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目の前に出なかったのはもしルシオの家の前にナインズが戻ることを期待した大人達が張っていたりしたら嫌だったからだ。
ナインズは向かいにある荒屋からちらりとルシオの家を確認した。
「──誰もいないみたいです。大人は仕事の時間だもんね」
「良かったね」
ツアーはどうどうと隠れもせずに立っていた。
「……ツアーさん、誰かいたらまた縄につけとか言われてたよ」
苦笑し、ナインズはこそこそするのをやめて立ち上がった。
膝をはたいてルシオの家の扉に手をかけ──中から聞こえたジェーリの絶叫に肩が跳ねた。
「な、なんだ!?──ルシオ!?ジェーリ!?」
慌てて扉を開けて中を見ると──取り押さえられ、秘部を晒して顔面蒼白になっているジェーリと、血と羊水が散らばる部屋。
ジェーリが女達に取り押さえられる中手を伸ばす先には──顔を潰されて死んだ小さな赤ん坊。ギリギリ自発呼吸ができるようなサイズだ。
ルシオは血に塗れた石を手に握っていた。
「なっ──あ、あんた達なんてことを!!ルシオ!ルシオ!!何が──」
「っいやああぁぁぁああ!!」
八つやそこらにしか見えない少女は母の顔をして泣き叫び、絶命した赤ん坊に両手を伸ばした。
あれはどう考えても今ジェーリが産んだ子に違いなかった。
「ルシオ!何があったの!!どうしたっていうんだ!!」
赤ん坊を持っていたルシオはハッと振り返ると、血の気を失った顔で「も、戻ってきてくれたんだね……」と笑った。
「当然だ!約束しただろ!?それより何があった!!この子は──一体どうして!」
「へ……へへ……四眼種だったんだよ……。ナインズお兄さん……」
「どう言うことだ!?」
「四眼種の赤ん坊を四眼種に見られたら……僕達鞭に打たれて殺される……。四眼種の死体を見られたら最後は一帯の二眼種皆殺されるんだ……。へへ……へへ……。神様なんか……この世にはいないね……」
ジェーリは何とか取り押さえていた女達から逃れると、顔のなくなった小さな赤ん坊をルシオから奪い取り抱いて泣いて泣いて泣いた。
狂ったように叫んだ。
「いやぁぁあああ!!私の赤ちゃん!!私の!!一緒に神様のところに行くのに!!行けたのに!!」
この反応が、全てを物語っていた。彼らの生きてきた世界の過酷さと、虐げられてきた人生全てを。
(──耐えられない)
ナインズは足元が抜けるような気持ちになった。
この悪夢のような場所で怒りと悲しみで胸が満ちていく。
ジェーリとルシオから死にたい死にたいと内なる声が届くとぞわりと体の中の力が蠢く。胸を押さえて苦しみに声を上げた。
「──っく……い、今助けるから。それで、僕と行こう。ジェーリ、今その子を──」
「いやっっ!!」
ナインズがふらつきながら杖を手にするが、ジェーリは赤ん坊の遺骸を抱いて家を飛び出した。
「ジェーリ……!」
「ジェーリ!!まだ体が──」
ルシオも扉を出ていくのをナインズは冷や汗をぽたりと落として追った。
ジェーリは堀へ向かって走り──ヒュッと身を投げた。
「ッ待て!!<
ナインズが叫び魔法を飛ばす。
それが掛かるか掛からないかと言うタイミングで彼女の姿は堀の下へ消えた。
「そ、そんな!ジェーリ!!」
ナインズが転びそうになりながら堀に走り下を覗き込んだ。
堀の大きさに似つかわしくない、蛇のように細い水が流れる中、潰された赤ん坊を大切に抱えたままジェーリは絶命していた。
追いついたルシオは「あ……じ、じぇ……え……?」と呟くと、ナインズはハッとルシオの事を抱きしめた。
「み、見るな!!ルシオ!!」
復活させてやりたいが──拒否されれば灰になる。死を望んで飛び込んだ彼女がナインズの手招きに応じる確率はゼロに近い。
ナインズはどうしたら、どうしたら、とルシオを抱いたまま必死に考えた。
そして、流れ込んでくる物の苦しさに眩暈を覚えた。
──死死死死死死死死死死死死死死死死。
「っうぅ……!ル、ルシオ……!」
「あ、あはは。ジェーリはさ、せっかちなんだよね。ナインズお兄さん、離してくれる?」
ルシオはそうっとナインズから離れると、もう一度堀を覗き込んで「はは、はははは」と狂ったように笑った。
「はははは!やっぱり、神様っていないね!!パン、ありがとう!!最期に美味しいものを食べられて良かった!!」
そう言うと堀に頭から落ちていった。
手を伸ばすと、彼の祈りの糸が指に絡まった。
──せめて皆が苦しみもなく楽に死ねますように。
よく見れば堀の底にはいくつもの人骨があり、死んだ赤ん坊を大切に抱える少女と、それを守るように折り重なり絶命する少年の姿がはっきりと見えた。
ナインズは力を失ったように膝をつくと、瞳からぽつりと涙を一つ落とした。
涙はまっすぐ落ちていき、二人の上を弾けた。
次の瞬間──ナインズが背を向ける壁に向かって大地中に蜘蛛の巣状の亀裂が走って行った。
「……………………死だ」
つぶやきはありの声のように小さかった。
互いを大切に思い合っていた兄妹は苦しみからやっと解き放たれたのか、どことなく表情はやわらかいような気がした。
大地に走る亀裂の中から光が迸り、ナインズの目からぽつぽつと涙が落ちていく。
「はじまる」
ツアーは魂を吸い上げる真にして偽りの竜王の力を見下ろした。
張り巡らされる蜘蛛の巣は生贄の魂を決して逃がさない呪い。
大地の亀裂から線のように光が立ち上る。
何事かと家を飛び出した産婆と親の帰りを待つ子供達の胸の中から魂が取り出される。
魂は胸の中と糸で繋がっていて、皆それを綺麗だと見上げた。
絶望するように座り込んでいたナインズは、ただ幸せになりたいと願った兄妹の永遠の眠りを両手で掬い上げるようにした。
「──<鎮魂の誓願>」
世界から音が消えた。
時間を戻せたらいいのに。
ああ、とても気分が悪い。
永遠に去って行ってしまった。
壁が破壊され、壁の中の街が蒸発していく。
全てが真っ白な無に消えていく。
白い波動は膨らみ、壁の中のほとんどの部分を飲みんだかと思うと、ミ──という音を立て、爆音を炸裂させた。
ナインズの目からはたくさんの涙が落ちていた。
「……君たちの望む……苦痛のない死を……」
座っていることも難しく感じるような爆風の中、ナインズは爆発に背を向けたまま堀の底を思い胸の前で手を組んだ。
神官、冒険者の死骸と、スカマ、リリネット含む生き残っていた冒険者達を乗せた飛空艇は風に煽られ猛烈に揺れていた。
生き残りの者たちの手には砕けた魔力蓄積石が握られていた。
「掴まってぇ!!」
「船が壊れるぅー!!」
想像を絶する力を前に皆必死に船に追い縋った。
甲板に出ていた全てが吹き飛ばされて行く。
頭を低くし、力が通り過ぎていくことをひたすらに待つ。
そうして風が止むと、冒険者達はゆっくりと一人、また一人と顔を上げた。
「お、終わったの……?」
「そうみたい……」
スカマとリリネットは目を見合わせると、ゆっくりと立ち上がり、浮かんだまま耐えきった船から外を覗き込んだ。
下の景色はまるで
力の炸裂した場所と、力に触れなかった場所で見事に線が引かれたように色を変える。
力が加わった場所のほとんどの建物は壊れていて、擁壁は半分失われていた。
生き残ったもの達は突然発生した地獄の光景を受け入れられないように呆然と眺めたが──誰かが我に帰ると皆一斉に我に帰った。
二眼種と四眼種が手を取り合って瓦礫を退け下から生きた者が出てこないかの捜索にあたっているようだった。
だが、そこから生きた者が見つかることはなかった。
明日からどうやって生きていけば良いと立ちすくむ。
「殿下がやったのよね……?」
「他にいないっしょ……」
彼は殿下と呼ばれるべき存在なのだろうか。
神々と同じように陛下の敬称を用いることの方が正しいのでは──。
そんなことを思っていると、冒険者達の前に楕円の闇が開いた。
今度は何が起こるんだと身を固くしていると、そこからはまさしく人々が陛下の敬称をもって呼びかける人が現れた。
神殿に置いてある彫刻すら凌駕する美にスカマは腰を抜かした。
紫色の肌、金色の瞳。
フラミーはゆっくりと船の上を見渡した。
「──冒険者の死体はどこですか」
膝を即座に折っていた神殿勤めの船で詰めていた神官達が慌てて駆け出した。
「こ、光神陛下……!!こちらです!!」
「蘇生します」
他の弱っている冒険者達には目もくれずに神官に案内されて行ってしまった。
残った冒険者達は「どうする?」と視線で会話をした後、誰も何も言わなかったが神官達が光の神と共に降りて行った階段に駆けた。
最後に、仲間を失わなかったスカマとリリネットが続いた。
腐乱臭が漂っていたはずの廊下はすでに匂いが薄まり始めていて、船底の一番広い荷置きの部屋では一度に十人もの冒険者が復活させられた。
リリネットは胸の間に揺れていた光神の印を握るとつぶやいた。
「……神話だ……」
ツアーは生贄にされた魂と、魔法の規模を眺めていた。
壁から向こうは破壊され、壁と堀の間には安らかな顔をして魂を抜かれた人々が倒れていた。
(……やはり全ての竜王から取り上げた力なだけはある。フラミーとの間で薄まっているはずだというのに、この魂の数でよくもここまで……)
だが、真にして偽りの竜王は未だ大地に膝をつき、胸の前で手を組んでいた。
「ナインズ、もう良いんじゃないかい」
肩に鎧の手が触れると、それは弾かれた。
「……触らないで。僕には慰められる資格もない……」
ツアーは竜の身でため息を吐くと、もう一度肩に触れた。
「帰ろう。全ては済んだよ」
「……済んでないよ……。僕が戦争したくないとかあれこれ考えてちんたらしてたせいで、彼等は皆死ななきゃならなくなったんだ……。僕がここで甘ったれた自分を変えなきゃ同じことが何度でも起こる……」
「君はそのままで良い。ギリギリまでよく頑張ったよ」
感情がこもっているのかこもっていないのか分からない声だった。
「……私は二度と躊躇わない。我慢をしているのは自分だと思っていたが、本当に我慢をしていたのはその場所に生きている人々だった。次は戦争になってでも──たくさんの人々が立ちはだかっても──また傷付いたとしても──」
船にいる神官達によって勝手な聖書が編まれはじめる中、ナインズは「疲れた」とこぼし、その場で崩れて眠った。
「──連れ帰ってやった方がいいんじゃないかな」
ツアーが虚空に向かって言うと、何もなかったはずの景色にはアインズが染み出した。
「実験のためとは言え可哀想なことをした」
「実験の側面は大成功だったと思うよ。ナインズが自分でやると決めてこの場所を消した。今後の被害想定を見積り易くなった。ただ──征服はアルメリアの方が向いているね」
「花ちゃんは花ちゃんで問題がある。しばらく外に出していないが……果たしてどうだか。それに、あの子にはそう言うことはさせないつもりでいる」
アインズは堀の底を覗くと折り重なる兄妹の死体を見下ろした。
「──シャルティア、回収だ」
すぐそばに<
「シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」
恭しく膝をつき頭を垂れる。アインズは鏡でずっと様子を見ていた守護者に顎をしゃくった。
「堀の底の二人──いや、三人を回収しろ。それから、その辺に転がっている子供も適当に集めろ。ユリとソリュシャンも呼び出し、
「かしこまりんした」
アインズが眠る息子を抱き上げると、ツアーは「どうするつもりだい」と背に声をかけた。
「フラミーさんでは──いや、ユグドラシルの力では彼等は灰になる」
「では眠らせておけ、アインズ。彼等は解き放たれた」
「知ったことか。同じ力で引きずり戻してやる」
「……そっちの堀の底の子供達はまだ良いが、生贄になった者達まで戻せるかはわからない。誰もそんな馬鹿げたことはしたことがない」
「あの
「他の竜王であってもそうだ。命を操作する力はただでさえ強大だ。大した人数でなくとも、生贄の呼び戻しにはきっと数日の眠りを要する。魂の魔法だ。子供におもちゃを買い与えるのとは訳が違うぞ、アインズ」
「私にとっては同じことだ。私はこの子のおしめを変えて、眠る頬に口付け、大好きだと頬擦りされて、手を繋いで駆け回って育ててきた。そして、欲しいとぐずる時にはお母さんに秘密だよと言って与える。それが父親だ」
「手に入らないものもあると教えろ」
「もう手に入らないとこの子は十分に絶望した。これを与えられたからと言ってもっと欲しがるようなバカじゃない」
アインズは<
シャルティアは「中身や行き先には興味ありんせん。数だけ言えば──」と何かとんでもない事を言い、ふと顔をこちらへ向けた。
「──アインズ様」
「どうした」
「ナインズ様は、成られたかもしれんせん」
一体何に。アインズはシャルティアの目を覗き込んだ。
「ついに──七十レベルでありんす」
ルシオは目を覚ました。
柔らかい布団と、誰かの笑い声、温かい光の差し込む部屋。
あぁ、やっぱりもっと早く死ぬべきだったんだ。天国はとても具合が良さそうだ。
起き上がり部屋を見渡す。
ルシオの寝ていたベッドの他にいくつもベッドが並んでいる。
それがいくつか分からなくて、ルシオは指を開いて部屋を見渡した。
五本指と同じ数が向かい合わせにある。
それが十という数字だとは分からなかったが、なんとなくこの部屋の規模は理解した。
全てのベッドの隣に小さなタンスと椅子が置かれていて、ルシオの寝ていたところの隣には見たこともないような綺麗な花が花瓶に活けられていた。
まるで管理者のための部屋のようだった。
生まれて一度も着たことがなかった真っ白なワンピースのパジャマと真っ白なシーツ。
ルシオはベッドからぺたりと足を下ろし、天国の外はどんな景色なんだろうと窓にかかるカーテンを避けた。
「──大きな木だ」
見たこともない大きな木からは水が滝のように流れ出していた。
外を走り回る子供達は皆白い揃いの服を着ていて、なぜか走り回るだけで楽しそうにしていた。
天国は走ってもお腹が空かないのだろうか。
そんなことを思っていると、扉の開く音がして飛び退くように振り返った。
「目が覚めたんですね」
金色の髪を靡かせる女性が微笑んだ。
天使のような人──いや、天使だった。艶やかな髪には光を反射したリングが浮かび、こんな優しげな青い瞳は見たことがない。一切の見返りを期待しないような雰囲気が放つ神聖性に、崇拝にも近い思いを抱いてしまう。
そこでルシオはハッとした。自分ばかりが天国に来て、ジェーリはどこへ行ったのだろう。
「さぁ、これを。あなたの分ですよ」
女性はルシオの目の前までくるとふわふわのタオルと、外を走る子供達と同じ白い服を差し出した。
「これ……こんな良いものが……僕の分……?」
「えぇ。ここにいる子供達は皆そのお仕着せを着て貰っていますからね」
「……すごい……。ありがとうございます……。でも……あの……ジェーリは……?」
「ジェーリちゃん──あなたの妹さんですね。ジェーリちゃんはもう少し早く目覚めて身支度も済ませて赤ちゃんにおっぱいをあげていますよ。ルシオ」
「あ!そ、そうか!赤ちゃんも来られたんだ!!」
「えぇ。神々に感謝してください。それじゃあ、御方がお見えになる前に湯浴みをしなくてはいけません。こちらにいらして」
御方とは神様でも来るのだろうか。
真っ白な手がルシオを手招く。ここの管理者の天使にこれ以上何かを聞くことも憚られ、ルシオは素直に従った。
服を置く場所や着るもの、体を拭くもの、風呂場の使い方を説明されて浴場に放り込まれる。
湯なんて生まれて一度も浴びたことがない。
ルシオは言われた通りに体を洗い、天国ってすごいと喜びに泣いた。自分から嗅いだこともないような良い匂いがすると踊り回りたくなる。
信じられない程広い浴槽で温かい湯に身を沈め、ジェーリもきっとこれに入ったんだとうっとりした。
そして、赤ちゃんの顔はどうなっているんだろうと不安になった。
(後で会わせてもらおう……)
赤ちゃんも、天国でなら三人でいられるはず。
『──どうでしょう?』
ふと外から声をかけられ、ルシオは長く入りすぎたと大慌てで風呂を上がった。
藤で編まれたパーテーションの向こうに天使の頭が少し見えていた。
「ご、ごめんなさい!!ごめんなさい!!遅くてごめんなさい!!」
大慌てでタオルで体を拭き、平謝りしながら出されている服を着てパーテーションの向こうへ滑り込み足元へひれ伏した。
そして、見上げた先の天使からは様々なものが伝わってきた。
その瞳は嫌悪であり、驚愕であり、愉悦であり、感動であり、そして──人間的だった。
「ふ…………ふふふ。うふふふ」
どこさ残忍さを感じるような笑い声を聞きながら、顔を床に擦り付けた。
「ごめんなさい!!お待たせしました!!」
「──面白い。私は気持ちよく入れているのか聞いただけですよ。あなたは──まるで子犬だわ」
見上げた天使は残忍さなど微塵も感じない黄金のような輝きを放って笑っていた。
ルシオは気のせいだったのだとバクバクと鳴り響く心臓を押さえ、下手くそな笑みを作った。
「ふふ、かわいい。さぁ、いらっしゃい」
後を慌てて追い、先ほどルシオが出た部屋の隣に入る。
「こちらは女の子のお部屋です。──ジェーリちゃん、お兄さんも起きましたよ」
窓辺の小さな椅子で赤ん坊を抱くジェーリも天使のようだった。ルシオと同じ服を着ていて、あんなに身綺麗にしているジェーリは初めて見た。
「ルシオお兄ちゃん」
「ジェーリ!」
駆け寄り、ジェーリに抱かれる赤ん坊を覗き込んだ。
四つの目を全て伏せ、小さな小さな赤ん坊は寝息を立てていた。
ルシオは自分が叩き潰し、熟れたトマトのように散乱させた脳みそと顔面がこれほど綺麗なものだったのかと泣いた。
「ジェーリ、ごめんね……ジェーリ……」
「ううん。もう良いよ。それより見てぇ。名前何にしよう!赤ちゃん、こっちの目はお兄ちゃんと一緒なんだよ」
ジェーリは眠る新生児の上の二つの目を軽く引っ張り瞳を見せてくれた。ちらりと見えた目はルシオとジェーリのグレーがかった青い瞳と同じだった。
「わぁ……」
赤ん坊は嫌だ嫌だと足をじたばたさせた。まだ自分の手で顔に触れることもできないほどの、生まれたてほやほやだった。
「こっちは、強い目」
その下の瞼を引っ張る。赤い魔眼はルシオを少しだけゾッとさせた。
「……ここなら育てても……大丈夫なんだよね……?」
赤ん坊がじたばたするのを見ながらいうと、「──大丈夫だよ」と聞き知った声がした。
ハッと扉に振り返ると、旅人がいた。
「ナ、ナインズお兄さん?」
「ルシオ、悪かったね。僕が何もかも遅かったんだよ」
ナインズは部屋に入ると手近なベッドに腰を下ろして二人に頭を下げた。
「本当にごめんね。痛かったろうに……」
「え?え?ナインズお兄さんも死んじゃったの?」
「ん?ううん、僕は生きているよ?──君も、ジェーリも、赤ちゃんも皆ね」
ルシオはナインズを見た後、ジェーリを見て、窓の外を見て、最後に天使を見た。
「……天国じゃないの……?」
「近いかもしれないね。ここは僕の国だよ。君たちが暮らしていくところ」
「……ナインズお兄さんの……じゃあ……ここは……」
「そう、神の国。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国。やっと約束を果たせたね」
ナインズは微笑むとそばに立つ天使を見た。
「二人の元気そうな顔が見られてよかった。──クラリス、じゃあ、僕はまたナザリックに戻るよ」
「もう行ってしまわれるんですか?」
「うん。父王陛下が魂の眠りについている。生の神の母王陛下と違って死の神である父王陛下に復活の荷は重すぎた……。僕は大した戦力にもならないけれど、ナザリックはお目覚めになるまで厳戒態勢だからね」
「仕方ありませんね。では、またぜひおいでください」
「そうするよ。クラリス、彼らを受け入れてくれてありがとう。ラナーさんにもよろしく伝えておいてね」
「かしこまりました。ですが、そのためのエ・ランテル、ティエール孤児院ですと御身にはお伝えさせてくださいませ」
「ふふ、ありがとう」
「いえ」クラリスは頬を染めるとすぐにそれを払い「お見送りいたします」と深々と頭を下げた。
ルシオはナインズ達の話の意味がひとつも分からず、呆然としていた。
「──お二人とも、お助けくださったナインズ殿下がお帰りになりますよ。至上の敬意を表してお見送りしなくちゃいけません」
「殿下……」
「良いよ。僕は君達を救いきれなかったんだから」
ナインズが悲しいような悔しいような顔をしてから部屋を後にしようとし、ルシオは慌ててナインズに駆け寄った。
「な、ナインズお兄さん!約束、ありがとう!!何がどうなってるのか分からないけど、とにかく!ありがとう!!」
輝くような瞳でルシオが言うと、ナインズはルシオを抱きしめて頭を撫でてくれた。
「ルシオ……きっとジェーリと幸せにおなり。時には辛いこともあるだろうけれど、君たちなら大丈夫。兄妹とは尊いものだよ」
「はい!……ナインズお兄さん、次はいつ会えますか?」
「……そうだね。今度は──うーん。春休みが明けてからになるな……。レオネとバレアレ君のところに行く約束もしているから……その時がいいか。父王陛下がお目覚めになっていれば、という但し書きも付くけれど……」
ナインズはルシオもジェーリも数字が分からないと分かっているので、近くにかけてあったカレンダーの数字を一つ指さした。
「この日に来れたらくるよ。今日はここ。お日様が上るたびに次の日が来る。君たちの新しい日が始まる」
「……新しい日」
「そうだよ。たくさん食べて、次に会う時にはもう少し体に肉を付けてね」
ナインズが痩せた頬をつまむと、ルシオはくすぐったそうに首をすくめた。
「えへへ。いっぱい食べてたくさん働きます!!」
「そうだね。君たちの仕事は学ぶことだ。数字も字も、とにかく覚えなきゃいけないことがたくさんある。めげないでね」
ルシオにはよく意味が分からなかったが、とりあえず頷いた。
「──じゃあ、またね」
「はい!」
ナインズが背を向けマントが靡くと、クラリスはその後を追って出ていった。
「……ナインズお兄さんって、殿下ってことは王子様だったのかな」
「おうじ様ってなぁに?」
「王様とお妃様みたい偉い人のはずだから……ドーラー様くらい偉い人……かなぁ?」
「どうしてドーラー様みたいに偉いのにお話しして良いの?」
「……わかんない。でも、また会いに来てくれるって」
ルシオはこんな清々しい気持ちになったのは生まれて初めてかもしれない。
新しい服、新しい日、新しい生活。
畏れ敬う気持ちにそっと手を胸の前に組む。
『──僕達をどうかいつまでもお導きください』
その祈りはナインズの耳に触れ、ナインズは胸を押さえた。
「お疲れのようですね。あの兄妹にお会いになったからですか?」
「ん……少しあるかな。でも、前は向けそうだ。私はもっと強くならなければいけないね」
「ナインズ様、あまりご無理なさらないように。あの二人のことでしたら、私におまかせください」
「ありがとう。クラリスになら安心して任せられる。彼らは難民から今後国民になっていく。大切な国民に」
クラリスは静かに頷いた。
「──じゃあ、本当に行くよ。<
ナインズの前に神々と守護神だけが使う転移の極意が開く。
クラリスはナインズの手を取り、遮断の指輪に口付けた。
「神王陛下の一日も早いお目覚めを」
「……助かる。私も祈ろう」
ナインズもクラリスの手を取り額に触れさせると、ひらりと背を向け今度こそ闇へ消えた。
「…………御方は先ほどレオネと約束と仰った……?」
クラリスはその名を知っている。
身の程を弁えない生き物の名前を聞いた。
次に来た時にでも様子を見たいと思いつつ、クラリスは面白い犬を手に入れたことを思い出し部屋に戻った。
子犬はクラリス見上げた。
(ナインズ様と結ばれて……この犬を鎖で繋いで飼えたら面白いのに)
そんな邪悪な目で見られているとも知らず、今回のことを聞かされたルシオとジェーリは敬虔な信徒となる。
その後、ルシオは十五、ジェーリは十二と仮定され孤児院で養育されていく。
十八になると孤児院を出ることになり、ルシオは二十一になるクラリスの護衛兼側仕えになる。
孤児院を出る前から勉強をしながら、アングラウス道場へ通っていたのである程度の力は付けていたが、体も小さい彼は騎士というよりも隠密として静かにそばにいるようなことが多かった。
人に叩かれないため見つからないように生きてきた彼のたった一つの才能だったかもしれない。それがどれほどクラリスの役に立ったかは甚だ疑問が残るが。
だが、ルシオはルシオなりにクラリスを自らの「管理者」だと定義してよく仕えたらしい。
二人の小さな兄妹は幾つになってもナインズへの感謝を忘れることはなく、ジェーリの産んだ赤ん坊も同じようにナインズへ崇敬の念を持ち続けた。
名はリューリ。彼女はナインズに恋をするが、全く相手にされないと言うのは言うまでもなく、それはまだまだ未来の──語られることもない話だ。
ナザリック第九階層。アインズの寝室。
ナインズは静かに扉を開けた。
護衛のパンドラズ・アクターが至高の四十一人と呼ばれる内の誰かの姿を象り、静かに控えている。
ベッドの上には骸の動かない父と、父に折り重なるようにしている母がいた。
「ナイ君、おかえりなさい。会えた?」
「会えました。ありがとうございました。それより……父様のこと、本当にすみませんでした」
「ううん。お父さんがするって決めたことだから。──ねぇ、悟さん。九太は頑張ったから……でしょ?」
フラミーは骨に顔を擦り付けると微笑んだ。
「母様は本当に父様がお好きなんですね……」
「ふふ、大好き。──ナイ君はレオネちゃんに会いに行かなくて平気?」
「……平気です」
「ふーん?そう。じゃあ、お父さんがおっきしてくる前に始める?」
ふわりと浮かび上がったフラミーはナインズに手を伸ばした。
「──超位魔法をね。まずは<
「殺傷能力の高いものからじゃダメでしょうか……?」
「まだ良いものは覚えられないよ」
ナインズの手を取り、二人は第六階層に飛んだ。
広大で美しいこの場所で、フラミーは一度ナインズを抱きしめた。もうとっくにナインズの方が背は高い。
「焦らないでね」
「はい……」
「何より焦ったってお母さんも教え方わかんないしね!」
「はは、全知全能じゃないんですか?」
「それはお父さんだもーん」
フラミーはおかしそうに笑うと闇の中からタツノオトシゴの杖をずるりと抜いた。
「とりあえず、見て覚えるしかないからね〜」
「はぁい」
フラミーの周りに青白い魔法陣が出る。
「これは出せる?」
そんな無茶なと思いながらナインズは苦笑し──流れていく魔法陣をしばらく眺めるとハッとした。
「僕、ノートとってきます」
ナインズはギルドの指輪を起動して姿を消すと、すぐにまた姿を現した。
真新しいノートを開き、ナインズは流れ、回っていく魔法陣に書かれている言葉をせっせとメモした。他にも図形も描きとっていく。
目まぐるしく変わる文字と図形を前に、時間の制限を超えて魔法陣が強く輝き、いつでも超位魔法が放てるという段階に至っても書き取りは続いた。
いつしかフラミーの周りにはアウラとマーレが呼び出した
ナインズは地面に座り込み必死にノートをとっていく。
いよいよ夕闇が迫るとフラミーが移動したことで魔法陣は砕けた。
「ナイ君、もう今日はおしまいにしよ?」
「……わかりました。ありがとうございました。母様は先に戻っててください」
フラミーが気にしつつもいなくなると、ナインズはキリがいいところまでペンを走らせ、湖畔のヴィラに移った。
靴を脱いで中に上がり、ちゃぶ台にノートを広げ直してここまで書いたメモを読解していく。
めまいを覚えそうな情報量にナインズはノートと睨み合った。
「………………」
父が起きる前に少しでも何か成果を上げ、目覚めた時に捧げなくては。
そう思うがこんな難解なものを父母のように瞬時に出せるはずもない。
疲れた。
無性に疲れて仕方がない。
父が起きて、春休みが終わって、超位魔法が使えるようになったらレオネの所に。
情けなくも慰めてもらいたかった。
ナインズは少し休もうと決め、机に突っ伏すと目を閉じた。
少しのつもりが、ふと目が覚めたときには、もう日の出が近付いてきていた。
肩にはブランケットがかけられて、母の作ってくれたであろうサンドイッチとかぼちゃと豆のミルク煮が机に置かれていた。
(……心配されてる……)
サンドイッチを食べ、ミルク煮を食べる。
赤ん坊の頃好きだったからと何かと母が出してくれるこのミルクスープ。
『ナイくん、甘くておいしいよぉ』
母の声がするようで、ぬくもりの塊だった。
また少し魔法陣の読解を進め、ナインズはペンを握ったままいつの間にか眠った。
大神殿。一般開放書庫。
レオネは若い神官に「これも良いですよ」と本を渡されていた。レオネより五つ年上程度の下っぱ神官だ。
「ありがとうございます。ビスト様は書庫の事なら何でもご存知ですのね」
「私もずっと書庫に入り浸ってたから。ローランさんも大神殿に入られ書庫に配属されたらいいのになぁ。まぁ、書庫なんて、あなたほどの方を配属させるにはもったいないけど」
「そんなことはありませんわ。そもそも大神殿すらわたくしにはもったいないですもの」
「謙遜されて。第二位階、天使召喚ももうされる程です。さすがローラン境の神官長補佐の御息女」
「そんな」
レオネが恐縮していると、ふと肩を叩かれた。
「──そっちのは誰です?」
黒髪黒目の眼鏡をかけた女の子。
レオネはこの子こそ誰だろうと首を傾げた。何だか妙に顔の認識がしにくい子だった。
「書庫の神官様ですが……どうかなさって……?」
「そうですか。お前、レオネですよね」
「え?えぇ。そうですわ。わたくしに何か?」
「お兄ちゃまが大変です。お前の名前を呼びながらずっと参ってます」
「おに──え?あなたは──」
「着いて来い」
とっとと背を向けられてしまい、レオネは慌てて本を本棚に戻した。
「ビ、ビスト様。わたくし本日はこれで失礼いたします!」
「え?」
今出してもらったばかりの本を返して立ち去る気まずさを残してレオネは振り返りもしない背を追った。
大神殿の中を当たり前のように進み、神官のみが出入りできる方へ入って行ってしまう。
(──や、やっぱり……!あの方……!)
関係者以外立ち入り禁止の看板と、下げられた鎖を前にレオネはどうしようと悩むが、待ってくれる気配を微塵も感じず、仕方なくレオネはそれを潜った。
「──そちらは入ってはいけませんよ!!」
怒られた。
父が働いていると言ったって、ここにいる全ての神官がレオネを知っているはずもないし、レオネが以前儀式のプールでナインズと過ごしていたことを知る者も少ない。大体一緒に過ごしたことがあるからと言っても大神殿に所属しているわけでもない。
レオネはしゃがんで鎖をくぐった体勢のまま顔を真っ赤にして振り返った。
「ご、ごめんなさい……。わたくし……あの……」
怒っている様子の神官が近付いてくる。
レオネはどんどん廊下を行ってしまう背にもう一度振り返り、彼女が廊下を曲がってしまったのを見ると駆け出した。
「あ──こら!!」
「訳は後でお話しいたします!!」
彼女は"お兄ちゃまが大変"と言っていた。レオネが思い当たっている人なら、全てに優先されるべき人がこの先で大変な目にあっている。
神官には後で謝るとして、今はとにかく急いで彼女の背を追わなくては。
後ろから神官の「待ちなさい!!」という静止を振り切り、廊下を曲がった。
その瞬間、足元から伝わってくる感触が突然ふかりと柔らかくなった。
「──え!?」
ハッと気がつくと辺りには透き通るような空と青々と茂る豊かな森、それから湖と、湖の上にぽつりと建つ建物。
大神殿にいたはずなのに。
レオネが振り返った所には黒々とした円が開いていて──消えた。
「え!?え!?ど、どう、どうしたら!?ここは!?姫殿下!?姫殿下!!」
完全に迷ったうえに見失った。
これは──世に聞く神隠し。
レオネはサッと背筋が寒くなった。
誰もいない。
ただただ綺麗な景色の中で、時折遠くにある闘技場のような場所からズン……ズン……と衝撃が伝わってくる。
「……姫殿下ぁ。……うぅ……。姫殿下ぁー!どちらですのー!!」
声が反響して返って来る。
レオネが泣きそうになっていると──
「レオネ……?」
聞き知った声に振り返った。
「キ、キュータさん……?」
湖の上に建つ建物の戸が開け放たれ、ナインズは戸惑いの瞳でレオネを見ていた。
絵の中から出てきたかのような美しい本来の姿をしていて、身に付けているものも全て魔法の装備だ。
ただ、妙に疲れたような、物憂げな雰囲気だった。それに、顔にはいくつも傷がある。
「本物か……?いや……
湖の上の建物に続く桟橋を渡り切り、レオネの顔の横から何かを掬った。
「──レオネ、どうして君がここに」
「わ、分かりませんの。ここは一体──」
「いや、いい。なんでもいい」
ナインズはレオネを抱きしめると、膝から力が抜けていき、深い息を吐いた。
くっついたまま地面に座り込み時間が流れていく。
レオネはただ背をさすった。
きっと今、彼は泣いていると思ったから。
時間の感覚も失って来た頃、ナインズはいつもの優しい顔でレオネを見下ろした。
「……いきなりごめんね」
「いえ、大丈夫ですの?」
「まだあんまり大丈夫じゃないかも」
「……来て」
レオネが引っ張るまま膝に頭を預け、レオネが歌い出すとナインズは目を閉じた。
「──君の歌はすごい」
「期末、聖歌一番良かったんですのよ」
「知ってるよ。そうじゃなきゃおかしいもん」
「ふふ、おかしくはありませんわ」
レオネの指が髪を滑っていくとナインズは嬉しそうに微笑んだ。
「こうしててくれたら何でも上手くいきそう」
寝っ転がったまま一度集中する。
青白く発光する文字が空中に現れ、ナインズが移動せずとも文字は横に流れ始めた。
「こ、これは何を?」
「ごめん、ちょっと集中してる」
レオネが押し黙る。人の膝枕で何を言っているんだかと自分でも思うが、ナインズは本当に集中していた。
母が一秒も掛けずに生み出す魔法陣を一文字一線づつ世界に刻んでいく。
「──ダメだ」
諦めた瞬間、ドーム状になりかけていた中途半端な魔法陣は砕けて消えた。
「ごめんなさい、わたくし邪魔しましたわ」
「いや。レオネのせいじゃないよ。僕側の問題。母様たちはあれを一瞬で出して、世界が魔法の意味を理解するのを待つのか砂時計で魔法陣の周りだけ時を進めるみたいだけど──僕はそうはいかないらしい。やっぱりあの人達って化け物だ。こんな無茶なこと春休み明けるまでにできるようになるかなぁ」
「なるわ。あなたがやると決めたのならきっと。だからちゃんと時には休まれて。こんなに綺麗な所だし、もったいないわ」
「……気に入った?」
「とっても。綺麗だし静かで良いところですわね」
ナインズは嬉しそうに笑うと起き上がってレオネの鼻をツンと押した。
「じゃあ、卒業したらここで僕と暮らそう」
「ふふ、湖があるっていうことは随分街と大神殿が遠いんじゃなくて?」
「一つ下の階層に下って鏡をくぐればすぐだよ」
「……一つ下の階層?」
「うん。第七階層に降りれば僕がいつも使ってる転移の鏡が──」
レオネは太陽の輝きを反射する湖畔で、懐いた猫のように頬ずりするナインズを押し除けるようにするとあたりを見渡した。
「……え?こ、ここ……どこですの……?」
「ナザリックだけど?」
「か、帰ります!綺麗すぎると思いましたの!!」
「ははは。君、本当にどうやってきたの?」
「姫殿下が……お兄ちゃまが大変だから付いて来いっておっしゃったから追いかけてたらいつの間にかここに」
「ははーん。──リアちゃん。合意がないのって誘拐って言うんだよ」
ナインズが当たり前のように隣に話しかける。レオネの目は景色を滑った。
「──レオネは自分の意思で来てます。誘拐ではないです」
人が突然現れたように感じ、レオネは飛び上がった。メガネを外したアルメリアの瞳はナインズの瞳と同じ色に輝いた。
「ひ、姫殿下っ」
「お前は自分の足で<
見たこともない闇の色をした
「そ、それは、多分、そうですわ……」
「本人もこう言っています。でも、お兄ちゃまがこんなに元気になるなら誘拐しても良かったです」
「ははは、ありがとう。助かったよ」
兄妹は恋人のように抱きしめ合い、離れるとアルメリアは立ち上がった。
「帰りはお兄ちゃまが<
「はいはーい」
「え、あ、ありがとうございました」
レオネが勢いに負けて頭を下げる中、アルメリアの姿は掻き消えた。
「やっぱり女の子のことは女の子がよく分かってるんだねぇ」
ナインズがうんうん頷く隣で、レオネは完全に困った顔をしていた。
「あの……帰ろうかと思うんですけど」
「もう少しだけ僕に付き合ってくれない?」
「で、でも──」
「分かった。必要なら君の読みたいような本も出させる。召喚魔法も回復魔法も、なんでもここにはあるよ。この世で最も古い図書館があるからね」
レオネは思わず「それなら」と言いそうになった。
その様子を察したのか、ナインズは当然のように──いつもの天空城の散歩のように──こめかみに触れた。
「<
「え!ま、まだいるって決めてませんわよ!?」
「──レオネのこと少し借りようかと思ってるんですけど」
「お待ちになってったら!」
ナインズが勝手な連絡をとりながら駆け出すとレオネも慌ててそれを走って追いかけた。
ナインズは馬鹿みたいに笑いながらひらりひらりとレオネを避け──
──その様子を見ていた三人組は鏡に顔をぎゅっと寄せた。
一名はこの第六階層を守護する役割を持つので、当然外部の者を監視しなくてはならない。
さらに一名はナザリックを管理する者として、この光景に異常がないか見守らなくてはならない。
最後の一名は──ガールズトークだ。
「ナインズ様はこの人間の小娘の何が良いとおっしゃるのかしら……」
「わかりんせん。アルメリア様がお呼びにならなければ一生ナザリックの地を踏むことなどあり得んせんような生き物でありんす」
「あのさあ。祈りの良さがわからない以上、あたし達には永遠に分からないと思うよ。それに、アインズ様もそうだけど、ナインズ様くらいになったらペットの一人や二人なんて当たり前じゃないの?」
各々の感想を述べたのはアルベド、シャルティア、アウラだった。
アウラの発言にアルベドもシャルティアも余裕のよの字もない顔をして鏡から振り返った。
「ナ、ナインズ様はまだ十七でらっしゃるし、何もお分かりじゃないのよ?」
「ペットが必要ならこの私が手取り足取りお教えしてから選ばれた方がいいに決まっておりんす!」
「どっちも余計なお世話だと思うけどなぁ……」
アウラがため息を吐いていると、鏡の中のナインズはレオネを抱え上げた。
「あ!あ!ヴィラに入って行ってしまわれるわ!!」
「アウラ、早く
「もーうるさいなぁ。そんなに焦らなくてもマーレだって向こうで控えてるし、クァドラシルが付かず離れずそばにいるんだから大丈夫だってば」
「あの生き物にナインズ様をどうこうできるはずはないんだから護衛についてはそんなに心配はしていないわ!それより、御方が、な、な、何をされるのか見なくちゃ!私たちは保護者でもあるんだから!!早く!早く!!」
アルベドの鼻息の荒さにアウラは辟易しながら
「──ほら、お勉強されてる」
鏡の中、顔色の良くなったナインズはノートに超位魔法の魔法陣を解き明かして行っていた。
だが、アルベドは手にしていた紅茶のカップとソーサーがガチャガチャと鳴る程に手元を震わせていた。中の紅茶がこぼれるが、ソーサーより下へはこぼれないところは流石守護者統括と言ってもいいかもしれない。
「ゆ、許されないわこんなこと……!」
ナインズはレオネを抱え、レオネは本当に身の置き場がないような雰囲気で小さくなっていた。
時折鏡の中から『殿下とはお付き合いしてませんのに……』と聞こえてきた。
「八つくらいまで私の上に座してくださってたはずでありんすのに……!訓練の後はいつも玉座の代わりを務めさせていただいておりんしたのに!」
「私なんて抱っこする側だったわよ!!」
「あたしは十才くらいまでお手手繋いでたけどね」
──鏡の中は美しい光景だった。
『じゃあ、私の妻にならないか?』
『なれませんてばぁ……』
二人はいつものやり取りをし、二名の守護者はついにカップを割った。
ナザリックに来たらそりゃ覗かれるのよ(?
でも、御身寝落ちしちゃったね
流石に生贄の復活は数名でも重たいらしい……!
次回は一旦未定です!でも、まだ年末のお休みに入るには早すぎるんで今年中に更新したいでぇす!