眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#43 奇跡のオシャシン

「それで、レイナースさんのお顔の治療でしたっけ?」

 フラミーはレイナースに近寄っていく。

 願いが聞き届けられるのかと皆瞬きを堪えて二人の様子を見続けた。

「っは、っはい!私のこの顔は、昔村を救う為に魔物を滅した時に受けた呪いでございます。帝国はもちろん、法国にも王国にも、これを治せるものは一人としておりませんでした……。どうか、どうか御身の奇跡を我が身にも与えては頂けないでしょうか……」

 レイナースは切実な瞳をフラミーに向けていた。

 この呪いそのものは簡単に解くことができるが、フラミーは難しい顔をした。

「なるほど……」

 そう言って時間を稼ぐ。

 フラミーはアインズが皇帝と支配者同士仲良くしたいと言っていたことを思い出していた。

 まずは部下に恩を売って好感度アップと行きたいところだ。皇帝も治してあげたいと思っているに違いない。

 レイナースの顔は美しく、可憐な唇は桜貝のように透き通ったピンク色をしていた。

 そんな彼女の顔を治してやりたいと思わない男がこの世にいるだろうか。

(…………ありゃ?それなら、皇帝に直接お願いされるまで、治さない方が良いのかな?)

 フラミーもレイナースの顔の状態を多少は可哀想だと思うが、今すぐ治さなければと言う善意からの責任感のようなものは不思議と湧かなかった。

「光神陛下……。いえ、フラミー様……。もし解呪頂けるのなら、このレイナース。貴女様に全てを捧げます」

 フラミーが悩んでいるうちに、レイナースからの駄目押しが来てしまった。

 ならばと、フラミーは言質を取る事にした。

「皇帝も、望んでいるんですよね?」

 そうだと言われれば、皇帝からの遠回しな頼みに応じたと言う事にはならないだろうかと得意でもない策謀を巡らせてみる。

 フラミーの言葉を聞いて、フラミーの心中を察した者は、その場にはアインズしかいなかった。

 例えば、デミウルゴスとアルベドは帝国の力を削ぐ第一歩だと、どこか邪悪さを感じさせる笑みを作った。国に仕える者が勝手にその身を捧げると宣言して他所の国の王の前に跪くなど、常識で考えればあり得ない事だ。神聖魔導国も非常識な引き抜きを行ったと疑われても仕方がない状況だが、皇帝が望んでいると言わせる事ができれば、それも帳消しとなる。

 

 対して帝国側の者達は悩ましげに眉間にシワを寄せた。

 その中でもニンブルは帝国内の状態を察したような女神の発言にわずかな驚きを見せている。

 神々に隠し事などできようはずもないのかもしれない。そう静かに悟った。

 レイナースは解呪されれば皇帝の元を離れるだろうが、それを皇帝は良しとするのか――わからない。しかし、二人の間の契約はそう言うものだ。

 ニンブルが何と答えることが正解なのか、迷宮に潜り込もうとしていると、レイナースの明るい声が響いた。

 

「当然、お望みです!」

 

 勝手な真似を、とニンブルは同僚の女を忌々しげに睨んだ。

 

「じゃあ、やりましょうね」フラミーはそういうと中空から白いタツノオトシゴの絡みついた杖を引きずり出し、レイナースに向けた。

「――<大治癒(ヒール)>」

 見ていた神官や陽光聖典――それからフールーダ――は第六位階の大魔法にわずかに声を上げた。

 しかし、何も変わらないその様子に少し首をかしげる。

 そんな中、レイナースだけはハッとし、ポケットから膿を拭くためのハンカチを取り出すと、ゴシゴシと顔をこすった。

 膿に埋もれていた下――ぐずぐずになっていたはずのその顔は、今拭き取った膿によって少し黄色くなっているが何年も求め続けたレイナースの本来の顔だった。

 レイナースは良く磨かれた大理石の床でそれを確認した。

「あ……あぁ…………。うっ……うぅぅううわあああ!!」

 レイナースは人目も憚らずにフラミーの足元で這いつくばって泣き始めた。

「あらら……大丈夫ですよ」

 フラミーがその肩を優しく抱くと、レイナースはフラミーに縋って泣き続けた。

 神の奇跡に騎士団も聖典も、神官長も、皆が目を潤ませた。

 

 レイナースの嗚咽だけが聞こえる聖堂内に、鳴り響くは場違い音。

 

 チャカっじー――……。

 

 シャルティアがカメラのシャッターを切った音だった。

 

 シャルティアはすぐ様写りを確認すると、師匠フラミーに見せて恥ずかしくない写りに満足した。

 レイナースは落ち着きを取り戻すと、美しく跪き直した。

「……フラミー様。私の全てを御身に」

 ドレスの裾を恭しく手に持ち口付けを送る。そして、陽光聖典の末席位置に移動して行った。

 

「「え………………?」」

 フラミーとアインズは二人でつい疑問を口にしてしまうと、レイナースは支配者達の心配事に思い至った。

「神王陛下、フラミー様。きちんと自分で帝国へ辞任の書状を(したた)めます。今後の神聖魔導国での配属先が決まれば、義理として皇帝にきちんとそれも報告しますのでどうぞご心配なきよう!」

 明るく声を張るレイナースに、ニグンはその姿をちらりとも見ずに告げた。

「当然の配慮だ。今後は両陛下をご不安にさせぬようしっかり働きなさい」

 

 何が起こっているのかわからない支配者達を取り残して、聖堂内は当然だよね、うんうんと言った空気であふれていた。

 

 アインズはぽり……と頬を掻いた。

「あ……そうなの……?んん。いや、そうだな?さて、フールーダ・パラダインよ。私はお前に聞きたいことがある」

 遂に自分の番かとフールーダは鼻息を荒くする。

「は!!何なりと!!」

 こちらも明るく声を張る様子にアインズは少し引いた。

 

「……うむ。帝国には魔法省と言うものがあるな?しかし、我が魔導国にそれはない。我が国も魔法省と魔法学院を作りたいと思うのだ。そこでーー」

「お任せください!!」

(ん?)

 フールーダはやる気に満ち満ちていた。

「このフールーダ・パラダイン、見事神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国に魔法省、いえ魔導省並びに魔導学院を設立して見せます!!」

 アインズとフラミーは顔をパッと明るくして目を見合わせた。

 なんて親切なおじいさんなんだと。

 それに魔導省に魔導学院と言うのは中々良い言い回しじゃないかと二人は感心した。

「そうか!やってくれるか!」

 例えノウハウを聞いても経験者がいなければ中々痒いところに手が届かないだろう。

 アインズもフラミーも最初はなんか煩い変な人だと思ったが、パラダインお爺さんの好感度はうなぎ登りだった。

 

「ふ、フールーダ様!?」

 帝国はこの破茶滅茶爺さんを失えば潰されてしまうとニンブルは慌てた。

 フールーダ・パラダインと言えば、人間種の魔法職なら大陸全土に四人しかいない、英雄の領域を超えた逸脱者の一人。 三系統の魔術を組み合わせた儀式魔法で寿命を延ばし、帝国には六代前の皇帝から仕えている。

 フールーダの存在を仄めかすだけで他国を威圧することも可能な程の、大切な防波堤なのだ。

 それを失うことは想像を絶する、目を覆いたくなるほどの被害だ。

 

「いけません、フールーダ様!どうかお考え直しを!」

 しかしフールーダはニンブルごときに止められるじいちゃんではない。

「ニンブル、わしはちゃんとジルに許可を取る手紙を出すつもりじゃぞ?何の問題があるというんだ」

「な、何って……そんな……そんな……!」

 

 何やら必死でフールーダを説得する様子にアインズとフラミーは目を見合わせた。

「ニンブルさん、フールーダさん。別に私達は無理に来ていただかなくても……」

 フラミーがそう言うと、フールーダはニンブルの頭をバシンと叩き、フラミーとアインズの足元へ寄った。

「ど、どうかそう仰らずに!!このフールーダに魔導省並びに魔導学院の設立をお任せください!そして、お気に召していただいた暁には、どうか魔法の深淵を覗かせて下さいませ!!」

 伏して頼み込んでくる不思議なお爺さんに、やはりアインズとフラミーは顔を見合わせるのだった。

 

「フールーダ様!!そんな!!フールーダ様!!」

 一人で小旅行に行きたいという老人に、心配だから我慢して下さいと家族が頼み込む光景のようだとアインズは思った。

「良かろう、フールーダ・パラダイン。しかし、身内の方々に迷惑と心配をかけるのは良くない。ちゃんと手紙を週に一回はエル=ニクス皇帝に送れるな?」

 

「おぉ!神よ!!感謝いたします!このフールーダ、必ずや陛下のお役に立つ事をお約束いたします。そして皇帝に手紙も送ります!おい、お前達はどうする?」

 フールーダは己の高弟達に声をかけた。

「勿論我らはフールーダ様にお供させて頂きます!」

 いい返事に満足したように頷いたが、フールーダは流石にレイナースのように帝国の列を離れたりはしなかった。

 いや、最早ここに帝国の者はニンブルのみだとすら思っていた。

 

「さて、それではそろそろ時間かな?」

 アインズの声にアルベドと神官長が頷いた。

「この度の謁見、実に有意義で面白かったぞ。帝国は皆良い者達ばかりだな。エル=ニクス殿にも近いうちにお会いしたいものだ」

 はははと笑い帰ろうとすると、何かを思い出したようにフラミーはふと足を止めた。

「あ、アインズさん待って下さい。シャルティア」

 カメラを抱えたシャルティアはとてててと駆け寄り、フラミーのすぐ前に跪いた。

「はいフラミー様!シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に!」

 きっと褒められるとワクワクする瞳が実に愛らしい。

「シャルティア、さっき撮った写真を帰る前にドラクロワ神官長にあげてくれる?」

「畏まりんした!」

 そしてまたタタタと走って行くと、写真を見せた。

「人間の身でありながら、フラミー様とアインズ様の写る尊きお写真を頂けることによく感謝するように。この素晴らしき一枚はおんしらの命よりも――」

「シャル!シャルちゃーん!」

「はい!フラミー様!兎に角、大切にしなんし!」

 そう言って嫌々写真を渡すとフラミーの元へ走って戻った。

 えらいえらーいと頭を撫でられシャルティアは相貌を崩すと、何の手柄もまだ立てられていないが、今ばかりはとりあえず我慢しようと思った。

 

 

+

 

 神々が去った後、聖堂内を一行は案内された。

 ニンブルは顔を青くし、魂が抜けたようにトボトボと後ろをついてきていた。

 

 魔導国の者達は早く帝国も魔導国に降ればいいのに……と思いながら少しだけニンブルを可哀想に思った。

 

 すると、問題児ならぬ問題爺が口を開いた。

「ドラクロワ殿、先程守護神殿が仰っていたオシャシンとは一体何なのですかな?」

 ドラクロワとニグンは先程のシャルティアに負けないくらい目を細め、その締まっていた顔を崩した。

 

「ふふ、仕方ありませんね、神聖魔導国の民となられるパラダイン様にはたった今下賜されたこちらをお見せしましょう」

 そこには感涙にむせぶレイナースがフラミーに抱きとめられ、それを見下ろすアインズが写っていた。

「こ……これは……なんと言う写実性……。彼の方は余程絵の才能がおありなのですな……」

「いえ、パラダイン様。こちらはカメラと言う神の生み出した景色を切り取るマジックアイテムで生み出されるものなのです。絵ではございません」

 あまりよく分からないと言う様子のフールーダにニンマリと魔導国勢は笑うと、闇の聖堂の入り口付近に帝国一行を連れていった。

 

 そこには魔導王が平和について語り、痛み入るランポッサⅢ世、そして差し伸ばされた慈悲深き手に戦士長が感動すると言う素晴らしい写真がかけられていた。

「ほほう、こちらもそのオシャシンですかな?」

「その通りです。このお写真の偉大さと言うのは、この通り、絵と違い複製が容易にできるのです!」

 ドラクロワの声に合わせて――ニグンが入り口前に設置されていたテーブルの上にドンっと大量の写真を出した。

「な!?こ、これも、これも、これもこれも、寸分違わず同じ絵……いや、オシャシン……!」

 フールーダは写真を興奮したように手に取った。

 フラミーがその手で撮った最初の一枚は神都大神殿に安置されているが、ラナー就任式後パンドラズ・アクターの手によって大量に複製されていた。

「そうなのです。今ではかつて王国民だったエ・ランテルの人々の家には大抵飾られていますよ!」

 ドラクロワの興奮が騎士達に伝わって行く。

 王国から神聖魔導国へ渡った事を許されるようなその写真は、少しだけ後ろめたい気持ちを持っていた旧王国民の心を見事に射止めたのだ。

 庶民には少しばかり値が張るが、宗教画を買うよりもはるかに安く、国中の闇の神殿、聖堂で複製が売られ始めると瞬く間に売れていったらしい。

 

「もちろん神都でも多くの者の手に渡っていますが、神都では王国の者達が写っていなければと皆よく言っております」

 はははと軽快な笑い声が響く中、それを見ていたカーベインが五枚手に取った。

「私も神王陛下のお姿を家に飾ろう。いくらだね?」

「一枚あたり銀貨二枚です。五枚のお求めで銀貨十枚です」

 陽光聖典の副隊員が普段ここに勤める守護神セバスのお気に入りの娘の代わりを行なった。

 カーベインが会計をしていると、それを見ていた帝国騎士達も二枚づつ手に取り後ろに並んで行く。

 

 すると、レイナースがドラクロワに遠慮がちに話しかけた。

「あの、ドラクロワ神官長様、私が写っているそれもこうして売られるのでしょうか……?」

「勿論です。奇跡とは誰にでも与えられる可能性を持つ事を全国民は知る権利があります」

「では、販売の目処がつきましたら、どうかお知らせ頂けないでしょうか。素晴らしき両陛下とともに写っているオシャシンを一刻も早く手に入れたいのです」

「良いですとも。あなたに連絡し、なんなら一番にこれを手に入れられるようにしましょう。あなたにはそれだけの権利がある」

 

 レイナースは帝国の者達には見せたことがない笑顔でニコリと清々しく笑った。

 そして、取り敢えず王国の戦争の日のオシャシンを十枚買ったのだった。




ひこうにんふぁんくらぶ は なまじゃしん を うりはじめた!

フラミーさんの杖がどんなもんじゃいということで書きました!
https://twitter.com/dreamnemri/status/1130251093500280832?s=21
褒められて良い気になったのでたまに挿絵入れていけたら良いなと思います!


次回 #44 閑話 その後の仔山羊達

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