ナインズはまた見窄らしい家の中で目隠しを外された。床に直接座らされ、家の外にはたくさんの大人達が松明を持ってナインズを見下ろしていた。
「──さぁ、作って見せろ!!子供達に配った、あの一等上等なパンを!!」
片目のない男が石を手に迫る。
「……触れなくちゃできない。せめてこれを解いてください」
ナインズは背中の後ろで縛り上げられた手を動かした。
「解いたら逃げるつもりだな!?触れられればいいなら手以外にもある!!」
内心舌打ちすると、男がナインズの足元に放った石を見下ろした。
「……私にこんな真似をさせるのはお前が初めてだ」
「御託はいい!早くしろ!!」
ナインズは床に転がる石に向かって顔を伸ばした。
肩から月の光を反射する銀色の髪がさらりと落ち、華奢そうな首を伸ばして石を一欠片咥えた。
みずみずしい唇が石をはむ様にも、長い銀色のまつ毛にも、大人達は目を離せない様子だった。
男達はごくりと喉を鳴らしてその様を見た。
「── <
ナインズの咥えた石はパンに変わり、ナインズは口からぽろりとパンを落とした。
「……満足か」
「お、おぉ……!」
出来立てのパンからはほかほかと湯気が上がり、男達はそれを手にしてパンを割ると、分け合った。
そして「う、うまい……」と感激したように言うと、外から「こっちにもよこせ!!」と怒鳴り声が響いた。
「おい、旅人。もっと作れ!」
「……流石に疲れてる……。今夜はもう無理だ。眠い。後一個も出せない」
ナインズはこてんと転がると、今日はこんな所に泊まるんだなぁとため息を吐いた。
「起きろ!!少なくとも一人一つは作ってもらう!!」
「無理だ。無制限じゃない。せめて明日の朝にまた言え」
大人達はぐぬ……と声を上げ、ナインズがもう何も言うことはないとばかりに目を閉じると見張りらしい数名を残して渋々家を出て行った。
外からは大人達が男女関わらず喧嘩をする声が響いていた。
『あんたねぇ!叩いて解らせてやればいいんだよ!』『鞭打ちにすれば嫌でも出す!』『だが時間も時間だ』『日中子供達にたくさんのパンを与えてくれている』『二眼種同士なんだから当たり前だろうが!!』『夜通し働くくらい大人なら普通なんだ!!』『だがあの子は大人か?』『子供は働けない者達の呼び名だ!!』
ナインズは聞こえないようにそっと耳を覆った。
(……明日は四眼種と話をしよう……。話の通じる大人がいるといいな……)
まさか大人達とここまでやりとりができないなんて。
十七になったがまだ子供と大人の間のような存在だ。不安な気持ちになった。
(……大丈夫。僕は捕まった訳じゃない。ただ、ここで眠ることを選んだだけ。僕は強い……。ツアーさんだっている……。大丈夫……)
相手は大人でも蟻だ。殺そうと思えばいつでも殺せる。
相手が獅子を猫だと思っているだけ。
本当に不安になって恐れなくては行けないのは向こうなのだ。
(……レオネ……)
ナインズはレオネの声を見つけると柔らかな息を吐いた。
(……君は僕の心の盾だよ……)
祈りの糸を握りしめ、春休みが明けたら彼女の下へ走ろうと決めた。冬休みが明けた時のように。
うとうとしているといつしか眠りに落ちた。
気が張っていた。父からのテストだと言うこともあるし、社会勉強だと言うこともあるし、腕輪をしていないから気持ちを昂らせすぎてはいけないと言う抑圧もあった。
そして、ナインズはギ……と自分のそばから音が立ったのを聞きつけた。
ハッと目を開けると男達が覗き込んでいた。
「──な」
白い肌に男達の手が伸び、欲情を隠そうともせずに服をはだけさせはじめた。
「や、やめろ!!私に触るな!!」
「へ、へへ。見ろ。本当に綺麗な顔だ」
「本当だよなぁ。男だって構いやしねぇ」
「救ってやるって言ってるのに──!他者を虐げることを望むな!!」
「はぁ〜?救ってくれよぉ〜?」
男達が下卑た笑いを上げて皮膚に触れた瞬間、ナインズの身体中にゾッと毛虫が張ったような悪寒が上る。
「き、貴様ら──!!」
その瞬間、ツアーが自らを縛めていた縄をゴミのようにちぎり劔に手を伸ばした。
手を伸ばしたと思った時には辺りに男達の首がゴトリと落ち、寄せられていた身はずるりと転がった。あまりのスピードにナインズの目は追いつかなかった。
ツアーはピッと劔を振ると別に何も思わないように鞘に戻した。
「フラミーが怒る」
「……僕も怒ったよ」
「本気で怒ってなかっただろう。本気で怒っていればこの家はもう存在していないはずだからね」
「……僕はその気になればナザリックに帰れるんだもん」
「気が動転してその事も忘れてたみたいだよ。ナインズ、ここはもう良いんじゃないか」
「うん、もう行こうか……」
ナインズも縄を千切ろうとすると、ドンドンドンと扉が叩かれた。
「あぁ〜。よくも殺したなとか言われるのかな」
「言われるかもね。まぁ、殺されても仕方がないし殺したのは僕だよ」
「そう言ってもらうと気が楽。流石に大人にあんな目で見られたのは初めて。……怖かった」
「可哀想に」
簡潔な感想にナインズが苦笑していると、扉は三つの白い玉に吹き飛ばされた。
「──<
三つと言うことは第三位階程度まで使うはず。通常の感覚で言えばかなりの使い手だ。
外からはやはり大人がぞろぞろと家に入った。
「──殺されているな」
「構わん。どうせドブネズミだ」
「……あなた達は?」
大人たちは冷たくナインズを見下ろした。目の下には伏せられた瞼が二つ並んでいた。
この視線は味方という雰囲気でもない。
あぁ、これが四眼種かと納得した。
「貴様らドブネズミの管理者だ。旅人、お前二眼種のくせに石をパンにできるそうだなぁ?近頃は一丁前に魔力のある二眼種がうようよ入ってくる」
四眼種はナインズの髪の毛を掴んで上を向かせた。
「お前も炉になれ。──連れて行け」
はだけたままナインズは引き立たされ、繋がれていたロープを引っ張られて歩かされた。
「──おい。鎧を脱げ」
四眼種がツアーを見上げて言う。
「……僕の持ち物のゴーレムだよ。中身はいない。汚すなよ」
「ほーう。これで縛られていながらそいつらを殺した訳か。ドーラー様に報告しろ」
「は」
ナインズは時に小突かれながら壁の中へ入って行った。
ルシオは戸を直すと蹲ったままのジェーリを覗き込んだ。
「……ジェーリ、大丈夫?」
「……まだ痛い……」
突き飛ばされた時に腹をぶつけたようでジェーリはずっと唸っていた。
背中をさすってやり、ため息を吐いた。
(……ナインズお兄さん、パン作らされ続けてるのかな……)
そう思うと眠る事もできなかった。
「うぅ……うぅう…………」
「……ねぇ、ジェーリ。本当に大丈夫?」
「ルシオ……にいちゃ……痛い……!痛いよ……!!」
額には脂汗が滲み、顔面は蒼白だと言うのに血管が浮き出ている。
ルシオはこれを二度見た事がある。
ジェーリが生まれた時と、弟が生まれた時。
まさか──と思っていると、ジェーリの足元にじわりと水が広がった。
「た、大変だ!だ、誰か!!ジェーリ、待ってて!手伝ってくれる人達呼んでくるから!!」
自分達で家で産むのが当たり前なので大体の女性は産婆の経験がある。
ルシオは家を飛び出した。
最初は皆鬱陶しそうな顔をしたが、ジェーリが子供を産みそうだと言うと飛んできてくれた。
誰かの面倒を見ていれば生き残れないが、情が一切ない訳でもない。
ルシオの家にはどんどん女性達が集まって来てくれた。
「ルシオ!!水!!水汲んできて!!」
「わ、わかりました!!」
雨水を溜めている甕へ翔ける。
持てるだけの水を汲んで戻り、ジェーリの手を握った。
「ジェーリ!大丈夫だから!大丈夫だからね!!」
「うぅうう!!うぅうう……!!」
「赤ちゃんと一緒にナインズお兄さんの神様の国に行くんだから!!僕ら、助かるんだから!!」
ジェーリは泣きながら何度も頷いた。
その晩、ルシオもジェーリも一睡もできなかった。
朝日が昇っても、ジェーリはいつまでも苦しんだ。
そして、外からカンカンカンカンカン!といつもの配給の合図が聞こえてくる。
「まだ生まれない!!あんたは皆の家に行って配給チケット集める!それで皆の分の配給もらって来なさい!!」
産婆に怒鳴られ、ルシオはまた家を飛び出した。
言われた通りに事情を話し、配給チケットを受け取って配給所へ走る。
並んでいる時間が無限に感じた。
そして、ふと並ぶ大人の会話が耳をついた。
「──全員殺されたって」
「縛ってたのに!?」
「だから叩いて解らせてやらなきゃいけなかったんだ!」
「せっかくのパンが……。今日からあれがいくらでも食べられると思ってたのに……」
「見張りは無能ばっかりだ!」
「殺して出て行ったんだからもう旅人は戻らないだろう」
「戻ってもらわなきゃ困る!!」
「また捕まると思えば普通なら戻るはずがない」
「戻れば殺された奴の家族から袋叩きに遭う」
ルシオの足元がぐらりと揺れた。
ナインズとの約束は果たされることは無いと言う確信が胸の中を広がる。
(………………)
足から根が生えたように立ち竦んでいると「早く進め!」と後ろから怒鳴られた。
ルシオは鉛のような足を動かした。
「──起きろ」
ナインズは牢の隅で縛られ未だはだけたままの身を起こした。
「起きてるよ……。寝心地が悪くてろくに寝られやしなかった」
「黙れ。ドーラー様が見える」
「ドーラー様?」
「ドーラー様は四眼種の長だ。貴様は旅人だから知らないだろうが、あの方は魔力蓄積石と魔眼を使って国民全員が魔法を使えるように変えた絶対的指導者だ」
「それはすごい人だ。そんなに偉い人に会わせて貰えるとは思わなかった。ありがとう」
「旅人にしては良い心構えだ。崇拝しろ」
番兵のような男は牢の前を去っていき、戻った時には身なりの良い髪の長い男が一緒だった。歳の程はわからなかったが、四十は超えていそうだった。
「ほう、美しいですね。聞きしに勝るとはこの事ですか。二眼種にしておくのが勿体無い」
「……どうも。あなたがドーラー様ですか」
「そうですよ。あなたには名乗らせてさせあげましょう」
「ありがとうございます。私はナインズ・ウール・ゴウン。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国よりの使者」
「その国の名前は飽きるほど聞きましたねぇ。ですが──あなたの名はなんです?二眼種の王──いや、若い。王子でしょうか?」
「そうなります。我々は対話を望みます。我が国の使者や冒険者がここを訪ねているはずです。私の民を返してください」
ドーラーはフと鼻でを鳴らすと、笑い声を上げた。
「ふふ!ほほほ!!下等な二眼種の、下賤の王子が!!ははは!!このドーラーと対等に会話をしようというのですね!!」
「……あなたの話はそちらの番兵から聞いています。敬意は払っているつもりです」
「それは当たり前のことです。私はドーラー、二眼種が奉仕すべき崇高なる四眼種の長。あなたは目も足りない出来損ないの脆弱で穢らわしい二眼種ですよ?あなた達は我々に望むことなど許されません!ただ傅き
「指導者まで話が通じないのか……。命は対等だ。上に立つ者なら下にある者を守れ!生まれてしまう犠牲があるのならば、踏み台にしてしまうその罪を背負い命に敬意を払え!」
「踏み台にする罪?ほほほ、生意気な口をきくようですね。土を踏むことがなぜ悪いんでしょう。踏み台を踏み付けることがなぁぜ悪い。ドブネズミの王、あなたは炉にする予定ですが──ただの炉にするには惜しいです。心が折れ、その口がご託を並べる事を諦める日を見るのが楽しみですよ」
ドーラーは四つの目を開いて全てを歪めさせた。
「力の塔に行く前に、あなたの大切な民とやらに会わせて差し上げます。──連れて行きなさい」
「ドーラー様、ゴーレムはどうされますか?」
「見たところ魔力のある何かが埋め込まれているわけでもなさそうです。無限に動く訳ではありません。今込められている魔力が切れれば動かなくなるでしょう。まとめて魔力蓄積石に魔力を吸わせなさい」
「は!」
ナインズとツアーはまた移動させられた。
荷馬車に押し込められると、ツアーは口を開いた。
「──どうするんだい」
「……話が通じなくてどうしたら良いのか解らない。でも、とりあえず国民のところには連れて行ってもらえそうで良かった」
「君は割とポジティブなんだね」
「はは、そうかな。内心焦ってるんだけど。ここをどうしたら良いんだろうとか、もし手に入っても差別がすごそうだとか……。はー。どうするのが父様の求める正解なんだろうなぁ……。もう人も殺しちゃってるし」
ナインズはずるりと壁にもたれて思考した。
しばらくすると壁を出た。
「……外のバラックで冒険者や神官達は暮らさせられてるのかな?」
「そうだとしたら、橋を渡って帰って来そうなものだけどね」
馬車はいつまで経っても止まらず、いよいよ堀を渡す橋が見えて来たと言うところで止まった。
「降りろ」
「どうも」
ナインズは人もまばらな場所で降りると、ドーラーが顎をしゃくった先を見た。
堀だった。
「……どう言う事だ?」
「見てみればわかりますよ」
訝しみながら堀を覗き込むと、ナインズは縄を引きちぎった。
「──貴様、殺したのか!!」
堀の底には冒険者プレートを下げた腐乱死体が大量に折り重なっていた。
「ほほ、ははは!良い顔をしますねぇ。その者達は勝手に殺し合ったんですよ。生き残った一人が名誉四眼種になれると言ったら、大喜びで」
一緒にいる周りの四眼種達もおかしそうに笑った。
「最後の一人なんて傑作でしたねぇ!皆逃げて神々に伝えてくれとか言って、自分で自分の喉を裂いて死んだんです!見ていた国民は皆腹を抱えた物ですよ!!あの無様な死に方ったら!!」
「貴様──!人々を導く立場にありながらよくもそんな……!」
ナインズは腰に下げてあった杖を抜くと堀の底へ向けた。
「──何をする気です?」
「何だろうと私の勝手だ。──<
ナインズの金色の瞳がギラリと光る。
魔法を掛けられた腐乱死体だったはずのものはハッと顔を上げた。
「あ……あれ……。俺は……」
「何です?蘇生?代価は一体何を!?」
ドーラーは目を丸くしていた。
「<
冒険者はナインズが指差す方向と、堀を出入りするための梯子の存在を確認し、ナインズを見上げた。
「あ、あなたは──」
「誰でも構わん!!飛空艇を寄せさせて国民の死体を乗せろ!!全てだ!!船には神官が待機しているから手伝わせろ!!私では魔力が続かん!!母王陛下にお出まし頂くにはここは汚れすぎている!!」
冒険者が堀の底で慌てて跪くのを見ると、ナインズの首根っこは引っ張られた。
「──お、お前!!その力は何です!!」
「何だと言ったら満足だ。──四眼種の長!」
ドーラーはナインズに睨まれると「ぐ」と声を漏らし、周りで言葉を失っている四眼種に叫んだ。
「こ、拘束し直しなさい!!こいつは最高の炉です!!百年に一度、いや、千年に一度の炉になる!!恐れることはない!!今の今まで粗末な縄にかかっていた、攻撃魔法の使えない信仰系
ナインズがまた縛られると、堀の底から「殿下!?殿下!!」と冒険者が叫ぶ声がした。
「私はなんともない!構うな!!」
「素晴らしい……!素晴らしい炉です……!!──乗せなさい!お遊びは十分、力の塔に行きますよ!!」
ナインズはまた荷台に押し込められると苛立たしげに座り直した。
「随分怒っているね」
ずっと荷台にいたツアーはどこか興味深そうにナインズを見た。
「……あの男の首を刎ねることは容易かった。瞬きのうちに全員を無力化できる」
「そうだね」
「でも、そうしたところであの壁の中の人々の意識が変わるわけじゃない。それに、戦争になったら僕は責任が取れない。先に来てるはずの神官もまだ見つかってないし。結局子供の僕にできることは一人生き返らせて死体を運ばせることだけだ」
「上出来じゃないかな。これは社会勉強だよ」
ナインズがつまらなげな息を吐いていると、馬車はまたどこかに着いた。
引き下ろされると、ナインズを見たドーラーは頬にある二つの魔眼を歪めた。
「ふ──ほほほ。この炉が魔力を焚べるようになったら、全ての国民が毎日魔眼に魔力を貯めに来られるはずです!」
ドーラーが言い、ナインズは歩かされた。
塔の一番上まで魔法の力で動くエレベーターで上がって行き、一つしかない扉を開いた。
床から魔石が突き出すこと以外何もない部屋だが、たくさんの四眼種達がいた。
四眼種達は「ドーラー様だ!」と憧れの瞳を向けた。
「魔力を取りに来た物達よ!この二眼種の王子が今日から魔力を注ぎます!!明日からは決められた日だけでなく毎日魔力を取りに来られるでしょう!!何の憂いもなく、あらゆる魔法を好きなだけ行使できる時代が来るのです!!」
喝采が上がり、大人も子供もナインズに「炉!死ぬまでお前は四眼種の糧になる!!」と言った。
ドーラーは魔石に触れると魔眼を開いた。
瞳の赤が色濃くなっていく。
「……何をしているんだ」
「魔力を限界まで吸い上げます!ふふふ……!あなたの魔力が入る場所を少しでも空けなくては!!ここは大人も子供も誰もが魔力を手に入れに来られるこの魔法要塞都市の要!──お前はこの下で炉になるのです!!」
ドーラーの魔眼に魔力が十分に溜まると部屋を出て階段を下った。
「ここだ!日中はここで魔力を注げ!!」
ナインズは引っ張っていた兵に小突かれて下の階の部屋に入ると辺りを見渡した。
すり鉢上の部屋の中でたくさんの人がぐったりと目を閉じていた。
「な──彼らを放て!疲れ果てているじゃないか!!」
「お前もじきにああなるのですよ!ほほほ!!──繋ぎなさい!」
椅子に座らされ、手首と足首を拘束される。
ナインズは噛み付くような顔でドーラーを睨んだ。
「ふふふ。すぐに座っていることすら億劫になる程の欠乏が待っています。夜になったら、二眼種の女を集めて繁殖活動をさせましょう。お前は確かに王子──いや、王らしい!強大な聞いたこともない信仰系魔法を操るあなたの血が増えるのです!!こんな収穫は初めてだ!!あなたも喜んで良いですよ?魅了をかけて差し上げますので、夢中で腰を振って気持ちよくなれるんですからね!どんな顔をするのか楽しみです!今夜はゆっくり観察させて貰いましょう!」
顔を掴んで瞳を覗き込まれるとナインズは顔を振り、その手を噛もうとした。
「貴様なんて想像をして……痴れ者が!」
「ほほほ。キャンキャン吠える。その美貌、女が生まれれば夜は私が飼うと言うのもいいですね」
ドーラーは鼻で笑うと扉へ踵を返した。
「──最大出力の準備ができ次第吸い上げなさい。意識を失ったところであの剣と杖は回収しましょう」
ツアーの鎧も適当な椅子に拘束され、四眼種達は部屋を出た。
ナインズは「クソが」と吐き捨てると自らを拘束する金具を見下ろした。
低位の転移阻害が掛けられているが、腕力で破壊できる程度だ。
まずはここにいる者たちが神聖魔導国の者なのかを確認して──ふと、隣の女がナインズを覗き込んだ。
「……神聖魔導国の人……?」
「──ぁ、そうです。無事ですか?」
「……またダメだったんだ……。……君まだ若いね。ここは最低の場所だよ……。体を動かせないから、もう足腰が弱っちゃった……。私の隣で寝てるやつはスカマって言うんだけど、スカマは魔力が多くないのにいつまでもいつまでも吸い上げられるせいでほとんどの時間起きてられない……」
「……大変でしたね。あなたは?神官……?」
「そう。魔力が戻るのも多少は早いよ。ま、早く目が覚めたって良いことなんかないんだけどね。今は昼ごはんの後の吸い上げが終わったから、もう少ししたらまた吸い上げがあって、次目が覚めたら晩ご飯。その後すぐにまた吸い上げ。そんで気がついたら吸い上げ。夜寝てる時にも吸い上げ。気がついたら朝ごはんが出てる。んで、また吸い上げ。ね、寝てる方が楽まであるっしょ」
「家畜扱いか……。お姉さん、死んでいない冒険者がここに全員集まっているかとか……分かりますか?」
「うへへ。お姉さん。良い響き。私はリリネット・ピアニ。殺し合いをさせられてない冒険者は皆ここにいるよ。神官と聖騎士もね」
「ピアニさん。良かった。僕はナインズ・ウール・ゴウン。ここからあなた達神聖魔導国の民を出します。魔力を──」
「え?え?えぇ?な、え?な、なんて?」
リリネットはナインズの顔と出立ちを必死に確認しているようだった。
「ここからあなた達神聖魔導国の民を出します。安心してください」
「そ、そこじゃなくて、名前、いや、お名前……」
「僕はナインズ・ウール・ゴウン」
「うっそだろ……。ほ、本物……。この方が……」
一瞬の絶句。リリネットはもごもごと口の中で何かを言った。
「……殿下はえっと……魔導歴三年のお生まれだから……十……七。こないだの冬で十七!う、うーん、でも、いや……ギリギリセーフ。長寿──というか、もはやこれ以上老いない可能性だってあるし。え?そう思ったら最高なんじゃないの!?」
ナインズはバキン、バキンと両手の拘束を破壊して外すと、手首を回しながら冒険者の言葉に首を傾げた。
「十七ですけど……どうしました?」
「っうわ!い!いえ!何でもございません!!──皆!!皆起きて!殿下が来てくれた!!皆!!国から神々に連なる御方が来てくれたんだよ!!」
皆「え……?」とゆっくり目を開けた。
そして、神官達はまだ足が拘束されて座らされているナインズを見ると跳ね上がった。
「で、殿下!?」「殿下ぁ!!」「あ、あいつら殿下にまで縄を!!」
誰か何とかしろと身を捩り、拘束具で血が滲むような事が起こり始める。
「み、皆待って。私は何ともないよ。今皆も出してあげるからね」
ナインズが足元の拘束を蹴り外すと、ツアーもいとも簡単に拘束を破壊して立ち上がった。
すると、部屋の四方に配置されていた魔道具がブン──と音を立てた。
「で、殿下!早くお逃げください!!」
魔道具が起動した瞬間、ナインズからは一気に魔力が吸い上げられた。
ドーラーは魔力の吸い上げが始まり、青い魔石が今まで見たこともない程に鮮やかな瑠璃色になると仲間達と歓喜に頬を染めた。
「おーほっほっほ!ご覧なさい!!満タンの色じゃありませんか!!これ程魔力が溜められているのは見たことがありません!」
「えぇ!素晴らしいです!流石ドーラー様!」
「もしまだ下賤の王子に余力があるようなら、小さいサイズの魔力石でもいいからそちらにも魔力を貯めさせなさい!ああ、魔力石鉱山にもっと早く大きな魔力石を探させるように言わなくてはいけませんねぇ!!」
「採掘を早めるように通達いたしましょう!二眼種をもっと鉱山に集めるようにも管理組合に連絡いたします!」
側近と笑い声を上げ、周りの四眼種達も喜びに手を叩いた。
子供達の万歳唱和が心地良い。
ドーラーがここで人々を導くようになる前は四眼種でも魔法が使える者と使えない者がいた。
今では二十歳になる頃には皆ゼロ位階は扱える。
国は素晴らしく発展した。誰もが魔法を使えるので魔法道具の生産も進み、誰もが豊かに暮らせている。
ドーラーがまだ二十代だった頃は、蓄積石の重要性を大人達に訴え、鉱山を取り仕切って二眼種にこれでもかと鞭を打った。
大人達は誰もが魔法を使えるようになるなんてと苦笑したが、二眼種をこき使うことに対して文句を言う者もいなかった。
そして、この巨大な蓄積石を見つけ出した。
ここまで持って帰らせ、最初の頃はドーラー自ら魔力を溜めて人々に取りにくるように伝えた。
皆魔法を使い、魔力がなくなるたびに魔力を受け取りに来た。
魔法を使えない者も魔眼に魔力をとりに来ては魔法の練習をした。
繰り返せば繰り返すだけ魔法の習熟度は上がり、ドーラーは魔法が使えそうな二眼種や、罪人の四眼種をかき集めてついには力の塔を作り出した。
三十になる頃には指導者として歴史に名を残す人物にまでなった。今では罪人の四眼種は罪の塔で魔力を日に三回吸い上げられている。魔眼も持たない二眼種のドブネズミと一緒にしてはいくらなんでも可哀想だ。
(歴史に名を残したかった訳ではありませんが……素晴らしい……!なんて素晴らしいのでしょう……!!)
ドーラーがさらなる豊かな四眼種の生活を思って高笑いを上げていると──ふとミシリと音がした。
「──なんです?」
「ド、ドーラー様!この色は!?」
側近が指差す先で、蓄積石は満タンの合図であるはずの瑠璃色を通り越してドス黒くなっていた。
見たこともない色だった。
石は次第にキィ────と甲高い音を立て始め、ついには黒が赤へと変わっていく。
魔力を取りに来た一般の者達が綺麗だと喜ぶが、ドーラーは小さな石でも見たことのない現象にふと嫌な予感を覚えた。
「──
「か、かしこまりました!!」
側近が駆け出そうとした時、蓄積石全体にビシッと亀裂が入った。
「っな──」
事態を飲み込むよりも早く、蓄積石はガラス玉を叩きつけた時のように粉々に爆散した。
「──なんですって!?」
下の階から魔力石が突き出していた穴へ駆け寄る。ジャリジャリジャリと細かくなってしまった蓄積石が鳴り、一瞬足を滑らせそうになってしまう。
そして、ドーラーは足を止めた。
下階からふわりと浮かび上がって、あの王子が姿を現した。
「き、貴様!何をした!!」
「何もしちゃいない。私はただ、お前達がしたことに身を任せただけだ」
魔力受け取りの間に王子が降り立つと、ドーラーは思わず一歩後ずさった。
「私は意味もなく傷付けることは好まない。だが、お前達はやりすぎた」
「な、生意気な口を!下等生物が!!──<
「<
放たれた魔法との間に天使達が絡みつく真っ白な彫刻が現れた。壁を構成する彫刻の天使達は手に持つ弓をつがえ、ギチリと引き絞った。
「子供もいる。武器を下ろして投降し──」
王子が喋っている間に、子供達から一斉に<
それに倣い、大人達も魔法を駆使していく。
「──ッこの!お前達は力の差が分からんのか!!」
矢をつがえた天使から光の矢が放たれ、魔法を打ち落としていく。
だが、それも限界がある。
<
多種多様な魔法が王子に打ち付けられていく。
魔法の雨あられの中、王子が立っていたところは魔力石のカケラや埃が立ちこめた。
皆大きめの蓄積石を拾い、更に休むことなく魔法を放つ。
そして、ドーラーがパッと手を上げると魔法は止んだ。
「こ、殺しては惜しいです!!おやめなさい!!」
天使の壁を回り込み、埃が止むのを静かに待った。
何もされない。
まさか本当に死んでしまったか。
「……また巨大な魔力蓄積石の探し直しですね」
つぶやいたその時。
「──<
四方に<
腕を失った者達が痛みに叫んだ。
「ッッなんだとぉ!?」
「無抵抗の人間によくやる。だが──自分達だけ、自分だけが幸せになりたいと祈るのは生き物のサガだ。それは許してやる」
埃が消えると同時に擦り傷を負った程度の王子が姿を現した。
怒りに燃える瞳。
国民達は悲鳴を上げると部屋から飛び出していった。
王子は切れた頬から伝った血をごしりと拭き取り髪を払った。
その時、ドーラーは王子の耳が尖っていることに初めて気がついた。
──これは二眼だが、二眼種ではない。
初めてこれは手を出してはいけなかった存在だと確信した。
だが、二眼種を国民だと思っていることには違いないはず。
「し、下のドブネズミを殺されたくなければ抵抗するな!!椅子に戻れ!!」
「下衆が。断る。下にいた私の民はもう放った」
ゆっくりと杖を向けられるとドーラーは両膝をついて情けなく叫んだ。
「ひ、ひぃいい!私を殺すのか!?やめろ!!やめてくれぇ!!お前が二眼種じゃないと言うことはもうわかった!許してくれぇ!!命だけは、命だけはぁ!!」
「……殺しはしない」
それを聞くと、ドーラーは内心嗤った。そこに落ちていた大きな魔力蓄積石を握り込む。
(──若造ですね。こいつ、バカだ!!)
力がどれだけあろうと、大人が嘘をつく生き物だと知らない。
憐れむような目を向けられた瞬間、ドーラーは魔法を放った。
「<
一気に魔力が削られるが、蓄積石から魔眼へ大量の魔力を吸い上げる。
真正面から王子の顔に魔法が入り、王子はガツンと顔を上げて後ろへよろめいた。
──よろめいただけ。
背をたらりと冷たい汗が伝う。
「いっ──てぇな!<
バリリと手の中に雷が握り込まれる。それは両手で持つような巨大なハンマーの形になるとぐるりと回されドーラーの左肩を打った。
すさまじい痛みが襲った。
今までに感じことのない痛み。
「あ、あぁあああ!!」
左肩から先がない。腕はどこに飛んだのか──いや、蒸発している。
幸いにも傷口は焼けて血は滴っていなかった。
「投降しろ!貴様には来てもらうからな!どれだけの卑劣漢だろうがこの国を導く貴様の言葉は必要になる!!大人しくしていればこれ以上痛みは与えない!!投降後の安全も保証してやる!!──<
無意識に体が動く。魔法との間に腰を抜かした側近を蹴り出し、側近が束縛されて転がるとドーラーは駆け出した。
怖い。
痛い。
怖い。
痛い。
一瞬だけ言われた通りに投降しようかとも思った。だが──二眼種達にやってきたことをされるかと思うと、とてもそれは受け入れられない。
二眼種達に弱者として鞭で打たれ、危険で汚い仕事をさせられ、ろくな飯にもありつけない。そんな生活──!そんな生活──!!
死と終わらない虐待への恐怖が心の中から湧き上がる。
「その傷でどこへ行く!!」
悪魔のように背に声がかかるがドーラーは立ち止まらなかった。
(どうして私がこんなことに!!国民も私を連れて逃げるべきだったんだ!!)
あの種族は噂に聞いたことがある
心の中で罵声を飛ばし、目の端に涙を滲ませながらドーラーは走った。
「側近投げ付けてガン逃げするかよ……普通……。いや……いや。つい殴り返したのが悪かったかな……」
ナインズは空っぽになってしまった体に魔力を取り返すように、あたりに散らばる魔力蓄積石に手を掲げた。
「<
くらつきを感じる体が癒やされていく。
体もだるかったが、それより魔法の当たったおでこがすごく痛かった。
「……こんなに顔が傷だらけだとレオネが心配する」
青く戻った大きめの蓄積石におでこの赤い自分の顔を映すとそんなことを呟いた。だが、痛みは慣れた方がいいと言うので即座に治してしまうのも憚られる。
「──近頃よく聞く名前だね。ナインズ、追わなくて良いのかい?」
「僕も追おうと思ったけどね。あの様子で国民の前に出てくれたら逆に楽かもと思った」
「神聖魔導国の二眼種に指導者がやられたと自分で宣伝させるわけかい」
「うん、多少良い方向に行きそうじゃない?」
「そうだね」
「父様だったらどうしてたのかなぁ……。とりあえず生きてる皆は救えたけど……これ、何点だったんだろう」
冒険者達は船を寄せるように言った場所へ送ってやった。皆ナインズが魔力をこれでもかと注いで爆発した蓄積石のカケラを手に魔力を回復して、細くなってしまった足でふらふらとナインズの<
「よし、この隙にルシオとジェーリを迎えにいってやらなくちゃね」
覚えたてほやほやの<
片腕がないドーラーは必死で走る。
力の塔には誰もおらず、皆逃げてしまったらしい。
開かれたままの出口が見えてくるとわずかな安堵が広がる。
そして、何かに躓き廊下に顔から突っ込んだ。腕が片方ないせいで受け身すら取れなかった。
「っつう……!!っはぁっ……はぁっ……!!」
痛みから滲む汗を拭い、乱れた息を整えようと必死になる。後ろから今にも二眼種の王が追ってきてドーラーを縛り上げるんじゃないかと思っていると、ふと何者かに足を掴まれそのまま近くにあった部屋に引き摺り込まれた。
「な!?な!?────っぐぅ!!」
背中を踏まれる感触がする。
ドーラーは立ち上がることもできずに自らを踏み潰す存在を必死に見上げた。
「ま、まさか炉だった二眼種!?」
「あぁ、二眼種だよ」
ゾッとするほどに冷たい声だった。
そこには、あの二眼種の王子と同じく銀色の髪をした男が立っていた。驚くほど上等な服を着ていて、漆黒の瞳は夜闇のようだった。
流れるような銀髪だが、耳は出ている。決して尖っていない。正真正銘の二眼種だった。
「き、貴様ぁ!!」
ゴミのはずだ。
──だというのに野蛮な力はドーラーを抑え続けた。
そして、男は拳を握った。
振り上げられ、思い切り顔面に叩き付けられる。
「──ッブ!!」
それだけでドーラーは脳は揺れ、一瞬意識を飛ばしそうになった。
「この変態野郎が。うちの息子に気持ち悪い欲望を向けやがって。よくもフラミーさんに似たあの綺麗な顔に傷を付けたな。苦しんで死ね」
「む、むすこ……──お、お前はあの王子の……では……お前は王……?王なら……王なら交渉に立ちましょう!!わ、私は準備ができています!!本当ですとも!!」
「あぁ、そうか。だがな──俺は王の前にお父さんなんだよ!!」
もう一度ガツンと頭が殴られると、ドーラーは意識を失った。
「──死んだ?」
「いえ、死んでません。三十レベル程度はあるみたいだから多少は硬さがありました。俺のパンチは九太と違って所詮純正
アインズは
昨夜は外の下衆な男共もぶち殺したかった。
ツアーがあの外の人間共の首を刎ねなければアインズがそうするところだった。
アインズの感情はある一定ラインを越えると自動的に抑圧される。だが、精神抑制を持たないフラミーから怒りの波動は満ちていた。
この国をナインズの始原の魔法の実験場にしたかったし、ナインズ本人がキレてくれることを期待しているというのに、それ見守らなければいけない親達──それから守護者達──はとても冷静ではいられなかった。
どうも死体はウジが湧かないように堀に捨てられる決まりがあるらしく、ツアーが殺した者達の死体はすぐに堀からナザリックへ回収されて行った。もちろん、このドーラーもそうするつもりだ。
ちなみに四眼種そのものは本大陸でいくらでも見つかっていて、カルマ値は負によっている感じはするがここまで歪んだ思想を持った者達というわけでもないので、種の保存という意味ではこの場所はいらない。
アインズは心中で罵声を飛ばしつつも、頭の片隅にある冷静な部分が自らの失態に舌打ちしていた。
ナインズがこうしようと決めたことに手を出してしまった。
「九太はよくできすぎてますよ……」
「ねぇ。怒ってもキレるまで行かなくて全然実験にならないですね。あそこまでされて……。もーナイ君可哀想でおしまいにしたいです」
「……そうですね。報告に帰ってきたら、始原の魔法で滅ぼしてねってお願いしましょうか……」
「そうしましょ。えーん。ナイく〜ん」
宝物を思い、フラミーが<
二人で<
ミシッ!!と音を立て、床一面に地割れのようなヒビが入った。
「な、なんです!?」
「こ、これは──この波動は──」
ゴッと地割れから光が天へ向かって伸びる。
アインズとフラミーは慌てて外に出た。
四眼種達が目を丸くして地面から噴き上がった光を見ていた。
そして、引きずっていたドーラーや当たり前の日常の中にいたはずの四眼種達の胸の中から白い球──魂──がボッと浮き上がった。
「始原の魔法の生贄!?誰が──」
「ナイ君しかいません!!でも、どうして!?」
二人の身を
ツアーに始原の魔法から身を守るにはこれしかないと言われていた。絶対に誰もついて来ないように厳命していたが、思わず周りにナザリックの者がいないか見渡した。
『──<鎮魂の誓願>』
アインズの耳にはナインズの涙に濡れたような声が聞こえた。
「九太……?」
次の瞬間、世界は猛烈な白い熱に溶かされた。
パパぶちぎれなのよ。
と思ったらナイ君もどっかでキレてる……!!
次回、なんと書ききれてないです!!(ここでお預けはつらい
8割かけてるので案外明後日行くかも!