネを見ると、レオネは「あなたの分はありませんわよ」と平然と言い放った。

「……ちぇ。一太ばっかりいいなぁ」

「はは!実働は俺の方があったからな!ま、分けてあげますよ」

 

 子供のような様子にレオネはおかしそうに笑った。

 そして、つん、と指先にぬくもりが触れる。

「………………」

 触れてきたキュータの指に指をそっと絡め、二人は皆から隠すように指先だけで手を繋いだ。

 誰かが振り返るとパッと離れ、またそっと指の背同士を触れ合わせて繋ぐ。

 レオネは指先すら赤く染まっているんじゃないかと思った。

 

「──到着ー!」

 イシューの声に指は完全に離れた。

 皆で写真館に入って行くと、イシューからコートはここで預けて、身支度はあっちで、と説明が飛ぶ。

 

 写真館で皆で並ぶと、妙に気恥ずかしくて思わず笑った。こんな事する若者そうそういないよ、なんて。

 写真屋のおじさんは魔術師組合上がりの魔法詠唱者(マジックキャスター)だった。

 堅物そうな顔をしておいて、皆の大笑いした顔と、真面目にキリリと立った()()()()()()の二パターンを撮ってくれた。

 それから、「せっかくだし、皆の分僕が出すから」とキュータが幻術を取るとおじさんは腰を抜かし、サービスでと全員分の殿下との写真をくれた。

 

「──こんなに良いもの。皆、本当にありがとう」

 キュータは友達と撮った三枚の白黒写真に感激した。

 全員に写真が行き渡る。

「皆は僕の宝物だよ。すごく嬉しい」

 やっぱりキュータは恥ずかしいことを言った。

 

 その後はアナ=マリアの豪邸に皆でお邪魔した。イオリエルだけは聖典業のために帰ってしまったが。

 軽食やケーキも出してもらい、皆で一日中遊んだ。

 

 小学生の頃から変わらない全てと、変わったたった一つのこと。

 

 男子でソファーに座り馬鹿げた話をして笑っていると、ふと肘置きにちょこりとオリビアが座った。

「キュータくん。──ううん、ナインズくん。本当にお誕生日おめでとう!」

「オリビアもありがとう。今までの誕生日で一番嬉しかったよ」

「ふふ、良かったぁ。ねぇねぇ、ナインズくんの誕生祭、私も見に行きたんだけど行ってもいい?」

「いいよ。話したりすることはできないから面白いかは分からないけど、皆に招待状が行くようにしておくね」

 後日皆の下に届いたその招待状には神々のお写真でしか見ることのないカラーの写真も添えられていて皆ひっくり返ったらしいがそれはまた別のお話。

 

「そうだ。僕は冬休みが来たら、多分誕生祭くらいでしか外に出られなくなる。──あ、でも皆一太とは遊んでいいからね」

「……外、出れなくなっちゃうんだね。じゃあ私から一つ特別なお祝い送らせてもらってもいい?」

「もういっぱい貰ったよ?」

「皆からじゃなくて、私から。目閉じて?」

 キュータは首を傾げ、目を閉じた。

 オリビアがキュータの頭を胸に抱きかかえると「え?ちょ」とキュータが一言漏らし──オリビアは頭にキスをした。

 その瞬間キュータが硬直すると男子達は「あぁ〜……」と声を上げた。

 イシューとアナ=マリア、レオネは嬉しそうに微笑みあった。

 

「──……き……君…………」

 キュータはオリビアの胸の中から顔を上げて目を丸くしていた。

「……祝福。お誕生日おめでとう。……祈り、聞こえちゃった?」

「……き、聞こえちゃった……。ごめん……」

「ふふ、いいよ!じゃあ、次は聞こえちゃったじゃなくて、ちゃんと聞いて?」

 オリビアは笑うとキュータの顔を撫で、もう一度額にキスをした。

「こ、困るよ。オリビア……」

「……ダメ?構わないって言ってくれない?」

「だめ……」

「じゃあ……キュータくん、少しお話ししても良い?」

 オリビアが立ち上がると、キュータは静かに頷き二人で廊下に出た。

 

「キュータくん、私の気持ちちゃんと伝わったかな。それとも、口で言った方がいい?」

「ううん、君の気持ちはよく分かったよ」

「本当かなぁ……」

「うん。本当によく伝わった……。でも……ごめん、オリビア。僕も君のことはすごく好きだけど……形が違うよ……」

「……やっぱりそうなんだよね。そうなんだって分かった。レオネは二年半の恋人ごっこをしてもらうって言ってたけど、キュータくん、そんな気持ちじゃないんだよね。レオネを見てる時のキュータくん見てて私びっくりしたもん。キュータくんってそんな顔するんだって」

 自分の顔を触るが、キュータは自分がレオネの前でどんな顔をしているのか想像も付かなかった。

 

「……僕はレオネに二年半だ、三年だ、と言わずに生涯そばにいて欲しいと思ってる」

「……でも、レオネはお嫁さんにならないって」

「そうだね……。どうしても頷いてもらえない。でも、人生は長い。僕はめげないつもりだよ」

「私は……私はナインズくんが望んでくれたら喜んでお嫁さんになるよ……?」

「ありがとう。でも……オリビア、良い人を探して幸せにおなり。僕のこの恋にはきっと終わりは来ない」

「……そんなの私もだよ。ナインズくん、私が二年半後にレオネの代わりになるって言ってもダメ?」

「ダメだよ。レオネの代わりはいない。もちろんオリビアもオリビアで、代わりはいないんだから」

 ぽつぽつとオリビアから涙が落ちていくと、キュータはその背をさすった。

「──オリビア、気持ちは本当に嬉しいよ。ありがとう」

「……そう思ってくれるのに……やだよ……」

 

 胸に縋ってオリビアは泣いた。

 ずるずると廊下に座り込んでしまうと、キュータも座り込み、オリビアを抱えて妹にするように頭を撫でた。

「ぅぅ……キュータくん……っ。レオネはいい子だけどっ、っどうして私はだめなのぉ。皆一緒に大人になったのにぃっ」

「……君が僕の席の隣にいてくれて良かったって何度も思ったよ。学校に行くのが楽しみになってた。ありがとう。でも、レオネは……生きるのが楽しみになるような人だったんだ。ごめんね」

「私も、私もきっと楽しみにさせるから!」

 オリビアはキュータの顔を引っ張ると涙の顔で唇にキスをした。

「ッ──じ、自分を大事にして。オリビア、また友達として会えるのは楽しみだから。ね?」

「やだよぉ。うぅ……」

 首にすがって、膝の間に座ってオリビアはもっと泣いた。

 そしてキュータの心変わりを期待するようにまたキスをしようとすると、キュータは顔を背けた。

「──ごめん。やめて。そこはレオネにしか触れてほしくない」

「……レオネのこと、生まれて初めて嫌いって思った」

「そんなこと言わないで……」

「レオネなんていなかったら良かったのに」

「オリビア」

「レオネのせいだよ……!キュータくんの隣はずっと私のものだったのに!」

「オリビア!」

「レオネなんか大っ嫌──」

「オリビア!!」

 オリビアの顔を胸に押し付けるようにぎゅっと抱きしめると、オリビアは唇を噛んでキュータにしがみついた。

「君はレオネをそんな風になんて思ってない……。君はこんなにレオネの幸せだって祈ってるじゃないか……。自分を取り戻して……。それに、レオネは何も悪くない。嫌うなら、彼女にあらゆる希望を見出している弱い僕を嫌えって……」

「ナインズくん……」

「いいね……。じゃあ、落ち着いたら戻ろう?」

「……うん」

 

 二人で広い廊下に座り込み、オリビアの呼吸が落ち着くと、ナインズはぽん、と背を叩いた。

「行ける?」

「やだ」

 オリビアが首を振る。部屋の中からは皆の楽しそうな声が聞こえていた。

「行けないんじゃなくてやなの?」

「うん、やだ!」

 見下ろした先のオリビアは少しだけ赤い目をして爛漫に笑っていた。

「あー……──……じゃ、僕はお先に」

 ナインズがそそくさと立ちあがろうとするとオリビアはぎゅっと抱きついて笑った。

「やーだ!まだこうしてたい!ナインズくんが私の事ちゃんと分かってくれて嬉しかったよ!」

「うんうん、それは良かった。僕はものすごく複雑だよ」

 

 ナインズがあっという間にオリビアの腕の中から消えて扉に手をかけると、背中にドンっとオリビアが抱きついた。

「ね、私の存在忘れないでね?」

「忘れないよ。君も、皆も、僕の宝物だからね」

 胴に回るオリビアの腕をはずさせると、ナインズは扉を開けて部屋に戻った。

 

 ハッと皆の談笑が止んだ。

「キュー様、おかえり」

 そう言ってくれた一郎太の耳はピルピルと動いていて、外の音を聞いていたようだった。

「ただいま。なんか悪かったね。皆気を遣わせたかな」

 そして、カインが「まぁ……ほどほどに」と素直な感想を述べる。

 エルミナスは後ろから入って来たオリビアの想像より落ち着いている様子を見てから尋ねた。

「それで、どうすることにしたの?キュータ」

 向こうでロランがじっと見ている中、ナインズは肩をすくめた。

「僕じゃ力不足です、とだけ」

 すると、オリビアは横からナインズの腕に抱きついた。

「ね!ナインズくん!全然力不足じゃないから私とも付き合ってくれたらいいよ!気持ちなんて後から付いてくればいいし!」

「え!?君話聞いてた!?無理だって!」

 キュータが情けない顔で言うと男子は笑った。

 

「じゃあ、女子力アップしてからまた伝えるね!」

「い、いや、他にいい人見つけてよ。必要なら紹介もするから。僕くらいのはゴロゴロいる」

「無理だもーん。そんな人見た事ないもーん」

 オリビアはきゃっきゃうふふと笑い、キュータが「何かがおかしい……」と呟くと顔を引っ張った。

「──ちょ」

 頬にまでキスされるとキュータは顔を真っ赤にして隣に座る一郎太に乗り上げた。

「や、やめろ!皆の前で言いたくないけど、君振られてるって分かってるのか!?僕はレオネが好きだ!!」

「分かってるよ?でもお嫁さんにして欲しいんだもん」

「こ、困る!僕は本当にレオネしか見てない!!レオネ、レオネからも何とか言って!!」

「わたくしから?オリビアが殿下の恋人になってくれたらわたくし安心するわ」

「レオネ、ありがとぉ!ね、レオネもこう言ってるしさ!ナインズくん!」

「レ、レオネ……僕がこんなに君が好きだって言ってるのに……。君はそんなに僕が嫌か……」

「わたくしだって大好きよ、とっても。あなたはわたくしの全てだわ。分かってるくせに」

 レオネは二人の時にしか見せない笑顔でキュータを見つめた。

 

「……な、なんなのぉ。女の子ってなんなのぉ……」

 キュータが一郎太にしがみついてふぇーんと声を上げると、一郎太はキュータを抱えて笑った。

 

「ははは。お前ら、あんまりナイ様困らせるなよ」

 

 レオネとオリビアは目を見合わせると肩を寄せ合って笑った。

 

 会の帰り道。

「レオネと帰るからごめん!皆、イシューとオリビアの事頼む!!」

 キュータはオリビアから逃げるようにレオネの背を押してすたこらさっさと家路についた。そして、レオネはその家路で大変恐縮したようにプレゼントだと言って彼女が編んだマフラーをくれたらしい。

 

 一方オリビアはぶっすりと頬を膨らませていた。

「レオネ、いいなぁ」

「……オリビアちゃん、すごい。本当に感心した」

 アナ=マリアが言うと、オリビアは苦笑した。

「レオネがキスして付き合ってもらったって言ってたから、触れちゃえば何とかなるかもって思って。でも、やっぱり早まったみたい」

「……オリビアちゃんが早まらなかったら、私が早まってた。今日のキュータ君の様子見てたら普通はそう」

「あたしもオリビアが早まらなかったら早まってたよ。キュータのあの様子……どうしたらいんだろ」

「私、諦めないよ!レオネ、大神殿でナインズくんがよその国のお姫様とチューしてるの見たらしいしね」

 オリビアは「目指すはお姫様だよ!」と意気込んだ。

 レオネが第一妃になって、身分のあるお姫様達が第二妃になるなら、側室になればいいだけだ。

 

「あ、そうだ!──エル様、私二年半経ったらもう一回キュータくんに好きって伝えるから手伝って欲しいな!」

「……なんで?」

「あの二人二年半でおしまいでしょ。私、何年間とか言わないで一生をナインズくんにあげられるもん。エル様はナインズくんの幸せ応援隊だよね」

「オリビアは殿下を幸せにできるの?」

「できるよ。一緒に幸せになる自信あるもん。レオネはないみたいだけど」

 エルミナスは少し考えたようだったが頷いた。

「二年半後の様子次第だけど、いいよ」

 

 そんな勝手なやりとりをキュータが知るはずもなく、オリビアは歳を重ねる中でエルミナスを味方につけていく。

 

 魔導学院卒業から始まるエルミナスからの援護射撃にナインズは「君は親友だと思ってたのに誰の味方なんだ!?」なんて悪態を吐き、「でも我が殿下はとてもお寂しそうで」と言うのがエルミナスの口癖になってしまうらしい。

 なんと言っても、魔導省の用事で大神殿を訪れたエルミナスはレオネを目で追うナインズをよく見かけたから。

「オリビアは殿下を待ってるよ?少しその気持ちを埋めるくらい良いんじゃないの?キュータ……」と告げるが、ナインズの心は当然のように動かなかった。

 

 そんな中オリビアはエルミナスに老化を止めてもらうと必死になり──お金がいるからと実家の書店を大変繁盛させて敏腕経営者になって行ってしまう。

 お金が全然足りないなんてよく大騒ぎをし、いつしかエルミナスが老化遅延儀式魔法の勉強をしているかを監視するためにエルミナスの家に入り浸るようになる。

 エルミナスは入り浸るオリビアと暮らしながら、オリビアの老化を遅めることをある意味()()に思うようになった。

 二人はいつまで経っても共犯者と言ったような様相だったが、エルミナスの老化遅延の勉強はオリビアの望むナインズの隣に並ばせるためと言うより、自分の長い生にオリビアを付き合わせるためと言う側面が大きくなり、オリビアの老いない目的にもエルミナスという余白が生まれて行き──二人で金を貯めてオリビアは念願の老化遅延を手に入れる。

 

 そこに至るまで、オリビアは何度もナインズに気持ちを伝えては「ダメだよ」と言われて泣いた。

「どうしてこんなに好きなのに私じゃだめなの」と泣いたり、「レオネの埋め合わせだっていいよ」と必死に引っ張ったり、「あなたの隣は空いてるのに」と追い縋ったり、それはそれは大変で──ナインズもオリビアの扱いには頭を悩ませるようだ。

 その度に「私にはレオネしかいないんだよ」と伝え、彼女は古い友人たちが子を持つ中でも終わらない恋に泣いた。

 結局、これで諦めると告げ、二人は最後にもう一度だけ唇にキスをしたらしい。

 次の旅立ちを祝福されて、オリビアは求め続けたぬくもりにやはり泣いた。

 エルミナスはオリビアを迎えに行き、ナインズから「よろしく頼む。悪かったね」と彼女を渡されると「悪くなんて。私にとっても殿下は一番だからオリビアの気持ちはよくわかるんです」と苦笑した。

 

 オリビアもエルミナスもナインズ症候群が治ることはなかったようだ。時にエルミナスの白い髪を梳りながら短く尖った耳を見て「これがナインズくんだったらなぁ」なんて呟いたり。

 そんなこんなの時間を過ごしながら、二人は遠い未来でも若い姿のまま寄り添い続けてしまう。

 七十三歳になりレオネが他界する頃、エルミナスは十八歳程度の姿だった。

 

 二人は深く喪に服したが──天使になって目覚めたレオネを見ると、「そんなのずるいよ〜!」とオリビアは愛らしい顔で喜びに泣いたらしい。




前半との温度差が凄くてびっくりした!!
なんだぁ!レオネの回想に出てこなかったオリビアは結婚もせずにエルくんとちんたらやってたんですねぇ!
オリビアは振られても正妻ムーブを続けてくれそうで安心しました(?

次回Re Lesson#43 飛空艇
明後日いけるか?いけるのか?
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